東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜 作:焼き鯖
荒い息を更に荒くしながら蓑田がこちらに近づいてきた。俺は彼女を背後にやり、立ち塞がるようにして蓑田と相対した。絶対に護ってみせる。彼女をあの男から。
「なぁ……お前さ、本当にその子を護れると思ってんの?」
蓑田がにたにたと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「はぁ? 当たり前だろ? 何言って……」
「無理だね。おまえ如きじゃ」
次の瞬間、蓑田がナイフをしまったかと思うと、目にも止まらぬ速さで俺に近づいて軽々と俺を持ち上げた。ふわりと宙に浮く感覚を覚えたまま勢い良く自分の身体を後ろへ捻られて首を背後に叩きつけられた。
所謂ジャーマンスープレックスと言う奴をあいつは喰らわせたのだ。しかも地面はコンクリート。食らった瞬間、頭への凄まじい痛みと共に首から下の感覚が消えた気がした。
「お前はこのまま大人しく寝てろ。殺すのは後だ」
「翔一君!」
「おっと、あいつの所へは行かせないよ?」
彼女が俺の元に駆け寄るのを阻止するかのように蓑田が立ち塞がった。まずい。早くそっちに行かないと。だけど、体が動かない。それに息もできない。このままじゃあの子が……殺されてしまう。
「翔一君! 大丈夫!? 今助けるからね!」
「助ける? はっ、それは無理だね。なにせ頸椎を粉々にぶっ潰したんだから。助かるのは絶望的だよ。あいつはこれから先、ずっとだっさい車椅子とキモい看護師のババァ共に介護されながらでなきゃ生きてけない体になったんだよ! いい気味だ! ザマァ見ろ!」
蓑田の声が、どこか別の場所から響いているように感じた。それ位、その事実は衝撃的で現実味がないと思った。
「さて、そんな憐れな翔一君には更に絶望するような事をしてあげよう」
蓑田はそう言うと、ナイフを抜いて絶望しきった表情の彼女に近づき、彼女の長くて美しい髪を無造作に掴んだ。
「嫌! 離して!」
彼女の嫌がる声が、俺の耳に響く。蓑田はそれを気にも留めないと言ったように、ゆっくりとナイフを振り上げた。
「や……め……ろ……」
「聞こえないなぁ。もっと大きな声で言わないと」
「や……め……て……く……」
「おっと、手が滑ったー」
その声と共にナイフが勢い良く振り下ろされ、彼女の胸を貫いた。彼女の顔が痛みと恐怖が混じった表情に変わっていくと同時に鮮血が噴き出し、蛇と蛙の髪飾りを赤く染めた。まるで映画のワンシーンかのようなその瞬間を、動けない俺はただ呆然と見る事しか出来なかった。
その一撃で満足出来ないのか、蓑田は刺さったナイフを抜き、何度も何度も同じ箇所を刺し続けた。最後にナイフを抜くと、やっと落ち着いたのか肩で大きく息をしながら吐き捨てるように言った。
「これは天罰だ。君が僕のものにならなかった事への天罰なんだよ。そして」
意地悪く、残酷な笑みを浮かべた蓑田が、くるりと俺の方を向いた。
「自分だけがあの子を護れる特別な存在だと思い上がった傲慢な奴への制裁だ」
「て……んめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
今すぐ殴りたかった。あのムカつく眼鏡を叩き割ってやりたかった。でも、体が動かない。言う事を聞かない。
俺は悔しかった。彼女を殺されて何も出来ない事に。あんな屑野郎にその通りの正論を言われた事に。
「五月蝿い死骸もどきだな、少し黙れ」
蓑田が俺に近づいて蹴りを入れた。体の感覚がないので痛みを感じないが、相当強い蹴りだったらしく俺の体は思いっきり吹っ飛ばされた。今度は俺か。そう思ったが、蓑田は蹴りを入れただけで何もして来ない。
「いい気味だ。お前はこのまま一生苦しみ続けろ。自分の傲慢さに。自分の弱さにな」
そのまま蓑田はこの場から去ろうとした。
「に……げる……の……か?」
「あ?」
俺の言葉を聞き取れなかったのか、蓑田が再び俺の方を向いた。このままあいつを逃がしてたまるか。
「俺を……殺さず……に……逃げるのかって……聞いたんだよ……この……腰抜けの……キモオタァ!」
そう叫んだ瞬間、あいつの顔が怒りで真っ赤になった。蓑田は猛ダッシュで戻ってくると、持っていたナイフで俺の体を突き刺し始めた。
「ふざけんな! 誰が腰抜けだって!? 誰がキモオタだって!? 自分の女一人すら護れない屑が偉そうな口を叩くんじゃねぇ! そこまで死んで欲しけりゃお望みどおりやってやるよ! オラッ! オラッ! オラァッ!」
あいつのナイフが俺の胸を貫くたびに、俺の腹を切り裂くたびに、段々と俺の意識が薄れ始めた。痛みはないけど血がどんどん流れていってるらしい。頭に生暖かい液体の感触がした。鬼の形相で必死にそれを行う蓑田を見て、神様はやっぱ厳しかったなと言う事を考えながら、俺は瞼を閉じた。
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で大きく息をしながら、蓑田は傍の死体を見つめた。先程首にバックドロップを決めて再起不能にし、絶望を植え込んだ後は精神的に追い詰めようと考えていたが、生意気にも減らず口を叩いてきた。しかも自分が一番気にしている事をいとも簡単に、だ。プライドの高さと長年培ってきた武術の才だけが取り柄の彼にとって、この言葉は理性を失くすと言う点においてこれ以上ない程完璧なものだった。結果として、彼は同時に二つの尊い命を潰した事になる。しかし、彼には後悔も反省もない。自分を選ばなかった女と彼女が選んだ平凡な男に復讐出来れば、それで良かったからだ。
「死んだか……ざまぁねぇな。口の減らなさだけは一級品だったが」
もう二度と目を開くことはないであろう翔一のその姿を見てそう呟きながら彼は立ち上がった。
「良かったよ。あんな腑抜けたクラブなんか抜けて。あそこにいたら俺の方が腑抜けになっちまいそうだったからな。それに、こんな風にお前とあの子を懲らしめることなんて出来なかっただろうし」
ケタケタと気味の悪い笑い声を響かせると、蓑田は改めてこの場から立ち去ろうとした。が、それはまたも実行される事はなかった。
振り向いた先に、殺したはずのあの女が立っていた。服や髪飾りこそ血が付着して赤くなっているが、刺したはずの胸の傷は完全に塞がっている。
「ど、どういうことだ!? なんで生きてるんだ!」
何度も何度も同じ箇所を刺した筈だ。深く抉られて血だって大量に出ていた。なのに、彼女は何事もなかったかのようにその場に立っている。
彼女の顔は俯いて見えないが、言い表す事が出来ない程の怒りに満ちている事だけは、肌で感じ取る事が出来た。
「ま、まぁいいさ! もう一回君を殺せば済む事だからな! 今度は二度と生き返らないように首筋を搔き切ってやる!」
蓑田は先程と同じようにナイフを手に取ると、太っている体とは正反対の素早さで彼女に近づき、首元を切り裂こうとした。首元を切り裂いた血で、赤黒く汚れたアーミーナイフが、再び赤く染まった……
筈だった。
「……?」
その異様な光景に、蓑田は言葉も出なかった。血や脂肪などで多少は切れ味が落ちているとはいえ頸動脈を切ることは造作もないこのナイフが、いとも簡単に受け止められてしまったからだ。しかも、受け止めた手の甲からは血が一滴も流れ出ていない。そのまま彼女は空いた手で刃先を強く握りしめると、華奢な体つきからは想像もつかないような力でナイフをへし折った。
「ひっ……!」
最早使い物にならなくなったナイフが手からこぼれ落ち、蓑田は彼女から後ずさり始めた。先程の強気な姿勢は何処かに消え、それ以上の恐怖が彼の体と心を支配した。
「蓑田君」
落ち着いた丁寧な口調で彼女が話しかける。静かだが、どこか支配的なその語気に、彼はさらなる恐怖を感じ取った。
「よくもやってくれましたね。貴方は自分自身の私欲の為だけに、私だけならいざ知らず、あろうことか私の大切な人にまで手をかけた。全てを受け入れ、許してくれる神様ですら、この行いは手に余ります」
「ゆ、許してくれ! 僕は、僕はただ君の側に居たかっただけなんだ!」
「今更命乞いですか? 贖罪はもう許されませんよ。その権利は既に奪われています」
この状況を一言で表現するならば、情状酌量を乞う為に懺悔する罪人と、それをきっぱりと跳ね除ける裁判官と言ったところか。もしくは突然天国から舞い降りたキリストに、許しを乞おうとするユダのようだった。
「予言しておきましょう。貴方はこの先、どんなに大きな不幸や困難が起こったとしても、それを覆すような奇跡は決して訪れない。翔一君と同じような事が起こったとしても、貴方には助けてくれる人なんてない。ハッピーな奇跡なんて起こらないでしょう。分かったらその薄汚い顔ごと何処かに消えなさい」
瞬間、蓑田は彼女の背後に白く、赤い目をした巨大な蛇を見た気がした。そして彼は悟った。あれは神様だ。絡みつくような嫌な恐怖は、この神様のものなのだと。
そう思った時、目の前にいる彼女が何か別のものに見えた。
「あ……ああ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
余りに強すぎる圧倒的な気配に、蓑田は発狂したまま彼女から走り去って言った。
蓑田が向こうへ消えた後、彼女は物言わぬ死体に目を向けた。腹を切り裂かれ、内臓の一部がはみ出ている程凄惨で痛々しい胴体とは対照的に、彼の顔は安らかな死に顔を浮かべている。
「翔一君……」
彼女は彼に近づくと、冷たくなった彼の体に縋り付き、涙を流した。
「ごめんね……私のせいでこんな風になっちゃって……傲慢なのは私の方だよ……助けられると思ってたのに……側に行く事すら出来なかった……」
彼女は泣きながら謝り続けた。しかし、彼はもう既に物言わぬ骸に成り果てている。無論、返事はない。ただ彼女の嗚咽だけが、誰もいない道にこだましていた。
やがて、彼女は意を決したように彼を見据えた。
「……ありがとう翔一君。私の事を好きでいてくれて。私も大好きだったよ。ずっと前から。離れても、私の事をずっと覚えていてね……」
彼女は冷たくなった彼の唇にそっとキスをすると、涙で掠れた小さな声で、何かを唱え始めた。
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「……ょう! おい翔! 大丈夫か!?」
「うぅ……ん……?」
気がつくと、目の前に見慣れた顔があった。そいつは凄い心配そうな顔をして俺の体を揺さぶっていて、俺が目を覚ますとホッとしたように俺に抱きついてきた。
「翔! よかった! 死んだかと思ったぞ!」
「きり……と? どうしたんだ? 一体」
「どうもこうも、学校から帰ってたら道のど真ん中でお前が倒れてたんだよ。何回も揺さぶってだけど起きないしさ。逆に俺が聞きたいよ。なんかあったのか?」
そう聞かれた俺は気絶する前の記憶を辿った。確か、俺はあの子と一緒に帰ってて……そしたら蓑田とか言う気持ち悪い奴に襲われて……
「……そうだ! あの子は!?」
「あの子? あの子ってどの子だよ」
「は? お前忘れたのか!? あの子の校内ファンクラブ作ったのお前だろ?」
「ファンクラブ? 何言ってんだよ。うちの学校にそんなかわいい奴一人もいねーじゃん。それに、俺はそういうキャラじゃねぇって長年付き合ってるお前が一番分かってる筈だろ?」
どう言う事だ? 確かに霧斗はあの子のファンクラブを作ってたし、規模だってそこそこ大きかった筈だぞ。忘れるなんて事あるわけない。
怪訝そうな顔で霧斗を見つめていると、霧斗もまた俺と同じような顔で見つめ返してきた。
「なぁ、そこまで言うならお前はその女の子の事を覚えてるんだよな? お前が覚えてるんなら俺だって覚えてると思うし」
「当たり前だろ! 確かその子は長い緑の髪で、蛇と蛙の髪飾りをつけてて、身長は俺の肩まで。そんでもって名前が……名前が……」
「名前が?」
「……あれ? 思い出せない……」
「はぁ? なんで一番重要な事忘れてんだよ」
霧斗が呆れた声で俺に言った。
おかしい。彼女の背格好に性格、表情までくっきりと覚えている。でも、何故か名前だけが思い出せない。しかも、思い出そうとすればするほど鰯の鱗みたいに記憶が抜け落ちていく。
「まぁいいや。取り敢えずその事は後でゆっくり聞くとして、無事で良かったよ。家まで送ってくぜ」
そう言って霧斗は立ち上がり、手を差し伸べた。元々俺ん家には近いだろうがとツッコミながら立ち上がり、家に向かって歩き出した。
家に帰る頃には、その子の事は完全に忘れていた。
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それから二年後……
「ついに卒業だなー! 翔! 寂しくなるぜー!」
「大学まで俺と一緒なのに何を言ってるんだよお前は……」
俺達はついに卒業式を迎えた。俺は県内でも割と有名な大学に進学した。霧斗もまた、俺と同じ大学を受けて余裕の一位で合格した。これで俺達は遂に幼稚園から大学まで一緒という、誰がどう見ても腐れ縁と言わざるを得ない関係が成立した。今は式が終わり、クラスのみんなは教室で仲の良い友達と別れを惜しんでいる。
「まぁいいじゃねーか! 他にも仲良いやつとも別れるんだし! 別に俺の間違った事は言ってねぇだろ?」
「そうだけどさ……」
卒業式だというのにテンションが高い霧斗が、俺の肩をバシバシと叩く。俺はその姿を間近で見ながら、溜息をつくしかなかった。
その時、教室のドアが開き、和服姿の鈴鳴り爺……もとい、鈴木が姿を現した。
「ほら、席につけー」
その言葉と共に、みんな一斉に自席に着いた。鈴木は最後の挨拶を言い終わると、大泣きをしながら「頑張れよ!」とエールを送った。その姿に、なんとなくだが少しだけ感動した自分がいた。
記念撮影も終わり教室を出る事になった時、なんとなく、窓際の先頭の席が気になった。何気なしにその席に近寄ってみる。そういえば、この席は最初から空席だったのに誰かが使っていたような気がする。そのまま引き出しの中に手をやると、中に手紙が入っていた。その手紙にはこう書いてあった。
『もし私の事を覚えているのなら、あの神社に来てください』
それを見た瞬間、全身に稲妻が走った気がした。この二年間、ずっと忘れていた記憶が全て蘇って来た。
「おーい翔! この後カラオケにでも」
「すまん霧斗! 行かなきゃならない用事が出来た!」
「あ?! おい翔!」
俺は霧斗の誘いを断り、走り出した。カラオケなんかに行ってる暇なんてねぇ。急がないと。運が良ければあの子に会えるかもしれない。
その考えのもと、俺はあの神社に向かって一直線に走って行った。
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神社があった場所には、神社の影も形もなかった。代わりにあったのは、大きな大きな湖だけ。蛙が多いのか、あちこちで鳴き声がする。
俺は必死になって神社跡地を探した。しかし、彼女はどこにもいない。木の陰にも、茂みの中にも、彼女の姿を見る事はなかった。場所を間違えたんじゃなかろうかと思い、近くを歩いていたおじいさんに尋ねてみたが、この近くに神社は一軒もないという。
やっぱり、俺の勘違いだったのかな。そう思いながら、その場を去ろうとした。その時、強い突風が吹いたかと思うと、鈍い音を立てて何かが俺の足元に落ちて来た。びっくりして足元を見ると、それは青々とした色の蛙だった。それを皮切りにして、一匹、また一匹と蛙が空から降り注ぐいでいく。
異様な光景に振り返って空を仰ぐと、そこには強い風に巻き上げられた無数の蛙達の小さな姿があった。どうやら上昇気流に似た強い風が湖から発生しているらしく、水中の蛙達がどんどん風に巻き込まれては空へと舞い上がっていく。
その蛙達と共に、一枚の紙が俺の足元に舞い込んだ。拾って読んで見ると、教室で見た手紙と同じ筆跡でこう書いてあった。
『何も言わないまま消えてしまい、ごめんなさい。実は、私は翔一君に隠していた事があります。どこかで一度、私が奇跡が普通に出せると言われて信じるかどうかという事を聞いたと思います。翔一ならこの書き出しから気づいたかもしれません。あの時、私は言わなかったのですが私はその奇跡を何回も引き起こす事が出来ます。その力を見たら、友達や好きな人が離れていくかもしれない。そう思うととても怖かった。きっかけがないなんて嘘。本当は翔一君に嫌われたくなかっただけなんです。だけど、翔一君の言葉に私は救われました。こんな私を受け入れてくれるんだと思うと、涙が止まらなくなりました。あの時の涙は、その為に流れていたんです。
蓑田君に襲われた時も、すぐに私を護ってくれてありがとう。ごめんね。私翔一君を助ける事が出来なかった。許して欲しいとは、とても言えません。
私は、家族と共にどこか遠い所へ行きます。多分、二度と会う事はないでしょう。でも、約束して下さい。もしも翔一君が結婚して、子供が産まれたら、その人たちを一生大切にしてください。そして、どうか私の事をずっと覚えていて下さい。私も翔一君の事、ずっと忘れないから。好きでいてくれてありがとう。私も、翔一君の事が大好きだよ』
手紙を読み終えた俺は、また空を見上げた。相変わらず、空には打ち上げられた蛙達が呑気な顔をして鳴いている。
それを見ている時、後ろで霧斗が俺を呼ぶ声がした。
「翔! こんな所にいたのか! 随分探したぜ……って! これ、鈴鳴り爺の言ってたファフロッキーズじゃねぇか! 卒業式の日に見れるなんて、奇跡だな! 翔!」
「……あぁ……そうだな……奇跡だよ……本当に」
蛙の雨が降るという不思議な現象に身を任せた俺は、霧斗がいるという事を忘れ、空を見上げたまま大きな声で泣いた。
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「……と、まぁそんな訳で俺はその子の名前をお前に付けたんだ。これが名前の由来だよ」
「へぇ〜……なんか、壮大だね。作り話みたい」
話を聞いた娘は、不思議な表情をしていた。先程まで、俺は行事で自分の名前の事を調べて来いと言われた娘に、その由来について語っていたのだ。
「まぁ無理もない。殆ど嘘のような話だからな。でも、これは嘘じゃない。父さんが今話した事は、全部本当の事さ」
「ふーん。じゃあさ、お父さんはお母さんよりもその人の事が好きだっていうの?」
「そんな事はない! お父さんはお母さんの事も好きだよ!」
「あら、それは嬉しいわ。因みにその人と私、どっちが好き?」
娘の質問にへどもどしていると、妻がソファに座っている俺の隣に腰掛けた。こういう時、俺の中では答えが決まっている。
「そりゃあ勿論、夕子の方が好きだよ」
そう言って俺は妻にキスをして抱きしめる。娘はやれやれと言った表情でも俺達から目をそらした。
妻の朝霧夕子とは、大学の時に出会った。入学してから数ヶ月で彼女を作った霧斗の彼女の親友で、話してみると、気さくな所や趣味が俺とピタリとはまり、何度か二人で会ううちに、俺の方から告白。俺が働き始めてから結婚した。若干構ってちゃんな所もあるが、それもまたチャームポイントの一つだ。やがて俺達には一人の女の子が産まれた。俺は子供にその子の名前をつけた。未練がましいと思うかもしれないが、女の子が産まれるならばこれしかないと、心の中でそう決めていたのだ。夕子も最初は嫌がったが、俺の熱意に押されて最後には折れてくれた。彼女には本当に感謝している。
「だけど、貴方がそこまで言う程だもの。とても素敵な女性なのね。私、妬いちゃうわ」
「ヤキモチを焼く必要はないよ。夕子は夕子でとても魅力的だからさ」
「もう……口が上手いんだから」
そう言って夕子は微笑んだ。
「ねぇ、いちゃいちゃするならベッドでやってくれない? 私お腹空いたんだけど」
その様子を見ていた娘はうんざりした表情をした。娘は今や小学四年生。そろそろ思春期に差し掛かる難しい年代だが、何があろうとも、娘と妻だけは絶対に護る。もう、あんな思いはしたくない。
「ごめんごめん。さ、行こうか。今日のご飯は?」
「ふふ。今日はパパの好きなカレーよ」
食卓に向かいながら、俺は遠くにいるであろう彼女に向けて、こう思った。
俺は新しい家族を持ったよ。二度と失わないように、しっかりと護ってみせる。俺も頑張るから、君も頑張ってくれ。
早苗。
キッチンから、カレーの美味しそうな匂いがたちこめた。
みなさんどうも、お久しぶりです。焼き鯖です。
ようやっと悲恋録を更新できた……此処まで更新が遅れたのは、残酷な描写を書くのにどうも抵抗があったからです。後、割と文章が思い付かなかったりもしました。
遅くなってしまい、申し訳ありません。多分次もここまで遅くなると思います。気長に待っていただけたら幸いです。