東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜 作:焼き鯖
ここは何処だろう。いつの間に私はここへ流れ着いたのだろう。
見渡す限りの花、花、花。赤に白に黄色にと、私が知らない沢山の花たちが、春風に揺れていい香りを向こうの方まで飛ばしている。その中心に、私はいた。
太陽の畑だろうか? いや、多分違う。だって、ここには唯一向日葵だけがないのだから。幽香は向日葵が大のお気に入りだ。ここが太陽の畑なら、春だろうが冬だろうが季節を問はず咲き乱れているはず。
「う〜ん……あ、あそこに家がある。取り敢えずそこに行ってみようかな」
私はちょうど視線の中に入ったちっちゃな家に行く事にした。
歩いて数分、辿り着いたちっちゃな家は本当にちっちゃな家で、作りも木をただ釘で繋ぎ止めただけというお粗末な作りだった。台風なんかきたら一瞬で吹き飛んじゃいそう。でも、ここにも色とりどりの花達が咲き乱れていて、まるで花の海に浮かぶ無人島って感じがした。綺麗。こんなの、太陽の畑以外では見たことがない。お姉ちゃんやお空達がこれ見たら、喜ぶかなぁ。
「……君、誰?」
あ、しまった。見つかっちゃった?
油がきれた機械みたいにぎこちなく後ろを振り向くと、布団から男の子が起き上がっていた。
白い。髪の毛や皮膚が雪みたいに白い。着ている服も白いから、昼間なのに幽霊を見てるみたい。そのくせ私を見つめる二つの瞳は鮮血のように真っ赤だから、幼い顔立ちなのに神様みたいな雰囲気がした。アルビノだったっけ? お姉ちゃんの本にはそう書いてあった気がするな。
「あ……えっと……」
不意打ちで声を掛けられた事に戸惑っていると、男の子が優しく微笑んだ。
「怖がらなくてもいいよ。別に君をとって食おうなんて考えてないから。僕は
「わ、私? えっと……私は古明地こいし。気がついたらここにいたの」
「気がついたら? ……おかしいな、ここらへん一帯には見回りの叔父さんがいる筈なんだけど」
そう言うと、香は顔を伏せて考え始めた。一応言った方がいいのかな? 言い訳するのも出来るには出来るけど、嘘がバレた時が怖いから、正直に言っておこう。はぁ……私の事を明かすのは、いつになっても嫌な気分。
「えっとね、なんでここに来れたのかって言うと、私の能力が原因なの」
そう言って私は、左の胸にある
「私はね、元々さとり妖怪って言って、人の心を読む事が出来たの。だけど、みんなの心を読んでたら、何だかきつくなっちゃって。いつの間にか私の目は閉じちゃったってた。それで心を読む事は出来なくなったけど、代わりに得たのが『無意識を操る程度の能力』。人の無意識を操る事が出来るんだけど、これ、私にも操る事が出来なくて、こうしてふらふらといろんな所を彷徨う事が多くなっちゃったんだー」
敢えて淡々と、しかし、明るく語る事で、彼が私の事を不気味がってくれる事を願った。
「あっはは。ごめんね。気味悪いでしょ? それじゃあ、私は帰るから。ここにはもう来ないと思うけど、またね。香」
そのまま帰ろうとしたその時、
「ねぇ、ちょっと待ってよ」
声を掛けた香と目があった。ルビーみたいに赤い目が、好奇心の光でキラリと照らされていた。
「こいしちゃん。さっき、いろんな所を彷徨ってるって言ってたでしょ? て事は外の世界を沢山見て来たって事だよね? お願い。少しでいいから外の事を色々と話してくれないかな。僕、生まれてから今日までこの庭から一歩も出た事がないんだ」
「え? ……別にいいよ。でも、いいの? 私はみんなから嫌われてるさとり妖怪だよ?」
怖いとか、気持ち悪いとか、そういう事を思わないの?
驚いてそう質問すると、香は悲しそうな笑顔を見せた。
「僕も似たようなものだからね……里の外れに白い髪と赤い目をした化け物がいるって噂が、風に乗って流れてくるんだよ。だからこいしちゃんの気持ちはよく分かるんだ。それに……」
彼は一瞬だけ言い澱み、視線を布団に落とすと、パッと輝く笑顔を見せてこう言った。
「こいしちゃんが可愛いからさ、さとりとか妖怪とかそういう面倒くさい事なんかどうでも良くなっちゃうんだよね」
……え?
「えぇ!? わ、私が可愛い!? な、そ、そんな事は、ない、と、思うけど……」
うぅ……不意打ちでそんな事言われたの初めてだから、顔が熱くなってきちゃった……さっきの香の笑顔もとっても素敵だったし……香の顔を正面から見れないよぉ……
「あらあら〜? 何やら賑やかねぇ〜。お客様が来たのかしら〜?」
顔を見られまいと手で覆い隠していると、襖が開いて奥から女の人が出てきた。香とは反対に、真っ黒で綺麗な髪と黒目を持ち、着ている着物は生命力溢れる若草色。のほほんとして優しそうな口調とは裏腹に、顔に所々刻まれた深いシワが、どこか疲れ切ってやつれたみたいな憂いを帯びていた。介護疲れの本を見てた時の絵が、こんな感じだったなぁ、と最初に見た時そう思った。
「香〜、体は大丈夫かしら〜?」
「あ、お母さん。うん。今は大丈夫。薬も飲んだし、ちょっとは平気」
「そう。良かったわ〜……ところで、そこにいる可愛いお嬢さんは誰なのかしら〜?」
「そうそうお母さん、紹介するよ。この子は古明地こいしちゃん。さとり妖怪だって。こいしちゃんは凄いんだよ。今までいろんな所に行ってたんだって」
ニコニコしながら話す香とは反対に、私の顔はどんどん暗く、青ざめていった。言わないでって釘を刺してなかった私も悪いけど、黙ってて欲かったな。私の事。
この話を聞いた大半の人は、私の事を変な目で見たり、さとり妖怪だって事がバレて恐怖や嫌悪の表情を浮かべる事が多い。その時の考えなんて、目を閉じていてもでなくても分かる。私はそれが嫌いだった。でも、どうせ友達なんて出来ないだろうから、敢えて嫌われる為に自分からカミングアウトしていた。
香はそんな顔はしなかったけど、だからと言って彼のお母さんもその表情をするという保証はどこにもない。
はぁ……せっかく仲良くなれたと思ったのに、結局また嫌われるのか……自分から望んだんだし、仕方ない事だけど。
相変わらず、香は白い顔を紅潮させながら私の事を話している。お母さんは眉をひそめながら私の方向を向いている。やっぱり、お母さんには嫌われちゃったのかな。後はもうお決まりで、『こんな子とは付き合っちゃいけません!』って言われて追い返されるのがオチだろう。
やがて香が話し終えると、香のお母さんは合点がいったという風に嬉しそうに両手を合わせた。
「あら〜。何処かで見た事ある顔ねぇ〜と思ってたら、貴女だったのね〜。人里で偶に見かけるから、おばさん貴女のこと覚えてたのよ〜。こいしちゃんって名前だったのね〜。香と仲良くしてくれてありがとう〜。おばさん、とっても嬉しいわ〜」
え……?
私が怖くないの……?
私が気持ち悪くないの……?
「どうしたの〜こいしちゃ〜ん? ……あらやだ。私ったら、自己紹介するのをすっかり忘れていたわ〜。初めまして、私は桜葉緑。香のお母さんです〜。以後よろしくね〜」
「……んで?」
「ん〜?」
「なんでなの!? 私はさとり妖怪なんだよ!? 怖がるのが普通なのに、なんで二人とも怖がらないの!? なんで恐れないの!? ねぇ、教えてよ!」
異常だ。
今まで会った人達は、私を、私達を受け入れてはくれなかった。みんな私達を避けるし嫌う。それが普通だし、ずっと当たり前だと思ってた。なのに、なんでこの親子はそれをしないの? おかしいよ。私が言うのもなんだけど、貴方達、気が狂ってるんじゃないの?
「それはね〜こいしちゃん」
間延びした声とともに、緑さんが私の方まで近寄って来た。被っていた帽子がとられ、そのまま頭を撫でられる。緑さんの優しい手の暖かさが伝わって来た。
「おばさんね〜昔、とあるさとり妖怪と知り合いだったのよ〜」
え? そうなの? でも、幻想郷には私とお姉ちゃん位しかさとり妖怪はいない筈だけど。
私の疑問に答えるように、緑さんは言葉を続けていく。
「その子はね〜、迫害にあって今はもうここにはいないの。その子もこいしちゃんみたいに可愛くて綺麗で、優しい子でね〜。怪我してた所を助けたら、貴女と同じ事を言ったわ。『私が怖くないの?』って。『ううん、別に。ねぇ、私貴女と仲良くなりたい』って言ったらその子、泣いて喜んでたわ〜。そこから別れるまでは互いに『さっちゃん・みーちゃん』て言い合うくらいに仲良くなったのよ〜」
懐かしむように言う緑さんの目は、何処か遠くを見つめていた。
「私はねこいしちゃん。貴女がさとり妖怪だからって、ここから追い出そうとする程頭は固くないのよ〜。さっきの事もあるけど、おばさんは今まで沢山の事を経験してきたから、余程の事が起きない限りは動じないわよ〜?」
いたずらっぽく笑う緑さんの姿を見ていたら、空っぽだった心に何か温かい物が注がれた気がした。その気持ちは、どんどん私の心を満たしていく。何年ぶりだろう? こんな気持ちになったの。
「ねぇお母さん、話長いよ。いつ終わるの? 僕、早くこいしちゃんと喋りたいんだけど」
香の不満気な声を聞くと、緑さんは優しく微笑んで立ち上がった。
「あらあらごめんなさいね〜。おばさん、長く話し過ぎちゃった。今お菓子持って来るから、こいしちゃんもゆっくりしていってね〜」
仏像みたいな微笑みを浮かべながら、緑さんは襖の向こうへと消えた。入れ違いに彼の顔に期待の笑顔が浮かぶ。
「何から話してくれるの? 人里の話? 紅い館の話? 冥界には二人の美人さんがいるって聞いたけど、ホントなの?」
矢継ぎ早に質問をしてきた香を見てたら、私も何だか可笑しくなってきて、いつの間にか笑っちゃってた。その様子を、香はキョトンとした顔で私を見てる。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない。じゃあね、先ずは紅い館に住んでる吸血鬼さんの話からしてあげるね」
作り物でない本物の笑顔を浮かべながら、私は縁側に座って香とお喋りを始めた。
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「これはハナミズキって言って、花言葉は『永続性』。こっちはカミツレ。花言葉は『逆境に耐える』。それであそこの木に生えてる花が……」
「ちょ、ちょっと待って香。そんなにいっぱい説明されても何が何だか分からないよ」
「あ、そっか。ごめんね」
黒い眼鏡の裏で、香の紅い瞳が申し訳なさそうに光る。私はそれを笑いながら見つめた。
私達は今、彼等の持つ『庭』を歩いている。
ここに来てから三週間、私は来る日も来る日も人里のお話を香にしていた。そのお礼として、彼が庭を案内したいと言い出したのだ。香のお母さんも、曇りの日ならいいと了承してくれた。
今日はその曇りの日。今にも雨が降って来そうな位灰色の分厚い雲が空を覆っていたのに、香は黒塗りで分厚いレンズの眼鏡をかけて、長袖の着物。頭には体がすっぽり影に覆われる程大きな笠を被って外へ出かけた。旅芸人みたいって言ったら、そうかもって笑ってくれた。
彼の庭は本当に広かった。歩いても歩いても花ばかり。家やお店なんてどこ探してもない。人も、見回りの叔父さんを除いて一度も会っていない。彼は、目に見える花がある所全部がお母さんの所有物だって言っていた。こんなに広いお庭を香のお母さんがもっていたなんて驚きだ。
それよりも驚いたのが香の知識量。プレゼントされた図鑑を読んで覚えただけらしいが、それでもここまではいかないと思う。彼は目につく花の名前を全て言い当て、その花言葉をすぐに教えてくれた。中には誰もが知らないと思う花の名前とその花言葉ですら見事にピタリと当てていた。私はせいぜいバラ位しか花を知らなかったから、家にあった図鑑を持って来なかったら、何が何だか分からなくなっていたかもしれない。
そうこうしていたら、青い小さな花びらをつけた花の園を一望できる小高い丘の上に来ていた。まばらではあるが、白くてかわいい花びらのちっちゃなバラみたいな花も咲いている。
「わぁ……凄い綺麗」
あの青い花が水で、白い花が飛沫のように見える。外の世界の海って言うのを見てるみたいだ。
「ここはね、僕の一番のお気に入りなんだ。体の調子が良くて今日みたいな天気だったら、いつもここに来て本を読んでる。風がよく吹くから夏でも過ごしやすいんだよ。冬は……ちょっと寒くて体が震えちゃうけどね」
宝物を自慢するように彼は笑うと、すぐ近くにござを敷いて、その上に重箱を置いた。
「ちょっと休憩しよう。もうすぐお昼だし。お母さんがお弁当作ってくれたから一緒に食べよう?」
そう言いながら彼は重箱を開けた。のぞいて見てびっくり。卵焼きにてんぷらにおひたしに、所狭しと並べられた具材は、どれも丁寧で美味しそうだった。
「こいしちゃんも食べてよ。お母さんの作るおにぎりは美味しいんだ」
口いっぱいにおにぎりを頬張る香に促され、私もおにぎりを一つ食べる。塩加減抜群のおにぎりに、梅干しの酸っぱさが程よく絡み合っていて、頬っぺたが落っこちそう。
「美味しい〜! 香のお母さん凄いね! お燐よりも料理上手かも!」
「でしょ〜?」
そのまま二人でお喋りしながらお弁当を食べ、遂に最下段のさんだん目まで食べきってしまった。私はふうと一息つくと、香の方を向いた。
「あのね、私、香に渡したいものがあるの」
「渡したい物? 誕生日プレゼントなら、僕、今日じゃないよ?」
小首を傾げる香。鈍いなぁ。もう。でも、無理もないか。
私はスカートのポケットから細長い箱を取り出して、彼に手渡した。
「はいこれ。私と友達になってくれてありがとう。ささやかだけど、感謝の印だよ。受け取ってくれるかな?」
香の顔が、電気がついたみたいにパッと明るくなった。
「え、いいの? ありがとう! すっごい嬉しいよ! 開けて見ていいかな!?」
「うん。いいよ」
私がそう言うと、香は笑顔で包みを破り始めた。私もその姿を笑顔で見つめる。十二歳とは思えない程落ち着いてる表情も素敵だけど、こんな風に無邪気に笑う香の姿も、私は好きだ。
その香の表情が、更に笑顔で一杯になった。その手に持っていたのは、私の好きなバラをあしらったネックレスで、色は深い青色。地底の雑貨屋をのぞいた時にこれを見つけたのだ。なんとなくだけど、香には青が似合うかなぁと思って買った。
「わぁ……何て言えばいいかわかんないけど、凄いね。これ。つけてみてもいい?」
そう言いながら、香はネックレスをつけ始める。上手くつけられないのか、首元で格闘してる香を見て、クスッと笑ってしまった。
やっとネックレスをつけ終えた香の姿を見て、私は驚いてしまった。今は変な格好をしてるけど、眼鏡と笠をとった時に見たら、多分数分は見惚れていたと思う。
白い体にかけられたネックレスは、そこだけが深い穴みたいな感じがして、視線がその一点に注ぎ込まれてしまう。童顔だけど、何処か神がかった顔を更に引き立たせていて、眼鏡の奥に映る赤い瞳とのちぐはぐな感じが余計にそう感じさせる。
「ど、どうかな? こんな格好してるから変じゃない?」
香の声で私は現実に引き戻された。
「……凄く似合ってる。普段の姿だったら、もっとかっこいいと思うよ」
「そ、そうかな……えへへ……」
私に褒められた香は、照れ臭そうに頰を掻いた。そしてそのまま私の正面に顔を寄せる。
「ど、どうしたの? 香」
いきなりの事だったので顔を後ろに引きながら尋ねると、香は笑顔でこう答えた。
「僕もね、こいしちゃんにお礼がしたかったんだ。だから一番好きなこの場所に案内したの。だけどこいしちゃんにお礼を言われるとは思ってなかったから、精一杯のお返しをしようと思って」
「お返し?」
「うん。今から渡すからさ、ちょっとだけ目をつぶっててくれないかな?」
「う、うん」
言われるがままに私は目を閉じた。すると、私の頰に何か柔らかくて、暖かいものが一瞬だけ優しく触れた。その正体に気づくと、私の顔は頭まで真っ赤に染め上げられた。
「……え!? ちょっと香! 今、何したの?!」
「ん〜? こいしちゃんのほっぺにチューを」
「いやぁぁぁぁ! 言わないでぇぇぇぇ! 恥ずかしいからぁぁぁぁ!」
嘘でしょ……まさかキスされるなんて……思ってもみなかったよぉ……
顔を隠した指の隙間から香を見ると、愉快そうに彼は笑っていた。笑うごとに、掛けられたネックレスがゆらゆらと揺れる。
「……どうしてこんな事したの?」
掠れた声で質問すると、香はゆっくりと答えた。
「大体の理由がさっき言った通りなんだけど……僕の気持ちをこいしちゃんに伝えておきたくてさ」
そこで彼は言葉を切ると、お花畑の方を見下ろした。青と白の花達が、風に揺れて波を作り出している。
「ここに咲いてるのは、青色の花が勿忘草。白色の花がミニバラって言うんだ。花言葉はそれぞれ『私を忘れないで』と、『無意識の恋』」
「え……」
それって、まさか……
子供のように無邪気な口調は影を潜め、元の落ち着いた微笑みを浮かべた彼は、柔らかい目で私を見つめていた。
「いつ頃かは分からないけど、僕は無意識のうちに君に惹かれてたっぽいんだよね。君の笑顔に、君の明るさに。うん、はっきり言うね。僕は君の事が大好きだ。病弱な僕と、化け物みたいな僕と、友達になってくれた君を、いつの間にか好きになってたんだ。だから伝えたかった。僕が大好きなこの場所で、ね」
穏やかな笑顔のまま、彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。少し冷たく、だけど柔らかい風が、私達の間をすり抜けていく。
「こいしちゃん、本当にありがとう。僕と友達になってくれて。良かったよ。
言わせない。そんな事は絶対に言わせない。
私は思いっきり彼に抱きつくと、遮るように唇を合わせた。彼の目が驚きで見開かれたけど、そんなの御構い無しで私は彼の口内を蹂躙していく。やがて、彼も私に合わせるように舌を絡ませ始め、お互いに相手の求め合った。
十分に堪能したところで私達は唇を離す。絡み合った二人の唾液が糸を引き、とても艶めかしい。肩で息をしながら私は彼に言った。
「ずるいよ香。私にキスまでした上にこんな事言うなんて」
黒いレンズの裏で、困ったように彼の目が笑った。それに気づかないふりをしながら、私は更に言葉を続けた。
「だから私からもお返し。私も、香の事が大好き。香の赤い目も、白い肌も、全部。もっと香のそばにいたい。もっと香の声を聞いていたい。だからそんな事言わないで……もっと香と一緒にいたいの……」
消え入る声でそう締めると、香は優しく、ゆっくりと私の体を抱き締めてくれた。
「…………ありがとう。こいしちゃん。こんな事言われたの初めてだよ。すごい嬉しい」
「私もだよ。こんな気持ち初めて。心が温かくなってきて、空に昇ってっちゃいそう。これが幸せって事なのかな」
「多分ね。いや、絶対そうだと思う」
お互いに顔を見合わせてクスクスと笑い合った。このままずっとここに居たいな。しばらくこの感情を味わってたい。
「さて! そろそろ他の所に行かない? まだまだみてない所、たくさんあるしさ」
「…………ねぇ、香。少しは感傷に浸りたいとか思わないの?」
「え? それってどう言う事?」
「…………フン」
「あれ? こいしちゃん? どうしたの? なんでそんなに不機嫌になっちゃったの?」
「…………知らない」
そのままそっぽを向いてたら、横を向いたままでも分かるほど香は狼狽し始めた。しばらく何も言わないでいたら、機嫌を伺うように
「ごめんこいしちゃん。僕が悪かったよ。なんでも一つだけ言う事聞くからさ、機嫌なおして?」
と懇願してきた。十分反省してるようだし、ここら辺で許してあげようかな。
私は軽く唇を合わせると、彼の手を引いて立ち上がった。
「それじゃあ、もっとお花の事を教えてくれる? 私の大好きな香君?」
満面の笑みでそう言うと、彼もまた、満面の笑みで頷いた。
「勿論だよ。愛しのこいしちゃん?」
「じゃあ決まり! 早速次の所へレッツゴー!」
私は手を握ったまま走り出した。
「え!? あ、ちょっと待って! まだゴザとお弁当箱が残ってる〜!」
「後から取りに来ればいいじゃ〜ん!」
走る私達を後押しするかのように、背後から冷たい風が吹き抜けた。
はいどうも。遅くなりました。焼き鯖です。
やっと書けたと思ったら、長すぎたんで今回も分けます。
そして、暫くは悲恋録の方をメインに書いていければいいかなと思ってます。少なくともアンケートはしっかりと消費したいな。
それでは、次回も読んでいってくれれば幸いです。