東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜 作:焼き鯖
その妖精の事を、彼らはキルムーリスと呼んだ。
彼はホフゴブリンの中でも特に温厚かつ善良な働き者であるブラウニーという種族だが、醜悪な外見をする彼らの中でも特に醜く無愛想で、背中が異様な程曲がっていたため、いつしか粉挽き仕事をする同貌の妖精と同じ名前をつけられたらしい。
その日、彼は頼まれていたお使いを済ませ、息も絶え絶えに帰途を歩いていた。
それもそのはず、彼は妖精の中でも結構な高齢であり、もう何千年とまで生きている。百歳や千歳の頃は十分もあれば往復できた道のりも、今では早くて一時間が限界なのだ。加えてブラウニーというのは本来家の中での仕事が主であり、こういう風なお使いごとには向いていない。急を要する場合には馬を走らせるが、彼が仕えている家はとても貧乏で、馬の一頭も持っていない。
遂に体力が底を尽きてしまい、彼は休憩の為、近くにあった木陰に腰を下ろして一息ついた。幸いにも急ぎの用事ではないので、多少の遅れは誤差の範囲内で許してくれるだろうという打算的な考えも少し混じっている。
木にもたれ掛かって見上げれば、おとぼけな陽気の空模様で、妖精だけでなく人間までもがその陽気さに浮かれるような暖かい光が降り注いでいた。
(この柔らかな暖かさは……あの人と似ている気がするなぁ……)
彼は目を閉じながら、彼女とその時の生活を思い返し始めた。
──────────────────────
「最近よ、俺ァ思うんだ。あのスキマのババァに連れて来られて良かったってよ」
草木も眠る深夜、同じくブラウニーのチャーリーが、鍋の焦げを取りながらしみじみと言った。
「チャーリー、そんな口聞いたらあのスキマに消されるだよ?」
「へっ、スキマが怖くてここの仕事が出来るかってんだ。それに、歳食ってるってのは本当の事じゃねぇかよ」
じゃがいもの皮を剥く手を止め、恐る恐るキルムーリスが窘めたが、そんな事などどこ吹く風と言う感じで彼は無造作に鍋の焦げを取り除いてく。
荒くれ者のチャーリーに彼は度々振り回されてきたが、なんだかんだと面倒見が良く、さっぱりとした性格のため、彼の中では今ひとつ憎めない悪友となっている。
「オラはどうなっても知らないだよ……それで、なんでそんな当たり前の事を今更言い出しただか?」
呆れた顔でそう尋ねると、チャーリーは先程の口調でこう答えた。
「だってよぉ、俺達がいた元の世界にゃもう自然なんざ毛ほども残ってねぇんだぜ? あっちの世界にゃ行くあてもねぇ、住むあてもねぇ、食糧のあてもねぇ。だがここはどうだ? 俺達が望んだ全ての物が揃ってるじゃねぇか。族長とスキマにゃ感謝してもしきれねぇよ」
それに、と彼はけったいな笑みを浮かべた。
「ここには俺達が働く紅魔館をはじめ、至る所に別嬪さんがいるじゃねぇか。うちの女はブスばっかだろ? 初めて博麗の巫女を見た時にゃ、俺のムスコも元気になった位だ。本当天国もいい所だよ。ここは」
「うちの部族の女全部食った奴がまだ抜かすか。この色欲妖精め」
溜息をつきながらそう言うと、彼は面白そうにケラケラと笑った。
「うるっせぇなぁ。オメェにだけは言われたくねぇんだよ。老人顔の童貞妖精が」
「誰が童貞だ! オラだってその気になれば、女子の一人や二人、余裕で口説けるべ!」
「で? この三百年の間で告白する事合計五百二十回。その中でオメェの愛に応えてくれた女は一体何人いる?」
憎らしい程余裕な表情で尋ねたチャーリーの質問に、彼はグッと言葉を詰まらせた。その間にも、チャーリーがおちょくるように答えを催促してくる。
最初こそ何も答えなかったキルムーリスだが、
「…………ゼロだ」
とうとう根負けし、屈服するように答えた。それを聞いたチャーリーは、鬼の首を取ったような顔で大きく笑った。
「ほれみろ! オメェに女が出来るなんてなぁ、オベロン様がティターニア様一筋になる位ありえねぇ事なんだよ!」
悔しさに下唇を噛むも、チャーリーの言っている事も一理あるので言い返す事が出来なかった。
先に述べた通り、彼の容貌はお世辞にも良いとは言えないホフゴブリンの中でも極めて醜く、背骨も異様な程に曲がっている。同族ですらその容貌を軽蔑し、キルムーリスと笑い者にする事が多かった。唯一の友であるチャーリーですら、彼がいつか彼女を作ると息巻く度に、妖精界のジョークを引き合いに出して皮肉る事も珍しくなかった。
「結局さぁ、世の中顔が全てなんだよ。確かにオメェは優しいし働き者だよ。それは俺も分かってるつもりさ。ただ、オメェがどんなに女が欲しいと願っても、その怪物みたいな顔と唸るような低い声で田舎臭く喋られちゃあ、どんな女も一目散に逃げ出すっつーの。せめてその田舎口調をやめろ」
「さっきから黙って聞いてりゃ顔顔って……じゃあお前はどうなんだべさ!? オメェだってそこらの妖精に比べりゃ不細工もいいとこだぞ!」
持っていたナイフを叩きつけてキルムーリスは怒ったが、チャーリーは驚くどころか面白がるようにニヤリと笑った。
「あぁそうだな。確かに俺は、いや俺達は不細工だよ。けどさ、その不細工共の歯牙にもかけられないよりかは格段にマシだ。同族にすらブスと呼ばれるお前はそれ以前の問題なんだよ」
普段から彼のこう言う憎まれ口には慣れている筈のキルムーリスだが、今回ばかりは流石に我慢出来なかった。
再びナイフを手にとって彼に投げつけようとしたその時、
「ちょっと貴方達、仕事はちゃんとやってるのかしら?」
虚空から声が聞こえてくると共に、二人の後ろに銀髪のメイドが姿を現した。
「ふざけてるのならナイフの錆にしようかと思ったのだけど……その心配はなさそうね」
ある程度皮を剥いたじゃがいもと、焦げがあらかた取れた鍋を見て、銀髪のメイドは冷ややかな声を少しだけ和らげた。
「も、勿論でさぁ。咲夜さんのご命令を無視するなんて無礼千万な輩はうちの部族にゃおりやせんで」
先程の威勢は何処へやら。顔を青くし、声を震わせながらチャーリーは答えた。怖いもの知らずの彼と云えど、上司である十六夜咲夜の冷たい態度には敵わないらしい。
「そう。一つだけ言いたい事があるわ。このじゃがいも、皮を剥いたのは誰かしら?」
「オラが剥いただ。どうだべか咲夜さん。今日は上手く剥けてると思うだが」
咲夜は嬉しそうにしているキルムーリスを一瞥すると、芽まで綺麗に取り除かれたじゃがいもをまじまじと見つめた。
「そうね。確かによく剥けてると思うわよ」
滅多に感情を表に出さない咲夜の無機質な褒め言葉を聞いて、キルムーリスは嬉しさに飛び上がりそうになった。が、
「じゃあこの調子で朝日が昇るまで後三百個お願いね。手が空いたら私も手伝いに行くから。それからチャーリー。貴方はもう上がって良いわよ。お疲れ様。明日の夜もよろしくね」
途端、数十個程のじゃがいもが入った籠の中が更に多くのじゃがいもで山積みになり、咲夜はその場から消えた。
あまりの理不尽にショックを受けたのか、キルムーリスはその場にへたり込んで俯き、わなわな肩を震わせた。
「おい、大丈夫か? まぁ、あれだ。そう気を落とすんじゃねぇよ。終わったら一緒にクルラ爺さんの酒でもたかりに──」
流石に少し可愛そうになり、慰めるように肩に手を置こうとしたが、
「ぃやっただぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然喜びの声を上げながら力強くガッツポーズをしたキルムーリスに、チャーリーは驚いてひっくり返った。
「そ、そんなに喜ぶ程か? だったら早く終わらせようぜ。俺も手伝う──」
「オメェは何を言ってるだ? クルラ爺さんの酒なんていつでも飲めるべよ」
「じゃあなんでそんなに喜んでんだよ」
訝しむようにチャーリーが尋ねると、キルムーリスは喜びを隠す事なく猛烈に語り始めた。
「だってぇお前、あの咲夜さんと一緒に仕事が出来んだぞ!? あの綺麗な顔に整った体。そして時たま見せるあのお茶目な仕草! オラはもう一目見た時からあの方にほの字だべさ! 今日この日まで、いつか一緒に仕事がしたいと願い続けた甲斐があっただ! ありがとう神様! 今度豪勢なお供え物持ってお参りにいかねぇと! 守谷様だか!? 博麗様だか!? 何処に行けば良いと思うべかチャーリー!」
「分かった! 分かったから! 一旦落ち着け!」
彼の熱に若干押され気味になりながらも、なんとか落ち着かせ、チャーリーは溜息を一つついた。
「お前が咲夜さんに一目惚れしてるって事は分かったよ。でも、あの人もお前の事が好きかって聞かれりゃ多分十中八九答えはノーだろうよ。むしろ、これ以上ないって程に嫌われてるんじゃねぇかって俺は思う位だ」
チャーリーの言う通り、咲夜はキルムーリスの事を他の人達以上に避ける節があった。
例えばある日、こんな事があった。
二人が廊下を歩いていると、少し先で咲夜さんが周りに散らばった書類をいそいてかき集めていた。すぐに二人も手伝い、キルムーリスが手渡そうとした時に少しだけ手が触れた。その瞬間、彼女はパッと手をひき、彼らの目の前から消えた。
また、こんな事もあった。
咲夜が風邪をひいた時、キルムーリスが彼女の為にお粥を作った事があった。運悪く届ける時に仕事が入った為、代理としてチャーリーが届けたのだが。
最初こそ美味しそうに食べていた咲夜だったが、作った人がキルムーリスと知った途端、露骨に食べるスピードが遅くなり、最終的に残り三割程残して眠ってしまった。
それ以前に、彼女は館内のホフゴブリン達には仕事を除いて基本的に明るく接しているが、キルムーリスだけにはそっけない態度を取り、目線すら合わせようともしない。
「お前さんが咲夜さんに恋をしようが同族のブス共に恋をしようが勝手だがな、どちらにしろ叶う確率はかなり低いって思っておいた方が──」
「分かってるだよ」
言い聞かせるチャーリーの言葉を断ち切るようにキルムーリスは言った。
「……そうかい。なら俺から言う事はあるめぇ。そんじゃ、邪魔者はさっさと消えるとするよ。くれぐれも、ナイフの錆にならないようにな」
最後に彼は憎まれ口をたたき、飄々とした足取りで厨房から出て行った。
「……そんな事、最初っから分かってるだよ。だからオラは少しでも夢が見たいんだべ」
誰もいなくなった空間に一人そう呟くと、彼はまたじゃがいものを剥き始めた。
──────────────────────
その日の朝、彼は寝不足でふらふらな足取りで自分の部屋に向かっていた。
あの後一心不乱にじゃがいもを剥いていたが、その間に咲夜が手伝いに来る事は一度もなく、朝日が昇ってすぐに作業が終わったかどうかの確認で姿を現したきりで、彼が望んだ展開にはならなかった。
「あ〜あ。結局願いは叶わなかったべか……」
溜息交じりのあくびをしながら彼は呟く。しかし、最早様式美と化した自分の運の悪さに慣れきっているのか、その口調に落胆の色はなかった。
「まぁ仕方ねぇ、また次のチャンスが来るべ。その時は絶対にあの人に……」
無駄に上がったテンションで高らかに宣言しようとした時、丁度隣の部屋から声が聞こえた。
(誰だべかこんな朝早くから……)
好奇心に駆られて壁に耳を当てると、部屋からは三人の声が聞こえた。
「……と言うわけで、先方がとても乗り気なんだ。どうか一度考えてみては貰えないだろうか?」
この凜とした声は上白沢先生だな。とキルムーリスは思った。
「そうねぇ……確かに悪くない相談ね。人里と紅魔館の架け橋にもなるし。だけど、咲夜が了承しなければこの話はすぐに無しにさせてもらうわ。どう? 咲夜。よく考えて決めなさい」
「お嬢様が良ければ私は構いません」
紅魔館当主、レミリアの威厳ある声に咲夜の声が重なった。
「……本当にいいの? 貴女確か──」
「私はお嬢様の御命令ならば、例えこの身が燃やされようともそれを遂行致します」
「……決まりだな。日取りはまた後日連絡しよう。朝早くからすまなかった。仕事があるからこれで失礼する」
慧音が椅子から立ち上がる気配がし、慌てて扉の影に隠れた。慧音はキルムーリスの気配に気づかず、そのまま廊下を歩いていった。
(あ、危なかっただ……にしても式って一体なんの事だべか?)
用心深く辺りを見回し、改めて壁に耳を当てた。
「……大丈夫なの? 貴女、他に好きな人がいるって言ってたじゃない」
「──は?」
信じられないワードが飛び出し、キルムーリスの頭は一瞬固まった。
が、そんな事などお構い無しに彼女らの会話は続いていく。
「いいんです。私はお嬢様の方が重要ですから。それに、私の好きな方は……多分私の事を嫌っていらっしゃると思うので……」
「だけど、一度も顔を見せた事の相手と結婚するのよ? 嫌じゃないの?」
「──ケッコン?」
追い討ちをかけるようなストレートがもろに決まり、一瞬目眩がしたが、気をしっかり保ち、尚も壁に耳を当てる。が、
「はい。人里一の名士で、優しく、しかも眉目秀麗だと慧音さんも仰っていましたし、これ以上文句を言ってしまってはあの堅物閻魔に軽く三時間は説教されてしまいますよ」
「──ビモク? シュウレイ?」
トドメに強烈なアッパーカットをくらい、精神的にノックアウトされたキルムーリスは、打ちひしがれるようにその場にへたり込んだ。
「そう……貴女がそこまで言うならこれ以上は何も言わないわ……いつでも帰って来なさいよ?」
「えぇ、勿論でございます。それでは私は仕事に戻ります。何かご用がございましたら、またお申し付け下さい」
にこやかな会話と共に咲夜が部屋から姿を現し、扉の前でへたっているキルムーリスを見つけて首を傾げた。
「どうしたの? 曲がった背骨がもっと曲がってるわよ?」
「……いや、ちょっと徹夜の疲れが今になって出て来ただけだよ。部屋さ帰ってゆっくりと休むだ」
最後に咲夜からとんでもない爆弾を貰い、精魂尽き果てたキルムーリスは這いつくばりながらもなんとか自室へと向かっていった。
──────────────────────
「だから言ったじゃねぇか。叶わない確率の方が高いって」
溜息を吐きながらチャーリーが言うと、既に出来上がったキルムーリスは覚束ない口調で噛み付き始めた。
「べちゅにそりぇはいいんらよ。咲夜しゃんがしょばにいれくれるらけれオラはむにぇが一杯らからなぁ。けれろ、咲夜しゃんにしゅきな人がいりゅって言うんならまらしもよぉ〜、結婚すりゅって聞いら時のショックは凄まじいもんらぞ〜? オラァその場で泣きしょうになっらんらからなぁ〜」
「分かった、分かったから。だからその酒臭い息をこっちに吐きかけて来るのはやめろ。どんだけ飲んだんだよクルラ爺さんの酒」
「ん〜……五本は空けたらかなぁ〜」
「おまっ! 俺の部屋にある酒全部飲み干したのか!?」
驚嘆と呆れが入り混じった声を上げながら強く肩を揺さぶった。
「らいじょうぶだべ。オラの部屋かりゃもいくちゅかもっれきらからまらいけりゅべ」
そう言うと、彼は四つの風呂敷のうち一つを開き、二つの酒瓶の一つをチャーリーに手渡した。
「普段滅多に俺の部屋に来ないお前が来た時点で覚悟はしていたんだが……まさかここまで悪酔いするなんざ思っても見なかったな」
チャーリーは気性が荒い分、酒癖も悪いと思われがちだが、実際はチャーリーよりもキルムーリスの方が酒癖が悪い。
勿論それは彼自身も自覚しているので普段から自室で一人酒を啜っているのだが、今回は徹夜明けに予想外の展開というダブルパンチがあり、どうしても一人では飲めないからとチャーリーを誘ったのだ。
普段から彼を振り回しているとはいえ、彼の酒癖の悪さにはチャーリーも辟易している部分がある。
「だがまぁ、気持ちは分からんでもないぜ。確かに惚れた女に好きな人がいるって言うんなら自分捨てても応援したくなるのが人情だし、側にいてくれるだけで良いって思うのもよく分かる。しかしそれを押し殺してまで結婚するって聞いちゃあ、諦めるもんも諦めきれねぇよな」
「らろ〜? オラは咲夜しゃんにしあわしぇになっれ欲しいんらお〜。そりゃらしかにしゅきな人がいりゅっれきいらろきは『仕方ねェかりゃしょいつを応援すりゅか』っれ思っらけろ、結婚すりゅって聞いらろき、オラァなんらか咲夜しゃんが可愛しょうになっれきてな〜。リェミリアしゃまの為ろは言えふくじゃつにゃ気分らべよ」
「……そこまで咲夜さんの事を想っているんならよ、いっそ祝ってあげた方がいいんじゃねえか?」
チャーリーのこの言葉に、キルムーリスはキョトンと首を傾げた。
「いや、確かに分かるよ。好きな人が幸せになって欲しいって気持ちはさ。でも、咲夜さんは一度こうと決めたら頑として動かない人だ。そうだろ?」
この質問に、彼はこくんと首を縦に振った
「だったらそれを全力で応援してやるのが筋ってもんじゃねぇか? これは俺達にどうこう出来る問題じゃねェし、咲夜さんがこうと決めた以上、説得するのは難しいと思う。そんな時、俺達に出来る事と言えばお別れパーティにはとびっきりのご馳走を作って、紅魔館からあの人の健康を祈る事ぐらいなもんだ。オメェには辛い事かもしれねぇがよ、俺はそうした方がいいと思うぜ」
一通り話を聞き終えると、キルムーリスは赤い目を更に赤く腫らして彼に飛びついた。
「そうらべな……ありがとうチャーリー。なんらか心がシュッキリしたらよ!」
「そ、そうか。そりゃよかったな……だから酒臭い体でこっちに寄ってくるな」
「ぃよーし! こにょまま夜まれ飲み明かしゅべ〜!」
「程々にしとけよな……」
そのまま飲み会は夕方六時まで行われ、キルムーリスがチャーリーの部屋でダウンした所でお開きとなった。
持ってきた八本のお酒は殆どキルムーリスが飲み干してしまい、チャーリーが少ししか酒を飲めなかったと憤慨しながら後片付けをしたのは、また別の話である。
──────────────────────
チャーリーの宣言通り、パーティは盛大に行われた。
紅魔館中の妖精メイドとホフゴブリンが総出で料理を作り、レミリアや美鈴、パチュリーやフランなどの主要なメンバーも、朝早くから館の飾り付けを行なった。
そうして始まったパーティは、文字通り飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。咲夜は時には美鈴と、時にはフランと弾幕ごっこを行い、時にはパチュリーとレミリアの漫才を見て笑ったりして、紅魔館で過ごす最後のひと時を目一杯楽しんだ。
別れの日は皆とても悲しみ、咲夜も目に涙を溜めながら紅魔館から去っていった。
そうして三年がたったある日、咲夜の埋め合わせとして執事長に就任したキルムーリスが買い出しの為人里を歩いていると、前方に仕立ての良い青の着物を来た女性が歩いていた。
しゃんとした背筋で歩いているのだが、何処かふらふらと覚束なく、遂に足が絡まり、その場に倒れてしまった。
「お嬢さん、大丈夫だべか……って! あんたは!」
驚いたことに、声をかけたその女性はなんと咲夜だった。
「はい。大丈夫で……あら、キルムーリスじゃない。どうしたの? こんなところで」
振り向いた咲夜も、若干ながら驚嘆の声をあげた。
「オラは夜の買い出しに来ただ。咲夜さんは?」
「私も御夕飯の材料を買いに来たのよ。うちの人はよく食べるから」
「そ、そうだべか……」
……それにしても、
キルムーリスは咲夜の姿をまじまじと見つめる。
僅か三年の間で彼女はすっかりと変わっていた。紅魔館にいた時からのクールな表情はそのままだが、何処か憂いとも、憔悴とも取れるような雰囲気が周りに漂っていて、元々細い体は更に細くなっており、頰はすっかりやつれて僅かに頬骨が出ている。
「……何? 私の顔に何かついてるの?」
ずっと顔を見続けていたのが気になったのか、訝しむように咲夜は尋ねた。
「あ、いや、見ない間に随分雰囲気が変わったなぁ〜って思っただけでさ。それにしても……本当に久しぶりだべなぁ」
この三年間、紅魔館の住人達は咲夜が相手を連れて遊びに来るのを今か今かと待っていた。しかし、彼女達は遊びに来るどころか手紙の一つすら来る事はなかった。
最初は新婚生活を満喫しているのだろうと思っていたレミリアも、次第に心配の方が大きくなり、遂にこっちから直接会いに行くとまで言いだす始末だ。この時はパチュリーとキルムーリスとでなんとか落ち着かせたが、いつ蒸し返して来るか分かったものじゃなかった。
「ごめんなさいね。まだちょっと慣れない部分があるの。後もう少ししたらあの人を連れてお嬢様の下へ挨拶に行くわ」
「そ、そうだべか……とにかく、体には気をつけて欲しいだよ。倒れたら元も子もないからな。ほれ、立てるべか?」
咲夜はこくんと頷くと、キルムーリスの手を取って立ち上がった。中に何も入っていないと思わせる程軽かった。
「それじゃ、オラは買い出しに行くだ。また何処かで会えたら嬉しいだよ。後、一通だけで良いからお嬢様にお手紙を書いて欲しいべ。咲夜さんがいなくなって、一番寂しそうにしてるのはあの人だから」
挨拶もそこそこに歩き出そうとした時、
「ねぇ、ちょっと待って」
急に咲夜に呼び止められた。振り向いて咲夜の方向を向いたが、俯いていてどんな表情をしているのか分からない。
「私の記憶が正しいなら、仕込みの時間までまだ結構時間はあるわよね?」
「まだ余裕はあるだべが……」
なら、と咲夜は顔を上げ、ほんのり朱色に染まった頰でこう言った。
「ちょっと付き合ってくれないかしら?」
はいどうも。毎度お馴染み焼き鯖です。
今回も例によって例の如く前後半に分けます。いつになったら一話完結物を投稿出来るんだろう……
ともかく次回も楽しみにして頂けたら幸いです。