落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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 タイトル通りです。
 超短いです。
 次回から本気で七星剣舞祭編始まります(何回目だよ)。


名状しがたい幕間のようなもの

 ステラ・ヴァーミリオンという少女は、自身が天才であるということを正しく理解している人間である。

 数値として自身の魔力量が世界最大量であること、加えて他人と比べて努力や鍛錬による成長効率が並外れていることなどからもそれは明らかだ。

 能力こそ『炎を操る』という平凡な自然操作系のものだが、それを侮ることができるのは彼女の火力を目にしたことがない者だけだと断言できるほどに強力。

 家柄すらも王族の生まれという完璧さ。

 そしてその美貌。

 まさに非の打ち所がない完璧な超人だ。

 もちろん、天才であることと未熟であることの意味を履き違えるほど愚かではない。

 だが既に自分の能力が――とりわけ魔術による火力や怪力に限るのならば、自分の実力が世界有数であることだけはハッキリと自信を持って断言することができた。

 

 だが、だからこそ。

 

 自分は天才であり、得手不得手はあれどこの能力だけは誰にも負けないと自負していたからこそ。

 それを真正面から歯牙にもかけられず敗れ去ったということが信じられなかった。

 

 ステラが意識を取り戻したのは、それは既に全てが終わった後のことだった。

 選手団は珠雫を除いて全員がほぼ敗北。一輝はあの《比翼》のエーデルワイスを相手に善戦したとのことだが、敗北には変わりない。祝に至っては生死不明な上に行方不明(こちらは後でひょっこり戻ってきたと聞かされたが)。

 それを聞き、ステラは己の無力さと経験したことのないほどの敗北感を噛みしめることとなった。

 

 真っ先に、それも一撃で敵に敗れ去っておきながら、何が天才か。何がAランク騎士か。

 

 聞くところによれば、祝はあの後で件の王馬と一歩も譲らぬ闘いを繰り広げたという。

 彼女もまた別種の天才ではあるが、その一方で自分は誰もが認める才能とそれに裏打ちされるだけの実力を兼ね備えていたはずだったのに、王馬が相手では自分の土俵(パワー)ですら歯が立たなかった。

 圧倒的だった。

 話にもならないほどに隔絶した力量差であった。

 ただ一合でレベルの差を認識させられるほど。その差はまさに赤子と大人。ステラは大人が赤子をあやすように丁寧に、硝子細工を扱うかのように慎重に手加減をされたのがあの結果だというのが今ならばわかる。

 加えてあの殺気だ。

 あれほどの殺気がただの威嚇だなど、冗談にしても笑えない。いや、王馬の言が本当だったのならば、()()()()で竦み上がったステラの方が期待以下だったのだろうが。

 

(……アタシは、弱い……)

 

 ステラがそう痛感させられたのも無理からぬ話だ。

 合宿の時点でも薄々勘付いてはいた。昨年の優勝者であり現役の《七星剣王》である祝には模擬戦で一度も勝ち越せず、ベスト4止まりの刀華が相手でも勝率は五分止まり。

 これに加えて今年はあの王馬が七星剣舞祭に出場するというのだから、もはや“今のステラ”ではその頂に立とうなど夢のまた夢なのは明らか。

 

(でも、アタシは約束したんだから! イッキと……二人で騎士の高みへ行こうって!)

 

 ならばこんなところで立ち止まることが、膝を屈して涙を流すことが果たした彼女の“騎士道”に悖らぬ行為なのか。

 否だ。

 七星剣舞祭の開催まで残り約一週間。

 その僅かな期間で、王馬に、祝に――そして一輝に追い付かなければならない。

 

(待っていて、イッキ。アタシは貴方より強くなって必ず戻ってくるッ……!)

 

 少女の目には覚悟の炎が灯っていた。

 その炎を瞳に宿し、彼女は破軍学園において最強の伐刀者――西京寧音を訪ねたのだった。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 黒鉄一輝は現在、自室において一人、精神集中(めいそう)を行っていた。

 彼はよくこうして自身の精神の深くにまで潜り込み、精神の修行や肉体のメンテナンスを行っているが、今日の目的はそれではない。

 

 先日の刀華との試合で掴んだ新たな自分の可能性――即ち《魔力制御》の修練である。

 

 最初に断っておくと、『新たな可能性』と銘打ってこそいるが一輝がこれまで《魔力制御》の技術を疎かにしていたというようなことはない。しかし彼がこれまで修めていた内容は、あくまで《一刀修羅》の運用に特化した内容だった。

 一分間で自分の魔力(すべて)を出し切る、そういった特殊な運用方法を専門に彼は修練を積んできたのだ。

 しかし今の一輝が行っている訓練はその真逆だった。

 一分間の極限状態を維持する目的ではなく魔力そのものを体内で自在に練り上げ、それを無駄なく使用する普遍的な魔力運用――即ち珠雫や祝が得意とする《迷彩》の技術に近い。

 

(僕は、まだ高みに行ける……!)

 

 刀華との試合は、まさにそれを実感させてくれる内容だった。

 剣の上達、武の向上。それ以外の新たな境地を己の力で切り開き、一輝はその新たなステージを目指すようになっていたのだ。

 加えて、先日の暁学園の襲撃に際して遭遇した世界最強の剣士――《比翼》のエーデルワイス。

 彼女との闘いは自分の敗北という結果で終わりこそしたものの、生き延びることができたのは僥倖だ。なぜなら、それによって自身の遙か先に位置する剣の頂を垣間見ることができたのだから。

 剣術と魔術。

 一輝はその二つの領域にこそ己の成長におけるための道があると確信していた。

 

(今はまだ全然仮定の段階だけれど……もしも僕が珠雫や祝さんに匹敵する《魔力制御》を身に付けられたのならば……)

 

 その時は、恐らく《一刀修羅》は従来のものとは比較にならないほどの出力に跳ね上がる。

 そして今はまだ不可能であるが、もしかすると身体の運用方法によっては《一刀天魔》すらも限りなく少ないリスクで使用することができるかもしれない。

 《一刀天魔》――それは一輝が新たに身に付けた最大最強の魔術。

 一分間で使い切るはずの魔力を一瞬の出力へと集約し、更にそれを《魔力制御》による凝縮で体内に押し止める最強の身体強化。しかしそのリスクは大きく、魔力切れで継戦が不可能になるのはもちろん、あまりの強化倍率に肉体が限界を超えてしまい一週間近く病院送りになることは確実な自滅魔法。

 刀華との試合では前日までの疲労と体調不良が祟り二週間ほどの入院となったが、実際はこのくらいの休養で全快することができるだろう。……寿命を削りそうな魔術であることに変わりはないが。

 あるいは《魔力制御》を適当にすることであえて強化倍率を下げ(ダウングレードさせ)て瞬間的な出力のみを利用すれば反動も小さくなるかもしれないが……

 

(でも、それも選択肢の一つかもしれない。《一刀天魔》は使い所が難しすぎる。使えるのは決勝戦の一回限りになるし)

 

 もちろん《一刀修羅》だけでは心もとないというわけではない。

 しかし切り札は多ければ多いほどに良い。

 刀華との試合はテレビによって全国にも放送されていることから、《一刀天魔》がハイリスクハイリターンな大技であることは知れ渡っているはず。

 ならばあれを一輝が軽々に使うとは誰も思うまい。

 

(だったらその裏をかく意味で、ダウングレードは本当に僕の切り札足り得るかもしれない)

 

 そう思い、一輝はこの日まで絶えず《魔力制御》の修練を重ねてきたのだ。

 今の所、成果としてはまずまずといったところだろう。

 最初から容易に《迷彩》の領域にまで辿り着けるとは思っていなかったが、一輝の魔力運用がそもそもピーキーすぎることも相まってそう上手くは行かないのは予測済みだ。

 まだ一週間ある。

 ここで焦ってもどうにもならない。

 

(……ステラは自分の強さを追い求めて一週間戻らないという。だったら僕もうかうかしていられない)

 

 同室の少女のことを思い浮かべながら、一輝は再度瞑想に集中した。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

「ええっ、王馬くん生きているんですかぁ!?」

 

 馬鹿な、死んだはずでは!?

 私がその驚愕の事実を知ったのは、通称《前夜祭》から数日たったある日のことだった。

 七星剣舞祭に向けた旅支度を行っていた私を黒乃先生が訪ねてきて、「そういえば言い忘れていたんだが」とこの情報を言い放ってきたのだ。

 絶対に死んだと思っていたのに。

 「凄まじい原作ブレイクをしてしまったなぁ」と内心では少し反省していたくらいだというのに。

 

 先日の《前夜祭》で、私は王馬くんと相打ちという形で命を落とした。

 その際、私は黒鉄からパクった《第六秘剣・毒蛾の太刀》で内臓と脳をメチャメチャのグチャグチャになるまで粉砕してミンチにしてやったというのに、それでも彼は死ななかったというのか。

 

 何てこった、黒鉄の人間は化物か!

 

 と、私は一人で戦慄していたのだが、どうもそれは私の思い違いらしい。

 どうやら王馬くんは敵の能力によって死体の状態から瀕死の重傷レベルにまで肉体の損傷を回復させられたらしく、それによって九死に一生を得たのだとか。黒乃先生によれば、何でも『能力をコピーする能力持ちが向こうにはいる』とのこと。

 ……ああ、《血塗れのダ・ヴィンチ》(笑)の人か。

 なるほど、あの人の能力って応用すればそんなこともできるのね。原作ではそういう描写がなかったと思うから普通に予想外だった。魔術って凄い。

 

「それで、大阪に向かう準備はできたのか?」

「ええ。私は元々荷物が少ないので、小一時間もあればトランクに全部詰め込めます」

「……お前のことだから、服なんて予備の制服をありったけ詰め込むだけで終わるだろうしな」

「はい。機能的で素晴らしいでしょう? “制服がある”――それは学生の身分が持つ最高の利点の一つだと私は思うんです!」

 

 だって服装で迷う必要とかないもんね。

 困った時はとりあえず制服着ておけば大体のことは解決するもんね。

 社会人とか大学生は、そういう意味では自由すぎて面倒だったと前世の記憶にある。高校から大学に上がったり、あるいは職場の人間と休日に集まったりする時に最初は「何を着てきゃいいんだ?」ってなるからね。

 

そうそう、なぜ私が旅支度までして大阪に向かおうとしているのかというと、七星剣舞祭の舞台が大阪にあるからだ。

 大阪中心部から少し離れた場所に、企業誘致などが上手く行かず無人となってしまったビル群――いわゆるゴーストタウンがあるのだが、そこにある湾岸ドームで七星剣舞祭は開催される。

 つまり無駄になってしまった土地を再利用しましょうという目論見が含まれた行事なのだとか。

 大阪は湾岸エリアでこういう行事を行うことで、ゴーストタウンがスラム化しないように防いでいるという涙ぐましい努力が裏にはあるのだ。個人的には「さっさと更地にしてしまえばいいものを」と思うけど。きっとお金の問題とか色々あるんだろうね。お役所は大変だ。

 

 ……う~ん、それにしても困った。

 

 話は戻るが、王馬くんへの対処についてだ。

 彼は友達とか少なさそうだし仲間意識とか微塵もなさそうだから迂闊にペラペラと「俺は祝を殺したもんげ!」とか騒ぎ立てたりしないと思うけど、私が蘇生系の能力を持っていると知られているのは危険だ。

 最悪、私の能力が世間に曝されて「そんなんチートや! チーターや!」とか騒がれると非常に不味い。

 そんなことになったら私に引き摺られるように大鎌の評判が悪くなりかねない。チーターの武器=大鎌とかになったら、もう私は泣いて自害するレベルだ(結局復活して()()()けど)。

 あと何日かしたら七星剣舞祭だから嫌でも王馬くんとは顔を合わせることになるが、その時の王馬くんの様子次第では……始末しないとだめかも?

 

 私がそんなことを考えながら荷物を詰めていると、黒乃先生が「ああ、疼木」と何かを思い出したように……

 

 

「七星剣舞祭の二日前に大会が主催するパーティがあるだろう? お前、あれに出席しろ」

 

 

 唐突にそう宣ってきたのだった。

 

 




 活動報告にも書きましたが、現在対戦表に悩み中です。
 あっちを立てればこっちが立たず。一輝の成長フラグとかを考えると迂闊に動かせない部分があるのが難しいところですね。大枠は決まっているのですが、細かい所の調整が難しいです。

 それと本編には関係ありませんが、原作における七星剣舞祭のトーナメント表を整理目的で個人的に作成したので、よろしければどうぞ。


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