落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

28 / 40
本日二話目の更新です。
お昼頃にもう一話投稿しています。念の為にご注意を。
それとすみません、今回はかなり難産だった上に結構端折ったので、原作を読んで戴いた方が良いと思えるほどの回です。すみません。

今回より『七星剣舞祭編』の開始です。


七星剣舞祭編
フルフルニィ


 《国立暁学園》の設立。

 これによって世論は大いに割れた。政府の方針への賛同派と否定派の真っ二つとなり、連日連夜の討論番組が絶えないほどと言えばどれほどのものかわかるだろう。

 連盟からの脱退か、あるいは現状維持か。

 これからの国の未来を左右する目に見えた、加えて七星剣舞祭の結果によってそれを決するという差し迫った問題だ。平和ボケしていると揶揄される日本人であろうと見過ごすことなどできはしなかった。

 

 しかし実際のところ、そのような国民の心配は当の選手たちにとって重要ではない。

 

 なぜならば彼らに突きつけられた真実は、結局のところ『自らが最強であると世に証明してみせよ』という課題ただ一つなのだから。

 

 優勝者が誰であるかによって国が動く?

 それによって日本の命運が決まるかもしれない?

 知ったことか。そんなものは自分が勝ち残れば全て解決する話だ。

 

 そう考えることができる選手だけがこの七星剣舞祭に残っている。

 暁学園の圧倒的な力に挫けず、世間からのプレッシャーに怯えることなく、ただ勝利を望む真の騎士のみがこの舞台に残ることとなった。彼らにとってはそれだけの話なのだ。

それによって篩にかけられ、舞台に残った学生騎士は三十二人。暁学園の生徒を除けば二十六人。七つの騎士学校から六人の代表選手が輩出されることを考えれば、およそ半数強が姿を消した計算となる。

 

 ――上等だ。

 

 誰かがそう呟いた。

 むしろ実力を兼ね備え、さらに複雑な事態の最中に放り込まれたこの舞台へと上がる決意をした騎士が二十六人もこの国にいたことこそが称賛されるべきなのだ。

 今年の七星剣舞祭は、心技体を兼ね備えた学生騎士たちが鎬を削り合う熾烈な闘いとなることだろう。

 

 そして七星剣舞祭の開幕となる二日前。

 いよいよ大会の対戦表が発表される。

 祝の初戦の相手、それは――《浪速の星》諸星雄大。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 現在は七星剣舞祭の二日前。

 私は大会が行われる大阪に身を寄せている。なぜ二日前なのかと問われれば、それはこの日に代表選手限定の大会が主催するパーティが開かれるためだ。会場は各学園の選手が宿泊するホテルの最上階で、私は現在それに参加するための準備をしている。

 もちろん私としてはそんなものに参加するつもりはなかったのだが……

 

「――疼木、準備はできているか?」

 

 コンコンッと小気味よく更衣室の扉がノックされ、私が「どうぞ~」と返すと、いつものダークスーツに身を包んだ黒乃先生が入室してきた。

 先生は私の姿を見るなり「ほう」と一息つく。

 

「ふっ、馬子にも衣装というやつか。私の予想以上に似合っているぞ」

「それはどうも。褒めても何も出ませんけどね」

 

 これは心からの言葉である。

 別に“パーティ用の衣装”が似合っているからといって何か感じるところはない。

 これは前世が男だった影響なのか私が不精なだけなのかは知らないが、私はどうも服に対する興味関心が薄い。TPOの観点から着替えが必要なのは理解できるが、別に綺麗に見られるために着飾ろうという意識が湧かないのだ。

 だというのに私がこうして着飾っているのは、黒乃先生たっての要望だからである。というか参加することそのものが彼女の要望であり、先日の件で借りのある私はそれを断ることもできず不承不承こうして従っているというわけだ。

 ちなみにドレスや靴などは全てレンタル、化粧はその店のスタッフが行ってくれた。さらに言うなら、ドレスの選出からメイクの具合まで全て黒乃先生監修である。

 何をさせたいんだろうね、この人は。

 実は私を着せ替え人形にして楽しんでいるだけなんじゃないの?

 

「では、そろそろ行くぞ」

「行く? 先生もパーティに参加するんでしたっけ? 私は去年のに参加しなかったのでその辺が曖昧で」

「ああ、私のような理事長クラスの人間も参加する。ああいう場は血の気の多い輩が多いからな、それを抑えるための配置という意味もある。……それに上手く行けば、()のボスが出てくるかもしれんからな。そうなったら私も少しばかり挨拶(・・)してくるさ」

「先生が一番血の気が多い件について」

「馬鹿者。大人の挨拶というものはもっとスマートなものだ。お前たちガキと一緒にするな」

 

 すると「ゴーン」というレトロな音とともに、部屋に備え付けられた振り子時計が午後六時を告げる。

 それがパーティ始まりの合図。誰か来るかニャ誰も来ないかニャ、ドキドキしながら待ってるニャ~。私としては誰も来ていないとすぐに帰れて楽なんだけどね。

 

 パーティ会場は先程も言った通り高層ホテルの最上階にあるため、そこまではエレベーターで向かう。

 よってお粧しした私はその装いのままエレベーターホールへ黒乃先生と向かったのだった。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 祝が移動を始めたまさに同時刻。

 パーティ会場は現在、不穏な空気に包まれつつあった。

 大胆不敵にもパーティに参加していた暁学園の多々良が、何と同じくパーティに参加していた珠雫へと毒入りの剃刀を料理に盛ったのだ。

 これを境に場は険悪な雰囲気へと遷ろい、周囲がその状況を不審に思い始めた次の瞬間――なんと多々良が自らの霊装《地摺り蜈蚣(チェーンソー)》を顕現させたのだ。

 多々良の好戦的な雰囲気と抜かれた霊装。これが意味するところはつまり、これより闘いが始まるということに他ならない。流石に一流の学生騎士が集まるこのパーティにおいて激しく動揺する者はいなかったが、唐突に広まった闘争の気配に驚きを隠すことはできない。

そして多々良に相対する一輝もその手に《陰鉄》を顕現させようと――

 

 

「やめとけや。《無冠の剣王(アナザーワン)》」

 

 

 しかし二人が激突すると思われたまさにその瞬間。

 外野から制止が入る。

 その一声に一輝だけでなく多々良すらもその動きを縫い留められた。ただの一声で二人は動きを完全に制されてしまったのだ。

 ザッと、状況を傍から見守っていた人垣が割れる。その先から現れたのは、高い身長と額に巻かれたバンダナが特徴的な偉丈夫。

 

 前年度《七星剣舞祭》において祝を除く他を圧倒し、国内において序列二位の強さを誇る学生騎士――武曲学園の諸星雄大だ。

 

 祝を除く全ての対戦相手を無傷で制し、祝と並び今世代の二枚看板とまで称される男。

 三位以下と二人との間に聳え立つ壁は厚く、恐らくは彼女と並んで優勝の最有力候補と目される伐刀者。

 そんな男の一声はまさしく重力を伴っていた。まるで全身が重くなったと錯覚させられるような、そんな圧力を彼は放っている。

 その後ろに続くのは昨年の第三位とベスト8、同じく武曲学園の城ヶ崎白夜と浅木椛だ。一気に揃った昨年度大会の実力者たちに、場の空気がより一層の緊張に包まれる。

 

「何や、全員殺気立ってからに。大会は明後日からやで。それにそこの物騒な嬢ちゃんも、犬みたいにキャンキャンと騒ぐのはやめんかい。……いや、犬の方が『待て』ができる分いくらか賢いか?」

 

 多々良へと細めた目を向けた諸星は、これ見よがしに溜息をつく。

 それに頬を引き攣らせた多々良は、《地摺り蜈蚣》のエンジンを稼動させながら諸星へと一歩を踏み出した。

 

「ギギッ、舐めた野郎だ。余程愉快な死体になりてェらしいな」

「耳は大丈夫か、お嬢ちゃん? ワイは思ったことをそのまま言っただけやで」

「上等だクソがァ! まずはテメェからぶっ殺して――」

 

 その瞬間、多々良は反射的に、されど全力でその場を飛び退いていた。

 後方の人垣を強引に吹っ飛ばし、魔力放出によって強化された脚力を以って全力で後退する。そして床を削るような勢いで多々良が制動をかけたのは、諸星からおよそ5メートルは離れた位置だった。

 

「ッ、テメェ……!」

「ほう? ええ眼力や。……そう、そこまでがワイが一息でこいつを突き出せる“間合い”やで」

 

 気が付けば――まさに誰もが顕現の瞬間を目視することができぬほどの速さで、諸星の手には2メートルを超える長槍が握られていた。

 黄色い長柄から真っ直ぐに伸びる刃と、穂の根本に傭えられた虎の毛のような飾り。

 この黄槍こそが彼の霊装《虎王》である。

 

(……この野郎ッ、なんて広い間合いしてやがる!)

 

 多々良は内心で歯噛みする。

 諸星の槍の全長が2メートル、腕の可動範囲を精々0.5メートルほどと考えれば、この間合の広さの異常さがわかるというものだろう。小手先の足捌きでどうにかなるレベルの長大さではない。

 そしてその異常さは、間近でそれを見た一輝も感じ取っていた。

 諸星を中心に広がる半径5メートルの半円球。最早結界とも呼べるその領域が一輝にはハッキリと見えていた。正直に言って、敵として相対した際にはこの領域に踏み込める気がまるでしない。

 

(これが去年の七星剣舞祭であらゆる選手を間合いに入れなかった最強の間合い――《八方睨み》か!)

 

 これこそが諸星が最強たる所以。

 この間合を制し、諸星に近接戦闘(クロスレンジ)を仕掛けられた学生騎士は去年の七星剣舞祭では一人として存在しなかった。そう、それは伝家の宝刀《雷切》を持つ刀華でさえも。

 しかし近接戦闘が敵わないならば遠距離戦闘(ロングレンジ)――即ち魔術で仕留めようと多くの者は考えるだろう。如何に武術の達人であろうと、武が届かない領域で闘われたのであれば勝ち目がないはずだと。

 

 だが、諸星にだけはそれは当てはまらない。

 

 その理由は彼の保有する魔術による。

 諸星の魔術とは、魔術を無効化する魔術――即ち遠距離からの攻撃を全て無効化することができるのだから。

 つまり遠間からの魔術は全て無効化され、近間は槍によって封殺される。あまりにも効率的で完璧すぎる鉄壁の布陣。よってこの布陣を破り、諸星へ刃を突き立てることができる者だけが《七星剣王》の領域へと辿り着く資格を得るのだ。

 

「……で、まだやるんか? ワイとしてはこれで大人しくしてくれるってんなら、一年坊を可愛がってやる理由もなくなるんやけどな」

「チッ」

 

 多々良は小さく舌打ちした。

 気が付けば人垣は膨れ上がり、各学園の教師陣までもがレセプションルームの端々から睨みを利かせている。加えて人垣の中には事前に集めた情報にもあった障害になり得る学生騎士たち――《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》加我恋司や《白衣の騎士》薬師キリコ、それに――

 

「……テメェ、女。誰に断って《無冠の剣王》に手ェ出そうとしてやがる? アァ?」

 

 人垣を強引に割って多々良の前に姿を現したのは、諸星に劣らぬ長身と逆立った金髪、そして何よりも特徴的なのが(はだ)けた胸元から覗く髑髏の入れ墨――貪狼学園の《剣士殺し(ソードイーター)》倉敷蔵人だった。

 

「コイツは()()()()()()()()()()野郎だ。それを割り込もうってんならテメェから先にブッ殺すぞ!」

「……ッ」

 

 比較的背の低い多々良を見下ろす形になりながら蔵人が凄む。

 それに対し、多々良は歯噛みするだけで何も言い返そうとはしない。それは状況を正しく理解しているためだ。

 これ以上ここで騒ぎを大きくすれば、このまま彼らに袋叩きにされるだろう。……もちろん、この場の全員を相手取っても多々良は負けるつもりなど毛頭なかったが、面倒なことには変わりない。

 

「倉敷くん……久しぶりだね」

「ハッ、無事に七星剣舞祭まで登ってきやがったか。聞いたぜ? テメェ、あの《雷切》を斃してしてここまで来たっていうじゃねぇか。……結構なことだ。闘い甲斐がありやがる」

 

 二人はしばらく前、紆余曲折の末にとある道場を巡って一騎打ちの決闘を行った過去を持つ。

 その際の決着は一輝の白星で終わったが、それで黙って泣き寝入りする蔵人ではない。この数ヶ月、一輝へと“借り”を返すために黙々と修練を積んできたのだ。

 それがこんなわけのわからない女一人に台無しにされるなど、蔵人としては笑い話にもならなかった。

 

「――白けちまった」

 

 状況の不利を判断した多々良は、霊装を消し踵を返す。

 そして歩き去る多々良の後を追う者はいない。お互いにこれ以上の諍いが無意味であることを了解したためだ。そうして会場から足早に去っていく多々良の背を見送りながら、一同は内心でほっと一息をついたのだった。

 

「……ありがとうございました、皆さん。あのままだと僕も剣を抜かなければならないところでした」

 

 多々良が姿を消すや、一輝は周囲の人々に礼を返す。

 実際、珠雫が狙われた時点で一輝としても怒りで頭に血が上りかけていたのだ。彼一人では、ここまで穏便に多々良を追い返すことはできなかっただろう。

 しかし礼を言われた諸星は先程までの鋭い重圧が嘘のようにカラッとした笑みを浮かべた。

 

「構わん構わん! 見ていた限りやとそこの妹ちゃんを狙われたんやろ? なら先に抜かなかっただけで上等や。ワイやったら手を出された瞬間にフルボッコやで」

「……雄、それは自慢げに語ることではありませんよ? 貴方は我が校最強の学生騎士なのですから、もう少し品性というものをですね」

「あはは、無理やてびゃっくん。ホッシーは筋金入りのシスコンやからな」

 

 諸星の隣で城ヶ崎と椛が困ったように笑う。

 しかし諸星はそれに納得がいかないようで、「カーッ、こんなん兄貴なら当然やろが!」とキレていた。

 

「そういえば黒鉄。今日は祝の奴は来とらんのか?」

 

 すると諸星が思い出したように会場へと視線を走らせる。

 しかし残念なことに彼女はまだパーティには出席していない。いや、それどころか彼女がこういう場に姿を現すかどうかすら怪しい。

 その旨を伝えると、諸星は残念そうに肩を落とした。

 

「そか。そういえばあいつは去年も不参加やったし、望みは薄いか。いや、試合の前に一度“挨拶”しときたかったんやけどな」

「あ、挨拶ですか……そういえば諸星さんは去年、決勝戦で疼木さんとぶつかったんでしたね」

「せやで、《深海の魔女(ローレライ)》の嬢ちゃん。まぁ、完敗もいいところやったけどな! とはいえ……」

 

 諸星がニィと口角を上げる。

 その好戦的な空気は、先程の多々良に放った威圧感を彷彿とさせる。

 いや、気配としてはそれ以上だ。本来ならば全身から放たれているであろうあれ以上の威圧感が圧縮され、まるで薄く引き伸ばされたかのように諸星の全身を覆っている。その僅かに漏れたであろう威圧感でさえ、一輝と珠雫の背筋を凍りつかせるには充分なものだった。

 

「ワイとしてもやられっ放しちゅうわけやないで? 今年はキッチリと勝ちを獲ったる。……それにあいつには、()()()()()()用があるからなぁ。ククク、会うのがホンマ楽しみやでぇ……!」

 

 試合以外――その言葉に一輝は思わず息を呑んだ。

 反射的に思い起こされるのは祝が去年及んだという、他校の生徒への蛮行だ。校内の生徒ですら未だに彼女に対して反感がある者が多いのだから、校外でも同じように怒りを燻らせている者がいても不思議ではない。

 思えば先程から言葉の端々で感じる威圧感も、騎士としてのそれというよりは、それとは別種の何か滾る感情のようなものを感じる。

 もちろんこれは一輝の予想に過ぎないが、それでもこれが真実だとしたら……

 

(だとしたら、この場に疼木さんがいなくて良か――)

「私が来たッッ!!!」

 

 一輝がそう胸を撫で下ろしたまさにその瞬間、その一声と共に会場入口の両扉がドバァと勢い良く弾け飛んだ。いや、正確には弾け飛んだと錯覚するほどの勢いで開かれた。

 暁学園の多々良に続き今度は何だ、と一斉に会場の人間たちが入り口へと振り返る。否、正確には振り返るまでもなくその犯人が誰なのかを多くの人間が理解していた。

 その光景にある者は腰を抜かし、ある者はゲンナリと肩を落とし、またある者は「相変わらず派手だなぁ」と苦笑を浮かべ、ある者は「なんてタイミングの悪い」と胃の辺りを押さえていた。尚、一輝は最後の一つに当てはまる。

 そして振り返った一同は、その()()()()()()()()()()()()

 

 そこにいたのは、疼木祝であり、だが彼らの知る疼木祝ではなかったのだから。

 

 

 凄まじい美少女がそこにいた。

 

 

 普段から手入れを怠っているであろう跳ね放題の癖毛は息を潜め、美しいロングストレートへと変貌していた。

 服に至っては万年制服しか着ていないことで知られる出不精の彼女が、制服ではなく、両肩が露出するデザインの黒いイブニングドレスを身に纏っている。しかし露出度が高い一方、黒いオペラグローブによって腕の露出がほぼないというギャップが、その限られた肌の面積の白さを際立たてていた。

 そして普段からスッピン丸出しの顔には、明らかに彼女が施したのではないことがわかるメイクが施されており、元々愛らしい顔立ちをしていた彼女の可愛らしさを引き立てている。

 繰り返すが、祝であって祝ではない、最早恐ろしいほどに完璧な美少女としか言い様のない祝がそこにいた。

 

『…………………………えっ、誰……?』

 

 空気が止まった。

 恐らく数秒に限り、全員の呼吸すらも止まっていたのは間違いない。

 いっそ祝の装いは荘厳とすらも感じられるもので、あまりにも彼女の普段の装いからはかけ離れていた。馬子にも衣装どころの話ではない。これでは最早魔法をかけられたシンデレラだ。

 しかしその一方、空気の読めない祝は首を傾げるばかりで状況が全く読めていない様子だった

 

「……あれっ、どうしたんですか皆さん? 皆大好き《七星剣王》の登場ですよ~? もっとこう、『恐ろしい重圧、俺でなきゃチビッちゃうね』とか『あれが……《七星剣王》……!』って感じで恐れ慄いてもいいんですよ?」

「って、誰やお前はー!」

 

 真っ先に再起動したのは、一輝たちにとっては意外や意外、武曲学園の浅木椛であった。祝の下へと駆け寄るなり、渾身のツッコミを炸裂させながらどつきをかます。

 もちろん祝は「当たらなければどうということはないっ」と意味不明なことを口走りながら華麗に躱した。

 

「マジで誰やねんお前! 何やその服ッ! あんた制服とジャージしか持っていなかったのになんで突然ドレス!? ウチも着たかったのになんでドレスなんやー!」

「ウチの理事長の方針です。『七星剣王が適当な服でパーティなど私が許さん』だそうで、お化粧とか髪の手入れとかまで全部手配してくださいました。あっ、ドレスはレンタル品です、同じく理事長が選んでくださいました」

「かーッ! 何やその至れり尽くせり! 羨ましすぎてハゲ散らかすわ!」

 

 やいのやいのと二人が騒ぎ立ててくれたおかげで、一輝を含めた一同もようやく再起動が完了する。

 そして改めて正装した祝を見やり、一輝は思わずその視線を彼女によって奪い去られてしまうのだった。

 元々、祝の素材が良いことは一輝も察していた。しかしあまりの化粧っ気のなさ(血化粧は除く)、ジャージしか見たことのない私服、そして何より修羅道に身を委ねるその狂気のせいで祝を一人の女性として見たことが皆無に等しかったのだ。

 故にこうして“女”を全面アピールした格好で登場されると、一輝としても目のやり場に困るのが正直なところだ。隣で珠雫が「じぃー」と祝を睨んでいることは何となく察していたが。

 

「へ、へぇ……疼木さんは武曲の浅木さんと知り合いだったんだね。シラナカッタナー……」

「……あの人、私のお兄様の視線を釘付けにして……妬ましい!!(そうですね)」

「ちょ、珠雫! 思っていることと口に出していることがたぶん逆になっているから!」

「ハッ⁉︎」

 

 正気に戻った珠雫は「失礼しました」と恥ずかしそうに前髪を直しながら体裁を取り繕っている。

 

「……それにしても、疼木さんがパーティに出てくるのは意外だったな。あの人ならこういう行事は無視しそうなものだから」

「大方、理事長先生の指示なんでしょうけどね。とはいえ、たとえ先生の指示だろうとあの人がこういう場に出てくるとは思いませんでしたが」

 

 確かに、珠雫の言った線が最も正しそうな気がする。

 祝は先日の襲撃事件の際、一時とはいえ生死不明の状態で行方を晦ませてしまった。一度は死亡説すら出たほどだ。

 あるいはそれに対するマスコミへの対応などの件を恩義に感じているのかもしれない。

 

 

 

 

「く、ククク……ようやくお出ましかァ? 待っとったで、祝ァ……!」

 

 

 

 

 しかし正常に戻りつつある空気の中、今度は背後から、一輝と珠雫は唐突に総毛立つほどの寒気を叩きつけられた。

 その瞬間、諸星の空気が明らかに変わった。これまでの洗練された戦士の気配から、まるで獲物を前に舌舐めずりする獣へとその身に纏う気配を変貌させたのだ。

 事実、最早諸星はその顔つきすら変え、内に秘めた獰猛さを隠すことさえできていなかった。いや、そもそも彼には隠す気すら毛頭ないのだろう。

 なぜなら今の彼には、祝以外の人間など眼中にないことは傍目から見ても明らかなのだから。

 

「はふ、りィ……」

 

 「何事か」と一輝が驚くのと、一輝を押し退け、諸星が静かに一歩を進めたのは全くの同時だった。

 獣のように猛々しく、しかし獲物へ襲いかかる肉食獣のように静かにその歩みは始まる。靭やかに、されど音も、気配すらもなく一歩、二歩とその歩みは続き……次の瞬間、諸星の総身がブレた。

 

(速いッ……⁉︎ いや、それだけじゃ――)

 

 一輝がそう思考した瞬間には、諸星と祝の間合いは一気に半分まで縮められていた。

 この動きは尋常のそれではない。ただ速いだけで一輝の目から逃れることはできない。

 これはまさに“覚醒の無意識”へと――人が意識に捉えつつも、無意識の内に認識外へと追いやってしまう死角へと潜り込む奥義――《抜き足》だ。

 

(いきなりだから完全に見失って――!?)

 

 一輝を含めた多くの人間が、諸星の姿を消えたと錯覚しただろう。それほどまでに見事な《抜き足》だった。

 彼の全身からは殺気とも闘気とも取れない“熱”が充満しており、それが一瞬で会場内へと充満する。

 落ち着きつつあった生徒の多くがギョッと振り返る。祝の隣にいた浅木が「またか」と呆れたように諸星を一瞥する。祝が不思議そうに諸星へと視線を向ける。そして状況が読めない中――一輝だけが目まぐるしく思考を高速回転させていた。

 

(なぜ諸星くんが我を失ったのかはわからないッ。でももし、僕の予想が当たっていたとしたら!)

 

 一輝の知る疼木祝という存在は、紛うことなき修羅道の人間だ。自分の目的のためならば、あらゆる他者を踏み潰して進む鬼だ。

 故にその道に敵は多く、この諸星のように衝動的に――それこそ我を忘れて殴りかかられるような相手がいても不思議ではない。

 祝と諸星の間にどのような関係があるのかは一輝も知るところではないが、ことここに至ってはそれを推察している暇もない。ここでもしも諸星が祝に襲いかかってしまえば、最悪乱闘騒ぎを起こしたとして諸星が出場停止になってしまう可能性もある。

 同じ七星の頂を目指す同志として、同時に一人の武人として、一輝はそんな下らない結末を諸星には迎えてほしくなかった。

 

「祝ィィィァァァ!!」

(ッ、ダメだ! もう追いつけない!)

 

 しかし一輝の判断は些か以上に遅すぎたと言うべきだろう。

 諸星の体捌きと間合いの近さ――この二つの条件が重なった結果、如何に体術の達人である一輝といえども最早できることは残されていなかった。

 

「落ち着くんだッ、諸星さん!!」

 

 そう、一輝にできるのはこうして制止の声を呼びかけるのが精一杯だった。

 一輝は万感の思いで叫んでいた。

 早まった真似はやめてくれ。せっかくこうして出会えたというのに、こんな形で貴方が退場してしまうなどあってはならない。その怒りを放出するのは試合の場であり、決してこんな場所ではないはずだ。

 しかし果たして一輝の願いも虚しく、諸星は祝へと向けて飛びかかった。天井スレスレまで跳躍した彼は、その右手を祝へと突き出す。そして繰り広げられるだろう光景に一輝が思わず目を逸らし――

 

 

 

 

 

「祝ィーッ!! ワイやああぁぁー!! 結婚してくれぇぇえええッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 諸星はどこからともなく取り出した花束を祝へと差し出したのだった。

 そしてパーティ会場を静寂が支配する。

 

『……………………は?』

 

 一輝は、珠雫は、それ以外にも事情が呑み込めない人々は、状況が一片たりとも理解できず固まった。「なぜ?」という言葉すら頭に浮かばなかった。人間は予想を超えすぎた事態に遭遇すると思考が停止するというが、この状況こそがまさにそれだった。

 そんな彼らを他所に、祝は驚いた様子もなくゆったりと笑みを浮かべ……

 

「嫌です」

 

 花束を受け取ることもなく諸星を袖にした。

 まさに鎧袖一触。

 こうして諸星の一世一代の求婚(プロポーズ)は僅か五秒で終わってしまったのだった。

 

「い、嫌っておまッ、そりゃあんまりやああああぁぁぁぁッ! 祝お前最近ワイに冷たすぎんか⁉︎ ここまで男らしいプロポーズを一言でノーセンキューて! もう少し気を遣った返事があってもええんちゃう⁉︎ それこそ昔は『気持ちは嬉しいですけどお友達から』みたいな感じだったやん⁉︎」

「えぇ〜……だってゆーくん(・・・・)のそういう“芸”は会う度会う度に見せられているせいで正直見飽きたというか。最初は驚きましたけど、別にもうそれにすら値しないというか。ぶっちゃけ、同じネタを繰り返すばかりな辺り、関西人っていうのも大したことないなって思っていたり」

「ネタちゃうわボケェ! 毎回本気で口説いとんのや! ワイは祝が首を縦に振るまで諦めへんぞ……って、『うわぁ、コイツ面倒臭ぇ』って顔すんのやめぇや。ガチで傷つくから」

 

 熱気から一転。

 和気藹々とした雰囲気を振り撒き始めた二人に、一輝はようやく我に返った。

 

「えっ、何だこれ? いや、ホント何なのこれぇ!?」

「お兄様、安心してください。珠雫にもサッパリわかりません」

 

 諦めたように首を振る珠雫。

 困惑する周囲の代表選手たち……否、よく見れば違う。禄存学園の加我を始め、巨門学園の鶴屋などの数名は「またか」と言わんばかりに呆れた笑みを二人に向けている。同じ武曲学園の浅木や城ヶ崎などは既に見慣れた光景なのか、気にすることすらせず料理を取りにテーブルへと立ち去っていた。

 それらの選手に共通していることは、そのほぼ全員が《七星剣舞祭》に嘗て出場した経験を持つ、選手たちの中でも比較的実力上位に君臨している者たちということだった。目を白黒させているのは、一輝のようにこの大会の新参者たちばかりだ。

 

「え、えーと……諸星さん? それに疼木さんも……」

「ん? おう黒鉄、どないした?」

「いえ、何と言いますか……その、僕も含めて状況についていけていない人がいると言いますか……」

「……?」

 

 キョトンとしていた諸星だったが、次第に一輝の言葉が理解できてきたのか「あぁ! スマンスマン!」と頭を掻きながら呵々と大笑した。

 祝の方も困ったように「いつも通り過ぎて忘れていました」と苦笑いするばかりだ。

 

「う~ん、どこから説明したもんかなぁ……。まぁ、話せば長くなるんやけど、あれはワイがまだ小学生(リトル)の選手だった頃――」

「ゆーくんは私にずっと片思いしていて、会う度に私へ交際と結婚を申し込んでくるんですよ。で、私は別に彼のことを恋愛対象としては見られないので毎回断り続けているんです。ハイ終わり」

 

 沁み沁みと過去の回想に入ろうとした諸星を、祝の解説がバッサリと切って捨てた。

 

「いや雑ぅ!? もっと何かあるやろォ! ほら、二人の馴れ初めとか、初めてデートした時のこととか!」

「はい? 私達が初めて会ったのは小学生(リトル)リーグの試合中ですし、デートは新しい槍の技を教えてもらうための対価でしょう? あっ、ちなみにこの呼び方も技を伝授してもらった際の交換条件なので悪しからず。……でもそんなことまで話す必要あります?」

「ありますぅ~! そういう途中経過がないとワイただの変態やん! 嫌がる相手に結婚申し込みまくる不審者(ストーカー)やん!」 

 

 慌てて弁明する諸星だが、祝はイマイチその必死さが理解できていないようだった。

 そんな祝を置いて、諸星は一輝に事情を説明する。

 つまり要約すると、だ。

 二人は小学生の頃に伐刀者の大会を通して知り合い、ちょうど大鎌に流用できる技術を欲していた祝は大会上位の常連である諸星へと近づいていった。そこで諸星が祝に一目惚れし、技術交流を通してお近づきになろうと画策。祝としても親切に槍術の流派や自身の技術を教えてくれる諸星に好感を抱きそのまま交流。されど諸星の思惑通りに恋愛関係に発展することは叶わず現在に至る、と。

 ちなみに先程の《抜き足》も祝が諸星に指導して完成した技術らしく、諸星から祝への一方通行ということでもないらしい。

 

「つまりこういうことですね?」

「そういうことです」

 

 うんうんと頷く祝だが、一方の諸星は渋面を浮かべていた。

 彼からすれば現在進行系の敗北の歴史をこうして解説されてしまったわけなのだから、決して良い気分ではないだろう。

 

「ガッハッハ! まぁ~た振られたなぁ雄大! お前ぇ、小学(リトル)合わせてこれで振られるの何回目だべさ?」

「うっさいわ恋司! まだこれからやっちゅうねん!」

「そうかそうか! まぁ、祝に嫌われんようほどほどになぁ!」

 

 笑いながら去っていく加我。

 

「んふふ。()()()()()()、あの子は。また後でお邪魔することにするわ」

 

 白衣を翻して人垣へと紛れていくキリコ。

 

「チッ、テメェらの毎度の漫才に付き合う気はねぇよ。一生やっていやがれ」

 

 舌打ち交じりにその場を後にする蔵人。

 彼らの様子を見るに、どうやら二人の関係を知っていたようだった。いや、他の諸星の奇行に動じていなかった生徒たちの様子から察するに、この二人の関係はある程度昔から有名なものなのだろう。

 しかし片や大阪、片や東京で生活する学生騎士。その関係を知ることができるのがこういった地域の垣根を超えた交流の場だけだということなのかもしれない。

 

「それにしても祝、今日はやけに別嬪さんやな。ワイに会うためか?」

「……? なんでゆーくんに会うのにお粧しする必要が? 普通にTPOを弁えただけですけど」

「……ああ、うん……せやな。お前の何気ない言葉が胸にグサグサ来るところまでいつも通りすぎて逆に安心したわ」

 

 笑いながら滝のように涙を流す人間を一輝は初めて見た。

 

「それにしても今日の服はマジでエロいな。肩モロ出しやん」

「エッロいですよね~。でも理事長曰く、これくらいはドレスとしては普通らしいですよ?」

「そかそか。ただ、ワイとしては未来の嫁さんが露出多めの服で他の男の前をウロウロしてほしくないのが本音なんやけどなぁ?」

「あっはっは! も~、そんな未来一生来ないから安心してくださいって~!」

「なるほど! そりゃ安心や! ……って安心できるかーい!」

 

 ノリツッコミまで熟す辺り、流石は関西人と感心する一輝だった。

 しかし感心する一方、一輝は先程の会話の中でふと気になる部分があったため口を開く。

 

「そういえばなんですけど」

「あん?」

「はい?」

 

 祝と諸星が不思議そうに一輝へと視線を送る。

 首を傾げる珠雫にもわかるよう、苦笑しつつも口を開く。

 

「さっきの話だと、諸星さんが疼木さんに槍術を教えていたということですが……その、良かったんですか? 諸星さんとしては敵に塩を送るようなものだったんじゃ……」

「あ~、なるほどそういうことか」

「疼木さんの学習能力は《既危感》も相まって超人的な領域に至っていますよね。そんな相手に手の内を見せるのは、切磋琢磨すると言えば聞こえは良いですけど、ハッキリ言って自滅行為だ。彼女と闘うことを想定しているのならば下手に手の内を見せることがどれだけ危険なのか諸星さんほどの伐刀者なら理解できるはず」

 

 一輝にはそれだけが解せなかった。

 仮に一輝が祝から自身が剣の教えを請われたとしても、大会期間中は絶対に断る。いや、可能ならば学生騎士である間は可能な限り遠慮したいのが本当のところだ。

 そんなことができるほど自分に余裕があるなどと一輝は思い上がってはいない。

 しかし諸星は祝に自身の技術を教え、彼女の大鎌術の発展に協力すると同時に自身の手の内を晒し続けてきた。常識的に考えればありえない行動だ。もちろん祝から齎される恩恵も諸星にはあったのだろうが、それでもハイリスクハイリターンな行為であることに変わりはない。

 

「それなのに、なぜ?」

「それはワイがこいつに借りがあるからや」

 

 ぽふ、と諸星が祝の頭に手を添える。

 その瞬間、心なしか祝の眼光が鋭くなったのを一輝は見逃さなかった。しかしそれに気付かない諸星でもないだろうに、気にする様子もなく話し続ける。

 

「詳しくは話せん。それがこいつとの約束やからな、ワイは生涯この約束を違えることはせん。せやから話せるのはここまでやけど……ワイにはこいつに一生をかけても返しきれん恩がある。せやからこいつの願いは可能な限り力になってやりたいんや」

 

 「惚れた弱みもあるしな」と快活に笑った諸星は、納得ができない様子の一輝が口を開く前に「それにな」と言葉を続けた。

 

「全ての手札を見破られていたとしてもワイは負けんで? ポーカーと同じや。手札が全部見えていたとしても、最強の手札(ロイヤルストレートフラッシュ)に敵う方法はない――ワイの槍で祝の大鎌を食い破ればそれで全てが済む話や」

「……ッ」

 

 ハッタリではない。

 それは目の前の男が放つ威風堂々とした言葉尻からも察することができる。

 流石に全ての手札を祝に晒しているようなことは諸星もしていないだろうが、しかし自身の槍術に圧倒的な信頼を置いていることは明らかだった。

 元々、祝は圧倒的な地力を以って絡め手を潰し、真っ向勝負を仕掛けることを好む騎士。そして諸星もまた、その能力から敵の魔術を潰して真っ向勝負にて決着をつけんとする騎士だ。

 この二人が激突した結果どうなるのか、たとえ照魔鏡の如き観察眼を持つ一輝であっても容易に想像することはできない。

 

「“最強の手札”? 流石は関西人、冗談がお上手ですね。さっきのネタがつまらない云々は訂正しましょうか」

 

 しかし諸星の言葉に異を唱える人物が一人だけいた。

 祝だ。

 鈴を転がすような声で笑いながら、されど視線は絶対零度の如き冷気を込めて諸星を見据えている。

 

「何やと?」

「ゆーくんの槍術は確かに一流の域ですけど、精々が準優勝(ストレートフラッシュ)止まり。最強は私の大鎌です。そこだけは履き違えないようお願いしますね?」

「……ハッ、確かにな。去年の七星剣武祭で、ワイは遂にお前の強さには届かんかった。せやけどそれも所詮は一年前の話や。今年も同じ結果とは限らへんで」

「同じですよ。だって勝つのは私ですから」

「ならそれを早速ワイは確認できるっちゅうわけや。一回戦で去年のリベンジができるわけなんやから……なぁ?」

 

 和やかな雰囲気から一転、二人の間で激しい火花が散る。

 祝はともかく、さっきまでハートマーク全開だった諸星ですら好戦的な空気を放っていた。

 あくまで全く自然体を崩さない祝と、洗練された戦士特有の鋭い気配で彼女を見下ろす諸星。ある種、正反対とも呼べる二人の睨み合い。

 その睨み合いは果たして……

 

「……アカンな、そんなに見つめられたらドキドキするやん? 祝、嫁とは言わん、まずは清い交際から始めんか?」

 

 諸星の求愛によって台無しになったのだった。

 

「も~。すぐにそうやってシリアスな空気をぶち壊す! ここは何も言わずに立ち去って、『無言でも通じ合っているライバル感』を出すのがお約束でしょう? 本当に空気読めないんですから」

「カーッ! 未来の嫁と見つめ合ってドキドキせん男がおるかい! そうやろ、もう嫁確定の彼女兼ライバルがおる黒鉄ェ!?」

「えっ、ここで僕に振るんですか!?」

「当たり前やァ! あのガセネタ週刊誌の報道を何もかんも信じとるわけやないけど、《紅蓮の皇女》と恋人っちゅうのはホンマなんやろ! ならワイの気持ちがわかるはずや!」

「え、えぇ……」

 

 まさかこちらに飛び火するとは思っていなかった一輝は及び腰となる。

 しかし諸星の目は真剣そのもの。

 そしてステラとの関係が持ち出された以上、一輝も適当な返事をすることはできない。

 とはいえ……

 

「い、いやぁ……でも疼木さんに恋人云々は無理なんじゃないかなぁ……なんて」

 

 《告死の兇刃》と校内で恐れられ、昨年度は日本中の騎士学校に殴り込みをかけては負傷者を笑って量産していた少女に恋する気持ちをわかれというのは流石の一輝にも無理であった。

 

「そもそも諸星さんは疼木さんのどこが好きなんですか?」

 

 珠雫が投げかけた疑問に、一輝も内心で頷く。そう、そこがそもそも一輝には疑問だった。

 忌憚のない意見を言わせてもらうのならば……まず顔立ちが可愛らしいことに異存はない。化粧っ気が薄いのはこれからの努力でどうにでもなる。

 しかし性格面となると話は別だ。中学生にして道場破りなどを敢行する自分も異常だとは思うが、それと比較してもハッキリ言って彼女は頭がおかしい人間の部類に入ると思う。寝ても覚めても闘い尽くめで、物腰こそ柔らかだがそれは薄い綿の下に刃物を仕込んでいるかのような危うさがあることも一輝は知っている。

 そして何より、諸星からは“修羅”特有の狂気的な意志が感じられない。

 つまり彼は祝のような何かに取り憑かれたような人生を歩み、その果てに祝に共感した彼女の同類、というような人間ではないはずだ。

 

「……そうか。お前らには祝がそう見えとるのか」

 

 一輝が祝のイメージを諸星に伝えると、彼は眉間に皺を寄せた。

 ちなみに一輝が本人を前にして内容を暈すことなく諸星に伝えたのは、諸星の相手が面倒臭くなってしまったのか一輝へと諸星の視線が向いた途端に音もなくこの場から逃走してしまったためである。それに気付いた諸星の少し寂しそうな顔が印象的だった。

 

「せやな、言いたいことはわかる。確かに傍から見れば祝は狂人の類や。……二人は、祝が大鎌の普及に命かけとることは知っとるのか?」

「……それは初耳ですね。ただ、彼女が何かの目標に突き動かされていることは何となく察しています」

「そか、そこまでわかっているのなら話は早い。

 ――でもな、あいつは()()()()()()()()()

 確かに祝は大鎌に命をかけとる。大鎌そのものを楽しみ、それを人々に広め、大鎌について世界が意見を改めてくることを本気で目指しとる。正直その意志や行動力は怪物的や」

 

 「でもな」と諸星は続けた。

 

「あいつは真剣なだけなんや。誰もが子供の頃に憧れるような、そういう幼稚な夢を本気で叶えようと真っ直ぐに生きとる。あいつは哀れなくらいに純粋で、眩しいほどに自分に正直で、誰よりも大鎌を信じているだけなんや。そんなところにワイは惚れた。夢を叶えようと誰よりも努力し、それが少し前進した時に見せる笑顔が何よりも愛おしいんや」

「……」

「きっとワイは、一生かけてもあいつの“一番”にはなれんのやと思う。でもな、それでええ。ワイは大鎌に夢中になっているあいつが好きなんやから。それにな、あいつは狂人ではあっても悪魔やない。普通の人のように笑いもすれば優しさもある。ワイは……()()()()()その優しさに命を救われたことも――いや、何でもない。とにかく、黒鉄の祝への印象は紛れもない本物やけど、でもそれだけやないことだけは覚えたってや?」

 

 そう寂しげに、されどどこか愛おしさを表情に浮かべ語る諸星に、一輝と珠雫は何も言えなかったのだった。

 

 

 

 




一応作ってみたので、トーナメント表を載せておきます。

【挿絵表示】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。