前回は特に誤字が多くてすみません。
感想にも全てお返事をしたいところなのですが、なかなか返すことができずにいて申し訳ないです。
ふと気が付くと、諸星は電車に揺られていた。
車窓から見えるのは見慣れた大阪の町並み。
武曲学園に入学して寮暮らしになってからはこの光景も少々縁遠くなったが、しかしその程度では忘れることすらないほどに見慣れた光景。
しかし今日のこの光景にはどこか違和感があった。加えて言うのなら、自分はいつ……いやそもそもなぜ電車に乗ったのだろうか?
何か、本当に大事な何かを忘れてしまっているような……
「お兄ちゃん、どないしたん?」
ハッと我に返ると、傍らには妹の小梅の姿があった。
その後ろには両親の姿もあり、そこでようやく諸星はこれから家族で遊園地に向かおうとしていたことを思い出したのだった。
それを思い出した途端、先程までの違和感も消える。むしろ違和感を抱いていたという記憶さえ、諸星の頭からは抜け落ちていた。
「……おー、すまん小梅。何や、ちょっとボーッとしとったみたいや」
「もー! これから遊園地でいっぱい遊ぶんよ? なのにもうへばっとったら話にならんやん!」
「カカカッ、スマンスマン! お前、前から行きたい言うとったもんな! よーし、小梅こそ今日は一日付き合ったるから、先にへばるんやないで!」
小梅の頭をグリグリと撫でてやると、彼女は「キャー」と嬉しそうに笑った。
その微笑ましい光景を見て、諸星の両親も笑っている。
そうだ、これから諸星は家族で近場の遊園地に向かおうとしていたのだった。近頃は自分が
そこで諸星がいないことを寂しく思った小梅が、珍しく「どうしても家族で遊園地へ行きたい」と我儘を言うようになったのだ。
今日はその約束の日。
諸星も厳しいスケジュールを遣り繰りして、ようやく手に入れた丸一日の空白日。今日ばかりは小梅に思い切り我儘を言わせ、日頃の寂しさを帳消しにしなければなるまい。
これはそんなどこにでもありふれた幸せな光景。
そしてこんな光景が続くと、諸星は疎か誰もがこの瞬間まで疑っていなかっただろう。
この瞬間までは。
「……?」
不意に諸星の乗る列車に走る異音。
小刻みに訪れる不自然な揺れ。
そして一瞬の浮遊感。
――そこで諸星の意識は暗転した。
気が付いた時には全てが終わっていた。
意識を取り戻した諸星が見たのは、横倒しになりベコベコに変形した鋼色の車両だったものと、その下敷きになり血を溢れさせる小梅の姿。
不幸中の幸いにも両親と自分は怪我を負いながらも軽傷だったが、その不幸を全て小梅が背負ってしまったのだと諸星は
必死に彼女に伸し掛かる車体を退かそうと三人は足掻いた。しかし本当は自分も、そして両親も気付いていたのだ。
数トンはあろう物体に押し潰されながらも悲鳴や呻き声一つあげない小梅の瞳に、最早光が宿っていないことに。
そう、小梅は瓦礫によって胸から下を押し潰されていた。
『――大丈夫ですよ』
小梅の死を受け入れられず、泣き喚くだけだった自分。
だが、そんな自分を救ってくれた人がいた。
『ゆーくんは私の……大鎌のためにいっぱい頑張ってくれたから。だから私はここにいる』
泣き腫らす瞳を持ち上げれば、そこには一人の少女がいた。
真っ黒な大鎌を携え、血に塗れた小梅を見下ろす死神のような少女がいた。
「本当は貴方を助けにきたんですけどね」と真っ黒な少女が呟いた。
『心配しないでください。私これでも、死神さんとは仲良しですから。三途の川の向こう側からだってこの子を連れ戻してきてあげますよ』
「できるのか」と少年は問うた。
小梅の死により絶望に沈んだ心が希望に縋る。そんなことができるはずないと理性が叫ぶ。
すると少女は可愛らしく笑い、大鎌を小梅へと翳した。
『大丈夫。だって、“私の力”はきっとこういう時のために――貴方みたいな人のためにあるんですから』
すると小梅の亡骸から黒い炎が吹き出し――
『《
「……夢か」
目を覚まし、諸星が真っ先に思ったことがそれだった。
グッと上体を起こせば、そこは七星剣舞祭の選手たちに充てがわれたホテルの一室。
その光景が、先程までの悪夢が現実のものではないことを教えてくれる。気が付けば汗で濡れていた額を拭い、諸星は大きく息を吐いた。
「もう六年も前になるんやな、あの事故も」
先程の悪夢を頭の隅に追いやりながら、諸星はベッドから立ち上がる。
まずはシャワーを浴びてサッパリしようと思い立ち、自宅から持ってきた着替えを取り出しながらふと思う。
「……せやな。よし、今日は祝をウチに連れてったろ! オフクロや小梅も会いたがってるやろうしな」
◆ ◆ ◆
大会が主催したパーティから一夜明け、遂に日付は七星剣舞祭の前日となった。
明日は参加選手にとって晴れの舞台の日であり、同時に決戦の日でもある。よって選手の多くは手早く食事を済ませると充てがわれたホテルの自室にこもり、心身のコンディションを整えるのが普通だろう。
そんな中、選手たちの代表格《七星剣王》である私も当然明日に向けて部屋で精神統一を――
「おーいしー! やっぱり大阪に来たら『一番星』ですよねー!」
特にしているというようなことはなかった。
現在私は大阪の知る人ぞ知るお好み焼き屋さん『一番星』にお邪魔してお好み焼きを平らげていた。
本当にここは箸が進む進む。流石は自称『日本一のお好み焼き屋』。
何年か前にとある人に連れてこられて以来、大阪を訪れたらここへ足を運ぶのが私の習慣なのだ。
「ナハハッ、そうやって美味そうに食ってもらえればこっちも冥利に尽きるっちゅうもんや」
そうやって私の食事風景を見て笑うのは、昨日も会場で会った《浪速の星》こと
何を隠そうこのお店は彼の実家であり、そして私をここに初めて連れてきたのも店長の息子である彼だったりする。つまり最初は半ば客引きのような感じで連れ込まれたわけなのだが、しかし実際に美味しいお好み焼きを提供されてしまったのだから文句は言えない。
そしてそれ以来、私はこのお店のファンとなり、大阪=ここでご飯という図式が出来上がったわけなのだ。ちなみに今日はゆーくんの方からのお誘いである。
しかし私がこのお店を訪れているのは、何もゆーくんの実家だから贔屓しているというわけではない。前にネットで調べたのだが、何でもこのお店はお好み焼きの名店として割と評判が結構良く、最近は「知る人ぞ知る」というワードも使えなくなりつつあるらしい。実際今日も私以外のお客さんが大勢来ているため、以前にも増して繁盛しているようだった。
「それにしても相変わらずよく食う奴っちゃなぁ。明日は試合やってのに大丈夫なんか? もう軽く三人前は食っとるで?」
「何を言っているんですか、ゆーくん? こんなのまだ四分目くらいですよ。昔から言うでしょう、腹八分目って。あと四人前は堅いです」
「マジかや」
ちょっと引いたような目でこっちを見るゆーくん。
だって仕方ないじゃん? 本当にそれくらいなんだし。
どうもこの身体は燃費が悪いのか、前世と比べて食べても食べても腹が減るのだ。いや、もちろんたくさん運動している影響もあるんだろうけど、自分としてもこの身体のどこにこれほどの量の食事が入っているのか時々不思議にはなる。
なるだけだが。
「そういえば昨日のパーティでチラッと聞こえたんやが、お前、廉貞の《白衣の騎士》と知り合いなんか? あの人は騎士としてはほぼ活動していないって話やから、祝とは縁がなさそうな感じやけど」
「ああ、薬師キリコさんですか? 大したことではありませんよ。あの人とは昔ちょっと喧嘩した仲です」
「け、喧嘩? お前が喧嘩屋擬きをやっとったのは知っとるけど、医者にまで喧嘩吹っかけとったんか? あの人は確かBランク騎士って話やけど、本職が戦闘職でもない奴を襲うんは……」
明らかに難色を示すゆーくん。
まぁ、そうですよね。彼からしたらヤクザがカタギの人に手を出すような感覚に近いのだろう。
彼女は医師としての活動が本職で、しかし伐刀者としての能力を持っているが故に仕方なく騎士学校に入学した珍しいタイプの騎士だ。しかもどうやらその活動は彼女が小学生の頃から行われていたらしく、元服して成人になるまでの間は無免許で活動していたリアルブラックジャック先生なのである。
尚、医師免許がどうとかについては曰く『治るならどうでもいいじゃない』ということらしい。
そんな彼女と闘ったことをゆーくんは気にしているのだろう。
しかしそれは誤解というものだ。
「あはは、違いますよ〜。喧嘩を吹っかけてきたのはあっちです。私が前に広島で怪我人――手足を両断するレベルの“軽傷者”を量産していたら、向こうが『いらん仕事を増やすな!』って襲撃してきたんです」
「まさかの向こう側が発端やった⁉︎ っていうか、やっぱり諸悪の根源はお前やん!」
「そうですね。私の大鎌が強すぎたことについては反省せざるを得ませんね」ドヤァ
「うわぁ……絵に描いたようなドヤ顔」
今の時代、手足が千切れる程度は
どうも薬師さんは私が連日連夜と怪我人を増産しまくったせいでその作業に動員されてしまったようで、それで業務に支障を来したことでブチギレ。
結果、『怪我人が出るのなら要因をぶちのめせばいいじゃない』という結論に達して私を襲撃してきたとのこと。
「いや、でも本職が医師とはいえ、本当に強かったですよあの人? 私が遭遇したのはまだ中学生の頃でしたけど、当時の時点で身体を流体物に置換する魔術を使えていましたし。今のBランクなんて詐称ですよ、詐称。とっくの昔に彼女はAランク級の伐刀者です」
「身体を? ……ほぉ、卓越した自然操作系の伐刀者は自分の身体すらその操作対象に変換できるらしいが」
世間では『因果干渉系はマジチート!』という風潮があるが、物理的な面では自然操作系も過ぎれば充分にチートなのだ。自身の体を操作物に置換する魔術ということは、つまりリアルでONE○IECEの
実際、私の知り合いにも自分の身体を砂礫に変換して物理攻撃を無効にする砂使いみたいな人がいたりする。ちなみに薬師さんは珠雫さんと同じ水使い。その気になれば他人の体内のあらゆる液体にまで干渉できるイカレたレベルの水使いである。たぶん、この七星剣舞祭で王馬くんを殺せる数少ない伐刀者の一人なんじゃないかな、と言えばそのヤバさが伝わるだろうか。
とか言っている間にテーブルにある分は全て私の胃の中に消えていってしまったのだった。なので「すみませーん! 同じのお替りでー!」と声を掛けると、店の奥から待ってましたとばかりに和服姿の小柄な少女が料理を運んできた。どうやら私が次を頼むのは想定済みだったらしい。
「はーい、お待たせしましたー!」
そして
「おー、スマンな小梅。ホンマはワイも手伝おうと思ったんやけどオフクロに追い出されてもうてな」
「もう、今日のお兄ちゃんは祝さんを案内してきたんやろ? せやったら祝さんを放ったらかして手伝いなんてお母さんが許すはずないやん!」
「せやけど、何や今日は初めて見る客も多いし、今からでも手伝い……」
「大丈夫ですぅー! それにデートの邪魔するほどウチもお母さんも野暮やないで?」
それだけ言うと、小梅さんはさっさと他の客の対応へと移ってしまった。
相変わらず元気だなぁ。
そんな彼女のことを目で追っていると、不意にカウンターの向こうにいる
というか小梅ちゃんに言われて気が付いたけど、これってデートだったのね。今度対価を貰わないと。
「小梅ちゃんもお母さんも変わらず元気そうですね」
「せやな。店も繁盛しとるし、順風満帆ってところやな」
「結構なことです。何だかんだゆーくんにはお世話になっていますからね。私としても貴方が幸せそうなのは嬉しいことですよ」
「……世話になったのはこっちの方や」
僅かに声を潜めながら、ゆーくんはやや真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「小梅があんな風に元気にやっとるのも、ワイやオフクロが平和に過ごせているのも、何もかもお前のおかげやで。オフクロも親父も感謝しとる。……もしもお前がいなかったらどうなっとったか――」
「ストップです。声を小さくしていても、その話はここではしないでください。誰が聞いているかわからないんですから」
慌ててゆーくんの話を遮る。本当にそれはここでするような話ではない。
彼もそれは理解しているのだろう。詳しい内容は一切含まれない内容だったが、しかし念には念をだ。
だが一応、彼が何を言いたいのかはわかる。
恐らくは六年前のあの事故のことを言っているのだろう。
原作において、彼が両脚を欠損する
今からおよそ六年前。
大阪で大規模な列車の脱線事故が起こった。その現場には運悪く諸星家もおり、家族全員がその事故に巻き込まれる形となってしまったのだ。
原作ではこの事故で他の三人は軽傷だったもののゆーくんは両脚がミンチとなってしまい、伐刀者としては再起不能となった。現代には再生医療という便利なものがあるが、これは切断された部位をくっ付けることはできても手足そのものを再生させることはできない。一応“復元手術”という裏技もあるにはあるが、あれは相応の準備があって初めて成立する治療方法なので今回は除外する。
その後、小梅ちゃんは自分の我儘でゆーくんの競技選手としての夢が潰えたことに絶望して失語症に。
それを解決するために、ゆーくんは小梅ちゃんに自分の壮健な姿を再び見せる必要があると考えた。そこで先程話にも出た薬師さんの
あくまで原作では、だが。
一方、この世界では、家族で事故に遭ったというところまでは一緒なのだが、そこから先が些か事情が違う。
私がこの世界に転生したためなのかそうではないのかは不明だが、彼らが事故に遭った際、重傷を負ったのはゆーくんではなく小梅ちゃんだったのだ。
一応、私は普段からゆーくんより大鎌関係の技術協力や槍の流派の紹介などをしてもらっていたので、「今回くらいは原作ブレイクしてでも助けてあげなければ大鎌道に悖る」とゆーくんのスケジュールから事故の日を割り出して彼を救出しようとしていた。
しかし事情が事情だったので、彼の代わりに当日は小梅ちゃんを助けてあげたところ、それ以来諸星家から凄く感謝されるようになったのである。
あっ、もちろん私がこういう能力を持っていることは絶対に口外しないよう諸星家には言い含めてあるからね? むしろ小梅ちゃん本人には、私が彼女を蘇生させたことについては知らせていないくらいだ。漏れる可能性がある口は少ない方が良い。
ちなみに事故を事前に察知したことについても「絶対に私に何も聞かないように」と言ってある。
何だか感謝につけ込んでいるような気もするが、私としても死活問題なので許してほしい。まぁ、黙っているだけで皆が幸せということは諸星家も理解しているのか、ご両親とゆーくんは「この秘密は墓まで持っていく」と言ってくれたが。
何はともあれ、結果的にこれで私はストーリー全体に対する支障こそないものの、結構大きな原作ブレイクを行うこととなった。
実際、ゆーくんは怪我のブランクもなく競技選手を続けているわけだし、小梅ちゃんも声を失ったりしていない。私もあれからずっとゆーくんより技術提供を受け続けておりと、全員が幸せ。まさにWIN-WINの素晴らしい原作ブレイクだったと自負している。
……え? 事故の時に他の乗客はどうしたのかって?
助けるわけないじゃないですか。《既死回生》を好んで他人にバラすことになりかねないことなんてするわけないでしょう?
小梅ちゃんの蘇生だって周りにバレないようこっそりとやったくらいなんだし。
今回私が無理を押して、しかも能力まで使用して彼らを助けたのは、偏に『大鎌を助けてくれる存在だから』だ。それ以外の人たちについては、もちろん将来性という観点から見れば貴重な大鎌ユーザーだが、無理をしてまで助けるべき存在ではないかなぁ、と。
もしかしたらその中に大鎌ユーザーがいたかもしれない?
確かにいたかもしれないが、……ぶっちゃけ私はifよりも堅実性を取る性格なので、目先の恩を優先させて戴きました。0か1かの可能性よりも確実な1を取る主義なのだ、私は。
なので、もしも本当にいたらごめんなさいね?
天国に行けるよう心から願っておくので、それで赦してほしい。
うん? だったら事前にゆーくんに「遊園地に行くと事故で両脚失いますよ」と忠告しておけば良かったって?
言えるわけないでしょ。
それ、下手しなくても頭のおかしい人
なのに唐突に他人の予知までできるようになるのは道理が合わない。
だったら事後で強引に「何も聞かないでください」と言って、さも隠していた能力のおかげですと装っていたほうが話が通りやすい。ただでさえ《既死回生》という隠し能力を見せた後なのだから、その信憑性も増すだろう。
原作知識を利用するのは、案外簡単なようでいて難しいものなのだ。
「さぁさぁ、過ぎたことは忘れて食事にしましょう? せっかくの『日本一のお好み焼き』が冷めてしまいます」
「おお、そりゃスマンかった! さぁ、食え食え! せっかくやし、ここはワイが奢ったるわ! たんと食いや!」
「マジですか!? よっ、流石は《浪速の星》! 太っ腹!」
「ぬっふっふ、せやろ! あ~、きっとこんな旦那に貰われた女はさぞかし幸せなんやろな~?」チラチラ
「そうですね~。誰だか知りませんけど、きっと幸せ者なんでしょうねその人は。あっ、結婚式には呼んでくださいね? いっぱいご祝儀入れてあげますから」
「…………おー、おおきにな……」
泣きながらお好み焼きを食べるゆーくん。
残念だったな。私は君と結婚する気など毛頭ないのだ。
私は大鎌と結婚しているので、いわば全世界の大鎌こそが私の嫁なのだ。どうしても私と結婚したかったら、大鎌に転生してから出直してきてほしい。
その後、食事を終えた私は「送っていく」というゆーくんの申し出を丁重に断り、一人夜の大阪をトボトボと歩いていた。
『一番星』からホテルまではそう遠い場所ではなかったし、何なら途中で少し買い物でもしようかと思っていたのだ。
ついでに――私に用がある人もいるようだったし。
「……そろそろ出てきてもいいのでは? 姿は隠しても尖すぎる殺気のせいで正体はバレバレですよ?」
帰路の途中にあるひと気のない公園。
その中に歩を進めた私は、中心部で声を掛ける。
すると背後に忽然と人の気配が現れ、振り返ってみると想像通りの人がそこにはいた。
「やっぱり王馬くんでしたか」
和装の袖と長髪を微風に揺らしながら、王馬くんが闇夜の中に佇んでいた。
前髪の下から見える眼光は先日闘った時と同等のレベル……いやそれ以上にまで凶悪になっている。
それと、どうでもいいことなのだが。
『一番星』の帰り道に王馬くんに襲われるって、まるっきり原作における黒鉄の立ち位置なんですけど。
なんだっけ? 原作だと「お前は《紅蓮の皇女》の足を引っ張って悪影響しか及ぼさないから七星剣舞祭から去れ」的なことを黒鉄は言われたんだっけ。
なのにどうして私のところに来たのやら。……まぁ、何となく察しはつくけどね。私もこの人に用があるし。
「……信じられん」
開口一番、王馬くんは私の全身へと刺すような視線を送りながらそう呟いた。
「こうして貴様を前にしても未だに信じられん。お前はあの時、確かに俺が殺したはず。だというのに……貴様、なぜ生きている?」
「あぁ、やっぱりその件ですか」
内容は概ね予想通りのものだった。
まぁ、そうだよね。殺したと思った敵が実は生きていました、となったら真偽を確かめたくもなる。
……それにしては気合が入りすぎのような気がしないでもないが。
「それよりも先に聞いておきたいのですけれど。王馬くんは私のことを“殺した”ことについて誰かに喋っていたりしますか?」
「質問を質問で返すな。俺は、なぜ貴様が生きているのかを問うている」
「……? 悪いのは耳ですか? それとも頭ですか? 私は、先に、誰かに喋ったかということを聞きたいと言ったのですが」
「答える理由がない。それよりも俺の質問に答えろ」
「……はぁ」
思わず溜息。
暖簾に腕押しとはこのことか。
全く会話が通じていない。王馬くんのこういうところは昔から苦手なんだよね。
「すみませんけど、貴方の
しかし私がそこまで言った瞬間、それを遮るように王馬くんの殺気が増した。
そして徐にその手へ《龍爪》を顕現させると、鉄仮面の彼にしては怒りの感情を剥き出しにしながら構えを取った。
「……どうでもいい、だと?」
彼の身体から放たれた暴風が私の髪を揺らす。
いつの間にか戦闘態勢に移行した彼に、私も反射的に《三日月》を抜いた。
「今、確信した。やはり貴様はあの闘いで手を抜いていたな? でなければ、あの闘争を『どうでもいい』の一言で片付けられるはずがない! 俺にとってあの闘いは、あの
歯を食いしばり、《龍爪》が軋むほどに柄を握り締めて王馬くんが吼える。
どうやら知らない間に、私は彼の逆鱗に触れてしまったらしい。これがキレやすい現代の若者というやつか。
「なぜだッ! なぜ貴様は俺を本気で
烈風を身に纏い、王馬くんは殺意に塗れた目で私を睨む。
ああ、やっぱりそこまでは察していたのね、この人。
う~ん、どう答えたものか。これ、本当に正直に言っちゃった方がいいのかな? 言ったら余計に王馬くん怒りそうだし。そもそも答える義理もないし。
……しかし、まぁ。彼は先日、私と相討つことで私の胸の内にあった傲りを消し飛ばしてくれた人だ。ここは誠意を持って“正直に”答えてあげるべきだろう。
「……怒りませんか?」
「なに?」
「いえ、これを言ったら王馬くんますます怒りそうな感じなので、あんまり答えたくないんですけど……」
「………………言ってみろ。それが真実であるのなら、一度に限りあらゆる戯言を見逃してやる」
「勝てるに決まっているからです」
「………………は?」
私が言い放った言葉に、王馬くんが呆ける。
完全に思考が停止したのか、吹き荒れていた烈風すらもピタリとその動きを止めた。
「…………貴様、今、何と……」
「だって、私の能力“全て”――《死に至らぬ病》を使ったら貴方を殺せないわけがありませんから。……あぁ、もちろん貴方だけでなく、この世の大概の人間相手にはですからね? そういうことですから、そんな力を全開で使ったら大鎌が目立てないじゃないですか。そんな力、私が好んで使うはずがないでしょう?」
「…………………………」
瞠目し、黙したままこちらを見つめ続ける王馬くん。
どうやら思考停止しているらしく、私が「もしも~し」と話しかけても全く反応しない。
まだ私の質問に答えてもらっていないんだけどなぁ。
「…………ふ……」
すると、ようやく王馬くんは再起動を始めたのか、何事かを呟き始める。
しかしどういうわけなのか顔面はどんどんと蒼白く血の気が引いていき、――次の瞬間、一斉に彼の毛が逆立った。
「巫山ッ、戯るなァァァァァアアアアアアアアアッッッッ!!!」
咄嗟に魔力防御で前面をガード。
そして刹那の後、王馬くんの身体からこれまでの比ではないほどの暴風が吹き荒れる。いや、最早それは一つの颶風だ。
現にその風により公園の遊具は残さず根こそぎ引っこ抜かれ、地面は捲れ上がり、木々すらも横倒しとなって夜の闇へと消えていく。
「巫山戯るなッ、巫山戯るなッ、巫山戯るなァァァッッ!!」
「怒らないって言ったのに……」
そんな私の呟きも風切り音に斬り刻まれて消える。
しかし王馬くんの怒りは相当なもののようだった。
怒りに震えるその剣の切っ先を空へと掲げたかと思うと、その刃へ莫大な量の魔力が収束していく。
一応広めの公園とはいえ、彼はここで《月輪割り断つ天龍の大爪》を放つつもりらしい。
「闘えッ、疼木! 今度こそ全力でッ! 貴様の正体、ここで暴いてくれる! そして貴様の身の内に潜む力諸共、この俺が一切合切殺し尽くすッッ!」
「えぇ~、やめておきましょうよ。質問に答えてくれない以上、私にとってもう貴方は
むしろ殺すだけなら“こっち”の方が手っ取り早い。
王馬くんの実力はこの前の闘いで把握できたし、実戦的な修行もできた。なので最早、彼は用済みに近い。将来的に成長した彼と闘いたいという欲はあるが、しかし私の能力が漏洩するリスクを無視してまで闘いたいかと問われればそれほどでもないというレベル。
それに場所も悪いしね。こんなところで市民の皆様を巻き込みながら闘うのは私の本意ではない。
なので申し訳ないが……《月輪割り断つ天龍の大爪》諸共、一撃で彼を殺すことにした。
私が目を細めた瞬間、横倒しになったり傾きながらも僅かに残っていた周辺一帯の街灯が一斉に砕け散る。
これによって周囲は一気に暗くなり……つまり私の“能力”が非常に使いやすい環境になった。
私の能力は、明るい場所だと少し目立つ。
「本当に続けますか? 今ならばまだ引き返せますよ?」
「諄いッ」
「そうですか。では、殺しますね」
「上等だッ、《
そして、《三日月》の刃に黒い炎が灯る。
それを見るや王馬くんは風の大剣を振り下ろし……
「《月輪割り断つ天龍の――
「《
「そこまでです」
しかし、その時だった。
私と王馬くん。
その二人の間に降り立つ一つの“白い影”。
一対の剣を携え、白銀の長髪を靡かせながら。
その服装こそ一般人のそれではあるが、その気配から連想されるのはまさに“戦乙女”。
「貴方たちの闘争は、このような多くの人が住まう場で行うには狭すぎる」
“彼女”の視線がこちらへと向く。
それだけで背筋に氷柱を突き立てられたかのような悪寒が襲った。その殺気に思わず目を見開く。
「貴女は……」
王馬くんも同じく瞠目する。
なぜ彼女がこんな場所にいるのか。
目的は何なのか。
なぜ自分たちの闘いを止めようというのか。
その全てがわからないままだが、しかし一つだけ確かなことがある。
「《比翼》のエーデルワイス?」
そう、それは彼女こそが原作における最高戦力にして、この世界でも『世界最強の剣士』と名高い《比翼》のエーデルワイスであるということだ。
今回はちょっと展開が怒涛だったかも、と反省中。
というか書いていて思いましたけど、同じく能力を明かした相手だというのに諸星と王馬でこの扱いの差。やっぱり敵味方の識別って大事。
それと、一応現段階で判明している祝の能力を載せておきます。
【能力名】《死に至らぬ病》
【伐刀絶技】《