ちょっと今回は急ぎ足です。
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ご報告なのですが、この度前回の更新分の中盤に300字ほど追加させて戴いております。
加えてトーナメント表を一部改修しましたのでご報告を。
変更点としましては、AブロックとBブロックを入れ替えさせて戴きました。前回分への追加もそれの補足です。
すみません。
【挿絵表示】
「カッはッ」
最後の交錯は一瞬の出来事であった。
脇腹へと入った一閃は血となってその軌跡を彩り、蔵人は膝から崩れ落ちる。
そして最後に立っていたのは――《無冠の剣王》黒鉄一輝ただ一人。
その光景を固唾を呑んで見守っていた観客たちは、その圧巻の試合に言葉を漏らすこともできない。しかしその緊張の糸を断ち切ったのは、逸早く我に返り試合終了の旗を掲げた審判の合図であった。
『――し、試合終了ーッッ! 激闘を制したのは破軍学園の黒鉄一輝選手だァー!』
『『『う、うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおォォォォォッッッッ!!!』』』
一転して爆発するように盛り上がる会場。
しかしその歓声がまるで聞こえていないかのように、一輝は気絶したまま担架で運ばれていく蔵人を見据えていた。
まさに紙一重の闘いだった。
何か一つの要素でも違っていれば最後に立っていたのが自分であったか、一輝の照魔鏡の如き眼を以ってしても判断できないほどには際どい勝負であった。
しかしその勝負を制したことに対する安堵は一輝の胸にはない。
あるのは、誇りだ。
自分はこれほどまでに強い騎士と闘い、そして勝ったという誇りだけが今の一輝の胸の内にはある。
そして最後の瞬間、蔵人が崩れ落ちるあの瞬間に、確かに一輝は彼と目が合った。その時、言葉に出すことはなくとも彼の目はこう語っていた。
――勝ち続けろ、と。
自分に勝ったという、その責任を取り続けろと。責任とは即ち、七星の頂に立つことに他ならない。
(お世辞でも倉敷くんは立派な人間などと呼べる存在ではないけれど……)
各地で喧嘩を繰り返し、強者を求めて流離うその様はまさに餓狼だ。
だがこの試合のために彼は変わった。
彼の剣からは、強さを求めて暴走していた頃とは比較にならない技術があった。圧倒的な修行の積み重ねが剣の重さを増していた。そして以前の彼にはなかった、勝利への執念があった。
だからこそ一輝は断言する。
倉敷蔵人という選手は、間違いなく“騎士”であったと。
そして騎士と騎士が刃を交わした末の誓いは守られなければならない。
(僕は先に行くよ、倉敷くん。そして至る、七星の頂へ……!)
そんな熱を視線に込め、一輝は蔵人を見送った。
そしてそんな熱を感じ取ってか、蔵人は身体を横たえたまま微かに、されど彼らしく獰猛に笑うのだった。
――パチパチパチ
そんな中、蔵人を見送る一輝の背に一つの拍手が混じる。
客席からの拍手にしては近すぎるその音源に一輝は訝しげに振り返り――そこにいた“少女”に思わず瞠目した。
◆ ◆ ◆
「……凄まじい、闘いでしたね」
「ええ、まさに一進一退の攻防だったわ。二人とも全くの互角、どちらが勝ってもおかしくなかったわね」
「確かに。七星剣舞祭の序盤も序盤でこれだけの闘いが見られるなんて、今年は近年稀に見る事態でしょうね」
試合が終わり黒鉄たちが退場していく中、私の隣では珠雫さんたちがようやくといった様子で口を開く。
その口から出るのは賞賛の言葉だった。
「あの男、粗暴な見た目に反して凄まじい剣の使い手でした。あの二刀流から放たれる瞬間四連撃なんて、私では目で追うことすら難しかったというのに」
「確かに。でも一輝の方も凄まじかったわ。途中で突然調子を崩したと思ったら、そこからまさかの《比翼》のエーデルワイスの剣技を使い始めるだなんて」
「それもあるけど、私としては途中で《剣士殺し》が見せた《天衣無縫》という技に驚かされたわ。まさか人体であそこまで精緻な動きを可能とさせる人間がこの世にいたとは。世界の広さを痛感させられたわよ」
「しかし流石はお兄様ですね。その絶技に対して、お兄様もまさか《天衣無縫》で返すとは。これでお互いに攻撃が全く当たらなくなった時にはどうなることかと思いましたが……」
「そうね。でもその後、《剣士殺し》が見せた《八岐大蛇》の瞬間十六連撃なんて、試合が終わった今でさえどうやって黒鉄くんがしのいだのか理解できていないほどだもの」
「確かに一輝の武術の冴えも凄まじかったわ。出だしから見せた《第四秘剣・蜃気狼》にはあの《剣士殺し》ですらも完全に翻弄していたしね」
「でもそこからの立て直しも凄かったわよ。完全に動きを騙されたと思った次の瞬間には《神速反射》で反応を――」
思い思いに語る三人。
珠雫さんなど次が自分の試合だということを忘れているかのように試合の感想を語っており、その熱量がどれだけ今の試合が激しいものだったのかを物語っている。
いや、珠雫さんだけではない。アリスさんや薬師さんも興奮を交えながら試合を評している。あの普段から冷静沈着な薬師さんまでもがそうなのだから、その試合の凄まじさの具合も察せられるというもの。
そんな中、私は一人会話に加わることもなく黙して瞑目し、そして改めて眼下の光景を焼き付けるかのように瞼を開いた。
傍から見れば、私は周囲の熱気から切り取られたように静けさを保っているように見えただろう。宛ら熱に浮かされることもなく、極めて冷静に試合を分析する戦略家のごとく。
しかし実際は違う。
私は決して冷徹に試合を見定めていたわけではなく、かといって戦略を練って頭をクールダウンさせていたわけでもない。
では、なぜ私だけがこうして静かにしているのか。
それは……
(………………あれッ? 試合終わってる!?)
わけがわからない状況にただひたすら混乱していたからだった。
えっ、エッ……ゑっ?
だ、だって今『れっつごーあへーっ』って試合が始まったと思ったのに……あ、あれ?
あ、ありのままに今起こったことを話すぜ……!
私は黒鉄の試合が始まる瞬間を眺めていたと思ったら、気が付いたら試合が終わっていた。
な、何を言っているのかわからないと思うけど、私自身も何が起こっているのかわからない!
催眠術とか超スピードだとかチャチなモンじゃあ断じて……ハッ! これが噂に聞くキングクリムゾンってヤツなのかッッ⁉︎ 私は時を吹っ飛ばされてッ……?
「あら? 貴女、ようやく起きたのね」
「……えっ?」
私がポルナレフ状態に陥っていると、薬師さんが呆れたようにこちらの顔を覗き込んできた。
えっ、
「貴女……試合が始まったところからウトウトし始めて、そのまますぐに寝ちゃったのよ?」
「全く、お兄様の試合だというのに眠りこけてしまうなんて失礼な……」
「ほらほら珠雫、そう怒らないの。……ごめんなさいね、疼木さん。本当は何度か起こそうとしたんだけど、あんまりにも気持ちよさそうに寝ていたからそっとしておいたのよ」
「え、えぇ……?」
寝て……?
えっ、私って寝ていたの?
…………いやいや、それはないわぁ~。自分で「原作との差異を確かめるキリッ」って息巻いて会場入りしたのに、肝心要のところで居眠りとか。
……いやね? 実際、剣士同士の闘いなんて欠片も興味ないし、何ならそんなものを見ていたら目が腐るとさえ思っているけれども、それで寝ちゃうのは流石にどうなのよ、私!
や、ヤバいな……原作との比較検証とか全くできないまま試合が終わってしまったぞ……!
こうなったら薬師さんにどういう試合だったのか話を……あっ、ダメだ! この人これから試合じゃん! 珠雫さんもすぐにいなくなるし、そもそも私は愛しのお兄様を粉砕する怨敵なポジションになる人間だから情報なんて話してくれそうもない!
となると……
「あ、アリスさぁん……」
「んもう、仕方ないわねぇ。後で新聞部の友達に今日の録画映像を借りてきてあげるから」
「……!」
お、おお……!
流石は原作屈指の常識人かつ天使兼“女神”枠のアリスさん!
私が困ったように視線を向けただけで全てを察してくれたぞ! ありがたや~。
と、その時だった。
『あ、あれは……! 《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン選手だーっ!!』
大音量のアナウンスが会場中に響き渡る。
その音声に釣られて再びフィールドへと目を向けると、一輝が入場してきたゲートよりステラさんが入場してきたのだ。
遅刻してきたというのに堂々とした態度だなぁ……と私が思っていると、どうやらそれは他の観客たちも感じていたことらしい。「遅刻してきたのに」というような声がチラホラと聞こえてくる。
すると彼女はそれを聞いてか、あるいは誠意からなのか、これまでの威風堂々とした佇まいから一転してその場で深く頭を下げた。
「遅れて申し訳ありませんッッッ! ステラ・ヴァーミリオン、遅ればせながらただいま到着致しましたッッッ!!」
アナウンスに負けないほどの声量で謝罪をするステラさん。
どうやらその清々しいほどに真っ直ぐな謝罪は好印象を抱かれたらしく先程まで聞こえてきた声は鳴りを潜め、逆に「まぁ、事故が原因なら仕方ないよな」という空気が会場に広がる。
す、スゲェ……これがカリスマというやつなのか? あれか、カリスマまでも彼女はAランクなのか?
私が同じことをやっても絶対に許されない自信がある。わちき許されない。
『元気の良い謝罪が好印象ですね。……しかし、彼女の試合はどこで行われるのでしょうか? 一応、延期という形にはなっていますが』
『どこかのブロックが終了した後か、あるいは最終戦に回されるのではないかと思われます。そこは大会の委員会側がただいま協議を……おや? もう出た? はい……はい、承知しました。――皆さん、お待たせ致しました。ただいま委員会の決定により、ステラ選手の試合はこの直後、即ちこの次の試合で行われることとなりました。Bブロックの第三試合以降はその後で行われることとなります』
その急な決定に会場がざわめく。
しかしステラさんの方は黒鉄の試合を見た後であるためかやる気に満ち溢れているらしく、「私は構いません」と言い放っていた。
しかし、それに納得できない人もいるわけで……
「私を抜きに一方的に決められては困りますね」
そうして客席から華麗に飛び立ち、リングへと着地して見せたのは巨門の鶴屋さんだ。彼女曰く、ステラさんは遅刻によって試合進行を妨げたのだから何らかのペナルティを課すべきだ、とのこと。
もちろん彼女は委員長タイプの生真面目人間ではないので、ペナルティによってステラさんの弱体化並びに試合を有利に進めようと画策しているのは明らかだ。
一応、確かに彼女の言い分にも一理がないことはないのだが……すると鶴屋さんの言い分に対し、観客たちからは「正々堂々と勝負しろー!」「汚ねぇぞ!」などと野次が飛ぶ。
まぁ、そッスよね。
ここにわざわざチケットを買ってまで観戦しに来ている人たちがペナルティ付きの微妙な試合を歓迎するはずもない。この反応は至極当然のものだろう。誰だってそうする、私だってそうする。
しかし知り合いなので知っているが鶴屋さんはこういうことに関しては非常に強かな人で、きっと頭の中では「過程や方法などどうでも良いのだァー!」というDIO様みたいなことを考えているに違いない。
だが、今回ばかりは鶴屋さんも分が悪かったようだ。
元々、七星剣舞祭で彼女の提案したようなペナルティが選手に課されることもなくはないのだ。
しかしそういった場合は悪質な行為や選手側に重大かつ明らかな過失のあるミスがあった場合に課されるものであり、ステラさんの遅刻の原因である列車の事故のような場合はそれに当てはまらない。
もちろんステラさんが事前に現地入りしていればこのようなことは起こり得なかったと言われればそれまでだが、事前の現地入りは大会側の規定として定められた項目にはない。
よってステラさんはペナルティを課されるような違反を行っていはいないというのが大会側の判断だった。
だったのだが……
「いいえ、鶴屋さんの言う通りよ」
そこで「はい」と頷かないのが、我らがヒロインことステラ・ヴァーミリオン。
何と彼女はペナルティを甘んじて受け入れるというのだ。
しかも彼女曰く、「Aブロックで勝ち残っている他三人を含めて四対一で相手をして構わない」とまで言い切ってしまう。
トーナメント表を見ればわかるのだが他のAブロックの勝ち残りは全て暁学園の生徒――《不転》多々良幽衣、《
まさかの自分からの不利を要求するステラさんに鶴屋さんは面食らったようだったが、委員会側が「選手自身がそう言うのなら」と納得を見せると彼女もそれを承諾する。
当然だ。彼女からすれば裏社会の傭兵三人が自分の味方となってくれるというのだから、ここで断る理由がない。
暁の三人も、Aランク騎士という障害を袋にできるというのだから参加しない理由はなかった。しかも仮にここで自分たちが敗れても、自分たちは普通に次の試合ができるということを委員会に保証されてしまっているのだ。
リスクゼロでステラさんをボコにできる以上、ここで参加しない理由が彼女たちにもなかった。
「ステラ……どうしてそんな、敢えてリスクを背負い込むようなことを……」
壇上の黒鉄が心配そうにステラさんへと問いかけるが、彼女は「決まっているでしょ」と平気の平左だ。
「このままだと二回戦の段階で暁の生徒同士――ヒラガとカザマツリがぶつかることになる。そうしたらアイツら、きっとどちらかが棄権してフェードアウトしていくに違いないわ。向こうは誰かが優勝できればそれでいいんだもの」
だが、それでは彼女の気が収まらないのだという。
「アタシの学園で好き勝手暴れた連中を一人でも逃すつもりなんてないわ。せっかく鶴屋さんが“機会”をくれたんだもの――一人残らず叩き潰す。引き摺り砕いて、アタシの前で泣いて後悔するまで赦さない」
そう、それが彼女の思惑だった。
彼女が目論んでいたのは鶴屋への謝罪などではなく、それを利用した暁への徹底的な報復。
四対一の不利なんて最初から彼女の勘定には入っていない。
今のトーナメントでは必ず取り逃す暁の生徒をリングに引き摺り出し、それらをまとめて叩くのがステラさんの考えだったのだ。
つくづく思わされる。
仮にもヒロインの考えることじゃねぇー。
◆ ◆ ◆
その後。
ステラは圧倒的な力を以って四人を捻じ伏せたのだった。
《不転》多々良幽衣――
《魔獣使い》風祭凜奈――《天壌焼き焦がす竜王の焰》の二連撃を食らい意識不明。
《道化師》平賀玲泉――《
《氷の冷笑》鶴屋美琴――平賀の巻き添えを食らい意識不明。
その撃破のやり口は非常に丁寧なものだった。
巻き込まれただけの鶴屋を除き、ステラは暁の生徒たちを丁寧に丁寧に一人ずつ叩き伏せ、焼き千切り、消し炭にしていった。
多々良は血反吐をぶち撒けながらリングに転がり、凜奈は熱線で焼き飛ばされ、平賀に至っては文字通りリングの染みになった。
それも四対一という圧倒的に不利な状況下でだ。
その圧巻の光景には観客は疎か、治癒魔術を受けて急いでステラを応援しに戻ってきた一輝でさえ閉口する他ないほど。
唯一幸いだったのは、ステラが報復を念頭に置きながらも人体へのダメージを無くす《幻想形態》の使用を怠らなかったことだろう。そのおかげで鶴屋と凜奈は五体をまだこの世に留めおくことができている。そうでなければ、人形体――即ち人体ではなかった平賀と同じ様に消し炭となっていたはずだ。
だが、ステラの恐るべきはそこだけではない。
最後の広範囲攻撃は、本来ならばこういった屋内に置ける公式試合では
もちろん、こういった大会には客席を守るための人員が何人も配置されており、そういった伐刀者たちが人々の防備を担っているのだが……
――果たしてその能力はどれほどのものなのか?
ステラは確信していた。
これから先、七星の頂を目指すにあたって“手加減”をしている余裕がいつまでも続くはずはないと。王馬を、祝を、そして何より一輝を相手に《幻想形態》などという刃引きを行えるようなゆとりなど生まれるはずがないと。
故に彼女は、その防備を
この七星剣舞祭という舞台が、自分が全力を出して闘える舞台であるのかを、《竜王の咆吼》というあえて危険な魔術を使うことで判断しようと考えたのだ。
そしてその結果は上々だった。
ステラの心配を他所に、客席を守る防人たちは見事に観客を守ってみせた。ステラの放った爆炎を防ぎ切り、火の粉の一つすら客席には届かせなかった。
「ああ、安心した」
ステラは人知れず安堵した。
元々《竜王の咆吼》など、ステラにとっては効果範囲を除けば大した技ではない。魔力を周囲へと無差別に放出しただけの、それこそ破軍学園に入学当初ですらできた魔術だ。本当ならば《天壌焼き焦がす竜王の焰》を客席に叩きつけたかったくらいだった。
しかしこれで少なくとも、恣意的に客席を傷つけるような攻撃でもない限り自分の攻撃が周囲の人々に迷惑をかけないものであることはわかった。
ならば安心して闘える。安心して全力を出せる。
そしてこの闘い、ステラの報復が完了すると同時にもう一つ朗報があった。
この試合において多々良がドクターストップとなり次の試合を棄権、凜奈もまたこの試合でステラとの戦力差を実感したのか自主棄権、そして平賀は術者本人がこれまでリングに上がっていなかったことにより失格扱いとなったのだ。
これによりステラは僅か一勝を以ってAブロックを制覇。
大会史上初となる、一勝のみで準決勝へと駒を進める選手となったのだった。
◆ ◆ ◆
『会場の皆様にご連絡します。これよりリングの再設置、及び清掃のため二十分の休憩を設けさせて戴きます。作業が終了次第Bブロックの試合を再開させて戴きますので少々お待ち下さい。また、選手は控室に集合してください。繰り返します……』
アナウンスが会場に響き渡る。
ステラの衝撃的な試合が終了し、自身の試合が終わるなり珠雫たちと合流して試合の行く末を見守っていた一輝はようやくといった様子で安堵の息をついた。
「……はぁ、ハラハラする試合だった。さっきステラと会った時は物凄い覇気だったから、きっと大丈夫だろうとは思っていたけれど……」
それは一輝以外の、珠雫やアリスたちも同じ意見だったようで、二人もそれぞれ安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。もっとも、珠雫は「お兄様に心配をかけて」と若干苛立った様子だったが。しかし言葉とは裏腹に、彼女自身も内心ではステラのことを心配していたことを一輝は察しているため、苦笑交じりに珠雫を宥めるのだった。
一方、なぜか珠雫たちと同席していた祝は「火力ヤバいですねぇ~」と気楽そうに呟きながら、自前で持ち込んでいたらしい大量のパンを頬張っている。
その様子からはステラに対する心配などは欠片も感じられず、その様子もまた祝らしいと一輝としてはやはり苦笑するしかない。
そして安堵と同時に、一輝は内心で感じていることがあった。
それは堪えきれないほどの歓喜だ。
ステラは一週間前の襲撃により――否、王馬との圧倒的な実力差を知ったことで己が“弱い”ということを知った。
そしてその感情を糧に、こうして七星剣舞祭へとやってきたのだ。
もちろん先程までの試合だけでは、彼女がどれほど成長して一輝たちの前に戻ってきたのかまではわからない。しかし彼女が纏っていた覇気が、満ち溢れる自信が彼女の成長を物語っている。
達人であればあるほど、強ければ強いほどさらなる強さを手にすることは難しいものだ。
しかし彼女はたった一週間でそれをやり遂げてきていると、一輝の研ぎ澄まされた直感は確信していた。
「――じゃあ、私たちも行きましょうか」
「ですね。あれだけの試合を見せられた後です。私たちも無様なものは見せられません」
そしてステラの試合に当てられたのは一輝だけではなかった。
キリコと珠雫が闘志をその身から湧き出させながら立ち上がる。Bブロックの残りの試合は二人のものだった。
そんなやる気に満ち溢れた二人に、アリスと一輝がエールを送る。
「二人とも頑張って。何の力にもなれないけれど、ここからしっかり応援だけはさせてもらうから」
「僕もここから応援させてもらうよ。じっとしているだけでも体力は回復するからね。応援させてもらいながら休憩することにする」
「お兄様……」
愛しの兄に応援してもらえることを喜ぶ反面、珠雫としてはキチンと部屋に戻るなり医務室に行くなりして休憩してほしいのが彼女の本音だった。
しかしそれを一輝も察したのか、「大丈夫だから」と微笑まれると何も言えなくなる。
一方、祝の方は気が抜けた様子で「頑張ってくださいね~」と二人にエールを送っていた。これから命すら危ういかもしれない試合に送り出す姿勢ではないその態度に、キリコが呆れたように溜息をつく。
「貴女ねぇ、もう少し声にやる気を入れなさいよ。一応、これから私たちは闘いに赴く騎士なわけなんだから。……まぁ、相手が誰であっても私が勝つけどね」
「おぉ~、自信満々。薬師さんの相手って誰でしたっけ?」
首を傾げる祝に、またもやキリコは呆れるしかない。
自分からは遠いブロックの対戦表とは言え、参加者である以上は普通こういった大会の試合を全て把握しておくべきではないのだろうか。
そんな祝に苦笑しっ放しの一輝は、助け舟を出すように「暁の紫乃宮くんだよ」と教えてやる。
しかし天音の名前を出すと同時、一輝はこれまでの表情から一転して神妙な顔となった。一輝から見た彼には、ただならぬ気配のようなものが感じられたためだ。
「……薬師さん。こんなことを言うと不安を煽るようですけど……紫乃宮くんには気を付けてください」
一輝が天音と初めて遭遇したのは、暁学園が破軍学園を襲撃する前の合宿中。
そこで自分のファンだと公言する彼と出会い、そこから交友が始まった。
天音に対し、一輝は人懐っこい笑顔や人伝とはいえ一輝のスタンスを――努力を以って克己し、自分自身の価値を信じるというスタンスを理解していることに好感を持っていた。
そして学園こそ違えど、良い友人としてこれからも付き合っていけるだろうと、そう思っていたのだ。
だが、彼と別れた後で一輝の胸の内にあった感情は、そこはかとない“不気味さと嫌悪感”だけだった。
一輝はその感情に戸惑うこととなる。
天音の言動におかしなところは何もなく、それらから彼に対する印象に不気味さなどというものを感じる要素は皆無だったはずだ。
だというのに、この感情は何なのか。
もちろん彼は暁学園の一員であり、学園を襲撃したことに対する憤りなどがあることはおかしくない。しかし一輝はそれ以前から、彼が暁学園の一員だと知る以前から彼に対する悪感情を抱いてしまっていた。
そのことだけが、一輝の紫乃宮天音という少年への懸念だった。
「あら? 黒鉄くんが忠告だなんて。……彼ってそんなにヤバい人なの? 私が見た感じだと、暁学園の中では一番覇気とかがなさそうな子だったけれど」
「わかりません。自分でもどうして彼がこんなに気になるのか。でも彼には何かがある、そんな不気味さを感じるんです。根拠はないんですけど……」
「……そう」
一輝の真剣な表情に、キリコは改めて気を引き締め直した。
キリコの本業は医師であって騎士ではない。
しかし本職の、それも《七星剣王》に手が届き得る騎士が何かを感じるというのならば、それを無下にすることはできない。
加えて言うのなら、警戒感を顕にしているのは
それに万が一、これが一輝の勘違いだったとしても警戒しておくに越したことはなかった。
「ご忠告、感謝するわ。でもそろそろ行かないと」
「はい。どうか気を付けて――」
「あははー! ここにいたんだ、イッキくん!」
その時だった。
一輝がキリコを送り出そうとしたまさにその瞬間、まるで幼子のように無邪気な声が一輝の背後よりかけられる。
その声を聞いた瞬間、一輝の背筋が粟立つ。
振り返った先にいたのは、薄い金髪と幼い顔立ち。そしてその顔に浮かぶ人懐っこい笑顔。その小柄な身体を駆けさせながらこちらへと近寄ってくるのは――紫乃宮天音。
今、まさに話題に上がっていた人物が姿を現したのだった。
現れた天音を、祝がジッと見つめていることに誰も気が付かないまま。