落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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 毎度ながら感想や誤字報告ありがとうございます。
 FGOのクリスマスイベントのせいで投稿が全く進まない!(嬉しい悲鳴)


ランサーが死んだ!

『それでは会場の皆様、お待たせ致しました! Cブロックの試合が終わり、これよりDブロックの試合を始めさせて戴きたいと思います! 解説の牟呂渡プロ、Dブロックにおける注目の試合は、やはり《七星剣王》疼木選手の試合でしょうかッ?』

『そうですね。私個人としましては、彼女が今年もどのような試合を見せてくれるのか楽しみにしています。昨年の七星剣舞祭で知られている通り、彼女は大鎌という戦闘向きではない霊装を授かりながらもその弛まぬ努力と研鑽によってその地位を獲得した秀才であり――』

 

 こらこらこらー!!!

 公衆の面前でデマを流すなデマをー!

 

 殺風景な控室に設置されたモニター。そこから流れる映像に、私は怒り心頭であった。

 ああいう人が公然とフェイクニュースを流すから、この世界からはデマという概念がなくならないのだとすら思う。

 ちゃんと裏を取れよ、裏を! お前が取材しにこい、洗い浚い話してやるからさぁ!

 

 そんな風に怒る私がなぜ控室にいるのかというと、先程Cブロックが終了し、舞台の主役はDブロックに移っているためだ。

 時刻は十五時を少し回った頃。ちょうどお昼のおやつが恋しくなってくる頃の時間帯である。

 ちなみにCブロックは特筆すべき点もない普通の試合ばかりだった。原作に登場する人も殆どいなかったし。

 えっ、王馬くん?

 

 彼はね……うん……あれだね。瞬殺だったね。

 

 試合開始と同時に風の刃《真空刃》を放って相手の頸を一斬必殺。血飛沫が噴水のようでとても綺麗でした。

 そして試合終了がコールされると同時に早足でさっさと帰ってしまった。

 何やら急ぎの用事でもあったかのように「こんな無駄なことで時間を浪費するとは」とかブツブツ呟いていたけど。

 

 ……おっと、そんなことよりも今は試合だよね。

 

 意識を切り替えた私は、改めてゆーくんの試合へと気を向ける。

 とはいっても、彼との試合など公式戦でも私的な模擬戦でも何度か行っているから必要以上にシミュレーションすることもないのだが。

 

 ――諸星雄大。

 彼のことはそれこそ小学生リーグの頃から知っている。

 彼は一流の槍使いであり、それ以上に知られているのは“突き”の名手であるということだ。これは原作から変わっていない。

 ちょうど中学に入るころから払いよりも刺突をベースにした戦法へとスタイルを変更させた彼は、それ以来《三連星》という瞬間的に目に見えぬほどの速さで三連撃の突きを叩き込む技を軸に闘うようになった。

 

 つまり彼は実戦的な槍使いの中では珍しい“刺突特化”の使い手なのだ。

 

 通常、刺突というのは隙が大きい技である。

 原作でもこれには触れられているが、突きは攻撃できる範囲がどうしても“点”になってしまうことからその範囲が狭くなる。るろけんの斉藤さんが《牙突》を平正眼で行い、外れたら払いに移せるようにしているのも同じ理屈だ。

 よって流派によっては刺突を払いの下位として扱ったりもするわけなのだが、しかしゆーくんはこの弱点を《ほうき星》という技と連撃を以ってカバーしているのだ。

 ちなみに《ほうき星》とは、手首のスナップと肘の角度の調整によって突きの最中にその刺線を変え、まるで槍の軌道がグニャリと曲がったかのように錯覚させる槍技である。

 これは魔術などを使わない純粋な体術であり、しかも完全に目の錯覚を利用した技であるため、口伝えでなければその存在を知ることができないという優れもの。傍から見る限りでは槍が曲がってなどいないし、よって食らった本人はほぼ初見でこれに対処しなければならないというチート技なのだ。

 

 私には通じないけど。

 

 だって《既危感》のおかげでどこに曲がるのかわかるし。

 中学生くらいの頃、自信満々にこの新技を見せてきた時に一発で見切ってやったせいでゆーくんを泣かせてしまったのは良い思い出だ。

 

 まぁ、そんなどうでもいいことは置いておいて。

 

 とりあえず原作知識と転生してから知るゆーくんの手札を確認。

 常套手段の《三連星》、それから《ほうき星》。

 そして彼の伐刀絶技――《暴喰(タイガーバイト)》。

 

 この《暴喰》がなかなかの曲者だ。

 《暴喰》――それはゆーくんが持つ唯一にして最強の伐刀絶技。

 この伐刀絶技は、触れた魔力を分解することであらゆる魔術を解除し、その効果を無効化させてしまうという『無効化系(キャンセラー)』に分類される能力だ。

 昔は魔力を虎を象った形状に放出して敵の魔術を正面から打ち消すというだけの能力だったのだが……

 

 ここからが恐ろしい話なのだが、()()()()《暴喰》が無効化する対象は伐刀絶技に限らず――魔術の一種でもある“霊装“にすら有効になったのである。

 

 しかも槍に纏わせて。

 今までの《暴喰》は、敵の魔術を打ち消すことはできても霊装を分解するほどの出力はなかった。そして槍に纏わせることもできなかった。

 

 あくまで槍は槍、魔術は魔術で別々に使っていた技だったのだ。

 

 しかし去年の七星剣舞祭で私を相手に使ったそれは、もう既に原作時点における完成形――すなわち“霊装破壊の槍”を使えることができるほどの完成度を誇っていたのである。

 原作では今年の黒鉄戦で初披露された魔術だったんだけどなぁ……。

 どうも事故で助かったことによるバタフライエフェクトが作用したらしく、一年早くの解禁である。

 

 ……話が逸れた。

 

 それで能力の説明であるが、強制力のある分解能力は、食らった術者にとっては霊装を破壊されるのと何ら変わらないダメージを齎す。

 つまり諸星の前で霊装を展開することは、即ち敵に急所を晒すも同然の行為となってしまうのだ。

 この事実が――諸星が霊装すらも破壊できると発覚したのは一年前。前回の七星剣舞祭において、ゆーくんが《暴喰》を槍に纏う魔術を祝への切り札として用いてきたことが発端だった。

 それも他の選手との試合ではただの槍技を用い、他の攻撃は《暴喰》を放射することだけだったため、この魔術は真実私を斃すためだけに秘匿された技だったのだ。

 

 よってこの『槍に纏う』という技術は対私で初めて用いた技術だったのだが……

 

 そもそも原作知識によってその存在を事前に予想されていた私にとってその魔術は意外でも何でもなく、《既危感》のおかげもあって「あっ、もう使えるんだ」と思われただけで空を切ったという過去を持つ。

 ちなみに大した驚きもなく私があっさりと技を見切ってしまったせいか、ゆーくんはショックで一週間口を利いてくれなかった。

 

 …………とはいえ最大の問題はこれなんだよなぁ。

 ゆーくんの持ち味が武器破壊だというのならそれは即ち私にとっては死活問題だ。

 なぜかって?

 

 

 大鎌が活躍できないからだよ!!!!

 

 

 武器と武器なんてぶつかり合うのが常套。

 だというのにそれをやったらこっちが一方的に破壊されるなど、そんなの大鎌がどうやっても活躍できないじゃないか!

 どうしろと!

 もちろん、これが能力に頼り切った雑魚相手ならどうとでもなる。

 魔術無効化? 知るかバカヤロー! とゴリ押しで突破することも可能だ。

 しかし相手は槍の達人であるゆーくん。そんな適当な闘い方をしたらドたまか土手っ腹に風穴を開けられるだろう。そんな無様な真似、大鎌使いとしてできるはずもない。

 

「どうしたものか~、どうしたものか~」

 

 そんなことを思案しながら控室をウロウロしていると、徐にスピーカーからアナウンスが流れ始めた。

 

『控室の選手各位にお知らせ致します。時間になりましたので、これよりDブロック一回戦第一試合を開始したいと思います。選手のお二人は入場ゲートよりリングへとお進みください』

「……あっ、もう行かなきゃ」

 

 そうこうしている内に入場の時間が来てしまった。

 結局、全然ゆーくんの対策とか思い付いていないけど。

 

 ……まぁ、いいや。

 

 こういう時は当たって何ぼだ。

 たぶん何とかなるだろう。

 問題は大鎌をどう活躍させるかだが……そこも闘いながら考えるしかない。

 去年なんかはその辺が楽で助かったんだけどねぇ。

 最初は普通に大鎌vs槍な感じでバトって、最後は「喰らえ隠し技の《暴喰》ォ!」「躱してドーン!」で決着が付いてしまったので。

 仕方ない。今年は要所要所で無理矢理にでも大鎌を挟んで、それで《暴喰》を何とか躱してトドメで大鎌しかないだろう。

 

「よし、今日もレッツ大鎌です!」

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

『それでは皆様、長らくお待たせ致しました! これより選手の入場です!』

 

 実況のそのアナウンスにより、会場が一気に熱を帯びる。

 特にその盛り上がりはこれまでの試合よりも若干以上に大きい。

 それも当然だろう。この試合はある意味で今大会における頂上決戦の一つと言っても過言ではないのだから。

 

『まずは赤ゲートより姿を見せたのは、前大会序列二位! 武曲学園・三年生の諸星雄大選手です!』

 

 その紹介とともに諸星がゲートより姿を現す。

 180センチを超えるその細身の体躯。

 額にバンダナを携えた、どこか野性味を帯びた相貌。

 そして眼前の敵を食い千切ってやろうという気概を見せる鋭い眼光。

 まさに序列二位の名に恥じぬ偉丈夫だった。

 

『その天才的な槍術と魔術無効化能力を駆使し、今日はどのような試合を見せてくれるのか! 万夫不当にして何者をも寄せ付けぬ技巧! その全てを以って、今日彼は一年前の雪辱を晴らす! さぁ、今日こそが頂上へと至る最初にして最大の関所となるかァ、《浪速の星》ィィッ!』

 

 実況の紹介が終わるや否や、歓声で会場が激震した。

 『星ィィィ!』『頑張ってくれェ!』『ファンだ、死なないでくれぇ!』とあちらこちらから観客たちが大声を張り上げる。

 ここは大阪。

 故に諸星にとってこの地は圧倒的なホームなのだ。こういった応援になることも致し方ないことだろう。

 

『続きまして青ゲートより姿を見せたのはァ! 日本でこの名を知らぬ者はいない! 昨年、全学生騎士の頂点に立ちッ、最強の名を全国に轟かせた少女! あらゆる相手をその大鎌の錆に変え、返り血の化粧で美しく彩られることからその二つ名を《告死の兇刃》とされた怪人! 今日はその二つ名を《七星剣王》と改め、その名をかけて初の防衛戦に挑む! 皆様ご存知、前大会序列一位――疼木祝選手です!!』

 

 実況に導かれ、今度は祝が反対側のゲートより悠然と姿を現した。

 その姿が現れるや、諸星にこそ劣るものの会場中から歓声が沸き上がった。

 もちろん、地元の人々も彼女に対して歓声を上げている。その多くは『今年は敗けねぇぞ!』という諸星の視点から見た歓声ではあったが。

 しかしその中にも純粋に祝のことを応援する声はあり、『いいぞーッブッ殺せー!』『血みどろフィーバー!』『ハァハァ祝ちゃん可愛いよハァハァ』『殺せー!』という陽気な声が大半だ。

 そして二人が開始線の位置に辿り着くと、一層その歓声は大きくなった。

 しかし祝と諸星はそこに着いた途端、その視線を目の前の相手に集中させる。

 

「……遂にこの日が来たな。ずっとずっと待っとったんや、この時を」

「そうなんですかぁ~」

 

 獰猛に笑う諸星に対し、あくまで祝は自然体でほにゃっと笑いながら首をコキコキと鳴らしている。

 そこに緊張感などまるでなく、かといって戦意で気分を高揚させている様子もない。

 至って普段通りの、先日会った時とまるで変わらない姿。

 

(相変わらず心臓に毛が生えたような奴や。……いや、こういう奴だからこそ大鎌への狂気的な信念を抱けるっちゅうことやな)

 

 諸星は笑みの下で冷静に祝を見据える。

 祝の精神構造は常人のそれとは明らかに違うのだ。だからこそ彼女は強い。だからこそ彼女は手強い。

 それを胸に刻みつけ、じっとりと汗ばむ掌を拭う。

 

「さて、去年はお前に首チョンパされて敗けたからな。今日はその可愛い面に風穴開けて返したるで、覚悟しィ」

「できるものなら、ご自由に。でも、今日は首チョンパが嫌なら頭からお股まで真っ二つという方向で手を打っても構いませんけど?」

「ハッ、どっちもご免やな。……まぁ、やれるモンならやってみろや。やれるモンなら、なァ?」

「はい、ではそうさせてもらいますね」

 

 あくまで穏やかに笑う祝。

 獣のように毛を逆立て獰猛に笑う諸星。

 対照的な笑みを浮かべる二人。

 しかしその実、二人は既に戦闘準備を済ませ今にも眼前の“敵”を抹殺せんと刃を研ぐ戦士だった。

 祝の闘気と諸星の殺気――その二つが激突したことで表れたビリビリと肌が痺れるような感覚に、観客たちも思わず息を呑む。

 そしてそれを察したのか、二人の会話が終わるや実況が高らかに口を開いた。

 

『それではッ! これより七星剣舞祭Dブロック第一回戦を開始したいと思います!

 諸星雄大選手 対 疼木祝選手! それでは皆さん、ご唱和くださいッ!

 ――――LET'S GO AHEAD!!!!』

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 試合開始。

 

 その瞬間、諸星の額を目指し漆黒の大鎌が飛翔する。

 開幕から0.1秒と経たず繰り出された先制攻撃は、祝による《三日月》の投擲。

 しかし諸星はこれを危なげなく首を傾げて躱し――その瞬間には祝が諸星の間合いの内に這うような姿勢で吶喊していた。

 

(来よったッ)

 

 諸星と祝の視線が交錯する。

 諸星の背後、ゲートの奥へと消えていった大鎌が破砕音を奏で――次の瞬間には突き出された《虎王》と再展開された《三日月》が火花を散らし激突した。

 諸星が繰り出すは、瞬間三連撃の槍技《三連星》。

 しかし祝は大鎌を振るい難なく迎撃。そして返す刃で舞うように斬撃を放つ。諸星もまたこれを薄皮一枚で回避し、そして傾いだ姿勢となりながらも苦もなく《三連星》を再び放った。

 これを祝は大鎌を舞うように二旋、三旋させ柄で弾き飛ばす。

 

「……」

「……」

 

 無言の一呼吸の間。

 そして次の瞬間に再び激突。

 大鎌の曲刃が大気を唸らせ、黄槍の穂先が音の壁を螺旋に穿つ。

 両者ともに魔力放出を込めているとはいえ恐ろしい速度。離れた地点から見守る観客席や実況席からも、目を凝らさなければ二人の手元を見失ってしまうほどの速さ。

 そして攻防の移り変わりも凄まじい。

 今この瞬間も祝が諸星の頭上を獲り大鎌を振り下ろしたかと思えば、それをバックステップで躱した諸星が即座に《三連星》で振り下ろし(モーション)の隙を突こうと攻めている。

 このように攻撃の主導権を両者が激しく奪い合うことで、試合の流れが全く捉えられない複雑なものへと変貌しているのだ。

 しかしそうした攻撃のやり取りの刹那、祝が徐に石突を前方に突き出した下段の構えに移る。

 

 そして繰り出されるは――諸星と同じ瞬間三連撃。

 

 なんと祝は諸星の必殺の《三連星》を、あろうことか本人の前で使用してみせたのである。しかもその速度はまさに本家本元の諸星のそれと遜色ない。

 諸星の代名詞たる槍の極みの一つにある技を、大鎌使いの祝が使う。

 この挑発染みた祝の一手に、果たして諸星の顔は驚愕に彩られるかと誰もが考えた。

 

「……へッ」

 

 しかし諸星は僅かに笑みを漏らすと、なんとこれを()()()()()()()()

 石突と穂先が正面から激突し、三連撃のその全ての威力を余すことなく相殺してみせたのである。

 これには流石の祝も「へぇ」と感心したように笑い――再びの《三連星》。

 

「甘いわッ」

 

 それを再び諸星が《三連星》で迎撃し、……続く()()()()の刺突に今度こそ目を見開かされた。

 四連撃。即ちそれは諸星の《三連星》を祝が独自に進化させたということだ。

 そもそも《三連星》とは、諸星が日々の鍛錬によって磨き上げた神速の槍術だ。凡百の伐刀者では対応することはもちろん、同じ槍使いであっても簡単には模倣することができない絶技であると自負している。

 しかし祝はその技術を模倣するだけに留まらず、それをさらに進化させたのだ。その事実に諸星は舌を巻く思いだった。

 

 だが、それは迎撃できないことと同意ではない。

 

 今度は祝が瞠目させられる。

 繰り出された四連撃目を、諸星も()()()()()()()()()()()()で迎撃したのだ。

 そして続いて繰り出した()()()()()()も同じ様に諸星は迎撃してみせ、……そこで祝は諦めたようにバックステップで諸星の間合いの外へと退いていったのだった。

 そして訪れた静寂に、緊張から黙していた客席より一拍遅れて歓声が湧き上がる。

 

『あ、圧倒的ーッッ! 試合開始の早々から槍と大鎌による凄まじい攻防だァー! というか牟呂田さんッ、今の疼木選手の技は諸星選手の《三連星》ではないですか!? いや、そもそも今の連撃、二人とも三連撃以上行っていたようにも見えましたが!?』

『……いえ、それも驚きですが、注目すべきはそこではありませんよ。諸星選手は疼木選手の《三連星》を《三連星》で防いでみせた。突きの連撃を突きで正面から迎撃するなど、もはや学生騎士の領域にありません。諸星選手、恐ろしい程の技量です』

 

 実況が驚愕する中、解説は冷静に諸星を評価した。

 そしてこれは口にはしなかったが、解説の牟呂渡は理解していた。

 諸星の迎撃。これは祝の《三連星》による挑発への意趣返しなのだということを。

 事実、祝が自身の技を模倣し、使用することができたとしても、自分の槍技はさらにその上を行っているということを証明するかのように諸星は同じ《三連星》で迎撃をしてみせた。

 それほどのことを可能とする技量ももちろんだが、咄嗟にそれを為せるだけの判断力と度量には牟呂渡といえど脱帽するしかない。

 

「……驚きました」

 

 お互いに槍と大鎌を構え直しながら睨み合う二人。

 その時、徐に祝が口を開いた。

 

「この前に会ったときよりも腕を上げていますね。……いえ、さっきの見切りは隠していただけですか」

「まぁ、せやな。お前には技や術理の教えを請われたことはあっても、偶にやる模擬戦で全力を出せとまでは言われとらんし。つーか祝、お前いつの間にワイの《流星群》までパクっとんねん。これは流石にまだ見せた覚えはないで」

「《流星群》? ……ああ、《三連星》の四連撃目以降のことですか? 見た覚えはありませんよ? それにパクるも何も――元から三連撃以上できるからやった。それだけです」

「……ケッ、そうかい」

 

 何事もないかのように言い放つ祝に諸星は苦笑する。

 《三連星》を始めとして祝とはよく技術を教え合う仲だが、もちろん諸星としてもそれを余すことなく教えているわけではない。しかしその術理の一片からでも、少し目を離した隙にこうして勝手に進化してしまうところは祝の恐ろしいところだ。

 ……まぁ、それはそれとして、だ。

 

「さてさて~、前哨戦はこの辺りでいいでしょう。そろそろ本番を始めましょうか」

「せやな。ワイもそろそろ本気で行くで?」

 

 その“前哨戦”という言葉に観客たちは再び驚愕する。

 既に大会はDブロック。数々の学生騎士の試合を見てきた観客たちは、その分だけ目が肥えつつあった。しかしそんな彼らをしても今の二人の闘いは激戦と呼ぶに相応しい内容だったのだ。

 しかしそんな闘いが、二人にとってはただの前哨戦でしかないという。

 これが驚かずにいられるだろうか。

 しかし彼らは次の瞬間、二人の言葉が偽りではないことを実感させられることとなる。

 

 諸星が穂先を寝かせ、斜に構える。

 祝が大鎌を脇に添え、腰をやや落として構える。

 

 それだけで二人から放たれる“圧”が格段に増したのだ。

 たったそれだけで観客たちの声援は再び静寂によって押し潰され、掌に汗が滲んでいくのを感じさせられていた。

 そして仕掛けたのは――

 

()ィァッッ!」

 

 鋭く息を吐きながら諸星が駆ける。

 彼我の間に広がる距離はおよそ五メートル。それを僅か“一歩”で詰めた諸星は、一瞬の後に槍を突き出していた。

 何の足捌きも見せず、構えすら崩さず、まるで地面を滑走するかのように間合いを詰めた諸星。

 尋常ではないその動きに観客たちが息を呑む中、しかしこの場において意外という言葉とは最も無縁な祝は冷徹にその刺突を回避――しようとした瞬間、彼女は目を細めた。

 なんと回避しようとした槍が()()()()のだ。常識ではありえないその軌道。

 

 これぞ諸星の誇るもう一つの絶技《ほうき星》である。

 

 その予想外の角度から襲い来る槍に尋常な人間であれば回避することが叶わず、不意を打たれて刺突を受けるか守勢に回らざるを得なくなるその技。

 しかし……

 

「それは私には通じませんよ」

 

 祝は曲がった槍を一瞥すらすることもなく、その軌道をさらに躱す。

 そう、《既危感》の前では奇襲に類する技術は全て無力と化す。相手からすれば不意を打った行動も、祝の前では未来から呼び寄せた経験値によって飽きるほどに見飽きた凡百のそれと化す。

 原作と呼べる世界において一輝が剣によって弾くしか対処の手段がなかったその技も、祝にとってはただの突きとまるで変わらなかった。

 

「なら、これならどうや?」

 

 すかさず放たれる二撃目。

 それすらも祝は容易に躱し――しかし再び曲がったその槍が金色の魔力を纏ったことで思わず眉を顰めた。

 

「喰い破れェッ、《暴喰(タイガーバイト)》ォ!」

 

 裂帛の雄叫びとともに槍が目指した目標は、祝の《三日月》である。

 

「……やっぱり使ってきましたか」

 

 祝が苦々しく呟く。

 その必殺の一撃を繰り出された祝は、しかし曲刃を打ち抜かんとばかりに迫る刺突に対し僅かにこれを持ち上げることで紙一重で槍を躱す。

 その動きこそ危なげのない動きであったが、祝としては内心穏やかではない。

 当然だろう。

 祝が七星剣舞祭という表の晴れ舞台に上がったのは、偏に大鎌を活躍させるため。しかし活躍させるべき大鎌が最大の急所となる流れなど、祝としては不愉快極まりない。

 しかしそれすらも勘定に入れて動く諸星は、内心苛立つ祝を見据えながらも冷徹にその理性を削りにかかる作戦に出た。

 

「まだまだァ!」

 

 高々二発を躱された程度で大人しくなる諸星ではない。

 そして放たれた三撃目。

 今度は最初から大鎌狙いであり、即ち本体ではなく武器を破壊することで決着をつけんとする戦術。

 しかしそのままやられるほど祝も大人しくはなかった。

 

「舐めないでください」

 

 咄嗟に大鎌を持つ右手を後方へとやった祝は、左半身を前方へと出すことで《三日月》を庇う。そして迫る槍を――なんと左の素手の一撃で弾き飛ばしたのだ。

 穂先の腹を手刀で薙ぎ払う祝。

 槍に対して徒手空拳で、それも左手一本で挑むというその無謀。

 その姿に「勝負だ」とばかりに笑みを浮かべた諸星は……

 

(シャ)ラァァッッッ!」

 

 あまりの速度に、黄槍を握る諸星の腕がブレる。

 祝の左腕を貫き、そのまま急所である大鎌を破壊せんと続け様に《流星群》を打って打って打ち放つ。文字通り流星群のように殺到する槍の猛攻。

 しかしそれに対する祝もまた常軌を踏み躙る高みに棲まう怪物。諸星の仕掛ける連撃を《既危感》で全て見切り尽くし、彼女もまた恐るべき精度と速度で弾き続けた。

 

「――ぅ、ぉぉぉおおあああああッッ」

「ぐ、ぅッ……!」

 

 最早残像すら見えるほどの速さで刺突と手刀が激突。

 諸星の神速の槍技と祝の無謬の体技が鎬を削り合う。

 最早二人はその猛攻と防勢に呼吸どころか瞬きすら儘ならぬほどだった。

 その絶え間ない連撃に最早諸星は次に放つ一撃を脳で処理することをやめ、肉体に刻み込まれた経験と本能のみで槍を振るっていた。

 一方の祝は脳をフル回転させて未来を読み取り続けており、止むことのない《流星群》を最適の動作だけで捌き続ける。手刀で間に合わない場合は肘で、手首の返しが無駄ならば裏拳でと、手段も手刀に拘らずとにかく左手一本で刺突を処理していった。

 この人体の限界に迫ろうかという攻防に観客たちは言葉を失い、そしてその中で息を潜めて見守る強者たちでさえも勝敗の読めぬこの攻防を固唾を呑んで見守っていた。

 

「……凄まじいな、これは」

 

 そしてその攻防に息を呑んでいたのは、観客席から試合を見下ろす一輝も同様だった。

 武術の達人たる一輝の目から見ても、あの二人の闘いは尋常な伐刀者のそれではない。魔術に秀でる者こそが優れた伐刀者という世間の常識を置き去りにした、まさに武と武のぶつかり合い。

 

(諸星さんの突きの連打……僕でもあれを凌ぎきれるかどうか……)

 

 恐らくは《比翼》の剣技を用いた加速力で対応できるか、といったところだろう。

 しかし《既危感》による先読みがあるとはいえ、それを左手一本で防ぐ祝も尋常ではない。同じことをやれと言われても一輝には到底真似できない。

 

「でも、それも長くは続かないだろう」

 

 戦況は程なくして動く。それが一輝の読みだった。

 無呼吸で続くこの技と技のぶつかり合いは、もうそろそろ人間が全力で動くことができる限界を迎える。事実、祝と諸星の顔色は酸欠の影響で蒼白さすら帯び始めており、既に限界が近いことを物語っていた。

 その限界にどちらかが至った瞬間に均衡が崩れる。

 

 そして一輝の予想通り、その拮抗は唐突に崩れ去った。

 

 絶え間なく続く攻防。

 その中で先に限界を迎えたのは、果たして諸星の方であった。

 

「く…………は……」

 

 その隙はほんの一呼吸。

 口に含み舌に乗る程度の空気を、諸星は肉体の限界から遂に吸い込んでしまう。

 たったそれだけの動作。それだけの隙。

 しかしその動きの間に確かに諸星の動きは刹那の鈍りを見せ、そしてその隙を見逃すほど眼の前の少女は甘くはない。

 

「残念」

「――ッ」

 

 気が付けば祝は諸星の懐に滑り込んでいた。

 金色の魔力を纏う槍は祝の脇の下を抜け、彼女自身は諸星の《八方睨み》の奥にまで踏み込んでいたのだ。

 如何に槍の達人といえど、こうまで近間に入られては槍を満足に振るえなくなるのが道理。

 

「懐に入り込まれちゃいましたねぇ~」

「このッ」

 

 咄嗟に諸星は槍を引き戻そうと右腕を引くが、その寸前に祝が《虎王》の柄を空手の左で掴み止める。

 「なッ」と諸星が呻いた。

 そして次の瞬間、祝の《三日月》が頭上へと持ち上げられ――

 

「死んでください」

 

 鈍色の影がまるで断頭台の刃のように諸星へと振り下ろされた。

 魔力放出の急加速によって初速から亜音速に達した大鎌。

 その大鎌は迷うことなく諸星の頭から股へと両断せんとばかりに迫る、まさに一撃必殺の斬撃。

 そしてその一撃は諸星の脳天へと突き立つ――かに思われた。

 しかし。

 

「舐めんなやァッ!」

 

 槍を掴まれた諸星の判断は極めて迅速であった。

 最早これ以上は死を待つのみと悟った諸星は、祝が大鎌を振り上げた瞬間に自ら槍を手放したのだ。そして頭上から迫る刃をスウェーの要領で見事躱してみせたのである。

 そのまま上体を反らし続けて地を蹴った諸星は空中で背転。その後も倒立と着地を繰り返して身体の上下を数度入れ替えながら祝の間合いの外へと脱し、そして一気に十メートル近くも距離を空ける。

 

「逃さないんですけど」

 

 しかし祝はようやく動いた戦況と好機を手放すつもりなど毛頭なかった。

 諸星がようやく離脱の勢いを止めて着地すると同時、最早用済みとなった《虎王》を投げ捨てるや否や吶喊。

 再び槍を顕現させる間すら与えず、一瞬で大鎌の間合いへと彼を引き摺り込む。

 

「このヤロッ――」

「ソォラッッ!」

 

 これまで散々大鎌を破壊されかけたその鬱憤を晴らすような大鎌の横薙ぎを、諸星が勢い良く伏して躱す。

 返す刃で放たれたもう一撃を飛び退き躱す。

 そしてその勢いから顔面へと放たれた拳を首を傾げて躱し――そのあまりの鋭さに掠めた諸星の頬が僅かに赤く裂ける。

 祝が大鎌を一旋し、その反動で左脚の回し蹴り。――スウェーで躱す。

 石突による突き。――半身に身を逸らし、服の裾を抉られながらも躱しきる。

 斬る。躱す。斬る。躱す。殴る。躱す。蹴る。躱す。躱す。躱す躱す躱す躱す躱す躱す――

 

「大人しくしてください」

「無茶言うなッ!」

 

 祝が眉を顰めそう言い放つ間も攻勢は止まらない。

 諸星が息をつく間もなく、今度は彼女が諸星へと一方的に斬撃と打撃を叩き込み続けていく。

 

『ああっと、諸星選手! ここに来て疼木選手に追い込まれ始めたァ! 霊装の展開すら許さぬ怒涛の攻勢! それを諸星選手、一心不乱に逃げ回るッ』

 

 実況の言う通り、諸星の様子は傍から見ればまさに一心不乱だった。

 しかし槍の再展開さえ許さぬその攻撃はまさに暴風の如し。その窮地の中で生き残るには、こうして一心不乱になるしかないのだということも人々は理解していた。

 それほどまでに祝の攻めは苛烈だったのだ。

 

『星ィィ! 頑張れぇぇ!』

『捕まったら死ぬぞ! 足を止めんなァ!』

 

 観客席から漏れる声援。

 それは一方的に追い詰められる諸星を心配しての声だった。

 だが状況はまさに一方的。

 そもそも得物を失った諸星は反撃に打って出ることはもちろん、斬撃を受け止めることも、そして祝の魔力防御すら貫くであろう殺人的な拳撃蹴撃を防ぐこともできはしない。

 つまり先程の攻勢から一転、今の諸星には逃げの一手以外に打つ手がないのだ。むしろこれほどまでに祝の攻撃を見事に見切り、その上で掠り傷しか負わずに逃げ回れる諸星こそをここでは賞賛するべきだろう。

 しかしそんな一方的な状況の中、圧倒的に有利な状況にいるはずの祝は徐々に違和感とも呼べるものを諸星から感じ始めていた。

 

(……ゆーくんのこの目……この人、こんな状況でも全然諦めていない……?)

 

 そう、違和感の元は諸星のその目。

 祝の一挙手一投足を注意深く観察しながら逃げ回る諸星は、しかしその手に槍を持つことすら叶わないというのに、まるでまだどこかに勝機があるかのように活力のある視線を祝へと向けていたのだ。危機に対する焦りはあれど、目に諦観の色が見えないのである。

 一体今の状況のどこに、そこまでの闘志を懐き続けられる要素があるのだろうか。

 

(《暴喰》は槍がなければ怖くないし、そもそも得物がない槍使いなんて何の脅威もない。徒手空拳で特攻してくる気配もない。なのにどうしてそんなに自信満々?)

 

 攻撃の合間の刹那、手を緩めることはなくとも祝の脳内に疑問が(よぎ)る。

 諸星の狙いが見えない。

 あるいはただ彼の気質が諦めることを良しとしていないだけなのだろうか。

 わからない。わからない、が……

 

(面倒だ、さっさと殺そう)

 

 祝は即座に決断した。

 こういう土壇場に来ても闘志が萎えない輩は、往々にして何かしら奥の手や切り札を隠し持っている場合が多い。それを心の拠り所としているからこそ、死線の間際で虎視眈々とこちらを伺う余裕が生まれるのだ。

 そして祝は経験上、こういった手合いには強行と速攻を以って決着とすべしという方法で切り抜けることを良しとしていた。

 切り札など、所詮使わせなければ存在しないも同じこと。

 

「そろそろ終わりにしましょうか」

 

 終わりのない攻勢(オフェンス)

 そんな中、唐突に祝がこれまで以上に深く諸星の懐へと潜り込んだ。そして見舞われるのは――足払い。下半身の力が抜けたかのように急激に腰を落とした祝は、諸星の足元へ神速の回し蹴りを放ったのだ。

 

「しまッ!?」

 

 急激な動きの変化にペースを崩した諸星はこれに対応できずバランスを崩し、背中を強かに打ち付けた。

 そして祝はそうして倒れる彼の利き腕たる右腕を踏み押さえて仁王立ちし頭上で大鎌を一旋。

 

「では」

 

 そんな軽い掛け声とともにその無防備な首元へ向けて大鎌を振り下ろし――

 

 

 その瞬間、諸星がニヤリと笑い、同時に押さえのない左手に槍を顕現させた。

 

 

「ようやっと晒したな……トドメの大鎌(さいごのおおぶり)を。おかげでタイミングは完璧や」

「……ッ?」

 

 祝の背筋が粟立つ。

 諸星のしてやったりという笑み。

 到底反撃など間に合わないであろうタイミングで展開させた《虎王》の存在。

 そしてそれらを認識した瞬間、トドメを刺しているのは祝の方だというのに。

 

 まるで電流が走ったかのように――《既危感》が警告音(アラート)を発した。

 

 

 




 ランサーが死んだ(今回で死ぬとは言っていない)

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