落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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 毎度ながら感想や誤字報告、ありがとうございます。
 今回はちょっと間話です。すみません、短いです。

 それと活動報告にも上げましたが、先日お気に入り件数が10,000件を突破しました!
 本当にありがとうございます!
 こ、これは何か記念に外伝でも書いた方がいいのでしょうか……!
 何かリクエストでもあったら活動報告にでも戴けると。何かピンときたらその内にでも書きます。
 なさそうならばこのまま続行ということで。


冒涜的な間話

 諸星が疼木祝という少女と出会ったのは小学五年生の時だった。

 当時、小学生にして関西においては『《夜叉姫》の再臨』と呼ばれるほどの才を発揮し始めていた諸星は、既に全国大会で王馬と並び立つほどの成績を収める天才として知られていた。

 東の《風の剣帝》、西の《浪速の星》。

 その双璧の片割れとして、諸星は将来を望まれる選手だったのだ。

 そんな諸星の前に、夏と冬に行われる小学生リーグの全国大会において競い合う選手として姿を現したのが祝だった。

 

 最初は噂に聞く程度の存在だった。――何やら関東には大鎌などという、しかも長柄に曲刃が付いただけのバリバリの大鎌の霊装を武器に闘う小学生がいるらしい、と。

 

 最初に噂を聞き諸星が抱いたのが「酔狂な奴もいたものだ」と半ば呆れを含んだ感情だった。

 その呆れも当然だろう。

 何せあの大鎌だ。

 農具だ。

 アニメじゃないのだ。現実(ホント)のことなのだ。

 誰があんな使いにくい形状の武器を好き好んで使いたいと思うだろうか。

 しかし聞くところその者は健気にもその武器を用いて全国大会まで這い上がり、あの王馬とすら一戦交える程度の力量は持っているらしい。しかも未来予知という玄人向けの能力から、本当に身一つ大鎌一つでこの領域まで上がってきていることがわかった。

 

 ――面白いやんけ。

 

 そこまで聞くと、諸星も俄然興味が湧いてくる。

 大鎌などというハンデ同然の武器を片手に全国大会に上がってくるなど――それも自分と同じく体術主体の戦法でだ――興味を懐くなという方が難しい。

 一体その“男”がどのような堅い意志を持ってこの厳しい全国大会の領域にまで上ってきたのか。

 大会で出会った暁には、是非聞いてみたいものだと。

 

 そして来る全国大会の日、出会ったのが自分よりも年嵩の少ない“少女”だった時には、思わず目を見張ってしまったものである。

 

 背丈はチビッこく、諸星よりも頭一つ小さい。

 腕や身体は華奢の一言で、諸星が全力で握るだけで折れてしまいそうだった。

 全体的にのんびりとした印象で、顔立ちも可愛らしいものだったが、それがまたこの場の空気には似合わない。

 そんな少女が、この全国の領域に大鎌一つで伸し上がってきただと?

 正直に白状すると、諸星はその事実が最初は全く信じられなかった。あるいは大会のクジ運の巡りの良さから偶然この大会に上がってきただけではないのかとすら思った。

 そして疑心をその眼に充満させ彼女の試合を物見遊山に見学し――

 

 

 そこで彼女が“本物”であると思い知らされた。

 

 

 祝という少女は異常だった。

 その幼さに見合わず、様々な流派の色がその闘いの中には散見された。

 剣術や小太刀術、果てには無手の流派の動きすら見える(後に聞いた話では、あの『闘神』南郷の下で教えを受けていたらしい)。それらを大鎌に流用し、洗練された闘いが彼女の中にはあった。

 

 ――これは只者やない。

 

 諸星がそう認識を改めたのは言うまでもない。

 彼の他にも、彼女の闘いぶりを見て表情を引き締める者が散見された。

 そしてその数日後。

 クジ運の巡りと必然が合わさり、勝ち残った諸星と祝は試合でその刃を交えることとなったのだった。

 

 その結果は――僅差で諸星の敗北。

 

 掛け値なしの強敵だったと諸星は断言する。

 『抜き足』を含め、彼女はその全ての技術が高次元で纏まった怪物だった。諸星はかなり善戦したほうだと考えているが、しかしそれでも彼女には一歩敵わず敗退することとなる。

 

 ――次は敗けへんぞ。

 

 諸星はそう胸に刻み込み、その回の全国大会を後にした。

 そして試合は終わり、祝という少女は諸星の記憶に強く刻みつけられて過ぎゆく過去となる……はずだった。

 

「貴方の年でそれほどの槍術を操る人は見たことがありませんよ。どなたに教わっているのですか?」

 

 しかし大会が終わってすぐ、祝は諸星の自宅を訪ねてきた。

 手土産に東京ばな○の箱を携えて。

 何と彼女は諸星の強さに興味を持ち、その秘密を探るべく関東からわざわざ一人で諸星に会いにきたのである。

 これには諸星も面食らった。まさかアポイントすらなしに突撃してくるなど、彼としても想定外だ。というかどこで諸星の住所を知ったのだろう。

 しかし諸星としてもわざわざ関東から来た客人を追い返すほど無礼ではない。

 祝の大鎌にかける熱意は闘いぶりから見ても本物であることは諸星も何となく察している。故に師匠に紹介しても問題はなく――あわよくばこの可愛い少女と定期的に会う口実にでもなればという下心もあって快く自身の師匠を紹介したのだった。

 ――その一週間後、修行のために祝が大阪の学校に転校してきたのは予想外だったが。

 

「マジかや」

 

 諸星が道場でそれを知った第一声である。

 土日の朝練習に道場を訪れ、そこで道場を掃除する祝に出会って彼は全てを知った。

 住まいはどうやら師匠の家に居候しているらしく、言語化するのならば“内弟子”というポジションになるらしい。どうやら師匠が相当に祝のことを気に入ってしまったらしく、彼女の弟子入りはそう難航せずに決まってしまったのだとか。

 まさか出会って早々、知り合いでしかなかった少女が自分の妹弟子になるなど、流石の諸星でも予想できないというものだ。

 

 そして彼女と修練を共にし――そこで諸星は知った。

 

 彼女はその全てが大鎌だった。

 正月も、盆も、クリスマスすら彼女には関係ない。

 一年間365日その全てが彼女にとって大鎌を育てる日だった。

 流石に異常なその生活に諸星は師匠に陳情を出したこともあったが、しかし当の師匠が「やらせてやれ」と困ったように笑うのだ。いや、むしろその師匠こそがその生活を推して祝を扱いていたようにすら感じる。

 そうして諸星は理解していったのだ。

 疼木祝という少女の大鎌にかける情熱を。

 あらゆる練習において他の生徒の倍の努力を重ね、天才と尊ばれる諸星すらも比較にならぬ執念をその目に宿し、大鎌のためならば人並みの幸福すら捨てて修行に励む彼女の姿を。

 

 そしてその曇のない(まなこ)で、大鎌のために泣き、笑い、時に憤る真っ直ぐな彼女にいつしか諸星は惹かれていった。

 

 彼女はいつも大鎌に対して真摯で、だからこそ愚かとも言えるほど正直だった。

 自分を極限まで苛め抜き、しかしそれでも目指す自分に至らぬことに泣き、そして確かな成長に涙を流して喜ぶ。

 そんな正直すぎる彼女を支えてやりたいと心から思うようになった。もっと彼女のことを理解したいと思った。ずっと彼女の傍で、その成長を共に分かち合いたいと思った。

 故に――一年ほど経ったある日、祝がふらりと諸星たちの前から姿を消しても彼は驚くことはなかった。彼女のことだ、きっと大鎌の修行のために寄り木を移したのだろうとすとんと理解できた。

 もちろん寂しくはあった。

 しかし彼女が大鎌使いとしてもうこの場所に未練はなくなったのだということがわかる程度には、諸星は彼女のことを理解してしまっていたのだ。

 だが……

 

 ――それでええんか。

 

 自分の中で、小さな疑問が鎌首を擡げる。

 祝はもう自分のことを必要としなくなってしまったのだということはわかっている。だが、それで自分の中に秘めるこの感情を押し殺してしまっても良いのか。

 そんな感情だけが、彼の心に凝りのように残った。

 そしてその凝りはやがて成長し、諸星自身にとって無視できない大きさへと成長していく。

 しかしまだ幼いとする諸星はその感情をどうこうする(すべ)を持たなかった。

 故に彼は苦悩した。

 自分はどうすれば良いのか。何が正しく何が間違っているのか。果たして自分は何を為すべきなのか。

 全てを捨てて祝と共に生きるという選択肢もあった、しかし諸星には家族があり、期待してくれる人々がおり、そして捨てられないものが多すぎた。

 だからこそ祝のように生きることは彼にはできない。

 

 ――どうすればアイツと一緒にいられる? どうすればワイはアイツを引き止められる?

 

 しかし自分のために祝の歩みを止めさせる。

 それもまた諸星の望むところではなかった。

 何も捨てずに得るものを得たい。そんな傲慢で欲深い悩みに諸星は悩んだ。

 そしてその末に、彼は一つの答えに辿り着く。

 

 ――そうか、だったらワイ自身が新しい寄り木になればええんや。

 

 そう、祝は力を求めて彷徨う。

 ならば自分がその新しい力を与えよう。

 自分が身に付けた力を彼女に分け与え、それを彼女と出会う理由としよう。

 そう結論づけた諸星は、その日から我武者羅に修行した。祝と出会うには彼女に新たな力を、技を、術理を与えられるほどに強くならなければならないのだから。

 だからこれまで以上に技を磨いた。

 これまで以上に槍への理解を深めた。

 払いの術理を極める時間を惜しみ、突きのみを極める道を選んだ。

 そして祝に連絡を取り、技を教え、時に教えられ――そうして時間は過ぎていく。

 諸星にとっては充実した日々だった。生まれて初めての“恋”の相手と逢瀬を重ね、そして己の強さも高めてくれる好敵手にも恵まれる。これ程に充実した日々は、諸星にとっては後にも先にもこの時期の記憶にしかない。

 

 だが、そんな充実した日々も長くは続かない。

 諸星が幸せを噛み締め、ずっとこんな日々が続いていくのだろうと思っていた矢先……あの事件は起こった。

 

 大阪にて起こった大規模な列車の脱線事故。

 死傷者多数。

 中には死体が粉々となり、身元確認もできず埋葬された遺体もあったという。

 そんな地獄のような事故の中、諸星は最愛の妹を喪った。

 列車に押し潰され、生気を失い、どんなに声をかけても妹は反応すらしてくれない。そんな思い出すだけで身の毛もよだつような体験をした。

 

 だが、奇跡は起こった。

 

 黒い炎を携えて、祝は諸星の前で“死者蘇生”の奇跡を起こしてみせた。

 しかし彼女が救った命は妹の命一つのみ。その他の命には見向きさえせず、諸星たちのみを救って彼女は去っていった。

 後に諸星は聞いたことがある。

 なぜ祝は能力を秘匿しているのか。より多くの命を救おうとしないのか、と。

 

「そんなの決まっているじゃないですか。私がそんな力を使ったら大鎌が目立たなくなるからですよぅ。持っていながら使わないっていうのも舐めプとかいちゃもんを付けられる世の中ですし~?」

 

 だが、それでも多くの人の命は救われるはずだ。

 祝の能力はまさしく奇跡の産物。

 完全に死んだ人間すらも容易く生き返らせるその力。

 彼女一人だけで一体どれだけの命が救われることだろうか。

 しかしそう問われれば、彼女は花のように笑ってこう答えた。

 

「別に興味ないですから。私が救うのは過去現在未来の大鎌ユーザーと、それに準ずる命だけです。それ以外の人間なんて何人死のうと知ったことではないですし」

 

 思わず諸星は背筋を凍りつかせられた。

 そうだ。

 祝という少女はこういう人間だった。

 諸星は改めて思い知らされる。彼女は天使でもなければ悪魔でもない。

 

 この世の倫理を捨て去った修羅なのだと。

 

 だが、それでも諸星の祝に対する“想い”が変化することはなかった。

 彼女が平気で他者の命を見捨てる人でなしだということがわかっていても、尚も諸星の心は揺れ動かない。

 変わらず彼の心は、疼木祝という少女に向けられたままだ。

 

 ――この阿呆が。趣味の悪い奴やで、ホンマ。

 

 そう諸星は自嘲した。

 間違いなく祝は碌でなしだ。世が世ならば英雄足り得たかもしれないが、現代社会に於いては間違いなく社会不適合者だ。気狂いだ。他人から後ろ指をさされても仕方があるまい。

 だがそんな少女でも、そんな少女の修羅の一面を見せられてもこの気持ちが変わらないというのならば――それは諸星にとって変えようのない大きな感情ということなのだろう。

 

 ――なら、この気持ちをワイは貫き通すだけや。

 

 誰に詰られようと、諸星はこの気持ちにだけは嘘をつけない。

 だから諸星は槍を振るい、魔術を極め、祝の寄り木であり続ける。

 たとえ彼女がより深い修羅の沼へと沈み込んでしまっても、それでも彼女との(えにし)が切れてしまうことがないように。

 




 凄まじくどうでもいいですが、個人的に愛を確かめるという仕草で一番好きなのは、めだかボックスで球磨川が『安心院さんの顔面を生きたまま引き剥がしたけどやっぱり好きなままだった! 自分は彼女の顔に惹かれただけじゃなかったんだ!』というシーンです。
 本当か嘘なのかはわかりませんが、でもそれでも好きならばそりゃ本当に好きなんだろうなと納得させられました。

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