落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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 感想、誤字報告ありがとございます。
 最近スランプ気味なので、とりあえず短めを投稿して勢いを取り戻そうと画策。


防御は最大の攻撃

 振り下ろされる大鎌。

 その刃は切っ先が諸星の首元に触れる寸前でピタリと止まった。

 あと一息で諸星の首を刎ねられるという場面でありながら、祝はその刃をそれ以上進めることはない。

 なぜか。

 

 それは諸星の首元で燦然と輝く“黄金の魔力”が原因であった。

 

 まるで鎧のように彼の首元を覆うのは、間違いなく彼の必殺の魔術――《暴喰》のそれに相違ない。それが彼の首元を覆うように広がり、まるで《三日月》に対し牙を剥いたように待ち受けていた。

 それは槍にしか纏うことができなかったはずの《暴喰》の魔力。

 だがそれは最早一年前という遠い昔の話。それだけの時間があれば、諸星という達人にとって魔力も武術も進化するに余りある時間。

 

 そう、今年の《暴喰(タイガーバイト)》は――()()()()()()()()

 

 霊装すら破壊する最強の“矛”たるこの魔術が、今年は最強にして最凶の“盾”ともなるのだ。

 祝がこうして大鎌を振るう腕を止めたのは、まさにこれが原因。

 彼女は予知したのだ。

 己の大鎌がこの黄金の魔力に触れた瞬間にその切っ先から砕かれ、そのまま霊装を破壊される未来を。

 

「……ッ」

 

 同時に、祝の《既危感》はもう一つの予知を祝に齎していた。

 その大きすぎる隙――振り下ろした武器を寸止めするなどという行為に際して起こる硬直を諸星が見逃すはずもないという予知を。

 

「もろたァッ!」

 

 祝の大鎌が動きを止めると同時、諸星の黄槍もまた動き始めていた。

 まるで跳ね上がるかのように穂先が持ち上がると、こちらもまた黄金の魔力を纏い、その軌道は動きを止めた祝の急所(腹部)へと伸びる。

 その動きは虎というよりも、得物へと喰らいつく蛇のそれに近い。

 

 タイミングは完璧だった。

 

 祝が動きを止めるのと、諸星が反撃に移った挙動。

 その全てのタイミングが噛み合い、如何に達人の祝といえど最早これを回避するだけの時間すら残されていない。

 これが諸星が祝に対して仕掛けた策。

 事前に全ての思惑を予知によって見通されてしまうのならば、避けようのない二重の策を講じれば良いというだけのこと。

 祝の大振りを待ってひたすら逃げに徹したのも、《暴喰》を身に纏えるという技能を今日この時まで隠し続けてきたのも全てはこの瞬間のため。

 

 大人しく大鎌を砕かれるか、あるいはそれを回避し槍を食らうか。

 

 祝が取れるDEAD or DEADの二つに一つの選択肢を祝に突きつけるこの状況。

 祝が逃れられないよう運命の袋小路に追い詰める、それこそが諸星が仕組んだ単純ながらも究極の予知対策だった。

 もちろん誰にでもできる策ではない。

 これは諸星だからこそ初めて可能となったもの。この状況に追い込めるだけの能力と、そして追い込んだ末に仕留めきれるだけの技量があってこそ成立する彼のみに許された一手だ。

 

()った!)

 

 真っ直ぐに土手っ腹へと伸びる穂先に諸星は今度こそ勝利を確信した。

 体勢から鑑みても回避は間に合わない。

 そのタイミングを計ってこの策を頭で“思考”した。祝がどの瞬間に予知をするのかは諸星も把握している。故にその最適の瞬間が訪れるまで、諸星は決して彼女に仕掛けることをしなかった。

 いや、むしろその瞬間が来なければ無条件で敗北することすら諸星は視野に入れていたのだ。

 しかし諸星は信じていた。

 祝ならば必ず最後に大鎌による“魅せ技”を繰り出すことに拘るはずであると。大鎌を観客にアピールするため、彼女ならば間違いなくそこを欠かすことはないはずであると。

 

 そしてその策は成った。

 

 祝は諸星の期待通り、最後の最後に隙を晒した。

 最早止める術も逃れる術もない。

 この状況こそ“詰み”だ。

 いや、仮にこれで致命傷が与えられなかったとしても重傷は負わせてみせる。腕の一本程度は奪ってみせよう。

 その確実性を重視したからこそ、あえて必殺の急所である首ではなく命中率の高い腹へと狙いを定めたのだから。

 急激な停止は慣性を生み、そしてそこから逃れることはたとえ《七星剣王》であろうと物理的に不可能。宛ら急ブレーキを踏んだ自動車も同然。これで獲り損ねるなどあり得ないはず。

 ――そう確信していたはずだった。

 

 

 祝がその漆黒の瞳を《虎王》へと向けるその瞬間までは。

 

 

 次の瞬間、諸星の黄槍は祝の上半身が()()()空間を通過していた。その穂先は彼女の腹は疎か腕にすら掠ることもなく虚空を穿つ。

 なぜか。

 それは槍が炸裂するかに思われた瞬間、祝の顔面がまるで何かに殴り飛ばされたかのような勢いで弾かれたためである。

 まるで見えないボクサーによって豪快に横っ面を殴られたかのような吹っ飛び具合。

 しかしその勢いが結果的に祝の命運を分けた。

 仰け反るほどの勢いに押し出された祝の上半身は大きく仰け反り、諸星の突きを見事に回避することに成功したのだから。

 

「なにィ!?」

 

 諸星は思わず瞠目した。

 完璧なタイミング。完璧な一撃。完璧な策。

 全てが揃ったこの状況が、それがわけのわからない方法で回避されてしまったのだ。彼の動揺も一入だった。

 

「ぐぅ……!」

 

 呻き声を上げながら、祝が諸星の上から引き剥がされていくかのように吹っ飛ぶ。

 そのあまりにも不自然な回避に思わず瞠目した諸星。しかしその正体に「あっ」と声を上げた彼は即座に思い至る。

 

「今のはまさか……お前、魔力放出で自分自身を吹っ飛ばしたんか!?」

「頭がグワングワンします……」

 

 諸星の驚愕に答えることなく、祝は吹き飛んだ体勢から片腕で体を支え、背転のままに着地する。

 そう、諸星の言う通り、それが祝の不自然な回避方法の正体。まるで虚空から殴られたように祝が顔面から吹き飛んだのは、魔力放出による反動を自分から食らいにいった結果だった。

 もちろん上半身が仰け反るほどの威力の反動とは、即ちそれと同威力の打撃を防御もなしに食らうに等しい。

 しかし祝はあえて自らへのダメージを覚悟してまで諸星の槍を躱すことに専念したのだ。

 逆に言えば、それほど彼女が追い詰められていた証拠でもある。

 尤も、諸星からすれば必殺の一撃すら躱す祝の技の引き出しに舌を巻くしかないというのが現実ではあったが。

 

(躱された!? ワイの必勝の策をこうも簡単に!)

 

 諸星は歯噛みしていた。

 最善ではここで勝利し、最悪でも手傷の一つでも負わせるのがこの段階での諸星の計画だったのだ。

 しかしそれが頓挫し、諸星にとっての策はここに瓦解した。

 もう諸星には、彼女を地力で追い詰める以外に方法がないも同然だった。

 

「チィッ、おンどりゃァ……!」

 

 悔しさと行き場のない怒りで思わず額に青筋が浮かぶ。

 渾身の策だったというのに、それをあっさりと祝は防いだのだ。これで何も思うなと言う方が無理な話だろう。

 事実、諸星の内心は額に浮かぶ青筋とは裏腹に動揺で満ちていた。

 今のは諸星が仕掛けた、本当に必勝の策だったのだ。祝の裏をかくにはどうすれば良いのかを考えた末に導き出した必殺の一手。常識的に考えれば回避不能なはずのそれを、馬鹿みたいにあっさりと彼女は凌いでしまった。

 その動揺のあまり思わず握り込んだ拳が震える。

 噛み締めた奥歯が軋り、無意識の内に喉を震わせる。

 そんな諸星を見て、祝は果たして「してやったり」と笑みを浮かべただろうか。あるいは諸星の必殺を無事に回避したことに安堵してみせただろうか。

 しかし実際はどちらも否であった。

 

「……う~ん?」

 

 祝は首を傾げていた。様子がこれまでとは明らかに変わる。

 なぜか彼女は試合中だというのに諸星に視線すら向けず、虚空を眺めやりながら何事かを呟き続けていた。

 まるで目の前の試合よりも、他の何かに気を取られてしまったかのように。

 

「………………今のはいいですね。凄くいい。ははぁ、なるほど、魔力放出にこんな使い方があったんだ反射的にやっちゃったけど便利だなこれこれなら他にも使い途があるかも魔力放出は加速力だけではないってことかこんな使い方原作にあったかないやなかったたぶんなかったできるかできないかそれはこれから試せばいいしそうかゆーくんを実験台にすればいいんだ実戦で通用するかも比較検証できる調整も試合中に出力過多の方向で《既危感》使えば自傷ってことで視えるだろうし原作になかった上に誰もこんな使い方しているの知らなかったから思い付かなかったいや魔力量と燃費の問題かこれをクリアすれば《月頚樹》みたいに後々の人にも伝授できる技になるんじゃねこれ…………へぇ、うん、いいですね悪くない」

「……ああ? 何や、ワイを無視してブツブツと」

 

 だが祝は諸星の問に答えることもなく、口の端から流れる血を拭いもせず、ただ口元に手を添えて何かを呟き続けるばかり。

 そんな祝の様子を訝しむ諸星。しかしそんな諸星の姿に気が付くこともなく、祝は全く別のことに気を取られている様子だった。

 

(……何や? アイツ、一体何して……)

 

 その姿に諸星は一転、無意識の内に一筋の冷や汗を流していた。

 よくはわからない。

 しかし何か拙いことが起こっていると諸星の直感が警鐘している。何か、何かが彼女の中で起こっているのだと。

 

(これは……ヤバいんやないか? こういう怖気が走る時、アイツはいつもいつも碌でもないことを考えとるッ。このままアイツの考えが纏まるのを待っとったら恐ろしいことが起こる!)

 

 判断は一瞬。

 策が破られたことへの悔恨すら置き去り、諸星は槍を構え直していた。

 しかし槍を構えたところで諸星の動きが再び止まる。それは彼の心の迷いから生じた反射的な身体の停止だった。

 

(いや、でも……具体的にどうする? ここからどうやってワイは祝と闘えばいいッ……!?)

 

 それは当然の迷いだった。

 同じ策は二度と通じないだろう。

 祝がそう簡単にトドメの大鎌をやめてくるというようなことはないと思われるが、しかしここから先は、彼女が不用意にトドメを刺しにくるようなことはなくなった。

 となると、やはり諸星は祝に対し“地力”――即ち己の槍術と《暴喰》の力を駆使した純粋な実力で挑む他ない。

 《既危感》を持ち、さらに昨年度の七星剣舞祭で自分を武術で下した《七星剣王》と正面勝負など、分が悪いとしか言い様がない。

 そんな絶望的な状況に思わず諸星は一歩退き……

 

「……いや、それは(ちゃ)うやろ」

 

 ……かけたところで踏み留まる。

 そして無理やりに口の端を持ち上げ、喉を震わせ、表情を半ば引き攣らせながら笑ってみせる。

 それは決して自棄から来る卑屈な笑みではなく、己を奮い立たせるための――この状況を決して悲観的に捉えまいとする戦士の笑みだった。

 

(逆境上等ッ、却って面白いやんけ。……いや、面白くなくても笑え! 笑ってみせろ諸星雄大ッッ)

 

 諸星は笑う。

 確かに状況は危機的だ。

 必勝だったはずの策が外れ、最早打つ手は地力で祝に挑む他がない。もちろん未だ《暴喰》が祝に対してアドバンテージを持っていることに変わりはないが、それも祝という怪物(バケモノ)を相手にどこまで通用するかわからない。

 だが。

 

(策が破られた? もう地力で闘う以外に道はない? ……逆やろうがッ、まだ《暴喰》っちゅう最強の手札が残っとるやろうが! 弱気になるなッ、胸を張れッ! 策がなくともまだワイは闘える! 死んでも諦めんっちゅう気概もなく祝に挑む資格なんて元々ないんや!)

 

 そうだ。確かに必勝の策こそ祝に破られたが、《暴喰》という最強の手札は依然として健在。ならばここで後退する理由などどこにもないだろう。

 カッと改めて目を見開いた諸星は《虎王》を頭上で一旋させると、油断なく祝へ向けて穂先の狙いを定めた。

 ――そう、思えばこれまでも“それ”こそが諸星たちの世代にとっての分水嶺だった。

 

 暗黒の時代があった。

 

 祝という狂人の力が小学生時代の全盛期を迎えた頃、彼女は小学生(リトル)リーグにおいても多くの選手を狂気的に追い詰めていた。その姿に心が折れ、騎士の世界から去っていく少年少女も大勢いた。

 その中で諸星を含む、所謂“生き残り”と呼ばれる者たちは、何を精神の支柱にしてこの世界に留まり続けたのか。

 

 それこそが諦めない心だ。

 

 祝の狂気に充てられ修羅の道に落ちることなく、かといって心を折られ二度と立ち上がれなくなることもなく、何度彼女に敗れ去ろうとも決して諦めない不屈の心。

 それがあるからこそ、生き残った諸星の世代は彼女と渡り合ってこれたのだ。

 だから諸星は退かない。挫けない。諦めない。

 こと闘いにおいて、諸星雄大という男に真の意味での“後退”はないのだ。

 

「祝ィ! 考え事も大概にしィや! お前の相手は、目の前にいるこの諸星雄大(ワイ)やぞッッ! さっさとかかってこんかワレェ!」

 

 諸星の咆哮が会場中に響き渡る。

 その声に触発され、会場中から諸星の名前が繰り返し叫ばれる。その人数から来る声量に会場が揺れたかと錯覚させられたほどだ。

 

『いいぞォ、星ィ!』

『ここから形勢逆転だァ! 気張れェ!』

『油断すんなよッ、《浪速の星》ィ!』

「――――ッシャアぁぁぁ!!」

 

 声援に応えるように諸星が雄叫びを上げる。

 しかし視線は祝へとピタリと定めたまま決して外さない。

 そこには微塵の油断もなく、諸星は先程の策の失敗から意識を完全に切り替えることに成功していた。

 

「ここからは第二ラウンドや。来ないならこっちから行くで、祝!」

 

 

 


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