落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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 毎度ながら感想、誤字報告ありがとうございます。
 いつもメチャクチャ誤字報告を戴いているので、いつか一話丸々誤字報告なしを実現するのが最近の目標です。


脳漿をブチ撒けろ!(臓物でも可)

「……どういう、ことなの……!?」

 

 一輝や珠雫とともに観戦――もとい後々のための偵察に赴いていたステラは、そのあまりにも予想外の光景に思わず呆然と呟いていた。

 突如現れた()()()()《三日月》。

 デバイスは一人につき一つが原則。

 その原則を当然のように祝が踏み越えてきたことにも驚かされたが……何よりも問題はその二本目が()()()()()()()()ということだった。

 突如として諸星を貫いたその二つ目の漆黒は、誰にも予想できない場所から姿を現した。

 

 何とそれは、諸星が入場してきたゲートの奥から投げ放たれてきたのである。

 

 無人のままゲートを潜りリング内へと飛来した二本目が、無防備な諸星の背中を一穿したのだ。

 祝へと視線を集中させていた諸星はこれに反応することすらできなかった。

 恐らくは彼本人も、その最後の瞬間まで事態を理解できないままだっただろう。試合を俯瞰的に見ていた観客や実況席、そして百戦錬磨の達人である一輝たちですら唖然としたままなのだから。

 

 そして諸星の頭蓋が砕かれ、真っ白なリングに赤とピンクの脳漿が飛び散ってから数秒後。

 ――事態が動く。

 

『き、きゃぁぁぁあああああああああッッ!』

『うわああああぁぁぁあああぁああ⁉︎』

『まただ! また今年も《告死の兇刃》が殺しやがったぞ!!』

『早く医療班を! このままだと諸星が死んじまうッ!』

『いや、というか……もうありゃ死んでるだろ!? 脳みそぶち撒けてんぞッ』

 

 客席から悲鳴と怒号――そして一部からは小さな歓声が飛び交い、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図となる。

 この場の誰もがわかっていたはずだった。

 《実像形態》で命のやり取りをしている以上は誰かが瀕死の重傷を負ったり、あるいは即死するような致命傷を見せつけられることになることを。

 しかし、これはあまりにも惨すぎる。

 トドメを刺したと言えば聞こえがいいが、心臓を貫いた相手の頭を斬り刻むなど死体蹴りもいいところだ。明らかな過剰攻撃(オーバーキル)。騎士としては当然ながら褒められる行為ではない。

 実際そのあまりにグロテスクな光景に観客たちの多くは顔を青褪めさせ、思わずその光景から目を逸らした。中には前方の席でそれを直視してしまい、その場に吐瀉物を撒き散らした者もいる。

 テレビ放送は現在、放送事故として自然の景色と緩やかな音楽を流してお茶を濁していた。熟練カメラマンの英断により直前でカメラを切ったため衝撃の映像がお茶の間に流れることにはならなかったのが不幸中の幸いか。

 だが、何にしてもそれについて議論を交わしている時間はなかった。事は一刻を争う。

 

「《時間凍結(クロックロック)》ッ」

 

 その時、まるで予定調和のように客席から一発の銃弾が諸星を撃ち抜いた。

 途端、諸星から流れ出る血が動きを止める。

 そして客席から黒い影が――このような事態に備えて控えていた黒乃が飛び出し、魔術を維持しながら医療班へと叱咤する。

 

「落ち着けッ、去年と同じだ! 疼木が参加する以上、この程度の惨事は大会前から充分に想定されたことだろう! 医療班は担架を回せ! 医務室は再生槽(カプセル)の準備! 急げぇッ!」

 

 黒乃のその言葉に突き動かされたのか、ゲートから担架を担いだ医療班の人間がすっ飛んできた。

 だが黒乃はその到着を待たず、諸星へと時間遡行の魔術を施す。現代医療は確かに発達しているが、流石に零れ落ちた脳漿までは再生が難しいためだ。よって心臓の治療に先んじて、脳の治療を優先しているのである。

 そして遅れて医療班が到着。諸星の時間が止まっているのを確認すると強引に突き立った大鎌を引っこ抜き、諸星を担架に乗せて走り去っていく。

 それに付き添いながら立ち去った黒乃は去り際に憎々しげに祝を睨んでいったのだった。

 

「お疲れ様で~す」

 

 そしてその背中を見送る祝。

 飛び散った諸星の脳漿の破片や返り血が制服の所々に付着しているが、そんなものを彼女が意に介すはずもない。

 彼女の理想通りの形で大鎌の()()()()活躍を魅せて幕を下ろせたことで、祝は終始穏やかな笑顔で黒乃たちを見送っていた。

 

『…………な、何ということでしょうッ……。突如二本目……二本目ですか? 二本目の大鎌が諸星選手を貫いたかと思われた瞬間、疼木選手がまさかの追い討ちです! ちょ、ちょっとこの試合は色々とありすぎてコメントに困る試合でしたが、その最後もまた予想外の展開を迎えました! そして担架に運ばれていく諸星選手を、血化粧を纏った疼木選手が悠然と見送ります……!』

『……疼木選手。大会運営によって定められたルールの関係上、退出の前にいくつか質問させてください』

 

 実況が色めく中、解説の牟呂渡が退場しようとする祝に待ったをかけた。

 それに対し不思議そうに首を傾げた祝が、「何でしょうか?」と実況席を見上げる。

 

『では質問させていただきます。貴女が諸星選手の背後から突き刺した二本目の大鎌。……複数型の霊装であったことを黙していたことはルール上問題ありません。戦略として情報を伏せるのは騎士として当然のことです。しかしあれは会場外から第三者によって投擲されたように見えましたが、それはどういうことですか?』

 

 牟呂渡の指摘に会場中がざわめく。

 確かにそうだ、とステラは内心で頷いた。

 祝が大鎌を二本も顕現させられる――双刀ならぬ“双鎌”と言い表すべきなのだろうか?――使い手であったことにも驚かされたが、そこはもうそういうものだと納得するしかない。

 むしろ「大鎌は一本しかない」という常識に囚われていた自分の迂闊さを恥じるところだろう。

 しかし背後からの一撃は、一体どこから、どうやって諸星に突き立てられたのか。その説明がないまま祝を帰すのは彼女も……いや、彼女だけでなくこの会場にいる多くの人間が納得ができなかった。

 彼女に限って反則などという(こす)い真似はするまいが、しかしこの場においては納得こそが何よりも優先されていた。

 

 だが牟呂渡の指摘に、祝は「まさかぁ」と笑う。

 

 笑いながら、徐に手元の《三日月》を片手で一旋させた。

 すると突如、として諸星から引き抜かれ地面に転がっていた二本目が跳ねるように起き上がり――まるで自ら意思を持っているかのような挙動で祝の手元へと舞い戻ったではないか。

 その大鎌の不可解な動きにステラは思わず目を剥いた。

 そしてそれは牟呂渡も同じだったようで、『これは……!』と驚愕を声音に滲ませた。

 

「観ての通り、魔力の糸です。感知できず視認もできないギリギリにまで魔力を抑え霊体化させた糸が二本の石突には結び付けられています。これを使ってもう一本を操り、リング外より手繰り寄せた。それだけのことですよぉ。ルールのどこにも抵触してはいません」

『むむ……』

 

 牟呂渡は唸る。

 確かにルールには抵触していない。

 七星剣舞祭のルール上、リング外から内側へと攻撃を加えるのは反則に当たる。しかしこの攻撃はリング内からリング外を通じて相手選手を攻撃している。これならば確かに選手がリング外へと出たわけではないので、ルールに則った攻撃ということになるだろう。

 一例として、ステラと対戦した平賀玲泉も同様の攻撃を繰り出している。

 彼はリング内より会場周辺の廃車などを集め、それを組み合わせることで巨大な人形を即席で作り出した。このように、リング内から外へと干渉する攻撃はルール違反に当たらない。

 

『し、しかしその二本目は! その二本目の大鎌はいつリング外へと設置したのですか!? 試合中にそんなことをしていた様子はなかったはず! 試合前の設置だとすれば、それは立派なルール違反だ!』

「いつって……それくらいはプロに上り詰めるほどの方ならわかっていると思ったんですけど。――試合の一番最初ですよ。ゆーくん……諸星選手に投げるふりをして赤ゲートの奥に設置しました」

『一番最初? …………ああああ、あっ!!!』

 

「……ッ、まさかあの時に!」

 

 思わず牟呂渡が声を上げるのと同時に、ステラも祝の指摘した瞬間を脳裏にまざまざと思い浮かべていた、

 そう。試合の開始直後、確かに祝は《三日月》を諸星に投擲していた。諸星はそれを難なく躱したため誰もの意識からその一投目の大鎌は外れてしまっていたが……

 

『……では、貴女が再展開したように見せたその《三日月》は……!』

「はい。()()()()()()()()

『……なんて、ことだ……では、貴女は最初からこれを狙って!』

 

 ここに来て牟呂渡を含め、開場の全ての人間が理解させられた。

 全ては順序が逆だったのだ。

 試合の開始直後に放たれた一投目――即ち諸星の背中に突き立てられた《三日月》こそが一本目の《三日月》。

 そして祝はその事実を二本目の《三日月》でさも再展開したかのように欺きながら、試合開始の直後からずっと背後から諸星を強襲する機会を虎視眈々と伺っていたのである。

 

「二本目で普通に斃せるのならそれに越したことはなかったんですけどね。《暴喰》が邪魔だったのでプランBで奇襲させて戴きました」

 

 左の《三日月》を肩に担ぎながら、右の《三日月》をクルリと一旋させてこびり付いた肉片と血を払う。その動きに淀みはなく、二本の大鎌を用いることに何の苦もないことが伺い知れた。

 そう、つまりは最初から計算尽く。

 奇襲が必要となる事態すらも視野に入れ、彼女は最初から行動していたのだ。それも最初の一手目で。

 

「それで? まだ聞きたいことはありますか?」

『…………いえ、結構です。疼木選手、お疲れ様でした。お時間を取ってしまい申し訳ありません』

「いえいえ~、納得して戴けて何よりです。それでは~」

 

 虞れすらその声音に滲ませながら、牟呂渡が退出を許可する。

 それを聞いてニッコリと笑った祝は最後に観客席をグルリと見回しながら手を振ると、入場時と同じような朗らかな足取りで退場していったのだった。

 

「……凄まじい試合だったね。疼木さんも諸星さんも、どちらも尋常な騎士ではなかった」

「ええ。流石は前年度の七星剣舞祭で頂点を競った二人。ハフリさんが色々と怪物染みていることは前から知っていたことだけれど、モロボシさんも恐るべき騎士だったわ」

 

 一輝が思わずといった様子で漏らした感想に、ステラもまた首肯した。

 相変わらずわけが分からないほどにロスのない《魔力制御》と、それを用いた格闘技術を見せつけた祝。そしてあらゆる距離から霊装を破壊しにかかり、加えて魔術の一切を無効化してみせる諸星。

 今回は祝に軍配が上がったが、仮にステラが諸星とぶつかっていた場合でも自分が勝てたかどうか……

 無論、ステラも敗けるつもりなど毛頭ないし、試合を見る限り充分に勝機のある相手であることは断言できる。しかし破軍学園の選抜戦で何人も下してきた生徒たちと比較すれば、その練度は雲泥を超えて最早天地の差だ。

 打倒するにしても、容易くとは行かないだろう。

 

 だが、そんな諸星を祝はほぼ無傷で制してしまった。

 

 あの領域となれば一撃が必殺となり得る世界なので、そのこと自体は不思議ではない。

 現に諸星も、最後の背後からの強襲以外は無傷も同然の姿で祝の攻撃を受けきっていた。

 しかし理解はできてもステラの内心に張り詰められた緊張が解けることはなかった。

 

 ――もしもあそこに立っていたのが自分だったら。

 

 そんな想像がステラの脳裏を過り、思わずゴクリと唾を飲み込む。

 元よりそんなつもりなどなかったが、やはり祝は微塵も油断ができる相手ではないということを、五感を通して改めて思い知らされる。

 彼女とぶつかるのは決勝戦だが……その時は開幕から全力全開だ。未だこの大会で見せていないあの切り札すらも即行で使わなければならないだろう。

 しかしステラが内心でその覚悟を固めていたまさにその頃。

 

 多くの強者たちが試合の内容を反芻している中、試合会場の観客席は騒然の渦中にあった。

 

 その原因となった少女が姿を消すと、潜められていたその声量は爆発的に大きくなっていく。

 曰く「やはり疼木はやりすぎている」、「あそこまで徹底的に殺す必要はなかった」、「やはり彼女は《七星剣王》の冠を戴くには過激すぎる」という声がその大半だ。

 

 しかしその一方、彼女に肯定的な意見も少なからずあった。

 

 「殺し合いのルールの中で確実にトドメを刺すことの何が悪いのか」、「あの圧倒的な強さこそ《七星剣王》を名乗るに相応しい何よりの証拠だ」、「強さこそ騎士の大前提。弱い騎士では国を守れない」という彼女の力こそを尊ぶ意見だ。

 

 しかし実際のところ、彼らの意見はそのどちらもが正しいものだった。

 

 騎士とは即ち、国防を最も直接的に担う国の要。国民はそれに身を預けることで日々の安寧を享受することができているのだ。

 その騎士が野蛮で凶悪だったとしたら……それは国民が心配するのは無理もない。

 だが仮に騎士たちの皆が高潔であったとしても、国を守れるだけの力が備わっていなかったのならば……それは騎士という職務そのものの存在意義が崩れる。

 

 思いだけでも、力だけでも騎士は務まらない。

 

 高潔な精神と万夫不当の力。この二つこそが騎士に最も求められる素養なのだ。

 だからこそ祝の姿を見た人々の意見は真っ二つに分かれる。

 序列二位である諸星との試合は、結果的に祝がほぼ無傷のまま制することとなった。即ちそれほど一位と二位との間に圧倒的な力量差があることを見せつけたこととなる。これを見てもまだ彼女の騎士としての力量を認めない者はこの国には存在しないだろう。

 だが同時に、彼女は呼吸をするように修羅としての側面を人々に見せつける。

 当然といった顔で敵にトドメを刺し、笑いながら人を殺し、道徳を嘲笑するかのように問題を起こす。

 力と精神、そのどちらを重要視するか。

 もちろんこれの問いは極論だ。

 しかし祝という少女は、その極論を鼻先に突きつけてくる稀有な存在と言えるだろう。

 

「やっぱり荒れるわよね、今の試合を見た後は」

 

 口々に意見を交わし合う観客たちを眺めやりながら、ステラは彼らの言葉へと耳を傾け呟いた。

 実際、ステラとしても彼らの意見はどちらも正しいと感じている。どちらの意見にも思うところがあり、そしてどちらの言葉にも頷けるところがあった。

 もちろん日本は道徳観念が行き渡っている国であるが故に、祝に対しては批判的な人間が多い。

 しかし国民性など時代によって変わる。

 もしも今が戦乱の時代だったのならば、果たして彼女はここまで否定されていただろうか。

 

「確かに彼女の力だけを見たのならば、味方としてこれ以上に頼もしい人もいないでしょう。でも、彼女の精神だけを見たら、決して万人受けするものじゃない。だってハフリさんは自分が闘いたいから闘って、守りたいものだけを守る――それが全ての人だから」

 

 何人(なんぴと)であろうとも彼女を縛ることはできない。

 だからこそ只人は祝に底知れぬ不信感と恐ろしさを覚え、そしてその自由さに憧れた人々は彼女の後ろ姿に熱狂する。

 

「そう、それが彼女の最も危険なところだ」

 

 観客席から祝の去ったリングを見下ろす一輝は、ステラの言葉に頷きながらそう呟く。

 

「彼女の自由は――それを形成する“狂気”は伝染する。愚直なまでに自分の目標を追い求める彼女には、ある種の人間にしか伝わらない狂気のカリスマがある。……諸外国の盾となる騎士として、彼女は恐らく最も相応しい力を持つと同時に最も不相応な精神を持つ人材の一人だろう」

 

 狂気の伝染。

 それにより一つの争いがまた争いを呼ぶ。

 考えたくもないが、彼女の考えに当てられた人間が増えれば増えるほどその狂気はさらに大きくなっていくだろう。

 

 ――最悪の想像が一輝とステラの脳裏を過る。

 

 いつか彼女の狂気に触れ、伝染し、群衆となった修羅たちが、世界の平穏を食い潰すその光景を。

 高潔さこそを尊ばれる騎士たちがただの戦闘集団に成り下がり、平和な国々を慮ることもなく戦争を繰り広げていく世界を。

 もちろんそれが杞憂であることを一輝もステラも願っているが、他ならぬ一輝がその狂気に当てられかけた人間だということを思うと一笑に付すことはできない。

 

「でも、もしも……もしも疼木さんがその狂気で僕の手の届く範囲を血で染めることになったのならば……その時は、僕が彼女を止める」

 

 思えば、一輝はこの時微かに予感していたのかもしれない。

 彼女の狂気が、やがてそう遠くない未来で多くの人々を巻き込んだ争乱に関わっていくことになることを。

 だが、それはまだ先の話。

 この時、心底一輝とステラはこの予感が杞憂であることを願っていたのだった。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

『何とまさかの二本目の大鎌という予想外の一手に、私も驚きを隠せない試合でしたッ。しかし牟呂渡プロ。短剣や片手剣などの類の小型~中型武器ならばともかく、大鎌のような重量系武器を複数展開することなど現実的にあることなのでしょうか?』

『あり得ないとは申しませんが、世界的に見ても珍しいタイプであることは間違いないでしょうね。そもそもそういった類の武器は両手で扱うのが基本。二本以上の展開ができてもメリットが薄いため、伐刀者の本能的にそのような形にはならないというのが通説です』

『なるほど。では疼木選手はその通説から外れたレアケースということですね』

 

 試合会場の湾岸ドームから近すぎず遠すぎずといった位置にある無人の海辺。

 そこでとある二人の人物が電子学生手帳のテレビ機能を用いて祝の試合を眺めていた。

 その内の一人――《比翼》のエーデルワイスは「ほう」と感心したように息をつく。

 

「霊装の名といい、二振の霊装というスタイルといい、つくづく彼女とは共通点が尽きませんね。しかしなるほど。彼女の戦う姿は初めて見ましたが、確かに尋常な使い手ではないようです。貴方が執着するのもわかる気がしますよ、オウマ」

「ふん」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしたのは、腕を組みながら画面越しに祝を睨む王馬だった。

 事実、彼の機嫌は諸星と祝の試合を観てから下降の一途を辿っている。

 なぜか。

 それは今回の試合で、祝が王馬との闘いですら見せなかった“双鎌”という武器を持ち出したためである。

 

「奴め、まだ手札を隠し持っていたか。俺との闘いではそれを使うに値しなかったということか? 巫山戯た真似を……」

 

 ギリッと奥歯を噛み締めた王馬は、荒々しく手帳のテレビ機能をOFFにした。

 これまで喧しく鳴り響いていた音が消え去り、周囲は風と波の音と遠方より時折届く街の音だけとなる。あとは稀に近くの国道を通り過ぎる車の排気音くらいだろうか。

 昼間だと言うのに周囲に人の気配はなく、それ故に彼は他者の目を気にすることなく修行に励むことができていた。――少なくとも王馬に感じ取れる気配はこの場には、ない。

 

「さて、休憩はこんなところで良いでしょう。そろそろ鍛錬を再開しましょうか」

「――応」

 

 二振の剣《テスタメント》を顕現させたエーデルワイスに対し、王馬もまた《龍爪》を展開することで応える。

 翼を広げるように剣を構えたエーデルワイスは、その身体から圧倒的な剣気を放ちながら王馬に問うた。

 

「オウマ。修行の前にも言いましたが、ハッキリ言ってハフリとの試合に間に合わせる形で劇的な強化が叶うかどうかと問われれば私は『非常に難しい』と答えます。今、貴方が行っていることは徒に体力を消耗させるだけの無駄な行為かもしれませんよ? ――それでも続けますか?」

 

 エーデルワイスの言っていることは事実だった。

 たとえばゲームで考えてみてほしい。

 レベル1のキャラクターとレベル50のキャラクター。成長率が高いのはどちらだろうか? 考えるまでもなく僅かな経験値でレベルが上がるレベル1の方だ。

 ましてや王馬は先日《魔人》の領域に到達した、いわば成長限界を超えてカンストした存在だ。

 そんな彼が一朝一夕で強くなれるかと問われれば、伐刀者の素人であってもそれが難しいということがわかるはずだろう。

 

「それがどうした」

 

 しかし王馬はエーデルワイスの問いにそう言い切った。

 

「難題に挑むことは愚かなのか? なるほど、無謀へと挑むことは確かに愚かかもしれん。――だが難題だからと無条件に膝を屈する者こそが本物の愚者なのだと俺は思う。同じ愚者ならば、俺は挑んだ末の愚者になりたい」

 

 王馬は断言する。

 ここで少しでもと強さを求めることに決して迷いや後悔などないのだと。

 祝という修羅(バケモノ)に挑むためならば、この程度の道程を踏破できなくてどうする。

 少なくともあの女ならば、可能か不可能かを論じる前にこの程度の苦境など喜んで挑戦していくことだろう。

 

「俺は《魔人》となり限界を超えたと貴女は言った。そして場を整え、さらに貴女という世界最高の師にも就いてもらった。既に人事は尽くしたのだ。ならばあとは、俺自身の力で天命を引き寄せるのみ」

「……貴方が、そこまで言うのならば」

 

 エーデルワイスは根負けしたように溜息をついた。

 事実、王馬は先日の闘いで伐刀者としての限界を超えた。ならば彼女としても、自身が鍛えるだけの素質があると王馬を認めざるを得ない。

 

「ならば最早言葉は不要ですね。ハフリとの試合までそう長く(とき)はありませんが、それまで私ができることをしましょう。精々足掻いてみせなさい」

「望むところ」

 

 そして二人の剣気が収束し――次の瞬間、刃を合わせることで爆発した。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 ひゃっほい! 勝った勝った!

 

 見事にゆーくんを大鎌でぶち殺した私は、上機嫌でゲートを潜りその先の廊下へと歩みを進めていた。

 いや~、本当は二本目の大鎌を使うつもりはあんまりなかったんだけどねぇ~。

 だってそもそも戦場に二本も大鎌を持ち歩くような人なんていないだろうし、そもそも重量系の武器を複数本も展開できる伐刀者なんて殆どいない。

 だから未来の大鎌ユーザーの参考にならないし、布教用としても微妙なのでこれまで使うことはなかったのだ。

 

 ……いや、まぁ? カッコいいからいつかは使いたいなとは思っていたけど。

 

 しかし今回、私がその手札を切ったのは、ゆーくんの強さを警戒していたが故だ。

 実際、彼が思った以上に手強かったので、背中刺す刃的な展開で幕を下ろすこととなってしまった。不意討ちにすらも使えてしまう大鎌はやはり万能。ハッキリわかんだね。

 えっ、王馬くん?

 あの人には別に使う必要ないよ。だって片手で大鎌使ってもあのきんに君には刃が通らなさそうだったし。

 知ってるか? 大鎌ってのは片手で振るより両手で振ったほうが強ェんだぜ?

 

 ……さて。

 これからどうしようかな、と歩きながらふと思う。

 とりあえずシャワーを浴びて血を落とすところは決定している。その後はどうしたものか。

 

 あっ、そうだ。

 その前に医務室にも行っておこう。

 さっき魔力放出で顔面を吹っ飛ばしたせいで口の中を切っちゃったんだよね。

 別に“能力”を使えば一瞬で治る傷ではあるのだが、しかし現代は監視社会。どこで誰がその様子を見ているかわからない。とりあえず医務室に行けば治癒術で治してもらえるわけだし、ここはゆーくんへの見舞いも兼ねて大人しく行っておくかと思った次第。

 

 その後は……時間は既に午後の夕方に近い。

 残るところも数試合だし、物見遊山で見物していってもいいが……

 

「ぶっちゃけ面倒だな~」

 

 誰にともなく呟く。

 だって残りは原作キャラたちの試合だし、彼らが勝ち残ってくるのは明らかだろう。

 特に加我さん。

 あの人は小学生リーグの頃からやり合っていた仲だから、確実に上がってくることはわかっている。

 そしてもう一人は原作で読者に「どうやって勝てばいいんだよ」と言わしめた暁三人衆の一人、サラ・ブラッドリリーだ。あれも勝ち上がってくるだろうし。ちなみに残る二人は、筋肉モリモリマッチョマンの王馬くんとリアルラッキーマンの紫乃宮天音である。

 

 何にしても。

 

 勝ち残ってくる二人は原作にも登場するキャラ。

 戦法も強さも大まかに把握しているので、別に見る必要も……

 

 

「――いかんいかんいかァん! 慢心、ダメ、絶対! 知識はあくまでベース! 現実は違うんだってば!」

 

 

 次の瞬間、私は戒めの意味を込めて両頬を勢い良く張る。

 そうだ。慢心はいかんのだ。

 慢心せずして何が王か? うるせぇ、こちとら王は王でも《七星剣王》だい! 七星剣武祭の王が試合を観戦して何が悪い!

 というか今回のゆーくんとの試合。これで私は改めて現実というものを突きつけられた。

 

 即ち、既に原作との乖離は確実に、それも起こるところでは激しく起こってしまっているのだと!

 

 黒鉄の《一刀天魔》、王馬くんの《魔人(デスペラード)》化、そしてゆーくんの原作にない成長と、既に三人の例を見せられている。ゆーくんの成長は完全に私がスケジュールを狂わせたためだが、他の二人はもう私が存在しているからこそ起こったバタフライエフェクトとしか言い様がない。

 この調子ではステラさんとかがどんな化物に変貌していても不思議ではない。だってあの人、原作者公認の化物チートヒロインだもの!

 そんな変化が他のキャラに起こっていないとも限らない。

 大鎌を滞りなく活躍させるためにも、念の為に偵察しておくことは必要ではあるまいか!

 

「そうと決まれば急いで医務室に行かないと! 次の試合に間に合わない!」

 

 改めて決意を胸にした私は、歩みを若干速めながら医務室へと向かう。

 次の試合まで恐らくそう時間はないはずだ。

 そう思い私は無人の廊下を強歩していたのだが……

 

「――待ちなよ」

 

 そんな時だった。

 通路の影から、まるで闇を纏うかのように黒い影が――紫乃宮天音が姿を現したのは。

 

 


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