※最終加筆2019/11/24
1981年2月21日
モザンビーク、シモイオ、チラタ
偽装材料の草が強風であおられる。ソ連製の大型輸送ヘリコプターMi-17が頭上をかすめる様に通過して行った。東側陣営の支援を受けたFRELIMOか、軍事顧問の動かす機体だろう。
ヘリコプターのローターで巻き起こされた熱風は血と硝煙の臭いが混ざっていた。それは呪いの様に、アフリカの大地に染み込んでいる。
1981年、長い白人による支配も米ソ冷戦時代に変化が現れていた。アフリカの勢力地図は大きく変わり、多くが社会主義陣営となっていた。
アフリカの反共十字軍も翼をもがれる様に、ポルトガル、ローデシアが脱落して行った。残されたのは最後の白人帝国と言われる南アフリカ。
南アフリカの東、モザンビーク領内、シモイオ近郊に小さな村、チラタがあった。
村が一望出来る山の中に『彼ら』は居た。
旧ポルトガル軍のリザードパターンな迷彩服に東側陣営の装備をした姿は何処の所属か分かりにくいが、歴とした正規軍で越境作戦で偵察行動中の南アフリカ軍特殊部隊だ。
ボコ・デレはローデシアのソールズベリー郊外にある農家に生まれた。ボコが16歳の年、故郷は共産主義者に扇動された土人によって奪われた。遠望深慮で間接的支配を大英帝国が選んだからだ。
ラジオの中継を家族で聞いていると、「この国はもうおしまいだ」そう父は言っていた。
ローデシアが消滅しジンバブエと変わった1980年の暮れ、ボコの暮らす家が土人に襲われた。抵抗をするが父は殺され、母は父の遺体の側で犯されていた。
「ぼっちゃん、ここで静かにしていてください」優しい使用人のマァムは、ボコを匿おうとしてくれたが、白人に寝返った裏切り者として処刑された。流れたマァムの血が寝台の下で震えるボコの体を湿らせた。
襲撃者達はボコの家で金目の物を奪い、酒を飲んで一晩中騒いでいた。
翌日、駆けつけた叔父のヤンに保護されたボコは、先祖伝来の土地を棄てて南アフリカに移住した。
女王への敬愛も消えた。平和的解決どころか、白人から解き放たれた土人は野獣と成った。
「僕は奴等が許せない」徴兵年齢に達していたボコは軍に入隊した。歩兵学校だ。
農場で射撃の腕を鍛えられていたボコは優秀な成績を残した。ローデシア出身と言う事もあって、同じローデシア出身者の多い第5特殊部隊連隊に配属された。Recceで知られる精鋭で、ローデシア軍の伝統を継いでいる。
5Recceに配属されたボコは、課業外も意欲的に訓練や体力作りに励んだ。そんなボコは注目を受けた。
「小僧、お前が軍に入った理由は何だ?」
先任のゴマ・ダレ准尉はボコを見極める積もりで尋ねた。
「はい、ダレ准尉。それは……」
ボコは両親を殺された復讐だと告げた。
新米の英雄願望は、無茶をして皆を危険に晒す事もあった。だから釘を刺す積もりであったが、復讐と言う言葉は重くのしかかる。かつて彼らが守っていたローデシア。かつて彼らが守れなかった市民の犠牲者。それらが頭を駆け巡った。
以来、ボコは下士官連中から熱心な教育で可愛がって貰うように成った。明確な目標と意思を持った者は優れた兵士に成れるからだ。
「喜べ。お前の初陣だぞ」
その日、ボコは敵勢力圏にある村の偵察を命じられていた。現地の反共勢力であるRENAMOの支援、その一環だ。
ティームの指揮官はエッカート軍曹、副指揮官がイーストウッド伍長。それからクーパー上等兵がメンバーだ。エッカート軍曹は元ローデシアSAS、イーストウッド伍長とクーパー上等兵もRLI出身のベテランで、ボコは恵まれた環境で初陣を経験する事と成った。
装備はAKにFN MAG、RPGと言う火力重視の標準的装備で、単純な偵察任務だった。
ティームは長距離移動をヘリコプターで行った。
機体はフランス製のSA321シュペルフルロン。完全装備の歩兵一個小隊を積めると言う大型輸送ヘリコプターだ。
乗るのはボコ達だけではない。RENAMOへの援助物資が積まれていた。そうでなければ、徒歩で越境する所だった。これもエッカート軍曹のお陰だ。
着陸前に顔にドーランを塗りたくる。目と口を閉じれば黒人兵士の出来上がりだ。
「RENAMOからの情報では、中国人がこの村に入っていったらしい。村には対空機関銃と装甲車の配備も確認されている」
エッカート軍曹は皆の準備が終わると今回の敵情を説明した。
見せられた写真にはBTR装甲車も写っていた。典型的な機械化部隊だ。田舎に配備される様な部隊ではない。
「その中国人は軍事顧問でしょうか?」
イーストウッド伍長が尋ねた。
「わざわざアジアからやって来て、ルイボス茶を楽しむほど連中も暇だとは思えんがな。何にしてもただの村ではあるまい」
敵の兵力は最低でも小隊規模は存在する。四人で攻撃するのは危険を伴う。
「長丁場に成りそうだ。健康と安全に注意して監視に当たるとしよう」
そう締めくくったらタイミング良く着陸地域に到着した。
「行こうか」
エッカート軍曹に促されて、ヘリコプターの貨物室から飛び出して行く。
地面に伏せると土と草の香りがした。敵の迎撃は無い。
「異常無し」
周囲に敵の兆候は見えない。エッカート軍曹が立ち上がると、ボコ達も周囲に銃口を向けて警戒しながら立ち上がった。
地図とコンパスで方向を確認してエッカート軍曹は号令を出す。
「前進」
イーストウッド伍長を先頭に縦隊と成って進む。
目標のチラタ村は山間部にある。周囲の山には稜線陣地が敷かれているかと警戒していたが、幸いにしてそこまでの備えを敵は用意していなかった。
「此方にとっては好都合だな」とエッカート軍曹は笑って監視所の設営を命じた。
ボコは草を刈ってきて枝を差し監視所の偽装を手伝った。
「これじゃ、明日の朝には枯れる。根っこごと掘って来ると良いぞ」
偽装を確認して貰いOKを貰うと交代で休憩を取る。
初陣の緊張感からボコは寝袋の上に横になるとまぶたが閉じていくのを感じた。
1981年2月22日
モザンビーク、シモイオ、チラタ
ソヴィエトのドミネーション。その尖兵としてアンゴラでは、キューバ軍やSWAPOテロリストが暴れていた。モザンビークでは同じアカの中国人が暗躍している。
それら敵と戦う南部アフリカ最強の南アフリカが誇る特殊部隊──
アンゴラでは悪魔の様に恐れられている第32大隊。その初代大隊長、ヤン・ブレインバッハ大佐は、好々爺だがローデシアSASで研修を受けて、
Recceはローデシアを荒らすゲリラ掃討で多大な貢献を行い、モザンビークの越境作戦にも参加していた。
ローデシアと南アフリカは密接な関係にあり、ローデシアの消滅で亡命して来たローデシアSAS、セルース・スカウツのメンバーは南アフリカで再就職を行った。
5 Recceや落下傘旅団に採用された者達と同様に、ボコは南アフリカの兵士ではあるが、故郷ローデシアの戦う術を教えられている。テロリストである
「交代だ」
クーパー上等兵に起こされたボコは意識を覚醒させる。辺りは日が落ちて真っ暗に成っていたが、汗で顔のドーランがすっかり流れ落ちている。
獣達も眠る闇夜。
偵察は地味だが、上級司令部の行動を決定する材料を提供する大切な役割だった。ワクワクする気持ちは、教育期間に訓練を受ける中で消えて行った。
顔を覆われ水責めされた対尋問訓練は忘れられない。
それに比べれば、野良犬の垂れ流した糞に紛れて体臭を隠し、地面に貼り付いて泥の中で眠り、そして敵を監視する。そんな事も平常業務で楽勝だった。
草を踏む音が聞こえた。野ウサギだ。
事前に周囲の生態も情報として仕入れている。これは流石に敵と間違えたりはしない。
実際、緊張感の疲労から空腹よりも眠気の方が残っている。増加食として持ち込んでいた飴を口に含み、眠気から意識を保つ。
監視では空想や考え事で時間潰しも出来ない。敵の徴候を見逃せないからだ。
日が昇ると日本製のバカチョンカメラで写真撮影を行う。
大量生産の使い捨てカメラは、消耗品として扱われる戦場では十分な仕様だった。
宿営地に這えた木の枝に死体が吊るされていた。弾をばらした火薬でラリったゲリラが、地域の住民を拐って殺す事は珍しくない。新兵の度胸試しや支配地域での見せしめだ。
無線で報告をすると、食事休憩。仮眠をして監視。繰り返しだ。
通過した人や車輛の車種、数のメモを記録しておく。モザンビークで行われているアカの介入が、自称人権家の言うでっち上げではない証拠だ。
実際、この半年後に行われたアンゴラのFAPLAと戦う
アンゴラで鹵獲された敵の武器は大量で、ローデシアやモザンビーク同様にアカのサプライが多岐に渡っており、敵の脅威がそこら中に存在した。