三度目の夜に。   作:晴貴

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1話

 

 ずっと何かを、誰かを、探している。

 

 そういう気持ちに取りつかれたのは、たぶんあの日から。

 

 あの日、星が降った日。

 

 それはまるで、夢の景色のようにただひたすらに――美しい眺めだった。

 

 

 

 

 

 彼女との日々が始まるきっかけがなんだったのかなんてわからない。その原因も、意味も、どうして俺と彼女だったのかも。

 だからそこに意味を求めるのなら、それは自分で見つけたって構わないと俺は思う。

 あんなにも大切な気持ちを、忘れたくなかった人を、忘れちゃダメな人を、忘れてしまった夜。残酷な世界にあらがうように俺は強くつよく誓った。

 これから先の人生で、大切な何かを、大事な人を忘れてしまった寂しさだけが心に残るのだとしても。忘れてしまったということさえ忘れたのだとしても。

 失ってしまった寂しさだけはずっと胸の奥にとっておく。その寂しさを一生携えてでも、俺はもがき、探し続けていくんだと誓った。

 

 あの時伝えたかった言葉を、俺はまだ、彼女に伝えられていないから。

 

 

*  *

 

 

 懐かしい音が聞こえる。とても規則的で、電子的な音。

 それがまどろむ私の意識を徐々に現実へと引き上げていく。まだ眠いと思いながらも音の発生源であるスマフォに手を伸ばす。

 ……あれ、ない?

 顔を枕に押し付けたまま左腕で周囲をまさぐるがそれらしきものはかすりもしない。どこにいったのよ、もう。

 

 主人の思惑に反するスマフォに内心で八つ当たりしながらわさわさわさとさっきよりも大きく左手を動かす。でも伝わってくるのは手のひらが畳をこする感触だけ。……畳?

 おかしい。念願の東京で一人暮らしを始めて数年。私の部屋はフローリング張りで、畳での生活は糸守町を離れてからは縁遠くなっているのに。

 それにしてもまさか畳の感触を懐かしいと思う日がくるなんて。私ももう立派なシティーガールというわけね。ふふん

 今ではお祭りのような人混みも、騒がしい街の喧騒にも慣れたものだ。それこそ毎日通勤のために乗っている満員電車にだって……。

 

「瀧……くん……?」

 

 ふと、そんな声が漏れた。それが自分の口が発した言葉で、その名前が誰のものであるのか認識した瞬間。

 

「――瀧くん!」

 

 私は布団を跳ね上げ、弾かれたように体を起こした。そうだ、あの人だ。

 すし詰め状態で並走する電車越しに合った目。一目見て分かった。あの人が、私がずっと探していた、私の大切な人だって!

 

 さらに鮮明な記憶がよみがえってくる。

 私に気付いたあの人も何かを訴えかけるような目をしていた。それだけで、あの人も私を探してくれていたんだって確信できた。

 だから電車を降りて会社とは正反対の方向に走った。太陽の光に照らされてきらきらと輝く雨上がりの細い路地を。

 そうしてたどり着いた階段の上。そこから見おろせば、階段の下にはスーツ姿の彼がいた。

 

 お互いに階段に足をかけ、その距離がゆっくりと近づき、そして重なり、またゆっくりと離れていく。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 声をかけたいのに、なんて言えばいいのかわからない。でも、このまま通り過ぎるのだけは絶対に間違っている。私たちは絶対に、赤の他人なんかじゃない!

 だから私が意を決して振り返ろうとした瞬間。

 

「あの!俺、君とどこかで!」

 

 彼がそんな言葉を口にした。それだけで長年胸に燻っていた、何かを探しているという焦燥がかき消える。

 

「私も……」

 

 視界が滲む。自然と大粒の涙が溢れたしてきた。

 それに誘われるように彼の頬にも一筋の涙が伝う。

 

 それでも私たちは笑顔だった。泣きながら笑っていた。

 そうして、まるで示し合わせたようなタイミングで、同じ言葉を口にした。

 

 ――君の名前は

 

 

 私は宮水三葉と名乗った。彼は立花瀧と答えた。

 そしてその名前を私はまだ覚えている。忘れていない。その事実に体を震わせるほどの歓喜が全身を駆け抜ける。

 会いたい。瀧くんに今すぐ会いたい!

 いてもたってもいられずに、私はガバッと立ち上がった。

 そこでさっきから感じていた違和感がハッキリとする。

 私が寝ていたのは、私の部屋。でもそれは八年前の彗星災害で跡形もなく消滅したはずの、糸守で暮らしていた家の部屋。

 

「どう、して……?なんで!?」

 

 喜びから一転、驚愕。それは鏡に映った自分の姿を見て絶望へと変わる。

 襟口がずれ下がり、露わになっている右肩。やや小ぶりになった胸はノーブラで、何より鏡に映し出されたその顔は今より幼く、高校生だった頃の自分に瓜二つ。

 消えたはずの糸守町で目覚め、高校生に戻っている自分。こんな条件がそろえば、たとえどれだけ混乱していてもこんな答えを導き出せてしまう。

 

「私……八年前に戻ってきたの?」

 

 自分の声がやけに薄ら寒く聞こえる。

 いやな汗が全身からドッとふき出してきた。朝だっていうのに目の前が暗くなった気がした。

 障子の隙間から差す朝日がまるで嫌味かのように輝いている。

 

「もー!なんなのよこれはー!」

 

 ごちゃごちゃとして混ざり合い、形容できなくなった感情を、私はそんな絶叫といっしょに、思いっきり吐き出した。

 

 




『君の名は。』もう3回見ました。
映画館で10回は見たいし、Blu-rayも買います。

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