三度目の夜に。   作:晴貴

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11話

 

 三時間目の体育、種目はサッカー。いかにもヒマそうにゴールポストに背を持たれていたキーパーのテッシーは、反対側のポストで同じようにしている最終ライン(ディフェンダー)の俺を見てこう言った。

 

「なあ瀧、その腕どうしたんや?」  

 

「腕?」

 

「腕ってかひじな。なんで絆創膏はってるんや」

 

「……なんでもねぇよ」

 

 ふれてくれるな、という空気をにじませて返す。

 しかし悲しくもその思いは届かなかった。

 

「なんや、三葉にでもやられたんか?」

 

 語尾を弾ませるように上げて、テッシーがにししと笑う。

 コイツがこんなからかい方をしてくるのはめずらしいな、と考えて、そうかと思い至る。

 

「あー、もしかして心配させたか?」

 

「いやまあ心配っちゅーか、ちょっといつもと違ったからなにかあったんかと」

 

 指でポリポリと頬をかくテッシー。

 昨日のアレがあったせいで俺も三葉もギクシャクしてるのがバレてたみたいだな。俺だけじゃなく、三葉も俺の顔を見れないらしい。

 ガキか!……いや、確かに肉体年齢はガキだけどさ。中身はお互い二十歳(ハタチ)超えてるのに、いくらなんでもうぶすぎないか?

 まるで体につられて精神まで高校生の頃に戻っているような気がしてきた。

 

 まあそれはさて置き。

 テッシーはほんとにいい奴である。これも何かあったんなら相談に乗るぜ、っていう意思表示なんだろう。

 でもさすがにこれは相談できねぇ……。あの出来事を第三者に明かすのは俺も嫌だし三葉だってそうだろう。

 

「ありがとなテッシー。別にケンカしたわけじゃないから大丈夫だ」

 

「ならええけどよ。お、ボールきたぜ瀧」

 

「はいはい」

 

 ロングパスを受け取り、ドリブルしながらつっこんできたとなりのクラスの男子生徒からボールを奪って狙いも適当に相手陣地にボールを蹴り返す。

 ほとんどの奴がボールに殺到しているという戦術もクソもない光景がさっきから展開されている。試合に参加しているクラスの生徒で自陣に残っているのは俺とテッシーだけだ。守備の意識足りてないな。

 まあしょせん体育だしどうでもいいけど。俺だってディフェンダーの仕事をこなしている(サボってる)だけだし。

 

「お見事」

 

「おー」

 

 ボールをクリアしてポストの位置まで戻ってきた俺にテッシーが賛辞を送ってくる。それにおざなりな返答をしつつ、またちょっとヒマになったので空を見上げる。

 澄んだ空気。抜けるような、高くて青い空。緑の匂いをはらんだ風。それに乗って届く鳥のさえずり。

 

「……のどかだよなぁ」

 

 なんとなく、そんな言葉がこぼれ出た。

 

「まあ、それくらいしか取り柄がないでな」

 

「それがいいって人もいるだろ」

 

 田舎暮らしに憧れてわざわざ都会から移り住む人だっているくらいだ。目的は違うけど俺も同じような行動してるし。

 そんな感じでテッシーと駄弁っている内に体育の時間が終わった。あんなに元気よく駆け回っていた奴らがいかにもダルそうな足取りで校舎へと戻っていく。

 昇降口の手前で、体育館で授業を受けていた女子たちと鉢合わせた。ふと、三葉の姿を視界にとらえる。

 

 表情を殺した三葉と、そのとなりでオロオロしてるサヤちん。そんな二人の前にはちょっと派手めな三人組の男女。

 えーっと、男の方は松本だっけ?女二人はよく覚えてない。

 

 確かアイツら、三葉やテッシーによく嫌味を浴びせてた奴らだよな。入れ替わってたときにイラッとして、ちょっとだけ足が出ちまった記憶がなきにしもあらず。

 どうせまたろくでもないことを言ってるんだろう。俺の横ではテッシーが太くて立派な眉をひそめている。

 

「なあ、俺の気のせいじゃなきゃ三葉やテッシーってアイツらに好き勝手言われてねぇ?」

 

「……気付いとったんか」

 

「なんとなくな。俺が近くにいると言わないみたいだけど」

 

 俺に対して何か思うところでもあるのか?転校してきてから一言も会話なんてしてないんだけどな。

 しかし解せないのは三葉やテッシーが言われたままにしていることだ。

 

「なんで言い返さないんだよ。どうせくだらない言いがかりだろ?」

 

「……アイツらは俺たちが反応するのを面白がってるんや。無視しとく方がええ」

 

「処世術ってやつか」

 

 まあそう言われればわからなくはない。多少我慢することで大事にせずやり過ごして穏便に済ませた方が結果的に楽だったりするしな。三葉も自分のことを地味系女子とか自称してた気がするし。

 その割には、俺に対してしっかり物は言うけど。そもそもアイツは全然地味じゃなくないか?

 そんなことを考えていると三葉とサヤちんは松本たちから逃げるようにこっちまできた。

 

 女子も体育のあとで、当たり前だが三葉も汗をかいている。

 首筋ににじむ汗とそれに貼りつく艶のある黒髪、上気した頬が異様に色っぽく見えた。

 

 

『瀧くんのしたいこと、して?』

 

 

 昨日の、俺にしなだれかかる三葉の姿をどうしても思い出してしまう。

 落ち着け俺と自分に言い聞かせてみても効果なし。そして三葉も俺の存在に気付く。

 

 ふっと視線が逸らされた。俺も逸らした。

 テッシーとサヤちんの、二人そろって何してんの?という不可解さを宿した目が俺と三葉に向けられる。

 マジで三葉の顔が見れねぇ……!

 

 

  *   *

 

 

「どうしたらいいっすかね?」

 

「ここでそんなこと相談されても困るんやけど……」

 

 あれから一週間。未だに三葉と照れを抜いて接することができていない。

 大事なところはぼかしつつ、そんなもろに思春期的な悩みを、関口さんがくる間に企画課の窓口の女性に相談してみるがあまりいい答えは返ってこなかった。

 まあマジで相談してるわけじゃないし、時間つぶしの意味合いが九割だからいいんだけど。そんなことをしていると関口さんが現れた。

 

「待たせたね立花君」

 

「こんにちは」

 

「しかし君もよう来るなぁ」

 

「まだ三回目じゃないですか」

 

「一週間でな。ちゃんと学校行っとるんか?」

 

 ちなみに今日は平日の午前だ。まあ真面目とは言い難いかもしれないけど、それも秋祭りの日程が決まるまでだからあまり気にしないでもらいたいところだ。

 

「それはさて置き今日はですね……」

 

 置いとくんかい、という関口さんの呟きはスルーして、今日も避難訓練の実用性を説きに俺は町役場を訪れた。

 実用性とは言ってもほとんどがこじつけだから当然手応えは薄い。無駄なあがきとも言える。

 それでもやらないよりはマシなはずだ、と俺は信じている。

 

 俺と三葉は、本当なら一生出逢うことなんてなかったのかもしれない。だって三葉は、俺がアイツのことを知る前に死んでいたんだから。

 それでも死の未来を覆して、時間を超えて再会し、今このときをいっしょに生きられている。それはまぎれもない奇跡だ。何か一つ欠けていたらたどり着けなかったかもしれない、途方もない奇跡。

 

 だから今のこの関係も、少なくとも彗星の一件を乗り越えない限り安泰だとは思えなかった。こんな状況になっているのにも必ず理由があるはずだ。

 もしかしたらちょっとしたことで俺たちはまた離ればなれになるかもしれない。世界で一番大切な三葉のことを忘れてしまうのかもしれない。そうならないためにも、俺にできることはなんでもやっておく。

 

 そう意気込んでこの日も手作りの避難計画資料なんかを元にして熱弁を振るった。俺の勝手な思いに関口さんを付き合わせて申し訳ないが、でもこれが糸守町を救うことにもつながるんだから許してくれ。

 

 しかしながら朝っぱらからそんなことをしていれば当然遅刻する。学校に到着したのは四限目の最中だった。

 教室まで続く廊下は静まり返っていて、他の教室の授業を邪魔しないよう、できるだけ足音と気配を消すことを意識して自分のクラスに到着する。

 

 誰にも見つからないよう隠れながら教室内をチラッと確認する。空いている扉から覗いてみれば、黒板には白いチョークで大きく書かれた「自習」の二文字。なんだよ警戒する必要なかったじゃん。

 やれやれ、と思いながら教室に入ろうとした瞬間。

 

 ――町長と土建屋は、その子も癒着しとるもんやと思ったけどな。

 ――親の言いつけなんやないの?それが嫌で立花と、とか?

 ――あの二人、いかにも訳ありって感じやったしね。

 

 これは、あれだな。いつもの松本たちの陰口だ。一応声は潜めているが入り口付近の俺でも聞き取れるってことはクラス中に聞こえている、聞こえるように言ってるらしい。

 俺がいないものと油断して俺の名前まで出ている。

 

 ほんと、くだらねぇ。まあ俺が教室に入れば気まずい空気になって松本たちも黙るだろう。関係ないクラスメイトを巻き込むのは悪い気もするが、そもそも廊下にいつまでの突っ立ってる趣味はない。

 そしていざ教室に入ろうとしたところで、俺の耳に致命的な会話が届いた。

 

 ――でも最近、立花そっけなくない?宮水もうあきられたんかもよ。

 ――そもそもなんで立花は宮水に熱心やったわけ?お金でも渡したんちゃう?

 ――町長は町に、その娘は男に金をまくってか。さすがの血筋やな。

 

 それはたとえ冗談だったとしても俺にとっては聞き流せない内容だった。

 別に、松本たちに俺と三葉の間に起きた出来事や、その上に成り立っている関係を理解してもらいたいわけじゃない。

 

 けどな、俺と三葉の絆を、そんな低俗な憶測で語るんじゃねぇよ。

 

 そう怒鳴りたかったのをなんとか堪える。俺が中身も十七歳だったら、経験則的に考えて机の一つでも蹴り倒していただろう。

 なぜそうしなかったのかと言えば、今の俺は、精神面だけとはいえ大人だからだ。そして松本たちは、物の善悪の区別はついてもそれを抑えられない子どもだ。

 

 大人が子どもに貶されたくらいでそうそう怒るものじゃない。

 だからこそ俺は冷静に対応する。

 

 音もなく教室に踏み入る。そんな俺に誰よりも早く気付いたのは三葉だった。

 他のクラスメイトが聞くに堪えない、とばかりにうつむいて自習課題に取りかかっている中、この前と同じような無表情を貼り付けて虚空を眺めていた三葉。

 

 その無表情は俺を見た途端に崩れた。ここのところのように赤く……じゃなく、離れていてもわかるくらい、サーっと、青くなっていった。

 そんな顔をしなくても平気だっての。俺は今、確かに怒ってはいるけど、同時に冷静でもある。

 そう、だからひどく冷めた思考で、限りなく冷静に、とても落ち着き払った気持ちで、俺は教室に置いてあるゴミ箱を蹴り飛ばした。

 

 


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