三度目の夜に。   作:晴貴

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14話

 

 結果から言うと、声を抑えることは非常に困難だった。何かアイツの上達速度早くない?

 終始主導権を握られて逆に辱められたような感じさえする。そんなことを言ったら「最初に私の体を辱めたのは瀧くんでしょ」と返された。

 そうかもしれないけど、そりゃだってあの状況なら揉むよな、男って生き物は。あの瞬間は俺の体だったわけだし。

 そんなことを言ったら三葉に怒られるか。

 

「ノドに絡みつく感覚はまだ慣れんなぁ」

 

 うがいから戻ってきた三葉がそうこぼす。止めてなんか聞きたくないその感想。

 

「いやなら飲まないで吐き出せばいいじゃねぇか……」

 

「だって飲んだ方が瀧くん嬉しそうな顔するし」

 

「……マジですか?」

 

「マジやよ。あーあ、彼氏がエッチな上に変わった性癖を持ってると苦労するなぁ」

 

 クスクスと笑いながら、三葉が俺のあぐらの上に乗っかってくる。今やもう二人きりのときはだいたいこのスタイルで過ごしている。

 いやしかし自分でも把握してなかった性癖が彼女にもろバレとか恥ずかしすぎるだろ……。

 

「瀧くん」

 

「……なんだよ」

 

「ぎゅーってして」

 

「ん」

 

 ご要望の通り、すこしきつめに三葉を抱きしめる。三葉はこうやって俺に抱きかかえられるのを好む。

 お互いの熱が伝播し合って、混ざり合い、体の境目が曖昧になる感覚。不思議なことに、服を脱いで肌を重ねているときよりも、こうしているときの方がはるかに安心感を得られる。だから俺も三葉を抱きしめるこの行為は、かなり好きだ。

 

「……うん、落ち着いてきたかも」

 

 十分ほど無言で抱きしめていると三葉はそう言った。時刻は午前十一時三十分をすこし回ったところだ。父さんが帰ってくるまでになんとかなったか。……俺は何もしてないけど。

 

「一つ教えてあげよっか」

 

「何を?」

 

「私な、瀧くんにふれてると、すごく安心できるんよ」

 

「……そうかよ」

 

 なんと言っていいのかわからずぶっきらぼうな返事になってしまう。だけどそれは俺も同じだ。そんな言葉の代わりに抱きしめている腕の力をもうすこしだけ強くした。

 三葉が満足気な、熱を帯びた息を吐く。腕の中で身をよじった三葉は半身になると両腕を俺の首に回して抱き着いてきた。そして再び首筋をキスの雨が襲う。

 

「ちょ、三葉。だからそれはヤバいんだって」

 

「がまん。さっき出したばっかりでしょ」

 

「それとこれとは話が別っていうか……」

 

「私はこうしてる方がもっと落ち着くの」

 

 だからされるがままでいろってことか?それだと俺が持て余すんだよ。

 そう思いつつも、三葉を振りほどく気にはならない。三葉に求められたら受け入れる以外の選択肢が俺の中には存在しないのだ。

 

「……これで落ち着くって、三葉も結構エロいと思うぞ俺は」

 

「エッチな瀧くんにはお似合いやね」

 

「全くもってその通りだよ……」

 

 結局三葉は父さんが帰ってくるまで首筋へのキスを止めなかった。おまけに俺の体の一部が臨戦態勢に入ってしまっていたため、すぐには顔を出せず部屋での待機を余儀なくされる。

 まさかキスマークとかつけてないだろうな。部屋にある小さな鏡で確認してみるが首にこれと言った跡は残っていないことに安堵する。

 だがあれは本当にヤバい。感触を思い出すだけで背中がくすぐられたように震える。

 この調子だと性感帯が一つ増えかねない。というかもしかしたら手遅れかもしれない、と思うレベルだ。

 

 こうして俺が部屋から出られないでいる間、三葉は一対一で父さんの相手をしている。落ち着いたからもう大丈夫らしい。なんだその軽さ、と思わなくもない。

 しかしよく考えてみれば三葉は俺と入れ替わっていたとき、学校だけじゃなくまるで未経験のバイトまで律儀に出て、いくらか失敗しつつもその場しのぎとなりゆきで仕事をこなした女だ。その度胸というか、肝の座り方はそんじょそこらの女子高生とは格が違う。

 真面目だとか責任感がある、とはまた異なる精神的な強さ。それをやろうと思ってやってしまえる豪胆さ。俺だったら体調不良やらなんやらの理由でもつけて休んだだろう。

 

 糸守町において歴史と伝統のある宮水神社の巫女として求められるものがあった。町長の娘という、これまた特殊な立場でもあった。しがらみも多かったのだろう。

 目立つことは嫌うくせに、目立つこと自体は苦手にしていない。そんなアンバランスさを身につけてしまうほど、三葉は糸守で苦労してきたのかもしれない。

 そりゃ出ていきたいとも考えるよな。

 

「瀧くーん、ご飯やよー」

 

 三葉が部屋にいたままの俺を呼びに来た。あれこれ考えている内に時間が経っていたようだ。臨戦態勢も治まっている。

 というかコイツ、人の家で飯まで作ったのかよ。

 まあでも入れ替わった回数だけここで生活してきたわけで、三葉ならそれだけの経験があれば思ったように行動するには充分なのかもしれない。

 

 

*  *

 

 

 俺と三葉、そして父さんの三人で食卓を囲んだあと。

 三葉の東京観光という名目で、俺と三葉はお互いに思い出のある場所を巡ってみることにした。

 俺が、そして一時期は三葉も通っていた神宮高校。俺たちが本当の意味で初めて出逢った駅のホーム。再会を果たした階段。

 その他にも、同じ時間を過ごしたことはないのに、俺と三葉がそれぞれ共通して思い出が残っている場所は数え切れないほどある。

 それを巡ることであの入れ替わりが、そして今いっしょにいられるこのときが夢幻(ゆめまぼろし)ではないのだと実感できた。つないでいた手をきゅっと握る。三葉もそれに応えて握り返してくる。

 

 帰路につく頃には空はもう暮れ始めていた。カタワレ時だ。

 左手に三葉の存在をしっかりと感じる。俺のとなりにいるのは宮水三葉。俺が世界で一番愛している、誰よりも大切な女の子。

 もう二度と忘れも離しもしたくない、愛おしい人。

 

 カタワレ時だからこそ、今が夢ではなく現実であることを、三葉が本当に存在しているのだということを、噛みしめるように強く意識をする。

 これは俺にとって儀式みたいなものだ。いつかまた三葉を失ってしまうのではないかという恐怖や不安を振り払うための儀式。

 きっとこの恐怖は三葉も感じている。俺たちは実際に一度、俺に関していえば二度、相手の存在や記憶を失っている。三葉が死んでいると知ったとき、そして三葉のことを忘れていた時間を思い返すと今でもゾッとする。

 三葉が消えていなくなる夢を見ては飛び起き、その声を聞かずにはいられずスマフォに手を伸ばしたのも一度や二度じゃない。三葉を好きになるほど、より深く愛するほど、そんな恐怖もまた大きく育っていく。

 

 俺たちはお互いに大切な人を忘れるという経験をした。そしてそれが原因もわからない、ある種理不尽に起きる出来事だということも知っている。

 だから俺たちは絶えずお互いの存在を確かめ合う。言葉で、行動で、行為で。

 それでも足りない。全然、足りない。まるで底に穴が開いた桶に水をそそぐように、とめどなく相手の存在を求め続けずにはいられない。満たされることなんて、きっとないのだ。

 もしそのときが訪れるとしたら、それは三葉に看取られながら死にゆく瞬間くらいだろうか。ああ、でも、コイツを残して死ぬのは、それはそれで悔いが残るな。かといって三葉の死に目に立ち会うのはそれこそ死んでもごめんである。

 なんて、縁起でもないことを考えている自分に苦笑する。

 

「なに笑ってるの?」

 

「俺って呆れるくらい三葉に惚れてるなって実感してたところ」

 

「き、急になに言ってるんやさ!」

 

 昼間はあんなに大胆なことをしていたくせに、俺のそんな言葉一つで赤面する三葉が可愛らしい。

 こんなにも可愛い生き物が地球上に存在していることに驚きそうになる。しかもその生き物は俺の恋人で、将来的には結婚するのだ。

 想像する未来があまりにも幸せすぎて頭がバカになりそうだ。

 

 さっきまでカタワレ時に恐怖を感じていたのに、たった一言二言の会話を交わしただけでそれが薄れていくのがわかる。

 我がことながら単純だ。けどそれだけ三葉の存在が大きいということでもある。

 やっぱり俺には、三葉しかいない。

 

「なあ三葉」

 

「なんよ?」

 

「お前さ、十月四日を乗り越えたらどうする?」

 

「どうするって、糸守はなくなるし別の町に移り住むしかないなぁ」

 

 前と同じように、ということだろう。

 それはつまり、高校を卒業するまでは岐阜県内の高校に通うということだ。

 

「それって高校を卒業するまでだよな?」

 

「そうやけど、それがどうかした?」

 

「……もし、できればだけど」

 

「ん?」

 

 俺が何を言おうとしているのか見当がつかず三葉は首を傾げる。

 これから言おうとするセリフの恥ずかしさで顔を直視できない。わずかに視線を外しながら、三葉にこう提案する。

 

「高校三年に上がる春からこっちにきて、同じ高校に通わないか?」

 

「瀧くん……」

 

「俺の転校は一年間限定だ。彗星が落ちればその時点でこっちに戻ってくることになる。それは前に話したよな」

 

「うん」

 

「それでお前が岐阜に留まれば、三葉とは一年以上離ればなれになる」

 

 会いに行くことはできるけど、それでも良くて週に一回。

 とてもじゃないけど会える時間が少なすぎる。

 

「はっはーん、それが寂しいんや?」

 

「……そうだよ。悪いか?」

 

「……ううん、私も寂しい。離れたく、ないなぁ」

 

 三葉の手に力がこもる。

 

「だったら考えてみてくれないか?もし、もしも全員は無理でも三葉だけなら……」

 

 俺は親不孝者だ。転校を最後のわがままにすると決めたはずなのに。

 それなのに三葉と離れた生活に耐えられそうにない。だからこんなことを言ってしまう。

 

「うちで暮らせるように父さんを説得する」

 

「あはは……それって、同棲?」

 

「いや、同居だろ。父さんだっているんだから」

 

「そっか、同居か。残念」

 

「残念ってお前な……」

 

「だってせっかくなら同棲の方がいいかなって。あ、でも瀧くんといっしょに住んだら毎日襲われちゃうね」

 

「どっちが。今日は俺が襲われた側だろ」

 

 そんなことを言い合いながら、どちらともなくぷっ、と吹き出し、声を上げて笑う。

 ひとしきりそうしたあと、三葉は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら言った。

 

「生活するためのお金を出してくれるのはお父さんだし、四葉の学校やお祖母ちゃんの体のこともあるから即答は無理だけど、できるなら私もそうしたい」

 

「今はその答えだけで充分だよ」

 

「ありがとう、瀧くん。大好きやよ」

 

「俺もお前のことが好きだ、三葉」

 

 寄り添って歩いていた三葉が立ち止まって目を瞑った。辺りに人影はなく、いつの間にか太陽は沈んでいる。街灯の明かりもかすかにしか届いていない。

 三葉の頬に両手を添える。本当に同じ人間なのかと思うほどに柔らかくてすべすべとしている。コイツの体はどこもかしこも柔らかくて、細い。ふとした拍子に折れてしまうかもしれない。

 だから俺は繊細な飴細工を手に取るような丁重さで、相手を慈しむような、ふれるだけのキスをした。

 

 




Another小説と公式ビジュアルガイドとサウンドトラック(初回限定版)を手に入れました。
明日(というか今日)、また映画を観に行きます。

サントラいいですね。
ずっとリピートして泣きそうになりながら書いてます。
泣きそうっていうか、かたわれ時→スパークルの流れは確実に泣く。


追記
この小説と、アイマスの二次創作『向日葵の少女』が同時にランキングに入ってました。
とてもうれしいです。

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