三度目の夜に。   作:晴貴

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3話

 

 気が付くと、俺は部屋のベッドで横になっていた。視界の端で光るデスクライトの明かりが部屋の中をぼんやりと照らしている。

 外は暗く、ビルの窓からもれる光や道行く車のヘッドライトが行き交っているのが目についた。ああ、夜なのか。思考がいまいち判然としないままスマフォを手に取って時間を確認する。

 ディスプレイの指している時刻は20:36

 寝るには早く、起きるには遅すぎる時間だった。なんでこんな時間に?うたた寝でもしてたっけ?

 眠る直前に何をしていたのか思い出そうとする。その記憶は意外にもするりと出てきた。

 

 ――君の名前は?

 

「っ!そうだ、そうだよ!俺は逢った!ずっと探していた、大切な人に……宮水三葉に!」

 

 通勤途中の満員電車。その真向い、並走する電車に乗り、目がった瞬間に、彼女がずっと探し求めてきた、俺の寂しさを埋めてくれる人だとすぐにわかった。

 俺は駅に着くや否や、彼女が乗った電車の停車駅方面に向かって駆け出し、ついに出逢えた。そして涙を流した彼女に聞いたんだ。「君の名前は?」と。

 

「でも俺はあの時、アイツが三葉だってことはわかってなかった。いや、そもそもなんで俺はアイツに関することを思い出せるんだ……?」

 

 彼女――三葉が俺にとってかけがえのない人だということは一目でわかった。けどその時点ではそれだけで、だから俺は名前を聞いたんだ。そして彼女は自分を「宮水三葉」と名乗った。

 俺の記憶はそこで途切れ、今こうして目が覚めた。

 何かがおかしい。入れ替わりとはまた違う事態が自分の身に起きている気がする。

 そう思える最大の要因は、三葉との入れ替わりから始まった一連の出来事をすべて思い出せるということだ。

 

 お互いの入れ替わり。彗星災害と三葉の死。消えた糸守町。三年もずれていた時間。変電所を爆破した避難作戦。『カタワレ時』の邂逅と、その直後に、三葉の名前も思い出も忘れ、自分が何をしにそこへ行ったのか、その理由さえおぼろげな記憶の中で霧散していったこと。

 大切な、忘れたくない何かを忘れたことさえ忘れた、それからの五年間。そしてようやく三葉と出逢うことができた。

 今の俺はそれらを全部覚えている。

 

「三葉と再会したことがトリガーになってすべてを思い出した、とか?」

 

 とりあえず思いついた仮説を適当に口にする。正解を知る術がないから無駄なことだけど。

 って、そんなことより!

 

「三葉、三葉、三葉……。彼女の名前は、宮水三葉」

 

 うわ言のように三葉の名前を連呼する。傍から見たら相当やばい。通報されるレベルかもしれない。

 けど、言える。忘れてない。俺の記憶の中にはしっかりと三葉が残っている。

 机のペン立てから油性のネームペンを引き抜き、手のひらに『みつは』とひながなで書く。大丈夫だ、書ける。覚えてる。

 そのことにひときわ大きな、安堵のため息が出た。三葉のことを忘れるなんてもう二度とごめんだからな。

 万が一のためにアイツの似顔絵でも描いて貼っておくか?ちゃんと『宮水三葉』ってタイトルとかつけて。……いや、それはやめよう。いくらなんでも変態すぎる。

 それに風景画は得意だけど似顔絵はそうでもないし。

 

 というか俺、アイツと連絡先交換した記憶がないぞ。そもそも俺と三葉がお互いの名前を名乗った以降の記憶がまったくない。俺どうやって家まで帰ってきたんだ?

 ピロン、とスマフォが鳴る。ラインの着信だ。

 まさか覚えてないだけで?と急いで手に取ってみるが、相手は司だった。そのことに沸き立った熱が一瞬で冷えていく。いやまあ司が悪いわけじゃないんだけど。

 で、なになに?

 

『瀧先輩、明日の放課後に新しくできたカフェ行きません?』

 

「はあ?瀧先輩ぃ?」

 

 思わず怪訝な声が出た。

 なんだこれ、俺のことからかってんのか?でも司はそんなことするキャラじゃないしな……。

 

『先輩?なんのことだ?』

 

 とりあえずそう打って送信。

 すぐに既読が付き、またもやスマフォがピロンと鳴る。

 

『学校は違うけど先輩は先輩ですよ。というか今さらそこに食いつくんですか?』

 

 今度は学校が違うときたか。

 社会人のくせに学生みたいなトークしやがって。

 

『いやいや、俺ら神宮高校で同じクラスだったろ』

 

 さらに言うなら中学だっていっしょだったじゃねぇか。

 送信。ピロン。着信。

 

『……寝ぼけてます?瀧先輩は神宮高校に通ってますけど、俺まだ中一ですよ?』

 

「はあ!?」

 

 大きな声が出る。リビングからうるさいぞ瀧、という父さんの声が飛んでくる。ごめん!とだけ返して俺はラインも放置して司のけったいな態度について考える。

 俺を瀧先輩と呼び、自分を中一だと言う。え、アイツおかしくなったの?俺らが中一だったのはもう十年くらい前だろ。遅れてた思春期が今頃やってきたわけでもあるまいし。

 ピロン、とまたもやラインが入る。

 

『それで明日はどうします?』

 

 どうって言われてもな。

 とりあえず考える時間が欲しいしトークを終わらせるか。

 

『悪い、明日は仕事だから無理』

 

 社会人に放課後なんてないのは司もわかってるだろ。

 まだ新人だから上がるの早いけど、仕事覚えたら覚えた分だけ帰るの遅くなりそうなのがなんとも。

 

『そうですか、残念です。仕事ってバイトでも始めたんですか?』

 

 なんで俺が仕事する=バイトなんだよ。確かに去年は就活で落ちまっくたけどちゃんと正社員で働いてるっつーの。

 それとも嫌味かこの内定八社野郎め。

 

『バイトじゃねーよ。普通に仕事。正社員だからな?』

 

『高校辞めたんですか!?』

 

『言葉を選べ。卒業だ』

 

『すんません……でもまだ一年生なのに卒業なんて……』

 

 会話が本格的におかしくなってきた。まるで本当に俺が高校生で、司が後輩であるかのような会話が続く。

 俺が高一で、司が中一?いつから三歳年下になったんだよ。

 

「三歳、年下?」

 

 ふとそれが気にかかる。仮に俺が司の三個上になったとする。

 それはつまり俺が三歳余計に年を取るってことだ。もし俺が元の年齢より三年早く生まれたとすれば……

 

「三葉と同い年、か」

 

 何気なくそう呟いた。けどそれが異様に胸に引っかかる。そして自然と胸が高鳴った。

 これは、期待だ。どこからともなく降って湧いたようなデタラメな話。期待なんてする方がどうかしている。

 でも、それでも。もし今の俺が本当に高一で、おまけに本来の年齢より三つ年を取っていたら?

 

 左手に持っていたスマフォを強く握り直す。さっきは時間しか見ていなかった。

 そんな妄想じみたことあり得ない、と思いながらもラインのアプリを閉じる。そしてホーム画面に映し出される西暦を見た。

 

 

 

 2012/10/4(木)

 

 

 

「は、はは……」

 

 かすれた声が出た。2012年?しかも10月4日ってことはティアマト彗星が糸守に降るちょうど一年前の日付。

 俺がさっきまでいたのは2021年のはずだ。去年、東京オリンピックだって開催された。就活が上手くいかなくて全然応援とかしてなかったけど、東京に住んでたんだからその盛り上がりはいやでも肌で感じた。

 スマフォの故障か?そう思ってまじまじとスマフォを観察して気付く。それが今のとは違う、高校時代に使っていた機種のものだと。とっくの昔に生産が中止された、化石と言っていい代物。

 俺はそれを使って司とラインをしていた。今の今まで。

 

 次々と状況証拠がそろっていく。あり得ない、と否定する要素が消えていく。

 部屋の明かりをつければ、壁に貼られている風景画のデッサンは懐かしい物ばかり。記憶が確かなら高校生の時に描いたような覚えがあるものだ。

 テレビをつける。映し出されたのは最近パッタリ見なくなっていたお笑い芸人に、去年終わったはずのバラエティー番組。

 

 たまらず部屋を飛び出してリビングに向かう。

 

「父さん!」

 

 その勢いに驚く父さんは、だいぶ若く俺の目には映った。

 つーか昨日と比べてはっきりとわかるくらい痩せてる。顔のふくらみが全然違う。

 

「どうした?さっきから騒がしいぞ」

 

「悪い。あのさ、今年って何年だっけ?」

 

「今年?2012年だろう」

 

「じゃ、じゃあ俺っていくつ!?」

 

「五月で十六になったな」

 

「ってことは、俺、高一!?マジで!?」

 

「さっきからおかしいぞ瀧。どうしたんだ?」

 

「いや、ちょっと混乱してて……でも、そうだ、父さんにお願いがある」

 

 今が本当に2012年の10月で、俺が本当に高校一年生で、来年高校二年生になるなら。

 俺には行かなきゃいけない場所がある。やらなきゃいけないことがある。逢わなきゃいけない人がいる!

 

「父さん!来年、俺を岐阜の高校に転校させてくれ!」

 

 

 

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