三度目の夜に。   作:晴貴

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6話

 

 実は初対面じゃないだけあって瀧くんが二人と打ち解けるのは早かった。瀧くんがうちにいて、お祖母ちゃんや四葉と話をしてるのってなんか不思議な光景だなぁ。

 そしてあのプロポーズ未遂から一時間くらい経った頃、四葉が唐突にこんなことを言い出した。

 

「瀧さんは夕ご飯食べていかんの?」

 

 そろそろ夕飯の準備を始めようとしていたタイミングでの一言。話の途中に瀧くんが糸守に来て独り暮らしを始めたって話題があったから四葉も切り出したんだと思う。

 瀧くんのお父さんは霞ヶ関で働いてるもんね。簡単に転職はできないし、ここから通勤というのも現実的じゃない。その結果が独り暮らし。

 あらためて考えるとだいぶ無茶だよね、瀧くんの行動って。よく許してもらえたなぁと感心する。

 そんな瀧くんは突然のお誘いに少し驚いていた。

 

「えっ、そこまでお邪魔するつもりは……」

 

「全然お邪魔なんかやないよ。ね、お姉ちゃん?」

 

 ここで私に話を振ってくる四葉。わざとだ、絶対わざとだ。これから瀧くんのことで四葉にからかわれる日々がしばらく続きそうだ。

 まあさっきから私が聞きたかったことを代わりに聞いてくれたから良しとしてあげるけど。

 

「うん。よかったら食べていかん?」

 

「いいのか?」

 

「ええよ。こんな時間まで引き留めちゃったし、今から支度するのも大変やろ?」

 

 糸守は東京と違ってスーパーやコンビニがすぐそこにあるわけじゃない。今から買い物に行って支度するとなると二時間以上かかる。この家が町外れに位置しているせいでもあるけど。

 それに一応商店街はあっても品ぞろえはお世辞にもいいとは言えないし。

 

「ええっと、じゃあごちそうになります……」

 

 遠慮気味に瀧くんはそう言った。

 普段は気の強い瀧くんが小さくなっているのが少し可愛い。お祖母ちゃんと四葉もそんな瀧くんを見て笑顔だ。

 うん、いい雰囲気!

 

「なら始めるね」

 

「何か手伝うか?」

 

「大丈夫やよ。瀧くんはお客さんなんやからくつろいどって」

 

 台所へ向かう足が心なしかいつもより軽く感じる。居間から出て、台所の壁にかけてあるエプロンを手に取る。それを身に着けていると、私がいなくなった居間の方から「今日は瀧さんのおかげでごちそうになりそうやね!」という四葉の声が届いた。

 ……わかってるなら手伝いなさいよ。

 そう言ってやりたい気持ちをこらえて夕飯の支度に取かかる。

 瀧くんは男子高校生だし、やっぱりお肉メインの方がいいよね。確か豚肉の買い置きがまだあったはず。でもそれだけだとお祖母ちゃんがあんまり食べられないから魚も必要だし……あ、瀧くんって魚料理とか苦手だったりしないかな?

 

「ねー、瀧くーん!」

 

 そう呼びかけると瀧くんが台所までやってくる。

 

「どうした?」

 

「瀧くんって魚とか山菜料理って平気?食べられんものとかない?」

 

「あー……煮魚は、ちょっと苦手かも」

 

「ええ、美味しいのに。案外お子ちゃまやね」

 

 思わずくすっと笑ってしまう。

 するとすかさず瀧くんが反撃してきた。

 

「んだとー?コーヒーに山ほどシロップ入れるお前には言われたくねぇな」

 

「な、なんでそれを!?」

 

入れ替わりの(あの)あと司や高木に『今日はシロップ要らねぇの?』って聞かれたんだよ。三つも四つも渡されたし、あれぜってぇ三葉の仕業だろ」

 

「あ、あははは……」

 

 うぅ、司くんと高木くんの気遣いが裏目に……。あれは瀧くんが普段コーヒーを飲んでるってわかったからムリして頼む羽目になっちゃったんだけど。

 だいたい高校生でコーヒーとか、普通飲まないでしょ!?私やサヤちんなんて紙パックのジュースばっかりなのに!

 

「つーか体重が二キロくらい増えてたんだからな。甘い物喰いすぎだっての」

 

「だ、だって美味しそうなケーキが多かったんやもん!あれでも我慢したんやから!」

 

 東京は魅力と誘惑が多すぎる。みんなどうやって自制してるのか、当時は本当に不思議だった。

 なんて、こんな言い合いにも懐かしさを覚える。八年前はお互いに残したメッセージを通してのやり取りがほとんどだったけど、こういう関係性は実際に顔を合わせても変わらないみたいだった。

 そんな些細な事実に、私は喜びを実感する。

 

 その後もしばらくくだらない言い合いをしていると、四葉がひょこっと台所に顔を出した。

 入れ替わり関係の話は聞こえていなかったのか、単にあきれ返った表情をしている。危ない危ない、気を付けないと。

 

「お姉ちゃん、いつまでもイチャイチャしてないで早く準備しない」

 

「イチャイチャなんてしてへんわ!」「イチャイチャなんてしてねぇよ!」

 

「息ピッタリやね」

 

 口角を上げてそんな言葉を残した四葉は居間に戻っていく。

 一瞬で変わった二人の間の空気。どうしてかそれが面白くて、私と瀧くんは視線を交えたあと、同時に吹き出して笑い合った。

 

 

*  *

 

 

 街灯もろくにない田んぼ道。家の前まで見送るという理由をつけて、満天の星空の下を瀧くんと並んで歩く。

 となりでは夕飯をきれいさっぱり平らげた瀧くんがお腹をさすりながら満足そうに息を吐いた。

 

「あ~、腹いっぱいだ」

 

「あんなに食べたらそらね。瀧くんも人のこと言えない食べっぷりやよ」

 

 初めて瀧くんと入れ替わった翌日、四葉とお祖母ちゃんが前日の食べっぷりに感心していたことを思い出す。あんなに食べてたら驚かれるわけよね。

 平均と比べても大きいわけじゃない瀧くんの体のどこにあんな量が入るんだろう?男子ってみんなあんなに食べるの?

 

「俺は自分の体なんだからいいだろ。お前は俺の体と俺の金で食ってたじゃん」

 

「瀧くんの体でもバイトしっかりやったの私やもん。それに体で言ったら瀧くんこそ!」

 

「うっ……!」

 

 私の言葉に瀧くんは気まずそうに顔を背ける。

 やっぱり心当たりがあるのね。瀧くんのエッチ!

 

「私の胸、さわったの一回だけじゃなかったやろ?へんたい!」

 

 今はもう入れ替わりに関する、忘れていた記憶が全部戻っている。その中で四葉がこんなことを言っていたのも私は思い出している。

 

『お姉ちゃん、最近自分の胸を揉まんくなったね。前はいっつも揉んどったのに。もうあきたん?』

 

 最近揉まなくなった。前はいつも揉んでた。

 そう言われたのは彗星災害のあと。県内の別の町に移住して、そこでの暮らしにもある程度慣れてきた頃のことだった。

 要するに瀧くんとの入れ替わりが終わってから。ここまでくればもう答えは明白。

 

「それはそのぉ……男として抑えきれない興味があってだな……」

 

「ふぅん」

 

「ほんと、ごめん!ごめんなさい!」

 

 私は胸を隠すように腕を組んで瀧くんをジトッと見上げる。

 手を合わせてペコペコと謝る瀧くんの頬には冷や汗が伝っている。対して私の顔はほんのり赤くなっていると思う。

 

「さわったのは、胸だけ?」

 

「………………む、胸だけです」

 

「その間はなんよ?」

 

「胸だけです!」

 

 人気(ひとけ)がないとはいえ、瀧くんは道端で、まるで何かの宣誓のようにそんな言葉を大声で口にする。

 これ、誰かに聞かれたら私まで恥ずかしい目に遭っちゃうじゃない。瀧くんと一緒にいるといつものことのような気もするけど。

 

「……まあそういうことにしておいてあげるわ。と・く・べ・つ・に、やよ?」

 

 確実に嘘でしょうけど。瀧君以外の男子だったらぜったいに許さないんだから感謝してよね。

 そんな風に自然と、瀧くんだったら許してしまえる自分がなんだかおかしい。

 

「ありがとう、三葉。……あれ、でもお礼を言ったら胸以外さわったことを認めることになっちゃうような……?」

 

 瀧くんがぶつぶつと独り言を漏らす。その内容は、聞かなかったことにしてあげた。

 

 田んぼ道は、すでに舗装されたコンクリートの県道に変わっている。私の家と瀧くんが住んでいる地区のちょうど中間くらいのところだ。

 もうお見送りの距離じゃなくなっていた。それは瀧くんも薄々気付いている気がする。

 それでも二人が言い出さなかったのは、きっと同じ気持ちだったからだと思う。

 

 

 あと少しだけでも、一緒にいたい。

 

 

 星空に見守られたお散歩デートは、もうちょっとだけ、続きそうだった。

 

 




R-15で描写できるラインってどの辺なんだろう。
これくらいなら全然セーフだと思うけど。

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