「町役場に行ってきた?」
「おお、秋祭りのことを聞きにな」
「誘ってくれたらいっしょに行ったのに」
「三葉といっしょだと目立つだろ」
お前町長の娘だし。そうだけど……と、ちょっとだけ不機嫌になる三葉。
「それで今日話してきた内容なんだけど……」
「あ、話逸らした」
「逸らしてねぇし」
時間は放課後、場所は俺が借りてる一軒家の居間。そんな他愛もない会話を前置きにして、俺は関口さんとのやり取りを三葉に説明する。
十分くらいでそれを聞き終えた三葉は何かに気付いたように声を上げた。
「そっか、避難訓練……。私たちがみんなを避難させたときも表向きはそうやったもんね」
「ああ。週刊誌なんかじゃ秋祭り当日にあの避難訓練はあまりにも不自然だ、町長は彗星の落下を予見してたんじゃないか、とか書かれてたけど」
まあ事実とは異なるから不自然なところが多いのはしょうがないことだ。実行犯の三葉、テッシー、サヤちんの名前や存在は一切出てこなかったし、町長も必死に隠蔽してくれたんだろうとは思う。
「というかよく捕まらなかったよな、お前ら」
「あとからきついお説教は受けたけどね」
苦笑を浮かべる三葉。
「ってことはやっぱり三葉やテッシーの仕業だってバレたんだな」
「バレないわけないやろ?でも手段はともかく、たくさんの命を救えたおかげで不問とまではいかないけど、表沙汰にはならんようにしてくれたみたい」
「三葉の、父さんが?」
「うん」
それを聞いて少し安心する。最後の入れ替わりのとき、垣間見えた過去の記憶。あれはたぶん糸守と宮水神社の過去なんだろう。
その中にあった三葉の記憶。走馬灯のようによぎる記憶で、三葉の父親は「僕が愛したのは二葉です。宮水神社じゃない」と婆ちゃんと口論した末、神社を捨てて家を出て行った。そして三葉と四葉はあの家で婆ちゃんと暮らすことになった。
三葉や四葉を見捨てた。あのときはそう思っていたけど、あの人にはあの人なりに葛藤するところがあったのかもしれない。
記憶にある三葉の父。彼は年を重ねるにつれて母親である二葉さんによく似ていく三葉を見るたびに、最愛の妻を亡くした悲しみを思い出していたように見えた。元気に育つ娘が、耐えがたい苦しみを自分に刻みつける。
誰が悪いわけでもない。でもそれは、三葉の父親にとっては呪いにも似たものだっただろう。
本当のところは本人に聞いてみないとわからないし、わかったところで何かできるわけでもない。
考えても仕方のないことだと頭を振って思考を切り替える。
「そう言えば俺との入れ替わりが終わったあとはどうなったんだ?」
「計画通りテッシーと変電所を爆破して、サヤちんの放送でみんなを高校まで避難させようとしたの。でもそれじゃ間に合いそうもなくて、最後は私がお父さんに役場を動かしてほしいって頼み込んでなんとかなったけど」
「あの親父さんをよく説得できたな。俺が最初に行ったときは妄言だと思われて精神病院に連れてかれそうになったのに」
「そのときに彗星が二つに割れて落下するって言わなかった?彗星を見てお父さんが『まさか、本当に落ちるのか……』って驚いとったよ」
「ああ、それは言ったな。信じてもらえなくて思わず胸倉掴み上げちゃったけど」
「ええっ、そんなことしたの!?」
「す、すまん。お前や町の人の命がかかってるのに門前払いされそうなったからついカッとなって……」
「なに、その犯罪者の言い訳みたいなんは」
「いやまあやったことは間違いなく犯罪だし……」
変電所の爆破に防災無線の電波ジャックだ。どっからどうみても立派なテロ行為だよな。
切羽詰まってたとはいえ軽率な計画だったと今になれば思う。ちょっと間違えば三葉やテッシーが爆発で死んでたかもしれないし、三人が前科者になっていた可能性もある。
今回はもうちょっと穏便な手段で解決したいところだ。
「そういうことやないよ!……でも、それだけ必死になってくれたんやね」
「当たり前だろ。俺はお前を助けたかった。好きな人に、生きていて欲しかった」
あの日のことを思い出す。わずかな望みにかけて探し出したご神体。そこで三葉の半分である口噛み酒を飲んで、彗星が落下してくる当日の朝に、俺は三葉と入れ替わった。
テッシーやサヤちんの協力を得て何とか計画を形にすることはできたけど、三葉の父親を説得することが俺にはできなかった。
肝心なところで何もできない自分の無力さ。三葉を、町を救えないという失意。
「瀧くん……」
「でも最後はお前頼みになっちまった。結局、俺ができたことなんて何も……」
「そんなことない!」
すべてを思い出してから俺の心に巣食い始めた自責の念。それをかき消すように三葉が声を張り上げた。
怒ったような、泣き出しそうな、そんな顔をしながら三葉は俺を見つめる。
「本当なら私はあの彗星の落下で死んでたはずだった。どうしてか時間が戻っちゃったけど、私は今こうして生きてる。四葉もお祖母ちゃんも、サヤちんやテッシーも、町のみんなも。それは瀧くんが何とかしようとしてくれたからやよ」
俺に言い聞かせるように、三葉は言葉をつづける。
「……普通、そこまでがんばれないよ。三年も前に死んだ人のために、その時間と距離を飛び越えて逢いにくるなんてこと。でも、瀧くんはきてくれた。それがどれだけ嬉しかったか、瀧くんわかる?どれだけ私の力になったか知っとる?」
俺は、何も言えない。
詰め寄った三葉の指が、俺の指に絡まる。
「私だって怖かった。上手くいかないんじゃないか、死んじゃうかもしれんって。大切だったはずの瀧くんとの思い出や名前がどんどん消えていって、泣き出しそうだった。忘れたくないのに、忘れちゃダメなのに、その人が誰なのかもわからなくなって、それでも瀧くんの声だけは私に届いてたんだよ?」
三葉は握りしめられていた俺の右の手のひらをほぐすように開くと、カバンの中からサインペンを取り出す。
テーブルを挟んでいた三葉は、いつの間にか俺のとなりにいる。
「『目が覚めてもお互い忘れないようにさ』『名前書いておこうぜ』」
あのときの俺の口調をそっくりそのまま真似をしながら、三葉が俺の手のひらにペンを走らせる。
くすぐったい、でも、愛おしくも思える感触。
「瀧くん、あのときなんて書いたか覚えとる?」
「……ああ」
俺が三葉の手のひらに書き残した言葉は『すきだ』の三文字。俺の、何より素直な気持ち。
そして今、俺の手のひらに書かれたのは『すき』という言葉。
「これじゃあ名前、わかんないよって、思った。でもね、それを見たとき、もう怖くなかった。もう寂しくなかった。私が好きな人は、私を好きでいてくれてるってわかったから。ぜったいに生き抜いて、たとえ星が落ちたって生きて、再会するんだって思えたの」
三葉が俺の右手を胸に抱く。三葉の熱が、じんわりと伝わってくる。
涙を流しそうになるのをなんとか堪える。
「だからね、私も伝えたいことがあったんやよ。いつか再会できたとき、私が恋をした人に。瀧くんに。――私を好きになってくれてありがとう、って」
「み、つは……」
堪えていたはずの涙が頬を伝っていた。滲む視界の中で、三葉も笑いながら、泣いていた。
そんな彼女を、俺はたまらず抱きしめる。
「俺は、お前を助けられたのか?」
「うん。瀧くんが私を好きになってくれたから、好きだってことを教えてくれたから、私は生きてるんやよ」
俺の腕の中でそう言った三葉の声は、今まで聞いてきたどんなものよりも、優しく俺の心に響いた。