三度目の夜に。   作:晴貴

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9話

 

 瀧くんがそんなことを考えていたなんて想像もしてなかった。だって私は瀧くんにこれ以上ないくらい感謝しているから。瀧くんがいなかったら私は今、こうして生きていなかった。それは私だけじゃなく、糸守町の住民の多くがそうだ。

 それだけの人を救った瀧くんが、まさか自分に負い目を感じているなんて思いもしなかった。

 

 けど瀧くんは泣いた。それはきっと、悔しさと安堵が入り混じった涙だったんだと思う。

 どこまでも優しいんだね、瀧くんは。そして君がそんな人だからこそ、私は好きになったんだ。

 

「落ち着いた?」

 

「ああ……」

 

 泣いて赤くなった目元を隠すように瀧くんは顔を逸らす。その声はちょっとだけ憮然としていた。

 そのいじけたような態度が可愛くて、私の手が自然と瀧くんの頭に伸びる。そしてそのまま小さな子どもをあやすように優しく撫でた。

 

 なでなで。瀧くんは無言で撫でられる。

 なでなで。まだ、しゃべらない。

 なでなで。「お前、何やってんの?」と、ようやく口を開いた。

 

「元気出るかなと思って」

 

「あのなぁ……」

 

 呆れたような顔をする瀧くん。でも振りはらうことはしない。

 それがうれしくて、愛おしくて、もっともっと瀧くんにふれていたくなる。

 私は頭を撫でていた手を止めて瀧くんに背を向ける。そして彼がかいていたあぐらの上に座った。

 

「お、おい!三葉?」

 

 唐突な行動に動揺する瀧くん。

 そんなことにはおかまいなしに、男性らしい厚みと硬さを感じさせる体に私の背をあずけた。

 

「ここ、私の特等席ね」

 

 そしてそう宣言する。

 

「は、はぁ?」

 

「他の女の子はもちろん、四葉を座らせるのも禁止やよ。……ダメ?」

 

「いや、別にダメってわけじゃないけど……」

 

 なんて言いながら口ごもる。

 背中越しに感じる瀧くんのぬくもりが気持ちいい。こうして思いっきり甘えても受け止めてくれる安心感が心地いい。

 私が、宮水三葉が。こんなにも立花瀧のことが好きで、大好きで、大切で、どうしようもないほど感謝しているんだって想いを、私は言葉で、態度で、すべてを使って伝えたい。瀧くんが負い目を感じる必要なんかないんだよ、って。

 

「ねぇ、瀧くん」

 

「……なんだよ」

 

「抱きしめて?」

 

 瀧くんの体がこわばったのがわかる。

 そしておずおずと、瀧くんの両手が私の前に回り、お腹を抱えるようにして私は抱きしめられる。

 ……ああ、どうしよう。この感覚、すごくいい。抜け出せなくなっちゃいそう。

 

 どれくらいそうしていただろう。たぶん、数分だと思うけど。

 このまま心地よさに身を委ねてしまいたかったけど、そこでハッと我に返る。

 

「……そういえば、まだ話の途中やったね」

 

「……そうだった」

 

 どうやら瀧くんも忘れていたご様子。

 結構大事な話し合いの最中だったのに、気が付けば瀧くんにこれでもかというくらい甘えちゃってる。

 もしかして私たち、バカップルとかそういう領域に踏み込み始めてない?そ、そんなことないよね?これくらい、恋人なら普通だと思うし……。

 

「それで、えっと……確か避難訓練でみんなを高校に集めようって話やったね」

 

 とりあえず何事もなかったように話題を戻す。

 瀧くんも私を抱きしめたままそれに乗ってくれた。

 

「ああ。でもたぶん難しい」

 

「どうして?」

 

「単純な話だ。糸守町に金がない」

 

 どれくらいの費用がかかるかはわからないけど、町の年間予算に含まれていない時点で捻出させるのはほぼ不可能、というのが瀧くんの考えらしい。彗星が砕けて降ってくるというのを証明できれば話は変わるだろうけど、それもまずムリ、だそうだ。

 まあ確かにね。あれだけ必死に色々やって最後の最後、彗星が割れてからようやく信じてもらえたんだから、今から信じさせるなんて不可能だと思う。

 じゃあなんでそんな提案を?と聞いてみる。

 

「万が一通ればそれでよしってくらいの気持ちだよ。まあ通るに越したことはないんだけど、ダメならダメであとから使えなくもないし」

 

「あとからって?」

 

「彗星が落ちるときの話だから今は気にしなくていいよ。それで当面は秋祭りの日取りが正式に決定するまで役場に避難訓練の提案をくり返す」

 

 つまり残された時間はあと二週間くらいってことね。

 

「それが通らなかったら?やっぱり秋祭りの日程を変更させるようにお願いするとか……」

 

 お祖母ちゃんに頼めばなんとかなるかもしれないし。

 

「それはダメだ」

 

 ぴしゃりと瀧くんがそう言い切る。

 

「ダメって……でも十月四日に秋祭りが開催されたら……」

 

 またたくさんの人が死んじゃうかもしれないのに……。

 私の記憶に刻まれた、彗星が隕石となって町に降り注ぐ光景がフラッシュバックする。

 

「確かに何もせず秋祭りを迎えたら最初のときみたいに何百人も死ぬだろう。でもな、俺たちが行動を起こしてどうにか町民を避難させることができたのは秋祭りの日だったから、ってのが大きいはずなんだ」

 

「……いまいちよくわからんなぁ。どういうこと?」

 

 考えてみてもわからず首をひねる。ごめんね、理解力足りてなくて。

 

「あー……秋祭りってことは神社に町民の多くが集まってるってことだろ?」

 

「うん」

 

 丁寧に説明してくれる瀧くんの言葉に私は頷く。

 

「避難を指示したり誘導する消防や役場の人手には限りがある。その中で人が集中している場所があると少ない人員で効率的に避難させやすいってことだ。三葉の話だと町長が動いたのは彗星が割れてからだったんだろ?それでも避難が間に合ったのは一ヵ所に人が集まってたからだと思う。もし何もない普段通りの夜だったら、消防の人たちは手分けしてすべての世帯を回らなきゃいけなかった。そして、彗星が割れてからそんなことをしてたら恐らく手遅れになる」

 

「……だから秋祭りの日は変えちゃダメなんだ」

 

 そう呟きつつ、私の背中はゾクゾクと震える。そんなこと、考えたこともなかった。

 当時はもちろん、また高校生活を送ることになって再び起きるだろう彗星の落下をなんとかしようと決心した時でさえ、こんな風にそろった盤面を整理して、使える手段を考え出すことなんて私にはできなかった。

 やっぱり瀧くんはすごいよ、と改めて思う。この町を救うために、こんなに一生懸命になってくれてる。

 私にとってはヒーローで、世界中の誰よりもかっこいい。そんな人が私の恋人だって事実に、叫びたくなるほどの幸せを感じる。

 

「そういうことだ。最善は避難訓練が実現されることで、次善は前回と同じような状況を作ること。可能性としては後者の方がはるかに高いから、前よりももっとスムーズに避難させる理由を作らなきゃいけない」

 

「そうやね。避難が完了したのはかなりギリギリやったし」

 

「彗星落下の十五分前くらいだっけ?彗星が割れて隕石になる危険性が高いって科学的な根拠があれば説得のしようもあるけどな」

 

「そういうのって、やっぱりムリなん?」

 

「科学的な根拠となると専門的な知識が必要だからな。一応宇宙学者やらなんやらの専門家には『ティアマト彗星が割れて隕石になる可能性がないか検証してくれませんか?』ってメールはばら撒いてはみたけど、今のところ手応えはねぇ」

 

 そんなことまで……。本当に色々考えて手を尽くしてくれているんだ。

 こんなに頑張ってくれている瀧くんに感謝の気持ちがとめどなく溢れてくる。これをどうやって伝えればいいんだろう?そう思った私は、その手段を考えるよりも早く口を動かしていた。

 

「――ねぇ、キスしよう、瀧くん」

 

 瀧くんが「んぐっ」とか「ぐふっ」みたいなくぐもった声を出した。それに一拍遅れて、私も自分が口にしたセリフに気付いて赤面する。

 わ、私ったらなんてハシタナイことを……!だいたい、感謝の気持ちを伝える方法がどうしてキスなの!?と自分の思考回路を責め立てたくなる。

 痛いほどの沈黙が私たちの空気を支配する。それを打ち破ったのは瀧くんの方だった。

 

「……いいのか?」

 

 私を抱きしめる腕に力がこもった。

 声がさっきよりも耳元に近付いて聞こえる。耳にかかる瀧くんの吐息に、心臓は狂ったように早鐘を打ち始めた。

 熱いのは瀧くんの吐息?私の頬?それとも、両方?

 

「……うん」

 

 少しだけ体の位置をずらして、首だけ瀧くんの方を振り向く。瀧くんの顔がもう目の前にあった。

 瀧くんがゆっくりと、さらに近付いてくる。瀧くんの瞳の中には、陶酔した表情の私が映っていた。

 その光景を最後に、私は瞼を閉じる。

 

 直後、私の唇は瀧くんの唇でふさがれた。

 二度目のキスは、ファーストキスよりも長くて、ちょっとだけ激しかった。

 

 


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