あなたとの日々が、とても愛おしい   作:メガネ愛好者

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どうも、メガネ愛好者です

はい、リメイク作品です
注意書きにもあった通り、ラブコメはほとんど書いたことが無い為、上手く表現出来ないかもしれません
それでも書きます。頑張ります

それでは


第一話 「出会いであり、再会である」

 

 

 ——今、目の前で起きている光景を……私は知っている気がした。

 

 

 私のよく知る街が真っ赤に燃えている。

 耳を澄ませば人の悲鳴が聞こえ、目を凝らせば慌ただしく動く人影が見える。

 

 そして、その中でも特に目を引く――『誰か』に似た少女。

 力無く横たえる少女はピクリとも動く気配が無い。それはまるでこと切れた人形のよう。

 

 そんな少女のすぐ脇で嗚咽を漏らす一人の少年。

 少女に向けて幾度も懺悔を溢し、後悔に苛まれる青髪の少年。彼の目尻からは絶えず涙が溢れていた。

 

 

 そんな二人の前に——『何か』が現れた。

 

 

 

 

 

 【——ねぇ、君。彼女を助けたくはない?】

 

 

 その姿はノイズの様に不確かで、外見がよくわからなかった。

 

 

 【理不尽にも奪われようとしている彼女の命。助けたくはなぁい?】

 

 

 その言葉は男なのか女なのかわからず、よく聞き取れなかった。

 

 

 【もしも助けたいのなら……”コレ”を、彼女に与えるといいよ】

 

 

 そんな異様な『何か』は、少年の前に”白く澄んだ結晶のような物”を見せつける。

 

 

 【彼女を助けたいんでしょう? なら迷うことは無いよ。”コレ”を彼女に上げれば彼女は助かるんだから】

 

 

 その『何か』の誘いに少年は躊躇った。

 何かある。嫌な予感がする。それに手を伸ばしてはいけないと……

 

 

 【迷っている暇があるのかい? 早く決めないと……彼女、本当に”壊れてしまうよ?”】

 

 

 その『何か』の言葉に少年は体を強張らせた。少女の命の灯が、今にも消え去るという事実に恐怖した。

 

 

 ——だから、手を伸ばしてしまった。

 

 

 【フフッ……さぁ、それを彼女に与えてごらん? そうすれば彼女は目を覚ますから——】

 

 

 この子を助けたい。少年は嫌に高鳴る動悸を振り切ってその結晶を掴み取る。

 手を伸ばすしかなかった。彼女を助けるには、この時点ではこれしか方法がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えそれが——

 

 

 【——ただし、()()()()()()()()()()()……ね】

 

 

 ——この後に訪れるであろう”悲劇”の幕開けだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……変な夢」

 

 そこで夢の内容は途切れた。目が覚めたからだ。

 いつも通りの時間。いつもと同じ朝の光景。そこに異なる異様な夢。

 もうほとんど朧気にしか思い出せない内容だけど、その内容に……何故だか息が詰まる気がした。

 何故そうなるのかが分からない。理由を探るために夢の内容を思い出そうとするも、それは逆効果だった。思い出そうとする程に夢の記憶が失われていくのだった。

 

 「……あの子、誰なんだろう?」

 

 そんな中で唯一つ、忘れかけている夢の中でも明確な印象として覚えているものがる。

 それは夢に出てきた一人の少年。同じく夢に出てきた少女と同年代程の青髪の少年の姿は、彼女——『鳶一(とびいち) 綾取(あやとり)』の脳裏に強く印象付けられていた。

 

 「何処かで会ったことがあるのかな? うーん……」

 

 ここで一つ、彼女に関する情報を一つ。

 正直な話、綾取にはあまり親しい友人——それも、男性の友人などいなかった。”とある理由”のせいで周囲の人間とあまり交友を深める事が出来なかったのが要因の一つだ。この”とある理由”については後ほど話すが、彼女が友人関係を築く機会を奪った最もな原因とも言えよう。

 だからだろうか? 親しい友人と言える者がほとんどいない綾取が夢に出てきた少年の事を気になってしまうのは。

 もしかしたら昔、幼い頃に遊んだことのある少年だったのかもしれないと淡い期待を抱いてしまう。もしもそうだったら綾取の両手で数えるぐらいしかいない友人がまた増えるということ。それは喜ばしい事だった。

 しかしいくら少年の事を思い出そうと深く考えても、結局思い出す事はなかった。それこそ自身が生んだ『夢の中のお友達』何て言う脳内お花畑とも言わんばかりの妄想にでもかられたのではないかと疑い始める程に。

 

 「……ま、まぁいいや。とりあえず朝ご飯の準備しなくちゃ!」

 

 一向に夢の少年の事を思い出せなかった綾取は、とりあえず一旦その夢の事を置いておくことにした。「もしかしたら本当に自身の妄想なのではないか? それだったら私、結構痛い子?」——などと醜態を晒しているように思えたからだ。

 

 気持ちを切り替えた綾取は、朝食の準備をする為にと寝間着から私服へと着替え始める。先程の事はあまり信じ込まない程度に後でゆっくり考えればいい……そう綾取は考えたのだろう。

 しかしそれは、物忘れの激しい彼女にとって悪手以外の何者でもないのだが……

 

 「昨日の残り物あったよね? ならそれを温めて……あれ? 味噌残ってたっけ? 確か昨日切らしたような……と、とりあえず予備があるか確認しないと!」

 

 ……少なくとも、服装を整えながら朝の献立を考えている時点で、先程の夢の内容は頭から離れているのが現状だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして身支度を済ませた綾取は、自身の部屋を後にし朝食の準備へと取り掛かり始めるのだった。

 しかしそこで綾取にとっての凶報が舞い降りる。

 

 「な、無い……そんな……」

 

 初めに先程思い出した味噌の残りが気になった綾取は、真っ先にそれを確認する。

 結果、どうやら先程の予想は正しかったようだ。何時も使っている味噌は保管してあった容器から綺麗サッパリ消え去っていた。

 綾取はそこで「残りの味噌全部使っちゃお。後で買ってこればいいしね!」——と、昨日の同時刻に発言していた事を思い出す。故に昨日、残りの味噌全てを投入した味噌汁に対して「味が濃い」と、その味噌汁を味わった妹から指摘された事も思い出して綾取は若干落ち込むのだった。

 そして同時に、昨日の買い出し時に味噌を買い忘れてしまった事も思い出す事になる。

 朝まではしっかり覚えていた筈なのだ。しかし明後日に控える高校の始業式の準備をしているうちに、綾取は味噌の事を綺麗サッパリ忘れてしまっていた。夕方に買い出しに行っている時など味噌のことなんて全く気にも留めていなかった。

 そんな自身のうっかりに「またかぁ……」と肩を落としながら、綾取は今日の朝食はどうしようと呟きながらその周辺を漁り始める。もしかしたら予備が無いかと言う淡い希望に賭けながら探すのだった。……結局見つからなかったのだが。

 「朝に味噌汁は必須」と言うこだわりがある綾取としては、味噌汁の有無でその日のモチベーションが変わってくる。まあ気持ちの問題ではあるのだが、綾取にとってこれは死活問題なのだ。現に今の綾取の周囲はどんよりとした雰囲気に満ち溢れ、明らかに落ち込んでいるのが傍から見てもよく分かる。

 そんな綾取が味噌が無いという理由で深い悲しみに陥っていると、綾取の背後から声が掛かる。

 

 「姉さん、どうしたの?」

 

 「折紙ぃ。味噌が、味噌がぁ……」

 

 綾取が落ち込んで床に跪いていると、その背後から綾取の妹——『鳶一(とびいち) 折紙(おりがみ)』が問い掛けてきた。

 いつも通りの静かで抑揚の無い声で問い掛けてきた折紙に、綾取は味噌の入っていた容器を大切そうに胸に抱えながら涙目で答える。折紙はそんな姉の言動に「またか」と先程の綾取と同じような言葉を口から漏らしてしまうのだった。それに加え呆れたかのように溜息を一つ溢す。それも仕方のない事だった。何せ過去に幾度と無く前科があるのだから。

 

 「なら、お吸い物にすればいい」

 

 「……あ」

 

 そして、幾度と無く提案してきた妥協策を綾取に伝えるのも、今や「いつもの事」で済ませられることだった。

 

 

 

 この事に関して、折紙は少し疑問に思うことがある。

 まず大前提として、綾取は「味噌汁」が好きと言うよりは「汁物」が好きなのだ。

 よって本来は豆腐やワカメなどの具を入れてこその味噌汁なのだが、綾取の好んで食す味噌汁は読んで字の如く「味噌の汁」となっている。

 

 

 つまり——綾取の作る味噌汁には具が全く入っていないのだ。

 

 

 別に具が嫌いという訳ではない。ただ具よりも汁が好きなだけ。

 例え調理中に具材を入れたとしても、実際に食べるときは自身の器に具を入れることをしない程には好きなのだ。

 何故汁だけ飲むのかを綾取に問えば、帰ってきたのは「味噌汁って落ち着くよねー」という見当違いの返答ばかり。いくら聞いても返答に変わり映えは無く、次第に指摘するのが馬鹿馬鹿しくなってきた折紙はそこで問うことを諦めた。

 

 そんな汁の大好きな綾取なのだ、お吸い物を好きにならない訳がない。

 何せ汁物が好きなのであって、味噌自体に執着がある訳ではないのだ。他で味噌を使う料理が特段好きだと言っているところを見た事が無いのだから。

 

 

 それなのに綾取は何故かお吸い物の存在を忘れてしまう。

 

 

 折紙の案を聞いた今の綾取の反応から見て、その幾度となく言われ続けたお吸い物を今の今まで忘れていたことは火を見るよりも明らかだった。それが自身の好物なのだと理解していてもだ。

 果たして普通は好きな物を忘れるものなのだろうか? そんな折紙の小さな疑問が解決する日が訪れるのは……慌てて朝食の準備に取り掛かる綾取を見るに、当分先の事だろうと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからすぐに朝食の準備へと取り掛かる綾取。折紙も残り物をレンジで温めるなどして手伝う事にする。

 別に折紙は料理が出来ない訳ではない。寧ろ出来すぎる方だ。

 その為、今までにも折紙が朝食の準備をしようかと綾取に提案しているのだが、綾取はそれを頑なに拒んでいる。

 別に綾取に悪気がある訳ではない。綾取としては、折紙には日頃から世話になっているから出来る限りのことをしたいと言う感謝の現れだった。

 折紙はそんな姉の気づかいを無下にしたくないと思い、ある程度の家事を綾取に任せることにした。まあだからと言って手伝わないとは言っていないので、結構な頻度で綾取の手伝いをしてはいるのだが。

 

 しばらくして朝食の準備を終えた二人は、朝食をリビングの中央にあるテーブルへと運んでいく。そうして全ての物を運び終えた二人は朝食を取り始めるのだった。

 綾取はまず初めに、まるで当たり前かの様にお吸い物へと手を伸ばした。

 一応調理中に何度か味を確認してはいるが、それでも味が気になってしまった故の行動……ではあるが、そのほとんどはお吸い物を飲みたいというただの欲求なのだろう。

 そうこうして朝食を始めてすぐに、ぽわーっとした雰囲気を纏いながらお吸い物を啜る綾取に、折紙が一旦食事の手を止めて問い掛けてくる。

 

 「姉さん、明日の準備は整った?」

 

 「え? ……あ、うん。昨日の内に済ませたから今日はゆっくりできるよー」

 

 「そう。……始業式前日に慌ただしくなるよりはずっといい。自分から動こうとすれば文句の一つも無いけれど……」

 

 「あ、あはは……ごめんなさい」

 

 この会話からわかるように、彼女達は明日に高校の始業式を控えている。その為に必要な準備なども既に終わらせていた。

 というのも綾取が事前に準備をすることをしない為、数週間前から折紙が綾取に言い聞かせていたのだ。……物忘れの激しい綾取の事を考え、毎日同じ時間に。

 その行為がどうやら実を結んだようで、綾取が折紙の問いに肯定で返した事で折紙は安堵したのだった。……まあ始業式を迎えるのは綾取だけなのだが。

 

 「折紙にとっては入学式だね。改めて入学おめでとう、折紙」

 

 「まだ早い。それは明日に言うべき」

 

 「んー……そう、なのかな? まあ別にどっちでもいいよ。おめでたい事には変わりないからね」

 

 そう、綾取にとっては始業式であるが、折紙にとっては入学式になるのだ。

 綾取と折紙は歳が一つ違いの姉妹だ。つまり綾取はすでに在学生である。……ただし、綾取は「とある理由」のせいで始業式とは言い難いものになるのだが。

 

 彼女達がこれから通う事になる学び舎——「都立来禅高校」

 都立校としては設備が充実しているだけあって、入試倍率は決して低くはないとされる高校に二人は通う事となる。

 

 「それにしても、やっぱり折紙は凄いなぁ。入試のテスト全部満点だったんでしょ? 私の入試試験なんて結構ギリギリで悲惨だったのに……」

 

 「決め手は日頃の積み重ね。姉さんも根気良く続けられればやれない事も…………無い」

 

 「無いの間に結構間があったのはなんでかな!?」

 

 「…………」

 

 「答えてよ!? その反応悲しくなるから! まるで私が駄目な子みたいじゃない!!」

 

 「姉さん、食事中は静かに」

 

 「え? ……あ、うん。そうだった。朝ご飯冷めちゃうし、早く食べ終えちゃおっか」

 

 (相変わらず切り替えだけは早い)

 

 折紙の反応に不服を申し立てる綾取だったが、折紙の一言で一気に消沈する。慌ただしい姉を冷静に窘める妹……これではどちらが姉なのかわからない。綾取としては折紙の頼れる姉でありたいと常日頃から努力しているのだが、どうにも上手くいっていないのが現状だった。

 

 綾取なりに努力はしている。しかし未だ折紙には運動面でも学力面でも劣っていた。

 折紙はやろうと思えば何でも出来てしまう。それは今朝の朝食でも言える事であり、何度作っても味に多少のムラが出る綾取と比べ、折紙にはそのムラが一切無い。どんな料理でも全く同じように作れるし、その味や見た目も最早料理店で売り出せるレベル。折紙は綾取の料理を「変化があっていい」と言うが、綾取はそれに納得していない様子。

 そんな完璧超人な妹を素直に凄いと思う一方で、綾取は少し羨ましくも思ってしまう。正直な話、折紙に勝る長所を見いだせないのが今の綾取の悩みだった。

 

 

 

 

 

 改めて食事を再開し、早々に朝食を済ませようと箸を進める二人。

 しかしその早く食事を済ませようと提案した本人から再び会話が始まってしまうのだが……もうこれは仕方が無いだろう。

 

 「あ、そうだ。ねぇ折紙」

 

 「何?」

 

 「今日は何か予定ってあったかな? 最後の休みだし、一緒に商店街に行けたらなーって思ったんだけど」

 

 「……今日は()()()の用事がある」

 

 「……そっか。なら仕方ない、ね」

 

 綾取はまるで今思い出したかのよう折紙に要件を言い渡すが、その要件は折紙の都合によりきっぱりと断られてしまった。それに綾取は残念に思うも、仕方ない事だと割り切る事にするのだった。

 

 折紙は今日、自身が所属する対精霊部隊——通称「AST」の方に出頭しなければいけなかった。

 ASTとは、簡単に言えば陸軍の特殊部隊のようなものだ。つまり折紙は学生でありながら軍人でもある。

 

 そんなASTの役割は――精霊の()()

 

 近年、各地で発生する原因不明の特殊災害——「空間震」。

 空間が歪んで引き起こるそれはまさに「空間の地震」であり、周囲に多大な被害をもたらす厄災である。

 そしてその空間震の原因となる存在……それが精霊だ。

 

 空間震の発生と同時に現れる生命体であり、極めて危険な存在であると綾取は聞かされている。そんな危険な存在から被害を防ごうと対処する為に組織されたのがASTであるとも聞かされている。

 実際のところはあまり深く教えてもらってはいない為、綾取もそこまでハッキリと断言する事が出来なかった。ただ精霊という存在を()()する組織だと言うことぐらいしか聞かされていなかった。

 

 そんな精霊の脅威から人々を守りたい、これ以上犠牲を出したくないという意思の元、折紙はASTに所属した。

 どうやら折紙の完璧超人っぷりはここでも顕著のようで、たまに折紙を慕っている隊員達と会った時によく折紙の話を聞かされている。

 曰く勇敢で頼もしいと——

 曰くその冷静さに憧れると——

 曰く誰よりも仲間想いだと——

 周囲の隊員達との仲は比較的良好で、試しに本人はどうなのかと折紙に聞いたが、どうやら満更でもない感じだった。表情の変化は乏しいものの、仲間たちの話をする折紙の雰囲気は何処か柔らかかったことを今でも綾取は覚えている。

 

 周りとの関係はうまくいっているみたいで安堵する綾取。それに関しては何も言うまい。

 ——しかし、それでもASTが軍隊である事には変わりないのだ。

 

 軍人とは結局のところ「何かと戦う役職」であるに違いない。それはつまり、折紙が危険な目に会うかもしれない可能性を孕んでいた。折紙にASTのことを聞かされた時の綾取の心中は穏やかではなかっただろう。

 折紙がASTに所属する理由はわかっている。納得もしている。……それでも綾取は折紙にASTをやめてほしいと思ってしまう。折紙には傷ついてほしくないから。

 折紙もそんな綾取の気持ちには気づいているだろう。今や()()()()()なのだ。綾取の想いを蔑ろにはしたくない。

 しかし、もしも精霊が()()己が家族に猛威を振るうかもしれない——綾取が精霊の手で目の前からいなくなってしまうかもしれないと考えると、折紙は止まれなかった。

 それが綾取の想いを無視してまでASTを続ける理由となっていた。

 確かに人から精霊を守りたいという気持ちはある。しかし折紙はそれ以上に——綾取を失いたくないという想いで一杯だった。

 もう家族を失いたくない。ただその一心で折紙はASTを続けているのだ。自分からやめることなどそうそう無いだろう。

 例えこの身がどうなろうと、大切な姉だけは何が何でも守り通す。そう折紙はとうの昔に決意したのだから……

 

 互いに想いあう二人。そんな二人が考えることは全く同じ。

 二人が願うのは……()の身の安全だった。

 

 

 

 

 

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 それから二人は朝食ませ、綾取は食器を片付け始める。

 折紙はこの間に出かける準備を手早く済ませ、最後に片付け中の綾取に声をかけるのであった。

 

 「姉さん。そろそろ向かうけど……無理してまで外出はしないで」

 

 「大丈夫だよー。最近はホントに調子がいいからね! ()()も起きてないし」

 

 「油断しては駄目。いつまた症状が出るとも限らない以上、本当なら今日も外出は控えてほしい」

 

 「むぅ……大丈夫だと思うんだけどなぁ。それに、今のうちにいろいろ知っておいた方が便利だと思うんだ」

 

 「……なら、外出する時は必ず”薬”を忘れないで」

 

 「それはもうバッチリだよ! これだけはいつも手放してないからねー」

 

 そう言った綾取は、首に紐でぶら下げている小ぶりの巾着を折紙に見せつけながら返答するのだった。

 

 

 

 もう察している者もいるだろう。綾取は”病”を患っている。

 彼女は昔からあまり体が丈夫な方ではなかった。とは言っても、そこまで問題視する程悪かったわけではない。せいぜい周りから気を使われる程度だった。

 

 それが何時を境にか、綾取の体調は悪化した。

 

 外出するだけの体力を失い、少し歩いただけでも呼吸がままならなくなってしまう。無理をすれば意識が途切れて倒れてしまう程に綾取の体は急速に弱まっていった。この16年の人生の半分はベッドの上で過ごしていたと言っても過言ではない。

 今でこそ人並みの生活を送れるぐらいには回復し、最近になって発作も少なくなってきた。しかしそれでもまだ完治には至っていないのだ。

 何せ、質が悪いことにその発作が起こる原因は未だに分かっていないのだから。

 症状がある程度回復した後に検査をした結果、体の何処にも悪いところが見つからなかった。それにも関わらず、今でも不定期に呼吸困難や体調不良に陥ってしまう。そんな原因不明の病を綾取は抱えていた。

 現状は医者が進めた薬で騙し騙し症状を抑えている。果たしてそれが効いているのかはわからないのだが服用しないよりはマシだろう。

 

 その症状が最近まで続いていたのだ。当然学校への登校もままならなくなった。それが先程から言っていた「とある理由」の正体だ。

 いつ発作が起こるか分からない以上、下手に学校へ登校するなど無謀すぎる。

 小学生の中学年辺りから体調が悪化し、中学校などそのほとんどがベッドの上での勉学。何とか高校に進学する事は出来たものの、時折体調が悪化する事でまともに行けた日など数えられるほどしかなかった。

 結果、登校日数が足りずに綾取は留年。今年入学してくる折紙と同じ高校一年生になってしまう。そんな不登校や途中早退が続いた綾取に、クラスメイトと友人になる機会が訪れなかったのは言うまでもない。

 

 小学校では引っ込み思案だったのもあり、親しい友人を作れなかった。

 中学校ではベッド生活が長引いた為、これもまた友人を作る機会など無かった。

 高校では作る機会が多少はあったのだろうが、狙ったかのように発作が起きてしまい結局できなかった。

 ……こう考えると、綾取はかなり運が悪いのが分かる。

 

 そんな綾取もようやくまともに登校する機会が訪れた。

 ここ数ヶ月は症状も現れず、無理に動かなければ発作が現れなくなった事を医師が確認した事で高校に通う事を許されたのだ。

 一先ずは一年程高校に登校してみて、酷い発作が起きない限りはそのまま学校生活を送ってみる事になった。勿論体育などの激しい運動をするものは免除してもらう前提でだが、それでもようやくまともに学校へ行ける事に綾取は歓喜した。不安はあるが、それ以上に心が躍ったのだ。

 そんな嬉しそうな綾取を見た折紙が、表情の変化が乏しいながらも嬉しそうに微笑んでいたことは語るまい。

 

 

 

 そして現在。ここ数日は積極的に外出し、自身の限界を試していた。結果としては、走るなどと言った激しい運動さえ控えれば日常生活に支障をきたすことはないだろう。

 今日も体調に気を付けながら外出する予定だ。これで何事も無ければ明日からの学校生活も無事に送れるだろうと考えている。

 果たして綾取は、問題無く今日を送れるのであろうか……

 

 

 

 

 

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 折紙がASTのある天宮駐屯地へと出かけてしばらく経った。

 現時刻は午前11時。食器を片付けた後に洗濯や掃除などの家事を無理のない程度にゆっくりこなし終えた綾取は、少し休憩を挟んだ後に部屋を後にするのであった。

 

 「まずは……お昼ご飯食べてからでいいかな? そろそろ小腹が空いてきた頃合いだし」

 

 今は自身の住まうマンションから少し離れ、もう少しで商店街まで辿り着くといったところの道中だ。住宅街である為に、周りは民家が立ち並んでいる。そのどれもが新築みたいで綺麗だった。

 それもその筈、ここ天宮市は30年程前の空間震により焦土と化した後に再開発された街なのだ。あらゆる新技術を用いて開発されて来たこの街は、日本全国から見て技術が進んでいる方だろう。その為、新しく新設された施設や住居などがあちらこちらにあるのだ。今通っているこの道もまだまだ新設されてから真新しい。

 

 「やっぱり……昔と比べると結構様変わりしたよね」

 

 観光気分で周囲を見て回る綾取。現在は昼時であり、外出している者もちらほら見受けられる。……その中において、男性に限る話ではあるが横を通りすぎる者達のほとんどが綾取へと視線を送っていた。

 何故視線を向けるのか? それはおそらく……綾取のルックスに釘付けになっているからだろう。

 

 綾取は入院生活が長かったのもあり、肌は白く日焼けの跡など一切無かった。

 穢れを感じさせない純白の長いサラサラな髪に、水の様に透き通った青い瞳。表情も柔らかく、時折見せる微笑みが実に魅力的だ。

 胸部は平均より小さいものの、それによって体が引き締まっているように見える。くびれもあり、一言でまとめればスタイルが良い。

 そんなアイドルにも引けを取らない美少女が街中を歩いていれば注目されても可笑しな話ではなかった。——ただし、長い入院生活のせいで常識に少し疎くなってしまった綾取には、それに気づくだけの知識が無かったのだが。

 

 

 

 

 

 そんな綾取でも流石にわかる事はある。

 例えば——「視界の先で綾取に向かって歩み寄ってくる下卑た笑いを浮かべた不良風の男達が、これからどういった行動をするか」など。

 

 (これは……不味い……の、かな?)

 

 商店街に入る直前、綾取は前方に見えたコンビニに立ち寄ろうとした。少し喉が渇いたこともあって、コンビニでジュースを買おうと思ったのだ。……それがいけなかったのだろう。

 コンビニの前で明らかにガラの悪い男性数名が入り口の脇に集まっていたのだ。普通に考えて、そんな者達と関わったところでいいことはないだろう。寧ろ関わり合いたくなどない。

 まだ距離もあったので、綾取はすぐさまその場から立ち去ろうとした。

 しかし、綾取が踵を返したところで一瞬だけ目が合ってしまった。そこから不良風の男達の態度は一変し、先程までの気怠げな雰囲気から玩具を見つけたとでも言わんばかりの態度に変わったのだ。

 そんな男達が何を考えているのかがなんとなくわかってしまった綾取は、この状況をどうしようかと考え始める。

 今から全力疾走をすれば逃げられはするだろう。距離もあるし、不良風の男達も近づいて来てはいるもののその足取りは非常にゆっくりだ。その為。少し道に疎いのが不安に残るも逃げられないことはない筈だ。

 しかし、それにはあるリスクが伴った。

 

 (走ったら発作が……)

 

 発作の事を考えると、綾取は激しい動きをするわけにはいかなかった。

 いつまた発作が起きるとも知れない状況で無理に走ってしまえばどうなるかわからない。せっかく明日からようやくまともに学校に行けると言うのに……もし発作が起きてしまえばベッドの上に逆戻りだろう。

 

 (……っ、それでも逃げないと!)

 

 背に腹は代えられなかった。このまま彼等と接触してしまえば碌な目に合わない、下手をすれば発作以上に酷い目に合うかもしれない。

 だから綾取は走り始めた。後に控える発作の不安を振り払って……

 

 

 

 

 

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 結果から言うのであれば、なんとか男達を撒く事が出来た。

 素早く近くの路地へと入り、覚えが無い故にまるで迷路ではないかと疑いたくなる道を必死に走り抜けた。

 勿論男達も綾取が走り出したのを確認するなり、すぐさまその後を追い掛け始めていた。しかし、ある程度離れたところで綾取は逃げる先を変えたことで撒くことに成功する。

 

 

 綾取は——未だ開発の進んでいない森林地帯に足を踏み入れたのだ。

 

 

 他の街と比べて技術が進んでいるとはいえ、その天宮市全域を開発し尽した訳ではない。未だに手を付けていない土地が点々とある状況だった。

 約30年もの間に育った木々が、未開発の土地をさながら森林へと変えていた。開発が進んでいる中心部でも、未だに木々に覆われたエリアは存在する。そこに綾取は足を踏み入れ、男達を撒こうと考えたのだ。

 その時には既に息も荒く、掠れた呼吸を繰り返していた。それでも綾取は足を止めることをやめなかった。少なくとも、後ろで騒ぎ立てる男達の声が聞こえなくなるまでは無我夢中で逃げ回っていたのだろう。

 そしてようやく男達を撒いたと確信を持てた頃に、綾取は歩みを止めるのだった。

 綾取は安堵に気を緩め、荒い呼吸を整えようと近くの木に寄りかかりながら腰を下ろす。地べたに座るなどと気にしている余裕はない。疲労困憊の綾取には立ってることすら困難だった。

 徐々に息を整える綾取。死ぬほど疲れてはいるが、どうやら運よく発作は起きなかったようだ。そればかりが救いだろう。

 そしてようやく呼吸が落ち着き一安心した綾取は、その場を立ち上がりつつ今後からはもう少し周りに気を付けようと深く反省するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そこで恐れていた事態に陥る事になる。

 

 

  ——ドクンッ!

 

 

 (——っ!? な……なん、で……っ)

 

 呼吸も落ち着き、疲れてはいるもののいつもぐらいの調子に戻ったと思った矢先——発作が綾取を襲った。

 まるで心臓を握りつぶされるかのような痛みに苦悶の声を漏らし、肺に空気を取り込むのが困難になり始めた。

 突発的に起きたソレは、綾取にとって予想外のことだった。

 

 (さっきまで、なんとも……なかった、のに。なんで急に……っ)

 

 先程呼吸が荒かったときに発症しなかったので油断していた。まさか呼吸が落ち着いた後に発症するとは思わなかったのだろう。現に綾取はかなり困惑し、同時に焦燥していた。

 今までに何度も味わった苦痛は綾取から体の自由を奪っていく。それによって綾取は膝から崩れ落ちるかの様に再び座り込んでしまった。

 苦しさに胸を抑える綾取の表情からは余裕が消え、必死の形相で薬に手を伸ばそうとする。しかし、苦しさのせいか薬を巾着から上手く出せないでいる。

 

 非常に不味い。男達を撒くとはいえ、こんな人気の無いところに来てしまっては助けも呼べない。

 

 綾取は今になって後悔する。この絶望的な状況に焦りで思考がまとまらない。もう一歩も動く気力がわかず、発作の弊害によって声も出せない今、綾取に出来る事など人が来るまで必死に耐え続ける事しかない。

 しかし、もしかしたら人がこの場を通るかもしれないなどと言う都合の良い希望など現実に訪れるようなものではない。

 周囲は風に揺すられる木々のざわめきしか聞こえない。おそらく森の奥深くまで迷い込んでしまったのだろう。街の謙遜もほとんど聞こえなかった。このような事態を引き起こしてしまった綾取は、自身の考えなしの行動に後悔する。

 

 苦しい。声が出せない。目が霞んできた。何も考えられない——時間が経つにつれて事態はどんどん悪い方向へと傾いて行く。しかし綾取にはどうすることも出来なかった。

 

 ようやくまともな学生生活が始まると思っていたのに、折紙と一緒の時間が増えると思っていたのに……

 

 綾取は発作に苦しみながら、目尻に浮かべていた涙を流す。

 訪れる筈だった幸福な未来。それが今失われようとしている。

 

 

 ——誰か——

 

 

 せめて心だけは諦めないよう綾取は必死に祈る。祈ることしか、出来なかった……

 

 

 

 

 

 ——誰か、助けて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——大丈夫か!?」

 

 綾取の意識が途絶えそうになった時、まるで見計らっていたのではないかと言うタイミングでその声が森に響く。しかしそれは、この人気のない場所において唯一の希望だった。

 何故こんな場所にいるかはわからない。もしかしたら先程まで追いかけられていた男達の一人なのかもしれない。普通ならこの場に居合わせた声の主に不信感を抱くものだが、今やそんな事を考えている余裕は無かった。

 そして体から力が抜けて前のめりに倒れそうになった綾取を、その誰とも知らない人物——声からして男性に支えられるのだった。

 

 

 この瞬間……綾取の心に不思議な感情が沸いた。

 

 

 (なんでだろう……よく、分からないけど……なんだか安心する)

 

 

 それは安堵。彼に体を支えられた事で、先程まで酷く焦燥していた筈の心がほぐれていったのだ。

 何故かはわからない。でも安心する事は事実であり、綾取の心は徐々に安らいでいった。先ほどまで綾取を激しく襲っていた発作が()()()()()()()()ことさえ気づけない程に。

 その安堵に包まれた綾取は次第に意識が遠退いて行く。このままでは眠りに落ちてしまうだろう。先程までなら必死に抗っていたが、もう大丈夫だと感じたからか、綾取はそれを受け入れた。

 そして綾取はこの安らぎを感じつつ、静かに眠りに落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 これが綾取と彼の出会い。——否、再会であった。

 しかし、それが再会だったことを知るのはまだまだ先のこと。

 

 綾取と彼——『五河(いつか) 士道(しどう)』の()()()()()()が、綾取達にとって大切な物であることを知るのは……まだ先のことなのだ。

 

 




いろいろ伏線を張っておりますが、回収されるのはまだまだ先でしょう
とりあえず今回は出会いの場面です。まぁきちんとした出会いではないのですが

士道君視点も今後書いて行く予定ですので、士道君がどんな心持ちなのかも書いて行く予定です
他の作品も書いているので不定期となりますが、気長に待って頂けると助かります

それではまた次回に
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