あらすじ通りなるべく短めで終わらせますが、延びたらごめんなさい。
サブタイトルに深い意味はありません。
勢いよくたたきつける海水によって、意識を取り戻した。顔――――海面で倒れ伏した身体の半分以上が海水に沈んでいる。足の艤装を使って何とか起き上がろうと力を入れると、腕や足から甲高い金属音が鳴り始める。
その金属音を我慢して何とか立ち上がり、音の正体に目を向けた。
吸い込まれるようなほど黒く染まる水面とその上を荒々しく横切る白波、そして両腕には黒い生き物のような砲身――――その半ばには大きな弾痕が穿たれ、そこから吐瀉物の吐き出される黒煙が視界を塞いでくる。次に脚だ。そこには両腕の砲身と同じように弾痕から黒煙を吐き出して甲高い金属音――――今にも壊れそうな悲鳴を上げる黒い艤装。
自身――――重巡リ級の大破した姿である。
次に、リ級は真上を見る。そこには大破した自分や黒く冷たい海を照らし出すまん丸とした月。強すぎる光故に目くらましに使える太陽と違い、月はぼんやりとした優しい光で自分たちを照らしていた。
否、その優しすぎる光はココ――――戦場では、ただ己の位置を相手に知らせるだけ。目くらましにも使えず、ただ自身や対峙する相手を照らし出すだけ。
月は戦場に於いて、誰にでも平等に味方になると同時に敵にもなる。そんな存在だ。
そんな思考は、リ級の鼓膜を突き刺す甲高い悲鳴と轟音によって引き裂かれた。
轟音と同時に真横から突風が彼女の顔を叩き、先ほどよりも一回り大きな白波が襲い掛かってきた。頭から勢いよく海水を被ったために水が肺に入り込み、リ級は口を押えて激しく咳き込む。しかし、それすらも不意に飛んできた生暖かい液体によって無意識のうちに途切れた。
鼻を刺す様な金属臭、そして額から顎へと滴る生暖かい液体。それを拭ってみると、粘度をもつ真っ赤な液体が手を染めていた。
それを見て、リ級は先ほど悲鳴の上がった方を見る。そこには片腕一本で胸の辺りを押さて蹲り、限界まで開かれた口から絶叫を上げる人型の生き物と、その前に立って腰の辺りにある艤装から延びる巨大な砲身を蹲る生き物の頭に向ける人。
前者は、青白い皮膚をあの液体で赤く染め、押さえる胸には胸一杯に広がる黒い弾痕とそこから迸る赤い液体、黒煙を上げその原型を留めてない艤装。後者は、へそを出した胴着のようなノースリーブに黒の手袋、へその下に菊の御紋をあしらった仰々しいベルトにミニスカート、そして黒煙も上げながらも主の意思に従って前者に砲身を向ける艤装。
今にも轟沈しそうな前者――――――戦艦ル級と、それを撃沈させようとしている後者―――――艦娘だった。そして、目の前で悲鳴を上げる深海棲艦を無表情で見つめていた艦娘の口が、微かに動いた。
『さらば』
艦娘がそう言ったのかは分からない。何故なら、鼓膜を突き破りそうな轟音と共に彼女の砲身が火を噴き、同時にル級の上半身が吹き飛んだからだ。
再び突風が顔を叩き、トポン、と言う何か質量の大きいモノが水に落ちる音が遠くや近くに限らず無数に聞こえる。割と近くに落ちたせいか、水しぶきがリ級の顔にかかる。しかし、その水は一向に下に落ちる気配はなく、ネットリとした温かみを残しながらゆっくりと頬を伝った。
水ではない赤い液体――――――ル級の血だ。
リ級は視線を感じた。顔を上げると、先ほどル級を沈めた艦娘がこちらを見ている。その視線は鋭く、明らかな殺意が込められていた。その視線を受けて、リ級は自身の艤装に目を向ける。
両腕の砲身はひしゃげていて砲撃出来ない、無理に砲撃しようとすれば砲身内で暴発して自滅まっしぐら。逃げるにも足の艤装は立っているだけで悲鳴を上げている状態、艦娘から逃げ切れる速度が出るわけでもないし、出そうとすれば辛うじて残っている浮力すら失われて自沈してしまうのは必至。
今、自分には『撃沈』、もしくは『自沈』の選択肢しか残されていないのだ。
しかし、不思議と絶望も恐怖もしなかった。一矢報いたいとも思わないし、これから自身を沈めるであろう艦娘を憎む気持ちもない。ただ、胸中が穏やかなわけでもない。
むしろリ級の胸中にあったのは、これから沈むことを『望んでいる』かのような高揚感であった。
「敵艦隊旗艦、戦艦ル級を撃沈。これより、鎮守府に帰投する」
そんな胸中の中、耳に入って来た言葉。それを聞いた瞬間、胸中にあった気分は一瞬にして消え去り、同時に今まで抱いたことのないような憤怒が腹の奥から噴出した。
「―――――――――!!」
リ級は千切れんばかりに喉を震わせて叫ぶ。しかし、口から出たのは息を吐き出す微かな音のみ。その音は、こちらに背を向けるあの艦娘には届かない。
次に彼女は両腕で水面を力任せに叩いた。勢いよく叩き付けた腕に激痛が走り、思わず顔をしかめる。だが、激痛の代償は鈍く大きな音とそれによって立ち上がった水柱と波紋を生み出し、艦娘をこちらに振り向かせた。
艦娘の顔が見えると、リ級は勢いよく噴き出した憎悪と憤怒を惜しげもなく向けた。目を裂けんばかりに見開き、血が出るほど食い縛った歯を惜しげもなく見せながら、自身が表せる最大限の怒りを表情でぶつける。
それを見た艦娘は一瞬目を開いて一歩下がった。それほどまでに恐ろしい剣幕だったのか、とリ級が思った瞬間、艦娘は表情を一転させる。
何処か悲壮や哀愁が漂う、まるで救えないモノを見るかのような目を向けてきたのだ。その唇は固く結ばれ、微かに震えていた。
その瞬間、再びリ級の憤怒が爆発したのは言うまでもない。
「―――――――!!」
リ級は再び喉を震わせて叫ぶ。今度は腕をあらん限り振り回して自身の感情を表現し、それを艦娘にぶつける。しかし、彼女は今の表情を崩さないまま、再び前を向いて進みだしてしまう。
何度も腕や脚を海面に振り下ろし、あらん限りの音を立てる。艤装の破片を引っこ抜いて海面に叩き付け、彼女目掛けて投げつけた。それでもこちらを振り向かない艦娘にボロボロで青痣が浮かぶ手を伸ばす。同時にフルスロットルで進もうとした。
しかし、立っていることでやっとの艤装がついていけるはずはなく、ボンと言う音と共に進まなくなって前方に体重をかけていたリ級は前のめりに海面に倒れてしまう。
倒れると同時に海面に手をつくも、艤装のついていない手の平では浮力は働かずにそのまま海面に吸い込まれてしまう。すぐさま足の艤装で海中に沈みながらも体勢を立て直して海面に立ち上がった。
再び視線を上げた時には、すでに艦娘の姿は何処にもない。リ級を置いて、撤退してしまったのだ。
リ級はその光景を前にするも、何故か先ほどの憤怒は湧いてこなかった。
代わりに現れたのは溜め息。そして身体中から抜ける力と、重油で満たされた様な重圧が彼女の頭にのしかかる。そして、唐突に現れた一言。
『生き残ってしまった』―――――そんな言葉が頭に過った。
何故いきなりそんな言葉が過ったのか、リ級自身も分からない。無意識のうちに零れた、まさにそれだった。
しかし、その思考は脚に打ち付けた白波によって終了する。リ級が空を見上げると、満月は既に傾き始めており、東の空はうっすらと白くなっている。『夜戦』の時間は終わり、艦娘たちは既に引き上げていた。
他の仲間は既に海の藻屑と消えており、後に残るは腕や脚の艤装を大破させたリ級のみ。
リ級はここから元来た場所まではどのくらいかかるのかを考えた。そして、艤装の破損具合からして、帰れる可能性は0に等しいと判断した。それはつまり『死』を意味している。さきほど『生き残ってしまった』と言葉が浮かんだ彼女からすれば願ってもない状況だ。
しかし、どうしてかリ級の胸中でその感情は高ぶらなかった。あの時、艦娘に視線を投げかけられた時に現れたあの感情が浮かんでこないのだ。その理由は分からない。しかし、彼女には一つ分かったことがあった。
自分は、その『死に方』を望んでいないのだ。
いつしか、リ級は自身の意識と反して海上をゆっくりと進んでいた。方角的に、元来た場所へ向かっている。無事に帰れる保証もないのに、ただ黙々とそこに向けて艤装を動かしていた。艤装は悲鳴を上げている。それを無視して、リ級は海上を進んでいく。
海上を進んでいくと艤装から聞こえた悲鳴は既に絶え、代わりに破壊音がリ級の鼓膜を叩いた。更に頭にのしかかってくる重圧が段々その重みを増してくる。それは意識を手放すには十分な重さだったが、何故かリ級は意識を手放すことはなく、歯を食いしばりながら黙々と進む。
望まない『死に方』を、彼女は受け入れられなかったのだ。
そんな中、突如リ級は横腹に衝撃を受けた。それは彼女の身体を吹き飛ばすには十分であり、彼女は海面に何度も叩き付けられるように勢いよく転がった。
やがてその勢いも止まり、海面に倒れ込んだリ級はただ重力に従って海中に沈んでいく。先ほど、望まない死に方を受け入れなかった彼女であったが、今はそれに抗うだけの力ですら残されていなかったのだ。
彼女は水に浸かった口や鼻から流れ込む海水に意識を侵されながら、自身のこれまでを振り返ってみた。
深海から誕生したリ級は、そこの頂点に立つ戦艦棲姫と呼ばれる存在の言葉に従って、幾多の戦闘を経験した。その中で多くの仲間を失い、そして数人の敵を沈めた。
沈めた敵の顔は覚えていない。だが、その仲間から向けられた顔はよく覚えている。言葉――――と言うよりも罵声と言った方が正しい。
『殺してやる』、『沈めてやる』、『死ね』、『沈め』等々。
何故かこれだけは覚えている。失った仲間の顔よりも、だ。おかしな話だ、とリ級は思った。
そして、今現在沈みゆくリ級。その胸中には何の感情もなかった。ただ、自身が沈みゆくのだ、と言う実感しかなかった。憎しみも喜びも怒りも悲しみも、なにもない。生きると言う気持ちすらない。
まるで海に生気を吸われているかのようだ――――自身の状況から、リ級の頭にそんな言葉が浮かんできた。それを最後に、リ級は意識を手放した。
意識を手放す直前、リ級は何者かに腕を掴まれるのを感じたが、リ級はそれすらも意識と共に手放した。