青天の霹靂   作:ぬえぬえ

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お待たせしました。


遥雷

「だーかーらーぁ!!」

 

「イヤダッ!!」

 

 いつもの居間に二つの怒鳴り声が響く。それと同時にドタドタと言う足音と共に部屋が揺れ、ちゃぶ台の上にあった消しゴムが振動によって畳に落ちる。次の瞬間、青白く細い華奢な足がその擦れ擦れを踏みしめる。その勢いでリモコンがコロリと転がり、先ほど青白い足が踏みしめた畳の所で止まる。

 

 同時に、その上に黒い影が掛かった。

 

 

 

 

「痛ってぇ!?」

 

 

 突如、飛び出した悲鳴。同時に今までの足音が止み、次の瞬間、ドシン、と言う大きな音と今までにない震動、そして蛙が潰れるような呻き声が聞こえた。

 

 

 

 暫し、居間は沈黙に包まれる。

 

 

「プッ、ッハハハハハ!!」

 

 

 しかし、それは小さく噴き出す音と共に続いた笑い声によって破られた。

 

 

 

「お前……」

 

 

 忌々し気な声を上げるのは、畳の上で大の字に倒れる男。彼はその言葉と共に深く皺を刻んだしかめっ面で、目の前で腹を抱えて笑う青白い肌の少女―――――リ級を見上げる。

 

 

 当のリ級は一しきり笑うと、涙目のまま男を見下ろした。見上げる男と見下ろすリ級の視線が重なる。

 

 

「プッ」

 

「おい」

 

 

 またもや噴き出したリ級に、男は怒り半分呆れ半分と言う複雑な表情を向ける。その声に何度かリ級は男に目を向けるも、その度に小さく吹き出して顔を背けてしまう。その様子に変なスイッチが入ったのか、男の顔が含みのある笑みに変わった。

 

 

「お前、留守番な」

 

「ァ!?」

 

 少し棒読みで零れた男の言葉に、そんな呻き声と共に血相を変えたリ級が男に詰め寄る。そしてそのまま不機嫌そうに頬膨らませた顔で男の顔をガシッと掴んだ。

 

 

「ナンデ!!」

 

「はほほふはふはひはひひはひ!!(顔を掴むな痛い痛い!!)」

 

 

 本気で掴みかかるリ級の力に男は思わず声高く悲鳴を上げると、それに驚いたリ級はすぐに手を離した。男は開放された頬を摩りながら上体を起こし、涙を浮かべた目をリ級に向ける。当のリ級は突然悲鳴を上げた男を心配そうに見つめるも、ふと男と目が合うと頬を膨らましてそっぽを向いた。

 

 

 

 まるで、『お前が悪い』とでも言いたげに。

 

 

「……ホントに連れて行かねぇぞ」

 

 

 ボソリと漏れた男の言葉。それを聞いたリ級は勢いよく身を翻して男の方を向き直り、顔の代わりに男の上着を掴んだ。その顔には先ほどの不満顔はなく、『ハ』の字の眉、潤ませた目、口角の下がった口許、と言う救いを求めるような、捨てられた子犬のような表情であった。

 

 

 それを見た男の動きが一瞬止まる。それに畳みかけるように、男の上着を掴むリ級の手に力が籠った。それを感じた男はリ級の両手を手に取り、己の両手でやさしく包み込む。そして、リ級にニコッと笑みを向けた。

 

 

「そんなに行きたいか?」

 

 

 男の言葉に、リ級は何度も頭を振る。その表情は先ほどの救いを求めるモノではなく、目論見が当たったとでも言いたげな『ほくそ笑み』に変わっていた。しかし、それは次の瞬間、男に両手首を掴まれたことで脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

「なら、コレを穿かないとなぁ?」

 

 

 その言葉と共に、男は怪しい笑みを浮かべながら片手で傍に落ちていたコレ――――使い古された短パンを引き寄せリ級に突き付ける。突き付けられたリ級はすぐさま先ほどの救いを待つ表情を浮かべて項垂れた。

 

 

 

 

「……チッ」

 

 

「バッチリ聞こえてるからな」

 

 

 聞こえないだろうとタカを括ったリ級の舌打ちを、男は聞き逃さずにあまつさえ丁寧に突っ込む。その言葉にリ級はすぐに顔を上げ、そのまま上体を逸らして両腕を頭の後ろで組んだ。その顔は、悪巧みがバレた子供のように頬を膨らませている。その表情に、男は呆れたように溜め息を吐いてジト目を向けた。

 

 

 

 

 

「お前が行きたいって言い出したんだろ? ()

 

 

 男の言葉にリ級は一瞬気まずそうな顔を浮かべるも、すぐに表情を戻してそっぽを向いてしまう。その姿に男は更に深いため息を吐いて、無言のままジト目をリ級に向けた。その視線にリ級は額に汗を浮かべながら視線を逸らし続ける。

 

 そんな、重くもなく軽くもない微妙な空気がしばらくの間流れる事となり、それはのどに刺さった小骨のようにチクチクとリ級の神経を逆撫でていくこととなる。

 

 

 

 

 何故、このような状況になっているか。その理由は、未だに発音が不明慮ながらも頑張って出したであろうリ級の一言であった。

 

 

 『ソト、イク』

 

 

 今朝、朝食を食べ終えたリ級が男に向かってそう言い放った。一瞬、面を喰らった男であったが、すぐに表情を曇らせた。要するに、『外出したい』と言っているのだ。だが、男にはそれを容認できない事柄が一つだけある。

 

 

 それは今まさに男の目の前で顔を背けるリ級の姿そのものだ。

 

 

 ズボンもTシャツもなく、唯一着ているパーカーは胸元からへそに掛けてザックリと開いているためにもはやその意味を成していない。パーカーの下から覗く青白い太ももやへそ、そして胸部を覆う申し訳程度に残された黒い下着みたいな装甲のみ。半裸と言える範囲かも怪しい、そんな恰好なのである。

 

 

 もし、今の姿で外に出歩こうものなら、即憲兵殿に捕まってしまう。リ級を連れている男が、だ。勿論、人に見つからなければいいし、別に見つかってもリ級自身がそうしたいから好きにさせていたと言えば言い訳はたつ。だが、男にとってはそれ以前の問題である。

 

 

 要は、見た目歳はかといかない少女を半裸状態で出歩かせることを、男が容認出来ないからだ。

 

 

 そのため、男は再び『リ級に服を着せよう作戦』を敢行。外に出るにはこれを着ろとTシャツとズボンを手にリ級に迫り、リ級はあの圧迫感から逃れるために居間を、いや家中を舞台とした人間深海棲艦関係なしのガチ鬼ごっこが展開されることとなる。まぁ、傍から見れば、深海棲艦の身体能力で圧倒するリ級に息も絶え絶えで男が追い縋る光景にしか見えないだろうが。

 

 そして、居間を逃げ回っていた際にリ級が起こした震動で消しゴムが転がり、それを男が踏ん付けて悲鳴と共に倒れ、現在に至るわけだ。

 

 

 因みに、『息を荒くしながら服を手に半裸の少女を追い掛け回している』こと自体、即逮捕モノであることを男は気付いていない。

 

 

 

「どうだ?」

 

 

 未だにそっぽを向くリ級に、男はそう言いながら上体を起こす。対してリ級は、その言葉に一瞬チラリと男を見るも、すぐさま視線を逸らすだけであった。その姿に、男はリ級から視線を玄関へと移す。そこには、この家にあるにはふさわしくないほど、近代的なデザインの釣り竿が置いてある。

 

 

 

 

「なるほど、今日も(・・・)家の中が良いってわけだな」

 

 

 

 ふと、思いついたように、そしてリ級に聞こえるように男が呟いた。その言葉に、リ級はバッと顔を男に向ける。しかし、それと同時に男は近くのシャツを掴み、手にある短パンと共にリ級に突き付けた。

 

 

「外行きたいんなら、分かってるな?」

 

 

 いきなり服を突きつけられたことにより面を喰らうリ級に、男は怪しげな笑みを浮かべてそう言う。その言葉にリ級は声こそ出さなかったもののその顔に様々な感情を浮かべ、やがて嫌そうな表情で止まった。

 

 

 

 

「……キル」

 

 

 そう一言。嫌悪感を隠さずにリ級は溢すと、男の手からひったくるように衣類を受け取る。その様子に、男は驚きながらもその表情を和らげた。その顔を見てか見ないでかリ級はすぐさま顔を背け、いそいそと着替えを始める。

 

 

 

「待て、パーカーの上からシャツを着るな。先ず、パーカーを脱ぎなさい」

 

 

「ヤー」

 

 

 半眼でリ級の着替えを止め、すぐさまリ級の身体からパーカーを引っぺがしにかかる男。そして、それにさらに眉を潜めてそう零すも、特に抵抗することなくされるがままのリ級。

 

 

 

 

 今、声高に叫ぼう。憲兵さんコイツです。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「さて、準備は出来たな……それ破いたら留守番だからな。舌打ちもだぞ?」

 

 

 二人が立っているのは玄関。そこで、いつもの恰好に加えて肩に釣り竿と黒いバンド、腰にクーラーボックスと手ぬぐい、そして頭に大きな麦わら帽子を被った男が、隣でモゾモゾしているリ級に囁いた。

 

 囁かれたリ級――――――白いシャツにいつものパーカー、そして膝までの短パンを穿き、頭には男と同じような麦わら帽子を被る彼女は今まさに男に言われたことをしようとし、且つ全てが防がれてしまったことに憤りを感じながらそっぽを向く。

 

 

 傍から見れば、思春期の娘を無理やり誘って休日に釣りに行く親子のようにも見えるだろう。まぁ、その通り彼らはこれから釣りに行くのだが。

 

 

「それじゃ、行くか」

 

 

 男は尚をそっぽを向いているリ級に苦笑いを向けながら、玄関の戸を開ける。そっぽを向いていたリ級であったが、散々渇望した外の景色が現れたことによって、目を輝かせた。

 

 

 

「ソト!!」

 

 

「おい、走るな!!」

 

 

 そう叫んで走り出すリ級に男は声をかけるも、久しぶりに見た外の世界に目を奪われているリ級には聞こえない。目の前ではしゃぎ回るリ級に男は何回も声をかけるも、やがてため息と共に苦笑いを浮かべるだけになった。

 

 

 

 ふと、散々はしゃぎ回っていたリ級の目にあるモノが映った時、その動きが止まる。

 

 

 

 それは、他の場所とは不自然なほど膨れ上がった地面と、その上に刺さる薄い木の板。それが直線を描くように何個も並んでいるのだ。板に何か文字が書かれているが、字を読めないリ級には何のことだかサッパリだった。

 

 

 

「それか」

 

 

 ふと、リ級の頭上から男の声が聞こえる。いつの間にかリ級の後ろに立っていた男は、不思議そうに見上げてくるリ級の肩に手を置き、膝を折って彼女と同じ目線になる。

 

 

 

「これはな? 今まで俺たちが食べてきた魚や動物の骨や野菜の皮や根っこ、俺たちが『奪ってきた命』を埋めているんだ」

 

 

 

 『奪ってきた命』――――その言葉に、リ級は男の顔から自身の腹部に目をやり、そして手を置いた。

 

 

 

「俺たち……と言っても、お前にとっては最近の話か。ともかく、俺たちは『生きる』ために『命を奪わない』といけない。このサイクルはどうしようもないし、それを辞めてしまえば俺が『死ぬ』、だから俺は命を『奪い続ける』しかない。だけど、奪われた命は自分からそうなるよう望んだわけでもないし、逆に『奪われる』ために『生きている』存在だってある。そんな理不尽な世の中で、俺は幸運にも『命』を奪う側に立っている。だから、その『奪ってしまった命』全てに少しでも報いるために、こうして埋葬してるんだ」

 

 

 何処か、誰かに言い聞かせるような男の言葉。それに、リ級の脳裏にはあの日――――自分以外の深海棲艦が沈められた日が蘇った。

 

 

 あの時、リ級は確かに『沈む』ことを望んだ。それは『死』を、『命を奪われる』ことを望んだのだ。理由は分からない。そして、その後に海を彷徨っていた時、そして男を初めて見た時、今度は逆に『死』を、『命を奪われる』ことを拒否し、恐れを抱いた。これまた、理由は分からない。

 

 

 更に、リ級はその時に目の前で沈められた戦艦ル級の姿が浮かび上がった。

 

 

 艤装の殆どを破壊され、片腕を失い、胸に大きな穴を穿たれ、息を吐くことに真っ赤な血を吐き出し、口から頬へ、そして顔全体に纏わり付く自らの血糊に見向きもしないで、ただ金切り声を上げる。そんなル級は心底恨めしそうな顔で、目で、自らに砲門を向ける艦娘を睨み付ける。そこには、『憎しみ』と言う感情しかない。 

 

 

 しかし、その感情はたちどころに消えてしまった。それは艦娘の砲門が火を噴き、ル級の上半身を消し飛ばしたからではない。その直前、艦娘が『さらば』と言葉を零した瞬間だ。その瞬間、ル級の表情から『憎しみ』は消えていた。

 

 

 代わりにあったのは『満足』そうな微笑み。『恐怖』でも、『悲壮』でも。『絶望』でも『嫌悪』でも『戦慄』でも『焦燥』でもない、ただ『満足』そうな微笑みだ。それを自らが沈む、『死』の直前に浮かべたのだ。その理由を、リ級が分かる筈もない。

 

 

 『死』と願いながら、『死』を拒んだ。自らの身に起こった、『命』の喪失に対する、『死』の受諾に関する矛盾。そして、それと同じ矛盾を抱えて、もがくこともせず静かに『死』を受け入れたル級。もし、立場が変わっていたら、リ級も同じ様に受け入れたのだろうか。また、ル級もリ級と同じように矛盾を抱えたのだろうか。

 

 

 

 今となっては、その答えを見つけることは不可能だ。

 

 

 

 

 

「ついでだ、お前も拝んどけ」

 

 

 時が止まったように固まるリ級の横で、男はそう言いながら顔の前で手を合わせて目を瞑る。その姿に、リ級は不思議そうに見て、そして同じように手を合わせて目を瞑った。

 

 

 暫し、その場は風が木々を揺らす音、そして遠くの方から聞こえる波の音しか聞こえなくなる。

 

 

 やがて、「よし」と言う声と共に立ち上がった男は手を合わせたまま固まっているリ級の手を掴み、ゆっくりと歩き出す。その間、リ級は呆けた顔のままであったが、ふと何か思いついたように顔を男に向けた。

 

 

「『拝ム』?」

 

 

「ん? 奪った命に、『感謝』や『謝罪』をする時にする作法みたいなモンだ。ほら、飯の時に『いただきます』と『ごちそうさま』って教えたろ? あれと同じさ」

 

 

 リ級の問いに、男は前を向いたままそう言う。それを最後に、男は黙り込んでしまった。リ級自身も、頭に浮かぶ疑問の答えを探すのに必死でそれ以上の追及することは無い。

 

 

 しかし、一瞬だけ。リ級の問いに男が答えている時、一瞬だけリ級は男を見た。

 

 

 その時、男の顔に浮かんでいたのは、何処か遠くを見つめるような『悲痛』な表情だ。

 

 

 

 

 

「さて、着いたぞ」

 

 

 そんな何処か重い空気は、男の一言で破られた。その言葉と共に、リ級の鼻に懐かしき磯の香りが。彼女が顔を上げると、その視界ははるか遠くまで広がる青々とした大海原で一杯になった。

 

 

 

「ウミ!!」

 

 

 今まで抱えていた疑問は何処へやら、リ級はそう叫んで脱兎の如く駆け出す。その姿を、男は特に止めもせずに苦笑いを浮かべながらその後を追った。

 

 

 リ級たちがやってきたのは、小さな入り江。海と陸との境は小さな砂浜とちょっとした崖に分かれており、砂浜では貝類を採ったり崖で魚を釣ることが出来る穴場ポイントでもある。リ級はその一つである小さな砂浜に向かった。

 

 

 砂浜に踏み入れるリ級の足に、地面と違うふんわりとした砂の感触が。更にリ級が歩を進めると、その感触は徐々に湿り気を帯びてくる。それがリ級の気分をどんどん高揚させ、その歩調が速くなる。

 

 

 

「ワッ!?」

 

 

 しかし、それは同時に波打ち際、そしてその先まで踏み込んでいることを示し、視界の外から勢いよく迫ってきた波にリ級はすっとんきょな声を上げてその場で尻餅をついた。そのため、リ級の短パンはずっしょりと濡れてしまう。

 

 

 

 

 

「ヤー……」

 

 

 短パンが濡れたことで加わる重みと布が肌に張り付く気持ち悪さに、リ級の高揚したテンションは一気に底辺まで下がる。元々短パンの圧迫感に辟易していたリ級にとってそれらのコンボは非常に耐え難く、彼女は思わず短パンを脱ぎ捨てようとしたが、つい先ほど男に言われた言葉を思い出し何とか留まった。

 

 

 

「馬鹿だなぁ」

 

 

 そんなリ級の背後から、呆れた様な男の声が聞こえる。彼女が振り返ると、口もとを隠しながら近づいてくる男が。その身体は小刻みに震えており、時折噴き出しているのを見るに、リ級の姿がツボにハマったのだろうか。その姿に、嫌悪感に塗れていたリ級の表情が悪戯っぽい笑みに変わる。

 

 

 

 

 

「ヤッ!」

 

 

 リ級はそう言いながら近くの砂浜から少量の湿った砂を掬い、男目掛けて投げつける。リ級が投げつけた砂は男に命中することはなく、その顔擦れ擦れを横切った。しかし、男のバランスを崩すには十分であった。

 

 

「うぉ!?」

 

 

 そう言って、男はリ級と同じように浜辺に尻餅をつく。そして、計ったかのように波が押し寄せた。結果、男もリ級と同じような表情になる。

 

 

 

「キャハハハ!!」

 

 

 その姿に今度はリ級が笑い声を上げる。しかも、男のように笑いを隠そうともせず、尚且つ腹を抱えて。笑い続けるリ級に、男は眉をヒクヒクさせつつも溜め息を溢すのみで特に何も言わずに立ち上がる。

 

 

 

 

「……とでも思ったか!」 

 

 

「イッ!?」

 

 

 そう言って男が近くの砂をリ級に投げつける。それはリ級に当たらなかったが、リ級の闘争心を刺激するには事足り、彼女はまたもや砂を投げつけ素早く立ち上がると海へと走り出した。その姿に、男も笑みを浮かべて担いでいた道具を放り出し、リ級の後を追って海へと走る。

 

 

 足首まで水に浸かる場所まで進んだリ級はクルリと向きを変え、同時に足を後ろに大きく振り上げた。次の瞬間、振り下ろされた足によって盛大に舞い上がった海水は男の頭目掛けて降りかかる。それを男は頭から被りながら同時に足を使って水面を蹴り上げて、リ級目掛けて水しぶきを上げる。リ級は足を振り下ろした反動ですぐに動けず、その水しぶきを諸に喰らってしまう。

 

 

 

 ほんの一瞬、沈黙が流れた。やがて、それは顔を拭い終わった二人が視線を合わせ、そして口を開いたことによって破られる。

 

 

 

「ヤッタナァ!」

 

 

「そっちこそ!!」

 

 

 髪や頬、服の端々から水を滴らせ、二人はそう言いながら笑みを浮かべる。そしてそれは、鬼ごっこに続く人間と深海棲艦による壮絶な水かけ合戦の火蓋が切られたことを表していた。

 

 

 その後、本来ならゆったりとした波と木々の触れ合う音のみが聞こえる小さな入り江には、そんな雰囲気をことごとくぶち壊す二人の掛け声、叫び声、呻き声が幾重にも響き渡った。

 

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