女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
キャラデザの大元が決まって、これで手に職がついたという感じなのだが、俺はここでリタイアした。理由としてはあの3人のしのぎ合いに立ち入る隙がないからだ。アイデアが決定してしまった以上、俺に出来るのは傍観するのみ。ダークファンタジーなら俺の独擅場になるのだが、子供向けというのは厳しいだろう。
「ということで次のコンペには出ません」
「そっか…」
はじめさんと葉月さんには「涼風と望月とゆん先輩の誰かが適任だと思うので」ということで次のコンペの辞退の旨を伝えた。はじめさんは残念そうにしていたが、葉月さんは分かっていたように肩を竦めた。
「分かった。じゃあそのようにしとくよ」
特に追及されることなくその場を立ち去る。俺が余程の負けず嫌いさんであれば、今頃下で涼風達と同じくキャラデザの構築に勤しんでいるのだろうが、俺はそうしない。出来ないと言った方が正しいのだろうか。特別な力を持たない凡人は隅っこの方で才能あるべき者達を見守るべきなのだ。そうこれからの時代を作るのは老人ではないのだ。……まぁ俺もまだ20歳だけど。けど、今はまだその時ではない。そう自分に言い聞かせながらマッ缶を口に入れる。
「そういや昨年は八神さんに焼肉奢らされたな…」
なんとなく思い出したその出来事と共に頬をそっと撫でる。あれも既に遠い昔のようで最近のことだったんだなと感慨深い気持ちに陥る。正月以降忙しいのか、国際電話だからお金がかかるのが嫌なのか連絡を取ってくることはなかった。メールもなく、付き合ってるわけじゃないからこんなものかとスマホを閉じると背後の扉が開かれる音がした。
「あ」
振り返ってみれば目が合った望月が思いもよらなかったという声を出す。
「……」
言葉は続くことなく、無言のまま望月は俺から数メートル離れたところにあるベンチに腰掛ける。そして黒い缶コーヒーの中身を口に入れる。共に同じ空間にいるだけで会話は生まれず、昼休みの時間が終わる間際までそれが続くかと思われたが、停滞した空気を打ち壊すように望月は口を開いた。
「あの、八幡さんは次のコンペ出ないんですか?」
「あぁ」
答えずとも当日になれば分かることなので答えた。嘘をつく必要性も感じなかったし。
「…八幡さんは前のコンペで誰の絵が1番……いえ、社内で誰の絵が1番好きですか?」
急になんだその質問。しかし、それは考えたこと無かったなと顎に手を置いてみる。なるほどこうすると確かに考えが整理しやすい気がするな。そんなことを思いながら、社内の人たちの絵を思い浮かべる。
涼風のは入社当初よりは柔和でキャラの表情表現が上手くなったように思う。だから、ヒロインキャラやショタを描かせると輝くのではないだろうか。
ゆん先輩はパンクというかワイルドでダークといった感じだろうか。それ故にモンスターなどの絵はあの人の方が圧倒的に上手いと思う。
ひふみ先輩は動物好きもあってか、獣人やマスコットキャラクターなどの動物モチーフよキャラに関してはピカイチだと思う。
そして、望月だが星川に色々と伝授されたのか『絵』単体の良さでは涼風にも勝らずとも劣らない。キャラデザも専門学校で培ってきた努力と技術がある。
けど、今まで述べた人達は俺にはないものを持っている。が、同時に彼女らは俺が持っているものを持っていない。それは当たり前の事なのだ。だが、その当たり前を崩してくるのが今は会社を離れている八神さんであろう。
「そうだな」
望月は普通に俺の真摯な答えを期待している。だから、ここで八神さんだと言っても「ですよね」と素直に受け取るだろう。負けず嫌いだからといってすぐに憧れの人に勝てるとは思っていない。リアリスト気質の望月はそれ自体に怒りはしない。時間がかかってでも八神さんのようになりたい。八神さんを超えたい。そう思うだろう。だったら、俺が出してやるのは。
「……キャラコンペ、望月のが通ったら焼肉奢ってやるよ」
「へ?」
八神さんが通過した地点を用意してやる。それくらいだろう。尤も、俺が奢らされた時点で八神さんの実力は社内トップクラスだったが、それくらいは後輩ということで匙を引いてやろう。
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「今回は前回上位3名の飯島さん、涼風さん、望月さんの3人の決戦ということにさせていただきました。よろしくお願いします!」
第2回キャラコンペは再びはじめさん司会のもと開催された。
「それではまず飯島ゆんさん。お願いします」
それぞれの思惑を胸に今回のコンペは始まる。トップバッターに選ばれたのは3人の中でも最年長のゆん先輩で、呼ばれた彼女は1度深呼吸すると「はい…!」と力強く返事をした。
前に出てスクリーンの隣に立つと、画面にゆん先輩がデザインしたキャラ達が現れる。アメリカのストリート街にいそうな悪ガキ風の子供たちにルンバのような体躯に頭にプロペラ、下に手が生えたロボットのようなものが目を引く。
「基本的なデザインの方向性は前回と同じです。ご指摘の少し高かった対象年齢を下げるために頭身を低くし可愛くしてみました」
「なるほど、横のドローンっぽいのは?」
「はっきり外野キャラだとわかるようにするためにこうなってます。使い魔的な動物でもいいかもしれないですね」
自分の持ち味のデザインは変えずに前回の反省点を活かしてリビルドしてきたゆん先輩は流石と言わざるを得ない。なにより、はじめさんの要望を的確にまとめている。あれははじめさんとの付き合いが長く、共に信頼し合っているからこそ出来る芸当で涼風や望月にはないアドバンテージだ。
「ありがとうございます。こちらの指示を的確に消化して前回よりとても良くなっていると思います」
ろくろを回すことなく進行していく会議。強いて言うならはじめさんが少し固いところだろうか。それは葉月さんも指摘しており「可愛い子だらけのチームなんだ、明るく元気にしないと〜」と間の伸びた声で言う。
「次は望月紅葉さん。よろしくお願いします」
「はい」
葉月さんの言葉を軽くスルーして、進行に戻る。望月は涼風の方を一瞥すると、微笑みを向けられてたじろいだ様子を見せる。次に鳴海、そして俺を見ると彼女はスクリーン前へと立った。
「私は…涼風さんと同じ方向性ですがその中でよりアクション性の強い装備で描いてみました」
映し出されたキャラは前回ボツにされたロボットの意匠を感じせるような篭手やアイアンソールを身につけている。が、それも邪魔にならないようにあくまで超次元ドッジボールをするために取り付けられている。そして、キャラ自体は望月の言う通り涼風の絵の雰囲気に酷似してるが、星川を知る者ならどちらかと言うと彼女寄りな気がする。
「望月さんも上手いからしっかり様になってますね」
「ひとついいかい?」
笑顔を綻ばせて頷くはじめさんに対し、葉月さんは疑問を浮かべながら望月に質問を投げかける。
「涼風くんと同じ方向性ということはなにか突出したものがない限りは信用と実績のある涼風くんが選ばれてしまう…ということは分かっているよね?」
「……きっと悔しいと思います。それでも…ダメでも納得できるなら私はそれで満足です」
葉月さんの言うことは尤もだ。しかし望月はそれでもこの絵で挑んだ。それは彼女の信念であり、超えるべき相手を超えるための通過儀礼なのかもしれない。
「これが…私の絵です」
八神さんへの憧れ。同じ人に憧れた涼風への敬意。2人を超えるために星川のところで学んだ技術。さらに夢を後押ししてくれる鳴海の存在が望月紅葉をより強く逞しくした。彼女の成長はあの絵と言葉に如実に現れている。
「思い出すなぁ…」
「え?」
少し離れたところでポツリと呟いたゆん先輩に涼風は顔を向けた。俺も何を思い出したのかとゆん先輩の言葉に耳を傾けた。
「前回のコンペの時の青葉ちゃんを見てるようや。あそこまでギラギラしてへんかったけど、それでも気持ちは同じな気がする」
「……私はあの時の八神さんやゆんさんの気持ちが少し分かる気がします。後輩の前ではカッコよくしないとって。カッコよかったですよ?ゆんさん」
「ありがとう…青葉ちゃんも頑張ってな」
「はい」
穏やかにも温かな会話を盗み聞きしてる間に望月のプレゼンは終わっており、遂に涼風の出番を迎えた。涼風が前に出て望月とすれ違う間際、望月は立ち止まった。
「私は…全力を出しました。どうなっても悔いはないです」
「うん、見せてもらったよ紅葉ちゃんの全力。私のことも…見てて」
女の子同士の会話でもあんなに熱くなるのかと、アタックNo.1を思い返してると涼風の描いたキャラクター達が画面に現れる。『5-2』と書かれたワッペンが付けられた体操服に他の2人よりも頭身が低く描かれた愛らしいキャラは涼風らしさを取り戻したと言える。装飾品も子供らしくグローブと専用の靴だけにとどめている。
「私も…改めて自分の絵柄で挑戦してみました。PECOを通して培ってきた私の得意な可愛いで推してみました。これが私の大好きです」
涼風のプレゼンはそこで終わり、お辞儀をすると拍手が起こった。残るは選考となり、遠山さんが立ち上がらないのを見るあたり、ここで決めてしまうようだ。
「何か言うことは無いのかい?」
「いえ…文句なくとてもいいデザインです。どれもみんな良かったです。だから…迷ってます」
「そうだね…どれが選ばれても不思議ではないと思う。篠田くんの選択で決定していいかな二人とも」
葉月さんの問いかけに大和さんと遠山さんが首肯する。しばしの沈黙、プレゼンを行った3人は当たり前として見守る全員にも緊張が走る
「……まず最初に」
3人のキャラデザを何度も、何度も見返して遂にはじめさんは口を開いた。
「ごめん、ゆん…」
重苦しく本当に申し訳ないという思いを滲ませた一言は、はじめさんの真後ろにいたゆん先輩に届き、その表情はどこか晴れやかなものだった。
「…涼風さんと望月さんのどちらかで選びたいと思います。ただ…このどちらも……優劣をつけづらく…それなら選ぶべき選択肢は決まっているのかもしれません…でも…私の正直な気持ちは…」
長く綴られた言葉に全員が意識を向ける。決して誰の方も向かず、自分と対話するように言葉を紡いだはじめさんは意を決したように顔を上げた。
「望月さんの絵が…好きだなと思いました」
名前を呼ばれた望月は喜びと信じられないという感情を混ぜ合わせながらパクパクと口を開き、呼ばれなかった涼風は肩を落とすと同時に望月へと微笑んだ。
「おめでとう紅葉ちゃん」
こうしてキャラコンペは望月紅葉のものが選ばれて終了した。今後のことはまた後日連絡すると遠山さんの締めくくりがあり一旦解散となった。いろんな人が今回のキャラコンペの感想を口々にしながらそれぞれ足を進めたり、その場にとどまって立ち話をしたりしている。
「あの…正直信じられないです…負けたと思っていたので…いいんでしょうか」
「ううん、これが結果だよ」
「私だけでは…描けていませんでした…」
そう言うと望月は頭を下げながら涼風に「ありがとう…ございました」と言葉を伝えた。それに涼風は静かに微笑むと駆け寄ってきた鳴海や桜達と談笑を始めた。俺はそれを見届けるように去ると会議室前から離れた廊下で座り込むはじめさんに寄り添うゆん先輩が見えた。これは邪魔しない方がいいかと迂回した。
こうしてそれぞれの成長と、小さな蟠りの解消と、新たな物語を紡ぐために列車は動き出した。
焼肉回はまた後日。