女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
人を好きになるってのはどういうことなんだろうか。20歳になった今でもその答えを出せずにいる。食べ物やゲーム、漫画の好き嫌いは簡単なのに何故か人だけはどうにも答えが出ない。
世の中には一目惚れという言葉があるが知れば知るほどそのピンクレンズは崩れていく。
結局、可愛いやカッコイイという容姿だけでは人は人を好きになれないし、それに人柄や文化、知識、仕草などが付与されていって最終的な到達点に至っても「この人といたい」と思えたならそれは好きではなく愛なのだろう。
けれども、比企谷八幡はそれを知らない。誰かを手放したくない。抱きしめたい。癒したい。笑顔にしたい。愛したくて愛されたい。そんな感情を持ち合わせたことは無い。
妹に対する愛はある。だがそれは妹だからだ。家族愛と呼ばれるもっと別のもの。崩したくても崩れないし、切りたくても切れない身体の中で繋がった縁がある故のモノ。妹だから、助けるし、悩んでたら話を聞く。でも、その愛する妹でさえ煩わしく感じることもある。
だからきっと、人は分かり合えない。それでも、分かり合いたい。気持ちを共有したいというあるかもわからず、存在も不確かなそれを求めるのは間違っているのだろうか。だが、俺は思うのだ。そうしたいと思える相手が本当に好きな相手なのではないかと。
「……で、誰が好きなの?」
聞こえないふりをしてやり過ごそうとした俺に星川は大きな瞳を細めて再度問いかけてくる。それに俺は一瞥すると、その際に涼風や桜、望月に鳴海の瞳も俺に注がれているのが視界に入った。
「さぁ…特にそういうのは」
事実、俺が好きと明確に思った相手はいない。涼風に向けるのは同期としての親愛かもしれないが、同期という括りを抜けばただの同僚にすぎない。桜は俺が適当な態度をとっても近づいてくる積極性とはいかないが親しみやすさがあるのかもしれない。望月と鳴海は同い年ではあるが後輩という立ち位置だから1歩引きつつも親身に接しようという気持ちはある。
でも、それだけだ。星川の言うような「好き」という感情ではない。好きか嫌いかで聞かれたら好きと答えるかもしれない。それも「LIKE」という意味でだ。好ましいだけで愛してるとか一緒にいたいみたいな異性関係に至りという気持ちではない。
「そうなんだ」
俺の言葉に星川は深くは追及はして来なかった。酔ってるが故にからかい半分での質問だったのだろう。それを証拠に今度は桜に同じような質問を振りかけた。
「えっ、私!?」
ぎょっと目を見開いた桜に星川は興味ありげに頷いた。
「ねねっちも大人なんだし、好きな人の1人や2人出来たでしょ」
「そ、そんなにいないよ!」
「じゃあ、1人はいるんだぁ〜」
「うっ…!」
自ら墓穴を掘った桜に星川は上機嫌そうに微笑んだ。涼風もそれに便乗して桜を弄るのではと思いきや、彼女は何故か俺を見つめていた。
「どうした」
そんなに見つめられたら気になっちゃう!
もしかするとまた酔いに任せた人格否定が始まるのではと危惧したのだが、水を飲んで幾分か落ち着いてるだろう涼風に俺は首を捻った。
「…ひふみ先輩は?ひふみ先輩のこと好きじゃないの?」
「は?」
唐突に出てきたその名前に俺は意図せずに間の抜けた声を出す。
「だってさ、八幡さ、ひふみ先輩のこといつも可愛い、可愛いって言うし」
え、そんなに言ってたっけ? 思ってもあまり口に出さないようにしてるんだが、アレかな? つい口に出ちゃったのを聞かれたのだろうか。
「そんなに言ってる?」
「まぁ…」
「割と?」
「というか目線でわかるよ」
鳴海と望月は僅かに首を傾げて同意し、桜に至ってはスパッと言いきられてしまった。えぇ…そんなに言ってないにょ…? と、かわいこぶってみるが心の中では意味が無いですね。
「まぁ、ひふみ先輩の可愛さは先輩としての可愛さというか、ほんわかしてて見てるこっちが癒される可愛さ……ほら、子供の頃のぬいぐるみみたいな」
子供の頃のぬいぐるみに癒しなど感じなかったが女の子にならこんなニュアンスで通じるだろうと口に出してみる。
「けど、八幡、ひふみ先輩と話してる時よく鼻の下伸ばしてるし、多分そういう愛くるしさを感じてるわけじゃないと思うよ」
「伸ばしてねぇよ」
伸ばしてないよね…? そんな盛った下劣な陽キャ男子大学生みたいな態度を俺が取るわけないじゃん。というか、俺の男子大学生に対する意見ってかなり辛辣だな。まぁ、一気飲みとかヤリサーとかのイメージが強いから故なんだろう。そうだ、涼風が俺がひふみ先輩に対して鼻の下を伸ばすくらいに好意を持ってると思われるのも俺への変なイメージが先行してるからだ。きっとそうに違いない。
「鼻の下は伸ばしてないですけど、ひふみ先輩と話した後、上機嫌ですよね」
「あーたしかに」
頑張って弁解の余地を探ろうとしてる矢先に鳴海が思い出したように呟くと桜も何か思い至ることがあったのか頷く。それに星川が「そうなの?」と尋ねると2人は頷く。
「ほら、やっぱり」
「ねぇここはいつから俺を糾弾する会になったの?」
ただでさえ女の子ばかりで肩身が狭いのに益々狭くなってるんだけど。大丈夫? 俺の座布団まだある?
「てか、俺がひふみ先輩を可愛いと思おうと勝手だろ」
実際可愛いんだし。髪も綺麗で肌もレイヤーだからか知らないけどツヤとハリがあるし、自信なさげなサファイアみたいな色の瞳とか最高だろ。
「そうだけどさ…」
「というか、八幡先輩って好きなタイプとか居ないんですか?」
「俺を養ってくれる人」
「それタイプじゃなくないですか…」
呆れるような声を出す鳴海に俺は胸を張り続ける。多分、今からでも俺を家で引き取ってくれる人がいたら退社する覚悟はある。けど、引き止められる際に遠山さんに脅されたりしたら考える間もなく居残る自信はある。
「…けど、それだと私のところとかいいんじゃないですか?」
「ん?」
どういうことかと「なるっち?」「ツバメちゃん?」という声を無視してその続きを促す。
「ほら、私の家って旅館じゃないですか。専業主夫になりたいんだったら、父と一緒に厨房にいれば大丈夫なんじゃないですか?」
「あー、まぁ、確かに?」
養ってほしいが何もしないでずっと家にいるのはアレだから専業主夫希望なんだが、鳴海の提案はアリかもしれない。鳴海の親父さんの料理を間近で見れて教えて貰えるってことだろ? しかも、味見やら廃棄があればタダ飯にありつける。
「…でも、それってなるのお母さんたちと一緒に暮らすんでしょ? 」
「え? うん、そうなるかな」
「…許してくれるの?」
望月の指摘に鳴海は「うっ」と顔を顰める。
「いや、けど私の代わりに跡継ぎが出来るかもしれないわけだし…」
「えっ、八幡さんに婿入りさせるの?」
「へっ?………えっ!??」
まぁ、さっきの流れだと俺が鳴海旅館を継ぐ流れだよな。でも、ただの従業員が跡を継ぐってのも変な話だと思うんだが、法的な問題はなかった気がするし…。
「わ、わた、私と八幡先輩が……!? へっ!?……そ、そんにゃ……」
よく分からないが顔を真っ赤にして頬を押さえてる鳴海に望月が水と称して新たな日本酒を勧めてるが見なかったことにしよう。
「それならウチなんてどうです? ウチは牧場ですから私有地は広いですし、両親も兄もガミガミした人じゃないですし」
「牧場だと人手がいるから駆り出されるんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ。ちょっと牛の乳を絞って畑を耕すだけですから」
「ちょっとってどれくらい?」
「兄と一緒だとまずは30頭と2ヘクタールですかね」
うん、ちょっとって量じゃないね!しかも、それに牛の出産とか寒暖対策とかも合わせると結構労力かかるよね!
「それに今なら私の乳も……あ、今のナシで」
「お、おう」
なんだよそれ。いや、そう言われたからって何もしないけどね。それで採用しちゃうと俺が望月の胸しか見てないみたいになるから。あと、人手が欲しいからってそういう自分の身を売るやり方は感心しません!
「すみません、ちょっと酔いすぎたみたいです」
「…じゃあ水でも飲んでろ」
どうしてくれるんだよこの空気。いつの間にか俺を糾弾する会から離脱してるのはいいけども、これはこれで結構キツイな。何がきついって後輩に働き口を紹介されてることが。
「というか、容姿的なところでないの?こういうのが好きみたいなの」
「戸塚」
「だれそれ」
なんだと!?戸塚をご存知でない!?
星川は終身刑だな…。あの可愛さを知らないなんて。
「八幡の同級生で」
「すっごく可愛い男の子だよ!」
「へぇーそう……え? 男?」
そうなんだよなぁ…男なんだよなぁ。残念ながら。どうして神はこんなに俺に試練を与えるのだろうか。乗り越えようにも性別の壁と社会的視点に邪魔されるからな。とりあえず戸塚と外国に行く算段でもつけておくか。
「そういえば、ほたるんと似てるよね」
「あ、確かに!」
「えっ?」
「クリーム色っぽい綺麗な髪に」
「キメ細やかな白い肌に」
「大きくて輝く瞳に」
「華奢で小柄な身体とか」
涼風と桜が口々に言うと星川は「えっ?えっ?えっ…?」と当惑して、頬を抑える。
「ということは八幡君の好みは私…?」
「どうしてそうなった」
星川の異次元的理解力に自然と言葉が出てしまった。
「でも、戸塚君と外見的特徴が一致してるんでしょ?」
「性格が違う」
「あ、そっか……」
素直に真実を叩きつけてやった。戸塚以外が戸塚になれるわけないだろ。戸塚以外戸塚じゃないんだよ。当たり前だけどな。だから、星川は戸塚にはなれない。
「でも、チャンスはあるよね!」
「何が」
「好みの人と同じ特徴を持ってるんでしょ? じゃあ、八幡君が好きになれるように振る舞えばいいんだよね?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
それだと星川のアイデンティティが消失するからよくないと思うんだが。それに、俺にわざわざ好きになってもらう必要も無いだろう。ということで星川の虚言は却下。やっぱり、星川に酒は危険なのだろう。これからは酒ありの食事に星川がいたら行くのはやめよう。そうしよう。
「まぁ、ほたるんの言ってることが分からないのはたまにあるから」
「大変だな」
「まぁ、そこ含めて親友だし」
親友……か。もしかすると、これも愛の1つの形なのかもしれないなと思う。涼風達だけでなく、望月と鳴海、八神さんと遠山さん、はじめさんとゆん先輩のように困ってたら駆けつけて、助けて、話を聞いて、共に笑い合う。家族ではないが、家族のような、もしくはそれ以上になれるかもしれない関係。そこに愛が生じないはずはない。
きっと彼女達はこれから仲を深める中ですれ違うことがあるだろう。けど、そこで躓かずに1歩1歩進んでいくのだろう。
「そうだよ〜〜!私たち親友だよ〜〜〜!!」
「うわっ、ちょっと!キスしないでっ!!」
「じゃあ、私も〜〜〜!!!」
「うわぁぁぁっっっ!!!?」
再び酔いの回った涼風から熱いパトスを受け取り、さらに星川からも逆の頬に口付けされ桜は目を白黒させる。けれど、驚きはしても嫌がる仕草はなく、どこか嬉しそうにしている。そういう気質があるのか、あるいは……。そこは本人でさえ分からないことなのかもしれない。
友情にせよ恋愛にせよ、知り合いや友達のままだったら楽しかったのに真剣に好きになればなるほど、つらいことや傷つくことは多くなる。
それでも、やっぱり人はいつの時代でも恋愛をするのだ。だから、俺もきっと真剣に好きになって辛くなって傷つくことがあっても、誰かを愛おしいと思える日が来るのだろうか。そんな分かりもしないことを考えながら氷の溶けきったグラスの中身を喉に流し込んだ。
シリアスは死んだ!もういない!けど、俺の胸に!灯火となって生き続ける!
まぁ、最初はシリアスムード全開にしようとしてたんですけど手が勝手に動いてシリアスムードから「逃げるんだよ〜〜!!!」してました。
後書き(その2)
書こうが書かまいがお気に入りは減るんですね。思い出しました。でも、感想とか評価コメントいただけて嬉しかったです。ハーレムじゃなかったり個別ルートがなかったりするのは申し訳ありませんが、近未来ハッピーエンド的な終わり方を目指せればなと。終わり方も誰かとくっついて終わるとかじゃなく、他の終わり方もあると思うので最善最高の終わり方を描きながら模索していきたいです。
まぁ、読者全員が納得する終わり方なんてどんな偉大な作家でも難しいというか不可能に近い事なんですけど、ひとまずは自分が満足出来る終わり方になればなと思います。ではでは。