女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている   作:通りすがりの魔術師

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これは鎮魂歌ではない。帝王になる物語でも反逆でもない。
とある青年の日常の1ページである。


序曲は緩やかに奏でられる。

毎度の如く、イベントが終わればやってくるのはいつもの日常であり、今日も今日とてアリのようにせっせと働くばかりである。聞いたところによると、アリという集団は全てのアリが働いているというわけではないらしい。働きアリと働かないアリの2種類に分かれるらしく、俺もできれば後者が良かったのだが、そうもいかないのが世の中の常。

どういうわけか働きたくないと願ってるやつほど働かされて働いてしまうのだ。

 

 

「じゃあ、シナリオの流れはこんな感じでいいでしょうか…」

 

 

「いや、俺に言われましても」

 

ドッジボールファイト(仮)はただのドッジボールゲームではなく、ストーリーモードなるものが存在する。初期プランでは主人公達がドッジボール部を作って全国大会を目指すというものである。それに沿ってシナリオ班のリーダーと構想を練っているのだが。

 

 

「けど、ここ。もう少し戦う理由を増やした方がいいと思う」

 

 

「そこは大会ですし、理由がなくても勝手に戦うんじゃ」

 

 

「ダメ。それじゃプレイヤーは盛り上がれない」

 

 

「…はじめさんに伝えときます」

 

 

「うん、よろしく…」

 

 

そう言うと向けていた身体をパソコンへと戻し、再び作業に戻った。

はじめさんに頼まれて仕方なくやっているハシゴ仕事だが、俺はあくまで連絡役。自らの意見を出してはいけない。出せるのはせいぜい折衷案。増やさなくてもいい仕事を増やすのは効率的ではない。それがユーザーを楽しませるためでも、長くなって難しくなればユーザーは飽きる前に嫌気がさしてやめてしまう。だから、今のままが1番いいと思うのだが決めるのは今回の企画のはじめさんなのだ。

はじめさんは毎日来てるわけではないし、来ていても会議やら本来のモーション班の仕事で動けないこともあるので、それを踏まえた上で俺がこうして社内のあらゆるチームに出向いてははじめさんの意向を伝えている。けれども、そこに俺はおらずはじめさんがいる日は本人が動くため、俺は彼女が不在の日のレポートを書いて終わりなのだ。

 

 

「なんで引き受けたんだろ…」

 

 

そりゃあの場の雰囲気では断れなかったが、考える余地はあったのだ。もう少し時間をくださいと言って決断を渋ることも出来ただろう。ひふみ先輩に頑張れとエールを送れられたからってそう簡単に安請け合いをする俺ではない。リスクリターンの計算に定評のある男だぞ俺は。ノーリターンで自分の本来の仕事が圧迫される危険性があるハイリスクじゃねぇか。

でも、引き受けてしまった以上はやるしかないのだ。

 

 

「ディレクター補佐」

 

 

「なんだい?」

 

 

今度は先程のシナリオライターの意見をはじめさんがいない時の代行者…企画リーダーディレクター補佐という官職についた女性に報告せにゃならん。俺の直接の上司ではないが、このポストに収まってる上に歳上で先輩なので役職名で呼ぶのが適切なのだ。決して名前を覚えていないわけではない。

 

 

「シナリオ班からの提案まとめといたんで目を通したらはじめさんのデスクにお願いします」

 

 

「…うん、了解」

 

 

受け取ってほんの僅かな間に上から下まで文章に目を通したディレクター補佐はバインダーを自分の机の脇に置く。これで俺の仕事は終わり。なわけあるかい。今から自分の仕事じゃい。

似合わないことをやっている自覚はあるが、俺が適任だと言われれば仕方の無い事なのだ。確かに意図しないところで他所の手伝いをしたりしてしまって、一方的に認知されてはいる。けれど、連絡役というだけなら誰にでも務まる仕事だ。きっと、涼風や望月でもそれは可能だろう。

だが、どうして俺なのか。答えは明確なのかもしれない。涼風と望月には彼女らにしか描けない評価された絵がある。ゆん先輩にはADとしての責任があり、ひふみ先輩には彼女らを影から支える役割がある。では、俺には何があるというのだろうか。

 

 

「どうしたの八幡?」

 

 

覗き込まれるようにして涼風が見ていることに、名前を呼ばれるまで気付かなかった俺は乾いたような声を上げる。

 

 

「大丈夫?」

 

 

「…いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をな」

 

 

大丈夫と聞かれるやつの大抵は大丈夫ではないのだが、俺は大丈夫だ。生きてるし、話せてるし、動くことが出来る。不安や絶望に苛まれて自分を押し殺されることはないし、自分という自覚が残っている。

だから、俺はまだ大丈夫なのだ。けれど、傍から見ればそうは映らないらしく気付けば周囲の視線が俺に集まっていた。

 

 

「大丈夫ですよ。ほら、この通り頼まれたキャラのモデリング出来ましたし。次はどいつをやればいいんだよ…休ませろよ…とか考えてたらちょっとぼうっとしてだけっすよ」

 

 

誤魔化すためか少し早口になり言わなくてもいい事まで言ってしまう。けれど、俺の減らず口を聞いて彼女達も「いつもの比企谷八幡」だと認識したのだろう。

 

 

「なんや休む暇なんてないで。はじめ次第ではまだ増えるかもしれんし」

 

 

「頑張りましょう、八幡さん」

 

 

ひふみ先輩はこの場にいないので彼女からのエールは受け取れないが、ゆん先輩と望月からの言葉に俺は頷きを返した。

 

 

「そっか…うん、まだこれからだし、頑張ろう!」

 

 

「あぁ、そうだな」

 

 

そうは答えだがやはり身に入る気はしなかった。そもそも俺と彼女達とでは期待値も実力も何もかも違うのだ。俺にゲームキャラクターというものに心血を注ぐという気は無いし、このゲームを必ず成功させようという気持ちもない。

 

 

 

だったら、俺はどうしてここにいるのだろう。

 

 

 

 

###

 

 

季節は夏が終わって秋に入ろうかという頃合い。この季節の3年生はAO入試や専門学校への合格組を抜けば受験勉強真っ最中であり、県内でも有数の進学校という評判の総武高校では専門学校に志願する人間は多くはなく、9月までの進路決定者はAO入試合格者を含めても3年生の1割程度であった。

大体が推薦入試希望者で、国立や私学の中でも偏差値の高い大学を希望する者は年明け後に控えたセンター試験に向けてペンを走らせていた。

 

当時の比企谷八幡もその1人で学費の安く、奨学金制度も充実している私立文系の大学へ入学するべく勉学に励んでいた。3年になり文化祭と体育祭を終えて、控えている学校行事が卒業式だけとなり何の懸念もなく参考書を捲りながら過去問を解いていく。

 

文化祭が終わった時点で奉仕部の活動は停止し、それぞれ自らの進路実現のために努力を重ねている。

雪ノ下雪乃は姉とは違う大学の文系を目指し、由比ヶ浜結衣は動物関係もしくは子供と触れ合えるような職に就きたいという願いをいつでも選択できるようにと彼女の偏差値よりも上の大学に合格するべく雪ノ下と共に勉学している。

 

 

「ぬぅ、八幡、何故に真田幸村は教科書に名前が出てこんのだ?」

 

 

「知らねぇよ。文部科学省に聞け」

 

 

一方、俺はというといつまで経っても自らを剣豪将軍と名乗る男と共に絶賛勉強中である。おかしいな、本当は戸塚がいるはずだったのになー。でも、戸塚はテニス部の同級生達と図書館で勉学するらしい。俺もあの時にテニス部に入っておくべきだったと後悔したが時既に遅し。

 

 

「聞けば坂本龍馬ももしかしたら消えるとの噂。なんとも時の流れとは残酷なものよ」

 

 

「まぁ、受験制度が変わるらしいし仕方ないんじゃねぇの」

 

 

どうやらマーク式を廃止して筆記になるらしいし。詳しいことはよくは知らないが多分小町が受験する時にはそうなってるだろうしその時小町か母ちゃんに聞けばいい。

 

 

「てか、お前理系だろ?なんで文系の俺と勉強してんの?」

 

 

「ふっふっふっ……愚問だな比企谷八幡!」

 

 

そんな仰々しくしなくていいから、もう簡潔に答えだけを言ってくれ。そうやって答えを渋っていいのはCM前のバラエティ番組だけだぞ。

 

 

「理系の勉強は家で嫌なくらいやっておる!だから、外では貴様も知っているであろう日本史をやっているのだ!分からないことがあれば教えて貰えるからな!」

 

 

「悪いが俺は世界史専攻だぞ」

 

 

「ぶへらっぁっ!?」

 

 

今の今まで知らなかったのかよ。てっきり知っててやってるんだと思ってたんだが。

 

 

「というか、大丈夫なのか? お前の狙ってるとこ結構上の方の大学なんだろ?」

 

 

「うむ……今の我の戦闘力では到底敵わない相手よ…しかし我は模試と過去問の度に強くなる!」

 

 

「お前は勉強民族かよ。じゃあ、前の模試の結果は?」

 

 

「待てしかして希望せよ! 今回はEだったが来月にはAに…!」

 

 

「絶望的じゃねぇか…」

 

 

まぁ、俺も材木座のことをあれこれ言える立場ではないのだが。滑り止めはなんとかBになってたが志望校がDというのはどうなんだろうか。滑り止めのランクをひとつ上げても良さそうだとは思うがそうすると実家から通えなくなるしなぁ…。

 

 

「時に八幡、奉仕部の方々とはどうなのだ?」

 

 

「なんだ藪から棒に」

 

 

どうなんだって言われてもな。たまに部室で勉強会したり紅茶を飲みながら茶菓子をつつくくらいだが。

そもそも奉仕部は俺たちの代で終わりなのだ。平塚先生が転勤して顧問のいなくなったあの部室は自然消滅するはずだった。それを平塚先生が俺達が卒業するまで残して欲しいと校長や教頭に頼み込んだおかげで今も時々、職員室から鍵を借りてはあの戸を開くことが出来ている。けどそれは平塚先生の力だけでなく雪ノ下の成績の良さも関与してると思われるが。

とりあえず、特にいつもと変わらないということを伝えると材木座は「ほむほむ」と腕を組んで頷く。

 

 

「…八幡は受験はいつ終わるのだ?」

 

 

「推薦に受かれば年内だが、多分無理だから2月、3月くらいじゃねぇの」

 

 

自分のことなのに適当なのはいつもの事である。しかしだ。

 

 

「それがどうした?」

 

 

尋ねると材木座はポチポチとスマホを操作し始める。そして、ある画面を俺に見せた。

 

 

「6月に我が依頼したことを覚えてはいるか?」

 

 

「確かイラストを描いてくれ、だっけっか」

 

 

成績評価に関わる期末前になんてことをさせるんだとキレかけた記憶があるが、終わってみれば呆気なかったように思う。けれど、それがどうしたというのだろう。

 

 

「実はだな、アレを八幡の意思に関係なくネットに上げてな」

 

 

「は?」

 

 

何を勝手にやってくれちゃってんの? 俺が腰を上げて拳を握っていたのを見て材木座は焦りながらこれ以上下がれないというのに後ずさりをするように身を引く。

 

 

「ち、違うのだ!本題はそこではない!」

 

 

これを見てくれと材木座から渡されたスマホを見る。映し出されたイラストは擬人化したカラスが自分の羽根と盗難品で作った巨大な鎌を持って夕焼け雲を見ながら電柱に佇むという絵は、俺が厨二病の時に使っていたノートの落書きを参考にイラストの勉強をしてから描き直したものだ。それを材木座がスキャンしてネットにあげたのだろう。本当に何やってくれてんのとマジで軽く殴ろうかと思ったら、右下の吹き出しマークのアイコンに多くの数字がついていた。クリックしてみるとそこにあったのは『神秘的だ』『かっこいい』『これ何のキャラクター? オリジナル?』などの様々なコメントがその絵には寄せられていた。

 

 

「ど、どうだ? 驚いただろう?」

 

 

あぁ、驚いて声が出ない。何故か自慢げな材木座の顔にどうも思わないくらいに今の俺の心は揺れていた。世の中そんなに甘くはないはずのに、短時間で少し勉強しただけの自分の描いた絵で誰かを喜ばせる快感。画面の向こうで知らない誰かが俺の絵を見て、賞賛を口にする。中には酷いものもあり、心を傷めると思いきや過去に俺が言われた罵倒に比べたら大したことは無かった。

一時の感情に身を任せて冷静な思考のできなかった俺はそのコメントの中にあったメッセージに心を踊らせてしまった。

その日から受験勉強と同じくイラストの方に力を入れてしまった。まだ受験まで日数があるからと自らを甘やかした。けどその過程で、イラスト投稿サイトで自分の絵をあげていく中で一通のメールが届いた。





過去編を書くにはちょうどいい話だったので唐突な過去編。
思えばここまで続くと思ってなかったら入社の理由を考えてなかった……。ので、昔書いたやつを参考に。

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