女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
春は出会いと別れの季節だという。さらには淡い恋の始まりだとか。
そんなことを考えて俺はこの場所に立っていた。借りているアパートから自転車を漕いで数分の距離に俺の勤めている会社はゲーム制作会社『イーグルジャンプ』
やはり、慣れというのは恐ろしくこの桜並木の道を通るのにも全く違和感がない。緑の葉をつけて蝉が慟哭していた夏、葉が色と共に落ちていった秋、葉を失くした木の枝が白い雪を乗せた冬。それらを俺は目にしてきたのだ。
しかし、俺は変わらない。変わっているところもあるかもしれないが、自覚がないことからそんなに変化してないのだろう。自転車も高校の時からの愛車。髪は少し切ったからさっぱりした感じだ。
この前まで雪が降っていたのが嘘のように街は変わっていても自分は変わってない。環境が変わることで自分が変わったと勘違いするヤツにはなりたくないからと思ってるからかもしれない。
だが、どうやら俺は変わらなきゃいけないらしい。俺が入社してから1年経ったということは先輩というのになるのが自然の摂理だからな。
「先輩の涼風青葉だよ。よろしくね。先輩の涼風……」
それは俺と同期の涼風も同じこと。周りに人がいないからか、会社の前で胸に手を当てて後輩への自己紹介を繰り返していた。
そういえば、俺は後輩にどんな自己紹介をしたのか……。あれ、したことない気がする。てか、あいつに俺の名前呼ばれたことあったけ……。
「比企谷くん、おはよう」
「あ、遠山さん。おはようございます。」
確か、去年も涼風を見つけて立ち止まってたら遠山さんと会ったんだよな。俺は何故か不審者と間違われたが。軽くトラウマになりそうなことだが、高校時代からよくあった事だから別に慣れている。
「どうしたの?立ち止まって」
「いえ、あそこで涼風が後輩への挨拶の練習してたの見て、俺も今日から先輩と思ってまして」
俺がそう言うと遠山さんは苦笑いを浮かべる。
「……今年は新入社員いないわよ」
その発言が未だに挨拶を繰り返していたやつの耳に届いたのか、涼風は勢いよく振り返りながら「えええええ!?」と口を大きく開けていた。
エレベーターに乗ってる時も顔を赤らめていた涼風を気遣ってか遠山さんも俺もあまり口を開かなかったが涼風がなんで後輩がいないんですかと尋ねる。
「ごめんね、大きな会社じゃないから新入社員の採用は不定期で」
「そうなんですね。去年は私とは…比企谷くんだけでしたし」
まぁ、俺らは抜けた穴を補う形というのを葉月さんから聞いたんだが。てか、涼風さん俺の名前間違えそうになってませんでした?
「うう…でも恥ずかしいところを見られてしまいました…」
そんなことより本人はさっきのアレが恥ずかしいらしく、顔を手で覆い隠す。
「誰にも言わないから気にしないで」
遠山さんは優しいな…。それに比べて涼風と来たら覆ってる指の間から俺をじっと睨みつける。
「なんだよ」
「言わないでね」
「言わねぇよ」
そんなこと言って何になるというのだ。いつも通りゆん先輩とはじめさんにからかわれて追い打ちで八神さんにも言われて終わりだろ。
「そうだ。なにか飲む?」
遠山さんにそう聞かれて涼風はではと口を開く。
「すみません、そしたら…コーヒーでお願いします。冷蔵庫に黄色いのがあると思うので」
「おい、それ俺のだろ」
去年はブラックって言ってたのになんで今年はイエローなんだよ。しかも、それ絶対俺がワンケース買って持ってきたやつだろ。自分で買えよ。
「えー、いーじゃん。あんなにあるんだから」
「ばっかお前。あれだけあってもよくわからんうちにすぐに無くなるんだよ」
「うーん、多分コウちゃんとかはじめちゃんが飲んでるからじゃないかしら」
おいおい、そんなに愛されてるの?あれ俺のだよ?人のマッ缶をなんだと思ってんだよ。でも、仕方ないか。だってマッ缶なんだもの。MAXコーヒーだけ取り扱ってる自販機がここにあれば一生仕事してられる自信あるわ。いや、ないです。
俺も同じものをと頼むと遠山さんは笑いながら給湯室へと向かう。さてと、パソコンの電源つけますか。うちのパソコンはスペックがいいのか立ち上がりが早い。しかし、うちのエース様は立ち上がりが遅いようだ。「う〜ん…」と日曜日の母親が出すような声をあげていた。
「八神さん泊まってたんですか?最近珍しいですね」
それが気になったのか、涼風は自席から立ち上がって様子を窺いに行く。ん?待てよ?八神さん泊まりということはズボン履かずに寝てるのでは?これはチャーンス!やはり、パンツか。俺も同行しよう。おい誰だよ、花京院呼んだやつ。
チラリとバレないように見るだけ見るだけ。あ、これ多分、修学旅行で女湯覗こうとする男子高校生と同じ心境だわ。待て待て待て。それでは俺が八神さんのパンツを見たい変態野郎みたいじゃないか。
俺は違う……そうだ、八神さんに聞きたいことがあるから聞きに行くんだ。
よし、覚悟はいいか!俺はできてーーーーー
「へぶちっ!!」
「な、なに、八神さんのパンツ見ようしてるの!八神さんも早くなにか履いてください!」
「えぇ!?あ、うん……八幡、大丈夫?」
トートバッグで思いっきり顔面を殴られて顔を抑えていると、八神さんにズボン履きながら心配される。そこにマッ缶を4本持ってきた遠山さんが首を傾げる。
「えっと、何があったの…?」
「比企谷くんが八神さんのパンツを見ようとしたんです!」
「違うわい!」
「そうなの?比企谷くん?」
「いや、俺は単に八神さんに聞きたいことがあっただけですよ」
ホント、ハチマンウソツカナイ。
その場は八神さんがなんとかしてくれたから俺は助かったが、最悪遠山さんに殺されたな…。
「おっはようございまーす!……ってあれ、八幡大丈夫?」
マッ缶を受け取ってデスクでげっそりしてると、今来たばかりのはじめさんにも心配されてしまった。
「もうそんな暗い顔してたらダメだよ!今日から先輩なんだから!テンパらないようにしないと!」
何言ってんだこの人。そんな目を向けても伝わらないのか見えてないのか。はじめさんは髪をかきあげてカッコつけるてクールな声を出す。
「先輩の篠田はじめだよ。よろしくね。…ん?ああ、はじめさんでいいよ……とかかな〜」
威厳もなにもねぇな。誰も来ませんよと言うべきだろうか。いや、面白そうだから黙ってよ。
「はじめさん、さっき見てました?」
「えっ、なにを?」
「ははは」
はじめさんと同じようなことをしていた涼風には精神的にくるものがあったらしく、紅潮させながらジト目ではじめさんを見つめていた。どういう意味かわからないはじめさんだが、知っている遠山さんはただ愛想笑いを浮かべるだけだ。
「おはようさん〜なんや新しい子が来るん?」
「おはよう。緊張しないようにしないとねって」
「あ、いや…」
ゆん先輩も何も知らないのかそんなことを言うと、はじめさんは挨拶を返し、涼風は真実を知ってる為慌てた感じだ。しかし、はじめさんや涼風と違ってゆん先輩は新入社員に思うところがあるらしい。
「人数的にキャラ班やとええけど…でもそれやとモーション班のはじめは席移動やろし…寂しくなるな〜」
「うそ!?」
もう誰か、新入社員いませんよって言ってやれよ。そう思ってると、またもや何も知らない一番新入社員というものに敏感な人がやってくる。
「あ…新しい部下……?悪い子だったら…ど、どどどど、どうしよう……!」
うわぁなにあの人。めちゃくちゃ可愛んだけど。もうこれは俺が優しく教えてあげるしかありませんね!と、ゆらりと立ち上がろうと足に力を入れると
「いやいや、今年はいないみたいですから!」
涼風にかっさらわれた。俺は怒りの矛先をどこに向けるべきか悩んだ挙句、マッ缶を飲み干す。
「なら、今年も青葉ちゃんと八幡は一番下の後輩やな〜」
「そうですね……でも1人じゃないですし、皆さんがいるので安心です!」
俺は男の後輩欲しかったなー。男1人は肩身が狭いわー。
「でも、高卒って珍しいでしょ?専門卒でも20歳だし…」
「歳上の後輩ってどうすれば…」
「別に歳上でも、立場上は俺らの方が先輩だろ」
「「「「「……」」」」」
俺がデスクでだらけながらそう言うと、全員が静かにこちらを見つめる。それが気になり体を起こさざるをおえない。
「……なんすか。そんなこっち見て」
すると、はじめさん、ゆん先輩、涼風、ひふみ先輩、遠山さんの順で口を開く。
「いや……」「生きてたんやなぁ……って」「うん、ずっと黙ってたし…」「ご、ごめんね!」「特に何も無いわ」
なんか先輩2人の反応がひどいし、実行犯が目逸らして言うし、ひふみ先輩に関しては全く悪くないんで謝らないでください。ところで遠山さんだけまださっきの事気にしてるのは気のせいですか?
「あれ?どしたのみんな集まって」
自分のブースから出てきた八神さんが聞くと、さっきの恐ろしい顔とは打って変わって遠山さんは笑顔を向ける。
「うん、みんなが新入社員が来るって思っててね」
「あーなるほどね…」
納得したように頷くと涼風を見てなにか気になることがあったのか「ん?」と涼風の頭に手を伸ばす。
「な、なんですか!?」
「頭に桜が乗ってたの」
動揺してる涼風に対して八神さんは桜の花びらをじっと優しく見るとある提案した。
「お花見行こっか」
長くなりそうだったので花見の話と切りました