女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
ヒューヒューと木枯らしが吹くこの季節。ホットなコーヒーが美味しく感じられて、かつ心も体も温めてくれる。ほんとコーヒーを温めるという発想に初めて着手した人間は天才ではないだろうか。
別にコーヒーに限らず、紅茶もハーブティーも寒い時期ならばホットにして飲むと普段と違う格別な味を得られる。まぁ、どっちもアイスは飲んだことないから比較したことはないが。
湯気が消えて温くなったコーヒーを啜りながら休憩スペースに向かう。昼飯を食べ終えたが、何か物足りないので冷蔵庫に何かないかなーと見に来てみれば机の上をじっと見つめてため息を吐くはじめさんとその様子を伺うゆんさんと涼風の後ろ姿が目に入った。
「な?ここ数日ずっとあーやねん」
「恋...ですかね」
「んなアホな」
何か思いつめる姿はそうも見えなく無いが、そういうことならわりとすぐにゆんさんになら相談しそうだが。あと、女の子は悩んでる人を見るとどうして恋という発想に行き着くのだろうか。ほら、もしかしたらもっと別のことかもしれないでしょ。これ以上先は言うと保身に関わる気がするから言わないでおくが。
スーッと2人とはじめさんの間にある冷蔵庫を開けるとあるにはあったが俺のものは何も無かった。マッ缶はたんまりあるが、菓子類やデザートはない。仕方なく冷蔵庫の上にあるラングドシャの袋を開ける。その音でこちらに気づいたのか涼風と目が合った。
「あ、八幡。いたんだ」
「いたよ」
さっき来たばかりだがな。はじめさんの思考の邪魔にならないような場所に座ろうと歩き出すと不意に名前を呼ばれる。
「...八幡、ゆん、青葉ちゃん」
「わっ、バレとった!」
あんな俺にも聞こえる会話をしておいて気づかれてなかったと思ってたゆんさんは焦ったような声を出すがそれに対してはじめさんは至極落ち着いていた。
「ゲームって...なんだと思う?」
唐突に投げかけられた質問に3人で顔を見合わせるも全員が当惑した表情を浮かべる。なんとか取り繕って涼風が口を開いた。
「な、なんですか突然」
「ここんとこ様子がおかしかったけどどないしたん?」
続いてゆんさんが質問を投げかけるとはじめさんは視線を上から下へとスライドさせた。
「どうしたもこうしたも...ずっと新作の企画書を書いてるんだけど...」
「ほうほう」
「書いても書いてもボツボツボツ...葉月さん厳しくてさぁ...」
一気に肩を落として一番のため息をつくはじめさんにゆんさんは納得したような顔をするもすぐにジト目を向ける。
「なるほど、それで腑抜けとったんか」
「真剣に考えてたんだよ!!」
まるで漫才だな。
「つまり、企画書を通すためにゲームとは何かについて考えることにしたんですか?」
クッキーを1枚掴んで口に入れ尋ねるとはじめさんは首肯する。とりあえず、はじめさんの前に移動すると涼風がゆんさんとはじめさんにコーヒーを持ってくる。俺は中央にクッキーを置いて席にかけようとすると奥から望月がやってくるのが見えたのでもう1つ用意してやろうと立ち上がる。
「うーん、ゲームとは...暇つぶし?」
「おいおいそれがゲーム開発者の言葉か」
まず涼風が少し首をひねって考えて出したのをはじめさんは呆れた様子で言う。まぁ、PECO考えたのこいつだしな...。
「結局娯楽ですもんね。でも面白いゲームをやれたらその日が少し楽しくなるかも」
「そうそうそういうことだよ」
そうが多いなぁ…。まぁ、概ね同意するが楽しいゲームってのは1日で終わらせたくなるもので寝る間も惜しんでエンディングまでいっちゃうんだよなぁ。しげしげと昔やった数々の名作たちを思い出しているとゆんさんは涼風の意見に何かあるようで口を開く。
「せやけどそれなら漫画とかアニメとかドラマも一緒やん」
「そうなんだよね...」
娯楽という点においては同じだが、根本が違う気がする。漫画は紙という媒体で、アニメやドラマは映像、音声、演出で魅せる。ゲームも同じだが。
「でも、ゲームにはそれらにはないものがあるでしょう」
俺が言うと3人は揃って「?」を浮かべる。仕方ないな、では俺が答えを言ってやるとしようそれはね!と調子よく言おうとした刹那、正解を別の人物にかっさらわれた。
「ゲームは体験です」
「わぁ!?びっくりした!」
突然現れた望月に驚くはじめさんだが、俺たちの見てる側からは望月が来てるのが丸見えだったので驚きはしないし、なんなら既にコーヒーの準備は出来ていた。ほいと渡すと「ありがとうございます」と受け取る。お礼がちゃんと言えるなんて流石だね!これくらいで褒められる世界になんねぇかなと思っていると望月は俺をじっと見る。
「...どした」
「いえ、ゲームにしかない魅力の答えが合ってるかなと」
あ、そういうこと。それなら大正解だ。親指を立てると望月はふふんと得意気に笑う。これそういう勝負じゃないから。
「どゆこと?」
「ほら、アニメやドラマは一方的に見るだけだがゲームってのは自分でやるだろ」
選択肢が出てそれを選ぶことによりゲームが進行する。アニメやドラマにはない魅力だろう。大抵のゲームは選択肢によって生死が分かれてたり、攻略できるヒロインが変わったり、会話内容が違ったりする。そういう発見もゲームの醍醐味だろう。
「私はそこが好きです」
俺は大いに肯定出来るが残りの3人はポカンと口を開けたまま望月を見ると当の本人は居心地悪そうな顔をする。
「な、なんですか?」
「まだ正式な入社前の新人ちゃんに諭されるうちらって...」
「情けないですね...」
不甲斐なそうに顔を合わせるゆんさんと涼風に対して、褒められたのかよくわからない望月は顔を赤くするだけで無言で2人をみていた。
ゲームを楽しんでるだけならそんなことは考えないだろうから普通の反応だと思うが。
さてそれを聞いたはじめさんは顎に手を当てると真剣な目付きで呟いた。
「では選択肢のないゲームはゲームではないのか...。ゲームではないといけない理由とは...」
「食いつくな...」
新たな問題提起にまたもジト目を向けるゆんさんを無視してはじめさんは望月の方に顔を向ける。
「ももちゃんはキャラデザがしたくてゲーム業界にきたんだよね?」
「はい」
問われて答えた望月は理由も続ける。
「絵を描くのが好きだったので。あとフェリーズ1をやって八神さんみたいなキャラデザができたらなって」
「私と一緒だよね」
コクコクと笑顔で頷く涼風。すげぇな八神さん。2人の人間に影響与えてるよ…。軽く感銘を受けていると熱のない声音ではじめさんが望月に迫る。
「それはゲームじゃないとダメだったの?」
「え?」
「キャラデザなら漫画とかでもいいわけじゃん」
まぁ、ごもっともな意見だとは思うが、八神さんと同じ職場で働きたいならここじゃなきゃダメなんだろう。俺は別にどこでもいいけど。
「ああもう!面倒臭い!」
はじめさんの真面目かつ言い返すのが嫌になったのかゆんさんははじめさんの手をがしっと掴むと無理やり引っ張っていく。
「少し外の空気を吸った方がええ!いこ!」
力強い歩みで進んでいくゆんさんに「ちょ、ちょっと〜!」と困り気味ではあるが抵抗せずに引っ張られていくはじめさん。そのまま帰ってもいいんじゃないですかね。と辛辣なことを考えていると前で望月がふと呟いた。
「でも...ゲームは好きですけど確かにこだわる理由ってなんなんでしょうか。それに機会があれば別の媒体でもキャラデザはやってみたいです」
「ええ!?」
望月の言葉にショックを受けたような声を出す涼風だったが少し間を空けたところで頬をかいて苦笑を浮かべる。
「......って私もそこは否定しきれないかも...」
「ですよね」
はじめさんの言うようにゲームだけがキャラデザの場ではない。アニメや漫画はもちろん、ドラマでもオリジナルのキャラクターを作る時などは重宝するのだ。それに俺達の業界だと同人誌を出すという手もある。流石にイーグルジャンプ関連のものは社員だから版権の問題で無理だろうがそれ以外なら可能なはずだ。まぁ、同人誌にするくらいの絵を描く時間がどこにあるのかという話だ。あるにはあるがまずやる気がない。
「青葉さんの今の目標ってなんなんですか?」
「え?」
望月が真摯な目で涼風にそう問いかける。
「夢、叶いましたよね。キャラデザの次はメインビジュアルも含めたキャラデザですか?」
どこか棘のある言葉。しかし、望月の言う通り涼風は八神コウと同じ土俵で仕事を達成することが出来た。ならば、次の目標はなんなのか。尋ねられた涼風は「私は......」と俯きカップを両手で握る。そして、顔を上げると自信や希望に溢れた顔でこう言った。
「1回やったくらいじゃ...まだまだ物足りないよ」
そういえばこいつはそういうやつだったか。目の前に壁があれば乗り越えて、逆境ですら自分の成長の糧にしてみせる。どんなくだらない発想も地味な発見でも大きな力に変えてみせる。少年マンガの主人公のように聞こえるがやってることはキャラデザインで戦いとかは関係ない。いや、あるのかもしれない。実際、望月からは対抗心を燃やすオーラが向けられている。
そんな2人は2人きりにしておくとして、俺は自らの席に戻るとしよう。ほらライバル同士は2人だけにするのが一番いいって言われてるから。ただ単にいる理由が無くなった俺に火の粉が来ないようにしたかっただけなんだけどね。
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ブーンと出すものを出してデスクに戻ってくるとなんだか俺のいない間に色々集まってて大盛り上がりしてた。具体的には涼風と桜がゲームをしててそれをうみこさんやゆんさん達が見守っていた。
他のメンバーの邪魔にならないようにまるで保護者のような佇まいのうみこさんに耳打ちで話しかける。
「何してるんですか」
「PECOを改造しながら会社で使っているエンジンの練習です。桜さんが作ったんですよあれ」
はぁ、なるほど。前半がよくわからん。つまり、どういうことだってばよと画面に目を向けるとクマがほかのクマを吸収して大きくなっている。共食いか。クマの世界も厳しいもんだな。弱いものは喰われ強いものだけが残る。弱くても有能かもしれないのに。
「なんだかねねっちがプログラマーだなんて今考えても不思議な気がするよ」
「えーなにそれー」
軽く冗談のように言う桜は唇を尖らせる。
「そりゃ最初はなんとなくだったけど、私は今の自分にできることを一生懸命やるだけだって決めてるからそれだけだし!」
桜が真面目なこと言ってる...俺の中で衝撃が走る。他の面々も桜を凝視するとゆんさんがクスリと笑う。
「小難しいことよりそれが一番だいじなのかもね」
「ですね」
それに同意する涼風に何のことかよくわかってない桜は「え?え?」と2人の間を目が行き来していた。
「皆ちょうどいいわ」
「あ、遠山さん」
声の主の方を振り返れば遠山さんがスマートフォンを持ってこちらにやってくる。
「これコウちゃんから写真が送られてきて。青葉ちゃんやみんながみたら喜ぶかなって」
はい、と渡されたスマホの画面を見るとクマの着ぐるみを着た小さな女の子と八神さんが笑顔で写っていた。
「コウちゃんのホームステイ先の女の子がPECOにハマっちゃって自分で作ったんですって」
「え、これ自作なんですか」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。この子本人が作ったなら大したものだが、おそらくはこの子の両親のどちらかだろう。え?八神さん?あの人にこれが作れるなら遠山さんはいらなくなるからダメですねはい。
「こんな遠い国の女の子にまで届いてるんですね…」
涼風が感動して頬を赤くして柔らかい笑顔でそう口にした。まぁ、ゲームは言語を超えるからな。外人のコスプレにはゲームキャラやアニメキャラが多いがどれも日本のものだ。それだけ日本のサブカルチャーが優れているということが、同時に愛されているということでもある。
「よーっし、私も負けてられない!頑張ろう!!」
「その意気や!」
おぉー、っと気合を入れて立ち上がるはじめさんにゆんさんは拳を握る。それを傍目で見ながら他になんか写真送られてるんだなと指をスライドしてるとうみこさん程ではないが少し焼けた肌の人が八神さんと肩を組んでいる写真になる。あ、これはとなんとなく危機感を覚えたが既に遅く涼風は嬉嬉として口を開く。
「あ、この人が八神さんの上司ですか?」
「距離が近いですね」
「やっぱりそう思う!?」
悲鳴のような声で遠山さんは俺からスマホを取り上げるとぱぱっと写真を見せると「これも!これも!近くない!?」と俺に問うてくる。あぁ、やっぱりこうなると思ったよ。みんなはめんどくさい空気を察したのか俺一人に任せて散り散りになって自分のデスクに戻る。あれれー?おかしいなー!?さっきまでたくさんいたのになー?
そんな俺の疑問は誰にも届かずひたすら遠山さんに「ねぇ!このコウちゃん可愛くない!?」と自慢される時間を過ごすのだった。
遠山さんの八神さん愛は爆発だ!
それに巻き込まれる八幡、ご臨終です。
眠い。夜は眠れないのに朝はぐっすり寝れる。生活リズムが崩れてきた。
次回はほたるんと紅葉回。登場人物が少ないと八幡絡めやすいからほんと楽...