この作品についている神様転生タグは戒厳聖都作中内で登場する大帝(多分明治天皇)によるものです。
見知らぬ神のおちゃらけは一切ございません。ライトな雰囲気はありません。
シリアスが苦手な人は戻ったほうがいいかもしれません。
云台山の剣士
「今度は間違えるなよ。うろうろ迷っていると、またぞろ変なインチキに引き戻されるぞ」
君は彼を見下ろしていた。
奇怪で奇妙な光景。目の前に斃れる身体は以前の自分の体。
しかし、今回は見上げるのではなく、見下ろしていた。
四年に亘る復讐が今ここで叶ったのだ。死人が跋扈し血刃乱舞する不死帝都で。
君は嬉しさとも悲しさとも付かぬ感情が渡来していた。
愛した女性への気持ちを断ち切り、愛した者を失った喪失感が君の心を蝕んだ。
彼は、いや、彼の紛い物は君の体で話した。
「この先なにがあるか知らねえけどさ......ま、運が良けりゃなんかあるんじゃねえの? なんかありゃあ俺もいるだろ、好きなだけ遊んでもらえよ。何もなかったら何もなかったで、もう悩むこともないってこったから、そう悪くもねえだろ」
君はそういい、彼の手を握る。
刹那、君と彼の絡む手は無数の光粒と解け、東京府の夜景へと解ける。
それは明確な終わりを表していた。二人の剣鬼と都市が潰えるのだ。
徒労と虚しさのみの半生。
今にして思えば、取り戻せる時もあっただろう、引き返す時期もあった筈だ。
東西を渡り、危険を冒し、血反吐を吐いても業を研ぎ続けた君の一生。
全てはこの為だけにあったのだ。
前へ、どこまでも。
求めるは己を越える敵。至極の練磨を積み重ねる。
無駄を極める人生であった。
体も魂魄の光へと解れ、意識も遠のく。
君と云う、伊烏義阿と云う剣は終わりを迎える。
地獄でも来世でも、はたまたそれとは違う世界でも。
願う。花と散る終わりの中で。
彼を、心より憎悪した武田赤音と云う一命にかけた敵に逢えんことを。
+ + +
死の先を俺は見る。
幻想的とも退廃的とも言えない。
それは淡く光る白い浜辺であった。
夕日とも朝日ともわからない光が周囲を包んでいた。
あまりにも綺麗な砂浜だった。砂にはゴミや木屑、海藻などの混じりは一切なく、塩の匂いもしなかった。
三途の川と言う単語が浮かんだ。だが目の前に広がる
小さな川を想像していたが、広大な三途は広大であることに驚きを隠せなかった。
渡らねば。足を進めるが、どのようにして渡る。
橋など見当たらなかった。渡し舟もなし、泳いで渡るのか。
これだけ大きい川は泳ぐとなれば些か難儀する。
川沿いを歩きながら熟考する。
――......?
それは転がっていた。
真っ白な砂浜には不釣合いな一輪の紅花が咲いていた。
鉄の濃厚な花香を放ち、俺の鼻腔を突いた。
花の中心にはかの敵が斃れていた。
――戒厳。
その名を呟き傍らに立って見下ろした。
姿は幼き少女。しかし心身は誰よりも国を憂う愛国主義者。
禁軍総司令にして東京大総統。
石馬戒厳。
絶対的な、理想の大日本帝国を志し、そのためにはあらゆる犠牲を躊躇わず、東京に核を落すことも厭わなかった救国鬼。
国のために全命を賭して、最後に彼女に行われた仕打ちはあまりにも悲惨であった。
見下ろしていた彼女が、僅かに身じろぐ。
苦しみに耐えるようにぎこちなく立ち上がる。
彼女は何を考えるように空を見上げた。そしてすぐ結論が出たような憑き物が落ちたような表情となった。
気づけば彼女の喉元と腹の傷は消え、砂浜の紅も消えていた。
彼女は三途の川とは逆方向へ歩き出し消えていった。
俺にはわかった。
彼女はまだ黄泉の国へは行く気がないのだと。
三途の漣に耳を傾け、この先何が起こるのかを夢想した。
何かあるのか。いや、何もないだろう。
俺がこの場に止まり続けるなら、何も起こりはしない。起こることはない。
三途の川は彼岸と此岸を隔てる狭間。その狭間では死者の行き来はあれど、何も起こる事はない。
――渡らねば。
ふととなりを見れば、そこには神が居た。
神といえど顔も知らぬ、姿も知れぬキリストの崇める
それは戒厳の崇拝する日本の象徴。日本の魂。日本そのもの。
現人神、大帝であった。
伊烏の体を借りず、生前の姿でその場に在られた。
大帝は俺に問いかける。
――あなたはこの先に何を求めますか?
その問いは神からの祝福であった。
己の肉体を依代に現界された、彼は自身を肉体に入れた伊烏に感謝の気持ちを向けていた。
一度その願いを叶えたにも拘らず、死後も伊烏の願いを叶えようとしていた。
俺は迷った。
これ以上何を望む。これ以上何を成す。
斃すべき敵は、贋作であるが葬った。造るべき魔剣はすでに完成していた。
伊烏は悩む。そして一つの願いが去来する。
――もう一度、赤音との試合を。
白む視界、大帝の姿は霞み逝き。
伊烏は狭間より消失した。
+ + +
「ほう、云台山の剣士とな」
豫州の山村にて茶を啜る女が居た。傍らには身の丈を優に越える直刀槍を置き、茶屋で一息を着いているようであったが、その姿は虎であることは隠す余地はなかった。
暇を潰すために、客の入りが悪い店の店主と雑談に花を咲かせていた。
「ええ。いつほどですかね、ぽっと現れたんですよ。何もする訳でもなし、時折こっちに来たと思ったら仕事をくれや、食い物をくれやで世話をしてやってんですがね」
「ふむ、訊くかぎりではただの物乞いの類でないか?」
「いやいや、ここからおもしろいところですよ。三年ほど前にちょっとした四十こらの山賊がこの村を襲ったんでさあ。そん時にあいつが飛んできて、見たこともない剣で全員切り殺したんで」
「四十人相手にか...ふっ、とんだ豪傑も居たものだ。切り傷は貰っていたか?」
「さーどうでしょうね。なんせそこらじゅう血まみれだったもんで」
女は茶を啜り一息入れる。暇にはしていたが、その話に興味があるのは雰囲気としてわかった。
店の奥より、店主の女房が注文されたメンマを持ってきた。
「やだねぇ。物騒な話をずっとして」
「いやなに、武人の
メンマを旨そうに食べ、頬を綻ばせて話す。
ふと店主の話に出た「剣」を訊く。
「その見たこともない剣とはどういったものなのだ」
「ああ、それが信じられないくらい薄くて細い剣何だ。頼りないくせして直刀のを両断するわ、長柄武器の穂先を切り落としてしまうわでとんでもないものですよ」
「訊く限りでは信用に値しないな」
「いやあ本当さあ。これが証拠だ」
店主は店先の柱を指差した。
大黒柱とも言ってもいいしっかりとした柱に、中間ほどまで綺麗な切り口が刻まれていた。
「その剣を振ったときにちょいと当たったんで。そしたらこうでさあ」
「ほう......これはこれは」
女はその切り口に手を当てる。
綺麗な、それは綺麗な切り口である。
木とは年輪に沿い縦に切らなければ、刃を殺す最大の素材だ。
それを店主の言う「見たこともない剣」は年輪に逆らい、
直刀ではこれほど深々と切れるどころか、柱より抜くことは不可能だろう。
長柄武器であろうとも、切り口は裁断としたような粗い切り口となるはずだ。
切断能力については申し分ない。
そして何より面白いのは、切り口が血に濡れていない事であった。
「ふっ...おもしろい」
女はようやく面白いことが起こったと、心の奥底で僅かな昂ぶりを思える。
津々浦々を当て所なく歩き、半ば諦め始めて、ようやく心より龍牙を振るえる相手を見つけたと悟る。
「お前さん、今からどこ向かうんだい」
「はて、どうしようか?」
「あんた見た感じから武芸者だ。これを作ったあいつのとこに向かうんだろう?」
「ははは、年の功には勝てませぬな。その観察眼には敵いませぬ」
「ありゃあ、悪い奴じゃねえ。根が暗いが、一刀交えるなら娘のいないところで頼む」
「ん? その云台山の剣士は子を持っているので?」
「いいや。俺の子だ。妙にあれに好いてな、こと在る事に向こうに行ってんだ。.....この時間帯で帰らねえならまた向こうで泊まりだ」
店主は娘のお転婆さと、巣立つ姿に悲壮感を漂わせていた。
女は笑い胸弾む話に僅かに割り増しのお代をおいて行く。
目指すは云台山。
二又に別れる穂先の槍を担ぎ、歩く女武芸者。
名を趙雲と云った。
茜色に空は染まり、夕日も木々の隙間より差し始めた。
霧深い云台山を登り、店主の言う剣士の下へ足を進める。
岩肌を晒した山脈、緑深き森。山と言うものは古来より人の住む領域ではない。
獣達、もしくは猩猩の住処だ。好んで住もうとする者は限られる。
素性怪しき者達、山賊、人斬り、総じて市井よりはみ出した者たちが住む。
常人ならば住みたがらないだろう。
山道より大きく外れた獣道を強行し、剣士の住む場に足を進める。
「カラスが多いな」
森林を抜け、河谷へと出る。
開けた視界、無数の羽音が耳に届く。
天空を黒い鳥が舞い、渦巻きを描くように飛び回っていた。
不吉の予兆か、はたまた吉兆か。前者の匂いが趙雲の鼻腔を撫で始める。
一羽のカラスが手に届く位置に止まる。
趙雲をいつ死ぬのかと言わんばかりの眼で覗く。死肉ぐらいの動物が人の死を望むとは図々しい。
「あっちへ行けほれ」
手を振り、どこか行かそうとするが、すばしっこく跳びあがり距離をとる。
なんどもするが同じ。小馬鹿にするかのようにカラスは一啼き。
僅かにその声が癪に障る。
鳥刺しにして今晩の飯にでもと、愛槍「龍牙」に手を掛けた。
「.....っ」
息が詰まった。
...いる。
この気配、重圧、匂い。獣の気配とは一線を画し、並みの剣士とは懸離れた濃密な気配。
背後に、すぐ後ろに。
冷たい汗が頬を伝い、顎へと落ちる。
龍牙を握り締めたまま動かない。違う、動けない。
動けば首が胴より離れる姿が、頭のどこかで浮かんだのだ。
「誰だ」
その声は気配の凄みに反し、余りにも憂いを佩びていた。
しかし気配は本物である。口を開いていいものか、誰だと問われているのだから、答えを返さなければならない。
心臓を握られたように鼓動は早い。気を張り、呪縛を剥ぎ取った。
「各地を武芸修行する者だ」
呪縛から解かれ声がでた。今度は趙雲が聞き返す。
「云台山の剣士とは貴公のことか?」
「はて...それは誰のことか」
とぼけた事を云う。
心裡で苛立ちを覚えるが、切り返す隙は微塵もありはしない。
頭を押さえられ続ける状況。短い時間だが、無窮の長さと感じられる。
ふと剣士とは別の気配が背中を撫でた。
「先生ー山菜取ってきましたよ?」
「すまない」
「先生、お客様ですか?」
「......わからない」
声を聞く限り童、童女であった。
軽い足取りで近づいてくる。
「ねえ、お姉ちゃんなんで止まってるの?」
その言葉に体の硬直が解けた。
背に張り付き、頭を押さえつけるような気配は静かに薄らいだ。
詰まった息を吐きだし、息を整える。
隣に立っている童女はおそらく山村の茶屋の娘であろう。
強張った体のまま、立ち上がる。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「ああ、今はなんとも」
乱れた心拍のまま、振り返った。
其処には人がいた。
何とも喩えようのない人である。片手に山菜の詰まった籠を持っていた。
酷く草臥れた見たこともない服。一枚の布で作られているのだろう、帯で腰周りを縛っていた。
短く切りそろえられた黒髪。端正な顔立ちでひと目で生真面目とわかる、しかし陰りがある。
若い筈だが、雰囲気と言えば老いていた。
剣士と云う風格は似合わない、山に住む仙人と言われれば無理をすれば納得できる背格好だ。
だがつい先程まで趙雲の頭を押さえつけていたのは、誰でもない。
目の前にいる彼だ。
名前を聞く。
「名前をお聞かせ願いたい」
云台山の剣士は答えた。
「