恋姫†無双 「復讐剣月蝕」   作:我楽娯兵

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オリジナルキャラクター紹介。

孔融
字:文挙
真名:結縁

武勇より智勇が勝った人。
口は災いの元を体現したこの上ない具体例で、曹操を批判したがために亡くなった人。
頭は良かったけど実務では無能だったとか...



宛て

 日が昇り、一刻ほど馬を走らせる。

 普段とは違う乗り心地に戸惑っていた。

 乗り心地が違うのは当然で。一騎の馬に二人乗りをしているのからだ。

 後ろに座るのはかの英雄、太史慈子義――のはずだが。

 後ろ目でその英雄を伊烏は見た。

 豊満な肉体で雄を刺激する衣服、しかしそれを押し潰すが如く荒々しい闘気が溢れ出ていた。

 太史慈子義。

 正史では孫策と互角に渡り合ったとされる豪傑であるが、女性であるなど誰が想像しえようか。

 いや、過去に趙雲と出会い女性であると確認しているのだから。気が回れば幾人かは性別が逆になっている可能性もある。もしくは全員だ。

 多少の戸惑いはあるが性別をどう言っても変えれるものではない。それはそうでるものとして付き合っていくしかないだろう。

 彼女とは早朝に別れる予定であったが、偶然にも目的地は一緒、北海郡の城であった。

 

「まさか君も黄巾党の討伐を行っていたなんてね」

 

 昨夜とは打って変わってかなり砕けた口調に変わっていた。

 いく時か会話を交わし、暖を囲み酒を呑んだだけだ。居酒屋の飲み友達となんら変わりはしないだろう。

 伊烏の陰鬱な雰囲気は誰しもが倦厭されるがこういった人種、特に年上の異性と云うものには評判は良かった。彼女達曰く、伊烏は世話をせねば潰れてしまいそうだから、なのだそうだ。

 

(......そこまでひ弱ではないぞ)

 

 何時ぞやの蕎麦屋の娘に苛立ちを覚えた。

 

「そういえば君はなぜ黄巾党の討伐を行っているんだ?」

 

「.....剣士を追っている」

 

「剣士?」

 

「管亥と云う名の女剣士だ」

 

 太史慈は僅かに驚いた表情を浮かべ、大きな声で笑い出した。

 

「君とはとことん縁があるようだ」

 

「......どういうことだ?」

 

「知ってるよ。管亥の居場所」

 

 その言葉を聴きつけた伊烏の周囲は氷点下まで冷え切りだした。

 物理的にではない。雰囲気でだ。

 太史慈は身震いをしてしまう。あまりにも暴力的で破壊的、美しくあり醜くもある。

 冗談のように矛盾した「武」が目の前にあるのだ。

 到底及ばない絶対的な強さ。それを成し得た男の背に乗せてもらえているのだ。光栄極まりない。

 だがこの立場を鑑みれば命を死地に置いてしまっている。

 伊烏の刃圏に入り込んでいる。機嫌を損ねれば下ろされる、もしくは殺されるだろう。

 背後とは言え“これ”は己の体ごと剣で刺し貫き、太史慈諸共殺すだろう。そう思えるのだ。

 危険と隣り合わせ。

 恐怖は感じるが、それに勝るとも劣らないほどに快感も覚えていた。一種も精神麻痺である。

 ――自身の死に対する軽薄化。

 戦場に措いては誰しもの命は紙一重である。名立たる猛将とて流れ矢で心の臓を貫かれれば死ぬしかない。

 そういった状況に置かれ続ければ麻痺してしまうのだ。

 猛勇豪傑の一端ともいえるが、単に死狂いと言われればそうともいえる。

 死ぬのは嫌だが、これには――伊烏ならば斬られても。

 

「もしそれが本当だとして、どうしてそれを?」

 

「目的が同じ、後で聞かれるのも手間だしね」

 

「......」

 

 伊烏はしばしの沈黙に入った。

 太史慈は徐々に伊烏と云う人間を理解し始めた。

 この男が沈黙に入る時はよくよく熟考している為、もしくは本当に何も考えていないかだ。

 どうしてこの様な生真面目な男がこうも醜く歪んだか、不思議であった。

 

「......」

 

 馬の歩調は緩くなり、止まる。

 目の前の光景が、緑々したはずの平原が――地獄と成っていた。

 天を覆い隠すほどの鴉の群れ。死臭が辺りを満たし吐き気を催す。

 戦場稼ぎに得物を無造作に剥がれた死体たちは、眼と舌が無くし腹大きく膨らませ口より異臭を吐いていた。屍山血河とはこのことだ。

 あまりにも無惨な、絵に書いた「地獄」があった。

 

「......惨いな」

 

 伊烏はポツリと言った。

 おおよそわかっていた。伊烏の「武」はこういった光景を作り出すことに向かない「武」である。

 総体よりも少数、複数よりも個人を主眼に構築されているのだ。

 戦場で通用するかは彼の技量に依るところが大きいが、恐らく通用するであろう。

 

「黄巾党が有利のようだな」

 

「そうね。黄色より赤が目立つ」

 

 野に棄てられて遺骸のすべては黄巾党ではなく、孔融の兵達であった。

 この光景を見る限りで孔融軍のある程度の状況は把握できた。

 

「...奇襲か、黄巾党は狡猾と見える」

 

「黄巾党と云うよりは、これをやった一団の頭がね」

 

「......というと」

 

「目的が同じって言ったでしょ。管亥よ」

 

 伊烏は黙っていたが、底知れぬ黒さは滲み出ていた。

 余程、管亥に怨恨があると見えた。

 

「管亥とはどういった剣士なのだ」

 

「凄く強いわ。そん所そこ等の将じゃあ相手にならない」

 

「......」

 

「でも、それと同じくらい恥知らずな女よ。巷の噂じゃあ襲った村の男児を攫って食べちゃうんだって」

 

「...食べるとは。それは異常な」

 

「君、口から食べるって意味じゃあ...」

 

 野放図に殺戮を広める黄巾党の中でも名を知らぬものは少ないであろう。

 白痴の剣士――管亥。

 淫欲に耽り、時折前に出れば恐ろしく手柄を上げる。

 善行にその力を使うならばそれなりには眼は瞑ろう。だが管亥は己の欲望のために動いている。

 幼き男児を攫い、毒牙にかけた挙句、飽きれば斬って棄てると言う。

 粗雑且つ俗悪だ。

 早く、出来うる限り早く管亥を討伐する事が望ましい。

 でなければ太史慈が耐えられなかった。同じ空の元で暮す事を憎く思えるほどに管亥の振る舞いは度を越していた。

 

「早いとこ孔融と合流しましょう」

 

「...管亥を討伐するのではないのか?」

 

「闇雲に探し回っても見つからない。雲隠れはあれの十八番だから。徒労に終わるより――管亥に追われる孔融と合流した方が利口じゃない?」

 

「...確かに」

 

 伊烏は太史慈の言う事に賛同した。

 馬の手綱を引き、血に染まった地面に付いた無数の足跡を追う。

 足跡は二方向へ向かっていた。

 一つは大勢を引きつれ、もう一つは前者より少ない人数を引き連れ反対方向へ向いていた。

 前者は恐らく管亥が引き連れる黄巾党の一団と見える。

 後者は孔融の軍であろう。

 損耗も激しく、士気は無いに等しいだろう。

 軍隊としての体も既にないかもしれない。兵の反乱でも行われれば孔融(あれ)は押さえ続けることはできないだろう。

 太史慈の内心は気が気ではなく不安である。

 

「孔融とは...どういった人となりなのだ」

 

「え...?」

 

 あらゆることに興味を示さず、なされるがままの態度を貫いた伊烏が初めて質問をした。

 あまりにも唐突な事であった為に言葉に詰まる。

 

「あ...孔融ね、あれは頭のいいお人好しよ」

 

「......」

 

「批判的なことが玉に瑕だけど、そこに焦点を当てなければ」

 

「智勇に優れていてこの状況に?」

 

「他人に興味が薄いのよ。理をこねて回すのが大好きなだけ、それが対人関係に向かなかっただけ」

 

「......統治者としては問題だろう」

 

「んー? どうだろうね。今まで問題がないんだったら問題ないんじゃない?」

 

 平原を抜け、僅かに木々が見え始める。

 ある時に目の前に城が現れる。石の城壁が聳え立ち外部の者を拒絶しているようであった。

 長らく人が居なかったのだろう、城壁は皹が目立ち脆く崩れそうであった。

 しかし視線が二人を撫でた。

 明確な敵意として。

 

「太史慈子義と申すッ! 孔融はおるかッ!」

 

 声を張り上げ叫ぶ太史慈。その声に応答する者は居らず、聞えたものは。

 

「...弓の軋みだ。警戒されているぞ」

 

「きっと訊いてる、彼女なら」

 

 伊烏は弓の撓り音に警戒心を露にさ、腰の剣に手を掛けていた。

 僅かな間沈黙が辺りを支配するが、あるときに城門の向こう側が慌しくなった。

 荒々しい声が聞こえ、その声は城門へと近づいてくる。激しい声で開門するように言っている。

 

「...気性が荒いのか」

 

「人を知らないだけよ。人に物の頼み形を知らずに大人になった典型例」

 

 古びた城門が開き城の内部が見えた。

 満身創痍の兵達が各々の武器を握り、伊烏たちを警戒していた。

 それを掻き分けるように一人の女性が前に出た。

 憤慨した様相であったが、目許には色濃く疲れが表れていた。

 綺麗ではあった、ただその美しさを身嗜み措いて大きく損ねていた。

 露出を抑えた文官の衣服を纏ってはいるが所々汚れが目立つ。濡羽色の髪は枝毛が多くあちこち跳ね回り、女性として残念な事になっていた。

 ずかずかと前に出た彼女の視線は太史慈に向いていた。

 

「結縁、無事だった」

 

 太史慈は前に出て両手を広げた。

 旧友の感動の再会――と言うわけには行かぬようであった。

 太史慈が孔融に抱きつかんとする直後に、孔融は太史慈の頬を全力で張る。

 耳に付く炸裂音が響いた。

 伊烏は困惑した。孔融の後ろに控える兵達も同じ表情であった。

 味方、の筈であるが。その味方の頬を張ったのだ、何かしらの亀裂が元よりあったのか。

 孔融は叫ぶようにしていった。

 

「どうして戻ってきたの梨晏。あたしがどれだけ苦労してアンタを逃がしたと思ってるのッ!」

 

「ごめん、でも結縁あなたが――」

 

 孔融はもう一度、太史慈の頬を張った。だが今度は力弱く、震えていた。

 足すら振るえ、膝より崩れ落ちた。

 太史慈はそれを支え、抱き上げる。そうなる事を知っていたように。

 震える声で再会を喜んでいた。

 

「馬鹿女...よく生きてた」

 

「ん......ありがと結縁」

 

 

 

 +  +  +

 

 

 

「食医が奇襲で討ち死んで、備蓄も少ない。碌な飯も出ないけど歓迎するわ」

 

 城の内へ伊烏たちは入り、孔融の淡いもて成しを受けていた。

 膳に乗った食事は、世辞でも将の食べるものとは程遠い。

 庶民的といえば聞こえがいいが、下に見られている言えば違いわなかもしれない。

 前置きのように食医が居ない事を知らせるあたり、二人分の食料も捻出する事が難しいようだ。

 伊烏にとって質素倹約の方が気が楽である。

 栄耀栄華で豪勢極まりない食事を食べても、お節の後に七草粥が欲しくなってしまう庶民派胃袋しか持ち得ない。豪勢はひと時しか合わぬものだ。

 

「そうれで――梨晏、どうして来たの」

 

 孔融は冷え切った声で太史慈に詰め寄った。

 凄む態度に太史慈の背には冷や汗が伝っていた。

 触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らずとはこの事だ。

 沸騰をしている女性は伊烏にとって天敵であり、避けるべき存在だ。

 

「いやぁ...結縁が危機だって訊いたし、お母様の義理だって――」

 

「義理や仁義で行動して言い分けないじゃない?! アンタはただでさえ追われてる身の上なのに、こんな所に頭突っ込んで――馬鹿よ馬鹿ッ!」

 

「まあまあ...」

 

 太史慈は宥めようとしているが手が付けられないようであった。

 見たところ孔融は癇性があるのかもしれない。

 伊烏は湯立つ烏龍茶を啜り、長旅の疲れをひと時の間忘れていた。

 

「人数率いて来るならまだしも、梨晏アナタだけよ、単騎よ。どうしろってのよ」

 

「いや、単騎って訳じゃ」

 

「確かにアナタは強いけれども。それでも束で襲われたら――」

 

「結縁っ! 義勇の将は居るから」

 

 僅かに大きな声で孔融の言葉を遮った。

 伊烏に名乗るように太史慈は眼で合図を送るが、伊烏は少々、極僅か、それとなく嫌そうな表情を一瞬覗かせた。いつまでも黙っている訳もいかず伊烏は名乗った。

 

「伊烏義阿......一身上の理由により黄巾党の討伐に参加している」

 

「あー...」

 

 孔融はなんとも言えぬ表情を浮かべながら、伊烏を見ていた。

 頭の先より爪先まで見て伊烏を見定め、太史慈に詰め寄る。

 

「この根暗がッ?!」

 

「ッグ」

 

 出会って半時も経っていない他人に包み隠さず言われる事は始めてであった。

 こうも直球に者をいわれると、心を抉られるものがあった。

 

「俺は...根暗ではない...」

 

「根暗だよッ!」

 

「ま、まあまあ。根暗に見えても武勇は確かだし、多少付き合い辛くても...悪い人ではないから...」

 

 横目で伊烏を見ていた太史慈はその言葉の勢いが徐々に弱くなっていった。

 決して悪人というわけではないが、確実に善人とも見えない。

 武勇はあるが頼りにしていいのかは不明だ。

 伊烏自身は黄巾党討伐を目的としているわけではなく、管亥を追っているわけだ。

 黄巾党討伐はそれのついでと云ったところか。

 

「頼りになると...思う...よ」

 

「連れて来て自信ないの」

 

「強くはあるから」

 

 強いて頼れると言えぬのが心苦しくあった。

 太史慈を睨みつけていたが大きな溜め息をつき、伊烏を見た。

 

「いいわ...今は猫の手と言わず蚤の掻き爪すら必要なの。伊烏――義阿だっけ、協力してくれる?」

 

「管亥は貴殿を狙っている。理由はそれだけで充分だ」

 

「そう、ならしっかり働いてよね」

 

 齷齪したように実務に戻った孔融の背は心なしか肩の荷が軽くなったようであった。

 

「やるね、孔融の心を開くなんて。女性を口説く素質あるんじゃない?」

 

「.....女性に現を抜かす暇は今の俺にはない」

 

 伊烏は温くなりはじめた烏龍茶を飲み干した。

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