今日も今日とて挙げさせていただきます。
……ただでさえ文才ないのに、戦闘描写とか超難しい。
「“明日アリーナで試合をするから許可をくれ”とはな。しかも相手は凰ときた」
「急な話で悪かったとは思っている」
「なに、かかった手間など精々が私の残業程度だ。これくらいなんてことはない」
「……すまなかった」
通路を歩く二人。
千冬の皮肉交じりの軽口に、エミヤは少々居心地悪そうに眉をひそめた。
あの一件から一夜明けた放課後。
つまり、これから鈴との試合がある。
「それで、奴に勝つ算段はあるのか?」
「それが全くと言っていいほど何もない。そもそも、私は彼女の機体名すら知らないからな」
「……ハァ」
わざとらしく聞こえるため息に、エミヤは少し拗ねたようにそっぽを向く。
普段見ることがないどこか子供じみた仕草に、千冬は小さく笑った。
「まぁ、半ば成り行きとはいえ、理由はあったのだろう?なら私からはこれ以上は何も言うことはない。それに申請も面倒なことはなかったぞ。もう少し時期が遅ければ対抗戦の練習で使用申請も多かったろうがな」
と、話していたところで、ピットとアリーナとの分岐へと差し掛かり、二人は足を止めた。
「さて、私は真耶と別室でモニターしている。お前から言い出したんだ、無様に負けてくれるなよ?」
「私とて負けるつもりは無いがね。……重ねてだが、本当にすまなかった。この礼は必ず」
「フフッ。存外義理堅いな、お前は。だがまぁ、そう言うのなら今度酒の一杯でも奢ってくれ」
からかうように言ってみせた千冬だが、対するエミヤは少し驚いたように目を見開いてみせた。
「なんだ?」
「いや、そんなことでいいのか、とね」
「ほう、この程度は何てことはないと?豪勢なことだ」
「そういう訳ではないが」
そこまで言うと、口元に笑みを浮かべ。
「君のような女性と酒を酌み交わすことが出来るなど、礼をするはずが褒美を受けるようなものだな、と。そう思ったまでだよ」
「なっ!?」
一瞬にして千冬の顔に熱が集まる。
頬を赤らめたままエミヤを睨みつけたが、彼はそれを涼しい顔で受け流した。
「お前……からかっているな」
「すまない、少しばかり意趣返しをしたくてね。しかし普通にあしらわれると思ったのだが意外だな、このような言葉など言われ慣れているのでは?」
「馬鹿を言え、そんなことを言う奇特な奴はお前ぐらいのものだ」
「む?というと?」
「言わせて楽しいのか、お前は。……こんな可愛げのない女、誰が相手にするものか」
思わず目を逸らしてボソリと漏らす。
実際、千冬は男性に言い寄られた経験は多くない。
学生時代にはIS学園という環境上ほとんど異性と関わったことがなく、彼女の容姿目当てで近寄った者たちは悉くその鋭い眼光の前に逃げ去ってしまった。
千冬自身さして恋愛に興味がなかったこともあり、そのまま現在に至っていた。
今まで気にも留めていなかったそれが、彼に指摘されたとなると恥ずかしいと思えてしまう。
「………」
エミヤからまたからかいの言葉が投げられると思ったが、返ってくるのは沈黙のみ。
バツが悪くなって目を向ければ、エミヤはひたすら不思議そうな表情のまま首をひねっていた。
「……どうやら君の周りの男性は皆節穴だったようだな。いや、単に君に釣り合うような者がいなかっただけの話か」
「なっ」
「まぁ君のような麗人を前にして、尻込みしたくなる気持ちも大いに分かるがね。そこで気概を見せれば多少は―――」
「エミヤ」
「む?」
誰に話すわけでもなく独り言のように発せられた言葉は、ただ本当に思ったことを口にしただけと言わんばかりの響きがこもっていて。
たまらず、千冬はエミヤの言葉を遮った。
「そろそろ時間だ、さっさと行け」
「おっと、すまない。ではな」
「あぁ」
声をかければエミヤは平然とピットへと歩いていき――。
「……一番高い酒を飲んでやる」
残された千冬は一人、火照る頬を冷まそうと息を整えた。
「♪~~♪♪」
同時刻、反対側のピットへ向かう通路を、鈴は鼻歌交じりに歩いていた。
(まずは前哨戦ってとこかしら。これに勝てば、一夏も事の重要性を再認識するわね)
足取りはすこぶる上機嫌。
その様子から、今日の試合の勝利は揺るがないという自負が見て取れる。
(………アイツ)
と、ここでその足取りが僅かに鈍くなる。
思い出すのは昨日、成り行きのまま宣戦布告をした教師。
(なんか、変な感じだったわね)
僅かな時間話しただけだが、その印象は今まで鈴が感じたことのないものだ。
そもそもで言えば、鈴は“大人”が嫌いだ。
正確に言うなら、“年を取っているだけで偉そうな態度をとってくる大人”が嫌いなのだ。
今回対戦する教師は男性でありながらIS適性を持つ稀有な人物の一人。
加えて教師の立場にいれば、さぞやそれを鼻にかけてくるのだろうと色眼鏡で見ていたのだ。
流石に普段からそれを出すほど子供ではなかったが、昨夜は頭に血が上った勢いのまま、言いたいことを言ってしまった。
(あたしもすこしは反省しなきゃね。それにしても……)
実際は違った。
彼は自らの立場に偉ぶることはなく、鈴が思ったままぶちまけた言葉も平然と受け止めてみせた。
“子供に言われてムキになっている様を見せたくない”と意地を張ったのではなく、ただその主張を当然のことだと笑って見せたのだ。
(アイツは……あの人は、まぁ、ちょっとは違うのかもね。だからと言って容赦する気はないけど)
もう少しでピットの入り口だ。
試合に備えて思考を中断したところで、鈴は人影を認めてその足を止めた。
「……何の用?」
「少し、貴女にお話がありますわ」
待っていたのはセシリア・オルコット。
神妙な顔つきの彼女に、鈴は片眉をあげてみせた。
「一応聞くけど、何?」
「あの方をあまり甘く見ない方がよいですわ」
「なに、アンタが負けたから、あたしにアドバイスってわけ?」
「…………」
軽くあしらうような鈴の態度にも、セシリアは真剣な眼差しを返す。
そのまま両者はにらみ合うように視線を合わせ。
「……あぁもう、わかったわよ。油断はしない、最初から全力でいくわ」
「えぇ、それが賢明ですわね」
ハァ、と大きなため息をつくと鈴は気のない口調で返事を返す。
そんな態度を前にしても、セシリアの表情が崩れることはなかった。
「言いたかったのはそれだけ?それじゃ行くわね」
「……えぇ、健闘をお祈りしますわ」
「ありがと」
セシリアの声を背に受け、ヒラヒラと手を振りながらピットへと消えていく。
その様子を、セシリアは黙って見つめていた。
――――アリーナ――――
そして、その時はやって来た。
「さて、それじゃ準備はいい?」
「あぁ、こちらは何時でも構わない」
両者はISを纏って対峙していた。
アリーナの席は、噂を聞きつけた生徒たちで満員だ。
「でも驚いたわ、まさか打鉄使ってるなんて。まさか前の試合もそれで勝ったの?」
「辛くも、だがね。しかしその評価はいただけないな。高い防御性能と癖の無い挙動を持つうえ、装備の換装で幅広い状況に対応できる。私のような初心者には現状これ以上ない機体だよ」
「ふーん、機体の特徴も把握してるんだ」
言いながら、鈴は目の前の相手を少し見直した。
自分が扱う機体の特徴をキチンと理解し、自らの技量の程度も認めている。
「まぁいいわ。アンタに負けたら、機体の評価も訂正するわよ」
「それは、なおのこと負けられないな」
『それでは両者、試合を開始してください』
軽口の応酬の後、試合開始が告げられた。
「行くわよ!!」
「………」
鈴はエミヤから距離を取り、彼を中心に大きく周囲を旋回し始める。
その様子を冷静に目で追うエミヤは右手にアサルトライフルを展開し、そのまま流れるように射撃体勢に入った。
(早い!!)
鈴も即座に反応し、旋回したまま回避行動に移る。
緩急織り交ぜた不規則な軌道を目にしてなお、エミヤの双眸は鋭く相手を認めている。
「………」
引き金を三度、続けざまに引く。
放たれた銃弾は迅速に標的へ向かい、その甲高い着弾音で戦果を誇って見せた。
「くうっ!!」
鈴から漏れる声。
挙動を乱したその攻撃に、アリーナからも歓声が上がった。
攻撃を受けて、鈴は旋回半径を段々と広げながらも依然としてエミヤを中心に回り続ける。
その様子を冷静に見ていたエミヤは再度射撃を開始する。
再び機体が着弾の衝撃に襲われている中、鈴は小さく笑っていた。
(わかっていたけど、やっぱり恐ろしいほどの腕前ね)
そう、鈴は昨夜、セシリアとエミヤの対戦映像を見ていた。
同室だった生徒がたまたま録画していたそれを“まぁ見といて損はないでしょ”と片手間に見始めたが、そこでエミヤへの認識は大きく改められたのだった。
(試合開始時から終わりの間にどんだけ上達しているのよ。しかも、今はあの時よりさらに上手い!)
試合のほとんどをISの操作練習に費やしたような試合。
しかしそれだけの間に凄まじいほどの上達ぶりを見せ、挙句に僅かな隙から代表候補生を下してしまったのだ。
生半可な相手ではないという確信。
試合前のセシリアとの会話も気のない素振りをしたが、実際のところ言われるまでもなく本気で挑むつもりだった。
当然、彼が使用する機体などとっくに知っていた。
(気を抜いたらやられる―――。でも、それは普通の射撃戦だったらの話)
相手の強さを再認識しながら、相手を見据える瞳は依然として自信に満ちている。
タイミングを計り、旋回する軌道から外れ一直線に中心にいるエミヤへ向かう。
段々と円が大きくなるように旋回していたこともあり、加速には十分な距離がとられている。
{シールドエネルギーを削られる前に懐に入って、一気に畳みかける―――!}
両手には愛機、甲龍が誇る近接武装“双天牙月”を握り、最大加速でエミヤへと突っ込む。
「!」
意図に気づいたエミヤは、なおも銃撃を継続する。
しかし鈴は双天牙月を盾にしてそのほとんどを防いだ。
気づけば彼我の距離は10m、エミヤは動く気配もない。
(近接武器に替えないってことは、やっぱり射撃以外は苦手のようね。それに咄嗟に回避行動に移ってないってことは、操縦自体はまだ初心者――!)
相手に到達するその僅かな間すら、鈴は敵の状況から分析を行う。
(取った!)
両手の青龍刀を振りかぶる。
鈴渾身の一撃は、相手を両断せんばかりの勢いで叩き付けられた。
「ウソ……」
すれ違いざまの攻撃。
会心の一撃を与え、鈴から零れたのはそんな一言。
期待した手応えは無く、代わりに彼女に与えられたのは、つんざくような金属音だった。
「どういうこと!?」
急いで振り返るとそこで見たのは……。
「最初の旋回は様子見かと思ったが、まさか助走の距離を確保したうえで接近戦に持ち込んで来るとは。流石は代表候補生だな、凰君」
両手に大型ナイフを手にして不敵に笑う、エミヤの姿だった。
「……ありがと。ところで、それって防がれたあたしへの嫌味?」
(近接武器も使えたのね!でも一体、いつの間に展開したの!?)
不機嫌そうにエミヤへと軽口を返しながら、鈴の頭はこの状況の処理に追われていた。
(斬りかかる寸前までアイツは銃を持ったままだった……。まさか、あの一瞬の間に武器を切り替えて防がれたってわけ!?)
「とんでもない。距離をとったからには撃ち合いになると踏んでいたのでね、不意を突かれたよ。それに今の一合で、戦闘における君の技量の高さも十分すぎるほど伝わった。中途半端に回避に移れば防ぎきれないとは思っていたが、当たっていたらと思うとぞっとするな」
エミヤは肩を竦めるとそんなことを口にする。
その表情に、不意を突かれた焦りなど微塵も浮かんでいない。
「……だから、防がれたアンタに言われたら嫌味にしかならないっての」
(動かなかったのもアイツの計算だったってこと!?あいつはこっちの戦い方なんか知らないはずなのに、あんなにあっさりといなされるなんて――!!)
湧き出した焦りは、そのまま鈴の胸中にじっとりと染み込んでいく。
状況の整理がつけばつくほど、この男の脅威がはっきりする。
(セシリア、だったっけ。もうちょっと真面目に返事しておけば良かったわ)
実際に対峙したセシリアは、これをわかっていたのだろう。
鈴とて決して甘く見ていた訳ではないが、これほどとは考えていなかった。
頭が混乱しかかるが、鈴はそこでかぶりを振ると、大きく深呼吸する。
(落ち着くのよ凰 鈴音。相手が思ったより強いってだけ。不意打ちが失敗したなら、今度は真っ向勝負で勝てばいいのよ)
思考を切り替え、相手を見据える。
エミヤが構えているのは大型ナイフ。
長めの八斬刀を連想させるそれは、双天牙月と比べれば半分もない程度だ。
(大丈夫、あたしの双天牙月ならリーチでも破壊力でも勝ってる。近接戦闘なら負けないはず!)
そこまで考えて青龍刀を握りなおす。
力強い手ごたえのそれとは、今まで多くの訓練を共にしてきた
積み上げた多くの研鑽が、彼女に再び自信を与える。
「一応聞くけど、その二刀流はあたしの真似ってわけじゃないんでしょ?」
「ただの猿真似と思われるのは心外だな。確かに私より遥かに腕の立つ者など嫌というほど見てきたが、それらを相手にギリギリとはいえ凌いできたのだぞ」
「ふーん、まぁいいわ。そこら辺はあたしの目で確かめるから――!!」
再び剣を構えて突撃する。
絶え間ない剣戟の音が、アリーナ中に響きはじめた。
一方、満員御礼のアリーナの一画では、一夏をはじめ一組の生徒たちが真剣な眼差しで観戦していた。
「はぁ。近接戦になってしまうと、なんだかよくわかりませんわね」
セシリアはそう呟くと自然と伸びていた背筋の力を抜き、背もたれに身を預けた。
彼女がするには少々行儀が悪かったかもしれないが、幸い、周りは試合に没頭して気づく様子もなかった。
箒と一夏など、先ほどから微動だにせず剣戟を見つめている。
(箒さんは当然ながら、一夏さんも接近戦タイプ、それに剣術の心得もありましたわね。それにしても……)
客観的にエミヤの試合を見るのは初めてだったが、こうして見ればあの教師の技量を改めて実感する。
(でも相手は先生の射撃にも動じなかった。……あの方、わたくしとの試合の映像を見ましたわね)
突撃するまでの間、正確な射撃に晒されながらほとんど動揺していなかったのも、事前に敵の情報を手に入れていたからだろう。
試合前の会話は相手を軽んじているようにすら感じられたが、その胸中ではそれなり以上に警戒していたという訳だ。
(それで、接近戦に持ち込んだ、と)
武装を見ても、鈴の機体“甲龍”は中~近距離戦を想定している。
だからこそ鈴は、相手にペースを崩される前に自分の土俵へと引きずり込もうとしたのだろう。
(ですが、そこから先は想定外だったようですわね)
一息に肉薄しての近接攻撃。
鈴の中では渾身のものだったろうそれが防がれた時の表情は、いつかの試合でセシリア自身が浮かべていたものと同じであろうことは容易に想像できる。
そこから動揺が広がっていく様子などは、思わず鈴に同情してしまい苦笑が漏れた。
(しかし現状を見ている限りは、エミヤ先生が不利のように見えますが)
二人が扱う武器はサイズからして大きく違う。
鈴が使う双天牙月の一撃はその巨大さに見合った重いもので、エミヤはそれを受けるたびに姿勢を崩されている。
傍目には、鈴の攻撃をエミヤがなんとか凌いでいるように見える。
(ですが、あの方があのまま終わるなど到底考えられません)
「はぁああああああっ!!」
鈴は絶え間なく剣を振るい続け、エミヤは一心にそれを防ぎ続ける。
(嘘でしょ!なんでこんなに強いのよ!?)
斬り合いの中で、鈴の顔は苦々しくゆがんでいる。
予想通り、武器の性能でいえば鈴に分があった。
その巨大な青龍刀の一撃を受ける度、エミヤは防御を崩されている。
しかしそれだけだった。
そのまま押しつぶそうと攻撃の手を緩めることはなかったが、未だその刃はエミヤに届いていない。
理由は単純、次の手が来る前に立て直されているのだ。
結果として、エミヤは防戦一方であるものの鈴も攻めあぐねているという膠着状態に陥ってしまった。
「くぅっ!!」
悔し気に唸った鈴は、エミヤを押し飛ばすように剣を叩きつけ、その反動で彼から距離をとった。
そのまま再び、エミヤの周囲を旋回し始める。
「……」
鈴の出方を伺っているのか、エミヤは構えを解きながらも目を離さない。
こちらを見つめるその目は、試合前と変わらず冷静なままだ。
(あいつ!!)
余裕のない自身に比べ、平然としているその態度に思わず舌打ちする。
武器の性能で勝りながら攻めきれないということはつまり………。
(あいつの方が上手いってこと!?)
技量で劣っている。
一瞬浮かんだその事実をかき消すように、鈴は再び突撃する。
「はぁっ!!」
「!」
速度を乗せて斬りかかる。
破城鎚のような一撃を真正面から受け止めたエミヤは、その勢いを殺しきれず後退する。
(ここっ!!)
すかさず鈴も加速して突っ込み、大きく双天牙月を振るう。
否、振るおうとした。
「えっ」
加速を始めたばかりの刃へ、エミヤのナイフが叩きつけられる。
「っ!このっ―――」
驚きながらも反対の青龍刀を振り上げるが、それもまたすぐに阻まれた。
「なっ!?」
二度続いたことで、今度こそ驚愕が表情に現れる。
エミヤの目は、その顔を冷静に射抜いていた。
「一転攻勢、ですわね」
試合を見ながらセシリアは一人呟く。
流れが変わったかのように今はエミヤがひたすらに剣を振り、鈴は焦りながらそれらを必死に防いでいる。
この試合展開には驚きつつも、どこか「やっぱりか」と思ってしまっている自分にクスリと笑った。
「その表現は正確ではないぞ、セシリア」
そんな思考を遮ったのは、その呟きを聞いていた箒だ。
試合から目を逸らさず発した言葉にセシリアは首を傾げると。
「どういうことですの、一夏さん?」
「えっ」
「貴様っ!!」
当然のように一夏へ質問を返した。
「いや。俺に聞かれてもな……」
突然話を振られた一夏は困ったように頭を掻きながら。
「でもそうだな、確かに先生が攻めているっていうのは違う感じがする。むしろ守ってるというか……」
「どういうことですの?どう見ても防戦なのは鈴さんではなくて?」
「うーん、俺もどう言っていいかわからないんだよなぁ」
一夏は困ったように言うと、助けを求めるように箒へ顔を向ける。
ジト目で二人のやりとりを見ていた箒は、そのままむすっとした顔で口を開いた。
「一夏の言う通り。先生の意図としては依然鈴の攻撃を警戒し、防いでいるのだろう」
「ですから、そう思う理由を――」
「ええい、今から話すのだ!……彼女の扱う青龍刀はあの巨大さから察するに、かなりの重量だろう。十分な勢いで振るわれれば、破壊力は相当のものだ。事実、先ほどまで先生は防ぐ度に体勢を崩されていた。ああもすぐ立て直されては隙もほとんどないのだがな」
そこで一旦切った箒へ、二人は無言で続きを促す。
気づけば、周りの生徒たちも箒の説明に耳を傾けていた。
「だが重量があるなら、その分加速に時間がかかる。武器の最大威力で負けるなら、相手の攻撃の出先に自分の最大威力をぶつけてばいい」
「つ、つまり?」
「簡単に言えば、先生は先ほどから鈴の出鼻を挫き続けているのだ。攻撃の予兆を見逃さず、相手の初速に自分の最大威力をぶつけている」
「なるほど~」
おぉ~、と一組一同から声が漏れる。
誰もが納得した中、セシリアは顔を強張らせながら口を開いた。
「箒さん。今起こっている状況はわかりましたがそれって―――」
「私程度の技量ではまず無理だな。いや、むしろそれが出来る程の達人が何人いるかという話だ」
セシリアの問いに箒は、平然と頷いた。
「くうっ!」
「………」
鈴から悔し気に 漏れる声を聴きながら、エミヤは冷静に相手を見る。
彼我の姿勢や相手の目線、息遣い、表情。
ここまでの斬り合いで、相手の剣筋も掴めた。
それら一切を整理し、紡ぐことで一つの答えを見つけ出す。
「ぐぅっ!またっ!」
それは、より多くに手を差し伸べるために鍛えられた鉄の心。
ただひたすらの、血の滲む様な修練と多くの失敗の末に築き上げたその鷹の目は、あらゆるものを見逃さず忘れない。
「……わかったわよ」
だから、それは例えるなら予感に近かった。
「認めるわ。アンタは強い。思ってたよりずっとね」
「おや、決着は到底早いと思うが?」
「そうね。戦いはこれからだもの。……対抗戦があるからここで手の内晒したくなかったけど、そんなこと言ってたら負けるわね」
斬り合いの最中、エミヤの剣を受けながら鈴は覚悟を決めたように口にする。
それに軽口で応じながら、エミヤは自身が感じたモノの答えを見つけようと頭を回転させていた。
彼は直感や未來視など持っていない。
にもかかわらず感じたのならば、過去に経験した何かと同じものを嗅ぎ取ったからだ。
斬り合いの途中で鈴の肩部ユニットが変形していたのは認めていたが、特に何か起きることなく注視するにとどめていた。
しかし今になってそれが引っかかるのは何故か。
両者の距離か、彼我の体勢か、あるいはこの場の空気なのか。
「これで――!!」
何かまではわからず、しかし彼の経験は瞬時に
地上に向かい最大加速で下がりながら、両手の剣を盾とする。
「はぁっ!?」
「くっ!」
途端、エミヤの全身を衝撃が襲う。
盾にした剣と全速後退で多少威力を殺せたのか、エミヤはゆっくりと減速しながら地上付近で静止した。
「成る程、不可視の砲撃か」
「……なんで防いでるの、アンタ」
「いやなに、こうした攻撃を受けるのは初めてではなくてね」
「なに、言ってるのよ……」
平然と受け止めてみせたエミヤは、上空にいる鈴を泰然と見つめている。
鈴の胸中は防がれた驚愕と、エミヤのその態度による苛立ちで覆われていった。
「不可視の剣、不可視の拳の次は砲撃か。まさかこのようなことが出来るとはな」
「だから――」
「いやはや、地上から神秘が失われるのも道理か」
「何を言ってるのよアンタは―――!!!」
鈴の叫び声とともにエミヤは弾かれたように地上スレスレを滑る。
すると一瞬前にいた地面からは突如大きな土埃が上がり、クレータが出来上がっていた。
「また躱された!」
鈴が怒りの声をあげると、アリーナの地面のアチコチが凹み、土埃が舞い始める。
エミヤはそれらを間を縫うように移動し、悉く躱した。
「なんで当たんないのよ!!」
鈴の怒号が響く。
鈴が撃っている甲龍の遠距離兵装“龍咆”は空間自体を圧縮することで砲身とし、その衝撃を砲弾とする不可視の兵装だ。
砲弾は勿論砲身すら見えないのだから、相手は何処を狙っているか、何時撃つのかわからない。
それこそが、この武器の特徴であり最大の強み。
それが当たらないとあって、鈴の動揺は半ば怒りに置き換えられている。
(なんで!?なんでなのよ!?)
撃つ手を緩めず、鈴の思考はもはや平静など保てていない。
「このっ!このぉ!」
「………」
一方で躱すエミヤにとって、不可視であることはさして大きな障害にはなっていなかった。
そも、彼は初めから砲身など見ていない。
先ほどから、彼が見ているのは鈴自身だった。
狙いをつけて、引き金を引く。
彼がこの状況の突破口にしているのは射撃の動作そのものだ。
砲身は見えなくとも彼女の視線と自分の体勢で着弾地点を割り出し、放たれる瞬間を見切ることで回避する。
実際に引き金を引いていなくても構わない。
重要なのは攻撃を決定する意思である。
アサシンですら攻撃に転じれば気配遮断のランクが大きく下がるのだ、彼女たちなら造作もなくその瞬間が見て取れる。
セシリアとの試合も、撃つ瞬間を読むことで射線から身をかわしていたのだった。
「フッ――」
「あぁ!!もうっ!!」
タイミングを合わせ、急減速する。
自分の目の前に衝撃砲が着弾し、苛立ちの声が頭上で響いた。
(さて、ここからどうするか……)
(なんなのよアイツ!!)
砲撃を全て躱され、鈴の苛立ちはどんどん大きくなる。
より正確に狙いをつけるため、視覚補正を最大倍率、高感度モードに設定し、なおもエミヤを追い続ける。
と、それまで地上付近を駆けていたエミヤが急上昇する。
(逃がすか――――!!)
鈴もその姿を追う。
エミヤは鈴を追い抜き、尚も上昇を続けている。
(上を取る気ね!やらせは――)
そうして見上げたに鈴は、エミヤが太陽に向かって上昇していることに気づいたのだった。
「眩し!!――」
高感度・高倍率にしていたことが仇となり、鈴の視界を強い光が差し込む。
人体保護のため即座に遮断・モード変更がされたが。
(しまった――!!)
機体情報等のデータは正常に画面に表示されてるが、全体がチカチカとしてよく見えない。
強い光を受けたことで、センサーが一時的に焼き付いているのだ。
(これじゃ何も見え――)
焦るところに、エミヤがアサルトライフルを叩きこむ。
「きゃあああああっ」
何処から受けたかもわからない銃撃に、鈴はひたすら翻弄される。
相手を見ようを首をアチコチに向けるが、未だ視界はぼやけて見えないままだ。
「凰君、何かあったか?」
「!!」
被弾時の様子に違和感を覚えたエミヤが、鈴へと声をかける。
彼としては太陽を背にして一瞬目をくらませ、その隙に回り込むだけのつもりだったのだ。
「何かあったのなら言いたまえ。場合によっては一時中断も――」
「っ―――――!!」
余裕など一切ない鈴に対して、エミヤは戦いの最中にも関わらず、こちらを気遣っている。
その事実に、鈴の中で何かがプツンと切れた。
「こんんのおおおおおおおおおおおお!!!!」
吠えるような鈴の声と共にエミヤが飛びのくと、アリーナのそこかしこで土煙があがる。
その様子に、席にいた観客はたちはどよめいた。
「おい、一体どうしたんだ!?」
「私にもわからない。直前の鈴の様子が変だったが」
「衝撃砲をあたりかまわずに撃っているのですわ。直前のはおそらく、高感度モードで太陽を見たことで、一時的にハイパーセンサーの調子が悪くなっているのでしょう」
困惑する一夏と箒へ、今度はセシリアが解説を入れた。
「いかにISが高性能とはいえ、瞬間的には対応できません。通常でしたら問題なく遮光機能が働きますが、射撃精度をあげるために高感度モードにしていたのために遮光機能の作動が遅れたのでしょう。わたくしも訓練で体験しましたわ」
「そ、そうなのか」
「勿論人体に影響はありませんし、センサーの機能もしばらくすれば回復します。おそらく、それまでの間一方的にやられないように弾幕を張っているのでしょう」
セシリアの説明に二人は成る程と頷く。
「でも、先生は鈴の衝撃砲なんかほとんど当たってなかったじゃないか。闇雲に撃って当たるのか?」
「ですから時間稼ぎなのでしょう。少なくとも、これでゆっくりと狙いを定めることは出来な―――」
そう言っていた矢先、回避機動をしていたエミヤの機体が大きく揺さぶられる。
「当たった!?」
「くっ」
エミヤは機体を立て直して、上昇するが、突如その頭上から叩きつけられるように衝撃砲が着弾し、再び機体を立て直しながら地表スレスレを滑った。
「なんで当たったんだ?」
「私に聞くな」
「わたくしにもわかりません」
呆然と見る中、エミヤの機体に再び衝撃砲が着弾する。
その様子を見守りながら、三人はひたすら首をひねっていた。
(やはりこうなるか)
一方、エミヤは揺さぶられる機体を立て直しつつ、この状況を冷静に受け止めていた。
そもそも、エミヤがそれまで衝撃砲を躱せていたのは、鈴の様子からその狙いと攻撃のタイミングを計っていたからだ。
故に、今は何も読み取れない。
他ならぬ鈴自身が何処を狙っているかわかっていないのだから当然だ。
しかしそれでも、通常なら銃口の向きから射線を見切ることが出来たはず。
そう、ここにきてその不可視の砲身と砲弾が猛威を振るっていたのだ。
(全く、我が事ながら―!)
相手はひたすら四方へ弾をばらまいているだけ、しかし不可視の弾は着弾時までどこに当たるかわからない。
当たるかどうかは完全に運次第といったところ。
そして。
「ぐっ!」
そうした完全な運頼りの場面において、エミヤはとことん引きが悪いのだった。
(このままではジリ貧だな。むっ――?)
思わず苦笑したエミヤの目は、その僅かな仕草を見逃さなかった。
(よし、段々見えてきた!!)
衝撃砲を辺りにまき散らしながら、鈴は僅かに安堵していた。
視界良好とは到底いかないが、曇りガラスを通したような映像で、アリーナを駆けるエミヤの機影がボンヤリと見える。
(この様子ならいける!!)
機体の詳細は分からずとも、位置が分かれば対処できる。
解析で入った機体データを見れば、相手のシールドエネルギーも大分削れていた。
僅かに見えてきた勝機をつかむため鈴が策を練っていると、エミヤが自分の真正面、同高度まで上昇する。
「!!」
彼我の距離はおよそ30m。
射撃を警戒して双天牙月を盾にするが、エミヤはそこから加速し、真っすぐ鈴へと突撃する。
ぼやけた視界でもわかる反射光は、間違いなく刃のそれだ。
「っ!上等じゃない!!」
盾とした双天牙月を構え直しながら、両肩の衝撃砲をチャージする。
(真正面から受ければ、あいつだって少しは硬直するはず。双天牙月で体勢を崩して、その隙に最大出力の衝撃砲を叩きこむ!!)
エミヤが迫る。
まだ薄くぼやけた視界では構えなどはわからないが、鈴は鈍くきらめく反射光に全神経を集中する。
猛スピードで迫るそれとは、訓練で何回も対峙している。
その光が見える位置から相手の構えと剣の軌跡を予測し、その空間へと右手の刃を振るった。
(ここ――!)
段々とクリアになっていく視界の中、鈴は自分の剣が相手の刃へ吸い込まれるのを見た。
(ドンピシャ!!)
しかし。
カツーン....
「えつ」
空虚な響きを残しながら弾き飛ばされていくナイフ。
あっけにとられたまま振りぬいた右手は、徒手になったエミヤの左手に掴まれる。
鈴が反射的に掴まれた腕を振りほどこうとした時には、鈴の左肩部“龍咆”の砲口にショットガンの銃口が押し付けられていた。
「しまっ」
響く銃声。
フルオートと見まごう勢いで放たれたスラッグ弾が、エネルギーの溜まった衝撃砲へ叩き込まれる。
「くぅうううううっ!!」
凄まじい勢いで削られるシールドエネルギー。
組みついていたエミヤは鈴を押し飛ばすようにして距離をとると、止めとばかりに再度スラッグ弾を撃ち込む。
その一発で限界を迎えた左の衝撃砲は爆発し、それによって右肩部も誘爆。
それらの爆風は当然のように鈴を巻き込み、そのシールドエネルギーを削り切った。
「きゃあああああああああああああっ!!」
『試合終了。勝者、エミヤ先生』
無機質なアナウンスが聞こえると、アリーナから歓声が漏れる。
地上でISを待機形態に変えながら、鈴はそれをボンヤリと聞いていた。
「負けちゃった……」
「凰君!」
ぼそりと呟く鈴へ、エミヤが若干慌てたように駆け寄る。
「怪我はないかね?それに試合中に少し様子がおかしかったが、目に何か問題が?」
「……特に怪我もないし、大丈夫よ。それに試合中のは高感度モードで太陽見ちゃって、センサーの調子がおかしかっただけだから」
「そうか。ならいいが」
ホッと息をつくエミヤにムッとする。
結局、蓋を開ければ完敗だった。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「あぁ、何かな?」
「最後のアレ、どこまで読んでたの?」
問うた内容は止めとなった攻撃。
「あぁ、あれか。君には悪いと思ったが、あの状況ではあれが一番の策だと思ってな。目の状態が良くなった兆しが見えたので、迎撃するであろう君を逆手に取らせてもらった」
「それだけど。あたしが他の対応するって考えなかったの?後ろに下がって衝撃砲撃つとか」
振り返れば、それはあまりにも流れるような動作だった。
いかに相手が先読みの化け物とはいえ、あそこまで即座に対応するにはヤマを張っておいたか、予知レベルで確信していたかのどちらかだ。
「……それは想定していなかったな。君は、あの手しか取らないと踏んでいた」
「へぇ、なんでよ」
己の思考の単純さをからかわれたように思い、不機嫌そうに鈴が問う。
エミヤはそれに笑顔を向け。
「喧嘩を売られたら受けて立つ。真正面から、堂々と。それが君の流儀だろう?」
そう、優しく口にした。
「!!!」
「やはりな。私の知人にもそうした気風の女性がいたのだよ。手の付けられなさは君より遥かに格上だが、そういった点に関して言えばよく似ている」
鈴の胸を驚きが満たしていく。
相手が自分の性格すら作戦の中に入れていた。
そして、人によっては短所として指摘するであろうそれを懐かしむように、誇っていいのだと言わんばかりに口にした。。
「……完敗ね」
肩から力が抜ける。
この並外れた強さを持つ教師は何者なのか、疑問は尽きない。
だがとりあえず鈴の嫌いな大人の類ではなさそうだし、何より鈴は全力でぶつかりそして負けた。
根がさっぱりとした彼女にとって、とりあえずはそれで十分だった。
「あー、なんていうか……色々すみませんでした、“エミヤ先生”」
「むっ、どうかしたのかね?」
「だーかーらー。アン……先生が強いのはわかったし、私はぼろ負けだし。という訳で、これからはちゃんと一教師として対応するわ」
そう言うと、鈴はエミヤに背を向け、ピットへと歩きだす。
すると、一夏、箒、セシリアの三人がピットから鈴たちの方へと駆け出しているところだった。
「おい鈴!大丈夫か!?」
「一夏!!」
「うおっ!?なっ、なんだ!?」
「いい?今回は負けたけど、アンタとの試合はこうはいかないんだから。覚悟しときなさいよ!!」
「え、あ、あぁ。受けて立つぜ!!」
一夏の返事に満足したのか、鈴は一夏達とすれ違うとそのままピットへと消えていった。
振り返ってそれを見送った三人は、エミヤの方へと駆け寄る。
「お疲れ様です先生」
「あぁ、全く疲れたよ」
一夏の言葉に苦笑を返す。
「今回見た二刀流が、先生本来の剣術なのですか?」
「あぁ、あの程度のものだが、私には一番馴染んでいてね」
「銃器から剣術まで何でも出来るなんて、本当に、一体何者なんですの?」
「そうだな、前職はまぁ、しがない掃除屋……とでも言っておこうか」
「まぁ、冗談がお上手ですこと」
箒、セシリアの問いにも言葉を返すと、エミヤはふと肩を竦めた。
「疲れたので私も戻るとしよう。……あの青龍刀と衝撃砲、特に衝撃砲は中々に厄介だぞ、織斑君」
歩き出しながら、エミヤは一夏へからかうように声をかける。
「うっ」
「私はこれで憂いなく、君の試合を楽しむことが出来るわけだ」
「ぐぅ、そうだった……」
エミヤの言葉に、困ったように頭を抱える一夏だった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は遥か昔に脳内で出来上がってたものに加筆すればよかったので、早く書けました。
もう皆さまを裏切らないようにしたいです、ハイ。。。
ところで今話の冒頭で、というか前々から分かっていたかと思いますが、このお話のヒロインの一人は千冬さんです。
思いつくまま書いているので書ききれるかわかりませんが、時たま出るヒロイン千冬さんをお楽しみください。
それでは、今後も頑張りますのでよろしくお願いいたします。