PERSONA3:Reincarnation―輪廻転生―   作:かぜのこ

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■Empress:III「Changing Seasons」

 

 

 

 

 それは、新学期を迎えた四月の始め、ある日の放課後のことだ。

 

 水泳部の活動を終え、渡り廊下を通って校舎に戻ろうとしていた澪は、見覚えのある横顔を見つけた。

 彼女は、どこか呆然としたように立ち尽くしている。

 

「山岸さん?」

 

 澪の声に、ショートヘアの少女がハッとしたように振り返る。

 山岸風花。高等部入学以来の友人だ。

 小柄で、控えめ。優等生だが自己主張に乏しく、大人しい。まるで小動物のような少女だが、芯に強い部分を隠していることを澪は知っている。

 しかし、今は様子が明らかにおかしい。

 

「あっ、如月、くん……」

「こんにちは」

 

 戸惑ったような様子に違和感を感じつつ、澪はいつもと変わらず普段通りに振る舞うことにした。

 何気なく歩きよる。足音を立てないのはいつもの癖だ。

 

「こ、こんにちは、水泳部の帰りですか?」

「珍しいね、山岸さんがこっち来るなんて。もしかして、何か用事?」

「え、あ、いえ、その……」

 

 余所余所しい態度に、澪は少しだけ目を細めた。

 

「ふぅん。……トラブルにあってるなら相談してね。僕じゃ、頼りないかもしれないけど」

「! い、いえ、そんな!」

 殊勝なことを言ってみせれば、風花は慌てたように否定する。そんな彼女の振る舞いが、いちいち小動物じみていてかわいいと密かに思っている。

 

「あの、じゃあ私、行きますね」

「うん」

 

 そうして風花とは別れた。

 しかしその彼女の微笑みが、澪にはどこか憔悴したように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5/12・火

 辰巳ポートアイランド 通学路

 

 最寄り駅から月光舘学園まで続く通学路は朝の静けさに包まれている。始発が出たばかりの時間帯では無理もない。

 そんな人気の疎らな道を、青みがかった黒髪の少年がのんびりと歩いている。

 耳元には彼のトレードマークであるイヤホン、猫背で両手をポケットに突っ込んで小脇に革製の鞄を抱えるいつものスタイル。親友から「イヤホンマン」と揶揄されるこのスタイルを、彼は暑い季節だろうが寒い季節だろうが意地でも通している。

 また今朝は水泳部の自主練のため、通学鞄の他に、水着やタオルを収めたナイロン製の青いナップザックを肩にひっかけていた。

 

 如月澪。一六歳

 月光舘学園高等部に在籍する二年生。生徒会副会長を務め、成績優秀品行方正。水泳部ではエースと呼ばれる絵に描いたような優等生。

 そして、特別課外活動部(S.E.E.S.)副部長にして現場リーダーを務める“最強のペルソナ使い”。シャドウの天敵、“死”を狩る死神《タナトス》と様々な秘密を抱える以外は、どこにでもいるような高校生――と自己評価する、どこかズレた少年である。

 

(……うん、この新譜悪くない。やっぱり総帥、いい趣味してるな)

 

 イヤホンから聞こえるオーケストラ、その荘厳で壮大な音に身を委ねる。

 今、胸元の音楽プレイヤーが流しているのは、先日桐条武治から勧められたクラシックの新譜だ。

 多忙な彼は、国内はおろか時には海外を転々として一つのところに留まらない生活を続けている。そんなと、澪は頻繁に手紙――文字通りの意味で――連絡を取り合っていた。

 内容は、自身の近況や美鶴の日々の様子、そしてS.E.E.S.の活動の進展についての報告であったり、あるいはごくごく私的な、例えば共通の趣味である音楽についてのやりとりであったり。

 養父とも言える桐条氏のことを澪はとても慕っている。無論、公人としての部分――先代の凶行を諌めることができなかった点について、思うところがないわけではないが。

 彼の妻――つまり、美鶴の母親。身体が弱く、病気がちで今も離れたところで静養している――からも気に入られていて、実の息子のように扱われていた。

 だが澪は、彼らから家族のようによくされる度、僅かに良心を痛めている。

 ――何故なら澪は、打算的な思惑を持って彼らと付き合っているのだから。

 

 

   †  †  †

 

 

 月光舘学園に到着した澪は、迷うことなく体育館に併設されたプールに向かった。

 懐から鍵束を取り出すと、顧問から預かっている合い鍵を使い中に入る。循環式の温水プールには今朝も並々と水が張ってあり、いつでも使えるようになっていた。

 

 自分のロッカーを開く。

 彼の淡泊な性格通り、必要なもの以外無駄な私物が一切納められていないロッカーに荷物を置き、いそいそと制服を脱ぎ始める。

 制服はしわが残らぬように丁寧に畳み、ゴーグルとスイムキャップを携えたら、いざ朝練の開始だ。

 

 

「オッス! 今日もはえーな、如月は」

「おはよー、如月君。ホント、毎日一番乗りだもんね」

「ん。ミヤ、西脇さん、おはよ」

 

 プールサイドで入念な準備体操をしていた澪に部活の仲間が声をかける。水着姿の宮本とジャージを着た結子だ。

 幼なじみ同士の彼らは、同じ水泳部の部員として行動を共にすることが多い。

 また、どこか抜けている宮本を、面倒見のいい結子が何やかんやと世話を焼く光景がそこかしこで散見されている。

 澪は密かにそんな二人をお似合いだと思っているが、流石に口には出さない。

 単純に下世話だし、余計なことをして変に拗れたら嫌だ。中等部から続く“仲良し五人組”の関係を澪はとても大事にしていた。

 

「でも如月君、毎日早くに起きてだいじょうぶ?」

「ちゃんと寝てるよ、八時間」

「じゃあ、昨日寝た時間と今朝起きた時間は?」

「十一時と五時かな」

「計算合わないよ!?」

 

 とある“オカルト的な場所”で時間に関係なく休んでいることは秘密である。

 流石に、“女教皇”戦直後の昨日は時間ギリギリまで寝ていたが。

 

「如月、一勝負しようぜ!」

「ん。受けて立つ」

 

 宮本の挑戦に、澪は淡々と、だが僅かに戦意を漲らせて答える。

 とはいえ、授業が始まるまで時間はそれほどない。彼らは軽く流す程度に、しかし真剣な勝負に打ち込むのだった。

 

 

   †  †  †

 

 

 昼休み。

 長くはない休み時間を少しでも堪能しようと生徒たちは足早に、各々の目的地へと散っていく。

 学年主席を長年務める優等生の澪は今日も無難に午前の授業をやり過ごし、本日の昼食を学園の敷地内にある小さな庭園で摂ることにした。

 宮本と、数年来の親友である友近が一緒だ。

 

 鞄からおもむろに取り出した青い包みを解くと、同じ色の大きなランチボックスが現れた。

 僅かに上機嫌な様子で蓋を開ける澪。中には、昨夜の夕食のついでに用意した手作りの昼食が入っている。

 それなりに栄養バランスの考えられた、どちらかと言えばボリューム優先の弁当だ。

 

「おおー、今日は唐揚げメインか。いつ見ても如月の弁当は美味そうだよな」

「同感。それに比べて俺らは購買のパン……無情な格差を感じるな」

 

 歓声を上げる宮本と、焼きそばパンなどのおかずパンを手に苦笑する友近。

 物欲しそうにする二人に、澪は胡乱げな目を向ける。

 

「それほど凝ったものじゃないよ、これ」

「だとしてもスゲーって、実際。俺らからしたらさ。如月の手作りなんだろ」

「ま、ね」

「朝練の早起きに、お袋を付き合わせるのも悪いしなぁ」

 

 二人は口々にほめそやす。煽てられて悪い気のしなかった澪は、腹ぺこな少年たちに特大の唐揚げを四つほど恵んでやることにした。

 

 益体のない雑談――本日の議題は、某国民的週間少年マンガ雑誌についてだ――などを交わし、友好を深める。

 その間に、弁当の半分を消費した澪はペットボトルでお茶を飲みつつ、反論する。

 

「二人も、料理くらい覚えたらいいのに。自分で作って自分で消費する……エコだよね」

「荒垣先輩みたいにか?」

「うん」

「あー、無理無理。ありゃプロの仕事だって。つーか荒垣さんの腕、マジヤベーからな。はがくれの店長がのれん分けしてもいい、っつてたくらいだし」

「へー、そうなのか?」

 

 はがくれの常連として荒垣と交流の深い友近が、彼の料理の腕前について力説する。

 一見ぶっきらぼうだが面倒見はいい荒垣は、何気に下級生に人気がある。主に同性だが。

 

「そういや、荒垣さんの様態ってどうなんだ?」

「そろそろ退院できそうだって聞いたよ。思ったより早く戻ってこれそうでよかったよ」

 

 まあ、()()に出るのはもう少し時間がかかるだろうけどね。澪は、心の中でそう付け加えた。

 来月の頭には退院できると主治医から報告を受けている。全治三ヶ月の重傷を負ったにも関わらず割合早く治療が済んだのは、(ひとえ)にペルソナ能力のおかげである。

 ただ、病み上がりの荒垣を戦わせるほど澪は馬鹿ではない。戦力そのものは充実しているので、復帰を急ぐ必要もないだろう。

 荒垣自身から鈍った身体を鍛え直したいとの要望がでているし、奏たちに合流させるのは七月に入ってからと考えていた。

 

「如月、急に黙っちゃってどうした?」

「ん? 将来のこととかをいろいろと」

 

 と、適当なことを言ってはぐらかす。すると友近が大げさな反応を示した。

 

「おーい如月ーぃ、ここで優等生しちゃう? 残り少ないモラトリアム期間を一緒に楽しもうぜ?」

「とか言いつつ進学塾に粛々と通っているトモチーであった」

「うぐ。お、お袋がうるせーんだよ。月校には大学部ねーし、来年になったら受験だろ、俺ら。だからさ」

 

 友近などの初等部組は月光舘学園入学以来、受験戦争という荒波に揉まれていない。彼の母親の心配も宜なるかなといったところだ。

 そこまで言って、友近は顔をしかめた。

 

「ってか、トモチーって呼ぶのやめろって、キモイだろ」

「つーか、そんな感じのアイドルいたよな? なんだっけか、クジなんとかって名前の」

「うん、久慈川りせ。よく知ってたね、ミヤ。それにしてもりせちーかわいいよね。デビューしたての頃、桐条グループ主催のイベントに出てるのを見てからファンなんだ」

「でた、出たよ如月お得意の雑食性。ホントお前、いつか桐条さんに刺されんぞ。……お前あの人と付き合ってんだろ、ぶっちゃけ」

 

 声を潜め、恐る恐る聞いてくる友近。今更確認することでもないというか、聞くに憚られるというか。仲間内ではそんな扱いをされている話題だった。

 

「まあ、ぶっちゃけ。というか、両親公認?」

「マジか。逆タマか、逆タマなのか!?」

 

 サラッと放たれた問題発言に目を剥く友近。言わなかったっけ?などとすっとぼける澪は悪びれない。

「どうでもいい」とばかりに騒ぐ友近を無視して、宮本と今日の部活動について相談するのだった。

 

 

 澪は自身のことを、打算的で欲深な俗物であると見ている。あまり周りからそう取られないのは彼が寡黙で、ストイックに振る舞っているからだろう。

 澪が桐条に協力しているのは、タルタロス攻略や影時間抹消のためだけではない。勉学に励むのも部活動で成績を残すのも、生徒会などの学校行事に積極的に参加するのも全ては“目的”合ってのこと。必要でなければ、人付き合いすらしないで引きこもっているという自覚がある。

 彼は、本質的には内向的かつ無気力で、無関心と不感症を煩った今時の都会っ子なのだから。

 

 そんな澪がストイックに活動し続けるその目的――それは、亡くなったら両親からもらった大事な“命”を最大限全うすること。そして、叶うなら幸福な人生を歩みたい――それが彼の望みだ。

 死んだ両親へのせめてもの親孝行であり、また自身を実験動物(モルモット)扱いした“オトナ”に対するささやかな復讐でもある。

 彼らの築いた全てを奪ってやるという暗い願望。野心。

 だから、桐条グループの中で確固たる地位を築くために自分を磨き、特別課外活動部に関係ない部分でもいろいろと画策していたのだ。

 その甲斐あって、美鶴の右腕としての将来は約束されたも同然だ。彼女の両親からは、内々にだが婚約者候補――本来いた婚約者は、人格その他の不適切な面を暴いて蹴落とした――にという話まで上がっている。

 彼にとってシャドウとの戦いも、タルタロスの先に待ち受けるであろう“モノ”も、「自分の人生を全うする」という大目的の前では乗り越えて当たり前の消化試合でしかないのだ。

 少なくとも、澪は本気でそう思っている。

 

 

   †  †  †

 

 

 放課後。

 澪は、いつものように女子――ごく一部例外あり――たちの秋波を感じつつ、いつものようにイヤホンマンスタイルで昇降口の片隅の壁に背を預けていた。

 真田のように群がってきたり、黄色い歓声が上がらないのは、澪が美鶴のお着きと目されているからだろう。“月校の女王”桐条美鶴相手に、正面から挑もうという気合いの入ったコはなかなかいない。逆はあり得るが。

 

 そうこうしてしばらく。

 ぼんやりと聞いていた洋楽のアルバムが終わりに差し掛かった頃、待ち人がやってきた。

 

「すまない。待たせたな」

 

 鮮やかな紅い髪を揺らす美鶴。颯爽としているが、表情は明らかにシュンと萎れている。

 だが、下手な言い訳をしないのが桐条美鶴という少女だ。気心の知れた澪が相手だからというのもあるだろう。

 

「あんまり遅いから、先に帰ろうかと思ってたとこだよ」

「……そう意地の悪いことを言わないでくれ」

 

 出会い頭に突き放した物言いをされ、美鶴はシュンとしたように長い柳眉を下げた。もしかしたら、「今来たところだよ」的なお約束のやりとりを期待していたのかもしれない。

 この氷の女王、イジるとかわいいということを知るのは澪だけだ。もっとも、こんな顔をするのは彼の前だけだろうけれども。

 

 益体もない言葉を交わし合い、出発する。 

 その間、下校中の生徒たちから注目され、視線を浴びるが仕方ない。二人とも慣れたものだ。

 

「久しぶりだな、こうしてお前と二人で下校するのは」

「そうだね。最近は選挙活動とかあったし」

「うん。これからはお互いもっと忙しくなるだろう」

()()()の方も本格化してきそうだ」

「そうだな。……あまり、今は考えたくないがな」

「どうして?」

「お前との時間に、()()を持ち込みたくないんだ」

「美鶴さん、甘えたいんだ?」

「悪いか?」

「ぜんぜん。……腕組む?」

「……うん」

 

 差し出した腕に、美鶴はそっと自分の腕を絡ませてくる。

 澪が、美鶴は花が咲くように笑みを見せた。こういうとき、彼女は常にないあどけない表情を浮かべる。緊張を解き、リラックスしたときにだけ、気を許せる相手にだけ見せるのだ。

 ほとんど同じ視線の高さで、二人はほんの数瞬見つめ合った。

 

「せっかくだから、どこかに寄っていこうか。お茶しようよ」

「うん、いい考えだ」

 

 澪の提案に、美鶴が破顔する。

 生粋のお嬢様である美鶴だが、庶民的な遊びにも理解がある。

 澪が以前から遊びを教えていたたこともあるし、そもそも月光館学園高等部の校則には下校時の道草についての規則などはほとんどないのだ。

 常識の範囲内であれば、何ら問題はない。

 

「ほんと、美鶴さんはかわいなあ」

「……ん、ばか」

 

 

 

   †  †  †

 

 

 午後八時、巖戸台分寮。

 

 来週に控えた試験勉強をキリのいいところで切り上げ、澪は二階にある自室から階下に降りる。

 階段脇のバーカウンター席で、順平がカップめんを啜っている。またその横では真田が好物の牛丼を貪っていた。

 どちらも試験勉強の合間の休憩だろうか。

「おお? おやおや?」と、澪に気がついた順平が妙な声を上げる。

 

「真田さん、真田さん、優等生サマがまた夜遊びに出掛けようとしてますよっ」

「なんだ、そのノリは。……如月、夜に遊び回ってるわけじゃないよな?」

「まさか。順平じゃあるまいし」

「だよな。安心したぜ」

「ちょっ、何か思わぬ風評被害受けてるんすけど!」

 

 騒ぐ順平に、真田がやれやれと肩をすくめる。

 何だかんだで二人はうまくやっているようだ。

 ノリこそ違うが、順平の気が利く部分はお節介焼きな幼なじみに通じるものがあるので、真田としても付き合いやすいのだろう。

 

「はいはい。じゃあ夜遊びにいってきますよ」

「なんかオザナリすぎじゃなね?」

「どうでもいい」

 

 茶化してくる順平を軽く流しつつ、フロアを進む。

 定位置のソファーで洋書――だいたいの場合、ベタベタの恋愛ものだ――を読んでいた美鶴に声を掛ける。

 

「美鶴さん、今から出かけるから」

「澪、“眞宵堂”か?」

「うん」

「そうか。わかっているとは思うが、くれぐれも高校生として節度を持った行動を心がけてくれ」

「わかってる。いってきます」

「うん。いってらっしゃい」

 

 どこかトゲのあるゆかりの視線をスルーしつつ、澪は古めかしい扉を開いた。

 

 

 門限後の外出は、澪の副部長としての特権の一つだ。

 タルタロスで得た戦利品や、個々人の武装・備品の管理の一貫である。掲示板脇に用意された連絡ノートに書き込まれた要望には、おおむね副部長の澪が対応している。

 また、奏に夜間の一人歩きをさせるわけにはいかないので、タルタロス攻略に必要な物資の買い出しを代行したりもしていた。

 

 人もまばらになったモノレールに乗り、再びのポートアイランド。

 ポロニアンモールの片隅、怪しい雰囲気を漂わせる骨董屋“眞宵堂”に澪は訪れた。

 

「こんばんは」

「……いらっしゃい、坊や」

「ええ」

 

 気怠げで退廃的な雰囲気の女性が澪を迎える。薄暗い店内、紫煙の上がるキセルがやけに物悲しい。

 こう見えて、この眞宵堂はS.E.E.S.の活動を助けるために設置された桐条の出先機関の一つである。

 タルタロスから発見される稀少物質(フォルマ)やシャドウから得た戦利品の引き渡しと換金、それによって開発された新装備の提供などを行っている。ポロニアンモール駐在所の黒沢巡査も武器等を扱っているが、こちらが扱うのはもっと超常現象(オカルト)的な品だ。

 

「今日も大漁ねぇ。どんだけシャドウを狩ったんだい?」

「覚えてないです。どうでもいいから」

「相変わらずね、坊やは」

 

 この女店主は、かつてエルゴ研に所属していた研究員だった。

 しかし、自分たちのする研究に恐れをなして離脱。それが幸いして命を拾い、在野でくすぶっていたところを見いだされて再びこの地に居着き、こうして骨董品店を営んでいる。

 今は個人的にペルソナそのものについて研究しているらしく、奏のワイルド能力には強い関心を持っているようだ。

 

「……それで、これは頼まれてたジェム一式。代金はさっきの換金分から引いとくから」

「ありがとうございます」

 

 宝石やシャドウの欠片を引き渡し、代わりに魔法の込められた使い捨てのアイテムを受け取る。

 さすがに少なくない現金を持ち歩くのは不用心なので、戦利品を売却して得た資金は、部の活動費と共用にしている巖戸台分寮運営用の口座へ振り込んでもらうことになっている。こちらの管理も、美鶴から依託される形で澪が行っていた。

 

 女主人が、探るような視線を向けてくる。

 

「それで……どうだい、タルタロスの攻略は?」

「まだまだ、先は遠いとかな、と」

「なるほどね。……あまり無理はしないことだよ、坊やにもしものことがあると私も困るからね」

「心配してくれて、ありがとうございます。でも……今年度中にはカタを付けてみせますよ」

 

 

 

 さておき、用事を済ませた澪は、店主の複雑な視線を背に受けつつ、眞宵堂を出る。

 途中、“ゲームパニック辰巳店”の店頭にあるUFOキャッチャーで新登場の「ジャックフロスト人形」をワンコインであっさり入手しつつ、目的地へのんびり向かう。

 人目を避けるようにしてたどり着いたのは一見すると何の変哲もない路地。その先には、不可思議な淡い光を放つ青い扉がひっそりと佇んでいた。

 

「……」

 

 澪は懐から鍵束を取り出すと、扉と同じ青い鍵を差し込んだ。

 ぎぃ、と軋む音を立てて開く扉。

 不可思議な光が漏れ出して、澪を包み込む。

 

 扉の先に広がっていたのは、青い花々が咲き乱れた円形の小さな庭園。

 中心には飾り気のないガーデンテーブルがあり、茨の絡んだ青い扉がいくつも立ち並んでいた。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 そこで待っていたのは長鼻の怪老――ではなく、青いエプロンドレスにヘッドドレス――俗に言うメイド服を纏った銀髪の美女だった。

 なお、丈が長い本格的なヴィクトリアンスタイルである。

 

「このエリザベス、一日千秋の想いで澪様をお待ちしておりました」

「大げさ」

 

 深々と腰を折り、三つ指を突きかねないほど丁寧な物腰での出迎えを、澪は一言で切って捨てる。この女性――エリザベスは真顔で本気か冗談かわからない頓珍漢な言動をするので、いちいち取り合っても埒があかないのだ。

 もっともエリザベスの頬が僅かに紅潮していることから、満更冗談というわけでもないようだが。

 

「というか、ここベルベットルームじゃないし」

「いえ、ご覧の皆様のご期待に応えなければと。メタ的な意味で」

「どうでもいい」

「まあ! 本日の“どうでもいい”、いただきましたー」

 

 裏返り気味の奇声を上げるエリザベスに、澪は白々とした視線をむけた。

 このエリザベス、以前はともかく近頃は社会常識を学んでわりと普通に――容姿や服装はともかく――振る舞っているのだが、たまにこうして素っ頓狂な言動をする。真面目で真っ直ぐな性格が変に作用しているようだ。

 そこが彼女の持ち味と言えば聞こえがいいが、要は単なる変人である。

 

「……」

 

 ブレない“同居人”に澪は呆れたように肩を竦め、視線を踊らせる。

 独りでに実体化して片膝を突いた《タナトス》の周りに、四羽の青い蝶々と一羽の金色の蝶々がひらひらと舞っている

。澪はそのある種のどかで幻想的な光景に、目を細めた。

 

 

 ――この“庭園”を、澪は“狭間の部屋”と呼んでいる。

 この場所は物質界と集団的無意識の境界線上にある領域であり、元々は“ベルベットルーム”と同じ階層に存在する、しかし小さな小さな“隙間”でしかなかった。

 そこに変化が現れたのは、澪がこの巖戸台、そして辰巳ポートアイランドに訪れてからだ。

 

 無数の糸で紡がれた“運命”という名のタペストリー、その図案は“如月澪”というイレギュラーな存在によって大きな変化が起きた。

 初めてタルタロスに入った際、澪は不思議な青い扉を発見する。その後、人目を避けて密かに扉を開き、虚無からこの狭間の部屋を拓くに至った。

 何もない虚無から生み出されたここは言わば「澪の心象世界」であり、内部に点在する扉は集団的無意識の海に通じている。ベルベットルームやエリザベスが住んでいる私室など比較的近い階層の領域のみならず、遙か世界の深淵――“アマラ宇宙”にも繋がっているという。もっとも、澪は興味がないので放置しているが。

 

 紆余曲折あって狭間の部屋に住み着いた元ベルベットルームの住人、エリザベス。彼女は澪の“力”――ひいては《タナトス》に惹かれたようで、ベルベットルームを離れて澪と個人的に“契約”を結び、狭間の部屋の管理人となった。

 以来、彼女はここに住まい、時間の流れから隔絶された狭間の部屋をプライベートルーム代わりに入り浸る澪の身の回りの世話を焼いている。

 

 そんなエリザベスの煎れた紅茶――自分で教えたので、不都合はない――で喉を潤した澪は彼女に、取り出したお土産を見せる。

 

「これ、新発売のジャックフロスト人形ver12だよ」

「まあ! ありがとうございます、澪様。この子も大切にさせていただきますね」

 

 まるで童女のように無邪気、黙っていてもとびきりの美女のそんな姿はハッキリ言って眼福である。

 澪はしばらくその様子を楽しんだ。

 

「愚弟――テオからの情報です」自室にジャックフロスト人形を置いてきたエリザベスが、改まって単刀直入に切り出す。「有里奏様は順調に、”コミュニティ”を築いている模様。ワイルド能力も、無事成長の一途を辿っているご様子です」

 

 古巣に赴き、収集した情報を開示するエリザベス。彼女は澪の指示で、奏の動向を密かにそれとなく調査している。

 人前では「澪様の私設秘書兼専属侍女」などと名乗るエリザベスの仕事は、何にしても卒がない。これで、妙な遊びと勘違いが入らなければ文句なしに優秀な女性なのだが。

 

「ふぅん」

「流石、澪様が見込んだ方でいらっしゃいます」

「別に、僕が見込んだ訳じゃないけど。彼女が、そういう星の下に生まれてるんでしょ」

「ふふ。それも含めて、“見込んだ”と申しております」

「ん。まあ、どうでもいいけどね」

 

 無関心を装う澪に、エリザベスは楚々と微笑むだけだ。

 

「エリザベス、いつもの」

「はい」

 

 エリザベスが徐に分厚い書物をどこからともなく取り出した。青い表紙に、金の装丁が施された古めかしい書だ。

 

「さて、澪様。この度の試練を乗り越えたことであなたの位階(レベル)が上昇したことにより、《タナトス》がまた新しい能力(スキル)を獲得いたしました」

 

 エリザベスは、恭しい仕草で書物を開く。

 ()()()()()から、《タナトス》は大きく力を制限されている。それは《タナトス》が“特別なペルソナ”であるということ、そして単純に澪自身の技量が不足しているということが主な理由に挙げられる。

 ベルベットルームから離れたエリザベスは、そのノウハウを生かしてこの狭間の部屋で《タナトス》の“力の管理者”として、心身の成長により解放された力の一端――スキルをカードの形とした“スキルカード”の管理をしている。本人曰く、「手慰み」とのこと。

 

「今回はどんなスキル?」

「幾つか御座いますが……」

 

 エリザベスは思案顔で二枚のカードを書から抜き出した。

 

「わたくしとしましては、この“獣の眼光”と“マカカジャ”などがオススメです。“メギド”系魔法と組み合わせて、「ずっと俺のターン!」も可能の優れものかと」

「んー、確かに面白そうだけど……」

 

 渡されたカードに目を通しながら、澪は僅かに思案する。

 

「今回は、変更無しで」

「……そうですか、残念です。お小遣い獲得のチャンスでしたのに」

「今、妙なこと言わなかった?」

「はて?」

「……まったく」

 

 ちゃっかりしてるんだから。澪は僅かに苦笑を口元に浮かべた。

 

「まあ、今のスキル構成、気に入ってるしね。ていうか、露骨に変えたらみんなに怪しまれる」

「それは、確かに。澪様は“ワイルド”でこそございませんが、それに等しい力をお持ちであることは未だ皆様にも内密になさっておいでですし」

 

 対外的には「各種斬撃系物理攻撃・核熱魔法(メギド)破魔(ハマ)呪殺(ムド)の全体魔法」の構成で通しているが、これは自然に習得したものかその上位互換スキルである。

 澪自身《タナトス》の現状に不満はなく、戦闘で不自由したこともあまりない。変更点は今のところ「万能属性版メギドから核熱属性版メギドへの置換」のみだ。

 これから先、シャドウとの戦いが激しくなれば、いつかは本領を発揮することになるだろうが――

 

「暫くは、様子見かな」

「畏まりました」

 

 エリザベスが礼をし、蒼い書物を何処かへとしまう。

 

「……時に、澪様。今夜もこちらで休んでいかれますか?」

「ん」

「ふふ、かしこまりました。……では、こちらへ――」

 

 自室の扉を示し、エリザベスが妖しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 5/26・火

 月光舘学園高等部 一階、職員室前廊下

 

「失礼します」

 

 折り目正しく一声掛け、職員室を辞した澪は、見覚えのある横顔を見かけた。

 

「……ん?」

「はぁ……何がだめだったんだろ……」

 

 掲示板に張り出された試験結果の前で、奏がため息をついている。美鶴から聞いた話では、「好成績を収めればささやかな褒美を進呈する」と発破をかけたらしいが、無駄に終わったようだ。

 ちなみに澪はもちろん学年トップを堅守している。

 今回の試験では、目下最大のライバルであるクラスメートが不在であったため、主席の座は盤石だ。

 もっとも、彼女の欠席自体は喜べるようなことではないが――

 

「やあ、有里さん」

「! あ、如月くん」

 

 ややフランクな調子で声をかけると、奏が振り向いた。

 基本クールで冷淡な澪だが、女性相手(年齢問わず)だとやや態度が軟化するのは彼が自他ともに認めるフェミニストだからだ。

 

「今帰り?」

「うん、同好会の活動してたんだ」

 

 人当たりのいい奏は、やや不躾な問いにも快く答える。ふと思い当たることがあった澪は、そのことを訊ねてみた。

 

「同好会……? ああ、もしかして手芸同好会かな」

「えっ、すごい、よくわかったね!」

「僕も参加してるからね。非常勤だけど」

「へぇ~、そうなんだ。あ、そういえばベベが「これで三人目デス!」とか言ってたような……?」

 

 暫し、二人は共通の友人の話題で盛り上がる。

 

「そうだ有里さん、もしよかったら、これから一緒にお茶しない?」

「あ、これって、もしかしてデートのお誘いだったりする?」

「うん」

 

 即答した!と奏が驚愕する。淡泊な性格の澪は、遠回しな前置きやまどろっこしい駆け引きなどしないのだ。

「見た目と違って大胆すぎるよぅ……」などとつぶやいた彼女は、僅かに思案した後、快諾した。

 

 

   †  †  †

 

 

 巖戸台商店街。

 二人は定食屋「わかつ」で少し早めの夕食を採ることになった。

 はっきり言ってムードのへったくれもないシチュエーションだが、澪には()()()()()()()が今のところ皆無なので特に不都合はない。

 

「でねー、ジュンペーってばさー「また赤点がー!」とか言って頭抱えてたけどさ――」

 

 この少女、よく食べるしよく喋る。

 聞いているのか聞いていないのか、傍目ではよくわからない澪相手にお構いなしのマシンガントーク。よくもまあ話題がつきないものだ。

 そしてその合間に、わかつの看板メニュー、DNAたっぷりの魚介定食をぱくぱくと消費している。美容には人並みの関心がある様子。

 一方、澪は豚カツ定食(大盛り)を食べつつ、時折合いの手を入れるだけで聞き手に徹していた。

 

「はは。伊織らしいね、それ」

「でしょー? 落ち込むくらいなら、ちゃんとテスト勉強したらよかったのに」

「確かに。テストといえば有里さん、中間は残念だったね」

「うん、残念ムネンだよー。あたしとしては、結構がんばったつもりだったんだけどねー」

 

 眉毛を八の字にして肩を落とす奏。まさか美鶴の「賞品」に釣られてやる気を出したわけではないだろうが、真面目に課題に取り組もうとする姿勢は快いものだ。

 澪は彼女にアドバイスじみたことを言う。

 

「まあ実際、独りで自主学習してても限界があるものなんだよ。僕だって、美鶴さんに教えてもらってるから成績を保ってる面もあるしね」

「あ、やっぱりそうなんだ? 美鶴先輩ってなんか頭良さそうだもんねー」

「中三の時点で高校のカリキュラムは一通り消化してたよ」

「ほわぁ、すご!」

 

 奏は、生徒会長のパーフェクトっぷりに目が点の様子だ。

 奏が美鶴をいつの間にか名前呼びしていることに、澪は僅かに笑みを漏らした。他称“ぼっち”の姉貴分に女友達が増えて一安心したのだ。

 

「そういえば、みんなで勉強会とかしてるんだよね? 理緒から聞いたけど」

「うん。今回の中間でもしたよ」

「そっかー」

「もしよかったら、今度は有里さんも参加してみる?」

「えっ、いいのっ!?」

「もちろん。岩崎さんたちも喜ぶと思うよ」

 

 にっこりと笑顔を浮かべる澪。中性的な容姿の彼がそうして微笑むその破壊力はいかばかりか。

「!!?」奏がぼんっ、と音が聞こえるように顔が真っ赤に染まった。

 

「そんなに急いで食べると、おなか壊さない?」

「だ、だいじょうぶ! あたし、鉄の胃袋だからっ」

「そっか。僕と同じだね」

「!!」

(消費のスピードが上がった……)

 

 動揺を誤魔化すように食に没頭していた奏が、はたと何かに気づいたように箸を止めた。

 

「あ、ここのお勘定って割り勘?」

「それ、今更言っちゃう?」

「あ、あはは……今月ちょっと厳しくて」

 

 笑って誤魔化そうとする奏に、澪はひっそりと笑みをこぼした。

 

「大丈夫だよ、“バイト”してるし。懐には余裕があるんだ」

「バイト? ……あっ、“部”のお手当のこと?」

「それもあるかな」

「あれ、すごいよねー! 通帳見たらいっぱい入っててびっくりしたよ!」

 

 奏が興奮したように言う。確かに、高校生の小遣いにしてはいささか大きな金額だろう。

 特別課外活動部の活動につく手当は、澪の発案である。

 貴重な青春の時間をお金で代えることはできないが、それでも命を懸けることに何らかの対価は必要だ。桐条氏はその提案を受けて二つ返事で予算をつけてくれた。

 また澪は幾つかの事業を立ち上げ、それによって得た利益から少なくない報酬を得ている。その大半は桐条氏の管理下にあるが、一部は澪が自由に出来るのだ。

 

「まあ、そういうわけだから、お金とかには気にしないで」

「あ、ごちになりまーすっ!」

 

 気兼ねがなくなったのか、奏はデザートに白玉あんみつを追加注文するようだ。

 調子がいいんだから。澪はひっそりと、苦笑を浮かべた。

 

 

 食後、暖かいお茶でくちいお腹を休ませる。

 雑談タイムだ。

 

「――美鶴さんから聞いたけど」

「うん? うん」

「友達になってくれたんだってね。美鶴さん、喜んでたよ」

「そんな……大したことじゃないよ、別に」

 

 てれてれとする奏に、澪は微笑みを向けた。それは天使(悪魔)の笑みだ。

 

「いいことだと思うよ。そうやって“コミュニティー”を広げていくことは、自分の心を広げることに繋がる」

「えっ? それって――」

「ふふ、頑張ってね。君の“旅”には期待してるんだ」

 

 以降、澪は説いたげな奏の視線をスルーして沈黙を貫いた。

 意味深な言葉を告げて煙に巻き、ミステリアスな装いをする――今日はそんなキャラの気分なのだった。

 

 

 

 

 

 5/30・土

 月光舘学園高等部 2-E

 

「……山岸さん、また休みか」

 

 朝のSH後の中休み、授業の準備を終えた澪は自分の席で独り語ちる。

 二年生になってから休みがちだった風花は、ここ数日欠席を重ねていた。

 

「……」

 

 心当たりならある。

 つい先日、同じクラスの女子数名に囲まれていたのを目撃したばかり。

 そのときは、口八丁で追い払ったが――

 

「――……そろそろ、“次の準備”をしておいた方がいいかな」

 

 

 

 

 

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