PERSONA3:Reincarnation―輪廻転生―   作:かぜのこ

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■Fool:0「分岐点」

 

 

 

 2007  3/20・火

 タルタロス 「奇顔の庭」アルカ

 

 荒垣真次郎の加入から約半年、タルタロスの攻略は至って順調だった。

 

「潰せッ、《カストール》ッ!」

 

 荒垣が召喚器をこめかみに突きつけ、ベルソナを集合無意識の海から喚び寄せた。

 黒い一本脚の奇妙な馬に跨った金髪の巨漢――“法王”のアルカナ、《カストール》。胸に突き立つ(やじり)は彼の伝承を暗示する。

 《カストール》は高く跳躍し、騎馬の鋭い角がまるで刀剣のように振り下ろされて、(なげ)くティアラを真っ二つに両断する。――“デットエンド”、強力な斬撃系物理スキルだ。

 

「《ポリデュークス》ッ、“ソニックパンチ”だ!」

 

 特殊繊維製のオープンフィンガーグローブを身につけた真田が、その手で召喚器の引き金を引いてペルソナを召喚する。

 流れるような金髪に鍛え抜かれた鋼の肉体、そして弾丸のような大きい籠手をつけた右腕を持つ“皇帝”のアルカナ、《ボリデュークス》が腕を弓のように引き絞り、リングフォートに強烈なストレートを浴びせて粉砕した。

 こちらは打撃系物理スキルに分類される“ソニックパンチ”。威力は“デットエンド”に大きく劣るが、よりクリティカルを奪いやすいテクニカルなスキルである。

 

『澪、残りの奴らは光属性が弱点だ! 一気に片付けろ!』

「了解、美鶴さん。《タナトス》、“マハンマ”!」

 

 澪は召喚器をこめかみに突きつけ、引き金を引く。

 両腕を腰だめに構え、まるで砲哮するように顎門(あぎと)を開く《タナトス》。彼の背負う八つの棺桶の蓋が開き、淡く青白い光を放った。

 瞬間、破魔の光が三体のファントムメイジたちを捉え、瞬く間に息の根を止めていく。

 最近《タナトス》が覚えた(ハマ)系魔法の一つ、“マハンマ”が戦いに終止符を打った。

 

『戦闘終了だ。……危ないところだったが、よくやったな』

「まったくだ。さすがに肝を冷やしたぜ」

 

 終わりを告げる美鶴のアナウンス。巨大なバトルアックスを肩に担ぎ、荒垣が皮肉げに応じる。コキコキッ、と首の骨が小気味いい音を鳴らした。

 キンッ、と甲高い鍔鳴りを響かせ、澪は小剣を鞘に納める。

 

「驚きましたね。階段上ってすぐにシャドウ溜まりってのは初めてのパターンです」

「ああ。さながらモンスターハウスだったな」

「おいおいアキ、ダンジョンゲーかよ」

「昔、古いのを施設でやったろ?」

「まァな」

「如月、お前はそういうのやるのか?」

「勿論、ありますよ。……まあ、美鶴さんに「ビデオゲームは一日一時間」って口喧しく制限されてますけど」

「アイツは母親か」

 

 意外に子供らしい会話をする年長組の脇で、澪は会話に応じつつ如才なく周りを警戒している。

 今回の戦闘は、時折見られる“シャドウ溜まり”に不運にも階段を登った直後に遭遇してしまったことから始まった。

 撤退しようにもタルタロスには何故か下りの階段が存在せず、袋小路の出口を塞がれて押し通るしか手段がなく、小一時間ほどシャドウの群れと激戦を繰り広げていたのだ。

 

「ま、丁度いいトレーニングにはなったさ」

「確かに。最近ちょっと手応えがないって感じてたんで」

「そりゃ如月、テメェだけだ。あとアキ、テメェはちったあ真面目にやりやがれ」

 

 のほほんと言う真田と澪に、呆れ混じりにツッコミを入れる荒垣。半年も付き合っていれば役回りも自然と固まっていた。

 だが、彼らがのんびりと軽口を言い合えるのもシャドウを容易くねじ伏せるだけの実力があればこそだ。やはりこの階層のシャドウも《タナトス》の敵ではなく、また電撃魔法(ジオ)治療魔法(ディア)を器用に使いこなす《ポリデュークス》と、圧倒的破壊力を誇る《カストール》が加わった特別課外活動部は順調にタルタロスを踏破していた。

 アクシデントといえば数ヶ月前、荒垣を加えたチームでの初めてのタルタロス探索中に、未だベルソナ能力の不安定な彼の《カストル》が暴走、壊滅しかけたことがあった程度か。無論、その時も澪と《タナトス》の活躍で事なきを得た。

 なお、澪の提案で荒垣は能力が安定するまでタルタロス外での召喚が禁止されている。

 降魔だけなら支障はなく、イレギュラー討伐時は美鶴の護衛として戦っているのでこちらも問題はない。最近は力も安定してきており、許可される日も近いだろう。

 これも、(タナトス)という不変に最強の戦力がいるからこその処置と言えた。

 

『――、――――』

「? 美鶴さん?」

 

 不意に、ノイズ混じりの音声がインカムに入る。

 

『――、すまん。少し、機材の調子が悪いようでな。上手く電波が送れないんだ』

「そう、じゃあ今夜はここまでにしようか」

『……そうだな。よし、現在地から二時の方向に転送装置(ターミナル)がある。帰還してくれ』

「了解」

 

 美鶴との相談を切り上げ、澪は真田と荒垣に視線を向けて頷き合う。彼は、タルタロス探索の現場リーダーであった。

 荒垣は元々リーダーシップを取るタイプではなく、真田は自分が強くなることに躍起で資質に欠けている。その点、常に冷静沈着、頭の回転も速く案外周りを見ていて、実戦経験豊富な澪が指揮者に納まったのは自然な成り行きだろう。

 そんなこんなで部内の立場もいつしか副部長になってしまった澪だが、気負った様子はない。身も蓋もないが、やってることは今までと何も変わらないのだから。

 

「今夜はこれで引き上げか、如月?」

「ええ。前から狙ってた()()()()がついに手に入りましたからね、潮時です」

 

 真田の問いに答える、ホクホク顔の澪。ここ最近、探していた物品を運良く発見したのだ。嬉しくないわけがなかった。

 何故かタルタロスでは、強力な武器防具や特殊な効果のあるアクセサリー、アイテム、そして現金までもが発見される。

 空間転送装置に使われた技術の応用で、見た目以上に物品を収納できる収納ポーチがなければ回収も難しいだろう。転送装置(ターミナル)と同じく影時間でしか使用できないのが玉に瑕だが、大量のアイテムを持ち歩くにはまさしく持って来いと言える便利なこの代物はもちろん、。

 ちなみに、澪がドロップアイテムの内容を把握しているらしい理由は「《タナトス》が教えてくれる」からだそうだ。美鶴以下の面々は話半分に聞いているが。

 

「つーか如月、お前まさか()()を桐条に着せるつもりじゃねェだろうな?」

「え、もちろんですけど。ビキニアーマー、セクシーですよね」

「おま、どんな度胸してんだっ!?」

「……美鶴のビキニ……、イイな……」

『…………聞こえているぞ、馬鹿者どもめ』

 

 美鶴のため息混じりの声が響き、この日のタルタロス探索は終わりを告げた。

 なお、結局“戦利品”は美鶴に没収された。が、本人はいつか身につけるつもりらしく、「これも戦いか」ともらしていた。憎からず想う幼なじみからのリクエストであり、下手に防具として高性能だったのが災いである。

 

 

 

 

 2007  3/21・水

 月光館学園巖戸台分寮 作戦室

 

「……」

 

 物々しい機械が鎮座した薄暗い部屋。

 巖戸台分寮四階にある特別課外活動部の作戦室で美鶴は独り、ラジオにも似た機械に向かって一新に集中していた。

 そこに、あえて気配を露わにした澪が入室する。

 

「美鶴さん、精が出るね」

「ん――、ああ、ここのところ通信が不安定でお前たちに迷惑をかけているからな。これ以上、私が足を引っ張る訳にはいかん」

 

 憮然としたように言う美鶴。部長たる自分が不甲斐ないままという現状が、彼女には我慢ならなかった。

 自身に対する苛立ちを押し込め、美鶴は平静を装う。

 

「ところで澪、今日の課題は終わったのか?」

「もちろん。お茶、要る?」

「いただこう」

 

 常備されているティーセットを用い、流れるような手際で用意された紅茶をしばく二人。

 

「ん……、いい香りだ。上手くなったものだな、澪」

「お褒めに与り光栄至極」

「ふふ、似合っていないぞ」

 

 澪が恭しく大げさに一礼すると、美鶴は小さく笑みをこぼす。それから美鶴は訓練を一時中断し、澪との雑談に興じた。

 その内容は学業についてや流行りの音楽についてなど、学生らしいものであったり。あるいは、寮と部の運営についての相談など多岐に渡る。

 この寮の維持管理の経費その他は、美鶴と澪がまとめて宗家に報告している。また、タルタロスで発見した貴重品・貴重物質の提出と解析の依頼、交戦したシャドウのデータベース化などなど、二人の仕事は山ほどあった。

 

「ところで、明彦と荒垣はどうした?」

「屋上。訓練だよ」

「二人ともよくやるな」

「そりゃ、頑張るでしょ。仮にも女子と後輩に置いてかれっぱなしってのは、男としてはちょっと立つ瀬ないし」

「男子の沽券に関わる、ということか。私には些か理解出来んが」

 

 真田と荒垣は今頃屋上で「召喚器の未使用によるペルソナの召喚」の訓練をしているはずだ。

 召喚器が開発された今、素の状態でのペルソナ召喚スキルは必要科目ではないが、緊急時の回避手段としては未だ重要な位置にある。ペルソナ使いの先駆者にして開拓者、澪と美鶴は当然修めているが、あの二人はいささか苦労しているようだ。

 あるいは、最初から召喚器を使用していたから上手くいかないのかもしれない、と美鶴は密かに考えている。

 

「さて、と、休憩は終了だ」

「僕もいていい?」

「ああ、いいぞ」

 

 端的な会話の後、再び訓練を始めた美鶴の横でイヤホンをつけ、音楽観賞の体勢に入る澪。さらに懐からペーパーバックを取り出して、読書を始める始末。

 しばし、穏やかな時間が流れる。

 そんな静寂を破ったのは澪の一言だった。

 

「……現状、タルタロスの踏破を阻んでいるのは美鶴さんの能力的限界、か」

 

 その呟きを聞きつけ、途端に美鶴が顔をしかめた。

 

「嫌な言い方をしてくれる」

「ごめん」

「いや、歯痒いが事実だからな。お前の耳に痛い意見はいつも私を叱咤し、道を示してくれる」

 

 感謝しているよ。そう言って美鶴が微笑むと、澪は逃げるように視線を逸らす。わずかに覗いた赤く染まった耳の先を見て、彼女の笑みは質を変えた。

 大人びた彼の時折見せる年相応な振る舞いが、美鶴の心の救いになっていた。

 

「フ、そう照れるな」

「照れてない。……一応、桐条エレクトロニクスに通信機の強化を依頼してるんでしょ?」

「まあな。しかし、機能増強と持ち運び可能なサイズの両立には技術的ブレイクスルーを待つしかない、だそうだ」

 

 また、影時間にタルタロスとならない場所に大型機材を設置する、という妥協案も却下されている。

 機械が正常に作動しない影時間で装置を動かすのに必要な“黄昏の羽”は大変稀少な物質であり、いつまた限界を迎えかねないのに消費するわけにはいかないというのがその理由だ。

 

「……(まま)ならんな」

「まあ、いいんじゃない? 最近の僕らは順調すぎだし、ここらで一休みしてもさ」

 

 ずず、と素知らぬ顔で紅茶を(あお)る弟分に、美鶴はじとじとした視線を送った。

 

「お前は単に、レアモノとやらを収集したいだけじゃないか?」

「まぁね。タルタロスの探索って楽しいし」

 

 はぁ。美鶴は嘆息した。

 これが真田であるなら「遊びじゃないんだぞ」と(たしな)めるところだが、澪の場合は外的ストレスに対するある種の精神的防衛反応であることを察していた彼女は、強く出ることが出来ない。

 だが、それにしたってこの収集癖はどうかと思うが。

 

「――本当に、儘ならない」

「人生なんてそんなもんだよ、美鶴さん」

「……はぁ」

 

 知った風な口を利く弟分に、美鶴は再びため息をついた。

 

 

 

 

 2007  8/28・火

 巖戸台駅 駅前

 

「や、おはよう友近」

「おはよう、如月」

 

 夏休みをあと数日に残したある日。

 じりじりと照りつける太陽の下、近くの商店街までやってきた澪を迎えたのは、流行を自己流でアレンジした服装でお洒落にキメた少年。初等部入学以来の幼なじみで親友の友近(ともちか)健二(けんじ)である。

 澪は僅かに笑みを浮かべ、数年来の友人に歩み寄る。

 

「どう、宿題終わった?」

「一応な。いくつかは残ってるけど、そっちは今日片づけるつもり。で、そういう如月はどうなんだよ、やっぱもう終わってんの?」

「もち。初めの週に大体終わらせたよ」

「うわ、マジか。毎年のことだけどさすがだな」

「それくらいじゃないと、美鶴さんについていけないからね」

「そっちも相変わらずだなー。つか、なんでお前、まだ桐条さんと付き合ってないの?」

「ノーコメントで」

「はは、コイツめ」

 

 不敵な返答に笑う友近に小突かれつつ、澪は無表情を崩さない。

 そういうからかいにはもはや慣れっこというか、あえて反応してみせる必要もないというか。

 ある種の余裕の現れである。

 

「てか、俺らは問題ないんだけどな」

 

 からかいに素っ気ない友人に肩をすくめ、友近がツツと視線を横に向ける。

 そこにはもう一人、ばつの悪そうな顔をした少年がいた。

 

「わ、悪いかよ。部活動で忙しかったんだ。如月だって知ってるだろ」

 

 当て擦られ、むっつりとするジャージ姿の少年。短く刈り上げた髪に、日に焼けた肌のまさしくスポーツ少年といった風体をした彼の名は宮本(みやもと)一志(かずし)

 澪とは中等部の水泳部で知り合って意気投合し、切磋琢磨する好敵手(ライバル)である。

 

「うん、ミヤが毎日頑張ってたのは知ってる。でも、部活動を言い訳にするのは潔くないかな。それに、スポーツマンは文武両道が理想だよ?」

「うぐっ」

 

 正論に正論を重ねられ、うなだれる宮本はぐうの音も出ない様子だ。

 特に、「言い訳は潔くない」「スポーツマンは文武両道」など宮本に効果抜群な言葉を選ぶ辺り、澪は仲のいい友人にも容赦がない。

 と、そんな男三人組に同じ年頃の少女が二人が近寄ってくる。

 

「「おっはよー」」

 

「おはよう、岩崎さんに西脇さん」

 

 初等部以来の幼なじみ、岩崎(いわさき)理緒(りお)と水泳部のマネージャー、西脇(にしわき)結子(ゆうこ)が連れ立ってやってきた。

 この二人、それぞれ友近と宮本の幼なじみという間柄で、彼女たちを加えた四人が澪の最も親しい友人である。

 

「よう、岩崎。今日も暑苦しいな」

「女の子に向かって失礼ね。あんたも朝からチャラそうよ、友近」

「チャラくて悪いかっ」

「悪かないけど。おばさん言ってたよ、「ウチの健二が髪を染めて不良になろうとしてる」って。あんた、二学期デビューでもするつもり?」

「お袋、何言ってんだよ……」

 

「宿題終わってないあたしたちのために、如月くんが。ちゃんとやらなきゃダメだからね、ミヤ」

「わかってるって。そういう結子の方こそ、ちゃんと勉強しろよな。どうせ宿題まだなんだろ」

「うぐぐ」

 

 早速憎まれ口をたたき合ったり、世話を焼いたりしている。

 彼女たち二人はそれぞれの幼なじみと澪を通じて知り合った言わば“友達の友達”であったが、どちらもスポーツを嗜む活発なタイプであるためか、不思議と気が合うようだ。

 手の掛かる男の幼なじみを持つ同士のシンパシーがあったことも否定できないだろう。

 

「あはは。じゃあ、みんな揃ったし早速行こうか?」

 

 四人の相変わらずなやりとりに苦笑した澪の一声に頷く一同。

 今日の集まりは、あまり勉強が得意とは言えない一部の友人のため、澪が主催による勉強会だった。

 

 

   †  †  †

 

 

 寮に向かう道すがら、五人は雑談に興じていた。

 話題は今日の集まりの影響だろう、やはり学業のことだった。

 

「はぁーっ、あと少しでまた学校だと思うとユウウツ……」

「ねー。ウチの学校って結構きびしいし。世界史なんて、将来の役に立たないっての」

 

 勉学についてぼやく理緒と結子。二人とも、どちらかと言わなくても勉強が苦手なタチである。

 私立である月光館学園の偏差値は押し並べて高いが、その分最低ラインも相応

に高い。なので、二人ともなんだかんだで他校の生徒に比べれば学力は十分にあるのだが、授業のレベルが高く周りもそれなりに優秀とくれば卑屈にもなる。

 

「そうかな」

 

 先頭で、宮本とスポーツについて熱く語らっていた澪が振り向く。

 彼は器用に後ろ歩きしつつ、言葉を続けた。

 

「役には立たなくても、進路を決めるのに有利にはなるよ? てか、社会科系は暗記するだけだけだから簡単だと思うけど」

「いや、そうかもしれないけどさ。定期試験一位が定位置の如月が言っても説得力ぜんぜんないって」

「美鶴さんの連続トップ記録を追っかけてるわけだし。これで明星杯準優勝なんだから信じらんないよ」

「ホント規格外だよね、如月くんって」

 

 友近、理緒、結子の三人から即座にツッコミを入れられて、澪はやや憮然とした。

 澪の学力の高さの所以は本人の素質と努力は勿論のこと、美鶴に付き合って高等教育のおおよそを終わらせているからこそであり、美鶴が噛み砕いて消化した内容を教えてもらっているので半ば反則のようなものだ。

 掛け値なしの天才である美鶴の教えをきちんと理解できている時点で、澪も十分規格外であると言う意見もある。

 

「明星杯っていや、惜しかったな、如月。〇.二秒、タッチの差だもんな」

「うん、今年も早瀬先輩にしてやられちゃったよ」

 

 勉強の話題にどこか居心地が悪そうにしていた宮本が、これ幸いと会話に入ってくる。それに応じた澪は、珍しく悔しげだった。

 会話にあがった“早瀬”とは、澪と大会で度々争う他校の生徒のことだ。中学水泳界では名の知られた知られた選手で、澪を下して進出した今年の全国大会(インターハイ)でも好成績を残したらしい。

 ちなみに澪は自由形、宮本は平泳ぎを専門にしている。

 

「今年のシーズンは終わっちゃったし、向こうは卒業だから、雪辱戦は高校に持ち越しだね」

「くぅーっ、俺が全国大会に出てたら如月の仇を取ってたのになー」

「いやいや。あんた、種目が違うから」

 

 ズレた宮本の発言に、結子がツッコミを入れる。

 彼もなかなかの好成績を残したものの、全国大会出場は惜しくも逃している。だが、さして落ち込むことなく「来年こそは!」と闘志を燃やして練習に打ち込んでいる辺り根っからの熱血少年であった。

 

「あはは。ミヤはミヤだね」

「だな。宮本は宮本だもんな」

「……どう言う意味だよ、それ」

「宮本は熱血してんな、って意味だよ。なー?」

「ねー?」

「お、おう……」

 

 調子のいい男子二人のおべんちゃらに、なぜか嬉しげに照れるスポーツ少年。見た目通り、単純である。

 女子二人がため息をついて、呆れ顔をした。

 

「そうこうしてるうちに、到着してたりして」

「へぇー、なんか外国の建物みたいでオシャレかも」

「もともとはホテルだったらしいよ。で、それを美鶴さんチが買い取って寮にしたんだって」

「マジ? はぁ、さすがお嬢様」

 

 などと歓談しつつ、澪はみんなを寮に案内した。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 入ってすぐ、玄関ロビーのラウンジで出くわしたのはいつものように堂々と腕を組んだ美鶴だった。

 あるいはこの寮の寮長として、澪たちがやってくるのを待っていたのかも知れない。

 

「ちわーっす」

「おじゃまします、美鶴さん」

「うん、二人とも元気そうだね」

 

 美鶴は親しげに友近と理緒へと声をかける。二人の気安い挨拶にも、気を悪くした様子はない。

 澪の幼なじみは美鶴にとっても幼なじみと言える。さらに言えば、理緒は美鶴の数少ない同性の友人なのだ。

 精神的に早熟な美鶴が理緒から相談を受けることが専らだが、逆に澪や寮の仲間にはちょっと言いづらいことを相談したりもする。――主に、(おとうと)悪癖(女好き)についてとか。

 

「それで、君たちが宮本君と西脇さんだね。澪から話は聞いているよ」

「は、はじめまして」

「う、うす」

 

 学園のマドンナ的存在に話し掛けられたほとんど初対面の二人はガチガチに緊張している。宮本などは挨拶にもならない返答をして結子に肘で小突かれていた。

「フフ、そう畏まらなくてもいい」美鶴はいささか礼を欠いた態度にも特に気にしたそぶりを見せず、穏やかな物腰で弟分の友人たちに告げる。「これからも澪と仲良くしてやってほしい」

 もちろん! と声を大にして揃える後輩たちに、紅い麗人は思わず頬をゆるめる。彼女は大切な同志(なかま)が、人並みの幸福を手に入れていることが嬉しかった。

 

「澪、私は上にいるから何かあったら気兼ねなく呼んでくれ」

「うん、ありがとう美鶴さん」

「みんな、私のことは気にせず勉学に励むように」

 

『ありがとうございます』

 

 礼を述べる澪とその仲間たちに笑みを返し、美鶴は颯爽と去っていく。

 その後ろ姿を見やり、友近が(ほう)けたようなため息をついた。

 

「はー、やっぱカッコいいわ桐条サン。惚れた腫れたはともかくさ」

「だね。“月光館学園の女帝”はプライベートもカンペキだもん。素直に尊敬するなぁ、私」

 

 友近の感想に、しみじみと同意する理緒。いつも凛として大人びている美鶴は、彼女にとって憧れの女性なのである。

 

「そこんとこ、“月中のミスター・パーフェクト”はどう思う?」

「どうでもいい」

「でた、如月の決めゼリフ」

 

 澪のお決まりの一言に、友近がここぞとばかりにツッコむ。どっ、と笑いが起きてやや堅かった空気が一気に弛緩した。

 

 オチもついたところで、本日の目的である勉強会の準備を始める。

 食堂スペースのダイニングテーブルに移動した彼らは、各々持ち寄った教材を広げる。ついでにコンビニで買ってきたポテトチップス等のおやつを用意したりして、準備万端整った。 

 

「……でも、ウチらがお邪魔しててホントにいいのかな」

 

 ふと結子が、自らの現状を鑑みて不安げに漏らす。去年まではバスケット部のマネージャーをしていた彼女だったが、人間関係でいろいろトラブルに遭って退部、幼なじみの宮本が所属する水泳部に移籍してきた。

 その縁で澪と知り合ったため、彼女が巖戸台分寮に訪れるのは今日が初めてだったのだ。ちなみに、宮本も今日が初訪問だったりするのだが。

 

「寮則的には問題ないけど? 西脇さん、何がそんなに心配なの?」

「いやだって、如月君の寮ってすごいメンツじゃん。少数セイエイっていうかさ。だから場違いかなーって」

 

 恐縮しつつ、結子は今時の女子中学生らしい曖昧な言葉遣いで心情を打ち明ける。彼女の言いたいことは何となく理解できて、澪が苦笑した。

「あー、たしかに」若干悪くなった空気を読んで、友近が同意してみせる。無論、声色は軽妙だ。

 

「如月んとこってレベル高いよなー、真田先輩は鉄板として、荒垣先輩も何だかんだでポイント高いし。何より桐条サンがいるもんなっ!」

「あれ、もしかして友近君、桐条先輩のこと?」

「まっさかー。……いくら何でも高嶺の花すぎんだろ」

 

 結子の邪推を友近が笑い飛ばす。が、幼なじみの微妙な反応の裏側を目敏く察した理緒が食いついた。

 

「バカ。あんたなんかを美鶴さんが相手にするわけないでしょ」

「うぐ。だ、だけどワンチャンあるかもだろっ!?」

「仮にあったとしても、僕と総帥の目の黒いうちは許さないけどね」

「総帥って、桐条さんの親父(おやじ)さんのことだろ? うわ怖っ、マジで社会的に抹殺されそうだな」

 

 ほんの冗談のつもりで言ってみた友近は、割と本気な澪の冷たい視線にタジタジだった。シスコンここに極まれりである。

 ちなみに、友近と理緒は美鶴の父と面識がある。かつて澪が桐条の屋敷に住んでいた頃、何度か遭遇しているのだ。

 強面かつ眼帯黒ずくめの桐条氏の人相に一般ピープルな二人は大いにビビり、その様子がツボに入った澪が珍しく爆笑していたのは余談である。

 

「ま、ともちーは年上好きの悪食家だからね。思うだけなら許してあげるよ」

「うわ、なんかその呼び方キモいんだけど」

「謂われもない中傷を受けてる件について」

 

 幼なじみ二人にイジられた友近は、ついに顔をしかめた。

 とはいえ、本当に気分を害したわけでもない。こんなやりとりを何年もやっているのだからもう慣れたものだ。……たまに本気でグサッとクるときもあるが。

 

「さて、そろそろ始めよう。さっさと宿題終わらせて、みんなで遊ぼうよ」

「お、いいなそれ」

「さんせー。マンドラゴラで打ち上げとかいいんじゃない?」

「うーん、なら私とミヤはなおさらガンバんなきゃ」

「おう、気合い入れねーとなっ!」

 

 気を取り直した澪の音頭にそれぞれ思い思いに同調し、一同は勉強を始めたのだった。

 

 

 

 

 2007  10/ 4・木

 辰巳ポートアイランド駅付近

 

 駅すぐ側に建つどこにでもあるような、ありふれたアパート。

 ()は震えていた。

 部屋の片隅で、物言わぬ姿となった母の傍らで。

 

「――ッ!!」

 

 不意に、屋根が崩落する。

 彼は自身の“死”を意識した。しかし、それはいつまでたっても訪れない。

 

「――ック、無事か、坊主……?」

「あ……」

 

 頭上から降ってきた声に彼は恐る恐る顔を上げた。

 その主は、ニット帽に、どこかで見たことのある黒い制服、紅い腕章をつけた誰か。落ちてきた瓦礫から、自分と母だったものを庇っていた。

 

「……ワリィな、坊主の家を滅茶苦茶にしちまった」

 

 額から赤々とした液体を流した青年は、肩口から振り返るといささか歪んだ笑みを彼に向ける。

 

「あのっ、すごい血が……それに母さんも!」

「俺の(こた)ァ心配いらねェ……坊主のお袋さんも、じき元に戻る」

 

 のしかかる瓦礫を重たげに払いのけ、青年が言う。その視線の先には、横たわった()()()()がある。

 

「じゃあな、坊主。こんな薄気味悪ィことはさっさと忘れちまえ、いいな」

「あ……」

 

 そうぶっきらぼうに言い残し、青年は緑色の闇の中に去っていく。

 どれだけ呆然としていたのだろう。

 彼の耳に届く救急車のサイレンの音と困惑した母の悲鳴が、不気味な夜の終わりを唐突に告げた。

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