レオSIDE
懐かしい夢を見た。約1年前のあの日々の夢を…………。
誰にだって挫折する事や壁にぶち当たる事は多い。
それを乗り越えることが出来るか否かは、その人間の実力もあるが、壁の大きさにもよる。
俺がぶち当たった壁は……余りにもでかかった…………。
俺が地下闘技場へ出入りし始めて3ヶ月……元々空手で鍛えていた事もあり、俺は3ヶ月と言うスピードでチャンピオンへの挑戦権を得た。
しかし…………その闘いで俺が得たものは、無様な敗北だった。
それもそのはず、この地下闘技場に登録されている闘士(ファイター)の実力はピンからキリ。
しかしその中でもチャンピオンクラスの実力は余りにも大きすぎるのだ。
AからEにランク付けするとすれば当時の俺の実力はB。
コレだけ聞けばあと一歩なんて思われるかもしれないがそれは違う。
それぞれのランクの強さを説明すれば。
E→街のチンピラ
D→格闘経験者(下級)
C→格闘経験者(中級)
B→格闘経験者(上級)
A→超人(乙女さんに近い)
俺は痛感した。所詮自分はスポーツレベルの格闘技で遊んでいるだけの甘ったるい人間だという事を…………。
このままBランクで小金(しょぼいファイトマネー)を稼ぐだけで終わってしまうのか……それも仕方ないのかと思ったのも事実だ……だけどそれ以上に勝ちたかった。
テンションなんかに身を流すのは馬鹿のする事だってのは解ってる、だけどそれでも勝ちたい。
コレがただのトラブルなら波風立てずに終わったって良い、だが勝負事だけは話は別だ!!
そんな時だった、フカヒレの奴がある一枚のチラシを持ってやってきたのは……。
「コレ見ろよ、『元海軍大佐による格闘訓練合宿、米海軍・自衛隊の基地で開催!!軍人、民間人問わず参加者募集!!』だってさ、コレで一気に魅力アップだぜ!」
……元海軍大佐、面白い話だと思った。
その大佐とやらがどれほどのものか分からない。だけど強くなれる可能性が少しでもあるならそれに懸ける。
俺とフカヒレはコレまで溜めていた貯金を断腸の思いで下ろし、夏休みを返上する覚悟で基地へと向かった。
NO SIDE
合宿にはかなりの人数が集まった。
レオとフカヒレ以外の民間人はもとより、軍所属の軍人も日米関係無く集まっている。
「スゲェ人数だな……」
「ああ、よくこれだけ集まったもんだ…………お、来たぜ」
プロペラの回転音とエンジンの爆音と共にヘリが着陸し、中から一人の男が現れる。
緑色のノースリーブの軍服を纏い、オールバックにまとめた金髪に彫りの深い顔つきをした男だ。
「お、おいアレって……『青い疾風』じゃないか?」
誰かがそう言ったのを聞いてレオは目を見開く。
現在は退役しているがかつてアメリカ海軍に所属していたエースでその戦闘力は常人を遥かに超えていると聞く。
「フッ、随分と暇人が集まったもんじゃねぇか……俺がお前達の教官を務めるジョン・クローリーだ」
その名を聞いた誰もが驚きと確信の表情を浮かべる。
そう、彼こそが『青い疾風』の異名を取る歴戦の勇士、ジョン・クローリーなのだ。
「長ったらしい説明は趣味じゃないんでな、早速訓練を始める、ただ言っておくが無理だと思ったり訓練に付いていけないと感じた奴はさっさと失せてもらって構わん、地獄の訓練で構わんと言う奴だけ残りな」
その言葉に動いたものは一人としていない。
いや、フカヒレだけは少し迷っているようだが……。
「全員参加だな、良い度胸だ…それじゃ、お前等全員コレを着ろ」
ジョンが取り出した物は黒いシャツだった。
何がなんだか分からないと言った様子で参加者達は次々とその服を受け取るが……。
「ぬぉお!!重てっ!!」
「当たり前だ、ソイツは訓練用の錘(おもり)入りのシャツだからな、つべこべ言ってねぇでさっさと着ろ!!」
ジョンの一喝に参加者達は次々とシャツを着ていく。
「よし、それじゃ全員、この基地の周囲を兎跳びで一周しろ」
「ゲェェッ!!む、無茶な!!」
フカヒレを始めとした軟弱な連中は即座に弱音を吐く。
基地の周囲は数キロの距離がある。フカヒレのような体力の無い人間に出来るようなものじゃない。
「無理だったら帰れ、邪魔になるだけだ」
当然そんな軟弱な意見など一蹴され、参加者達は次々に兎跳びを開始する。
30分後
「俺もうダメ……帰る」
脱落者第1号、フカヒレこと鮫氷新一。
そしてフカヒレの脱落を境に次々と脱落していく参加者達。余談だが1日目にして半数近くが脱落した。
そんな中レオは只管(ひたすら)兎跳びを続けていた。
レオは確信していた。この訓練をクリアすれば自分は強くなれると……。根拠などどうでもいい、しかし今日であったあの教官からはそれを信じることが出来るほどの強さを感じる、ただそれだけだ。
(それだけで十分……)
この合宿は大当たりだ……レオは心の中でそう呟いた。
こうして、レオの地獄とも言える特訓は始まったのである。
レオSIDE
2ヶ月間に及ぶこの合宿は、文字通り地獄だった。
訓練方法は様々だったがいくつか例を挙げるとすると……。
その1 超高速ベルトコンベアマラソン
文字通り超高速で動くベルトコンベアの上を走る。足が追いつかなければ後ろに設置してある電流が流れる壁に激突して強烈な電気ショックを喰らってしまう。
「ぬぉおおおおおおお!!!!!」
死に物狂いで走る。後ろから「ギャアア!!!!」なんて悲鳴が聞こえてくる度に必死になってしまう。
「もっと速く走れ!ゴールにぶっ殺したい奴がいると思えば楽なもんだろうが!!」
一番ぶっ殺してぇのはアンタだよクソ教官が!!
その2 地獄懸垂(じごくけんすい)
体に通常の2倍の錘を付けての懸垂。
規定回数をクリア出来なければ熱湯風呂へダイビング。
「197、198……」
こ、コレきつ過ぎる…………。
「熱ぃいっ!!!!」
また一人落ちた…うわ、目茶苦茶熱そう……。
落ちるのはもっと嫌だーーーーーー!!!!
その3 教官との組み手
訓練直後のズタボロの状態で教官と組み手である。
「メガスマッシュ!!」
「グギャアアア!!!!」
「フン、口ほどにも無い」
教官の突き出された両手から光の塊が飛び出し、俺をぶっ飛ばした。
っていうか気って本当に飛ばせるんだな……。
「だがまぁ、俺にメガスマッシュを使わせた事だけは褒めてやる」
「お、押忍……」
と、まぁ……こんな感じで訓練は続いていく。
しかし人間のなれというものは凄まじく、合宿終盤にはいつの間にかこの地獄そのものと言える訓練も普通にこなせるようになっていた。
ちなみに……合宿に最後まで残っているのは俺一人だけだったりする。
そして合宿最終日……今回は卒業試験として教官から出されるある課題をこなさなければならない。
その課題とは……熊とのタイマンだ。
「……む、無茶苦茶だ、技なんて碌(ろく)に教えてもらってないのに…………」
そう、俺が今回の訓練でやってきた事は全て肉体改造、技なんて気のコントロールとそれによって使用可能な遠当て(飛び道具)『メガスマッシュ』しか教えてもらってない。
教官曰く「技なんて気の利いた物は自分で覚えろ」との事だ。
「よーし、始め!!」
俺の意思など無視して教官が空砲を鳴らし、熊が俺に襲い掛かってくる。
「や、やるしかないのか…………」
襲い掛かってくる熊公に俺は身構えた。
NO SIDE
レオと熊のタイマンが始まり数十分、遂に決着の時が来た。
「か……勝った……?」
軍配が上がったのレオだった。
レオ自身驚いている。死にたくない一心で熊と闘い、熊の持つパワーに怯みながらも、レオはその攻撃の殆どを見切り、最後は自らの腕で熊を投げ飛ばしてしまったのだ。
「ま、マジで強くなった…………のか?俺は……」
驚きを隠せ無いレオ、しかしやがて徐々にではあるが心の中を喜びの感情が満たしていく。
「は、ハハ……や、やった……俺は…………」
「喜ぶのはまだ早いぜ!!」
「!?」
突然何者かの声がレオの喜びの声を掻き消し、それと同時に何かがレオに襲い掛かってきた。
レオSIDE
それは一瞬だった、突然教官が襲い掛かってきたのを認識した俺の体は瞬時に反応し、教官の顔面に裏拳を繰り出していた。
そしてそれを怯む事無く顔面で受け止め、その衝撃で教官のサングラスは吹き飛んだ。そして直立不動のまま笑みを浮かべ、一言こう言った。
「よし、合格だ!」
え?合格って……?
「お前は今の不意打ちに反応する事が出来た、戦場じゃ不意打ちなんざ日常茶飯事、そしてお前はそれに対処できる力と熊をも倒す屈強な肉体を手に入れた、十分及第点だ」
……つまり俺は、今度こそ完全に合格したって事か!!
「対馬レオ、よく俺の訓練に最後まで付き合った、ココまでやる事が出来るとは思わなかったぜ」
「押忍!ありがとうございました!!」
「ではたった今を以って全訓練を終了する!!」
教官の宣言と共に遂に俺はこの地獄の訓練を終えたのだった。
NO SIDE
そして、翌日
滑走路ではジョンがヘリに乗り込もうとしている。
「対馬!」
そういってジョンはある物を投げ渡した。それは彼が先日まで着けていたサングラスだ。
「貴様が俺を殴ったときに吹っ飛んだサングラスだ、俺は傷物は好まんのでな、餞別代りに貴様にくれてやる」
それだけ言ってジョンはヘリに乗り込み、そして最後に一言こう言った。
「次に会う時は敵同士だ、それまでに俺と互角ぐらいにはなっておきな!」
その言葉にレオは無言のまま敬礼で返す。
レオにとっては敬礼など自分の柄じゃないが、こうする事が最大の礼儀だとレオは感じていた。
そして離陸するヘリの中でジョンも笑みを浮かべながら敬礼をしたのであった。
そしてこれから約3ヵ月後、対馬レオは地下闘技場においてミドル級チャンピオンとして君臨する事となり、そして現在に至るのである。