レオSIDE
近衛につれられて屋上に上がる。今日は椰子の奴は居ないため屋上には俺と近衛の二人きりだ。
「で、話って何だ?」
思いつめた表情の近衛に尋ねる。
「空手、破門されたんでしょ?」
…………そういう事か。
「いつ知ったんだ?」
「体育武道祭の時、上原って奴が言ってたのを聞いて……それで昨日中学の先生にも聞いて……」
「そうか……」
知られちまったか……。
俺が近衛と知り合ったのは中学の頃、昔から近衛は正義感が目茶苦茶強く、素行の悪い奴を度々注意しては揉め事を起こしていた。
そして2年前のあの日、近衛はいつものように同じクラスの素行の悪い連中に注意していたが、そいつらはかなり性質が悪く、注意されたのに逆切れして集団で近衛に手を出す様な連中だった。
当然俺はそれを助けたわけだが、その結果俺は「ハッスル君」なんて不名誉なあだ名を付けられた。
だが本当に問題なのはこの後だ。
俺が知らないところで馬鹿共は近衛に闇討ちをかけやがったのだ(今となってはレイプされずに済んだのがせめてもの救いだ)。
その事実を知った俺は当然そいつら全員叩きのめした。
暴力沙汰を起こした俺だったが、その時は近衛の証言のおかげで破門は免れ、警告のみですんだ。
しかし事件はこれだけでは終わらなかった。
中学生活最後の文化祭の出し物(劇)の準備でその事件は起きた。
近衛は中学最後の文化祭のため張り切った。そりゃもう周囲の連中の数倍は熱くなっていた。
しかしそれゆえに近衛はクラスでも浮いた存在になり、日を追うごとに周囲との摩擦は強くなる一方。
挙句の果てにはいじめにまで発展する始末。
その頃にはもう手遅れだった……どちらかが引かない限り絶対に解決しないという程に。
正直言って見ていられなくなった俺は、近衛を身を引くように進言したが、それが原因で俺たちは大喧嘩。
そしてその裏で以前俺が叩きのめした馬鹿共は周囲との関係が悪い事を利用して再び近衛を闇討ちしようという計画を立てていた。
その事を近衛との口論の後で偶然知った俺は…………キレた。
気が付けば俺はそいつら全員に襲い掛かっていた。
馬鹿共をぶちのめした時の事はあまり覚えていない。気が付けば俺は自分の拳を返り血で真っ赤に染め、足元には馬鹿共が血まみれになって転がっていた。
馬鹿共は全員全治3ヶ月以上の大怪我。その内一人でリーダー格の男は片目を失明していた。
もうどうする事も出来なかった。
事件の後、運良く非は相手側にあったことが証明されたが、やった事はやった事。
警告されたにも関わらず傷害沙汰を起こし、しかも一人を失明させる程に痛めつけた俺に道場にも学校にも居場所なんて無かった。
事件を起こしたその日に俺は道場から破門され、学校からは転校するように命じられた。
俺は学校にせめてもの願いをと、自分は自主的に空手をやめて転校したとクラスに伝えてもらった(俺がぶちのめした連中については事故ということにしてもらった)。
もしも俺が近衛のために傷害沙汰を起こしたと近衛が知れば彼女は絶対に自分を責める。ただでさえクラス中から疎まれていた彼女にこれ以上のダメージを受ければ本当に近衛はダメになりかねないと思ったからだ。
これ以上彼女に鞭打つような真似はしたくなかったし、周囲と言い争うよりも俺一人恨まれりゃそれで良い。
学校側もわざわざ事件が起きたと公表するのも面倒と思ったらしく承諾してくれた。
そして俺は現在に至る……。
「ごめんなさい……」
しばらく間を置いて近衛は俺に謝罪してきた。
「何で謝るんだよ?」
「だって!私の所為でアンタは破門されたんでしょ!?」
やっぱりそう考えちまうか……。
「俺が勝手にやった事だ、お前の所為じゃない」
「でも、私が一人で勝手に突っ走った所為で!!」
「そうじゃないよ、お前は間違ってない。多分、クラスの連中もな」
あの時どっちが間違っているのかなんて分からない、クラスの連中はもう少し力入れてよかったと思うし、近衛だってある程度妥協すべき点はあったと思う。つまりどっちも間違ってないし正しくも無かった。
といっても、今更考えてもしょうがないけどな。
「悪いのはお前でもクラスの連中でもない、騒ぎに託けて下衆な真似しようとした奴等だ」
「だけど!…………私、アンタの事全然信じようともしなかった!!それだけじゃない、アンタの気持ちを知りもしないで勝手に逃げたと思い込んで罵り続けて……私最低よ、蟹沢達が私を嫌うのも当たり前じゃない……」
まるで懺悔するかのように近衛は涙を流す。
「お前が負い目に感じることなんてないよ、カニ達には俺が黙ってるように言ってただけだ。俺が一人で勝手にやって勝手に背負い込んだ。ただそれだけだ」
「でも……でもぉ……」
「だから泣くな。お前の正義感が強い所、俺は嫌いじゃないんだから、これでお前が変わっちまったりしたらそっちのほうが夢見が悪くなる」
落ち着かせるように俺は近衛の頭を撫でる。
「それにさ、せっかく和解出来た訳だし、また前みたいにダチに戻れたら良い……なんて」
「でも私、蟹沢たちに……」
「和解したってんなら問題ないって、アイツらあれで結構良い奴等だし」
「本当に良いの?」
「俺が良いって言ってんだから良いに決まってるだろ。でもまぁ、次はもうちょっと周りも見ろよ」
「うん……」
俺の言葉にうなずいて近衛は俺の胸に抱きついてきた。
「お、おい!?」
「ゴメン、今だけ泣かせて」
「……好きにしろ」
「ありがとう………ウッ、ク……ヒック…………ウアアアアアァァァァ!!!!」
塞き止めていた物が崩れ落ちるように近衛は俺の胸で盛大に泣いた。
『ガタッ』
「え?」
出入り口の方から物音がしてそっちに目を向けると誰かが走り去っていく姿が見えた。
「乙女、さん……?」
乙女SIDE
頭の中が真っ白になった……近衛に抱きつかれるレオの姿を見たくなくて私はその場から逃げるように走り去った。
どこに行こうとしていたのか自分でも解らない。気が付いた時には竜宮の物置部屋に入ってその場に座り込んでいた。
レオはただ近衛を慰めていただけ……そんな事は解ってる。解っている、けど…………。
(何でこんなに嫌な気持ちになるんだ?何でこんなに悔しいんだ?)
何で……何でこんなに涙が止まらないんだ!?
「うぅっ……うぁ…………レオ…………」
分かってる、これは嫉妬だ。
私は近衛に嫉妬しているだけ……いや、近衛にだけじゃない。女子からの人気が増えた時も、レオがファンレターを貰った時も、私は嫉妬していた。
もう自分を偽れない……従弟(おとうと)だとか家族だとか、そんなの事は言い訳でしかなかった。
「私は……レオが、レオの事が……」
心の中で答えが出る。今までずっと心の奥底に押し込み隠し続けていた、たった一つの答え。
私は……鉄乙女は、対馬レオに恋をしている