Magical Girl Lyrical NANOHA ZERO   作:shimoyuki

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5年ぶりに先へ進みます


3話 『変動』 ②

 なのはは桜台の林道の脇にある広場に立っていた。

 いつも早朝にトレーニングをしている、お馴染みの場所である。

 

 ただ、現時刻は夕方であり、頭上の太陽は今日の役目を終えたとばかりに早々に西の方角へと沈んでいく。

 肌身離さず身に付けている、スタンバイモードのレイジングハートもいない。彼女(?)は今、管理局で今度こそ綿密なメンテナンスを受けている。

 

 毎日マリィが寄越してくれる進捗状況によると、三日経ったところでオールグリーン――不具合はないとのことである。破損箇所もなし。内部に傷ひとつない。

 やはり――と、なのはは思った。

 なのははデバイスの専門家ではないが、長いこと一緒にいるレイジングハートのことは家族のように理解出来た。

 だからこそ、レイジングハートが故障などしていないと、確信めいたものがあった。

 

「――――――――はぁ……はぁ……」

 

 長めの息を吐くと共に、なのはを中心として桜色の魔力光が蜃気楼のように現れ、はらはらと散っていく。

 数十分間、瞑想状態で魔力をコントロールしていたせいで、わりとキツめの疲労感が体を包む。

 今行っていたのは魔力の圧縮・縮小の練習だ。なのはの得意分野は魔力の放出・集束であるが、如何せん攻撃一発一発に時間がかかりすぎ、何より隙が大きいのがデメリットとして挙げられる。高威力の固定砲台が戦闘スタイルだと言ってしまえばそれまでだが、これから魔導師として一人前になるのがなのはの目標。ピーキーすぎる性能というのも考え物だとなのはなりに考え、先人達に色々教えてもらい早一年、今日に至る。

 

 先に述べたように、これは自分のスキルアップという面が勿論一番大きい。だが、なのはにはもう一つ理由があった。

 それはレイジングハートの存在である。

 

 確かになのはは一般人としては規格外の魔力を有していた。そしてその素質を引き出してくれた一番大きな要因はは、他ならないレイジングハートだ。

 彼女とは最早一心同体として認識しているし、彼女なしでの戦いは考えられない。

 

 しかし、レイジングハートもデバイス。なのはあっての存在。

 だからなのははレイジングハートがいなくても鍛錬は決して止めない。

 彼女に認められる魔導師であり続けるがため、なのはは己を信じて研鑽に励む。

 

「ふぅ……ちょっと張り切りすぎちゃったかなぁ。暑……」

 

 近くの大木の根本に置いているバッグから、タオルを取り出して汗ばんだ額を拭う。夕方の涼しい風が心地よい。

 普段はこんなになる前に、レイジングハートがストップをかけるものだが、当然ながらここに彼女はいない。

 それは偏にレイジングハート不在の不安から来るものだった。なのは自身も十分自覚している。

 そして、その不安を取り除く方法を、なのははこうするしか分からなかった。

 不安になるのは弱いからだ。強くなれば、不安もなくなる。

 レイジングハートだって、何かあっても自分が強く在れば安心してくれる。

 

 ――強く――

 

 もっと強く――――

 

「っ――電話……」

 

 鞄の中でコール音が鳴り、我に帰る。ごそごそと携帯電話を取り出しディスプレイを見る。

 

 フェイトだった。

 

「もしも――」

 

「なのは? 今どこ?」

 

 出し抜けに切迫したフェイトの声に、なのはは思わず面食らう。

 

「え、桜台だけど……いつも魔法の練習してる――何かあったの? そんなに慌てて」

 

 すると、はぁ~~~と心から安堵したような長い溜息が聞こえてきた。

 

「もう……なのはの家に電話したらまだ帰ってないって言うし、お友達の誰かの家に寄ってるんじゃないのって言うけどなのはそんな予定話してなかったし、さっきから電話しても全然出ないし、本当心配したんだから。ねぇ聞いてるなのは」

 

「あ、はい、ごめんなさい……?」

 

 突然まくし立てるように叱られ、混乱の内にとりあえず謝罪するなのは。

 通話中のまま携帯を操作し、着信履歴を見る。

 

(ありゃ……)

 

 三十分前から五分置きに、フェイトから電話がかかっていた。

 徐々に頭の回転が戻ってきて、ちょっと鍛錬に時間をかけすぎたかなと反省。

 やたらと過保護なフェイトの態度だが、これには理由があった。

 ヴァイザーとマティルダとの戦いにおいて、勝手に時空転移してメンテ中のレイジングハートを持ち出したことでクロノやリンディ、マリーから叱られたのは記憶に新しい。

 だが、それ以上の叱責が、帰宅したなのはを待ち受けていた。

 

「本当ごめん、フェイトちゃん。あれだけ言われたのにまた心配かけて……今からすぐ帰るから」

 

 あの時、なのは宅に戻ってくるなりいきなり平手打ちを食らわされ、胸に飛び込んできてわんわん泣かれたのを思い出し、素直に謝るなのは。

 心配していただろう。不安であっただろう。逆の立場なら、同じことをしていただろう――そうなのはは思った。

 

 ――本当に、最近は調子がいけない。

 

 何か――自分以外の何かが、自分を突き動かしているような――そんな突拍子のない錯覚すら抱いてしまうくらいだ。

 もっと周りを見て、冷静にならないと――

 すると、フェイトは落ち着きを取り戻したように、声が若干か細くなる。

 

「あ…………うん。その……私こそごめんね、強く言っちゃって。なのはも不安なの、分かってるのに……」

 

「ううん。謝るのは私の方だけでいいの。フェイトちゃんは気にしないで」

 

「でも――」

 

「いいのったらいいの。今回は流石に突っ走りすぎたって反省してるし……だからフェイトちゃんがあんなに怒ってくれたの、嬉しかった」

 

「なのは……」

 

高町なのはは非凡である。彼女に近しい人間は――特に魔法分野の界隈において――大方そういった印象を抱いている。だから、彼女に対して本気で怒ったりする人間はあまりいなかった。

甘やかされていたわけではない。寧ろなのはに対して誰よりも厳しかったのはなのは自身であった。故に、誰かから何かを言われても、それ以前に自己解決してしまう節があった。

 

そんな中現れた、フェイトという対等な存在。

なのはと真っ向から向き合い、文字通り命を掛けた本気のぶつかり合いの中で、二人は互いを分かり合うことが出来た。

だからこそ、フェイトは時になのはに厳しく、真摯に当たる。

それが親友であるからこそ、と言わんばかりに。

当然ながら、なのはもそれを分かっている。

 

「うん。分かった。なのはがそう言うんなら」

 

「ありがと。じゃあ、今度こそちゃんと帰るね」

 

「うん、また明日。なのは」

 

「また明日、フェイトちゃん」

 

 電話を切り、ゆっくりと夕焼け空を仰ぐ。

 また明日――そうだ、また明日、だ。

 明日になればフェイトに会えるし、はやてにも会える。アリサやすずかにも会えて、みんなで遊ぶ予定もある。レイジングハートも、トラブルがなければ明日の早朝に戻ってくる手筈になっている。

 週明けから変に立て込んだせいでペースが乱されているのは明白だ。

 ここらで色々と忘れて遊んでもバチは当たらないだろう。

 

「ジタバタしたって、始まらないよね」

 

 ひとりごちて、なのはは帰る支度を始める。

 先のことを考えすぎても、碌なことがない。分かってることだが、もっと意識すべきだ。

 

 とりあえず、今日の夕飯のことでも考えよう。

 一般的な小学生らしく。

 

 

 

 

 ~・~・~・~・~

 

 

 

 

 時空管理局本局は眠らない。

 

 全時空世界を管理する本局には何千人と務めており、その業務も多岐に亘る。

 三桁にも上る次元世界を監視したり、加えて日々発見される次元世界の内容を調べたり、そこに魔術的要素があるのなら更なる調査を加えたり――シフト制で交代しながら二十四時間体制で稼働している。

 その中でも特にエリートが集う、古代遺失物管理部も本局傘下の部署である。

 扱う物が物だけに、一部の特例を除いて所属している職員は魔導師ランクB以上が必須となっている。全魔導師の上位二十五パーセントがランクB以上ということからも、その特殊性が伺える。因みにランクAが上位十パーセント、ランクS以上が上位三パーセントとなっている。

 

「…………」

 

 入り組んだ、迷路のような古代遺失物管理部の廊下をレティが歩いていると、前から見知った人間が近付いてくるのに気付いた。

 金色の長髪に精悍な顔立ち。しかし要所要所が鍛えられていると瞬時に見て取れるガッチリとした体躯。

 史上最年少で執務官になり、空戦魔導師として『撃墜王』の二つ名を持ち、古代遺失物管理部のトップを任されている傑物。

 オズワルド・シモンズ。

 

「これは……レティ提督。お疲れ様です」

 

 堅苦しい態度で軽く会釈するシモンズ。レティもそれに倣う。

 

「お疲れ様です、シモンズ執務官」

 

「……このような管理局の僻地へ、何か御用でしたか? 訪問の予定は伺っておりませんが」

 

 若干険のある様子で、シモンズが問うてくる。時間と規則に人一倍厳しいシモンズは、アポなし訪問を何より嫌うとは管理局では有名な話である。

 

「いえ、特段用事があったわけでは」

 

「そうですか。でしたらおかしいですね。これより向こう側には『零號』のセクションしかないのですが」

 

 当然の追及が飛んできて、レティは内心ため息を吐く。

 変に言い訳しても話が拗れるだけなので、正直に言うことにした。

 

「――強いて言うならば、残りの『S』の様子を見に来たくらいです」

 

 レティが口にした『S』という単語に、ほぼ無表情だったシモンズの眉がぴくりと動く。

 ただでさえ刺すような眼光が更に鋭くなる。しかしレティはたじろかない。この程度で怯むようでは、今の地位に居座ることは出来ない。

 

「なるほど。……『S』については、我々の部署で全て管理している。他所の人間があまり口を挟まないで頂きたい」

 

「そうは言っても、先日の一件のことがあります。本来ならあり得ないミスの重なりによって起こったヒューマンエラー……私の立場からしても、静観出来る事態を優に超えてます」

 

 先日の一件――皆まで言わずとも、謎の魔導師達によるロストロギア強奪事件のことである。

 地上本部へ輸送した矢先による、今回の出来事。該当のロストロギアは、僅かな時間でありながらも精密検査のために厳重封印が解かれていた際の犯行と、レティは聞き及んでいる。

 

「『ハスター』は想定外の事態として心得て貰いたい。『S』についての管理手順は貴女も良く理解している筈だ。それに、貴女が心配せずとも『アドラメレク』と『クトネシリカ』の管理は十全です。他部署のお粗末な警備体制とはわけが違う」

 

「しかし、想定外の事態は起こってしまいました。これからも何が起こるか――」

 

「一つ、こちらからも質問したいことが」

 

 レティの追及を強制的に遮り、シモンズが発言する。

 巌のように、堅く、揺るがない声だ。

 明らかに失礼極まる態度。だが、それを押し通すだけの『何か』がシモンズからは発せられていた。

 

「賊によるロストロギア強奪――この前代未聞の事態に隠れて、ある事が見逃されていることにお気付きですかな、レティ提督」

 

「…………」

 

 思い当たる節があったレティは、しかし表情に出さず無言でその先を促した。

 シモンズは続ける。

 

「インテリジェントデバイス、レイジングハートの暴走事件……聞くところによれば、メンテナンスルームが一室大破してしまったとか。そして、そのマスターである高町なのはの無断転移、独断専行。これらについてレティ提督のお考えをお聞きしたい」

 

 ここにきて、ようやくレティはシモンズの思惑を読み取れた。

 

(本質はそれ、か。わざわざ偶然を装い近付いてくるなんて、どういうつもり……?)

 

 レティが怪訝に思うも、隙を見せずに既定の返事をする。

 

「どうもこうも、その件については顛末書に纏めて提出済です。後でデータベースをご覧になっては?」

 

「いえ、それは違います」

 

「? どういう――」

 

「私は、貴女のお考えをお聞きしたいのです。『()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、レティの目が丸くなる。

 その僅かな反応を、シモンズは見逃さない。

 形勢が逆転し、一歩シモンズが前に出る。

 最早殺気すら感じられる威圧感で、レティに詰め寄る。

 

 シモンズの口角が、僅かに――ほんの僅かに吊り上がる。

 この状況を、楽しんでいるかのように。

 

 

 

「率直にお訊きしましょう――『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「――――」

 

 思わず声を上げそうになるのを、レティは即座に我慢。

 何も知らない人間が聞けば、意味不明の言葉。だが、レティにとっては、ロストロギア強奪以上の衝撃として受け止めざるを得なかった。

 間違いない。

 ()()()()()()()()

 だが、それを今顔に出すわけにはいかない。

 持ち前のポーカーフェイスで、何とか切り返す。

 

「何のことでしょう。質問の意図が汲み取れませんが」

 

 白々しいとレティは自分で思う。シモンズもそう思っているに違いない。

 茶番のような腹の探り合い。暫し静寂が廊下を支配する。

 先に折れたのは、シモンズの方だった。

 

「――そうですか。どうやら私の思い違いだったようですね。先走った発言、ご寛恕願いたい」

 

 素直にシモンズは頭を下げる。それが形骸的なものに過ぎないことくらい、レティは理解していた。

 レティもそれに素直に応じる。この場において、それ以上のアクションは悪手にしかならない。

 

「では私はこれで。少々急いでいるので」

 

「あぁ、貴重なお時間を頂いて申し訳ない。では私もこれにて」

 

 言葉こそ丁寧ながらも、二人とも視線すら交わさずに、すれ違い分かれた。

 鉄面皮をそのままに、レティは歩きながら奥歯を噛む。

 

(まずいことになったわね)

 

 シモンズが『高町なのは』に気付いた――これこそ想定外の事態だ。となれば、レイジングハートの正体に気付くのも時間の問題だろう。

 まだこの情報は最高評議会には知られていない筈だ。何故なら、これは『逆しまの書』に記されている断片的な紙片から、レティが独自に調査して辿り着いた真実であるからだ。

 それから着々とこちらも準備を進めていたが、如何せん状況の進み具合が早すぎる。

 このままだと、『S』シリーズが揃うまでに覚醒してしまいかねない。

 そう遠くない内に、奴らは動くだろう。その前に、最悪の事態だけは阻止しないと――

 

(時間がない……早く、アレを実用化させないと……)

 

 歩みを早くして、レティは急ぐ。

 自分が思っている以上に、Xデーは近いのかもしれない。

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