Magical Girl Lyrical NANOHA ZERO   作:shimoyuki

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2話です。


2話 『襲撃』 ①

 翌日。

 

「なーのーはっ」

 

「――あいたっ!?」

 

 頬杖を立ててぼんやりしていたなのはは、唐突に額に軽い衝撃を感じて我に返った。

 同時に、教室の喧騒が一気に鼓膜を震わせる。そんなことも分からないくらい、どうやら本当にボーっとしてしまっていたようだ。

 黒板の上の掛け時計を見ると、時刻は十一時三十五分。三時間目の休み時間の真っただ中だ。

 なのはは少し涙目になりながら、額をさする。すると、机を挟んで仁王立ちしていたアリサが、呆れた表情でなのはの顔を覗き込んできた。

 

「ちょっとどうしたの? 朝からずーっと上の空で。何か変な物でも食べた?」

 

「ふぇ? いや、別にそういうんじゃ……」

 

「にしては、ちょっと気が抜けすぎてない? さっきの算数の時間も、最初自分が当てられてること気付かなかったでしょ」

 

「あぅ……」

 

 アリサに指摘され、ますます小さくなるなのは。と言うかやらかしたのはそれだけではない。一時間目の国語の時間には音読を合計四回もトチるし、二時間目の体育の時間ではドッヂボールで見事に顔面に直撃を食らってしまった。誰がどう見ても、不調と言わざるを得ないなのはの状態であった。

 すると、横からすずかの声がかかった。

 

「何か困ったことがあるんなら、私達相談に乗るよ? もしなのはちゃんがよければ、色々頼ってほしいな。何だか今のなのはちゃん、ちょっと辛そうだし……」

 

「すずかちゃん……」

 

「そうそう。私らに言って楽になっちゃいなさいな。――って言うか、フェイトは何か知らないの?」

 

「えっ? わ、私?」

 

 話の矛先を向けられ、なのはの右斜め後ろの席のフェイトが素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうよ。昨日なのはと放課後ずっと一緒にいたんでしょ? だから知ってるのかなって。なのはがこんなんになってる原因」

 

「あう、ちょっと、アリサちゃん、あうあう」

 

 アリサがなのはの髪をわしゃわしゃと撫でる。

 フェイトはおろおろしながら、少し歯切れ悪そうに答える。

 

「いや、まぁ何も無かったって言うと嘘になるんだけど、ちょっと事情が事情で……」

 

「? 煮え切らないわねぇ。込み入った事情があるってのは何となく分かるけど」

 

「……もしかして、魔法関係のことで何かあったの?」

 

 すずかのその鋭い一言に、フェイトがあからさまに動揺する。

 アリサもすずかも魔法のことについて、かじる程度であるがそれなりに教えてもらっている。とは言え、二人は完全に一般人。なので、アリサとすずかにとって、なのは達がたまに会話で話題をはぐらかすようなことがあれば、経験上大体そっち関係の話題と結論付けるのにそう時間はいらないと言えた。

 まぁ今回においては完全に図星なのだが。

 

「あーえーそうなんだけど……なのは?」

 

「……うん。私から言うよ。ゴメンね、二人共。心配かけちゃって」

 

 なのはがどこか吹っ切れた感じで、アリサとすずかに申し訳なさ気に微笑む。

 そして一連の事情を簡潔に説明した。

 

 レイジングハートの様子がどこかおかしく、昨日の夜から技術部に預けていること。

 そもそもレイジングハート自身も無自覚の不調らしく、何が原因なのかさっぱり分からないこと。

 今までにないパターンのアクシデントで、こうしている間も不安がぬぐい切れないこと。

 

 かつてヴィータとグラーフアイゼンに敗れ、暫くの間レイジングハートを修理に出していた時もあったが、あの時とはまた事情が別だ。何度も言うが、原因が分からない不調ほど不安になることはない。

 なのはの吐露を耳にし、まずアリサが溜め息を漏らした。

 

「そういうわけね……でも今アンタがいくら悩んだりうじうじしたりしても、何も解決しないでしょ? 寧ろ周りの人間まで気が滅入っちゃうわ」

 

「…………」

 

「ア、アリサ、ちょっと言い過ぎじゃ……」

 

「別になのはをいじめてるわけじゃないわよ。私はただ、そのレイジングハートさんの気持ちにもなって考えたらどうなの、って思ってるの。待たされる側も、そりゃ心配してくれるにこしたことはないけど、ちょっとは信じて待っててほしい、とも思ってるんじゃない? もし反対の立場なら、なのはどう?」

 

 厳しい言葉ながらも的確なアドバイスに、なのははどこか思うような表情を浮かべながらも、こくりと首肯した。

 そうだ。自分が信じてあげなくてどうする。レイジングハートを一番信じてやれて、分かってやれるのは、彼女のマスターである自分ではないのか?

 

「私は…………」

 

 ならば、待とう。悪い結果を思うくらいなら、良い結果を思おう。それが、今出来る彼女に対する一番の施しだと信じて。

 そう考えたら、気が楽になってきた。強張っていた頬も、なんだか緩んできた感じがする。

 

「……なんか気持ちの整理つけたら、ちょっと楽になった、かも」

 

「ふふっ、いつものなのはの顔に戻ったわね」

 

「よかったー。私達に出来ることは少ないかもだけど、もし何かあったら協力してあげるから、いつでも言ってね」

 

「うん、ありがとう、アリサちゃん、すずかちゃん。……フェイトちゃんも、ゴメンね変に心配かけちゃって」

 

「そんな、気にしなくていいよ。なのはが元気になったんなら、私は何も気にすることないから」

 

「でも、今回はフェイトちゃんには何も言えないまま悩んじゃったから、変に思っちゃったでしょ? 今度からはフェイトちゃんにもすぐ相談するからね」

 

「なのは……私も、同じようなことになったら、きっとそうする。ううん、絶対」

 

「フェイトちゃん……」

 

 何やら二人の周りに近寄りがたいオーラを感じ、アリサは若干げんなりしつつその様を眺める。

 

「まーたイチャコラしてこの二人は……」

 

「ふふっ、いつもの雰囲気に戻っていいじゃない」

 

「なんかアンニュイな雰囲気の方がよかったかもしれないわね……ねぇ、はやて。この二人って向こうでもいっつもこんな風なの?」

 

 はやての席は、なのはの席の左斜め前。アリサが振り返ると、はやてもまた両手で頬杖をついて、特にどこを見ているわけでもなくボーっとしていた。

 どうも上の空のようで、アリサが呼びかけたのにも関わらず反応がない。

 

「ってこっちもか……全く世話の焼ける……」

 

 アリサはずんずんと勇み足ではやての眼前へと移動する。そして、

 

「はーやーてっ!」

 

 アリサがはやての目の前で両手を叩くと、はやてのトロンとしていた両目が思いっきり開いた。

 

「わひゃっ!? ――ふぇ!? な、ど、どないしたん……?」

 

「アンタもまた、魔法関係のことで悩み事?」

 

「へ? な、何が?」

 

「なのはが、レイジングハートの調子が悪いとかどうとかって、今日の朝から注意力散漫だったのよ。はやても何かあったの?」

 

「私? いや、今は単に普通にボーっとしてただけや。気に揉んでることなんて、何もあらへんよ?」

 

 あっさりとしたはやての口調に、アリサは少し訝しげに眉を顰める。

 

「本当に~?」

 

「ほんまやて。もう、アリサちゃんは疑り深いなぁ。私かて、ふと黄昏たくなる時もあるんやで?」

 

「……似合わないわね」

 

「なっ、酷いわぁ……これでも守ってあげたくなる美少女を演出してるつもりやねんけど?」

 

「それを自分で言うか」

 

 すっかりはやてのペースに乗せられ、漫談に興じるアリサ。

 だが、そんな折、すずかは確かに『それ』を見た。

 

「……………………」

 

 はやての視線が、一瞬なのはとフェイトに向けられる。

 憂いのこもったような、思いつめたような、その瞳。たまたま視線を向けた、とは言い難いはやての表情。

 

 すずかはそれが何なのかを問い詰めようとして、やはり止めた。

 何だかこの件には触れない方が良い気がしたから。

 何故だかは分からない。だが少なくとも、自分達の手に負えるようなものではないと、直感的に悟ったのだ。

 

 

 その違和感の正体をすずかが知ることになるのは、ずっとずっと後のお話。

 

 

~・~・~・~・~

 

 

 時空管理局本局、中央センター。そこに位置する、第一休憩室。

 一見広々としたカフェを思わせる、洒落た内装の広間には大体四、五十人ほどの局員が午後のティータイムに興じたり、談笑したり、昼寝をしたりと各々羽を休めていた。

 

 そんな休憩室の一角。四人掛けのテーブルに腰掛けている三人の局員は、いずれも周囲の和やかな雰囲気とは裏腹に難しい顔をしていた。

 クロノ、エイミィ、セシルの三人である。

 

「結局昨日のロストロギアに関しては、そっちで保管してるわけじゃないのか?」

 

 クロノの問い掛けに、セシルはコーヒーカップを傾けながらぶっきらぼうに答える。

 

「まぁなーよく分からんけど、俺が把握した時には既に別部署に持ってかれてたよ。でも技術部の知り合いに訊いてみたら、そんなロストロギア扱ってねーっつーんだよ。じゃあどこ行ったんだって話なんだが。担当課のトップは俺だってのに、どういうわけだ全く」

 

「……まぁその辺りは僕は完全に管轄外だから何も言えないが、確かに少し気になるな。とは言え、藪蛇になりそうな気もするが」

 

「お偉いさん方の考えてることは分からん。ま、こういうのはこれっきりにしてほしいもんだ」

 

「でも、なのはちゃんとフェイトちゃんの二人が戦った魔導師って、まだ捕まってないんでしょ?」

 

 エイミィの言葉に、セシルの表情が再び曇る。

 

「そうなんだよなぁ……もう対策本部は立てられてるみたいだけど、どうもそっちも嫌な感じがするぜ。あの子達の話からするに、例のロストロギアを狙ってるのは明白だ。野放しにしてりゃ、いずれまたどっかで同じようなパターンでぶつかるだろうな」

 

「二人が言うには、かなりの強敵だったらしい。見たこともないデバイスを使い、なのはのスターライトブレイカーを受けてもほぼ無傷だったとも聞いた」

 

「それって……かなりヤバい相手なんじゃ……?」

 

「真実なら、考えるまでもないだろうな」

 

 何度かあの集束砲撃魔法の魔力データを観測してきたクロノやエイミィにとって、あれを受けて無傷だとは俄かには信じがかった。

 それよりも、今のなのはとフェイトの二人を相手取って同等以上に立ち回れる魔導師など、この管理局内でも見つけるのは難しい。純粋に考えて、魔導師ランクに置き変えるとSランクは堅いだろう。

 

 セシルがティーカップを煽り、一息吐いたところでポツリと呟いた。

 

「……サイケロッド、だったか。正体不明の魔導師が言っていたよく分からん言葉は。クロノ、お前聞いたことあるか?」

 

 クロノは「残念ながら」と首を横に振りつつ、

 

「知り合いに無限書庫の司書長がいるから、一応彼に片手間でいいから調べてもらうよう頼んでる。何か分かったら連絡を寄こすようにも言ってるよ」

 

「そうか……確かに無限書庫なら何か情報が埋もれてるかもしれん。お前結構顔広いな」

 

「彼とはただの腐れ縁だ。と言うか、既に向こうの方から依頼が回って来てるかもしれないけどな。……ともかく、可及的速やかな逮捕が望まれる。それに、ロストロギア関連のいざこざは早目に解決してほしいもんだ」

 

 過去の事件を振り返りつつ、クロノが嘆息する。

 どちらも最終的には解決したものの、やはりクロノの中ではスッキリしない終わり方だったと今でもたまに思ってしまう。

 あれだけ被害を最小限に抑え、傍から見ればこれ以上ない指揮官のあり方だっただろう。だが、それでもまだまだ未然にやれたことがあったのではないかと後悔してしまう。

 こう思ってしまうことがまだ未熟なんだろう。クロノはそう自戒するも、そのようにふっ切るまで成長するにはまだまだ場数等が足りないのだろうか、とそう思ったりもするのだった。

 するとセシルが意地悪そうな笑みを浮かべ。

 

「そうか。お前『PT事件』も『闇の書事件』も担当だったんだよな。はっ、もしかしたら今回も巡り巡ってややこしい話が舞い込んでくるかもしれねぇぜ?」

 

「やめてくれ。今回ばかりは本当に自分のことで手いっぱいなんだ……」

 

 疲れた表情を見せるクロノに、ふとエイミィが心配そうに眉根を寄せる。

 

「でも無理しちゃダメだよ? 最近本当に忙しそうなんだから」

 

「無理なんてしていない。自分の体調管理くらい自分でやってる」

 

「そんなこと言って、昨日だって、椅子に座りながら寝てたでしょ。ちゃんと休む時は休まないと、体壊すよ?」

 

「っ……大きなお世話だ」

 

「おいおいクロノ……未来の嫁さん困らすとは感心しないなぁ」

 

 セシルのその言葉に、クロノは丁度口に含んだコーヒーを吹き出しかけ、エイミィは目に見えて顔面が紅潮していった。

 

「なっ、ちょっ、セシルさん何言ってんですか!」

 

「あれ? 違ったの? 俺ぁてっきり二人共その辺まで進展してると……」

 

「ち、違いますって! クロノ君も何か言ってよ!」

 

「照れてるんだって。察してあげろよ」

 

「……今すぐ口を氷漬けにされたいのか?」

 

 クロノが半眼で凄みを利かせたところで、セシルは「冗談冗談」と笑って誤魔化す。

 全く、どこまで冗談なのやら。こういうことを突拍子もなく言ってくるから油断ならない。それにエイミィもエイミィだ。顔を赤くするだけじゃなく何か言い返してくれないだろうか。このままではセシルの思う壺だ。――と、グチグチと心の中で呟きつつ、クロノは頭痛が増していくのを感じた。

 セシルのせいでおかしな空気になってしまったのを何とかすべく、クロノは一度咳払いして話の筋を軌道修正した。

 

「そう言えば、なのはのレイジングハートが不調だったとか言っていたが――」

 

 その時だった。

 

 休憩室に流れていたピアノクラシックが不自然に途絶え、甲高い警報音が鳴り響いた。

 

「っ!?」

 

 その場にいた全員が、弾かれたように天井に設置されているスピーカーを凝視する。

 アナウンスは、すぐに聞こえてきた。

 

「緊急事態。緊急事態。第5セクターにおいて、複数名の侵入者を確認。現在破壊行為を繰り返し、第6セクターへと移動中。武装局員は速やか装備を整え、第5セクターまで出動して下さい。繰り返します。第5セクターにおいて……」

 

 さっきまでのまったりとしたムードから一転、騒然となる休憩室。

 クロノ達も一気に目付きを変え、互いを見遣る。

 

「クロノ」

 

「あぁ。僕達も行こう。エイミィは管制室で待機しててくれ。万一の時を考えて、敵の捕捉を頼む」

 

「了解」

 

 そして三人が立ち上がったところで、遠くで何かが爆発するような音が聞こえてきた。

 

 

 

 同時刻。時空管理局本局技術部。

 無人のメンテナンスルームの中央に、人一人入れるくらいの大きなポッドが鎮座していた。

 その中に浮かんでいるのは、スタンバイモードのレイジングハート、ただ一つ。

 

 昨日からマリエルによるシステムチェックが何度か行われたが、各フレームや演算処理機能、AIユニットに不備は見当たらなかった。とは言え、真に迫っていたなのはの様子を見るに、どうも気のせいでは済まされないようだと感じたマリエルは、めったに起動しない最高レベルのチェックプログラムを施行。現在十段階における四段階目の精査工程に入っている最中だった。

 マリエルは現在別室で仮眠中。一応あと五時間後には検査の結果が出る筈だった。

 しかし――

 

「――――――――」

 

 何の前触れもなく、『それ』は起こった。

 レイジングハートが急にその光沢を強くした。

 

 ポッドの前でデバイスのデータを逐一更新していたモニターに、異変が訪れる。

 魔力係数のグラフが一気に暴れ出したかのように急上昇し、すぐに測定不能の域に達し【error】の表示と共にフリーズしてしまった。

 途端、レイジングハートの形状が誰のコマンドも受けずして、自動的にアクセルモードに切り替わる。

 

 誰が見ても明らかな暴走だった。しかし、今ここにそれを止める術を持った人間は誰もいない。

 

 魔力の奔流は止まることなく、瞬く間に桜色の光がメンテナンスルームを埋め尽くしていく――

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