幼き日の心理定規と未元物質がこんな風に出会ったら、という仮定のお話。

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初投稿。ドキドキ。


例えばこんな出逢いから

 その日、彼女は春の中にいた。

 

 冬の名残りがまだ消えきっていない、肌寒く晴れた日。冷たい風が吹き抜けて、彼女は思わず目を閉じた。

 4月。元旦とは別に、もう一つの1年の始まりと言える時期。学校や会社では、新年度を迎えた学生やら社員やらが心機一転、いつも通りの日々を改めて過ごし始める。そんな、希望と期待に満ちた時期。

 彼女も彼ら彼女らと同じく、新年度を迎えるべき年頃のはずだった。6歳という年齢を考えれば、まさに今年から小学校という新たな世界に胸を踊らせているはずだろう。

 しかし、突き抜けるような蒼い空の開放感とは裏腹に彼女の顔は暗かった。明るい日差しから逃げるように目を伏せて、体から力が抜けているように人差し指と親指だけで床に置いたパズルにピースを嵌めていく。すでに全体の半分以上は埋まっていることが、彼女がいかに長い時間1人で過ごしてきたかを物語っているようだった。

 ここ学園都市では別段珍しくも目新しくもない、ありふれた研究所の1つに彼女はいた。人口230万人の科学の街の中には、それこそ有名企業参加の所から、誰にも存在を知られないような影に潜む研究室まで多種多様かつ無数に存在する。その中でも学園都市のキャッチコピー、つまりは超能力開発関係の研究所の1つが彼女のいる場所だ。

 そこに所属するのは主に置き去り(チャイルドエラー)と呼ばれる、学費だけ振り込まれ街に入りそのまま両親が雲隠れしてしまった身寄りのない子供たちであり、彼女もその1人だった。

 

 心理定規(メジャーハート)

 対象が「他人に対して置いている心理的な距離」を識別し、 それを参考にして相手の自分に対する心理的距離を自在に調整できる能力。それが彼女の獲得した異能だった。

 

 言うまでもなく、人はその一生の間に星の数ほどの人間と関わる。両親に始まり、親戚、友人、教師、学校や会社の先輩後輩の他にも所属するコミュニティの数に比例して関わる者の人数は増えていくはずだ。

 彼女はその能力のおかげ(せい)で、幼い精神のうちから人の心の闇を垣間見てきた。十徳(アーミー)ナイフが如くその心情をそのままに読み取る事は出来ずとも、数値化された心理的距離を見れば薄っぺらい笑顔の裏に潜む本心など察して余りある。子供と子供ならまだ可愛い。子供と大人、大人と大人になるにつれ、表面上の態度と心理的距離は解離する一方であり、運の悪い事に( 、、、、、、)彼女の周りにいる人間にはその傾向が顕著に表れていた。

 そして。

 さらに恐ろしいのは、その数値を調整出来るという事実。

 最愛の配偶者が、一生を棒に振ってまで成し遂げると誓うほどの復讐相手にすり変わる。関わりすらなかった赤の他人が、無二の親友に成り変わる。その果てに待つのは人間不信に他ならない。

 運の悪さに拍車をかけるように、もう1つの事実があった。最も好きだった肉親の記憶が、彼女には残っていたのだ。

 1番初めの段階で、彼女は最愛の人に捨てられていたのだ。一夜を挟んだ豹変は信頼の喪失であり、固く厚かったはずの絆への裏切りだった。

 幼い彼女にとって片方だけでも手に余る2つの事柄が同時にその身へ降りかかる。励まそうとする友人も、助けようとする大人もいなかった。いや、彼女が遠ざけた。

 もしかしたら。

 もしかしたら、その善意の裏には悪意が潜んでいるかもしれない。そう考えてしまう瞬間、他人が何もかも信じられないなってしまう。残酷な事に、彼女の能力は人を遠ざける事にも有用だった。

 そして彼女はいつしか、人と関わるのをやめていた。

 

 他のこども達が中庭で遊ぶ中、心理定規(メジャーハート)は1人屋内でぱちり、ぱちりと音を鳴らしながらピースを嵌めていた。床に置いたそれは、欧州の有名な画家が描いた絵画のパズル。彼女はそれが好きだった。平面に描かれた少女の真意など知る必要もない。1人で黙々と進められるその作業も気に入っていた。

 これは今日に限った事ではない。いつも通りの光景で、疑問に思う者など誰1人存在せず、それが普通で、それが日常だった。

 だから。

 初めにその声が聞こえた時も、彼女はそれが自分への言葉だとは気づくことが出来なかった。

「おい」

 背後から聞こえるその声は少し低くて、多少年上のオトコノコだろうと簡単に推測できた。だが、できたところで何の足しにもならない。少年は話し相手に気付いてもらえたら、自分には目もくれず外へ遊びに行くだろう。自分一人しかいないその部屋に留まっていても退屈なだけだ。彼女は本気でそう思っていた。

「おーい」

 間の抜けたような声で、もう一度少年は声を上げた。どういう理由か返事はない。外で遊ぶ子供たちの楽しそうな声だけがその部屋を満たしていた。

 それにしても早く返事の一つも寄越してあげればいいのにと思った矢先、

「おい、聞いてんのか」

 三度目の呼びかけと共に、ぽんと肩をたたかれて、彼女は驚いて振り返った。

「やっと気づいたかよ。集中しすぎだ、そんなに楽しいのか、それ?」

 そこには、呆れた顔で自分を見ている少年がいた。その声から判断すれば、自分より2、3歳は年上だろう。しかし、明るい茶色の頭髪が似合う幼くも整った顔に高い身長が相まって、年齢以上に大人びて見えた。

 声をかけられる事が久しぶりすぎて返す言葉が見つからない彼女を見た少年は、怪訝な顔をして、

「あん? なにバカみてーな顔してやがる。もしかして、日本語分からねえってクチか? 金髪ってことはヨーロッパ生まれ? ぼんじょるの、ぼんじゅーる。いや、ぐーてんたーくか」

 なんだか的外れな予想をし始めたあげく、とりあえず知っている欧州の挨拶を並べてみましたと言わんばかりに話しかけてきた少年を見て、今度は彼女が怪訝な顔つきになった。

「……何よ」

 日本語話せたのかよとか文句を言われたが、悪いのは勝手に斜め上の予想をした彼の方であることは確定的に明らか。少年自身もそれに気づいているようで、肩を竦ませながら目線を窓の外へ投げた。

「いやなに、薄暗い部屋の中で1人で遊んでるのを見たら気になってよ。……アイツらとは遊ばねえのか?」

 その視線を追うと、開け放たれた窓越しに研究所のこども達が飽きもせず走り回っているのが見えた。鬼ごっこでもしているのだろう。無邪気に笑う彼らはまだ人の心の奥にあるものなど見た事も察した事もないに違いない。

「……遊ばないわよ、あんなに騒いでたら疲れるもの」

「なんだそりゃ。お前ホントに俺より年下か?」

「失礼ね、貴方こそ本当に私より年上なのか疑いたくなってくるわ。高いのは身長だけ? 精神年齢って言葉、知ってるかしら?」

「はいはい。遊ばないじゃなくて、遊べないだろ? どう見ても友達出来なさそうな性格してやがるしな」

 いよいよ礼を欠いた事を言い始めた少年は、初対面にも関わらず人をバカにしながら彼女の隣の床に腰掛けた。もちろん良い気になど1ミリたりともならない彼女は、警戒するように距離をとる。

「作らないだけよ。だって、そんなの要らないもの。他人に依存してばかりじゃ、人は成長できないわ」

「無駄に飾り付けた言い訳どーもありがとよ。そういうのは1人でも友人を作ってから言えっての」

「なっ……」

 やれやれ、なんて言葉が書いてありそうな表情(かお)で彼はそう言ってのけた。あまつさえ勝手にピースを手に取ってパズルを始める始末。

 彼女が苛立ちを覚えたのも無理はない。まごうことなく彼と彼女はこの日この時初めて出会った筈なのに、遠慮なく声をかけてきた事に始まり、こっちの事情も知らないくせに人の領域に土足で踏み込むような真似を幾つもされて怒らない少女はいない。

 だからこそ、彼女はいつも通り( 、、、、、)に能力を行使した。己が能力の真骨頂。心理的距離の操作だ。

(距離単位500に設定。これでいなくなるでしょ)

 それは、とある科学者の彼女に対する心理的距離だった。その昔、興味本位で能力を使った結果家族との関係をこじらされ、以来彼女を目の敵にしている大人。彼女の姿を見る度に苛立ちと恐れを目に浮かべてその場を去る者と同じ心理的距離。これならば、何かを言うまでもなく少年は去っていくだろう。1発殴られるかもしれないが、それを容認してでも彼女は少年から離れたかった。

 彼女は、自分でも理由が分からない程にイラついていた。目の前の少年の行動からは、『奥にあるもの』の気配がなさすぎる。まるで、そんなものを用意しなくても世界と渡り合っていけるのだと言わんばかりの自信があるようだった。子供じみた無礼な言動は周りの少年少女と変わりない筈なのに、何故だろう、彼のそれは井の中の蛙とは全く違う根拠がある気がしたのだ。

 理解出来ないモノは1番怖い。本当はその裏にどす黒い欲望が隠れているかもしれないと、考えるだけで近くにいたくない。

 だから、能力を使った。

 彼を遠ざけようとした。

 なのに。

 それなのに。

「この絵ってあれか、確か英国(イギリス)の……」

「えっ」

(能力が……効いてない!?)

 絵とその作者の名前を言い当て満足している風の少年に、自分への嫌悪感は僅かたりとも見受けられない。

 それを見て彼女は思わず、

「貴方、何なのよ……?」

「は?」

「なんでよ。なんで、私の能力効かないの?」

 呆然といった表情で問うた彼女に少年はパズルから顔を上げ、一瞬キョトンと瞬きを数度した後にあぁ、と思い当たる節がありそうな声を上げ、

「そいつはきっと─────」

 その続きを少年が言う、一瞬前だった。

「迎えに来ましたよ、未元物質(ダークマター)

 落ち着いた女性の声がして、彼女は声がかかった方向へ呆然としたまま、半ば無意識に顔を向けた。

 そこに立っていたのは、まだうら若い20歳前後と思しき女性だった。着慣れていなさそうな新品安物のリクルートスーツの上に白衣を纏う彼女は、口元の穏やかな笑みとは裏腹に底の無い虚のような瞳で少年のみを見つめていた。

「要らねえ迎えだ。テメエは暇人か?」

「実験再開予定時刻まで残り2分。そろそろ戻らなければ、タイトなタイムスケジュールに悪影響が出てしまいます」

「あぁ、……もうそんな時間だったっけか」

「ええ。先の実験終了後に貴方には再三言って聞かせたはずなのですが」

「そうだったかな、興味無さ過ぎて忘れちまってたよ」

 先程までとはガラリと変わった、低く険しい声で少年は応対した。能力など使うまでもない、少年と女性の心理的距離は桁が違うほど長いと断言出来る。

 彼は反抗的な態度を取りながらも本気で敵対する気はないのか、渋々といった様子でゆっくりと立ち上がった。了承の意を察したのか、女性が背を向けて部屋から出ていく。彼もそれに追随した。

 少女の頭の中はもはやパンク状態だった。猛烈な速度で移り変わる展開に理解が追いつかない。能力の効かない少年に、闇の如き瞳の女性。ききたい事は沢山ある筈なのに、1つとして考えが纏まらない。

 だから、最後に1つだけ質問をした。

 些細な、1番知りたかった事を。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「あん?」

「……貴方の名前、まだ聞いてないでしょう」

「あぁ、そういやまだ言ってなかったな」

 思い出したように言って、少年はニッと口角を上げて名乗った。

未元物質(ダークマター)を操る学園都市第2位の超能力者(レベル5)垣根帝督(かきね ていとく)だ」

 それだけ言うと、またなと手を振って彼は去っていく。それを彼女は呆然と見送っていた。

 

 

 

 

 それが、彼と彼女の出逢いだった。




続く・・・かも?

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