六月の初め、梅雨独特の湿度と匂いが町を覆う。
「わざわざ一緒に来てくれて助かった。」
「いいぜ、このくらいの事。」
五反田は織斑の肩を叩きながら上機嫌な表情を浮かべた。
休日、織斑が実家の様子を見に行くというので、五十嵐と五反田が護衛として付けられた。
二人は任務上制服ではなく隊員から借りた私服を着用していた。
「ただの任務だ、気にするな。」
「素直になろうぜ五十嵐、任務のついでに遊べて嬉しいだろう〜」
「たるんでいるぞ!五反田!」
五反田は街に出ると見るもの全てに興味を持ち、目を輝かせていた。
徴用兵は田舎の山にある駐屯地で過ごし、見るものと言えば豊かな自然と兵器。
都会に行ったことはあるが、それは陥落したソウルと平壌の廃墟と化した街並みだった。
目の前にあるのは人々の活気が満ち溢れ、電車が何本も走り高いビルが建ち並ぶ。
そして自分達に守られ平和に自由に暮らす国民の姿だった。
今いるのは織斑の住む住宅街を出たところの車道の側を歩いていた。
「もう昼飯の時間だから食べに行かないか?いい店を知っている。」
織斑は時計を見るとそう提案した。
二人は顔を見合わせてるとポケットから財布を取り出した。
「...外で食べる時はこの紙が必要なんだよな?」
五反田が手に取った人物画が描かれた紙。
それは紙幣と呼ばれるもので、この世界で何かを得るために必要な紙だ。
彼ら徴用兵は駐屯地内で生活している限り必要最低限の生活が保証されている。
漆原首相は“徴用兵社会復帰プロジェクト"の名の下で給料を給付することを決めた。
しかし五十嵐は母親の偽善に怒りが湧いた。
今頃になって人扱いして許しを請いたいのか、“金”という物で俺達の苦しみは拭えると思っているのか。
俺を売った時のように“金”で解決するのかと。
「いいよ、俺が奢ってやるから。」
織斑はそう言って歩いていく。
「ここがお勧めの食堂だ。」
立ち止まった先には壁面に蔦が絡まり、長年の汚れが目立つ建物だった。
看板には『五反田食堂』とあり、織斑は五反田に話しかけた。
「そう言えば偶然にも弾と同じ苗字だな。」
織斑は軽い話題を振ったが、五反田の陽気な答えが返ってこない。
五十嵐は五反田の顔を見ると看板を見上げ戸惑ったような複雑な表情を見せていた。
普段見せない表情に心配になり声を掛ける。
「どうした、五反田?」
「...いや、なんでもない。」
意識を取り戻したかのように答える
三人は何事も無かったように入店する。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると一人の少女が出迎えた。
「あ、久しぶり。」
「いっ、一夏さん!ひ、久しぶりですね。」
織斑はその少女に挨拶をするといくつか言葉を交わす。
その後に五十嵐達を紹介した。
「同級生の裕也とその友人の弾だ。」
「五十嵐裕也だ。」
「五反田弾です。」
二人は自己紹介すると目の前にいる少女の自己紹介に移った。
「この見せの娘さんで、バイトで入った時に知り合った蘭だ。」
「五反田蘭です。」
蘭は二人の顔を見る
弾を見た時一瞬だが不意打ちに合ったような表情を見せた。
五十嵐は不審に思ったが織斑が座るように勧めたので座った。
「ここのお勧めはカレイの煮付け定食だ。」
「それでいい。五反田は?」
カウンター席で端に座る五反田の方を向く。
五反田は店の内装をキョロキョロと落ち着き無く見回していた。
「おい、五反田。」
「おう!」
もう一度呼びかけると気付く。
「カレイの煮付け定食でいいか聞いているんだが?」
「ああ、それでいいぜ!」
三人ともカレイの煮付け定食で決めると織斑は蘭に注文をした。
「五反田、お前は様子がおかしいぞ。何かあったか?」
その間に五十嵐は不審に思った事を五反田に問う。
「いや...」
五反田は目を泳がす。
「こんな店に来るのは初めてなのか?」
「ああ!そうなんだ...こうゆうところに来るのは初めてでな。」
注文を終えた織斑が五反田に聞くと肯定して答えた。
だが五十嵐の目からしても隠し事をしているのは分かった。
さらに突っ込んで聞こうとした時、ある一人の作業着を着た男性が声を掛けてきた。
「そこの二人...もしかしてISを撃墜した二人か!」
「...はい。」
あの発表からすぐの日曜日。
宮城において皇帝陛下自ら五十嵐と五反田に金鵄勲章功五級を授けられた。
この授与式は国営放送にて放送され、二人は一躍有名になった。
これをキッカケに徴用兵に対するイメージを大きく変えることになった。
「あの式典の時の君達、すごく格好が良かったぞ!」
皇帝陛下に拝謁する場で二人は最上級の儀礼服装で臨んだので当然といえば当然だった。
その男性は徴用兵について語り始めた。
「俺の息子も十年前に徴用されたんだ。たった十五万円で無理矢理...」
「無理矢理?」
「ああ、政府の役人共が十五万円無理矢理掴ませて息子を攫ったんだ!」
自分達が教えられていた事を矛盾しているのに二人は気付いた。
『薄情な親達は自分達の利益の為に喜んで君達を捨てた』と教えられた。
だが目の前にいる男性を見る限り、そうとは言えない。
「抵抗する者もいたが公安警察に捕まって、保釈されたら女性至上主義者共が非国民扱いして差別する。俺は手放したくは無かった。だが家族が生きる為には必要だったんだ!」
目の前にいる男性は涙を浮かべながら訴え、二人に頭を何度も下げる。
それは自分が息子を手放した罪を悔いているのだろうか。
「今何処に私の息子がいるか分からない。もしかしたら死んでいるかもしれない。だが君達があの日、勲章を授与したのは私の息子の事のように喜んだ。君達は我々の息子だ。」
五十嵐はその男性を見て複雑な心境に置かれた。
“母親”、いや首相は自分を捨てた時同じ心境だったのか。
「そんなわけがない...」
だったらなぜ戦争に送り込んだ。
この国の最高指導者なら戦争を辞めさせ、すぐに開放させることが出来たはず。
しかし首相は戦争に送り込み、人を殺させた。
子供達の頭上にナパームを投下した日、俺は人間を辞めさせられた。
戦う兵器として生かされた。
するとカレイの煮付け定食が運ばれ、三人の前に並んだ。
「蘭ちゃん、この三人の勘定を代わりに俺が払うわ。」
「いいんですか!?」
織斑と五反田が立ち上がる。
「いいよ、二人の息子とその友人だと思えば。遠慮せずに食べなさい。」
「すみません、こんなにしてもらって...」
男性は店内にあるテレビを見る。
そこには漆原首相が映り、『徴用兵解散』というテロップが映し出されていた。
「首相は徴用兵制度廃止を争点に衆議院解散した。右派の馬鹿共は離脱して国民党を結成、だが漆原首相を始めとする社会国民党は野党と手を組んで選挙に挑む。数的にも圧勝は間違いない。」
嬉しそうに話す男性の話で今の情勢が分かった。
母親は摂取されていた人々を味方につけてこの制度を壊そうとしている。
だが精神を病み、血で染まった俺達に帰る場所はあるのだろうか。
あの戦場で死んだ戦友達を差し置いて。
「もう時間だ、仕事に戻らないと。」
男性は五十嵐達三人分と一緒に会計する。
「じゃあ元気でな!」
そう言って男性は店を出て行った。
自分達は何気も無い会話をしながら食事をした。
二十分程食べ終わると三人は店を出て帰路就く。
「俺は一旦駐屯地に戻る。先に寮に戻れ。」
「わかった、また後でな。」
五十嵐と五反田は、織斑を正門前まで見送ると駐屯地に引き返した。
緑生い茂る並木の下を歩いていると五反田が話し掛けてきた。
「なあ、裕也。」
「なんだ?」
「俺...前にあの店に行ったような記憶があるんだ。」
「そうなのか?」
五反田があの店で落ち着きが無かったの思い出した。
「ああ...雰囲気も内装も匂いも懐かしく思うんだ。あと...」
「あと?」
「あの蘭という子に覚えがあるんだ。」
第三十話目です。
しかし人間の心情面を描こうというのは難しい。
この回の書き方もあんまり上手く出来たと思えない。
一番難しいのは恋愛の部分を書くことですかね。
昔書いていた時に一番苦労した部分ですね。
経験した事も無いのに書くと想像力で補うが、その部分が一番難しい。
ではまた今度。