確かに銃声が聞こえたが、俺は死ななかった。
右手は誰かに掴まれ銃口は天井を向き、発射された銃弾は天井を抉った。
部屋の電気はつけられ明るくなると、右手を掴んでいるのが誰か分かった。
「織斑...」
「なにやってんだ馬鹿野郎!」
織斑一夏だった。
その他にも部屋には他の五人がいた。
ボーデヴィッヒが五十嵐から拳銃を引き取り、銃弾を抜く。
すぐにナースコールの呼び出しボタンが押されて、医師と看護師が集まった。
それで分かったのはシルバリオ・ゴスペル迎撃戦から二週間、一学期が終わる寸前だった。
「なんで死のうとするんだ!」
織斑は激しい口調で迫る。
彼にとって友人が自殺しようとした事実に怒りが湧いたのだろう。
命を粗末にするな、聞き飽きた言葉だ。
「...もうあの時の記憶に悩まされるのは無理だ。徴用兵たる者はあの戦場で死ぬべきだったんだ。」
「なんでそうなるんだよ!徴用兵がなんだ!」
「戦場で犯した罪をあの世で請う為だ!」
五十嵐は大声で叫んで咳き込む。
彼らは感情的になって叫ぶ五十嵐を見て驚く。
滅多に感情を表さない人が突然怒ったのに、彼に何かがあったと悟った。
「織斑、静かにしろ。」
出席簿アタックを喰らい、目の前にあった織斑の顔が無くなる。
見上げると織斑先生の姿が見えた。
「お前らは廊下に出ろ。五十嵐、お前は安静にしていろ。」
ゾロゾロと織斑達は先生について行って廊下に出る。
五十嵐は医師と看護師に囲まれ、質問を受けた。
―医療局・廊下-
「PTSD?」
「PTSD、心的外傷後ストレス障害の事だ。」
織斑先生は五人に五十嵐の病名を聞かせた。
「災害や戦争・犯罪・虐待な出来事の後に起こり、心に加えられた傷が元で様々なストレス障害を引き起こす神経症のことですね。」
ボーデヴィッヒがそう答えると先生は頷いた。
「そうだ。医師からの説明によると彼の軍歴や今までの医療記録から“可能性が高い”。」
「『可能性が高い』って確実じゃないのか。」
織斑の質問に『そうだ。』と答える。
「あいつは最低でも臨海学校には発症していたはずだ。それにもかかわらず戦闘に参加した、トラウマを持っているならば戦闘に参加したりしないだろう。またあの戦争から数ヶ月が経ち、入学式前の軍の記録では異常はなかった。この神経症は何かをキッカケにあの戦争での出来事が一気に現われた。」
「もしかして入学式の襲撃が!?」
篠ノ之が思いついたように言った。
「そうかもしれん。また彼がトラウマとなった記憶は何なのかも問題だ。」
五十嵐の周りでは事件が起きすぎて何が原因か分からない。
自分達のせいかもしれないと考え始めた。
「もしかしてわたくしが酷いことをした際に...」
「...あたしが襲ったから?」
「僕の為に戦ってくれた時に...」
それぞれが思い当る節を上げていく。
織斑先生は分かった分かったと鬱陶しそうな態度で彼女達の考えを中断させる。
「どうすれば裕也を助けられるんだ?」
織斑一夏は聞いた。
「医師が診断をしているが、後で結果が分かり次第五十嵐に自らの病気について説明する。」
生徒達は頷く。
「次に認知行動療法だ。トラウマを片付けるには、繰り返し語り、安全な環境の中で再体験し、記憶の再統合することが必要だ。自責感を軽減し正常であることを保障すること、自己統御感や自己尊重感の回復させる作業だ。これに君達に手伝って欲しい。だが記憶を思い出させることで不安定になり混乱状態になってしまう可能性もある。」
織斑先生は頭を下げて生徒達に願い出た。
「五十嵐を良く知っているのは戦友だったものだが、彼らと会うことでトラウマを彷彿させる可能性がある。唯一彼を良く知るのは君達だ。治療の時は傍にいて欲しい。」
「家族はいないんですか?」
デュノアの質問に篠ノ之が答えた。
「そうだ。彼らは無理矢理引き離され、誰が家族か知らずに生きてきた。私の姉のせいで。」
心の中に怒りが沸き立ち、拳に力を入れて握る。
「分かった、引き受けるよ。」
すると織斑が一歩前に出て言った。
「俺とあいつは色々あったが友人に変わりない。」
織斑を合図に他の五人も進み出た。
「私の姉のせいで五十嵐はこうなった。責任がある。」
「わたくしも裕也さんには迷惑かけましたから。」
「あたしも少し迷惑をかけたから...」
「僕も助けてもらったお礼返しにこのくらい引き受けます。」
「私は同じ軍人として裕也を理解できると思います。」
「治療は夏休み中になるかもしれないがよろしく頼む。今日は解散しろ。」
織斑先生は生徒達を見送ると背後から見ていた人物に声を掛けた。
「貴様、これでいいのか。」
「織斑先生、協力ありがとうございます。」
背後に現われたのは更識楯無生徒会長であった。
行動認知療法に織斑達を参加させる提案をしたのは彼女であった。
これをキッカケに五十嵐の母親から頼まれた任務を進めようとしたのだ。
「貴様がなにを考えてこんな事をさせるか分からないが、ろくな事は無いぞ。」
「そうですかね?私には効果絶大だと思いますけど。」
「どうかな。」
織斑先生は歩き始めると更識会長は引きとめた。
「診断が終わって何か分かったそうですよ、織斑先生。」
織斑先生は向きを変えると黙って診察室のある場所まで歩き始め、その後ろを更識会長が続く。
二人は距離を離して歩いて、医師が待っている診察室に行く。
「失礼します。」
織斑先生がドアを叩くと返事が帰ってくる。
診察室に入ると白衣を着て眼鏡をかけた女性が待っていた。
「まず結論から申しますとPTSDだと思われます。当初お伝えした方法で治療を行います。」
「そうですか。」
この答えは予想した通りだった。
「ですが問題があります。」
「ん?」
医師の言葉に織斑先生は目を大きく開く。
「様々な記録と更識さんから提供された資料を基に調べると彼はクラス代表決定戦後には兆候が現れていました。しかしそれから数ヶ月間普通に暮らして任務を遂行していました。問題は今までに例は無い事ですね。」
「どういう事ですか?」
「この時点で兆候は出始め睡眠障害、幻覚を見始めています。ですがその後も何事も無く戦闘にまで従事しています。普通ならありえません。」
「しかし神経症というのは個人差があるといわれていますが?」
「確かにそうです。私が五十嵐くんに質問した所『義務だから』と答えました。」
「そこが彼がISに乗れる理由かもしれない。」
「なにを言っているん?」
更識会長の突拍子も無い言葉に織斑先生は呆れた顔をした。
「国防軍の研究機関はここでの身体検査で得られたデータを見ましたが。」
扇子を開くと『皆無』という熟語が書かれていた。
「織斑くんと五十嵐くんに共通する部分は男性である点でしかありません。そこから仮説として彼らの心理状態に秘密があると考えたらしいです。」
「心理状態?二人は全く別の人生を経験しているぞ。」
「しかし二人とも過去に事件に巻き込まれていますね。」
「そうだった...」
織斑千冬は思い出した。
第二回モンド・グロッソ決勝戦当日、織斑が正体不明の謎の組織に誘拐された事件があった事を思い出した。
自分は棄権してドイツ連邦軍つてで情報を貰い救出、対価にドイツ連邦軍の教官を務めることになった。
「二人は特別な経験をした。二人にはある思いを抱いてそれにISが答えた、という仮説です。」
「だが戦争体験や犯罪なら多くの人達が経験した。そしたら他の兵士や人々も起動出来る事になるぞ。」
織斑千冬はこの仮説の欠点を突いた。
「そうです、そこで五十嵐が関わった出来事が彼自身になにを与えたのかを知るチャンスではないのですか?」
「そうだな...それでは五十嵐をよろしく頼みます。」
「わかりました。」
織斑先生は医師に頭を下げると診察室を出た。
第四十四話です。
ここまでで『第三章 IS学園~第一学期~』を終わります。
次話から『第四章 IS学園~夏季休暇~』として続けます。
ここを境に五十嵐は人として戻れるか?
そしてISを動かせる理由を突き詰めたいと思います。(予定)
ではまた今度。