-8月31日午前6時/五十嵐裕也の自室―
目覚ましの音が部屋に鳴り響く。
五十嵐は起きると、身支度を整え部屋を出る。
今日は象徴的な出来事がおこなわれる日であり、徴用兵にとって記念すべき日になろうとしていた。
『知的・身体障害者並びに棄児と低所得者の男児徴用法』廃案を巡る決議が衆議院でおこなわれる。
歩みを食堂へ進め、朝早く部活動がある生徒と共に朝食をとる。
空中投影ディスプレイに流れる朝のニュースは『知的・身体障害者並びに棄児と低所得者の男児徴用法』について長い時間を割いて流されていた。
本会議が始まるのは午後一時。
朝食を食べ終わると午後一時までの間、トレーニングと換装された“紫電”の訓練をおこなった。
-8月31日午後12時40分/国会議事堂-
国会議事堂に漆原首相は入ると記者の団体を掻き分けながら進む。
記者団が衛視に止められ一息つくとポケットに入れていた携帯が鳴る。
取り出して耳に当てるとその声は更識楯無であった。
《首相、緊急の要件です》
彼女は緊迫した声で首相に伝える。
「何があった?」
《IS学園に対する攻撃が予想されます。また関連施設も。》
「それはIS?」
《いえ、私達が得ている情報では銃火器を主武装とするテロ集団です。》
こんな大事な時にと思いながら溜息をつきながら指示する。
「分かったわ、すぐに学園警備隊に警戒を敷かせるわ。あと国家親衛隊にも出動を要請する。轡木十蔵さんは?」
《今日の午後、アラスカから帰国します。護衛はこちらでつけていますが応援を要請する場合もあります。》
「わかったわ。」
《では頑張って下さい。》
電話を切ると次に国家親衛隊長官に連絡して部隊の派遣を命じる。
衆議院議場に入ると国防大臣に更識の情報を伝え、警備隊に警戒するように命じた。
国防大臣が一旦議場を出ると国務大臣席の議長席に一番近い席に座る。
この日は内閣として重大な決議として首相は全国務大臣に出席するように命じていた。
だが五分前になっても文部科学大臣だけが姿を見せなかった。
国防大臣が戻ると首相の傍に来て警備隊へ指示を出したことともう一つ伝えた。
「首相、先程文部科学大臣の秘書から突然調子が悪くなり寝込んでいるため議場に行けないと。」
「そう。」
本会議まであと三分。
自らが確認する時間も無いし、文部科学大臣が一人抜けたからといって決議には問題ならない。
午後一時になり480名の議員が席に座る。
衆議院議長が議長席に座り本会議が始まる。
「それではこれより会議を開きます。まず日程第一位『知的・身体障害者並びに棄児と低所得者の男児徴用法』廃止法案を議題といたします。」
安全保障委員長の議員が立ち上がり演壇にあがる。
-8月31日午後3時/IS学園一年生寮食堂-
食堂には五十嵐をはじめ織斑などの一年生が集まっていた。
白騎士事件以後の女性至上主義の社会が変わる瞬間を見ようと多くの生徒が集まっていた。
野党議員のとても長い反対演説で数人の生徒は机に伏してしまう。
だが討論は時間が経つに連れて次々と終わり最後の議員の演説が終わろうとしている。
国民党の議員はフランス・中華連邦の脅威に対して兵員の確保を必要であると訴える。
一方社会国民党の議員は人権の尊重を訴え、非人道的で残虐な制度だとして廃止を求める。
形だけの討論は時間稼ぎでしかなく、可決の時がこようとしていた。
可決されるのは当然だが、可決されたとしても五十嵐には何の意味を成さない。
どんなに弁護しようとも人を殺した事には変わりない。
この先、どのように生きて罪を償うのか。
五十嵐には分からない。
「もうそろそろだね。」
シャルロット・デュノアは横でそう言った。
彼女はフランス人だが祖国を捨て、日本人となった彼女も興味があるのだろう。
最後の議員の演説が終わり採決に入る。
《以上を持って討論を終局といたします。採決をいたします。》
空中投影ディスプレイに生徒達は見入る。
《本案を委員長の報告の通り決するに賛成の賛成の諸君の起立を求めます!》
この瞬間、社会国民党の議員は立ち上がり国民党の議員は足早に議場を後にする。
議席の過半数の議員が立ち上がり可決した。
《賛成多数。よって本案は委員長の報告の通り可》
法案が可決しようとした時だった。
画面が一瞬にして暗くなり、様々なものが落ちる音が聞こえた。
突然の事に皆驚き、五十嵐も唖然とする。
それからテレビは画面がテストパターンに切り替わった。
「あれを見て!」
窓際にいた生徒が外を見ながら大声で言った。
皆が窓から永田町方面を見ると黒煙が空高く上がっていた。
「...織斑...駐屯地に行ってくる。」
五十嵐は食堂を出て駐屯地に走り出した。
-8月31日午後4時/IS学園警備総隊駐屯地-
五十嵐は駐屯地の待合室で顔を手で覆い泣いていた。
事の次第は警備総隊司令の小室准将によって教えられた。
可決の瞬間国会議事堂の衆議院議場において大規模な爆発が発生。
衆議院議場は崩落、可決の際に退場した国民党の議員と欠席した文部科学大臣以外全員死亡。
当然ながら母親である漆原首相の死亡も確認されたらしい。
五十嵐はとても後悔していた。
こんな事になる前に心を許して母親と一緒に生活すればよかったと。
入学式の日に母親と始めて会って以来直接喋ることはなかった。
最後に話したかった、色々なことを。
そしてあの爆発はどう見ても爆弾による爆破テロだ。
母親を殺した奴を絶対に殺してやると五十嵐は心の中で感じていた。
待合室で泣いていると外が騒がしくなっているのが聞こえた。
顔を上げて外を見ると司令室に隊員が次々と集まっていた。
何事かと思って五十嵐は袖で涙を拭うと待合室を出て司令室に向かった。
「貴様等何をする!」
司令室に行くと小室准将が憲兵に捕らえられていた。
二人の憲兵に押さえ込まれ床に押さえつけられていた。
傍には一人の女性将校が立っていた。
「小室浩司准将、外患罪により逮捕する!」
小室准将は憲兵に連れて行かれる。
女性将校は小室准将を軽蔑した目で眺めていた。
「こんな茶番に付き合えるか!お前らすぐにこいつらを取り押さえろ!」
准将は必死に部下達に訴えるが突然の事でどうすればいいのかわからなかった。
そんな中、女性将校が声を上げた。
「私は国防陸軍
隊員達はすぐに駆け出して行く。
「ここに五十嵐大尉はいるか!?」
次に葛西准将は彼の名を呼んだ。
出て行く隊員達を避けて准将の前に出た。
「五十嵐大尉です!」
「部屋に入って。」
そう言われ司令室に入ると扉を閉めて准将は執務机にある電話であるところにかける。
いくつか電話で言葉を交わすと准将は五十嵐に受話器を渡した。
「はい。」
《五十嵐くん。私は漆原首相の死亡を受けて権限を受けた文部科学大臣の村瀬由美子だ、お母様の事は残念に思うよ。》
「...ありがとうございます。」
《これから重要な事を話す。》
「はい。」
文部科学大臣を除いた閣僚全員が死んだ為“日本国首相の継承順位”により村瀬大臣が首相の権限を委譲した。
五十嵐は彼女がなぜ自分と首相の事を知っているか気に留めなかった。
重要な事という言葉を聞いて目を閉じ集中して聞く。
《今回の事件の首謀者は更識家第十七代当主更識楯無だ。》
「え...」
五十嵐はとても驚いた。
日本の為に忠実に任務をこなしているあの人が首謀者だと。
だが五十嵐はそれだけでは信じられなかった。
「どうして?」
《彼女は実を言うと熱狂的な女性至上主義者だ。自らの地位を使って首相に近づき、自分達が考える理想の世界を実現させる為にフランス又は中華連邦と共謀し漆原首相と社会国民党の議員を虐殺したと我々は考えている。それに確実な証拠はいくつも見つかっている。》
「...そうですか。」
五十嵐は自分の母親を殺した“敵”を見つけて復讐心がじわじわと燃え上がる。
《我々は亡き漆原首相の思い描いた男女平等の世界を作り上げなければならない。そこで君に聞きたい事がある。》
「なんでしょう?」
《君は我々に協力するか?》
国防軍兵士である彼は日本国のために戦う事は覚悟できていた。
相手が“過去”の友人であろうと上司でも。
そして自分の母親を殺した裏切り者、更識楯無に復讐することを決めていた。
「はい、日本国防海軍軍人としてすべての命令に従います。」
《ありがとう、五十嵐。後のことはそこの葛西准将に指示を仰げ。》
「了解しました。」
五十嵐は受話器を戻すと姿勢を正す。
「葛西准将、指示をお願いします。」
准将は頷くと命令を与えた。
「五十嵐大尉、第一強襲隊並びに第二強襲隊と同行し第一警備隊・第一国家保安連隊と共にIS学園に突入。更識楯無並びに生徒会役員布仏本音・布仏虚の逮捕を命じる。抵抗があった場合その場で“射殺”せよ。」
「IS学園はアラスカ条約により軍が敷地内に入ることは出来ません。」
「大丈夫...ここだけの話、村瀬首相はフランス・中国との戦争に備えてアラスカ条約を破棄する。そのため学園は我が国の管理下に置かれ学園所有のISはすべて接収する予定だ。」
「わかりました、すぐに第一強襲隊並びに第二強襲隊と同行し更識楯無並びに生徒会役員布仏本音・布仏虚の逮捕します。」
五十嵐は踵を返して司令室を出ると部下から戦闘服と装備を受け取り着替える。
武器庫に向かうと89式小銃と弾倉を受け取る。
そして第一強襲隊と第二強襲隊の隊員が並び待っている兵舎の前に来た。
この二隊を指揮する指揮官に報告する。
「五十嵐大尉です。」
「よしこれで揃ったな。全隊、乗車せよ!」
隊員達と共に高機動車改型に乗り込む。
二台の車列は隊員を乗せるとゆっくりと走り出した。
「絶対に母親の敵を取る...更識、絶対に殺してやる。」
車内で五十嵐は小声でそう言った。
第五十五話です。
これで第四章は終わりです。
次回から第五章に入りますが、いつかけるだろうか?
なんとなく駆け足で話が進んでいます、すみません。
ではまた今度。