月下美人を枯らさぬようにと   作:諸行無常

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ごめんなさい(唐突)

長らくお待たせした挙句、時系列飛びまくりスペシャルです。稚拙な文章が吐血してやがるぜ!!(白目)

諫奈視点→詠水視点→遙帰宅まで遡って、遙視点→甘桜視点→いろは視点→翌日になって、綾華視点

となっております。これもうわかんねぇな(他人事)


夏の終わりに、白き少女は想いの形を見送る。

頰を薄桃色に染めた巫女が、甘ったるい猫なで声を奏でながら、作務衣を着た男の腕の中で、されるがままに身を委ねている。

 

一方、男の方はと言うと、普段同様に愛想のない仏頂面ではあるものの、まるで壊れ物でも扱うかの如く、優しい手つきで腕の中にいる巫女の黒髪を、ゆっくりと梳いている。見る者は砂糖を吐き出してしまうようなその光景は、まるで絶頂期にあるカップルのまぐわいようだ。

 

 

「詠水くんは涼くんに冷たすぎですよ〜?今日のやり取りも、同級生として見ているのが辛いくらいですっ!!」

 

「腹立たしいものは腹立たしい。仕方がないだろう」

 

「なんでそんなに腹立たしいんですかー?」

 

「お前が悪いんだぞ、葵」

 

「えっ、私ですか?」

 

「俺以外の男に尻尾振ってんじゃねぇぞ。妬けるだろ」

 

「っ!?も、もう…!!詠水くんは私がいないとダメですねっ!!」

 

 

顔を真っ赤にした巫女が無駄に偉そうにそう宣った瞬間、男は巫女を撫でていた手を止める。

 

「ふぇ?なんで止めちゃうんですか!!」

 

「素直じゃない犬には躾が必要だからな」

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

「お前がいないと俺がダメ?冗談も大概にしろ。……お前は俺がいないとダメだ。違うか?」

 

なんとも不遜極まりない態度でそう言い放った男は、まるで子猫を喜ばせるように、巫女の顎下を手慣れた様子で撫で付ける。

 

「あ、そこ気持ちいいでしゅ……うへへぇ……そうでしゅ………詠水くんがいないと私はダメでしゅ………もっと撫でてくだしゃい…………ふにゃあ………」

 

 

 

 

 

 

えっと………なにこれ?

 

 

 

 

なんか葵ちゃんが凄い勢いで詠くんにお酒を飲ませ続けていたら、お酒に強いはずの詠くんが酔っ払っちゃって、理解のできない状況になっちゃってるんだけど……

 

 

 

 

 

 

時は少し遡って。

 

 

 

 

 

 

「葵、ウイスキーを持ってきてくれ」

 

「わかりました、少し待っててくださいね!!……うん、これはもう確定ですね。諫ちゃんも付いてきてください」

 

「え?」

 

 

あまりの急展開に思考が追いついていない私は、強引に私の手首を引っ掴んだ葵ちゃんに、台所へと引っ張りこまれてしまう。

 

 

「えっと、葵ちゃん。これは一体…?」

 

私が説明を求めると、ほろ酔い顔だった葵ちゃんの表情が、一変して真剣なものになる。やっぱり今までのは演技だったんだ……

 

葵ちゃんはコップに水を注ぎ、ひとしきりそれを飲んだ後にゆっくりと話し始めた。

 

「いいですか、諫ちゃん。これからする話は他言無用でお願いします。もちろん、詠水くんにも」

 

「う、うん……でも、詠くん耳がいいから、きっとこの会話は全部聞かれてると思うよ?」

 

「大丈夫です。あの状態になった詠水くんは、それ以降の事は酔いが覚めた時には覚えていないですから。その辺りの事も含めて説明します。まず、結論から言っちゃいますね。詠水くんは酔うと人が変わります。この世紀の大発見は、成人式の二次会で発覚しました」

 

「せ、世紀の大発見……?」

 

「はい、世紀の大発見です。あの時の事は、きっと誰も忘れる事ができないでしょう。私や詠水くんの同級生なら全員知っています。もちろん、涼くんやハルちゃんも知っています。知らないのは本人である、詠水くんだけです」

 

「なにそれこわい」

 

「…あの日、友達のいない詠水くんとハルちゃんは、二人だけで酒を注ぎ合って飲んでいました」

 

「そんな悲しい言い方しなくても…」

 

「ですが、相手はあのハルちゃんです。詠水くんを煽りに煽りまくって、今の私たちの倍くらいのペースで詠水くんに酒を飲ませていました」

 

あれ、 裁花さんって医者を目指してるんだよね?急性アルコール中毒って言葉知ってるよね?

 

「詠くんは大丈夫だったの?」

 

「全然大丈夫じゃありませんでした。詠水くんは目に見える形で豹変しました。…それまでの間、詠水くんのところへ酒を注ぎに行った者は、男女関係なく突っぱねられていました。相手が男子なら『野郎の酒なんぞ求めてない』…相手が女子なら『石光のところに行け』…の一辺倒でした」

 

本当に愛想がないなぁ。詠くんは人と仲良くしようって気が全くないのかな……

 

「ところが、酔っ払った詠水くんは、来るもの拒まずの状態でした。まあ、男子相手には相変わらず『散れ』の一言で一蹴してましたが……女子への対応が180度変わっていました」

 

なんかこの後の展開予想できちゃったんだけど。

 

 

 

「まず手始めに、詠水くんは隣にいたハルちゃんを抱き寄せ、ディープキスをしました」

 

 

 

「えええええぇぇぇえええ!!!???」

 

 

 

予想した展開と全く違うんだけど!?

 

 

 

「でぃ…でぃーぷ……はわ…はわわ……!!」

 

「顔を真っ赤にしたハルちゃんは『私はこの一瞬の為に生きながらえてきたのね』と、訳のわからないセリフを残して再起不能になりました。中学に上がって以来、ハルちゃんが『私』って言うのを聞いたのは、これが初めてだったりします」

 

「裁花さんって、普段はボクって言ってるもんね……って、そんな事気にしてる場合じゃないよ!!詠くんは一体どうなっちゃったの!?」

 

「詠水くんが人前で、しかも自分からハルちゃんにキスをするなんて、異常としか言えません。事を大きく見た私は、ざわつく周囲をなんとか沈静化し、詠水くんの介抱を急ぎました」

 

「詠くんがおかしい事にすぐ気づけるなんて、流石は葵ちゃんだね!!」

 

「ふふん、もっと褒めてください。で、明らかに様子のおかしい詠水くんを元に戻すべく、私は詠水くんに近づきました。結果、ハルちゃん同様、私も抱き寄せられディープキスをされ、未だ経験した事のない多幸感に包まれながら、私は詠水くんの犬となりました」

 

「いや、犬になったら駄目だよ!?骨抜きにされてるじゃん!!」

 

「思い出すだけでも沸騰してしまいそうです。ファーストキスだったんですよ!!って私が声を荒げても、詠水くんは素知らぬ顔で『他の男に譲るとでも思っていたのか?』って、更に貪るような二回目を……」

 

「わー!?わー!!ストップ!!ストップだよ葵ちゃん!!そんな感想聞いてないから!!帰ってきて葵ちゃん!!」

 

何やらトリップしだした葵ちゃんの頰をテシテシと叩くと、恍惚とした表情であられもない事実を垂れ流していた葵ちゃんは、ハッと我に帰る。

 

「失礼、脳内麻薬に溺れかけていました。で、私が正気に戻った時には、過半数の女子が詠水くんに群がり、全員が例にもれず目をハートに変えていました。あ、3人くらいは何故か半裸になっていましたね」

 

「わあああああ!!!!詠くんのイメージがっ!!詠くんのイメージが凄まじい勢いで崩壊していくよ!!!???」

 

「…しかし、詠水くんはかなり酔っていたのでしょう。程なくしてぐっすりと眠ってしまいました。当然、そこから始まるのは女たちによる詠水くん争奪戦です」

 

「本人が寝ちゃったのに続くんだ…」

 

「酔っ払った女同士の争いですからね、苛烈を極めていましたよ。あ、ちなみに男子たちはお開きを待たずして『綴火死ね』と呪詛のように呟きながら、幹事の涼くん以外は全員帰っていきました」

 

「地獄絵図だね…」

 

「ですが、醜い争いはそれほど長くは続きませんでした。お酒が抜けてカムバックしたハルちゃんが、大半の女子を殺気で黙らせ、暴徒化した一部の女子をスタンガンで眠らせました」

 

うん。この村で誰が一番怖いか、なんとなく分かった気がする。なんで女子高生が二次会にスタンガンなんて持って行くのかな?

 

「とりあえず眠ってしまった詠水くんは涼くんに任せて、ハルちゃんは女子全員に教育を施しました」

 

「教育?」

 

「『私たちは何も見ていません。私たちは何も聞いていません。私たちは何も知りません』という一文を、1時間以上に渡って復唱させました」

 

「うん、教育じゃなくて洗脳だね」

 

「教育です。洗脳とか言っちゃいますと消されますよ?ハルちゃんの教育のおかげで、詠水くんはこの一件を全く知らないでいます。何を訊いても『途中から覚えてない』の一点張りですからね」

 

「あれ、でも男子にはせんの……教育が行き届いてないよね?」

 

「詠水くんとまともに会話ができる男子は涼くんだけですから、涼くんが喋らない限り詠水くんが知る日は来ないでしょうね」

 

あ、今の聞かない方が良かったやつだ。

 

「それでも、酔いが覚めればいつもの詠水くんですからね。記憶に残らないほど酔っていた、という事くらいは自覚しているらしく、あの日以降、詠水くんは人前ではあまりお酒を飲まなくなりました。事実、去年の今頃は私と諫寧さんがどれだけお酒を勧めても、頑なに飲もうとしませんでしたからね」

 

「へぇ〜…そうなんだ。でもなんで今回は葵ちゃんや私のお酒を断らなかったんだろう?」

 

「詠水くんは素直じゃないですからね。わざわざお酒を用意してくれていた事を鑑みても、私たち三人だけの空間でお酒が飲めるのを、存外楽しみにしてたんじゃないですか?まあ、本人は絶対に否定すると思いますけど」

 

うーん…詠くんに限ってそんな事を考えるかな?例え楽しみにしていたとしても、あんなペースでお酒を注がれたら普通に怒ると思うけどなぁ。こればっかりは詠くんにしか分からないか。

 

「まあ過ぎた事はどうでも良いんですよ。私たちには最優先ですべき事があるでしょう?」

 

「すべき事?」

 

「甘えます」

 

「……へ?」

 

「今の詠水くんは、通常の3倍くらい甘えてもいけます。むしろ、上限が存在しないまであります。なので、甘えます。甘えて、甘えて、甘えまくります。さあ、諫ちゃん、タイム・イズ・マネーですよ!!今この瞬間は誰一人として邪魔たてする輩はいません!!フハハハ!!詠水くんがどれだけ柳包みを渡されようとも、最後に笑うのは私たちです!!ブハハハハハハ!!」

 

さながら悪党のような笑い声をあげる葵ちゃんは、詠くんが待っている部屋へと血走った目を向け、目にも留まらぬ速さで駆け出してしまう。詠くんに頼まれたウイスキー忘れてるよ……

 

それにしても、酔っ払った詠くんかぁ……

 

 

もしかしたら、私も詠くんに………

 

 

勝手に膨らむ妄想を、両頬をペシペシと叩いて振り払う。それでも誤魔化せない胸の鼓動と共に、私は詠くんと葵ちゃんのいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

そして現在に至る。

 

 

 

 

部屋に入った私が見たものとは、さながら出来たてホヤホヤの恋人同士のようにじゃれ合う詠くんと葵ちゃんだった。

 

 

 

 

「詠水くーん…私、喉が渇いてきましたぁ。美味しいお酒が飲みたいなぁ〜」

 

葵ちゃんは人差し指で詠くんの胸元をちょんちょんと突きながら、わずかに潤んだ瞳で詠くんの顔を上目づかいで見上げると、普段の溌剌とした彼女からは想像もつかないほど弱々しく、かつ甘々とした声で詠くんに懇願する。

 

えっと……これ葵ちゃんだよね?葵ちゃんになりすました魔女とかじゃないよね?私にはわかるけど、葵ちゃん全くと言って良いほど喉渇いてないよね?さっき普通に水飲んでたし。

 

「仕方のない奴だな。お前はどんな酒を欲しているんだ?言ってみろ」

 

「そうですねぇ……とっても甘くて、とっても激しいお酒が飲みたいですね〜」

 

えっ、激しいお酒って何?それは味が激しいって事なの?度数が激しいって事なの?

 

詠くんはフンっと鼻で笑うと、さっきまで飲んでいた日本酒をお猪口に注ぐ。

 

「随分とはしたない巫女がいたもんだ。祭神の顔が見てみたいな」

 

ため息混じりにそう溢した詠くんは、お猪口に注いだお酒を呷る。

 

あれ、葵ちゃんの為に注いだんじゃなかったんだ……と思った矢先、詠くんは葵ちゃんを抱き寄せ、互いの唇を重ねた。

 

「……って、ええええぇぇぇえええ!!??二人とも何してるの!?なんで自然にキスしてるの!?」

 

「むぐぅ!?ひぇ、ひぇいひゅいふ……んっ………あっ………」

 

葵ちゃんは抵抗の色を見せるように、くぐもった声をあげているけれど、その両手は詠くんの頭をガッチリとホールドしている。

 

二人の結合部からは、ぴちゃぴちゃと音を立てながら酒が零れ落ちる。不足した酸素を補う為のわずかな隙間からは、お互いの舌を絡め合っているのが伺える。ゼロ距離とも言えるほどの至近距離から、詠くんは真っ直ぐに葵ちゃんを見つめており、葵ちゃんは羞恥が振り切ったかのように赤面し、モジモジと身悶えている。

 

葵ちゃんの顔が少し息苦しそうになったところで、ようやく二人の唇が離れる。

 

葵ちゃんは酔いが回ってきたのか、あるいはもっと別のスイッチが入ったのか、蕩けるような表情で詠くんを見上げると、彼の胸板に全体重を預ける。

 

 

わわわ………あわわわわ……っ!!

 

見てる方がどうにかなっちゃそうだよぉ……ぅゎぁ………

 

 

わ、私は別にっ!!詠くんにきっ…キスをされたいとかっ!!あんな風にナデナデされたいとかっ!!そういうのは無いけどもっ!!

 

 

 

……葵ちゃんだけズルいなぁ………

 

 

 

 

「え、詠くん」

 

「どうした諫奈」

 

 

 

 

 

「わ、私も詠くんのお酒が飲みたいなっ☆」

 

 

 

 

 

罪喰之犬神様、はしたない巫女でごめんなさい。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

頭が痛い。

 

酒臭い。

 

腕が怠い。

 

 

目が覚めた瞬間、真っ先にそう思った。クッソ……寝てたのか?何処なんだここは。寝るまでの記憶がない。

 

昨日は紙渡しだったはずだ。遙と祭りへ赴き、綾華と出会い、毎年のように神社へと向かったはずだ……ああ、思い出してきた。神社で諫奈と葵と飲んでいたのだな。完全にペースを間違えてしまったらしい。

 

というか、さっきから両腕が動かん。寝相が悪くて片腕を下敷きにしてしまい、片腕が痺れて動かなくなる事ならば、稀によくある。だが、両腕は流石に異常だろ。

 

重い鉄扉のような瞼を気合いで開き、視線を落とすと、白い巫女と黒い巫女が俺の腕を枕にして、何とも幸せそうな顔で寝ていた。

 

 

………落ちつけ。大丈夫だ。二人とも服を着ている。若干乱れてはいるが、そんなものは誤差の範囲だ。いくら俺が酔っているとはいえども、こいつらに手を出すはずがない。

 

 

予想外の状況に冷や汗を流しつつ、身をよじって葵と諫奈の拘束から脱出を図る。ようやく解放された両腕に、ジワジワと血が通い始めるのが感じられる。クソッタレ…なぜ女どもは、さも当然のように人様の腕を枕にするんだ。寝ている人間の血管を圧迫するのがそんなに楽しいのか?

 

重い体をむくりと起こすと、俺の胸元から何かがハラリと落ちていく。拾い上げてみれば、それは2枚の数センチ四方の白紙……柳包みだった。

 

「既に日付が変わっているんだがな…」

 

未だ痺れている手でスマホを拾い上げると、時刻は午前3時を表示していた。なんだ、まだ3時なのか。変な時間に目覚めてしまったものだ。

 

俺は押し入れから薄手の掛け布団を引っ張り出し、二人仲良く眠りこけている幼馴染たちにかけてやる。

 

 

なお、二人の首筋に見えた大量のキスマークは見なかった事にする。そんな物は存在していなかった。いいな?

 

 

ぞんざいにほっぽらかされている朧紫乃月を拾い上げ、新鮮な空気を求め裏の庭園へと踊り出る。

 

 

 

多種多様な夏の虫たちが、一定の間隔で鳴き声を奏でている中に、水琴窟(すいきんくつ)の雅な音が割り込む。

 

風はなく、古池の水面には波紋のひとつもない。夏の夜を全反射する水鏡には、今にも沈んでしまいそうな朧月が浮かんでおり、頼りない月光を放っている。

 

 

そんな白銀の水面には、はだけた着物を身に纏った童女が()()()()いる。

 

 

「あらまほし月の、限りなく(かな)しき事よのう」

 

 

童女はどこかで見た瓶子を可笑しそうに持ち上げると、わざとらしい仕草で口へと運ぶ。

 

「ふむ、神たる妾に夜這いをかけに来たのかの?主様よ」

 

ご満悦と言ったよう様子で、その立派な九尾を揺らした童女はチラリとこちらに視線を寄越す。

 

「まったく、女子(おなご)を二人も侍らせておいて贅沢な男じゃ。その節操の無さは親譲りじゃな」

 

「ちんちくりんが好き勝手抜かしてんじゃねぇぞ。さっさと帰れ化け狐」

 

「にゃっはっは!!帰るも何も、ここが妾の帰りつく場所じゃよ?」

 

童女……里守之稲荷が空になった瓶子を宙へと放り投げると、瓶子は跡形もなくその姿を消す。

 

 

 

「祭りはおわりじゃ」

 

 

 

夜風が吹き抜け、古池の水面に波紋を生み出す。霞みがかった月は山の向こうへと消えてしまい、余韻にも近い消失感が庭園を支配する。

 

「人の子らは今、各々が内に秘めたる想いを自覚し、未だ来ない理想を望んでおる……何とも美しき事で、何とも悲しき事じゃな」

 

一瞬、神は切なげに目を細める。

 

「主様よ。仮に、妾が主様の未来を知っているとあれば……訊きたいと思うかの?」

 

「俺の答えが分かりきっている上での質問ならば、お前の趣味の悪さが伺えるな」

 

「無愛想な奴じゃのう。安心せい……妾はただ、存在しておるだけじゃ。そもそも、妾は招かざる客……この村に首を突っ込めるのは昨夜限りじゃ」

 

「招かざる客……?」

 

「なんじゃ、気になるのか?」

 

「……別に」

 

「天邪鬼じゃのう。……ふむ、それはそれとして、いつまでこのような所で油を売っておるのじゃ?」

 

「自分から話しかけておいて散々な言い草だな。こちらとて、いつ消えようか考えていたところだ」

 

「うむ、可愛げの無いところが主様の()いところじゃな。いつかの小僧の倅が、随分と大きく育ったものじゃのう」

 

「……お前は親父の事を知っているのか?」

 

「毎日のように(あざみ)と戯れておった男を、妾が知らん訳がなかろう。…あやつは必要以上に寡黙な男じゃったな。()()()()()()()で言うところの、『はい』か『いいえ』しか喋らない主人公並みの口数の少なさじゃ」

 

「……確かに親父はあまり物を言わない節があったが、全く喋らないという訳でもなかったぞ」

 

「大概の子供というものは、親の素顔など知らぬものじゃよ。さてはて、主様の人生は短いように見えて、先はまだまだ長い。主様がこの先、知り得る事など数えきれぬほど存在しておる」

 

ミツキは考えを悟らせぬ笑みを見せると、虚空に生み出した亀裂へと身を乗り出す。

 

 

 

「良いか、主様よ。事実から目を逸らさず、全ての声を聞き、人の心を汲みとるのじゃ。自分を疑ってはならん。さすれば主様は『己を知る』事ができるかも知れぬ」

 

 

 

神が消え、古池は月を失った夜空だけを映し出す。

 

 

すっかり酔いが醒めた俺は、庭園を後にする。

 

 

 

 

 

 

弱々しくなり始めた鈴虫の鳴き声が、夏の終わりを告げているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

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詠水と甘桜香乃子と別れ、帰宅した私は身を清めた後にベッドで横になっていた。父である久山修二はまだ祭りに興じているのか、家には誰もいない。

 

もう少し詠水と一緒に居たいという感情が、後悔となって押し寄せてくるが、今になってしまっては、何の生産性の無い感情だ。文字通り後の祭りと言えよう。そもそも、詠水には優先すべき用事が控えている。いつまでも私の都合に付き合わせるのは愚昧以外の何物でもない。

 

私は目を閉じ、瞼の裏に愛しき人の姿を思い描く。

 

今頃は、甘桜香乃子に柳包みを渡されているのだろうか。その柳包みは、果たして三角に折られいるのか否かは定かではないが、友人と呼べるような相互関係を構築していない男に折っていない柳包みを渡すような真似はしないだろう。

 

折っていようと、なかろうと……それは詠水の心を動かすものではない。

 

その程度の熱では、凍てついた詠水の心は()かせない。そんな芸当、甘桜香乃子は当然、私にもできない。誰にもできない。

 

 

詠水。あなたを救えるというのならば、私はどんな手段でも取る。私を欲するのならば、喜んでこの身を差し出す。私という存在があなたの幸福を阻害しているのならば、喜んでこの命を捨ててみせる。でも、彼に必要なものはそんな物ではない。

 

 

 

「詠水………」

 

 

 

行き場のない感情に蓋をするように、枕に顔を埋める。彼のために購入した枕からは、当然のように彼の微かな残り香が存在する。彼の匂いは、私の虚無を瞬く間に埋めていく。

 

 

 

ああ……また私だけが満たされていく。

 

 

 

ひとりよがりな充実感に溺れる自分を自責する心とは裏腹に、私の体はどうしようもなく火照っていた。

 

 

 

 

 

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詠水さんに柳包みを渡した私は、一直線に家へと駆け込み、ベッドの中へ飛び込んだ。

 

 

 

「きゃあああぁぁぁああああ!?」

 

 

 

ああああああああああ!!なんかもう、色々とこみ上げてきて爆発しちゃいそうなんだけどっ!!

 

 

 

「ゆ、夢じゃないよね……私、詠水さんに折った柳包みを……あああああああっ!!」

 

 

 

留まることを知らない羞恥心を誤魔化すようにゴロゴロと転がる。しばらくの間、布団の中で無我夢中に暴れまわっていると、ゴンっという音とともに、半身に衝撃が走る。

 

「痛っ!?」

 

ベッドから落ちてしまったらしく、揉みくちゃになった布団の下敷きになっている私は、床の上で悶える。

 

痛い思いをしたおかげで、先ほどまで私を支配していた感情がなりを潜めたのか、いくらか冷静になれた。そう、終わった事を考えても仕方がないのだ。人間が考えるべきは過去の事ではなく、先の事だ。

 

 

あ、今週末って、詠水さんと一緒に……

 

 

 

「わああああぁあぁあああ!?きゃあああああああぁあぁああああ!!!!」

 

 

「うるせぇぞ香乃子!!」

 

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 

 

 

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あにさまに柳包みが無事にわたせて、まんぞくしたわたしがお家に帰ると、いきなりじぃじが飛び出てきました。

 

「おぉ、いろは!!遅かったではないか!?じぃじは心配しとったぞ!!」

 

「じぃじ、うるさいです。近所迷惑なのです」

 

「夜は変な輩がうろついとる。いろはのような可愛い女子(おなご)は尚更狙われやすいんじゃぞ!!」

 

「だいじょうぶです。へんたいなろりこんさんは、わたしが斬り伏せるのです」

 

そもそも、この村にそんな人はいないのです。たいへんなへんたいさんは、(よもぎ)のあねさまくらいです。きもちわるいのです。

 

「…いろはよ、今年はじぃじに柳包みはくれんのか?」

 

「いらないと言ったのはじぃじの方では…?それに、あにさまに渡したので、柳包みはもうないのです」

 

「ぬぅ!?あの(わっぱ)に渡したじゃと!?」

 

「じぃじ、はずかしいので大声を出さないでほしいのです」

 

じぃじはおんなごころを分かってないです。ばぁばは趣味が悪いのです。

 

「じぃじ、わたしには目標ができました」

 

「…目標じゃと?」

 

「はい。なので、これからはその目標に向かって剣を振り続けたいと思うのです。前みたいに、剣をやめたいとは二度と言いません。なので、これからもご指導をお願いします……です」

 

「……そうか。気づかぬうちに、いろはも立派になったのじゃな」

 

じぃじはしわくちゃな顔に満面の笑みを浮かべると、あにさまよりもゴツゴツな手で、わたしの頭を撫でてきます。

 

まだわたしは立派になっていないです。それどころか、どれだけ剣の腕だけ上げても意味が無いのです。

 

認められてこそ、わたしは初めて強くなれるのです。だから、わたしは認められる日が来る事を信じて、剣を振り続けるだけです。

 

 

 

大切な人を信じることから、始めるのです。

 

 

 

 

 

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祭りが終わり、日常へと回帰した双神村は、すっかりいつも通りの様子へと様変わりしていました。と言っても、昨日の今日なので、片付けなど祭りの後始末に追われ、多忙を極めていらっしゃる方も少なくないようですが……

 

 

このような真夏日の真昼だというのに外に出るのは、いつぶりになるでしょうか。

 

強い日差しがとても眩しいです。日傘を以ってしても、地面から反射する光が、容赦なく私を熱していきます。あまり紫外線を目に受けるのは良くないので、サングラスもしてくるべきだったのでしょうが、恥ずかしいからという理由でかけてきませんでした。

 

それでも、やはり私という存在は異質なのでしょう。あまり面識のない村の人たちは、物珍しいものを見るかのような顔を……いえ、()をしています。この感覚も久しぶりですね。

 

目的地である双神川の河川敷が近づいてくると、大勢の人たちが川沿いに並んでいるのが見えてきました。その証拠とばかりに、非常にたくさんの感情が伝わってきます。

 

 

紙渡しの後日に、柳包みを受け取った殿方は、村の女性から受け取った柳包みを川の上流から流すというのが、紙渡しの伝統です。そして、柳包みを渡した女性は、川の下流にて流れくる柳包みを見送るというのも、紙渡しの伝統です。

 

 

この河川敷に集い来た女性の方々は皆、私同様に渡した柳包みを見送りに来たのです。この行いも、やはり特別な気持ちで行っているのでしょう。普段ならば伝わってくる事のない、少し変わった感情で河川敷は溢れていました。

 

これほど多くの人たちの感情を受けてしまいますと、いつかのように気絶をしてしまいそうです。私は皆さんより少し離れた場所で、川上を眺めます。

 

とても透き通った双神川は、金剛石のようにキラキラとお日様の光を反射しています。……とてもアルビノである私が直視できるものではありませんね。

 

これでは流れてくる柳包みもまともに見えません。やはり、サングラスをかけて来なかったのは失敗だったかもしれないですね。

 

しても仕方のない後悔をしていると、そんな私に情けをかけるかのようにして、青空を流れる浮雲が太陽を覆い隠し、一時的に薄暗い状態を作ってくれました。

 

ほぼ同じくらいのタイミングで、河川敷にいる皆さんから伝わってくる感情が一気に強くなります。なんとも都合の良い事に、柳包みが流れてきたのでしょう。

 

人々が食い入るようにして見つめている水面には、幾多もの白い紙がゆっくりと流れてきます。

 

小さな子どもたちは、自分が渡した柳包みを探しているのか、嬉々とした表情であれこれと指を指しています。

 

私と同じくらいの歳の人たちもたくさんいます。私の知っている方も何人かいらっしゃるようで……あれ?あの方はみちくさ茶屋の甘桜さんですね。あんなに顔を真っ赤にしてどうしたのでしょうか……?

 

 

あっ、甘桜さんも詠水様に柳包みをお渡ししたのですね。しかも、折った柳包みを…

 

なんだか見てる方が甘酸っぱい気持ちになってきます。やはり恋情というものは、全ての感情の中でも群を抜いて不思議な力をもっています。

 

 

この行事を何度も経験してきているであろう年配の方々も、とても穏やかな表情で流れ行く柳包みを見送っています。

 

そして、皆さんから少し離れた位置から、白い巫女服を着た女性と、黒い巫女服を着た女性が、それら全てを見守るようにして双神川を一望しています。神繋の巫女様と姫女様でしょう。

 

 

沢山の人たちによって見送られた、沢山の柳包みが、ついに私の目の前を流れて行きます。

 

 

流星群のように押し寄せる白い紙たちは、一枚も沈む事なく流れて行きます。

 

折られていない柳包みが圧倒的に多いですが、三角に折られた柳包みもチラホラと見受けられます。

 

きっと、それぞれ異なった想いが、それぞれ異なった形となって、村の殿方に伝えられた事でしょう。中には、なにかメッセージのような物が書き連ねられた柳包みもあり、そのなんとも微笑ましい事実が、私の心を温めてくれます。

 

 

 

私が詠水様にお渡しした柳包みも、この中に含まれているのでしょうか?

 

 

 

探せども、それらしき物は見つかりません。詠水様はこの恒例行事には、それほど積極的ではないのかもしれませんね。

 

 

 

全ての柳包みが下流へと流れ去って行き、見えなくなってしまいます。河川敷に集った方々は満足したかのように、皆ぞろぞろと村の方へと戻っていきます。

 

 

 

夏の真昼の川というものは、私からしてみれば滅多に拝めるものではありません。全ての人が河川敷にいなくなってからも、私は蝉の鳴き声と川のせせらぎを聞きながら、ゆったりとした時間を過ごします。

 

 

ですが、日傘があるとは言え長時間に渡って紫外線に曝露されるのは良くありません。

 

 

私もそろそろ帰ろうかと思ったその時、川上から新たな柳包みが流れてくるのが見えました。

 

 

 

折られていない柳包みが四枚。三角に折られた柳包みが一枚。

 

 

 

 

そして、とても小さな折り鶴が、一羽。

 

 

 

 

その折り鶴の片翼には、小さな白い花が添えられています。

 

 

 

大文字草(ダイモンジソウ)

 

 

その名の通り『大』の字の形に花弁を咲かせる、渓流植物です。川の上流にいる詠水様が、摘み取ったものでしょうか。

 

 

 

大文字草は、不安定に揺れ動く私の折り鶴の上だと言うのにも関わらず、落ちる事なく翼の上にちょこんと乗っています。

 

 

 

 

 

 

 

とても強い夏の日差しが、私を突き刺します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも私は、完全に見えなくなるまで六枚の柳包みを見送っていました。

 

 

 

 

 

 

 




紙渡しが終わりました。一応、ここまでで第一章という括りにさせていただきます。ここから先は内容もガラリと変えていくんで、エタらないように頑張ります(社畜の叫び)


〜おまけ〜


「ねぇねぇ!!蓬ちゃんは誰に柳包み渡したの?」

「誠に遺憾ではありますが、今年は柳包みを渡せませんでした」

「え、そうなの?でも毎年にぃにとか言う人に渡してるんでしょ?」

「はい。私は毎年のように、にぃにに伝えきれぬ劣情を最大限にまで柳包みに込めています」

「れ、れつじょう…?」

「ええ。具体的には、にぃにを想えば想うほど溢れ出るバルトリン腺液を染み込ませるのですが、ついにねぇねにバレてしまい、今年は柳包みを没収されてしまいました」

「ばるとりん……?」

「はい。バルトリン腺液とは、私たち女性が性的な快感を「神繋蓬。至急、生徒指導室まで来なさい」
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