月下美人を枯らさぬようにと   作:諸行無常

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死にゆく者へ、弔いの唄を。

絹羽商店。

 

村の中からの仕入れは勿論のこと、唯一、村の外からも仕入れている小売店。村の生活の大きな()り所となっており、この村にとって絹羽商店の存在価値は測り知れない。

 

店の裏へ回ると、店主の息子である石光(いしみつ)(りょう)が積荷を下ろしていた。

 

石光(いしみつ)(たける)のおっさんは何処にいる」

 

こちらに気づいた石光(いしみつ)は作業を中断し、こちらまで寄ってくる。

 

「やあ、綴火(つづりび)。今日は遅かったじゃないか。どこで油を売っていたんだい?」

 

石光(いしみつ)は首にかけていたタオルで額の汗を拭うと、爽やかな笑みを浮かべながらそう口にした。

 

「質問を質問で返すな。どういう教育を受けてきたんだお前は」

 

「ははは、相変わらず手厳しいね。親父(おやじ)なら配達に行ってるよ。里守(さともり)神社に(かよ)わせるものは、全部まとめてあるってさ」

 

「多いのか?」

 

「綴火なら一回で済む量だろうって親父は言っていたよ。持ってくるから少し待っててくれないかい?」

 

「んなこといちいち確認すんな。さっさと持ってこい」

 

「安定の辛口だね」

 

石光(いしみつ)はやれやれと呟くと、その爽やかイケメンスマイルを崩すことなく倉庫へと引っ込む。いけすかねぇ野郎だ。

 

 

石光(いしみつ)(りょう)は、俺の同級生の中でも高スペックな奴だった。

 

 

容姿端麗、人当たりの良い性格、すらっとした高身長に悪くない体格、恵まれた運動神経に加え、同学年でトップクラスの学力を持っているという、リア充というステータスに全振りしたような奴だった。バレンタインの日になると、学年という垣根を越えて多くの女子からチョコレートを貰うことでその名を轟かせ、『吸引力の変わらないただひとつの下駄箱』という二つ名がつくほどだった。リア充爆発しろ。

 

石光が中学を卒業したら『学業奨励生徒』として、高校へ進学すると誰もが思っていたのだが、中学を卒業するや否や、他の野郎どもと同様に家の手伝いを始めた。学業奨励の話は倣神野(ならしの)の方から来ていたようだが、意外にも石光本人がこれを辞退し、店を継ぐと言ったそうだ。ちなみに学業奨励とは、医者や薬剤師などの大学を出なければ務まらない職業を、この村に不足の無いようにするために倣神野(ならしの)が高校及び大学に進学する者の学費と生活費を全額負担するという、双神村(ふたかみむら)の制度だ。

 

日本の行政や法などと言ったものから外れているこの村は、中学レベルまでの勉強を独自の機関で教えることはできても、それ以上の高校・大学は、村の外で受験させて進学させる他ない。その為、倣神野が運営する教育機関『双神村小中学校』で9年間教育を受けた生徒のうち、成績が極めて優秀な生徒は学業奨励生徒として選ばれ、村の未来を背負って高校進学をする。

 

学業奨励生徒は、国公立大学への進学を目指し、並々ならぬ努力をしなくてはならないのは勿論の事、村のお金で進学しているのでかなりの重圧(プレッシャー)を背負うことだろう。

 

ちなみに俺は小学6年生の時に親父が死んでから学校を辞めているため、勉強に関してはからっきしだ。

 

 

「待たせたね、一回で持っていける量とは言っていたけど、なかなかに重いな」

 

里守神社(さともりじんじゃ)へ送り届ける食料や消耗品などが詰まった大容量のバックパックを背負った石光が戻ってきた。

 

「当たり前だ、葵の生活がかかっているんだ。重いに決まっている」

 

「責任的な意味じゃなくて、物理的な意味で重いって言ったんだけどなぁ…」

 

「お前が軟弱なのは分かったからさっさと寄越せ」

 

「…綴火は昔から僕に対してあたりが強いね」

 

「イケメンは嫌いだからな」

 

「ははっ、君がそれを言うのかい?去年の『紙渡し』で数多(あまた)の美少女たちから折られた(・・・・)紙を渡されたそうじゃないか?君もなかなか隅に置けないね」

 

無駄にニコニコしている石光からバックパックをひったくる。

 

「そうか…『紙渡し』は今週の木曜日か。(あおい)の足がそれまでに治るかどうか…」

 

境内を掃除していて捻挫をするとか、もはや鈍臭(どんくさ)いという領域を超えている。諫奈といい勝負…いや、それ以上だな。あいつは。

 

「ん?葵は怪我をしているのかい?」

 

「ああ…あの馬鹿、境内の掃除中に軽い捻挫をしやがった。急に葵が下山できないという状況になったせいで、日曜日の分の物資も補充するべく里狐さんの山を二往復するハメになったんだぞ。トロ臭い女だ」

 

本来なら土曜日は葵と一緒に下山して、月曜日に葵と共に神社へ向かうと言うスタイルなのだが、やむを得ず、葵は日曜日も神社で過ごすという形になった。

 

「だから今日は葵と一緒じゃないのか…葵もだが君も災難だったな。ま、か弱い少女を支えてやるのも良い男の(つと)めさ」

 

「他人事だと思って気障(きざ)な事抜かしてんじゃねーぞ……ん?」

 

 

滅多に鳴る事のない俺のスマホが、無機質なメロディーを奏でていた。画面には『神繋(かんなぎ) (あおい)』の文字と、無駄にあざといポーズをした巫女の写真が表示されている。

 

 

「俺だ」

 

『オレオレ詐欺ですか?残念ながら私には通用しませんよ!!悔しかったらちゃんと名乗ってください、詠水く…』

 

「間違えました」

 

 

 

俺は通話終了のアイコンをタップする。

 

 

 

間髪入れずに再び着信音が鳴る。

 

 

 

「俺だ」

 

『ちょっと!?なんで切るんですか!!なんで私から電話かけてるのに、詠水くんが間違えたって言ってるんです!?』

 

「それを言ったらお前のオレオレ詐欺のくだりも一緒の事だろう。それに、お前も名乗ってなかっただろ」

 

『む〜…詠水くんは人の揚げ足を取るのが大好きですね。そんな性格だからいつまでたっても同性の友人ができな…』

 

「じゃあな」

 

 

 

俺は通話終了のアイコンをタップする。

 

 

 

間髪入れずに三回目の着信音が鳴る。

 

 

 

「鬱陶しいな。次かけてきたら着信拒否にするぞ駄目巫女(だめみこ)

 

『ごめんなさい。調子乗ってました。ほんとごめんなさい。なかなか詠水くんが来ないのでちょっと心配だったのです。いつも通りの鬼畜ぷりで安心しました。通わせ、お気をつけてくださいね』

 

一変して急にしおらしくなった葵はそれだけ言うと、通話を切る。なんなんだあいつは。

 

確かに、道場へ寄り、甘味処へ寄り、こんなところで実の無い話をしていたせいで、結構良い時間になってしまった。高い給料を貰っている以上、自らの職務は果たさなくてはならない。

 

石光(いしみつ)(たける)のおっさんに祭りまでにいい酒を用意しろと伝えておけ。少なくとも純米吟醸で頼むぞ」

 

「……まさか、君が飲むのか?」

 

石光が怪訝そうな顔をする。

 

「なんだよ、お前ごときにいい酒は勿体無いとでも言いたいのか?」

 

「いや、そういうわけではないが……まあいいか。悪い、今のは忘れてくれ」

 

「てめーから振っといて忘れてくれとは、随分と自分勝手な野郎だ。おっさんにちゃんと伝えとけよ」

 

俺はバックパックを背負い込み、石光のやれやれという呟きを背にして、里狐さんの山へと歩み出した。

 

 

 

 

 

 

雑多な蝉たちがその短い命を削り、一心不乱に鳴き続ける。乱立する樹々が夏の厳しい日差しを緩和し、山頂から吹く(おろし)が冷涼な風を運ぶ。先人たちが幾度となく踏みしめたきた事により出来上がった自然の道を辿(たど)りながら、決して(ゆる)くはない傾斜を登っていく。

 

俺は里守(さともり)神社を目指して、里守之稲荷(さともりのいなり)の山を登っていた。

 

里守之稲荷(さともりのいなり)とはこの村の道祖神(どうそじん)のようなもので、双神村(ふたかみむら)の安全、無病息災、豊作、子孫繁栄を司り、この村を守護しているとされる狐の神様だ。この村のもうひとつ(・・・・・)の神である『罪喰之犬神(つみぐいのいぬがみ)』とは双璧を成す存在であり、村の人間は『里狐様(さっこさま)』と呼び、親しみをもって(あが)(たてまつ)っている。

 

里守神社(さともりじんじゃ)には御神体として殺生石が祀られており、『神繋(かんなぎ)』と呼ばれる家系に生まれる長女が、姫女(ひいな)のように16歳を迎えると、この神社を管理する『里守(さともり)巫女(みこ)』あるいは『神繋(かんなぎ)巫女(みこ)』として神社に住居するようになる。しかしながら、ある事情(・・・・)により、現時点で村と神社とを自由に行き来できる人間は俺しかいない。それこそが『(かよ)わせ(びと)」という職業が成り立つ所以(ゆえん)になっているのだが…

 

 

 

 

足元で何かが砕け散る音がする。

 

 

 

 

何事かと思い視線を落とすと、そこには風化して老朽化した白骨が散乱しており、その一部を踏み砕いてしまったようだ。

 

その白骨とは人間のそれであり、大きさからして生後間もない子供と推測される。

 

 

 

 

 

 

(にえ)によって捨てられた奇形(きけい)の新生児か。

 

 

 

 

 

 

 

(にえ)。この村の二大儀式(にだいぎしき)の内のひとつである。古くから風習として行われてきている、口減(くちべら)しの事だ。

 

 

 

 

双神村は、村人たちの働きによって成り立っている。

 

 

 

 

水道、電気、ガスなどのライフライン、病院、学校、道路などの環境は、倣神野分家の人間たちによって管理や整備、給料の支払いなどがなされている。そのお金は全て、村人たちが年に一回、『盤石徴税(ばんじゃくちょうぜい)』と呼ばれる税金のようなものを倣神野に納めており、そこから捻出されている。また、盤石徴税(ばんじゃくちょうぜい)は、高校・大学へ進学した学業奨励生徒(がくぎょうしょうれいせいと)、倣神野の人間、神繋(かんなぎ)巫女(みこ)(かよ)わせ(びと)を除いた、16歳以上の全ての村人に課せられる。この徴税を納めるのは決して楽な事ではないが、この盤石徴税が納められない者には、双神村に住む権利などない(・・・・・・・・・・・・)というのが、この村の方針だ。

 

 

だから、大人たちは必死になって働くし、子ども達も一所懸命に家の手伝いをするし、年寄りもその身が使い物にならなくなるまで田畑を耕す。

 

 

 

 

 

働かざる者、食うべからず。

 

 

 

 

 

働かない者、働けない者に、生きる権利など無い。

 

 

 

 

日本国憲法が効力を持たないこの村において、人権や生存権、社会権などいった物は何の意味も持たない。

 

 

 

 

 

 

のうのうと飯を食らうだけの穀潰(ごくつぶ)しに、生きる権利など無かった。

 

 

 

 

 

労働意欲に欠ける者、重度の身体障害者、重度の精神障害者、重度の知的障害者、重病や難病を患った者、年老いて痴呆(ちほう)が進んだ者、肉体が老化した者……

 

 

 

 

 

他者による補助・介護無しでは日常生活が送れない者や、生産性のある日々を暮らせない者は、家族の負担であり、村の負担でしかなかった。

 

 

 

 

 

家族には、村には、穀潰しを切り捨てる権利があった。

 

 

 

 

家族に切り捨てられた者、あるいは家族を失った穀潰し達は、倣神野本家で催される『(にえ)』という儀式を経て、穀潰しの生を奪うことの正当性を『罪喰之犬神(つみぐいのいぬがみ)』に姫女(ひいな)が誓いを立てると、体を拘束され、里守之稲荷の山に生きた状態(・・・・・)で捨てられる。

 

 

 

 

(にえ)』は村人の義務を果たせぬ者から、村人としての権利を剥奪し、山の肥やしとして土に(かえ)すという儀式だった。

 

 

 

 

この儀式に異論を唱える村人は居なかった。双神村にとってそれが当たり前の事であり、絶対的な事だった。

 

 

 

 

 

「チッ、分家のカス共が………人様が通る道に捨て置くんじゃねぇよ」

 

今日は気分の悪くなる事ばかりだ。ついてない。

 

今日は厄日だと意気消沈していた俺だったが、ある気配()を感じ取り、脳髄と全身の神経が冴え渡っていくのを如実に実感できた。

 

 

 

「久方ぶりの鎧熊(ヨロイグマ)か」

 

 

俺は近くの木に素早くよじ登り、背負っていた野太刀(のだち)黒椿(くろつばき)を抜刀する。見た目以上のズッシリとした重量がなんとも頼もしいそれは、漆塗りのような黒の光沢を帯びており、木漏(こも)()(あで)やかに反射する。

 

 

かつて俺が尊敬していた親父(通わせ人)黒椿(形見)は、鎧熊(ヤツ)(ほふ)る為だけに存在していた。

 

 

鎧熊(ヨロイグマ)が俺の視界の中へと踊り出る。ヤツは捕食対象を探しているのか、装甲のような硬い皮で覆われた体躯を引きずり、ゆっくりと徘徊(はいかい)している。

 

 

猟銃の弾ですら(はじ)き返してしまうほどの鎧のような肉体、さながら熊のような巨体と怪力(かいりき)を兼ね備えたそれは『鎧熊(ヨロイグマ)」と呼ばれ、人々から恐れられてきた。

 

山頂の神社へ近づく者を、例外なく血祭りにあげていくその姿から「『里狐(さっこ)様の守護者』と呼ぶ者もいた。

 

学術的には熊では無いのかもしれないが、インターネットで調べてもヤツにまつわる文献は存在せず、この里狐さんの山の中腹(ちゅうふく)にしか生息していないとされる『伝説の生き物』。こいつらこそが『通わせ人』が居なければ双神村(ふたかみむら)里守神社(さともりじんじゃ)を行き来することが出来ないとされる所以(ゆえん)であり元凶であった。まあ、鎧熊(ヨロイグマ)以外にも(おおかみ)やら(シシ)やら、たくさんの獣が生息しているのだが。

 

こんな普段はもっと山奥にいる鎧熊が、こんな(ふもと)まで来ているのは、俺の気配を感じ取ったからだろう。

 

 

俺が身を潜めいる木へと近づいてくるが、こちらには気付いていないようだ。

 

 

3メートル……2メートル……

 

 

 

「うるぅああああああぁああぁああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

俺は咆哮と共に木から飛び降り、野太刀・黒椿を振り下ろす。

 

突然の咆哮と奇襲に(ひる)んだ鎧熊は、俺の攻撃への対象が僅かに遅れる。

 

 

しかし、それはヤツを絶滅に至らしめる致命的な隙にはならなかった。

 

 

鎧熊はその巨体に似合わぬ俊敏な動きで俺の黒椿を躱すと、すぐさま俺への攻撃に切り替える。内臓を引きずり出すことすら容易い、ヤツの爪が迫りくる。

 

俺は落下の勢いに逆らわず態勢を崩し、山の傾斜を2、3度転がる。

 

 

 

やべえ、今のでバックパックに入ってる玉子とかトマトとかが潰れたかもしれん……

 

 

 

呑気(のんき)にそんな事を考えながら、傾斜を転がり落ちる勢いを残したまま、大きく跳躍する。

 

目の前に迫りくる木の幹を蹴り、運動エネルギーのベクトルを反対方向…つまり、鎧熊の方向へと切り替える。

 

鎧熊は鎧熊で、俺に追撃せんとこちらへ飛びかかるって来ている。

 

俺は軽くステップを踏み、己の体が通る軌道を僅かに()らす。

 

その重すぎる自重(じじゅう)故、物凄い勢い傾斜を駆け下りる鎧熊は、俺と違ってそう簡単に進行方向を変えられまい。

 

 

鎧熊が突っ込んで来るであろう場所めがけ、野太刀・黒椿を渾身の力で振り切る。

 

 

まるで金属バットでコンクリートを叩きつけたような衝撃が俺の両腕に加わり、(ひじ)や手首といった腕の関節が痺れる。

 

 

後ろを振り返ると、首を失った鎧熊が紅い鮮血を撒き散らしながら傾斜を転がっていた。

 

 

 

黒椿(くろつばき)に付着した鎧熊の血を払い、鞘へと納める。

 

 

 

 

 

俺にとって、鎧熊(ヤツ)との死合(しあ)いはどうしようもなく心地良かった。

 

 

 

 

 

鎧熊(ヤツ)は確かな『死の恐怖』を俺に刻みつける。

 

 

 

 

その恐怖は俺の生存本能を強引に引き出す。『生きたい』『死にたくない』という生への渇望を掻き立てる。

 

 

 

 

死にもの狂いで俺に襲いかかる鎧熊(ヤツ)も同じ眼をしている。ただ生き延びたい……それだけだ。と。

 

 

 

 

「死を恐れる者は、こんなにも(たくま)しい。生を貪る者は、こんなにも美しい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の呟きに呼応する者はおらず、ただひたすらに蝉たちが喧しく鳴き、鳥たちが好き勝手に(さえず)る。俺にはその耳触りな残響が、この山に眠る無数の亡者たちへの鎮魂歌に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故(なぜ)、強かった貴方(あなた)が死んだ?何故、強かった貴方が俺に命を託した?何故、強かった貴方が死を恐れなかったのだ?

 

 

 

 

 

…………………………親父」




このお話はフィクションです。舞台、設定、キャラクター、団体…全てが架空であり、作者の妄想及び想像です。

一応設定としては、岐阜県飛騨地方にある、地図にも乗っていないような山奥に位置する、架空の村を舞台にしています。現実の日本に実在する部落や集落といったものは一切参考にしておりませんし、一切関係しておりません。この作品に似たような風習やしきたりのある村、集落、部落が有ったとしても、完全なる偶然の一致だと断言します。

べ、べつに「もし本当にこういう部落が有ったらどうしよう!?」とか言ってビビったわけじゃないんだからねっ///
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