1階層/1階層 はじまりの殺人
まずはじめに、彼の……彼女の物語を語りたい。
ワタシが出会えた、共犯者。ワタシとともに、新しいソードアート・オンラインを描いてくれた協力者だ。
これは、ワタシの物語ではあるが、同時に彼女の物語でもある。だからワタシは、はじめに、彼女という人物を語らねばならない。彼女がいたからこそ、ワタシは生きることができたのだから。まず、彼女をもってして、始めなければならないだろう。
―――この物語は、ワタシの最高で最悪なパートナーである、貴女に捧げる。
◆ ◆ ◆
ソレは、今までの私の終わりを告げ、そして―――俺のすべてが始まった瞬間だった。
『プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ』
強制的にテレポートさせられた始まりの広場にて、告げられた宣言。
ソレと共に俺は、この仮想世界を現実のものとして受け入れた/させられた。
『私の名前は、茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
その名前はいつも、憧れと共に俺の中にあった。その業績を一つ一つ追っていき彼に近づいった。いつか彼のようになりたいと、思っていた。
天才。その名にふさわしい男……。
それは同時に、この世の全てから外れていることを意味していた。それに違わぬ才能・業績。俺の目指すべき理想像とでも言える男。……中学生だった俺には、そんな単純な伝聞と外見だけでしか人を見ることができなかった。
貧しい現実から逃げ出したい/醜い理の中では生きたくない。息苦しくて気持ち悪すぎて、世界の汚物と自分の吐瀉物の中で窒息してしまいそうだった。皆こんな無間地獄の中、なぜ自殺せずにいられるのか……わからない。
わからない、わからない、わからない……。全く全然これっぽっちも、理解できない。みんな生まれながらのゾンビなのか?
別の世界/無限を感じられる場所/この自分にふさわしい彼方で、もう一やり直したい。そう願うのは……、臆病と怠惰なのだろう。だけど、切実な願いだ。忘れてしまったもの/奪われたものを取り返したい、ゼロに戻りたい。スタート地点/生まれた瞬間から既に離れすぎてるのだ。加えてこちらは重荷を背負わされての徒歩なのに、高性能のスポーツカーを乗りましている奴らがいる。ソレは、命以上を賭けるに値するものだ。
彼を求めたのは、その青臭くて醜い感情をただただ肯定して欲しいからだった。その才と財の一部だけでも学び取りたい、あるいは奪い取って我がものにしたい。そうさせてもらえる/分け与えてくれる/自分の中にだってソレがあるはず。―――彼だけは、このどうしようもない飢えを理解してくれると、勝手に思い込んでいた。
ソレがただの甘えであったことは、この時はっきりとわかった。
『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかし、ゲームの不具合ではない。繰り返す。これは、不具合ではない《ソードアートオンライン》本来の仕様である』
ソードアートオンライン……。この名前は俺の中で、永久に忘れないことだろう。いや俺だけじゃない、一万人のプレイヤー全てが/彼らと関わりのある全ての人々にとって、忘れられない/忘れたい名前だ。
狂気の監獄として。
その監獄の中では、一万あまりの魂たちが、騒がしくも煌びやかに世界を彩っていた。
多くの命がそこで輝き、消えていった。己の力を示すために、他と競い合い勝つために、さらなる財を手に入れんがために、仲間を/友を/恋人を守るために、このデス・ゲームを終わらせるために……。皆輝いていた。生存の叫び/社会の亡念の代弁ではなく/魂の奥底から放たれる光は、この仮想世界を現実以上の輝きで満たしていた。
良いことばかりではないことは、言うまでもないだろう。本来持っていた帰還の権利と不死の力を奪われていたのだから、不満による恐怖と怒りは目の前にある喜びと愉しさを見えなくさせるのに充分だった。問われれば大多数のプレイヤーが、ここは地獄だったと言うことだろう。
だが、かけがいのない場所だった。これほど心かき乱し奥底に刻みこまれる場所は、どこにもない/なかった/これから出会えるとは考えられない。だからソコは、忘れていた故郷/楽園、とでも言うべき場所だ。―――俺はここで生まれた。今一度、生まれ直すことができた。
多分プレイヤーたちは皆、大なり小なりそんな感情を抱いていたから、ここに囚われたのだろう。
『諸君は今後、この城の頂きを極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
ログアウト不可能……。たったそれだけで俺たちは、観光客から囚人に早変わりしてしまった。
考えてみれば、それは簡単なことだった。
俺たちは、自分の五感や命すらも、簡単に見知らぬ他人に明け渡していた。信頼していたというのは、聞こえの良い言い訳だ。改めて省みると、いくらなんでも投げ出しすぎなのがわかる。もっと用心すべきだった/夢は眠りの中だけで見るべきだった。
ただ、弁明することはできる。現代の日本において、そのような発想をし計画し準備を進め、実行に移すことはありえない。なおかつ成功させるなんてことは、隕石が衝突して死ぬのと同じ確率だ。かの9・11世界同時多発テロと同じように、ありえない部類の物事だった。
借り物の体、希釈された生存欲求、見るものすべてが新鮮な異世界……。それで初めて俺たちは、そこに自分とは全く違う他人がいることに気づいた/ただの電子情報の集積ではないことに気がついた。
地に足がついた/血が通い始めた/アバターを自分の肌として馴染まされた……。
彼の宣言をきっかけに俺は、今までの自分とは違う別人にさせられた/なることができた。……もはや一生消えることがないと思っていた顔の火傷も、ここでは痛みを疼かない。はじめからなかったかのように綺麗さっぱり、消えていたから。
『……また、外部の人間の手による、ナーブギアの停止あるいは解除もありえない。もしそれが試みられた場合、―――
ナーブギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し生命活動を停止させる』
脳の破壊。それが意味することは、一つだ。
集められたプレイヤーたちの間に、恐慌が広がた。
始まりの街の広場に集められたプレイヤーたちは各々、その一言でいま自分の身に起きている事態を把握した。そして、揺さぶられた。
ただほとんどが、実感なんて程遠い理解でしかなかったのだろう。実際その時は、頭でしか考えられなかったから。今ここにあるのは、どこかにあるシステムが与えた電子情報の塊と脳みそから取り出されている意識だけ、ソレが認識限界だった。
プレイヤーの持ち物は、あまりにも少ない。この体/アバターには、なんの痛みも感じない/感じられない……。
『より具体的には、10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回線切断、ナーブギアのロック解除または分解または破壊の試み―――以上のいずれかによって脳破壊シークエンスは実行させる。この条件は、すでに外部世界では当局及びマスコミを通じて告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーブギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果―――
残念ながら、すでに213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
213人……。具体的な犠牲者が示された。
だがそんな数字、まるで現実感がない。一人だって死んだ人間を見たことがないのに、そんな大量の死人をイメージできない。213人なんて213人でしかない。……そんなことができる奴は紛争地帯で拉致・洗脳された少年兵で、つまり今日本に住みナーブギアを被っていることなんてない。
奴の周りに浮かんでいる映像・記事、言ったことの裏付けとでも言う現実世界のニュースを見せてきた。そんなものを見せられても、やっぱり信じられない。ソレはリアリティある映像と記事だけであって、実際に213人の死の感触を味わったことにはならない。……例え偽造ではなく事実だったとしても、ソレを判別できる天才な知能もなければ、丸ごと受け入れないほど他人を信じきれない現代っ子だからだ。
これは、特殊俺的なことではないだろう。
他人の命に無神経なサイコパスだととか異常な現状で感覚が麻痺しているだとかここの神様が手前勝手に殺るんだから俺達が好き勝手に殺って悪い理由がどこにあるとか……、ということではない。むしろ、それらを見せられだけで、213人の命を惜しみ涙を流して自分の身にもまたそれが降り注ぐかもしれない、そんな怯えと慈悲を持てる奴の方がおかしい。想像力が豊かすぎる。現実では本物の霊媒師か巫女か癲癇持ちか213人全てと身近な関係であった奴か、どれかだろう。
確かに今、頭全体を電子レンジの中に突っ込んでいる状態だった。ナーヴギアの予備電源を過活性すればそうなるだろう。だから、喉元にナイフの刃を当てられているに等しい状態になっている。……のだが、ナイフとレンジは大きく違う。ソレでは命の危機を実感できない。まだ銃を突きつけられたほうが、わかりやすかった。電子レンジは、凶器としては馴染み薄いものだろう。鈍器としてなら多少イメージできる。だがあえてそのように使用する殺人鬼は、推理小説の中ですらお目にかかったことがない。……俺の見聞が、まだまだ浅いだけかもしれないが。
213人の犠牲者、ルールを破れば君たちも彼らの仲間入りを果たす、だから気をつけてね……。
その宣言で広がったのは、死が間近に迫っているからの恐慌状態ではなかった。まして俺が求めている、魂の輝きではない。死ぬはずなのに実感できない、いきなり幽霊か宇宙人だかを見せられた戸惑いだった。
ソレは、彼が天才ゆえだったからだろうか……。凡人は、いきなり答えを出されてもわからないものだ。順を追って説明してくれなければ理解できない/受け入れられない。それがわからなかったのだろうか……。
『諸君が、向こう側においてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含めて、繰り返し報道している。諸君のナーブギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーブギアを装着したまま二時間の回線切断猶予期間うちに、病院その他の施設へと搬送され厳重な介護体制のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んで欲しい』
最後の一言は皮肉か? フードで顔が見えないので何とも言えないが……。というかそもそも、目の前にある巨大魔術師風赤フードが彼本体であるなど言えないが。
声の調子はそれまでと変わっていない。淡々と、現状を説明しているだけだ。……それだけが、ソレが彼であることを証明している。
それが無言の説得力をもたらしたのだろう。異常な今を、現実として受け入れさせる一言となった。
ようやく、真の恐慌状態が訪れた。広場の中、恐怖と怒号が広がっていく。
『しかし、十分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアートオンライン》は、既にただのゲームではない。もうひとつの現実というべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に―――』
諸君らの脳は、ナーブギアによって破壊される』
周囲のプレイヤーが一斉に、息を呑んだ。改めて、その言葉の重みを実感した。
脳が破壊される……。
今の時代であっても「人工脳」なるものは開発されていない、少なくとも普及はしていない。だから、生の脳の破壊=死だ。最新の延命治療で無理ヤリほかの臓器を生かすことはできても、その状態を「生きている」と呼ぶことができるかは……、甚だ疑問だ。
そもそも、もしも人工脳なるものがあったとしても/ソレをすぐさま移植したとしても、死ぬことには変わらない。今このゲームの中にいる、自前の脳みそから取り出された「俺/私/僕」という意識/精神/魂が、元の体に戻ることはできない。限りなく自分に近い別人、今までの自分の人生をトレースして編み上げた思考パターン/行動選択の癖の塊でしかないモノ。それが、今まで使っていた体を乗っ取ることになる。ソレはゾンビと何ら変わらない。……身近な人々に「生きている」と錯覚させることは、できるかもしれない。
自分がそんなモノに成り下がる、そんなモノになりながら生き続る、何一つ成し遂げることなく/無意味なまま無駄に命を消費する。自分で自分の命に無価値の烙印を押すだけ……。
考えただけでもゾッとすることだ。あまりにも悲しすぎる。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたように、アインクラッド最上階、第100層までたどり着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればいい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保障しよう』
100層……。
2ヶ月間のβテスト期間中であっても、テスターたちは10階層も突破できていなかった。寝る間も惜しんでほぼ毎日この世界に潜っていたが、それでもその体たらくだ。加えてコンティニュー不可との縛りプレイならば……、果てしなく遠いゴールだ。年数で数えたほうがいいかもしれない。
『それでは最後に、諸君にとってこのゲームが唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
言われたとおり、右手を振ってメニューウィンドウを開いた。そして、アイテム欄をクリックした。すると、初期装備として配布された小回復アイテム=《Sポーション》以外に、見慣れぬアイテムがいつの間にか格納されていた。
《手鏡》、コレのことだろう……。それをクリックして、オブジェクト化を指示した。すると、キラキラとしたライトエフェクトの小さな粒が急速の一箇所に集まって、形をなした。目にも止まらぬ一瞬で右手の中にソレが具現化した。
名前の通りソレは、変哲のない丸い手鏡だった。
片手に収まるほどの、コンパクトな丸手鏡。俺にはあまり用はない、毛嫌いしているといってもいいそれが、右手に収まっていた。
無防備にも現れたソレを覗き込もうとした矢先、視界の端でいくつも光の柱が立った。体の輪郭がぼやけていく。美男美女のプレイヤーアバターが、変貌していく―――
間一髪だった。ホンの少し気づくのが遅かったら、俺も周りのプレイヤーたちと同じになっていた。危なかった……。
《手鏡》を覗き込んだプレイヤーは、全員、必死で練り上げた虚像を剥ぎ取られた。
ざわめきが広がった。周りの変化に驚き、自分の姿に驚愕していた。美男美女の戦士たちの集会は、一瞬にして、気の入っていないコスプレイヤーたちの群れに変わっていた。
見渡せば、男女比も大きく変わっていた。ネカマというものだろう。それにしても、女の格好した男のなんと多いことか……。
異性に変わってみたいという気持ちは、わからなくもない。仮想世界だからこそ簡単にできることだ。だが、男が膝上の際どいタイトスカート/フリル付きの可愛らしいフレアスカートを履いていたり、アイドルか魔法少女姿でナヨナヨと他の男性プレイヤーにしなだれてくる姿は、あまり見ていて気分のよくなるものではない。遠目からでは嘲笑できるが、近くでソレも腕に抱きつかれでもしているのなら吐き気を催すことだろう。精度の高すぎる幻想と現在の落差は、レ○プされたのと同じぐらいの許されざる衝撃をあたえるものだ。……まぁ、やっている当の本人が一番決まりが悪いことだろうから、刑事罰まではありえないだろう。晒しモノで充分だ。
俺は、狼狽し続けているプレイヤーたちの輪からほんの少しだけ外れると、右手の手鏡を再度アイテムストレージにアーカイブした。捨てることもできたが、ここに居る誰かに気づかれたくなかった。使うつもりなど毛頭ない。証拠をできるだけ残したくなかっただけだった。
だが、これが役に立つとは、この時はまだわからなかった……。
『諸君は今、なぜ、と思っていることだろう。なぜ私は、―――SAO並びにナーブギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは、身代金目的の誘拐事件なのか? と。
私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、既に一切の目的も理由も、もたない。なぜなら、……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ私はナーブギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
熱を込めていい演説だが、頭上に浮遊している巨大なフードは、それまでと変わらずに淡々と語った。
俺にはそれが、釈然としないものとして残った。
嘘とは言わない。何かを隠しているわけでもなさそうだ。でも、一番語らなきゃいけない中心を明らかにしていなかった。その周辺をなぞって輪郭だけ示しているような語り方だった。
あるいは茅場本人にも、語る言葉を持てない何かがあるのだろう。あえて外堀を埋めるような語り方をしているのではなくて、彼本人にもそれが分かっていない真の動機。だからこそ、このような語り方になってしまった。ソレを確かめたい/知りたい/分からせて欲しい、と? ―――だからこそ、こんなデス・ゲームを敢行した……のか?
この違和感を性格や演技といって割り切ることは、できなかった。俺の直感が是と訴えていた。だからソレは、俺の妄想に過ぎないかもしれない……。だけど、宣言を鵜呑みにするにはあまりにも、茅場の正体が見えなかった。『狂気の天才』か『神様気取りの犯罪者』を演じているだけ。彼の人間味/欲がなさすぎる。積み上げてきた現実全てを捨てるには、あまりにも割に合わない。
虚像を固めるためのセメントだったから/ここをよりリアルにするためまず自分から演じきらないといけないため、とも言えなくはないが……。
『……以上で《ソードアートオンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の―――健闘を祈る』
一方的に告げ終わるとそのまま、巨大フードのアバターも空に消えた。赤く不気味に染まっていた空も元に戻り、青く広々とした空と上層の巨大な底面が広がっていた。
見極めなくてはならない。奴の正体を、奴の真の目的を、俺が感じた違和感を……。
ゲームクリアだけでは、足りないだろう。奴の想定も想像も超える衝撃が必要だ。身にまとっている全ての虚飾をはがして、生の顔/奴を奴たらしめている根源を見る。そのためには、プレイヤーを演じきるだけではダメだ、ソレ以上のパワーが要る。
一人のプレイヤーでありながらプレイヤーを超える者、神様にまで牙を届かせられる者。彼しか持っていないはずの権能を奪い取り代行し、成り代わる者。彼を一番愉しませるため/手が届くまで引き寄せるために、できることは―――。
口の端が、ニンマリと釣り上がった。
それには、PK(プレイヤーキル)がいいだろう。
プレイヤー全員を、奴に変わってこの手で抹殺すること。できれば、楽しく残酷に一部のもれなく殺し尽くすこと。……一人のプレイヤーとして、唯一のGMに逆らって勝つには、それ以外の方法はないだろう。
ゲームの存続にはプレイヤーが必要不可欠だ。そいつをすべて無くしてしまえば、ゲームは終了する。クリアする必要はない。むしろ、クリアなどしてはいけない。デス・ゲームなんていうイカれたことをしている犯罪者の要求なんて、一切飲んではいけない。高みの見物で愉しむのが目的だと宣言した以上、肌が触れ合えるほど近くにいる俺が有利だ。いくら広大な異世界を作り上げても究極の美は魂の輝きにしか宿らない。
俺の愉しみに共感するしか愉しませない。でなければ、指をくわえて悔しがらせるだけだ。プレイヤーでなかったことを後悔させる。
もはやこのSAOは、死人を出さずには済まされないだろう。一人も欠けずに100階層までたどり着くなんてできやしない/誰か必ず死ぬ。そして今、このはじまりの広場で確定している死人は、茅場晶彦だ。
殺しは、どんな時代・社会であっても罪だ。厳罰を持って報いが与えられる。だれも、茅場晶彦を許すことはできない。敵ではなく未来の労働資源を殺してしまった以上、英雄として名誉ある死も与えられない。やつは、頭のネジが外れた男して、自分の妄想の中で死ぬことになる。
……それはいただけない。そんな終わりは、奴に相応しくない。
俺が代わりに、殺す―――。
俺が見たい奴の真実には、プレイヤーの命の責任すら邪魔だ。俺がそれを奪う、奴の全ての罪を喰らう。俺はそれで初めて、奴の所業を認められるだろう。……いやそうじゃないな。世界中未来のかなたまで俺
俺は最後のプレイヤーとして、バットエンドを迎えた/9999人の命を喰らったこのゲームの終焉を見届ける。そんな終末ならば、あるいは、奴の見たかったものが見えるかもしれない。
もし、先ほどの宣言が本当なら、全て殺しきる前に奴から何らかの方法で接触してくるはず。その時は奴自身に、問いただせばいいだけだ。なくても一向に構わない。俺はそれまで、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して―――、殺し回るだけだ。
「―――後悔なんてする暇も与えない。脳みそが痺れるようなゲームにしてやるよ、茅場晶彦」
そう、虚空に宣言すると、ざわめく群衆に背を向けた。そして、広場から街の外へと、踏み出していった。
◆ ◆ ◆
そうだ。このソードアート・オンラインはその時から、俺が茅場晶彦を葬り去るだけのゲームになった。
そのための処刑台で、棺桶だ。やつの天才を彩るために、9999人の生贄をくべて作る電子の墳墓だ。それ以外になることを全面否定してやる―――。
口元には、ニンマリと口角を釣り上げた笑が浮かんでいた。腹の奥底からこみ上げてきていたソレは目の前の全てをバラ色に変えた、短い人生の中で最も胸が高鳴った瞬間だった。それなのに……、目尻から頬にかけて一筋、涙が流れ落ちていた。
それは、心躍る目的や収まらない武者震いとも不釣合いな、矛盾した表情だった。何がそうさせたのか、わからない。俺の中には、後悔も罪悪感もなかったのに……。
だからそれは、ゲームシステムの不完全性だ。
幸先のいいスタートだった。
SAOの感情表現プログラムは、『常識を持つ一般人』の揺れ幅でしか対応できていない。俺の内側から湧き上がってきているこの感情を現す術は、ないらしい。
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。