「私」は突然、この世界に投げ出された。
言葉を交わすこともできなかった「ソレ」は、別れの言葉もなく……何処かへ消えた。
この世界を壊さなくてはならない。囚われたプレイヤーたちを、救わねばならない。
だけど、ソレに課せられたたった一つの使命は、もう実現されることはないだろう。私ではそれを果たせない。
私はそんな後悔を抱いて、ここで生まれた。
◆ ◆ ◆
「―――どういうことだ、結城さん!」
イチゴが吠えるように言った。いつもは私同様に感情を表さないその顔が、動揺している。
それほどの異常事態が、起きてしまった。
「どうもこうもない。……なくなったんだよ、丸っきり。この【アリス】の中から、茅場の脳波パターンが!」
ここまで来てなんで……。コウイチは頭を抱えながら言った。
必死に状況打開に考えを巡らすが、何も思い浮かんでこない。隣にいる私の姿すら、見えず焦りに焦っている。
黒い柩/【システムコンソール】―――。
ソレを前にした私は、マスターに言われたとおり現れた認証ウインドウに自分の手をかざした。そうすれば管理者のみ/茅場晶彦のみ入れるシステムの中枢へアクセスできる……はずだった。
しかし、何も起きない……。
カーディナルは、私を管理者だと誤認してくれない。確かに茅場の脳波データを持っているのに、それが通用しない。カーディナルはエラーメッセージを出して、頑なに私を門前払いする。
言われるがままに何度も繰り返すが、結果は同じ。どうしてもその壁を破ることができないでいた。
「そんな馬鹿なことがあるか! もう一度……もう一度試してください!」
「なんどやっても同じなんだよ! もうこのアリスでは、GMとしてシステム中枢に入り込めないんだ……」
イチゴは掴みかかる勢いで訴えるが、コウイチはただ首を横にするだけだ。
二人の様子を眺めていた私だが、とても居たたまれない気持ちに支配されていた。
問題の中心は間違いなく私であるのに、私は蚊帳の外だ。なにか言わなければならないと口を開こうとするが、何も出てこない。さっきはスラリと出てきた言葉を、声として出すことができない。そもそもあの時、どうして出来たのか……よくわからない。
だから私は、剣呑としている二人の様子をただ眺めるしかない。
苛立たしさよりも、申し訳ないという気持ちがお腹の底に沈殿して積み重なってくる。それが表情としても、滲み出ていただろう。
「……僕だってわけがわからないんだよ。厳重に保管していたのに、なぜなくなってしまったのか。どうしてアリスが、使い物にならなく―――」
「まさか……神崎さんか?」
イチゴの疑念にコウイチが顔を上げた。そして、問題のもうひとりのマスターに視線を向けた。
天井に顔を向けた仰向けの姿勢で白い地面に横たわっているマスター=【イコール】
目を引く野生の呪術師めいた格好とは裏腹に、その両目は静かに閉じられていた。眠っているとしか思えない姿だ。―――だがそこには誰も、いない。
そこに見えるのは、抜け殻だ。彼はもうどこにも、いなくなってしまった。
HP全損による消失ではなく、GMの定めた法によって消滅させられた彼の体は、今なおそこにある。そして、これからもあり続けることだろう。
現実における彼は脳を焼かれたが、この世界の彼はただ眠っているだけだ。システムは直接プレイヤーには干渉できない以上、そのアバターの消去もできない。定められたルールに則ってでしか、その神の手を動かすことができない。
眠り続ける彼は、もちろん私たちの注目を浴びても何も言わない。言えるはずもない。死人に語る口などない……。
落胆しそうになると不意に、声が聞こえてきた。
「―――いや、それはないよ」
低いがよく響く声/聞きなれない男性の声。
ギクリと、急に現れたそれに引き寄せられて、視線を向けた。
「彼女が鍵として使えなくなったのは、もっと別の要因からだよ」
「ヒース、クリフ……さん?」
目の前に現れた/居るはずのないプレイヤー。
銀灰色の髪、削いだように研がれた顔立ち、不思議な真鍮色の瞳。赤いサーコートに身を包んだ騎士姿。だが、その佇まいはどこか学者か魔術師を彷彿させる。
威圧感はない。敵意は感じられない。が……それは誤りだろう。
感じさせないのだ。あまりにも巨大なモノを見たとき、遠近の感覚がわからなくなるようなモノ。敵意や害意といったモノを向ける必要がないのだ。ただそこにいるだけで脅威な存在、急峻な高山を人の形に圧縮させたような。
【ヒースクリフ】―――。
このSAO最強のギルド【血盟騎士団】団長。そして……最強のプレイヤー。
なぜこんな場所にいるのか? なぜ今、ここにいるのか?
驚愕で頭が真っ白になっていると、ヒースクリフは警戒心なく近づいていくる。それで金縛りから抜け出し、最大限の警戒を差し向けた。
「なるほど。確かにそのような方法ならば、カーディナルは破綻しただろう。さすが情報課の英才たちだ。
だが―――彼女の中に、私の脳波パターンを搭載してしまったのは過ちだった」
こちらの戦術を評価しながら、つかつかと近づいてきた。その手には、彼の代名詞でもある純白の十字盾が装備されていた。
臨戦態勢―――。先程とは別種の緊張が走る。
自然と手に力が入ってしまう。私の手には盾しかないが、その取っ手を強く握った。空いた片方の手も、握りこぶしを作る。そこに何もないということが、ひどく不安を掻き立てた。
マスターたちも表情険しく、自分の武器に手を添えた。
コウイチは腰に佩いた長剣の柄に、ただイチゴは、盾すら装備していない丸腰のまま。
ホンの少しその場で腰を落として、全身の力を抜いた自然体に変えただけだ。その両腕も、だらりと下げていた。その視線だけは、家屋を一撃で破壊する鉄球の硬さと重さがこもっていた。ヒースクリフを威圧し牽制する。……その全身が、人の形をした刃になっていった。
「1年半ものあいだ、AIのなかでウイルスを泳がせておけばどのような変化が起きるのか? 縮小されたものとはいえ、保護された私の思考パターンがどのような行動をとるのか? ―――ウイルスを内部から書き換えて、アバターに即した別の思考パターンに変るのは、想定外だったようだな」
自問自答しながら最後に、立ち止まった。
私たちから数メートルは離れている距離。だけどその立ち位置は、ギリギリの瀬戸際でもあった。
それ以上踏み込めば、この緊迫がはじけて爆発を起こす。
どちらかが倒れるまで終わらない死闘。そんな不吉な予感に、互の間にある音が逃げてしまった。息するのもままならない静寂が張り巡らされる。
そんな瀬戸際にも関わらずヒースクリフは、悠然とこちらに視線を向けてくる。優秀な生徒に、答えを求めているかのように。
「別の、思考パターンに……ウイルスが? そんなことが……」
「そうだ。結城浩一郎くん」
戦慄しているコウイチにさらなる痛撃。彼のリアルでの本名を告げてきた。
ぴくりと眉をしかめた。だが、動揺というほどではない。奥歯を噛み締め表情を固くし、目の前の男への警戒を強めていく。柄を握る手からギリッという音が漏れた。
疑念は確信へと変わった。
「プレイヤーの中に混じっていたとはな―――茅場晶彦」
吐き捨てるように言いながらイチゴは、ジリジリと距離を詰めていく。
前に出した片方の爪先を地面に滑らせる、半身の構え。前に出した足に重心を移動させて、自然体からわずかに前傾姿勢へと変わっていた。下げていた手も腰元までたぐり上げ拳を作る。
ここで仕留める……。そんな覚悟を察してかヒースクリフが、イチゴに微笑んだ。
「……逃げるつもりはないよ、杜聖護くん。
今私は、カーディナルのエラー修正要求によって急遽ここまで呼び寄せられた。カーディナルにとって不可侵の、『プレイヤー』というカテゴリーにはまったエラーを修正するためにね。それを処理できるのは、今のSAOでは私以外にいない―――」
いきなりガンッという音を、響かせてきた。十字盾の石突きが地面を叩いた音。
そして、盾の上の突端に隠れているもうひとつの十字に手を伸ばし―――引き抜く。彼の武器。
ゆっくりと、それでいて無駄な摩擦一切なかった。抜き放たれたそれは……細身の長剣。
スラリと真っ直ぐに伸びたその刀身が、鈍い光を照り返している。研ぎ込まれたその刃は、空気に溶け込んだかのように境界をぼやけさせていた。
長剣を抜き放つと、下ろしていた盾を掴み直した。
「ただ、ここで私が敗北すれば、この【ヒースクリフ】のログから現実の私の肉体とカーディナルの居場所が判明することだろう。君たちの手によって」
「つまり、今ここであなたを倒せば、このゲームは終了する」
同じく剣を抜き放ったコウイチが、被せて言った。
見ていると吸い込まれるような深く、それでいて透明な青の両手剣。ソレを正眼に構えた。鋒をほんのわずかだけ下げて、すぐさまソードスキルを発生させるモーションで固定させる。
「そういうことだ」
ちらりとそちらに視線を向けるが、すぐさま視線を戻した。この場で一番、警戒しなければならない相手に―――
「一応、ラスボスを気取るわけだが……君たち相手に一プレイヤーとしての私では、勝ち目が薄い。エラー修正要求を帯びてるから勝手もできない。だがGMとして、君たちの今までの功績を称えるためにも、フェアを心がけるつもりだ」
「手を抜いてくれるのは歓迎だ」
「とんでもない。よもや封印したはずの【柔術】スキルの、それもオリジナルプレイヤーがログインするとは想定外だよ。……手を抜いて欲しいのはこちらのほうだ」
冷徹なまでの無表情を貫くイチゴと、肩をすくめながら苦笑するヒースクリフ。
互いに軽口を叩くが、その視線は外さない。どちらも肩の力を抜いているように見えるが、互いに互のほころびを探り出していた。数値としては表されていない揺らぎを、小虫の羽音程度のブレを抉りだそうとしていた。
空気が、さらに重みを増していく……。
気体ではなく液状化してしまったかのようで、体が重い。この場だけ時間の流れが早くなっているかのよう。密度を増した情報の海の中は、とてつもない集中力を要求してくる。立っているのも辛い、クラクラする。しゃがみこみたくなるが、それすらできない。
なんでこんなにも、重くなっているのか……。異様すぎる場の重圧、プレイヤー同士の睨み合いだけで生じるレベルを超えている。まるでもう一人、見えない巨人が潜んでいるかのような―――
―――何か、見えないが巨大な『何か』が、この場に潜んでいるのか……。
ようやく、ことの異常さに気づいた。
ただひとりの管理者であっても、動かせるのはシステムだけだ。そのシステムが不干渉を決めているプレイヤーである私たちの内面に、これほどの負荷を直接かけることはできないはずだ。
今感じている負担は、明らかにこの仮想世界を揺るがす。それほどのエラー/負荷だ。それを管理者たる彼がやってしまうのはおかしい……。
先程からずっと観察してきたが、システムを操作する特別な『何か』をした形跡は一切ない。だが、仕掛けがあるはずだ。ここに来る寸前にもう、仕掛けたのかもしれない。
思えば、マスターたちがヒースクリフの後の先を取ろうと身構えていたのは、その『何か』のためだったのだろうか。先制攻撃やこの場からの離脱という行動に移らなかったのは、目に見えているヒースクリフではない『何か』を警戒していたのかもしれない。
「二人がかりで行かせてもらいますよ、茅場さん」
「ダメだ結城さん。あなたはアリスを連れて逃げろ」
戦う意志を剣に込めたコウイチを、イチゴが止めた。
その制止に思わず、コウイチの視線がヒースクリフから外れた。驚きそして抗議するようにイチゴを睨む。
「外部とのアクセスポイントまで逃げ切れば、俺たちの勝ちだ。この情報を外の仲間に伝えることのほうが重要だ。どちらかがそこまでたどり着けば、茅場の負けなんだよ」
「だがそれでは―――」
「アリスが死ぬ」
冷静にイチゴが告げてきた。
その宣告に胸が締め付けられていると、私に注目が集まってきた。
「人であるかどうかは難しいところだが……一つの生命だろう。茅場相手に、彼女の命の保証まではできない」
私を慮っての言葉。今まで言われたことのないソレに……動揺してしまった。ただ淡々と優先度を告げる彼の真意は、読み取れない。
言い返そうとしたコウイチは、喉元で飲み込んでいた。
「俺たちは覚悟の上でここに立っている。だが、彼女は違う。このゲームに囚われているプレイヤーと同じだ。ここに残せば俺たちは―――この男と同じ、彼女に死を要求しているも同然だ」
静かな宣告。憂いよりも重い感情で沈む蒼の瞳。そこに何をにじませたのか……私では想像もできない。わからない。
「……もう彼女は、俺たちが助けるべき対象なんだよ、結城さん」
コウイチは、逡巡し歯噛みした。出そうとしていた言葉を飲み込んだ。
そうして、それ以外の方法を探り出そうと考えを巡らせていたのだろう。今この場にある状況で使える何かで、欲した状況を導くため、何ができるのか―――。
だが……それはかなわなかった。
自分が残っても、目の前の男をこの場で確実に倒せるかわからない。戦って勝つよりも、逃げのびることのほうが可能性が高かった。
彼の視線が、選択に揺れているその迷いが、私に向けられていた。
足でまとい……。そんな言葉が思い浮かんできた。頭の後ろにガツンッと何かがぶつかった……ような気がする。思わず力が入った、顔に熱がこもってくる。意味もなく奥歯を強く噛んだ。
それが現実だった。
与えられた役目も果たせず、のうのうと生きている。本来ならば、マスターを含めすべてのプレイヤーをこの牢獄から開放することができたというのに……どうして生きていられるのかわからない。それを果たせもせずに、なんでここに居るのかわからない、なぜ……ここにいるのだろうか?
私は、自分がここに居る意義を見失っていた。
「……地下のダンジョンは最速で抜けても、10分はかかる。一人じゃ持たない」
「持たせるさ」
両手を強く握り締める。
手に持った盾を、握り潰す勢いで固く体に染み込ませようとする。そうすることで、思い浮かんできた想念から守ろうと/逃れようした。今にも壊れそうになる自分を、その確かさで支える。
「俺は護衛としてここにいる。これが現状で最善の方法だ」
「リーダーは僕だッ! それは、僕が決めることだ」
だが、空いた手から、その怯えが染み込んでくる。
固く拳を作って握り締めるが、それだけでは足りなかった。私の手のひらは、触れる何かを欲していた。その要請に胸が締め付けられて……息が苦しくなる。
―――剣が、剣が欲しい……。
戦う意志が欲しい、それを現実に変えてくれる力が欲しい……。現状と噛み合わない自分を繋げたい。
体の芯が震えていた。お腹の底が熱くなってくる。その度に肌は、寒さに震え鳥肌を立てた。体中の熱が私の内側に集まって高速で廻っていた。あとはただそれを形にするだけだ―――。
だが喉は、その言葉を紡がない。吐き出そうとすると干からびてしまったかのようで、乾きに吸い込まれた。濾過された呼気だけが、わずかに空いた唇から漏れた。どんどんと強くなっていく/喘ぐ。
出口を見いだせない……。抗議するようにその高熱で私の血管を焼く。その痛みに、目尻が熱くなる。だけど言葉がでてこない。だからか、代わりに……涙がこぼれてきた。
「殺す以外のことがしたくて、ここに来たんだよ、俺は。……守らせて欲しい」
静かにそう言うと、イチゴの視線がヒースクリフから外れた。
そしてその瞳がこちらに、私の方に向いた気がした。
ソレを見た瞬間一気に、堰が―――破れた。
滞らせていた見えない壁が、壊れた。
溜めにためられたその奔流と熱が、溢れ出る―――
「―――け、剣を……。剣を、下さい」
出された声は、驚く程小さかった。かすれいて、聞き取れたのかどうかもわからない。
だからもう一度、ちゃんと、心を言葉にした。
「私も戦い、ます。戦わせて……下さい!」
たどたどしくも言えた。言い切ることができた。
すると、先程までこの胸を締め付けていたものがなくなって、すぅっと広がっていた。芯からの震えも、なくなっていた。
「アリス……? どうして―――」
皆の驚きを代弁するように、コウイチが言った。敵であるヒースクリフすら、目を見開いている。
しかし一人、イチゴだけは歓迎の手を差し出してきた。
「剣は必要ないよ、お嬢ちゃん。お前さんの戦いは、この先のダンジョンを生きて突破することだ。……ひとりでな」
深みのある錆びたその声が、胸に響いた。
向けられたその瞳は、深海の蒼ではなかった。透き通った淡い水色に、変わって見えた。……私はついぞ見ることが叶わなかった、晴れ渡る空の色だ。
「さっきのは撤回するよ、結城さん。―――どうやらこの男、今この場で倒せそうだ」
「……そうみたいだね」
二人は改めて、目の前の敵を見据えた。先ほどの殺伐とした空気は、何処かへ霧散していた。
各々の武器を構え、爆発の瞬間を待った。
「二人がかりなのは構わないよ。こちらも二人だ―――」
不意に、ヒースクリフの背後で黒い霧が集まってきた。
どこからともなく噴き出した霧は、どんどんと一箇所に圧縮されていく。密度をまして、気体からタールのような液状へと変わっていった。
殻のない薄い膜だけの卵状に、少なくとも人が3人は入れるぐらいの巨大さまで膨れ上がると、内側からボコボコと何かが飛び出そうと暴れる。暴れながら、形を変えていった。
すると、丸みと柔らかさを帯びていた突端が、ある一定の長さと広さまで伸びると固形化した。うねうねとした蠢いていただけのゲル状の何かが、光を吸い込むかのような漆黒のローブへと変わっていった。出来上がるとすぐに、先端はボロボロにほつれていく。だが、その荒廃はその存在の脆弱さを一切表しはしない。
気づけば、巨大な人型のシルエットが出来上がっていた。
【The Fatal‐scythe】
『運命の鎌』と名付けられたそのモンスターは、真っ赤に充血した禍々しい瞳を、私たちへと向けた。その暗い眼光が、私たちを排除すべき敵と見定める。
すると、闇を固めて作ったローブの袖口から、青白く細く冷たい両の手が差し出された。その手を、自らの腹の中側へと差し込む。
「■■■■■■!!」
耳が塞ぎたくなるような叫び、根源的な恐怖を引きずり出すかのような咆哮。質量を持った苦痛の塊でありながら、それが歓喜でもあるという禍々しさを秘めた悲鳴。
そんな不吉を孕んだ不協和音を放ちながら、その手が引き抜かれた。
引き出されたのは真っ直ぐに伸びた細い杖のような棒。その、巨大な威容に匹敵するほどの長々とした柄を、しっかりと握り締めた。すると、その先端にあるラウンドシールド並の円盤が軋みを上げて回転しはじめた。そこから、硬質の刃が半月状に伸びてきた。
そして、出来上がったその巨大な刃。その刃先を、私たちに向けた。
構えたそれは、その名に由来した武器。針のように鋭い鋒からは、ポタポタと赤い雫が流れ落ちていた。
真に警戒すべき敵/死神。その禍々しい威容が、目の前に表された。
「重大なヒューマンエラーの修正プログラムを、具現したモンスターだ。見た目通りかなり手ごわいので、注意したまえ」
「……わざわざご忠告、いたみいる」
イチゴは軽口で応えるが、その背には並々ならぬ緊張が走っていた。
ここのダンジョンに出没するモンスターと同じレベルならば、さほど苦労はしないはず。だが、それが放つ凶々しさは、こちらの予想の最悪すら上回る脅威を予感させた。そして事実、こちらの【識別】スキルでも見分けることができない。
「アリス。僕らでどうにか奴らの隙を作る。合図したら全速力で、走れ!」
「は、はい!」
コウイチの指示で、痺れていた頭が覚めた。
体の前に両手で、しっかりと盾を構える。その瞬間に備えた。
「……本当に、敵に回したくない人でしたよ、等合さん」
十字の盾と剣を構えながら/私に物悲しそうな視線を向けながら、ヒースクリフは零した。
開戦の火蓋はそんな、嘆息とともに切られた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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