殺戮の動機 【完結】   作:ツルギ剣

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67階層/地下階層 プレイヤー

 

 俺に家族はいない、友人もいない。 恋人はいたが……別れてしまった。 俺にとって運命だと思った彼女だが、結婚することはできなかった。 そんな彼女も、まもなく……死んでしまった。

 だから、現実で俺を待っている人はいない。

 仕事のせいにするつもりはない。 単に俺に、勇気がなかっただけだ。その時にはもう、俺の手は血に染まっていたから。

 

 自爆テロを引き起こそうとした少女の頭を―――吹き飛ばしたからだ。

 

 9・11の二の舞を起こしてはならない、ここ日本で。 社会の絶望から生まれた彼らには/防人である俺には、交渉の余地などない。

 だから、容赦しなかった。 訓練通り/命令通り/無神経に、出会った次の瞬間、その頭に銃弾を叩き込んだ。

 

 他にも色々とやった、数え切れない程に/数えたくないほどに……。 そんな手で、彼女と一緒にいるわけにはいかない。俺は疫病神だ。

 そんなプライドが邪魔したのだろう。 ロシアへと旅立つための空港で、彼女が与えてくれた絶好の機会を逃してしまった。

 

 だけど……こんな時だから思う。

 彼女と共にいたのなら俺は、違った道を歩んでいたのだろうか、と。 彼女とともに歩む道を、もしかしたら……。

 こんな血生臭い仕事は辞めて、どこかの警備員にでもなって静かに余生を過ごす道があったのだろうか? 今頃は彼女に似た可愛い子供がいて、日々その成長が楽しみでニヤニヤしていたのだろうか? 今頃だったらちょうどカワイイ盛りだから、家に帰るのが楽しみになる。 携帯の待ち受けに彼女と子供の写真を載せて、その笑顔を糧に日々を繰り返していたのだろうか?

 かつての友人たちともよりを戻して、昔話に興じたり今の雇い主の短所を論ってはそれを肴に酒を飲む。 そんな、退屈だが穏やかな日々が、あったのだろうか―――……。

 

 だが、そんな選択はなかった。 俺はこの手についた罪悪感を捨てられなかった……。

 だから、彼女から託された、彼女の娘。 

 天涯孤独の彼女を守らなくてはならない。 彼女を守りきってはじめて、俺は俺の身の振りを考えられるのだろう。 そしてそれは、ただ座して待つだけなら永久に来ないだろう。

 彼女は生まれながらにして、不治の病を背負ってしまったから。

 

 【メディキュボイド】―――

 彼女を延命させるのに必要な、世界初の医療用フルダイブ機器/ナーヴギアの親戚。 そのパルス発生素子と処理速度は、脊髄反射すらも超える麻酔いらずの高性能の最新延命装置だ。

 医療用と銘打っているが、彼女の病を完治させる特効薬ではない。 あくまで、肉体が与えてくる苦しみを脳みそにまで届かせなくさせるだけ/緩和・麻痺させるだけ。 それほどまでに彼女の症状は、手のつけようがなかった。 それは俗に言う、ターミナル・ケアというものだ。 別れを/死を受け入れられるまで先伸ばすだけ……

 だがソレは、表向きの機能だ。

 

 それの本質は、『脳機能の外部操作』だ。

 治療に邪魔な、病気を助長している意識を吸い出す。 代わりに、医療用に組んだAIをそこに注入する。 そのAIを通して彼女の脳に、免疫機能の異常行動を引き起こしている部分を修正させる。 さらに、正常に動くように命じるプログラムを書き込む。

 脳から肉体の、トップダウン方式で病を治す荒療法。 それの治療経過は遅々としたものであるが、確実な効果が認められる。 彼女の不治の病であっても治せる……らしい。

 ただ、その肝心なAIがない。

 生体脳にある様々な機能や情報を司るに足る、仮の意識。 その複雑に耐えられるAIを、誰も作ることができないでいた。 

 誰も、そう―――メディキュボイドの設計者以外には。

 

 【カーディナル・システム】―――

 この狂気のゲーム、SAOを運営している神の見えざる手。 外部からのあらゆる侵入を防ぎ内部のエラーもすぐさま修正してしまう、万能の調整者。 人に代わって物語を編むことができる、世界初の人外のストーリーテラー。

 このゲームエンジンを調整し彼女の脳に注入すれば、『不治の病の克服』という奇跡の物語を描き始める。 内部のエラーである免疫不全は解消されて、外部から侵入してきた異常は排除されて健康な体を取り戻すことができる。 そのあとに彼女の意識を呼び戻せばいい。 そうすれば、自分の手足を使って/仮想ではない現実世界を駆け巡ることもできるだろう。

 信じがたいホラ話だが、先行きに何もないよりかは何倍もいい。 殺すのではなく数千人の命を救うことで得られるのなら、なおさらだ。 もうどうしようもない俺の命だが、それでも賭けるに値する戦いだ。

 

 オリジナルのカーディナルを手に入れる……

 それが、俺が奪ってしまったあの少女の命と未来に対する、償いになる。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 始まった死闘/互の消滅を願う潰し合い。

 システムが定めた【デュエル】とは違う、命を賭けた戦い。 それは、剣戟に彩られた儀式のようなものだ。

 

 打ち鳴らされる鉄と鉄、空を裂く鋭い音色。 その響きが、このエリア全体を満たしていった。

 余計な雑音が洗い流され、戦場が顕になった。

 知覚が鋭敏化して、普段とは違う光景が視界の中に現出する。 何もかもが己の意義に目覚め主張しはじめる、騒乱していた。

 混沌と化した情報空間。 その一つ一つの意味と繋がりを解き明かしていく。 コレは、俺たちの勝利を指し示す道標なのか? アレは死へと誘う幻灯なのか? ソレはどの未来へつながっているのか……。 

 わからない、膨大すぎて追いつかない。 だからただ、己の直感を/生存の意志を信じて、邁進する。 

 

 『プレイヤー』、挑戦者/祈る者。 

 正しく俺たちは、それになっていた。

 

 SAO最強プレイヤー【ヒースクリフ】と、その下僕たる死神【運命の鎌】。

 彼らを破滅させることができるのか、それとも、俺たちが消滅してしまうのか。

 どうしてか、こんな時にはやけに静かになってしまう頭で考えながら、この手は死神の鎌をやり過ごす―――

 

 

 

「■■■■■■■■■■!?」

 

 死神は、底冷えするような声音で絶叫した。 それが悲鳴だとわかったのは、その血走った目と青白い顔に浮かんでいたからだ。

 そう―――驚愕が。

 俺の命を刈り取ろうと振り抜かれた鎌が、どういうわけか、自分の胸元を貫いているからだ。 痛みとそれ以上の困惑が、死神を動かしているアルゴリズムを戸惑わせていた。

 

 当然だろう。 エラーを排除するために遣わされた自分が、それを否定するかのように自傷行為というエラーを行っているから。 

 己を包み込んで決定しているアイデンティティの境界が、その一撃で壊れてしまった。 行動に移すための決断を、下せなくなっていた。 少なくとも、目の前にいる敵/俺の脅威よりも、己の内側に目を向けざるを得なくなっている。

 

 情報課のプロファイル通りだ。

 頑なで潔癖すぎる死神の主人は、なによりも己の一貫性に重きを置いていた。 性格ゆえか天才ゆえか、全てに一本同じ筋を通してしまう。

 俺たちが抉りだした、怪物の『隙』だった。

 

「―――今だッ! 来い、アリス!!」

 

 結城の合図。 背後に控えていたアリスに向かって、叫んだ。

 

「い、いきますッ!」

 

 駆け出すアリス。 

 結城はくるりと背を向けながら、彼女を迎える、両手で足場を作りながら。

 その隙を突こうと、相対していたヒースクリフがその長剣に光を纏わせていた。 ソードスキルのライトエフェクト―――

 

 死神の鎌を弾き返した俺も、その合図とともに次の動作に移っていた。

 鎌を弾き返した右手ではなく、空いた左手を腰に巻いたポーチに伸ばす。 その中から目的のものを引き出していた。

 構えていた十字盾から伸ばされようとする長剣の鋒。 その向かう先は間違いなく、不用意にも敵に背を向けた結城。 死神の動揺にも釣られず、迷いなく速攻で止めをさしに来た。

 

 だが、想定内だ。

 ソードスキルが放たれる直前、ポーチから引き出した投げナイフを、こちらからはがら空きになっている奴の首筋に投擲した。 空気を裂いた短い音を置き去りにして、弾丸のように左手から放たれた。

 

 【投剣】スキル、単発重攻撃【スピンシュート】―――。

 基本技【シングルシュート】に似ているが、ただ投げ飛ばすだけではない。 その名の通り回転を加えているので、威力と飛距離が伸びて【貫通】の追加ダメージもある。 その分発動後の硬直時間が伸びる/襲われる危険があるが、このゲームには存在しないはずの【混乱】中の死神には、そんな心配は不要だ。

 

 カーンと、小気味いい音が鳴り響いた。

 目の端でわずかに煌めいてしまったのだろうか。 茅場は、発動させようとした攻撃を即座に中止して、十字盾を【投剣】の軌道に置き防御した。 その上端に阻まれて、投げナイフは奴の足元に落ちた。

 

「―――チッ」

 

 奴と俺の舌打ちが、重なって鳴った。

 

 その遅滞の間にアリスは、結城のもとへとたどり着いた。 

 走った勢いを殺さぬように、手前でホンの少しジャンプする。 そして、その細い足を結城が作った両手の足場にふわりと、着地させた。

 しっかりと掴むと、思い切り吠えた。

 

「う、らぁーーーッ!!」

 

 全身の筋力を両手に集めて、振り上げた。 体を反ってそのまま地面に倒れ込む勢いで、アリスを上空へと投げ飛ばす―――。

 彼女自身のステータスでは到底引き出せないような跳躍、現行のどんなプレイヤーにもできそうにない飛翔。 綺麗な放物線を描いて、ヒースクリフの手の届かぬ上空を通過していった。

 

 それはまるで、流れ星だった。 金色の長髪と鎧が相まってそうみえ、図らずも見とれてしまった。

 

 両足と空いた片手での三点着陸、そして、落下の衝撃を地面に並行した横方向へと散らすためくるりと前転。 

 その勢いを殺さず立ち上がって、再び駆け出した。 俺たちを振り返らずに、まっすぐ前へ。自分が行くべき場所へ―――

 その着地方法は、彼女の前で俺が何度もやってみせたことだが、彼女が意識を得たのはホンの数分前のことだったはず。 知らずにこの土壇場でそれをやってのけたらしい。

 自然と口元に、笑が浮かんでいた。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 死神の咆哮。 心臓が凍りつくような憤怒の雄叫び。

 それが放たれるやいなや、混乱状態から一気に回復した。 俺が刻んだ自傷エラーよりも、優先度の高い茅場の直接命令を実行するために。 ―――このエリアから逃げるプレイヤーは、問答無用で切り殺せ。

 駆け出したアリスの背に向かって、死神はその鎌を振りおろそうとした。

 だが、そんなことは―――させない。

 

「―――お前さんの相手は俺だろ、死神」

 

 がら空きになった懐まで一気に距離を詰めた。 その巨体にポンッと右肩を預けるようにして密着する。 そして、その黒いローブと中の濃密な闇に両の手の平を添えた。

 

 カチリ……頭の中で音が鳴った。 撃鉄が振り下ろされたときに似た音。

 それがスイッチだった。 俺と死神の両方の体に同じライトエフェクトが瞬く。 煌きに包まれ境界が破れた、次の瞬間―――……。

 

 ……反動はなかった。

 地面に両足をつけていたはずだが、水中にいるかのようにその場で揺蕩っている。 だから、先ほどまで触れていた死神の支えがなくなって、ホンの少しよろめきそうになっていた。 攻撃をした余韻が感じられなかった。

 だけど気づけば、死神は、その巨体を壁に叩きつけられていた。

 

 ゴーンと、エリア全体を揺らすほどの轟音が揺さぶった。

 倒れふす死神を中心にして、破壊不可能なはずの地面・壁・天井を波打つ。 硬く研がれた巨岩にはありえない、水面に浮かぶような漣。 衝撃で墓所は壊れない。 ……ここが仮想世界ではなく現実だと錯覚させている詐術が、明らかにされた。

 

 

 

 カウンターソードスキル【柔術】

 

 

 

 対不意打・単発重攻撃【泰山鳴動】―――

 

 傍から見れば、タックルして相手を吹き飛ばす単純な【体術】のひとつに見える。 だが……違う。

 そもそも、プレイヤーレベルの体格では、ふた回りは大きいであろうあの死神を吹き飛ばすなどできない。 足る重さと筋力がない。 タックルしても弾かれて、逆に自分の方が尻餅を付いたことだろう。

 

 コレの初動モーションは、他人からも見える表面の型だけではない。 アバターの骨格部分とも言えるものの在り方も含まれる。 それをシステムに読み取られる一瞬でできなければ、【体術】と誤認されてしまう。

 加えて、システムアシストを得るには、ぶつける対象にも要求がある。ただのオブジェクトならその要求も単純だが、動的なモンスターやプレイヤーでは複雑極まりない難題だ。

 こちらの攻撃が完全に意表を突いたものであるという、無防備さだ。

 対象のアバターの中を駆け巡っている神経回路を刺激させず/こちらの攻撃を警戒させずに、攻撃を放つ必要がある。 本来プレイヤー個人に与えられているシステムアシストを超えた『オーバーアシスト』を、引き出すことができる。 

 

 対象が保有しているシステムアシストを奪うことで、成立するスキル。

 【柔術】スキルとはいわば、他者のシステムアシストを奪って自分の攻撃力に変えてしまう技だ。 奪った対象に、その力をそのまま返してやることができる。 ……あるいは、仲間を攻撃させることすらもできる。 

 その力故に俺は、レベル制のSAOでは本来敵うはずもない/格上の存在である死神を、こうして地に伏させてやることができた。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 すぐさま立ち上がった死神は、さらなる怒りを滾らせていた。

 

 本来、壁に叩きつけられたのなら【スタン】、よくて軽度の【麻痺】があってしかるべきだった。 それだけの力を打ち込んだ。 なのに無視して、立ち上がってきた。

 つまり/最悪なことに、その手のバットステータスで足止めすることはできない。 ということか……

 

 ボスモンスターであろう死神は、6本のHPバーを持っていた。 今は一番上のバーが3分の2まで削られていた。 先ほどの一撃/誘導した自傷行為を含めてのダメージ。……それだけしか減少していなかった。

 ふりかえって俺は、直撃は紙一重で避けたはずなのに、HPはイエローゾーンに入ってレッドゾーンに突入する勢いだった。 ただカスっただけでコレ。 まだ1分も回っていないというのに、すでに瀕死だ。 

 だけど、笑は剥がれない/剥がせない。 ここが正念場だ。

 

「そんなに怯えるなよ、死神。

 今お前の目の前にいるのは、ただの人間だぞ。 どこにでもいる一人の……プレイヤーだ」

「■■■■■■■■■■!!」

 

 戯言など許せんと/聞く耳すら持っていないのか、大鎌を振り上げてきた。

 ほんの少し触れられただけで、命を刈り取る刃。 しかし、俺はそれに……心揺るがされてはいない。

 

「お前さんが俺の人生に出る幕は、まだまだ先だぞ―――」

 

 つぶやきをかき消すように、大鎌が振り下ろされた。

 赤黒いライトエフェクト。 その残光が空気を汚染する―――

 

 しかしその一撃も、想定内だ。

 振り下ろされる瞬間、安全地帯へと飛び込んだ。 先程までの攻防で探り出していた場所、血の滴る刃の内側。 一撃を躱し同時に行方を晦ますことができる死角。

 攻撃判定が届かない避難所に隠れると、大鎌の影を縫うように滑り込む。 死神の懐へと再度潜り込んだ。

 

 ピタリと今一度、ゾッとするようなその体に半身を寄せた。 今度は片膝を曲げ、背負って持ち上げるような格好を取りながら――― 

 再び光が、俺と死神を包んだ。

 

「――――――ハッ!」

 

 短い呼気とともに、技を繰り出した。

 曲げた膝を持ち上げて、そのまま真上へ伸び上がる。 

 

 死神は、振り下ろした大鎌の残心が取れずにそのまま、俺が与えたベクトルに従ってその勢いを天井へと急上昇させた。 

 武器である鎌に逆に振られて、死神の体軸は崩れ重心は乱れた。 そして散らばってしまった重心たちは、指揮を投げ出した宿主よりも俺の指示に従って再統合される。

 すなわち―――空中へと。

 

 【柔術】スキル、対死角・空中連続攻撃【昇龍拳】―――

 一撃目、相手の攻撃を利用して真上へと打ち上げる。 

 飛行能力のないSAOのモンスターは、それでアルゴリズムの大半を狂わされてしまう。 巨体のモンスターであればあるほどそれは顕著になって、空中では防御行動すらできなくなる。それを利用して、完全な無防備状態に変える。

 続く二撃目。俺は地面で死神は空中の一点。 

 互いに擬似的な無重力状態に陥っている。 足にかかっている自重は、ほぼ0だ。 

 その瞬間を逃さず一気に、脚力の全てを地面に叩きつけた。 その反発力を跳躍へと変えて、死神の場所までこの体を射出する。 

 そして、そのエネルギーすべてを拳に込めて、死神の腹を穿ちぬく―――

 気合とともに俺の拳が、肉などないはずのその腹の奥/真っ黒な臓腑に、食い込んだ。

 

「オオォォォーーーッ!!」

「■■■■■■―――ッ!!」

 

 俺の拳を支点にくの字に体を曲げられた死神は、空嘔しながらさらに上空へと打ち上げられた。

 

 そして、第三撃目。

 一連の攻撃は先ほどの拳で終わりだが、建物内部などの限定空間では、打ち上げる力が強ければもう一撃ダメージを与えることができる。

 すなわち―――天井との衝突。

 地面・壁・天井は、破壊不能オブジェクトであるがゆえに、その反発はすべてぶつかったものに返ってくる。 死神であろうともそれは変わらない。

 

 天井に叩きつけられた死神。

 その衝突は、そこまでのダメージは与えられない。 巨体であるがゆえにこちらも、そこまで打ち上げるのが精一杯だった。

 だがそれは、その程度でもいい。

 

 最後の、第四撃目。

 このエリアは、ダンジョンの中にしては少々こじんまりとしているが、それでも天井は高い。 ざっと10mはあるだろう。 どれだけ装備重量を減らして【敏捷値】を高めても、今の所は/攻略組であっても、ただのジャンプでそこまでは手が届かない。 他のプレイヤーと協力しても、その半分まで行けばいいほうだ。 だから10mというのは、現実とはかけ離れたこのSAOであっても、かなりの高度だということだ。

 落下ダメージを受けてしまうほどの―――

 

 

 

 ふわりと地面に着地した俺に一歩遅れて、死神が降ってきた。

 ドスゥーンという重低音をまき散らされる。 受身も取れずに叩きつけられた。 ……現実なら、間違いなく即死ものだろう。 どんな物でも全壊だ。

 

 だがむくりと、立ち上がった。

 怒りこそ浮かべているが、傷など微塵も見当たらない。 苦痛も焦りの色合いなどない顔を向けてくる。

 そして、大鎌を構え直してきた。

 

「…………まぁコイツは、挨拶がわりと言ったところかな。まだまだ先は長い」

 

 呆れるほどのタフネスに苦笑しながら、互のHPバーを見た。

 死神のものは、一番上のバーが半分ほどに。俺のものは、ついにレッドゾーンに入っていた。

 攻撃などくらった覚えはないのだが、余波だけでHPが減ったらしい。 ここの触覚と痛覚は戦闘時では曖昧で、攻撃判定の全てを捉えてはくれない。 いちいちバーを見て調整するしかない。

 

(……この調子だと、あと2度が限界だろうな)

 

 3度目はおそらく……死ぬ。

 非攻撃判定場所を完全に捉えたと思っていた。 しかし、その見込みは甘かったらしい。 そこにこの体/アバターの全てを収めることができなければ、余波を食らってしまう。 それほどのレベル差が、俺と目の前の死神にはあった。

 死神は、不用意に鎌を振り回さずこちらの様子を伺っていた。 ……警戒もされ始めた。

 

 そんな危機的状況で、さらに苦笑を重ねる。 いや……それはもはや、微笑になっていたかもしれない。 

 その時の俺は/どういうわけか、とても澄み切った心持ちでだった。 迷いなく、凶悪な死神の姿を見つめられるほどに。その死の鎌にも乱されることのない境地だ。 俗に言う、明鏡止水といったところだろう。

 負ける気はしなかった。 もちろん、勝つ気もしなかったが。

 

 死神が再び、攻撃の姿勢を取った。

 今度は、その必滅の刃を俺の視界から隠してきた。 石突きを突き出してくる。 肉体があるのかどうかすらわからないが、先ほどよりかは全身の力が抜け落ちているかのように見えた。

 

(こいつ……学習してやがる)

 

 俺の【柔術】スキルの特性と弱点を、理解し始めていた。

 ただのモンスターとは思えない。 茅場の言うとおり、ヒューマンエラーを修正するための特別なアルゴリズムが組まれているのだろう。 こちらが唯一勝る武器を無効化し始めてきた。 ……ますます俺の勝機は薄れていく。

 だからチラリと、横手で行われていた攻防を見た。 それ如何で、俺の命運も決まってくる。

 

 そこには、必死に剣を構える結城と泰然と身構えている茅場が、最後の衝突を起こそうとしていた。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 無事にアリスをこの場から離脱させると再び、ヒースクリフと向かい合った。 両手で剣を、正眼よりも少し剣先を下げた場所に構えながら。

 

 

 

「―――これで、抹殺の他に制限時間までついたというわけか」

 

 武器を構えながらもヒースクリフは、しごくゆったりとして肩の力まで抜いているかのように見える。 

 余裕なのか舐められてるのか。 それとも他に、何か手を打ってるのか……。その表情からは何も、読み取れない。

 

「……およそ12分、早くても10分といったところか。 なかなかシビアな達成条件だ」

「その割には余裕じゃないですか、茅場さん。 ……まだ何か、隠してることでもあるんですか?」

 

 管理者権限を持っている彼は、その目と耳を使わずとも、この場から離れたアリスの姿を捉えているのだろう。 瞬時に、このダンジョンの達成予測時間まで割り出してみせた。

 彼の悠然とした態度は、いち早く得られる確度の高い情報と知識によるものなのだろうか。 その力にはゾッとさせられる。 だが、一プレイヤーであるという虚飾は完全に捨てているということでもある。 なりふり構わず超越者然としている。 追い詰められていると……いえなくもない。

 

 その力がどれほど絶対なのかはわからない。 

 だが、今こうして自分はここに、何事もなく立っている。 わざわざ手に持った剣を使って倒そうとしている。 そんな現状から限界が伺えた。

 

(……この期に及んでもまだ、ゲームの運営維持を放棄してはいないのか)

 

 導けた推理になぜか、腹が立った。 

 彼の目的であるのだからそうするのは当たり前/こちらには願ったり、なのに……受け入れがたい凝りを感じる。

 

 こちらの動揺も苛立ちも無視して茅場は、にやりと口の端を上げた。

 

「それは、見てのお楽しみだ」

 

 それが、突撃の合図になった。

 

 その場から弾け、数メートルの距離を一気に詰めた。

 纏ったソードスキルの光を帯びて、その残光を軌跡に添えた。 地面すれすれを滑空するように―――跳躍した。

 その最中、正眼の剣を持ち手とともにひねり下段へと落とした。 ヒースクリフの盾が目と鼻の先まで迫り、同時に剣先が地面につくかつかないかのスレスレまで沈ませる。 その寸前瞬時に、刃を急上昇させる。

 

 【両手剣】ソードスキル、突進連続技【ディアブロー】―――

 急上昇によるカチ上げと、自重を乗せた叩きつけるような振り下ろしの挟撃。 受け方を間違えれば、最初の一撃で足が宙に浮き次の一撃で地面に叩き伏せられる攻撃だ。 盾で受けるだけでも体が浮き足立って、次の一撃を防ぎきれなくなる。

 この技の対処方法は、最初の一撃をバックステップでスレスレに避ける。 続く二撃目に備えて膝をホンの少し弛ませて、刃と並行するように武器や盾を構えて防御することだ。

 反応速度に自信があるプレイヤーに、ありがちな間違えがある。 最初と次の間隙にカウンターの一撃を繰り出すこと。 ソレは間違えだ。 

 確かにダメージを与えることはできる。 だが、両手剣の強攻撃はそんなことで止まらない。 システムアシストによる速度強化も行われている以上、横をすり抜けざまのカウンターはタイミングが非常にシビアなものになるだろう。 たいていは相打ちにすらならず、二撃目をまともに受けて地面に叩きつけられる。 あるいはタックル気味の突進を受けて吹き飛ばされることだろう。 ……間違っても僕は、そんなレートの高すぎる賭けはしない。

 そしてそれは、目の前の男もそうだった。

 

 ガキィンッと、金属同士が打ち鳴らされる音が響き渡った。

 セオリー通り彼は、僕の技を完璧に防ぎ切った。 視界右端に見える彼のHPバーは、1ビットも減っていない。

 

 これで僕は、硬直時間を課せられる。 剣を振り下ろすことで、致命的な隙を胸元から上に広げてしまった。 

 そこ見逃すプレイヤーはいないだろう。 目の前の男にもまた、そんな甘さはひと欠片も期待できない。

 

 予測/期待通り、盾の内側で爆発の瞬間を待っていた長剣が、放たれた。 クリムゾンの光を帯びる。 最速で無駄なく、僕の急所を突き刺すつもりだ。

 狙い通りだ……。 口元がほころびそうになった。

 

「―――今だ、【雪花】!」

 

 僕の隠し球に、命令を下した。

 僕がこの世界で獲得した、【使い魔】に―――

 

 

 

 僕の影から硬く尖った氷柱が、ヒースクリフの足元へと突き出された。

 

 

 

 攻撃を防ぐため、絶対防御を約束する十字盾は空に向けられていた。 そのため足元は、がら空きだ。 彼の意識もまた、僕に止めを刺そうとそこから逸れていた。

 その隙を狙った不意打ち。

 急激に伸びた氷柱は、防ぐまもなく回避不能の間合いに侵入。 無防備になっていたその足に、深々と―――突き刺さった。

 

「―――うぐぉっ!」

「まだだっ―――」

 

 両足を幾重にも串刺しにされたヒースクリフは、その場でよろめいた。 ふらつきその場に居着く。

 できた好機を見逃さず、追撃を加えた。

 硬直時間が解けた僕は、横薙の一撃を彼の首元へと放った。 このSAOでは唯一と言っていいい【即死】攻撃。

 すなわち―――断頭。

 

「もらったァぁーーーッ!」

 

 勝鬨に顔を輝かせながら、止めの一撃を放った。

 だがその一撃をヒースクリフは、体を仰け反らせながらギリギリよけた。完璧にではない。鋒が彼の喉元に赤い横線を引いた。

 

 

 

 鮮血のライトエフェクトが喉から、撒き散らされた。

 

 

 

 まるで噴水のように、浴びせられる。 ヨケラレナイ―――……。 

 視界が真っ赤に、遮られた。

 

 がむしゃらに、止めの追撃を加えんと、刃を返してもう一度横薙を放った。

 だが、視界不明瞭のまま放ったソレは、狙いがおぼつかず。 あらぬ方向に軌跡を描いた、空を裂いた。

 さらに、最悪なことに残心が上手く取れず、次の一撃に繋げられない。

 

 気づけば硬直時間を課せられていた。 

 茅場も、盾と剣を構え直して間合いを取り直していた。

 

 

 

 素早く、目に付いた鮮血を擦りとり確認すると、舌打ちした。 絶好のチャンスだったのに、仕留めきれなかった……

 

「―――【シャドーホワイトモス】か、厄介な使い魔だ。……飼い犬に手を噛まれるというのは、まさにこういう気分だったんだな」

 

 喉元から鮮血が滴るのも構わず、嗤った。 血の気の失せた顔は、柔和な面持ちから酷薄なものが浮き彫りになっていた。

 ゾクリと、背筋が凍った……。

 その言い知れぬ恐れが、システムが課す硬直時間を超えて僕を縛り付けてくる。 ……気づけばまた、『喋る暇も与えず速攻する』選択が、消え去ってしまった。

 

 柄を固く握り締めなおす。 その確かさで、怯懦を消し進む勇気を鼓舞する。

 となりでは、この男よりも危険な敵と一人で戦っている友人がいる。 まだ立ち上がって間もないというのに、一人屍人の群れの中を駆け抜けようとする少女がいた。 僕を縛り付けているものは、彼らの勇気よりも小さい。 この程度で足止めされるなど……情けない限りだ。

 怒りが、恐れをかき消した。

 

「……どうやら、戦闘スタイルを変える必要があるな―――」

 

 なので今度こそ、言い終わる間もなく、突貫していた。

 

 【両手剣】スキル、上段ダッシュ技【アバランシュ】―――

 数メートルの距離を一気に詰める突撃と、上段からの袈裟斬り。 単発攻撃だが、その重さによって相手に有効的な反撃をさせない荒技だ。 

 ただ、正面からの一撃のみでは、茅場の【神聖剣】の絶対防御を突破できない。 十字の大盾は両手剣の強攻撃であっても、その衝撃力ごと無に帰してしまう。 先程のように、足元から氷柱を発生させても盾の下部がそれを弾いてしまう。 あらゆる攻撃が尽きたあと今度こそ、その長剣で僕の喉元に仕返しを食らわせることもできただろう。

 だが、それも狙いだ。

 突貫の寸前、使い魔を離れられる限界まで広がるよう命じた。

 

 陽の光が差し込まない氷結の洞窟に生息している、苔と氷の間の子であるかのようなこの使い魔【シャドーホワイトモス】は、生息域以外では飼い主の影から出ることができない。 攻撃として氷柱を伸ばすことはできるが、普段は地面に這っていて、僕から一定の半径までしか離れられない。 このような薄暗いダンジョンや夜ならば移動できる距離も広がるが、片手剣の間合いから最大槍の間合いまでに広がるだけだ。

 遠距離攻撃はできない。 だが、とかく隙だらけになってしまう足元へ攻撃できる。 そのため、迎撃/追撃補助としては申し分のない利点がこの使い魔にはある。 そして今この時は、ほぼ最大の範囲まで有効化されている。

 正面から氷柱を発生させない。 その脇/十字であるがゆえに必然的に空いてしまう隙間を縫って、左右の横手から足元を狙う。

 一撃だけではそれほどのダメージを与えられないだろう。 だが、これが決まれば二撃目。 それは彼の脚力を、大幅に減退させるものとなるだろう。 両手剣の重い一撃を、防ぎ切ることができなくなるほどまで。

 技を発動させ彼が盾を構え直した。 迎撃しようとするのが視界に映る。 ……描い絵が現実味を帯びてきた。

 だが―――

 

 

 

 舞い落とされた長剣によって、挫かれた。

 

 

 

 シャオーンという、透き通った音が広がった。 

 ほんのわずかだけ、金属と金属が摩擦し合った音。 音叉のように、互の剣が共鳴し合っている。

 ソードスキルの光は、突撃の威力ごと、重ねられた長剣によってかき消された。

 

「なッ!? 剣で―――」

 

 驚愕、瞠目、一瞬の白紙状態―――。

 互いに見開かれた視線が、交わった。

 そして、まるで鏡写のように、僕と茅場は同じ軌跡を宙に描き残心を取った。

 

 ただ、あちらは片手で扱える長剣、こちらは両手で扱う大剣。

 ピタリと止めれた彼とは違って、剣に振られ体勢を崩してしまった。 ギリギリ倒れないように踏みとどまるが、体がしびれて動かなくなる。

 硬直時間を課せられてしまった。

 

 ―――【マインゴーシュ】……

 

 茅場の囁きが聴こえてくると、用意していた罠が誤爆した。

 左右から、【トラバサミ】のように獲物の足を挟み捕える罠/【雪花】への命令―――

 

 ガチンッとその顎が閉じられた。 

 だがその氷の牙は、虚しく空に噛み付いていた。

 

「フン―――ッ!」

 

 鋭い呼気とともに、返した長剣の鋒を【雪花】に突き刺してきた。

 

「■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 声帯などないはずの使い魔から、声なき悲鳴が上がった。 ガラスを爪で引っ掻いたような甲高い音。

 無為に出してしまったその体は、長剣の一撃で脆くも崩れ去った。

 

 呆然と、それを見ているしかなかった……。 しかし、ぼんやりとしてられない。 茅場の目にまだ追撃の意思が残っていることに気づいた。

 武器である長剣ではなく、その十字盾にソードスキルの光が宿らせた。 本来防御するだけの盾には、存在するはずのないソードスキルの光―――

 

 すぐさま、剣を前に構え直して防御を取る。

 同時にその大盾が、視界いっぱいに迫ってきた。

 

「【カラミティウォール】」

 

 聞いたことのない剣技の名前。 耳に届くやいなや、無言の気迫を伴ってヒースクリフが突進してきた。

 十字盾ごと、タックルしてきた―――

 

 まるで津波だった……。 あるいは、大砲の弾丸だろうか。

 人一人を殺すには、あまりにも過剰な火力。 衝突すれば、死を理解する間もなく四肢が吹き飛ばされる。 あまりの威力には、恐怖すら麻痺してしまう。 そんなもの、何かの冗談としか思えない。

 だがここでは、それはありきたりなことだ。

 冗談みたいな殺戮の一撃が、飛び交っている。 物理法則を無視した巨人や竜が、プレイヤーの前に立ちふさがってくる。 ここは君の知っている現実ではないと、君は人間ではないと誤認させてくる。

 だからそれを、脅威だと捉えることができた。 前に出した剣では防ぎきれない威力が、こもった一撃であると―――。

 

「クぅッ!? 【雪花】、噛みつけぇッ!」

 

 傷ついた使い魔に、今一度命を下した。

 ほんのりと霜が降りている自分の足元に、鋒を突き立てた。

 

 すると、こちらの意を汲みその顎を即座に伸ばした。 僕の剣をその氷の牙で包み込み、固めた。

 地面と一体化するように、氷の鞘となった。

 その巨大な氷柱に、ヒースクリフの突進攻撃が衝突した。

 

 パァーンッという炸裂音が、耳朶を打った……。

 氷は砕け追突の衝撃は殺しきれず、僕は背後に吹き飛ばされた。

 

 

 

 壁に叩きつけられる前に、突き立てた剣と両足でこらえ切った。 硬直や【スタン】を受けず、追撃に備えるために剣を構えなおす。

 だが目の前の男に、追撃の気配はない。盾越しにこちらを見ているだけだ。

 その瞳には、こちらを賞賛するかのように、戦意とは違う光をともらせていた。

 

「……ほほぉー、よくあの一撃に耐えたものだ。だが―――」

 

 ガラス塊を砕いたかのような音。 僕とヒースクリフの間で、それは鳴り響いた。

 宙に、ポリゴンの破片が舞い散っていく……

 火の粉のようにしばらく漂うと、はじめからどこにもなかったかのように霧散していった。

 

 【雪花】は、最強の男の攻撃を二度も受け死の淵にいた。

 苗床である僕が生きていればほぼ不死の使い魔だが、肉体の大半は砕けた。 もう、氷柱を出せるほどの力はなくなっているだろう。 生息地である洞穴の永久凍土に戻らない限り、その体を再生させることができない。

 僕の牙が失われた。 目の前の男に届く、唯一の牙が……

 

「もうその使い魔は瀕死だ。次で……終わりかな」

 

 短く、そう宣告される前に、駆け出していた。

 刃を後ろに、最大の攻撃を仕掛けるため突撃した。

 

「うおおオォォォーーーーッ!!」

 

 僕の生涯で、こんなに叫んだことがあっただろうか……。 

 『雄叫び』というものを、はじめて口にした。

 

 

 

 

 

 ―――決められたレールに乗っかっているだけの、人生だった……

 

 

 

 

 

 最高の家柄、最良の成績、最優の学校、日本最大の会社……。

 どれ一つとして、楽に手に入れたものはない。 努力を積み重ねて、獲得してきたものだ。 それに見合った報酬も受け取ってきた……はずだ。

 だから僕はそれらに、満足していた。 不満などあるワケがなかった。

 

 だが―――この事件が起きた。 

 妹がその犠牲になった。 尊敬していた先輩が、引き起こしていた事件だった。 彼は僕以上に恵まれた境遇を謳歌していたのに、それをあっさり投げ捨てた。

 

 知りたかった、その理由を……

 人殺し以上の、殺戮を公然と引き起こした。 積み重ねてきたすべてを、ドブに捨てるに等しい行為だ。 どうしてそんなことができるのか……全くわからなかった。

 嘲笑われた気がした……。

 僕の今までを、幸せだと思っていたすべてを、取るに足らないゴミだと言われた。 事件が起きてきたらそんな、無言の揶揄が頭の中でがなり立ててきた。 それは彼の声として聞こえてきたが、次第に自分のものと区別がつかなくなった。

 僕は、生きているのか? 生きようとしてきたのか? ……

 考えさせられた。 そんなものは思春期においてきたつもりだった。 思い出すことはあっても、揺るがされることなどなかった。 苦笑いも浮かべる必要がなかった、今まで一度も、迷うことなどなかったから。

 それなのに……どういうわけだろう。 

 その言葉が胸の奥底を叩く。 心臓が、今までにないほど早鐘を打っていた。 息が苦しくなるほど、全身の血が熱くなってきた。 忘れていた何かが、置き去りにして見向きもしなかった何かが、僕を呼んでいるように思えた。

 

 ソレはなんだったのか。今もわからない……。

 妹を助けようとしたのは、その『声』に似ていたから。 家族・友人・仲間皆が反対する中でこの救出部隊に名乗りを上げたのは、そんな理由からだ。 

 もちろん、僕の身代わりになって囚われてしまった彼女に対する、罪悪感があった。 唯一の血を分けた妹を助けなければならないという、情もあった。 これは僕にしかできないという、僕以外にやらせるわけには行かないという使命感もあった。 

 でも……それらは全て、後付けだった。

 

 ここに来て生きて、息をすることで……わかった気がした。 なぜ先輩/茅場さんが、こんなことをしたのか? 

 ほんの少しだけソレが、わかった気がした―――……。

 

 

 

 

 

「―――窮屈だった。僕にはあの世界が……」

 

 

 

 

 

 不意に、口から漏れ出た言葉。 

 それは、耳に心地よい鈴の音によって、溶かされた……

 両手剣の連続攻撃がすべて、あの長剣にかき消されることで―――

 

 あらゆる全てが弾かれた。 こちらの攻撃は何も当たらない。 捻り出した戦術も技もすべて無意味だった。 なにも届かなかった……。

 しかし、その刹那。 冷徹な、どこともしれぬ深淵を見つめ続けていた視線が、見開かれた。 驚きの色合いに染まる。 そして初めて、こちらに向けられたような……気がした。

 

 躊躇いは一瞬、あったかどうかすらわからない。

 投げ返されたのは、別れの宣告。

 

「―――さらばだ、結城くん」

 

 振り上げられたのは盾。 その鋒をこちらに差し向けた。

 

(あぁ……僕は負けるのか。この人に―――)

 

 胸の内で嘆息する。

 

 一度も負けのない人生だった……。 

 ほかの人から見たら、さぞ幸せに見えたことだろう。 嫉妬されていたことだろう。 

 もしここにいなければ、他人が羨むような人生を送るつもりだった。 両親のように、勝利を積み重ねていたことだろう。 負けるなど人生の汚点でしかない。 ……そう思っていた。

 

(だけど存外、敗北も……悪くないな)

 

 そんな、諦観ともつかないことを想えた。 焦燥とも絶望とも違う、穏やかな心持ち。 

 だからか、迫り来る刃を受け入れようとしていた。

 

 ソレは、今までの僕による断罪のように、見えた。

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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