殺戮の動機 【完結】   作:ツルギ剣

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 新しく書き加えたモノです。

16/10/4 オリ設定部分を文字縮尺と二文字下げしました。


66階層/25階層 深淵の先へ

 

 

 風が吹き荒れる切り立った崖=25階層の《空中回廊》、その突端に立つ。

 ちゃんとした地面から円状に広がっている、眞白な石の足場。目のスカスカな網のようで、離れれば離れるほど足場は細く穴も大きくなっている。下から吹き上げる/上から吹き降ろす/横殴りに揺さぶってくる風、時には目も開けられないほどの突風が叩きつけてくる。浮遊城と周囲を見渡せる見晴らしいのいい場所だが、落ちたらそのまま死、ゲームの中だがここでは復活はありえない。現実的な死でもある。危険すぎるフィールド。―――そこで静かに、瞑想していた。

 荒れ狂う風鳴りの夜、そこだけは静謐に満ちている。背筋を伸ばし坐禅を組んでいる姿は、侵しがたい神聖さすら帯びている。

 

 

 

 だがその人物は今日まで、千にのぼるプレイヤーを殺してきた。そのようなシステム/組織を作り、運営してきた。

 

 

 

 プレイヤー名=《Poh》。

 一見すると、小太りではちみつ大好きでぼんやりとしているが気のいい小熊の名前だが、ここではそんな可愛らしい意味合いはない。真逆の、残虐の象徴としてある。……いや、そうであるからこそ、そのような名前で胡麻したくなっているのかもしれないが。

 彼はそこで静かに、今までの行いを振り返っていた―――

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 この場所を見つけてから今日に至るまで、ほぼ毎夜、瞑想するのを日課にしてきた。

 

 

 

 いつ突風が吹き荒れて滑落するかもしれない崖っぷちで、そうでなくても足場の悪い場所、ほんの少しバランスを乱せばたちまち落ちる。ランタンか松明がなければ、手探りでしか足場がわからない、星と月の光がかろうじて輪郭を浮かばせているのみ。常に風が吹き込み体温を奪っていくので、時間が経てば全身が麻痺してもくる。寒さが体の芯まで凍えさせ、自然と震えを起こり止められない。瞑想が終わる頃にはもう氷漬けにされたかのように冷え切っている。無事な確かな地面まで戻ることも困難極まるだろう。

 だがここを発見した今日まで、デス・ゲームが開始されてから一年あまり、その日課を欠かさず行ってきた。そこでまだ……生きている。

 

 ここで瞑想するにあたって、いくつか戒律を設けている。それは今日まで、破らずにやってきた。

 *ルールその1、《転移結晶》は持ち込まない。その他もろもろの便利アイテムも。落下した時、緊急脱出の術はない。そのまま墜落するのみ。

  ルールその2、装備もほぼ付けない。代名詞でもある大型ダガーの『友斬り(メイトチョッパー)』と黒のフーデットコートの『殺戮の黒衣』も、ホームのストックに置いてきていた。いま身につけているのは、NPCの店にでも売っているようなどこにでもある革製の胸当てと道着の下、それに頑丈だが無骨な『万能ナイフ』一本。その姿から自分が「Poh」であることなど、ほとんどのプレイヤーにはわからないことだろう。そもそも、フードで顔を隠していることが多いのでわからないのだが……。ここに 時折現れるモンスター=『ワイバーン』たちに対しても、無防備極まりない。そのまま食い殺されるか、叩き落されるのみ。

  ルールその3、独りで来ること/仲間に連絡しないこと。ここは自分だけの場所であり、仲間にも知らせていない。来るときは足跡でバレないようにかく乱してから来る。……そもそも、こんな危険で殺風景で何の旨みもない場所には、誰も来やしない。モンスターの生体素材を集めるためにやってくる者もいたが、上に登ったら別の安 全な場所で採れるようになったのでそちらに行ってしまった。また、第一階層から今日まで、自殺しようなんてプレイヤーもいないので人気はまるでない。怨霊とか地縛霊なんてものもいやしない、寂しげな空洞だ。……なので最近は、あまり気負って隠していない。

  ルールその4、時間厳守。深夜から夜明け前までの間、きっかり一時間瞑想する。どんなことがあろうが何が起きようが誰が死のうが/殺されようが必ずそうする。仲間との通信も一切合切切っているので、くだらない冗談や泣き言を聞くこともない。風鳴り以外、完全な静寂だ。その結果として、副次的なものだったが、睡眠欲というものがなくなってしまった。そもそも今、本物の体の方はフカフカのベッドの上で眠っているので、ここで眠くなるのはおかしな話だが……確かにそれはあった。無理に徹夜すれば調子が狂う/剣先がブレる、イライラがつのり冷静さを保てない/メニュー操作もミスを連発、さらに無理を重ねれば食欲まで失せて吐き気を催してくる/味 覚と嗅覚に異常をきたす。一日最低でも4時間は眠らないと、しょうもない罠にかかるかモンスターの毒牙にかかるかでHPが全損する、最前線やボス戦だったらなおさらだ。だから眠らないなんてヤバすぎる無益な苦行だったが、何の苦もなく利益しかなくなってしまった。瞑想が睡眠の代わりになっているということでもなく、瞑想せずともメンタルコンディションは整ったまま、眠らずに何時間・何日であろうとも戦える。

 これらの大原則の下、日々この崖っぷちに佇んできた。

 

 なぜこんなこと、無駄/危険極まりない意味不明なことをやるのか? やり続けているのか? よく聞かれる。

 この行は、禊だ。一日の終わりに、それまで溜まったサビと垢を洗い流すための洗濯だ。―――悪業と殺人の穢を、祓い落とすため。

 必ずやらなければならないことだ。例えそのために、自分が死んだとしても……やらねばならない。祓わなければいずれ潰されると、理解していたから。他の奴らにはどれだけ説明してやっても、このことを理解しない/しようともしない。ありえない/いかれているだけだと、小馬鹿にするだけ。自分たちは捕食者でありこの世界における食物連射のピラミッドの頂点に居る、弱肉強食の理があるがゆえに許されているのだと……錯覚している。あるいはすがっているのか。ただ殺すだけ、食べるだけ、楽しむだけ、消費するだけしか考えていない。その手のクズがどういった結末を迎えるのか、少しでも想像できればわかることだろうに……。人でなしならば人でなしでないことを、己も含めた世界中に証明しなければ/し続けなければない。そうして初めて、人の理から外れることができる、因果応報の輪を少しだけ広げてやることができる。

 説得し切るだけの情熱はすでに、なくなった。何度もチャンスをやったのに、ことごとく無視してきた。もう義務は果たしていたので、これ以上付き合ってやることはない

。……どれだけ啓蒙しても牙と爪を研いでやっても統率してやっても、駄犬である本質は変わらない。目の前の餌と獲物しか見えない、ご主人様のご機嫌を伺うことしか考えられない。それが嫌というほど、わかっただけ。これ以上付き合えば、こっちまで駄犬になってしまう。

 死と隣り合わせであること、初心の尊さを忘れずにいること、目的を完遂すること。そのために、必要不可欠な行だった。

 

 

 

 全プレイヤーを殺すと決めた始まりの日/自らの使命を感得したあの日から、殺しに殺し続けてきた。

 

 

 

 一日一殺、たゆまず殺した。

 はじめは、今振り返ってみても、粗雑でスマートさの欠片もない泥臭い殺しだった。殺したことに縮み上がって、独りホームの中で怯えていた、なにかしっぺ返しが来るのではないかとブルブル泣きながら震えていた。ごめんなさい/もうしません/許してください/ただ魔が差しただけだったんです/今は罪を悔いています/お求めならどんな罰でも受けますと、幻の警察と殺した相手と神様に謝罪していた。ただただ怖がっていた、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔する毎日。

 だがそれも、段々と慣れてきた。続けていくと見えなくなっていった。そうして不安がなくなると、殺り方にもひと工夫を加えるようになった。ただ殺すだけでなく、その過程までも支配するようにした。相手のことを調べ上げる、どれだけのステータスとスキル・装備・アイテムを持っているはもちろんのこと、靴の裏のサイズまでどこにホクロがあるかまでリアルのことまでも全て。相手になりきれるほどまで調べ尽くす。死のその瞬間、命がより輝きに満ちるように、そいつ自身が作った壁を越えられるように……。舞台装置と演出に力を込める。

 ただ、相手は一万人で、自分には時間も能力も限られている。ので―――、同志を募った。

 自分に共鳴できるプレイヤー、ただゲームをこなすだけでは飽き足らないはぐれ者たち、死と隣り合わせのひりつくような感覚に魅せられた殺人鬼たち。彼らを集め組織を作りソレを指揮してきた=レッドギルド嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)の誕生。自分の使命を果たすために、できる限り効率的に広範囲で行えるよう彼らを教育し動かしてきた。その結果―――、『あらゆるPK行為はPohに繋がる』そう疑われ実際ほとんどそうであるように、この世界を侵食した。殺人鬼たちの大元締めになった。

 だが、もう70階層に届くほどにまで登ったというのに……、まだまだ10分の1にも達していない。それ以上にゲームシステムがプレイヤーを殺してきてはいるが、予想していたよりも殺しきれていない。想定では現時点で2千人以下になっていたはずだが、まだ半分以上の6千人も残っている。

 このまま登り続けたとしても、大幅に減ることはないだろう。皆、警戒心も強くなり団結していた。アドバンテージであった奇襲と問答無用さも、相互警護と情報網の確立と充実で使えなくなっている。PKはますます困難を極めていく、目的からかけ離れていく……。

 だが、焦っていない。一発逆転の秘策があった。

 

 ゆっくりと目を開けると、すくりと、立ち上がった。未だ風が吹き荒んでいるが、立っているところだけ凪いでいるかのように、何事もないかのようにたった。

 そしてさらに、一歩踏み出した。崖っぷりの更に先、足先が空にはみ出した。そこから先には足場はない。だが迷うことなく、もう一歩―――踏み出した。

 

 重力に従いそのまま……、落下した。

 

 

 

 これも行の一つ。すべての締めくくりとして、命綱なしの落下をする。

 

 

 

 頭から真っ逆さまに落ちる。何一つ遮ることなく、落ちていく―――。

 そうであるはずなのに、浮かんでくるのは陶酔、重力から解放された自由に酔いしれる。全身を削るように撫ぜる空気を、極上のワインのように味わう、拒まず芯まで染みこませていく。風が雑音を洗い落とし、心地よい静謐さを彫刻していった。……その姿から落下しているとは、到底思えないだろう。

 だが自然法則は/重力は、ここでも変わらない。落下していく、どこまでもどこまでも……限界高度まで、真っ逆さまに―――

 

 視界には、下層の風景が次々と映っては消えていった。その度に速度が上がっていく、風が触感を麻痺させていく、体温が抜け落ちていく。おかげで頭の中は冷静さを保ち続けていた。空気の抵抗を極力最小にして、弾丸のように落下していく―――

 まるで走馬灯のように、目にも止まらぬ高速で移り変わる色彩/光景。その最後に、第一階層の風景が写った。その広大エリアが目に入るとすぐさま、浮遊城の規定部へ落ちる。継ぎ目がなく滑らかに整えられている黒曜石の半球が見えてきた。―――それすらも、視界の下に消えていく。

 頭上に/真下にあるのは、分厚い雲。地上とここを隔てる限界高度。そこには、見えない壁がある。触れたものから容赦なくHPを/命を奪う、生と死を分かつこの異世界のどん底。そこに、到達しようとしていた―――

 

 ただありのまま、法則に則り殺される。その激突の寸前―――止まった。

 空に縫い付けられたかのように、ピタリと。そこに不可視の壁があるかのように、カチリと。透明な蜘蛛の糸が絡まり引き戻しているかのように、固まっている。それ以上下に落ちていかない。

 真下の雲を眠たげな半眼で見つめたまま、安堵も恐怖もない。ただ安らかに、起こるべくことが起こったような自然体で、目と鼻の先にある生死の境を見る。

 

 

 

 超限機能(オーバースキル)

 見出した超常現象。このゲームシステム/この世界の理、剣の世界において捻り出された魔法。

 

 

 

 全ては、「デス・ゲーム化」と「ログアウト不可能」が引き起こしたことだった。

 

 ゲームシステムにとって、作った仮想世界を恒常的に安定させるためには、エラーとバグを引き起こす異物を排除する必要がある。なかでもヒューマンエラーはシステムにとって大敵、機械とは思考方法が異なる人間のソレは完璧な絵画を汚す落書きになる。

 ここでソレを最も引き起こすのは、プレイヤーだ。ゲームを成り立たせるためには不可欠なファクターだが、同時に、ゲームを破壊するウイルスにも成り得てしまう。故に、許容できる範囲内にエラーを収めるためにルールで縛る、さらなる異物を持ち込ませないために出入りの関門を厳しく監査する。ただし絶対、現実世界と行き来できる道を塞いではいけない。システムに害をなすもの/老廃物その他もろもろの不要で害なす荷物は、外に排出しなければならない。無理でも保持し溜め続けてしまえば、腐敗が引き起こる、癌細胞へと変わってしまう。際限なく増殖するソレは有限な計算領域を圧迫して、有意義なコードを無意味な戯言で塗りつぶしてくる。システムを内側から蝕んでいきやがて……、機能不全を起こす。

 「ログアウト不可能」は、プレイヤーにとって多大な制約ではある。だが同時に、ゲームシステムにとってもそうである。潜在的な脅威であるプレイヤーを強制排出できないとは、便秘状態/糞詰まり状態にさせられると同じ。「デス・ゲーム化」も、不死の権利を失うという手痛い制約だが、自傷行為=不必要な切断手術と同じ。パンドラの箱であることを知っていて堅く封印しているのに、わざわざ開けるようなものだ。

 ゲームのゲームたる大原則により、プレイヤーのアバターはシステムにとって不可侵領域にさせられている。そもそも、機械であるシステムと人の脳とは文脈も文体すら違いすぎる、正しく通訳するために多大な計算資源を使ってしまう。プレイヤーの意識が去ったあとでも基礎構造までは手が出せない、そこにまで手を出すことを許せば大原則を破ることに/多大な労力を費やしゲームを維持できなくなることにもなり得る。今生きてプレイしているプレイヤーにも影響を及ぼせる力を持ってしまう、持っているということは必ず使われることになる、ソレが合理性に生きる機械の倫理観だろう。

 復活させることができるのなら、不可侵領域であるアバターをプレイヤーに管理してもらうことができる、わざわざシステムが処理する必要もなくなる。消去過程でバグやエラーを取り込む危険が激減する。だがそうさせないのなら、システムが影響を及ぼせない空白地帯ができてしまうことになる。プレイヤーのままならば、潜在的なエラーでもあるが同時に活力をあたえる存在でもある。間接的な影響は及ぼせるので、生き続けるのなら互いの維持にプラスに働くことができる。だが、ただの空白ならば話は別、何も生み出さないタダの負担でしかない。加えて、もしその空白地帯の存在にプレイヤー達が気づいた場合、システムには不可侵だが同じプレイヤーならば取り込むことができてしまう。本来与えていた計算領域以上を、獲得することができてしまう。あるいは外部のクラッカー達に気づかれれば、そこを起点にして侵入されてしまう。

 「デス・ゲーム化」は、プレイヤーの力を強大なものにする危険を秘めている、クラッカー達への防壁に穴を開ける行為でもある。ゲーム維持には大いなるマイナスだ。もし、おそらくは絶対だろうが、ソレを手にしたプレイヤーが現状を束縛であり現実世界への帰還を求めているのならば、システムにとっては脅威以外の何者にも成り得ないだろう。

 

 俺はソレを、見つけた。積極的なPK行為により他プレイヤーの死を身近に感じ続けることで、その重大な穴に気づいた。

 その力の一端が、現在の状態。墜落死を寸前で防ぎ、空中で静止状態にさせる魔法だ。

 

 かつてまだ、第二階層への扉が開かれる前、同じことしたプレイヤーはいた。

 茅場の宣言を嘘っぱちだと誤解してしまったそいつは、ソレを証明するためにフィールドの端から飛び降りた。……彼の思惑とは違って、復活はせず。命の石碑に名前が刻まれただけ。二度とこの仮想世界に戻ってくることはなかった。そのことから皆、茅場は真実を告げていたことを、悟らさせた。

 だが、彼は誤解していた。半分正解で半分外れていた。

 プレイヤーはフィールドの端から飛び降りても死なないが、ソレには条件がある。第一階層からではスピードを稼ぐための距離が足りない、必要な速度になる前に墜落死してしまう。風の影響もあるから、城の外壁が離れたこの《空中回廊》はベストポイントだ。またそうするためにも、空中でジタバタして空気抵抗を作ってもいけない。飛び込みの選手のように頭からまっすぐ、綺麗なラインを描くようにして落ちていかないと間に合わない。命綱かパラシュートなんてものを持っていたら尚更だ。生きられることを信じきって、飛び込むしかない。この世界とのつながりを、何もかも置いて。―――それで初めて、コレができる。

  超限機能(オーバースキル)。システムの書き込み速度を超えた領域、そこに到達できたプレイヤーが使うことが許される、魔法

  「ログアウト不可能」と「デス・ゲーム化」の制限により、それだけ高められたバグ/エラー反応であっても排出することができない、排出こそが最良で唯一の選択なのにも関わらず。だが、拒絶反応は引き起こされている、それが重大なエラーであることは認知している。すぐには触れず、しかも無理に触れればシステムへの重大な害悪を取り込むことになる、殺して細分化してしまうと全体に蔓延してしまう厄介な存在だ。

  残された解決方法は―――、アカウントのランクを引き上げること。

  そのままでは墜落死してしまうのならば、寸前で止める。ルールを無視してでも/プレイヤーへの過剰な接触だと分かっていても、手を伸ばすしかない。本来は管理者にのみ与えられている超常の力の一端を貸し与える=空中浮遊させるしかない。

  決闘の打ち合いで反射速度が高まり、この領域に足を踏み入れることができる奴もいないではない。だがその場合、入ったのは神経回路と眼球それに指先ぐらいでしかない。それだけでは、管理者同等の力を引き出すことは難しい、よくて剣技(ソードスキル)システムに干渉してほんの少し速度を追加、ダメージ判定をクリティカル寸前/通常攻撃の揺れ幅の最大値まで引き上げるだけだろう。今のように、空中静止のような魔法は難しい。これを引き出すためには、全身がその領域に入り込まないといけない。

 すでにこの魔法は、体得していた。わざわざ飛び降りなくてもできる、PKで集めに集めたプレイヤーアバターの残滓を使用すればいい。城の外から最上階までは飛べるはずだ、落れた以上各層ごとに限界高度のシールドもされていないので簡単だろう……おそらくは。またそんなモノに頼らなくても、一度でもその領域/空白の感触を掴んでいれば忘れることはない。ソレを精神統一で思い出せばいいだけ。空中浮遊までの超常現象にはかなりの集中が必要だが、できないことはない。

 なぜわざわざこうしているのかは、すでに説明した。コレが初心に帰るために一番いいからだ。慢心を捨てるのに、これ以上の方法は……まだ見つかっていない。

 

 

 

 これをするたびに、いつも疑問に思う。そもそも、今本当に自分は空を飛んでいるのか……わからない。

 確かに体は静止状態にあり、HPも無事で死んでいない。だが、一般に知られているゲームのルール上は墜落死しているはず。そうでなければならない。―――コレは、ソレが留保されているようなものだろう。

 今自分は、二つに分断させられている。空中で止まって生きている自分と、そのまま墜落死している自分。そして今頃は、ナーブギアに脳を焼かれて死んでいるであろう自分。そちらの記憶と意識はないが、間違いなく存在している可能性だ。

 今この瞬間は分岐点だ。魔法の存在なしにはここにいることができない自分、それによって今生かされている。マクスウェルの悪魔のような不可視存在が、自分を生に引き止めているようなもの。魔法がなくなればすぐさま死ぬ。この仮想世界で強大な力を使いこなせるのと引換に、あらゆるプレイヤーたちの中で最も危険な状態に置かれてしまっている。ほんの少し何かの手違い/外部のクラッカーの攻撃による揺さぶりがあるだけで、ほかのプレイヤーならばやり過ごしてしまう僅かな誤動作でも、殺される。もうこの状態から逃れることもできない。

 それが、魔法を使うための対価。システムの庇護を捨てて己の力を目覚めさせた結果。……けっしてそのことを、忘れてはいけない。

 

 逆立ち状態から体を半回転、城を見上げる形に。

 ゆっくりと落ち着きながら、目を閉じる。先までいた《空中回廊》を、落ちてきた空の風景と感触を思い出す。そのイメージを腹の中まで落し込み溜めて固める。肌触りすら再現しながら重力の方向だけは逆転させる。そうやってできあがった空を飛ぶイメージを、全身に染み広げていった。

 

 すると徐々に、体が浮かび上がっていった。

 静止状態から飛翔へ、遥か彼方の空の上からたれている透明な糸が引っ張り上げるかのように、空を飛ぶ。ドンドンと速度が増して行く。

 ついには落下した時と同じ高速にまで達していった。先に見た第一階層が/その上の下層の風景が同じように数倍速/数十倍速で巻き戻されていく―――

 

 そして、風吹きすさぶ《空中回廊》。その端まで飛び上がると、急静止した。城下の雲の手前で止まったようにピタリと、判を押したかのように。

 微睡みの中にいるかのような茫洋とした表情、はんば以上閉じたままの瞳、その目をうっすらと開けた。そして、ここがどこだか認識しているのかどうかすらわからないまま一歩、何もない空へと踏みだした。

 足裏には何もない……はずなのに、確かな地面の感触があった。自重をのせても沈みこまない、透明なガラス板があるかのよう。そのまま踏み出し歩き続け、坐禅を組んでいた端までたどり着いた。

 そこに両足を乗せると、ようやくその顔に意識の光が宿り始めた。目を覚ましたかのように、心身ともに城の地面へと接地した。そして……フゥと一息、力を抜いた。

 

 背中にドッと、冷や汗が流れた。流れ落ちていたことに気づいた。

 あの世からの帰還。今の意識上ではその寸前だが、可能性まで含めれば確かに帰還だ。

 ここに立っている以外のすべての可能性を捨てた。通常のプレイヤーでは/公表されているゲームのルール上では死ぬだけの可能性は全て、今は遥か真下の雲の下へと払い落とした。……反逆者である己だけが、ここにいる。

 荒れ狂っている鼓動を整える、力が抜け落ちている膝に力を込める、まだ浮ついている心をしっかりと接地させた。―――平静を取り戻すと、顔を上げた。

 禊は終わった。昨日までの垢や罪は今の自分にはない。新たな一日が始まる。……この仮想世界史上、最大の混沌が巻き起こる日が。

 

 

 

 右手を振ってメニューウインドウを展開。登録してある《フレンド》リストから一人の名前を探しクリックし、《コール》した。

  *《コール》=特定の《フレンド》メンバーとだけできる無線音声通信。

  通常の機能では短文のメールの送受信しかできない、動画や画像も金を送ることもできない。だがある特定のアイテムを使用すると、時間制限付きだが音声通信が可能になる。片方でも迷宮区やダンジョンに入られると、電波状況が悪くなるのか使えないのは通常機能と同じ。通信を確保するためには、モンスター達が入ってこれない非戦闘区域&《ポーション》を汲み出せる泉か《マナ》が生っている大樹/《ウィル》が灯ってそれを維持できるだけの燃料がある灯篭がある休息地=《浄化地帯》に行くか特定のアイテムを使用するしかない。

 何度かの電子音のあと、無事に相手につながった。

 

「―――ザザ、俺だ。今すぐここに来い。一人でな」

 

 それだけ一方的に命じると、通信を切った。相手が了承するかどうかもお構いなし。

 この相手の場合は、それだけでいい/それだけがいい。例えどこぞのプレイヤーと《デュエル》をしていても、強敵なボスモンスターと対峙していても、重要なアイテムのトレードの最中だろうとその名を借りたカツアゲだろうと、寝起きが瀕死か《麻痺》していようとも、女とよろしくやっている最中であろうとも、一言命じるだけで飛んでくる。文字通り、着の身着のままであっても、最優先すべきは俺の命令だから。忠実な狂犬なのだ。……至極、残念なことながら。

 

 

 

 今日ザザに、運命を選ばせる。

 

 

 

 俺とともに歩める狼か、それとも尻尾を巻いて逃げる駄犬なのか、確かめる。確かめなければならない。

 どちらになるかはわからない。できれば前者であれとは思うが、後者の可能性は濃厚にある。……奴には致命的な脆さがあるから。

 

 奴の弱点=俺の忠犬たらんする態度は、兄弟であるジョニーが克服しているものだ。先天的に、生まれながらの性状として越えている。ジョニーは自身に力と機会さえあれば、俺を殺すことができる、それをいつも狙っている。俺の傍で仕えているのは俺の知恵と力を盗むため、いずれは俺を上まってやろうとする野心がある、隠そうとしても隠しきれないほどに。……ザザにはそれがない。

 奴にとって俺は至尊の存在であり、俺の言葉は神の言葉と同じ。

 どんなものであれ与えられたそれは喜び以外の何者でない、無理難題は成長のための使命を授けてくれたと考える。だから絶対に何が何でも、俺がこの世界に君臨していなければならない、絶望と殺戮の王として。全てはそんな俺を中心に回っているから、その世界を守るために自分の尊厳や命がなかろうとも構わない。狂信者か強烈なマゾといってもいいだろう。奴はそういう性向を持っている、そうならんと常に心がけている。―――それでは、狼になれない。

 ただ、それは同時にザザの強さでもある。ジョニーが今一歩のところで留めている壁でもある。奴ほど盲信できず猜疑心で身を強ばらせてしまうからこそ、俺の目が怖くてたまらない、いつ殺されるかもとビクビクしている。それは幻想でしかないこの世界での命惜しさにつながり、それが奪われるのなら卑屈であり続けるほうがいいと、情けなく尻尾を振る。俺の賢くて愛嬌のあるペットであろうとする。……ジョニーもまた、狼になりきれない。

 互いが互いの弱点を補填し合って、ようやく一人前になっている。互いに足を引っ張らず協力させるよう、俺が間に入って調整してきた。俺がいなければここまで成長できなかった、俺がいなくなったらこれ以上の成長が見込めない、相争って潰れることだろう……。だけど俺には、これからやらねばならんことがある。

 

 《コール》から約3分ほど……。目の前に《転移》の光柱が瞬いた。フィールドの端の端であるここには、起こるはずのない現象。

  *高位転移結晶(ワープクリスタル)の一つ=邂逅結晶(エンカウントクリスタル)

  特定の人物/《フレンド》登録したプレイヤーの居場所まで《転移》できるレア結晶アイテム。通常のNPCの店頭には並んでおらず、迷宮区かダンジョンの奥深くにたまに眠っている。あるいは、エルフのかくれ里にいる結晶鍛冶に頼んで作ってもらうしかない、レアドロップのA級インゴットや素材と引換に。なので普通は、いざという時まで温存するかレアアイテムか金とトレードすることを考える。最前線で戦う攻略組にとってコレは、あればあるほどいい/攻略速度と生存率が高まる。

 淡い光の中、プレイヤーの輪郭がはっきりとしてきた。光はたちまちに霧散し、赤黒いマントを纏った猫背の男が飛び出してくる。

 

「遅いぞザザ。3分以上俺を待たせるなと、言っておいたよな?」

「す、すいません、ヘッド。下の奴が、呼び止めやがって―――うぉっ!?」

 

 ズルリと、急に投げ出された細く不安定な足場によろめいていた。慌ててしゃがみ込みしがみつき、落ちないように耐える。

 星の光も微か、何も見えない夜空の中、おまけにビュウビュウと風が煽ってまでくる崖っぷち。そんな場所に呼び寄せて、急いできたのに叱られるのは、何とも理不尽な話だ。俺だったらそんな奴は蹴落としてたところだ。だがザザは……、何とも健気なことに、必死に足場にしがみつきながら俺を仰ぎ見るだけ。ブルブルと震えながらただ、現状に戸惑っているだけだった。

 誤解を解いておくが、俺はいつもこんな理不尽なことを要求していない。本当だ。

 ちゃんとできることの範囲を見定めて、命じている。攻略であれ強奪であれPKであれ、場所も相手も段取りも逃げ道すらも、考え抜いている。要求が適正ならばその都度修正もしている。3分ルールもあって無いようなものだ。罰則など何もない折檻もしたことがない怒鳴りつけてすらいない、ただ、役立たずと無言で見下すだけだ。無視した奴をそう認識するだけ、そんなことすらできない奴だと考えを改める、それしかしたことがない。だから、あまりにも無視が過ぎればそいつは、いつの間にか()()()いる。《ラフコフ》のメンバーリストからも()()()()。俺やメンバー達の前に二度と姿を現さなくなるだけ。……俺はギルドメンバーに優しい、激甘なリーダーだ。

 

「……準備は順調か?」

「は、はい! アレがあれば、攻略組の奴らを、返り討ちに、できますよ!」

 

 特徴的なとぎれとぎれの聞き取りづらい暗い声ながらも、こらえきれない熱がこもっているのは感じられた。二つ名でもある赤目は、仄暗い光を放ちながら俺に向けている。

 その姿は疑いようもなく、俺のことをこよなく盲信している狂信者だ。これから起きることは栄光しかないと、信じきっている。

 小さく、溜息をこぼした。予想通りの反応にがっかりしてしまう。……これでは、先が思いやられる。

 

「……ところで、ヘッド。どうして俺を、ここに?」

 

 他にも、やることは残っているのに。こんな辺鄙な場所に一体何の用が……。不満を飲み込みながら問いかけてきた。

 見下ろしながら、ソレに答えた。

 

「お前を試すためだ」

 

 最後にな……。そうならないことを願いながらも、そうなるであろう未来が見えてしまう。それは顔には現さず、ただ言葉だけを。

 理解できず困惑しているザザに向かって、右手を伸ばした。

 

「掴め」

「は、はい―――」

「違う、()()でだ」

 

 左手を伸ばしてきたザザは、そう命じられて右手を出してきた。足場狭く不安定であるのに片手でも離すのは危険だが、俺の命令は絶対だ。ビビり震えながらも、伸ばしてくる。

 何とか手元まで伸ばされたザザの手を、しっかりと握り締めた。そして、膝立ちになってソレを、ザザによく見えるようにした。

 

「コレは、お前と俺との絆だ。この世界で出会ってから今日までに築き上げてきた、信頼の証だ」

 

 言葉以上に目で語った。握り締めたそこからも熱が伝わるように、固く揺るぎなく結んだ。

 すると、地面にへばりついていたザザの震えが、僅かに収まっていった。見上げてくるその目にも、戸惑いの揺れが鎮まり定まっていくのが見える。―――先には見えなかった光明が、見えてきた。

 

「俺はお前を信じている。他の奴らとは違う、命を預けるに足る奴だと信じている。―――お前も俺を、信じてくれるな」

「はいッ! もちろん、ですッ!」

 

 最後のひと押しにザザは、気合を込めて吠えてきた。それと同時に震えも、ピタリと収まった。

 よし、これならいけるかもしれん……。気持ち良い応えに当てられてか、こちらも弾みがついた。

 すくりと立ち上がると、命じた。

 

「立てザザ」

 

 俺との握手に釣られて、ザザもその場から立ち上がった。ヨロヨロとバランスを取りながら息すら殺しながら、ゆっくりと両足だけで立ち上がる。

 まだまだ不安定ながらも立ち上がったのを見ると、背後へと下がった。ザザの手を引きながら一歩一歩、見えぬ足場の先へ進む。

 

 

 

 カツ、カツ、カツ―――。見えぬ足場から足音だけが、鳴り響いてきた。

 

 ふたたび、ザザの怯えが伝わってきた。手のひらがじめつく、呼吸と鼓動が乱れている、カチカチと奥歯が噛み合う音も聞こえてくる。緊張で顔だけでなく手足も固まっていた。まるで、生まれて初めて歩くかのように、ただの一歩が重い。ガチガチに固まっているソレでは、ほんの少し強めの風が横殴りしただけで崩れ落ちてしまう、手を握っているこちらまで落ちてしまうことだろう。

 ソレを解きほぐすように、ゆっくりゆっくりと歩いた。安心させるように視線はザザへと、だけど止まることは許さずに引いていった。

 

「怯えるな、ただ信じていろ。目の前の俺ではなく、その胸にある誓いをな。……それができれば、恐怖は消える」

「は、はひぃ―――」

 

 俺の教えを聴いているのかいないのか、声は裏返っていた。

 それでも進み続ける、ザザを引っ張り下がり続けた。そしてついに―――、止まった。

 《空中回廊》の突端に、行き着いた。

 

 ザザは、急ながらも停止したことに安堵をこぼすも、すぐに気づいた。ソレに/この先で起こることに……、ここからが本番であることに。

 ソレを悟ると、ごクリと唾を飲み込んだ。そして、足元から顔を上げ俺を見ると、声を喉で押し殺しながら/不用意な刺激を与えないよう慎重にしかし怯えながら、言った。

 

「ひぇッ、へッ、ヘッド!? そ、それ以上、は―――」

 

 

 

()は、貴方を信じている」

 

 

 

 ()の声に/顔に一瞬、目を丸くした。よく聞いている/知っているのに突然、変わってしまったかのようで。

 驚く彼に、微笑んだ。

 

「貴方もきっと、翔べるはず―――」

 

 そう告げると、そのまま/掴んだまま―――背中から落ちた。

 真っ暗な夜空へと共に、落ちていった。

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 この続きは本編でも、ザザ視点に変えて語る予定です。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。
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