殺戮の動機 【完結】   作:ツルギ剣

3 / 14
 前に投稿したものを、大幅に加筆・修正したものです。ボーイミーツガールです。


66階層/55階層 魔女と魔王

 

 

 巨大な尖塔が立ち並ぶ城塞都市、55階層の主街区《グランザム市》。

  *中世西洋風の町並みに似ているが、構成素材の大部分はレンガと石材ではなく金属。銅のような色合いだがステンレスのように艶やかでサビは見えない。建ち並ぶ城や尖塔だけではなく民家や商店までにも、金属板が鋲で打たれて貼られている。綺麗に舗装されている道路は、引き詰められている石材をアスファルトの代わりに金属版が癒着させてもいる。鋼鉄の街だ。

  見た目通り街の防衛力/セキュリティは、今まで開放してきた66階層の中で断トツ。ここの住居では、家宅侵入や家屋破壊などの危険はほぼ0、マスタークラスの《鍵開け》スキルでなければ侵入できない/失敗すれば返り討ちにも遭う。《索敵》や《聞き耳》スキルによる情報収集もほぼ不可能、完全無欠な要塞だ。

  そのため、ここをホームにしたいプレイヤーは数多くいる。景観は殺風景過ぎるが金庫としては優秀極まりない、加えて商店の品揃え/優秀な鍛冶屋も豊富、更に今なら前線へもすぐに迎える。引く手あまただが、文字通り目ん玉が飛び出るほどの金がかかる。個人では賄いきれない、ギルドとしても購入できないほど。金庫を買うために借金しては本末転倒になってしまうので、誰もが指をくわえて見ているだけだ。……ただ一つのギルドを除いて。

 空からの侵入にまで対処するかのような尖塔群、その中でもひときわ背の高い塔=最強ギルド《血盟騎士団》のホーム。その頂きへと、向かっていく―――

 

 

 

 無骨なエントランスを抜け、上へ上へ、登っていった。何一つ、阻むものはない。悠然と、ここの主であるかのように―――。

 最高の金庫であるココだが、それは、外敵に対してのみだ。一つか二つ関門をくぐり抜けてしまえば他に何もない、認証要求の森になっているわけではない=鍵さえあれば筒抜けだ。内から開ければ簡単に入れる。

 そして俺には、その鍵がある。血のように真っ赤な腕章=《血盟騎士団》のギルドメンバーの証。こちらの情勢を探ってきたスパイから、()()()ものだ。

 俺は誤解されやすいので一応言うが……、殺してはいない。そんなことをすればすぐにバレるし、一人でこちらの懐深くまで潜り込んできた勇者を殺すのは惜しい。できれば仲間にしたいので、手厚く()()しているだけだ。自由に動き回れないだろうが、きっと気に入ってくれていると思う。

 

 長い螺旋階段を上った先、鈍重な金属扉の先にあったのは、全面ガラス張りの半月卓=《血盟騎士団》の会議所。……そこには誰も、いない。

 当然だ。いないことを俺は、知っていた。

 本来、ここにいるべき主たちは全て、別の場所にいる。フロアボスの攻略とは違う、ある()()()()()()()を狩るために、総員総出でそちらに向かったのだ。いつもは大本営としてここに座って報告を聞いている副団長殿も、現場の総指揮者として向かっているため不在。

 

 現在の最前線は、66階層。

 

 ここのプレイヤーは皆、攻略組と呼ばれている猛者どもだ。その中でも頭一つは飛び抜けている集団だ。それに見合うレベルと装備、何より経験を積んできたプレイヤーだ。自分の力を誇っていると同時に警戒心も強い、危険に対する嗅覚がいい。以前には何人か狩ることはできたが、すぐさま対応された。フィールドに出るとき決してソロで出ない、最低でもスリーマンセルで徒党を組む。情報網もしっかりとしていて、中々隙を見いだせない。うっかり手を出せば返り討ちに遭ってしまうほど、それで何人かのバカが監獄送りにされた。……こちらの情報を洗いざらい、吐いたあとに。

 一歩一歩ながらも堅実に迫り、囲い込んできた。まるで詰将棋のように、見えない縄が首を絞めてくる。いつの間にか、すき放題できる場所が狭まっていた、安全なアジトが潰されていった。ゲリラ戦で不和を煽るも、結束を揺るがすことはできず逆に固まっていった。―――全ては、無敵の聖騎士が鎮座しているがために。

 こちらの戦力はあぶり出されていき、ドンドン減っていった。囲い込まれ追い立てられて、姿を現さざるを得なくなった。ゆえに、各地に点在させていたメンバーを、一箇所に集めざるを得なくなった。……奴らの思惑通りに。

 そして今、最後の総決算をしようとしている。これ以上の勝手を許さないと、ここで禍根を断つつもりだ。

 

 多分/残念ながら、そのはた迷惑な集団=《ラフィン・コフィン》は……負ける。

 何人か道連れにはできるのだろう。迎え撃つ以上地の利はある、罠に嵌めることもできる。だが、結局は敗北する、兵力の差もさることながら補給と退路がないから。生き残った者たちは全員、監獄にぶち込まれることだろう。今まで溜めに溜められてきた復讐心から、嬲り殺されるかもしれない。

 敷設しておいた罠は交渉に使え、戦うよりも尻尾を巻いて裸足で逃げろ。追いつかれたら命乞いをしろ、土下座して靴の裏を舐めてでも、何としてでも生き残る事を考えろ。仲間のことを見捨てても/身代わりにしても、下手な道義心など切り捨ててしまえ……。

 生き残る術としてそう助言はしたが、聞く奴らじゃない。PKなんて最低な下衆なことをしてきたのに、プライドだけは人一倍にあるから、背中を向けて逃げるなんて考えられない。自分たちは征服者/捕食者であり、狩り立てられる獲物なんかじゃないから……。

 だから俺も、懇切丁寧に説明して諭すつもりはない。そんな情熱はもう……なくなった。

 そう考えるならセーフハウスを作っておけばいいのに、面倒だと見ないふりをする。大博打がうてる奴こそ捕食者だと錯覚しているのだ、本当の捕食者は絶対に勝てる戦いしかやらない/勝てる仕組みに獲物を捕える蜘蛛なのに。……奴らの結末は、仕方のないことだ。

 

 仕方がないから、人は殺されていく……。

 

 《ラフコフ》は俺が作ったギルドだが、滅びても何の問題もない。攻略組と《ラフコフ》、どちらが勝っても得になる。どちらが生き残っても、俺にとっては些細な違いだから。―――「殺人」集団は生き残るから。

 二つの激突は、死人を出さずにはいられない、殺人を犯さずにはいられない。《ラフコフ》はもちろんのこと、攻略組たちも。血と悲鳴と怒りと恐怖が、倫理感を吹っ飛ばしてしまう。目の前のプレイヤーを、命ある人だとは思えなくなる、ダンジョンに出現するモンスター以上に不気味な「怪物」に見えるから。

 

 それでいい。ソレだけ生き残れば、俺の目的は果たされる……。《ラフコフ》と釣り合いが取れる。

 快楽、復讐、正義、生存―――。その結果生じるのが殺人ならばいい。その解決方法が有用だと認知されれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と広まれば、その考えが根付いてくれればいい。俺が始めたことだが、これから先()()を伝染させるのは俺や監獄にぶち込まれる奴らでなくても構わない。……いや、正義をかざした攻略組たちこそ、相応しい担い手だ。

 一度殺しに手を染めれば、抜けられない。二度目はもっと簡単になる、三度目からは罪悪感も薄まってくる、ソレが『正義の行い』なら特に。泥沼に引きずり込まれどん底の底まで潜り続けなければならない。……彼らは必ずや、俺の意志を継いでくれることだろう。

 

 俺はこれから、やることがある。

 

 唯一、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の掃討作戦に参加しなかった攻略組プレイヤー=プレイヤー最強の聖騎士。そして、攻略組たちの精神的な主柱だ。俺に《ラフコフ》を切り捨てる決断をさせた男でもある。

 その男の到来を、待っている―――。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 誰もいない会議場、ガラス張りの壁から柔らかな陽の光が差し込んでいる麗らかな午後のひと時。備え付けのアンティーク時計が奏でる規則的な音色だけが響き渡っている静謐、何もしていないと眠くなってしまいそう……。

 手持ち無沙汰だ、予想より早く到着してしまったらしい。いつも待たされることがないのでイライラしてしまうが、ソレはそれで新鮮だ。相手が彼なら待つのも一興、挑戦者である以上待つのはこちらだ。ただ、あまりにも長い。

 待っているのが退屈になった時、ふといいアイデアが浮かんできた。なぜ気付かなかったのかと、自分で呆れてしまう。

 

 右手を振って、メインメニューを呼び出す。透明な仮想ディスプレイが目の前に現れる……はずだが、出てこない。

 そこでようやく気づいた/思い出した。―――手首から先がない右手を見て、苦笑した。

 

 ザザに切り落とされた腕。あいつは共に行けなかった……。

 ソレは、はんばわかっていたことだった、自分が助かるためにそうすることは/そうするしかないことは。なので、裏切られたなどとは思わない、コレはこれで意義のあることだった。ただ、間近で体験してみると苦笑がこぼれてしまう。

 

「……あんな必死にならなくても、良かったのになぁ」

 

 墜落の最中、生き延びるために必死に足掻くザザ。恥も外聞もなく叫び散らす。だが、どんな抵抗も無意味だ。命綱もない空の上では、助かる方法はひとつだけだ。ソレは俺が封じていた=右手は固く握っていた。

 だから切り落とした、俺の右手を。

 解放されたザザは、即座にメニューウインドウを開き【転移結晶】を取り出すと……、逃げた。殺されないために、自殺など真っ平御免だと、俺の目の前から逃げ出した。今まで積み上げてきたすべてを、裏切った。

 

 わずかながらに感じる右手の痛みから、ザザの苦悩が伝わってくるようで―――嗤った。腹の底から愉しさがこみ上げてくる、止めど無く奮えてまで。……右手をくれてやっただけはある。

 これから、奴がするであろうことは予想がつく。俺の思惑通りに動いてくれるはず/それ以外などできやしない。俺を裏切り見殺しにしながら自分だけ生き残った罪悪感が、駆り立てててくるから。身の内から焼かれ続ける。……他人の運命を操るのは、こんなにも愉快なことだった。

 

 まだまだ余韻に浸っていたいが、そうも言っていられない。このままではメニューを開けない。腰元のポーチから小さな瓶=《ポーション》を取り出すと、右手首にかけた。

  *【ポーション】の特性。

  液状の回復薬である【ポーション】は、飲んでHPを回復させること以外にも、体に振りかけて《身体損傷》のデバフを治すことにも使える。治癒速度を早めることができる。自分以外の仲間にも、モンスターにもかけることができる。ただ、口から摂取するよりもHP回復量は半減以下になってしてしまう。

 手首の先へと薬が滴り落ちていくと、淡い光が放たれた。光は靄になって手があったであろう場所にかたまると、輪郭を持ち始めた。そこから色合いと質感が浮かび合ってくると、輝きは吸い込まれるかのように失せていく。

 完全にそれらしい形になると、神経もつながった。指先の繊細さも爪の硬質さも感じる。動かしてみると、ピクリと指先が動いた。さらに力を込めると、手を開いたり閉じたりもできた。―――完全に元通りになった。

 

 再度右手を振って、メニューを呼び出した。

 展開されたウインドウの中からアイテム欄をクリック。スクロールして目的のものを探す、長いこと使わずにしまっておいたのでどこに置いたのか……。

 何とか見つけ出すと、クリック。アイテムをオブジェクト化させた。―――【手鏡】が手の平に現れた。

 

 頭をすっぽりと覆うように被っていた黒のポンチョ、装備【殺戮の黒衣】を取り払って外気に顔を晒した。

  *【殺戮の黒衣】の性能。

  装備すると恒常的にプレイヤーアイコンが「オレンジカーソル」=殺人者になってしまう呪い付きの鎧。だが、その分性能は格段にいい、元々オレンジに染まっているプレイヤーには意味のない呪いでもある。見た目通り軽装だけど、金属製の重装甲と比べても遜色ないほどの防御力と隠蔽率の高さを誇っている。暗殺にはもってこいの装備だ。強化すれば=装備したままPKを成功させれば、最上階まで使えるであろう優れた鎧になる。……そして何より、デザインが俺好みだ。

 フードを取り去ると、色白な若い吸血鬼をコンセプトにしてデザインしたその顔があらわになった。ヨーロッパ発の辺境貴族風ではなく、アメリカ発のストリートキング風のヴァンパイアだ。フードで顔を隠すなんてそれっぽいだろう? ……ちょっとしたこだわりだが、間違えて欲しくはない。

 偽りの姿のままこの二年間を過ごしてきた。自分が納得するまで時間をかけて作った身体(アバター)でもあって、今では本当の自分の姿を忘れてしまうほど。この身体(アバター)がしっくりきていた。それを捨てなければならないのは、とても……残念なことだ。

 だが、別れを惜しんでいる暇はない。

 

 覗き込んだそこには、それまでの顔とは違う別人の―――懐かしい顔を浮かんでいた。

 向き合うと一瞬、光が煌めき全身を包んだ。視界が白く染まって何も見えなくなる。……しかし、それもほんの一瞬だけ―――

 

 

 

 気づけば()が、そこに立っていた。

 

 

 

 身にまとった装備品・アクセサリ等は、一切の変更はない。しかし胸が……苦しい。装備していた鎧がきつく感じられてならない。

 息ができないほどではないが(ここでは呼吸なんて意識したことはないけど)、胸骨が内側に押し込まれているようなきつさだ。視界の隅にもその異常を告げるように、赤く点滅している。ピーピーと、警告音もがなり立てていた。

 すぐさま右手を振って、メインメニューを呼び出した。そして、赤い文字に変化している装備を/胸当てをクリックして、外した。

 

 フッと、胸当てがどこへともいえずに消えた。なくなると、拘束していた力から解き放たれる。すると、胸の圧迫感も消えていた。

 手をその元凶にソっと当ててみた。するとそこには、思いもよらない、だけど思った通りでもあるものがあった。

 男ではありえない胸のふくらみが二つ。たっぷり肉の詰まったものが、()だったアバターの上にあった。

 

 着ていた荒布の服を中から押し上げるようにせり出しているそれは、ソレだ。いかようの弁明も通じないほどソレだった。それ以外の何かに見えることはないだろう。

 

「……なるほどな。男女共用の武装でも、胸周りの締め付けを強めに加工すると、エラーメッセージが出るのか」

 

 今起こった異常について呟き、一人納得した。……一応知ってはいたが、体験したのは初めてだったので驚く。

 

「だけど、エラーが出るのに装備できるってのは、どういうことだ? そもそもできない仕様にすればいいだけなのに……」

 

 わけのわからない仕様に首をかしげていると、思い出した、《はじまりの街》での出来事を。用意したアバターが現実の自分に変換される現象、性別までも容赦なく一瞬で。……アレに対応するため、このような仕様になったのだろう。

 だが……、やはり納得しきれない。たった一回限りの(俺のようなプレイヤーがいないとも限らないが)特殊現象のために、それもゲーム初っ端のイベントのためだけに全てをソレに均してしまうのは、無駄極まる。有限の計算資源を消費するのはもったいない、エラーなど出す必要がない。性別に合わせて作られたものを装備しても、どうせ体格が合わず不快になって取ってしまうから、最前線で戦うのなら特に。不必要なお節介だ。

 ただ、だからこそ、そこには製作者の意図が絡んでいる。ゲーム遂行ではなく()()には必要だからこそ、人間性が介在しなければならない。

 ネットゲームのプレイヤーは、男過多になる傾向がある。それはこのSAOでも同じ。だからこそ、女性プレイヤーを優遇する《ハラスメント行為防止》なる無駄を実装している。見るのもおしゃべりすのもOK、でもお触りは禁止……許可がない限りは。

 このような機能があることから、エラーの意義を推測することができる。それは……、『変態行為に勤しんでないでゲーム攻略に集中しなさい!』との叱責だろう。茅場晶彦にとってあるいは製作者チームの総意として、デス・ゲームとかしたこの世界とプレイヤー達の有様を鑑賞する愉しみの中には、そんな変態行為は含まれていないということだ。

 

「―――俺はバカか。どうしてこんな簡単なことに、気づけなかったんだ……」

 

 導き出した衝撃に、頭を抱えた。体がクラリとよろめく。

 

 いや、できやしなかっただろう……。

 【手鏡】を今まで温存してしまったツケだった。他の奴らから聞き出すにしても、そんな恥ずかしいこと誰も言いふらしたりはしない。それに、周知のことでもあるから。【手鏡】を使わなかった奴だけが知らない情報だった。

 悔しさに歯噛みした。今更遅すぎるが、悔やまざるを得ない。

 もしこの事実に気づけていたのなら、もっと愉快な嫌がらせができた。《ラフコフ》のメンバーの証として女装させる決まりでも作ったのに、あるいは仕事の際だけでも……。残念だ。

 

 はぁーと一つ、ため息を漏らした。

 それで後悔も収まると、肩の力を抜いた。そして改めて、変貌した自分のアバターを覗き見た。

 

 

 

 醜い火傷の跡が刻まれた顔。

 

 

 

 額から左目へ頬まで、耳元に至るまで焼かれている。黒くケロイド状に固まり引きつっているソレは、痛々しさよりも不気味な異相を作っている。無事な右側と、いわゆる美女に分類されるであろう整った麗白な顔立ちとのコントラスで、一層ソレが引き出される。ただ、癩病を/伝染病でも患っているかのような生理的な不快はない。肌と肉まで焼いているだろうが、その下の輪郭を形作る骨格部分までには達していない、表面だけ焼き払われたようなもの。ソレは()を犯すことできなかった。

 ナーブギアのスキャンによって正確に描写された、()の顔/リアルの顔。プレイヤー皆が《はじまりの街》で暴かれたソレと今、ようやく俺も向かい合った。そっと、再現された火傷に触れた。

 

 ()の決別の証。

 

 この傷は好きだ。これが私を俺にしてくれた。弱い私を強い俺へと成長させた。その痛みと歪みが、俺をココにとどめてくれる。武勲のようなものだ。見た目がどうだろうが恥じることは何もない。むしろそんな、他人の目が突きつけてくる美醜の評価から解き放ってくれたものだ。見ているだけでも清々しい気分にさせてくれる。

 ただ、本当はこの姿になるのは嫌だった。一度なってしまえば後戻りができない、身元がばれる危険があった。特にリアルで、女優とかモデルなんて仕事をやったことがある身の上では、この火傷のおかげで記憶にも残りやすい。……ソレはあまり、いただけない。

 だが、仕方がない。思いついてしまったのだから、面白そうだと思ったのだから、今も胸のワクワクは心配よりも上回っている。ソレが俺の行動原理だ。

 性別の違い/体感覚の齟齬は、この約2年の間で無くしてみせた。はじめは色々と戸惑わされたが慣れた、特に下半身の違和感は……歩くたびに感じるブラブラが気になり過ぎてガニ股気味になったが我慢しきって慣らした。むしろ今は、この本来の姿の方に違和感を感じてしまうほどだ。特に、胸あたりが―――

 

「……これ高速移動の時、邪魔にならないのかな?」

 

 

 

 

 

「―――驚いた。それが君の本当の姿かね、Poh君?」

 

 

 

 

 

 久しぶりの感触を確かめていると、突然現れた。……現れてしまった。

 真紅と純白の鎧に身を包んだ壮年の男、待ち望んでいた男、俺がここに来た目的。ようやく現れてくれた。今目の前で、扉を背にして立っている。

 

「待ちくたびれたぜ。ヒースクリフ団長殿」

 

 おっ○いを掴んでいた手と気まずさは意識の彼方へと吹っ飛ばして、ニンマリと口角を釣り上げた。奴の到来を歓迎する。

  *ギルド《血盟騎士団》団長ヒースクリフ、最強のプレイヤーと言われている男。あるいは聖騎士とも。

  彼の主武器は十字盾と長剣。それらで繰り出すスキル【神聖剣】の鉄壁は、未だ誰も破ったことがない。HPの半減域であるイエローゾーンを突破したことがない、とも言われている。50階層のフロアボス戦にて、その圧倒的な威力を見せつけてきた。総崩れになりかけた戦線をたった一人で維持するという超人技により。

 締め切っていた扉が無音で開けられ閉められてもいること、俺の【索敵】の警戒網を無視して突然目の前に現れたこと、配られているスキル以上の超限機能(オーバースキル)の結界すら無視して現れたこと……。全て驚くべきことだが、驚くことなんてない。ずっとこの時を待っていた、恋焦がれていたのだから。

 

「……時間は正確なはずだが?」

「初デートで待ち合わせ時間ギリギリ、おまけに……女を待たせるとかは、ないでしょう?」

 

 俺は、テーブルの上に乗せていた踵を床におろしながら言った。

 もうとんでもなく遅すぎる気はするが、清楚さとか慎みとかとかは、重要な女子力だと思う。俺は礼儀知らずの野蛮人よりも、弁えている悪女でありたい/そう見られたい。……奴は結構、素敵なおじ様だからな。

 

「…………確かに。それは失礼した」

 

 真鍮色の瞳をしばたかせると、非礼を詫びてきた。至極真面目な様子しか映らないのだが、それゆえにおどけたように見えてもくる。

 

 俺がそれを無言で受け入れると、つかつかと近づいてきた。そして―――、テーブルを挟んで対峙した。俺は椅子に座ったまま奴を見上げ、奴は立ったまま俺を見下ろす。本来なら立ち位置は逆だ。

 どちらも一見、肩の力を抜きながら穏やかに相手を見つめているだけ。武器に手をかけるなどの緊張は、どちらもしていない。そもそもこの圏内では、争い合うことに意味はないことだろうが……一部を除いて。

 穏やかな時間が流れていた。そのまま一緒にお茶でもするかのような和やかな空気、午睡を催しても来る。だが()()()()()、異常だろう。

 息を殺されるような圧迫感/音が殺されてできた静謐。ただ対峙しているだけで腹の底がギュゥッと絞られる、縮んで硬くなっていくのがわかる。凶敵の匂いを嗅ぎとった心臓は、いつも以上にバクバクとがなり立てていた。自然と呼吸も荒くなっていく。

 だけど俺は、余裕の微笑みを浮かべながら完璧に隠してみせた。ビリビリと背筋が痺れさす緊迫感、ゾクゾクと迫上がってくる高揚感、嵐の海のような振幅に陶酔しそうになる。気を抜けば倒してくるであろうそれを面の皮一枚で押しとどめるのは、我ながら曲芸が過ぎる。―――奴が、予想通りに想定以上の強敵だったと、わかった。

 

「まずは攻略組の代表として、情報提供に感謝しよう。―――君のおかげで、《ラフィン・コフィン》は全滅だ」

「それは、どういたしまして」

 

 肩をすくめると、お褒めの言葉を素直に受け取った。

 

 

 

 そう、俺こそが、《ラフコフ》のアジトの場所を売った張本人だ。

 

 

 

  *《ラフコフ》掃討作戦。

  いつもは、いくつかに分散して場所の特定を避けるようにしていた。ソレが今まで、《ラフコフ》が消されなかった要因の一つだ、数で劣るためのゲリラ作戦。だがそれでも、メンバー同士で連絡を取り合わなくてはならない、意志を再確認して裏切っていないか確かめなければならない。獲得コルとアイテムの分配(奴らは上納金と言ったかな)と、今月のノルマを達成できたかどうかを確認するためもある。そんな定期集会を設ける必要があった。―――それが今日、この時。

  刹那的な快楽を享受しようとする犯罪者だが、統率されていないわけではない。ほかのギルド以上の、鉄の掟でメンバーは縛られている。断りもなく途中で抜けようとすれば、仲間から厳しい制裁が加えられる。断っても抜けようとした時点で加えられる。制裁は殺人ギルドお得意のものだ。来るものは拒まず、去る者は葬り去る。

 幹部のひとりである俺が裏切ったわけだが、気づくメンバーは少ないだろう。気づいてもその頃には、牢獄の中か別の世界か地獄だ。俺に制裁を加えられる奴は誰もいない。……できれば、そこを切り抜けて復讐しに来て欲しいものだ。

 ほぼ全てのメンバーが一箇所に集まっている、全面戦争だ。負けるのはどちらなのかは……、明白だろう。

 正義は必ず勝つ/勝たねばならない。大事なのは正義だからでなく、大多数の人間が(意志あるNPCも含めて)そう()()()()()ことだ。ソレが運命を決める。

 

「理由を聞いてもいいかな。なぜ彼らを裏切ったのかね?」

 

 言葉の強さとは裏腹に、穏やかな調子で俺に問いかけてきた。

  *仕組みはこうだ。

  噂としてあらかじめ、種を蒔いておいた、アジトの場所の目星を付けさせておいた。全てを掌握できないよう多数で辺鄙な場所、虚実もいり混ぜている。そうやって種を芽吹かせ根を張らせていった、地盤を作り上げた。

  そして今回、情報屋に有力情報を流した。最も確度の高い情報=《ラフコフ》に潜伏していたスパイを通しての情報、加えて《ラフコフ》から手を切りたがっているインサイダー=裏切り者からの情報も。それで裏をとることで確信させた、俺というゴースト=事の元凶が誘導した情報で。あえてスパイを放置し、裏切り者を作るような状況を作り出しておいた。

  ゆえに、真の情報の出処は探れない。わざわざ証拠を消す=死人に口無しをする必要がない。みな自分の意思でやったと思っている、実際にもそうだ。ただ、創始者であり支配者でもある俺が、《ラフコフ》を切り捨てるなどと考えられなかっただけだ。皆そのことに目を向けられなかっただけ、見えないモノは無いモノと同じ。

 うまく出し抜いたと思ったが……、ダメだったらしい。やつはそれを難なく暴いてみせた。

 

「ソレは違いますよ。俺の行動は裏切りじゃない。むしろ、掃除って言ったほうが的を得てるでしょうね」

「掃除……?」

「そう、掃除です。整理整頓して、本当に使うものとゴミとを分けるためです。

 俺とあいつらは、同志であって仲間じゃない。ましてや友達でもない。俺の思想に共鳴してくれた奴らの集まりが、《ラフコフ》だったんです。仲良しこよしの生温い関係じゃないんですよ―――」

 

 俺は、殺人を起こしやすい混沌とそれが罪に問われない場所を作った、旗頭として音頭をとった。そしてあいつらは、俺の提案に快く協力してくれた、手足として働き盛り立ててくれた。お互いに利益を享受してきた、そうでなかったのなら今の《ラフコフ》の発展はなかっただろう。

 だが時間が経つにつれて、ソレは崩れていった。

 

「そもそも俺、もう随分前から《ラフコフ》に所属してなかったんですよ」

「ほぉ、ソレは初耳だ。君が作ったのに、そのギルドに所属していなかったと?」

「途中まではマスターをやってましたよ、ちゃんと。俺の思惑とあいつらの思惑とがズレていることに、気がつくまではね―――」

 

 俺が提供するもの以上/本来の意義以外を、要求してきたからだ。

 いつの頃から、共闘関係が上下秩序に変貌していった。そのような秩序を破壊するために決起したというのにも、関わらず。よりにもよってこの俺に、ソレを求めてきた。俺たちをあんたの下僕にしてくれと/首輪をつけて紐握ってくれと、変態じみたおねだりをしてきた。……俺が求めていた/皆に求めてもらいたかったのは、エセ宗教団体かマルチ商法じゃないのに。

 

「だから、ある程度悪名が広まったら、ザザにギルドマスターの権利を譲って隠居しました。今の《ラフコフ》の発展は、ザザの頭領としての手腕によるものですよ。……俺は時々、顔と知恵を貸したに過ぎない」

「それゆえ君には、罪はないと?」

 

 一瞬、奴の返答に驚いた。まさかそんな言葉が出てくるとは、思っていなかった。

 でも、考えてみればそれは当たり前のことだろう。他の誰であっても聞くであろうことでもあった。こんな犯罪者を目の前にしても中立な大人な態度を取ること、子供か野蛮人を前にすればカウンセラーであろうとすることが、文明人らしいファッションだからだ。

 どうやら俺は、目の前の男を特別視しすぎているらしい。

 

「……倫理の話はやめましょう、ヒースクリフさん。そんな正解のない話がしたくて俺はここに居るわけじゃない。あなたも、そんなくだらない話に興味なんてないでしょう?」

「それはどうかな。これでも私の二つ名には、『聖騎士』というものがある。罪人とは一線を画す必要があるのだよ」

 

 またまたその返事に俺は、キョトンと呆けてしまった。

 何を言っているんだろう、この男は……。こんな、プレイヤー全員を死に駆りてている張本人が、ゲーム攻略のために最前線なんて危険な場所に皆を引きずり込んでいるこの男が、そんなセリフを……。

 

「……ソレ、他人が勝手につけた名前でしょ?」

「確かにそうだが、気に入ってはいる。そう在りたいとも思っている。……君には理解しがたいかな?」

 

 恥ずかしそうに苦笑を漏らしながら、言った。

 本気で、そう考えている……。目の前の男の顔には、嘘は見えなかった。―――急に、笑いがこみ上げてきた。

 

「プぷッ! 貴方が聖騎士!? よりにもよって貴方が、そんなこと言っちゃうんですか―――」

 

 笑った。腹筋が痛くなるぐらい笑った、吹き出しそうになるのを堪えた。あまりにも愉快で、涙がこぼれそうになっていた。……どこぞの名付け親のセンスに、笑いが止まらない。

 

「……そんなに可笑しいかね?」

「ええ全く、今日まで生き抜いてきた中で一番ですよ! ほんと、どこの阿呆がつけたんだか、そんな二つ名!」

 

 最高で最悪な皮肉だ。脱帽ものの悪趣味だった。

 この俺ですら、それには手をつけていなかった/付けることができなかった。そんな遠大などんでん返し、考えにも及ばない。……この皮肉を笑えずして、何を笑うことが出来るんだ。

  *あまりに長く広く伸びてしまった前線。

  一万人のプレイヤーが互いにサポートし合えないほど遠く隔たった距離=罠やモンスターに殺される確率を上げてきた。ソレを作り出したのが、目の前の男だ。

  未熟か欲をかいた誰かがどこかで危険にさらされていざ助けを求めても、熟練のプレイヤーたちが助けに来られない隔たり。いくら超人的な身体能力を持っていても意味がない、その距離の前では。

  モンスターやクエスト/イベントの情報など知ったところで、意味はない。むしろ危険極まりない罠だ。知るということは人を決断と行動に駆り立てる、中途半端な情報なら本能と欲が先導してしまう、『攻略本』の情報など賞味期限切れのお菓子と同じだ。加えて、再ポップしない重要なレアアイテムはすでに、攻略組たちが根こそぎ奪い去っていた後。危険を冒す旨みも、身を守るすべもない。

  そんな危険しかない更地に変えたくせに、全ては自己責任。生活と命は自分自身で守れと要求する。それが出来て当然だという空気を蔓延させた、足を引っ張られては堪らないという一念の元に。そして、彼らを置き去りにし上に登り続ける。そうしてまた、未踏の場所を耕し危険地帯へと変えていく。

 そのことから目を背けさせて、攻略こそ絶対の正義であるとプレイヤーを扇動した。ゲームクリアが何よりも重要だと、人の命よりも尊厳よりも。その元凶が、数々の栄光で輝いている目の前の男=聖騎士。己のしでかしたことを省みずにそんなキレイ事だけ平然と、口から吐き出してきた。

 

 笑い転げている俺を見てもヒースクリフは、不動のまま。眉ひとつ動かさない曖昧な微笑。気分を害したようには、見えなかった。……あるいは、俺が浮かれすぎていたからかもしれないが。

 笑いの波が一通り腹の底から流れ出ると、ようやく落ち着いた。

 

「……もういいかね?」

「ええ、充分笑わせてもらいましたよ。おかげでスッキリしました!」

 

 だから、これに見合った分のことは話すつもりだ。それぐらいしないと、流石のこの男も怒りそうだ。……顔を顰めているのを見るのも、また一興かもしれないけど。

 

「俺はラフコフの創始者ですが、今のラフコフとは……まぁ関係ない。だから、奴らのアジトの情報を売るのや、攻略組が攻めてくるから迎え撃てと伝えることは、裏切りでも助言にもならない。決断するのは奴らだから、縁を切った俺に罪だのなんだのが関わる余地はないんですよ」

「それは、随分な暴論だ。一度繋がった縁がそんな簡単に、切れるわけがない。

 彼らを煽って犯罪に駆り立てたのは君だ。手を染めるどころか骨の髄まで染め抜いた。さらに君は、彼らがそこから足を洗えないこともわかっていたはずだよ、彼らには君ほどの強い意志がないから。……始めた責任はあると思うがね?」

 

 始めた責任、全ての元凶たる者の責務、ソレにどう始末をつけるのか……。突きつけられた言葉が深く、刺さっていく。腹の奥まで射し込むほどの重さがあった。

 叩きつけられた糾弾に、目を丸くした。その言葉にかかっている重みに驚かされた。ソレは俺に向けると同時に、己自身にも向けているかのような実感があった。

 

「俺が勇気出して始めたのだから、終わりぐらい甘い汁吸った奴らに頑張って欲しいものですが……、見込み薄ですよね。残念ながら。

 奴らは何もしない、しようともしない、現状維持するだけ。終わりなんて、考えてもいないでしょうね」

「ならば……、どうするのかね?」

()()()、ここにいるんです」

 

 俺の強調にヒースクリフは、即座に悟った。

 

 

 

「……私の首を刈るのが、君のケジメの付け方か」

 

 

 

 ……ご明察だ。緩んでいた空気が、一瞬で引きしまった。

 それがわかっててここに来たのは、あまり褒められたことではないけど。

 

 攻略組の戦力の大半は今、《ラフコフ》のアジトに向かっている。そこで奴らと、あいまみえることになるだろう。

 フロアボス並みの扱いをされた《ラフコフ》は、そこで一網打尽に殲滅される。俺を含めた奴らがもう二度と、プレイヤー殺しなんていうテロ行為でゲーム攻略の足を引っ張らなせないために、自分たちの総力を挙げて無力化する。それが攻略組の目的だ。

 だから俺は、ここにいる。ここにいることができた。

 本来なら、システムが用意した【守護者】以外にも、何人もの護衛が常に傍に張り付いているこの男には接敵すらできない。一対一で会うことなんてできなかった。対フロアボス戦の攻略にでもなると、周りにいるのは数十人だ。とてもじゃないがそんな防壁は突破できない。どさくさに紛れても、フロアボスと迷宮区から無事に逃げ延びることはできないだろう。特攻したとしても確実とは言えない。

 だが今は違う。攻略以外には興味を示さないこの男は、ラフコフ掃討戦には唯一参加しなかった。誰もこの男に強制なんてできなかった。しようと考えることも、この男の部下たちにはできなかっただろう、あるいはさせたくなかったのかもしれない。それほどまでにこの男/ヒースクリフの行動は一貫している。―――それゆえに俺は、かつてないほど接敵することができた。

 

 攻略の象徴たるヒースクリフ。最強の名を欲しいままにしている生きた伝説。……笑っちまうが聖騎士様。

 この男の損失は、ラフコフという手足を失っても余りあるメリットをもたらしてくれる。こいつがプレイヤーの前からいなくなった時の絶望は、予測するまでも無いことだ。―――より密度を増した混沌が、広がっていくことだろう。

 混沌こそが、俺の最大にして唯一の味方だ。

 

「本当はそうしたいんだけど、今の俺では役者不足ですよねぇ……」

 

 言いながらそっと、立ち上がった。

 そして、奴と同じ目線で向かい合った。

 

 厳密に言えば、方法はある。

 プレイヤーにとっては絶対安全圏である圏内であっても、俺にはある。まだ誰にも、この事実を告げてはいない。使ってもいない。

 《手鏡》と一緒だ。秘匿してきた情報を解禁するのには、最も適した時と場所がある。……その《手鏡》自体、残念ながら、出会い頭早々に無意味なものになってしまったけど。

 他の手札は、余りあてにならない。効率を考えなくてはならない、最大の衝撃を与えうる力=一撃必殺の切り札。それを出すのは、今ここだ―――

 

「謙遜かね? 今の君のレベルと実力ならば、私を倒しうると思うが」

「本当にそう思ってます?」

「可能性はある。充分に」

 

 俺は、目の前の男に気づかれないようにゆっくりと、腰を落としていった。そして、たっぷりと体全体を覆っている黒のフードの中で、左手を腰下から背中へと滑り込ませ―――握り締めた。

 

「しかし……、ここは圏内だ。奇襲する場所を間違えたようだね」

「そうなんですよぉ、そこが一番の弱りどころだったんです。ここ以外じゃ貴方に会えそうになかったから。……今から決闘(デュエル)してくれって頼んだら、受けてくれます?」

 

 握った柄を今度は、ゆっくりと真下におろしていった。腕のみならず体全体に、その重みが広がっていく。お尻に、刃のひんやりとした冷たさが伝わってきた。

 

「《HP全損モード》でかね?」

「できれば」

「……面白い冗談だ」

「大マジです。この機を逃したら、貴方と二人だけで踊るなんてできない。……受けてくれませんか?」

 

 右腰にある【友切包丁(メイトチョッパー)】は、フェイクだ。本命は、【黒衣】で隠している背中にある片手剣だ。……その刃には、強力な《麻痺毒》が塗ってある。

 業物の【友切包丁(メイトチョッパー)】とはいえ、この圏内ではただのでかい棒キレだ。決闘(デュエル)でもしない限り、攻撃判定を発生させることができない。ただそれでも、目に見えるソレは俺を象徴する凶器だ、威嚇には使える。注意はこちらに向かってしまうものだろう。

 

「そういうことなら、受けても構わないが……必要なかろう」

「どうしてですか?」

「君だからだ―――」

 

 それを期に、右足を半歩前に出して半身の姿勢をとった。

 次に繰り出すソードスキルのための初動モーション、彼我の距離を一瞬で詰める突進強攻撃。あとは床に倒れこむ程の前傾姿勢で、残りの刃を抜き払うだけ。もう奴がどんな移動スキルを使っても、この一撃からは逃れられない。

 そのはずなのに―――、次の言葉が俺を止めた。

 

 

 

 

 

「【魔人剣】ならば、圏内であろうともPKができるからだ」

 

 

 

 

 

 発した単語に今度こそ、言葉を失った。その場で固まって、身動きできなくなっていた。

 そして、それを言い放った男の顔を今一度見た。

 

 先と全く同じだ。削いだように尖った顔、秀でた額の上にある銀灰色の髪、不思議な磁力を持つ真鍮色の瞳。その姿は、この世界にはいないはずの魔術師を彷彿とさせる……。

 だが俺は今、その奥に、もうひとつの顔を重ねていた。

 

「君が持っているはずだ、そのユニークスキルを。全プレイヤーの中で()()()()P()K()()()を行ったプレイヤーにのみ与えられる、特権をね」

 

 繰り出された情報が、俺の考えに確信を与えてきた。

 俺以外のプレイヤーには知り得るはずのない情報、誰にも教えては/気づかれてもいないユニークスキル。それなのに、この男の口から出てきた。最強とはいえプレイヤーの一人でしかないはずなのに、知りえないはずの情報を持っている……。

 そこから導き出されるのは……、たった一つだ。

 

「これを知ってるってことは、やっぱり貴方は、……そういう事なんですね?」

 

 言いながら俺は、抜きかけた刃を戻し戦意を収めた。初動モーションも解いた。全身から一気に緊張が抜け落ちるが、鼓動は胸の内で強く打ち鳴らされ続けている。

 どうやら俺は、ジョーカーを引いちまった。

 

「―――これは、失言だったようだな。まさか知らずに、ここまでたどり着くプレイヤーがいようとは……」

 

 今度はヒースクリフが、自分がしでかしたことに困惑していた。右手の親指と人差し指で眉間をつまみながら、俯いた頭を支える。

 それは正しく、「彼」がよくやるクセだった。

 SAOのお披露目記者会見の時に、どこぞの二流記者が言った質問。会社のことでもゲームのことですらなく、「彼」のプライベートの一つを聞き出そうとした時/当時付き合っていたとされる学生時代の後輩である彼女について質問された時=あまり品のよろしくない質問。無礼だと無視してしまえばいいのだが、その場の空気から答えざるを得ない。仕方なく、やんわりと当たり障りのない答えで返して丸く収めてみせた。―――その時、このポーズをとっていた。

 想定外の出来事/下世話な話に巻き込まれた時にやる、「彼」の癖だ。

 

「……いや、わかるはずがなかった。私は私に繋がる証拠など何一つ残していない。推測は出来ても確信など持てるはずがない―――」

 

 ブツブツとつぶやきながら、己の失態を冷静に受け止めていた。

 

「君のハッタリとこの場の空気が、誤解を真実だと錯覚させた。奇襲と殺される可能性で、思考が固まってしまったのも原因の一つだな……。してやられたよ」

 

 一通り分析し終えると、顔を上げた。

 改めて向き合ったその顔は、平静のヒースクリフのモノとは違っていた。難敵を前にした魔王の顔=彼本来の素顔、静かでありながらも凶暴な笑みを浮かべていた。

 

「で、どうするつもりなのかな、Poh君? この情報をリークするつもりかな? それとも今ここで―――、私を倒すかね?」

 

 試すように、あるいは煽るように問いかけてきた。

 一変した空気にゾクゾクと奮え、素敵な笑顔に魅せられドキドキ胸が、極上のお誘いにハートを貫かれそうになったが……、堪えた。一も二もなくお受けしたくなるのを我慢し、なんとか肩をすくめてみせた。冷静を装った。

 

「冗談でしょ? 一プレイヤー如きがゲームマスター様と戦って、勝てるはずないじゃないですか」

「どうかな、君ならできそうな気がするがね。……他にも色々と、隠しダネを持っているじゃないか」

 

 出された指し手にピクリと、眉が反応しそうになったが……笑みで塗りつぶした。

 見抜かれていた……ワケではなかろう。【魔人剣】とは違い超限機能(オーバースキル)ばかりは、いくらゲームマスターであってもわかるはずがない。意趣返しだろう。こちらが(意図したわけではないが)やったようにハッタリをカマして、揺さぶりをかける。

 ならば、わざわざ乗ってやる必要はない。……そんな余裕もない。

 

「……買いかぶりですよ。()()()()()だけでは全然足りない、勝負にもならない。よくて……、逃げれるだけでしょうね」

「だろうね。()()を使う以上私も、一プレイヤーとして相手をするわけにもいかない―――」

 

 否定せず、戦う前から敗北を宣告すると、左手を胸の前まで上げてきた。そして、メニューを展開するように手を振った。―――すると、半透明なウインドウが展開された。

 プレイヤーではあるはずのない現象=本当に彼がマスターである証拠、彼が茅場晶彦であることは疑いようがなくなった。

 

 

 

「場所を移そうかPoh君。ここでは私も全力を出せない。それにここは―――、君の終わりに相応しくない」

 

 

 

 展開したディスプレイを操作し終えると、互の身体が光に包まれた。

 《転移》時特有のライトエフェクト。一気に視界が白明に染まり、身体感覚も薄れていく。《血盟騎士団》の会議場から何処かへ、飛ばされていく―――

 

 こちらの心構えなどお構いなし。処刑場へと、飛ばされていった。

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。