___ブチンッ……。肉と骨が噛みちぎれる音が、口内に響き渡った。
そのまま指を引きちぎるために、頭をグンと振った。残った筋が抵抗するも、強引に引き離していく/奪い取る。
突然の獣じみた行動に目を丸くし、固まっていた。噛みちぎられた/奪い取られた激痛よりも、意表を突かれたことに驚いている。痛みに呻くよりもされるがままに、食われるがままに見送っていた。
しかし、対応は迅速だった。すぐさま正気に戻る。
引きちぎるために向けた横顔/ガラ空きの頬、そこを右手で思い切り―――ぶん殴った。全身の体重を込めたかのようなフルスイングで、風も時間すらも押しのけるように。バチぃンッと破裂音に似た衝撃を打ち放った。
頭が首から外れてしまったかのような衝撃、一瞬首から下の感覚がなくなった、強烈な右ストレート。意識を刈り取られた。
吹き飛ばされていった、まるでゴムボールのようにトラックに轢かれたかのように。地面をガリガリと削り、咲き乱れる曼珠沙華の花びらを舞散らせながら、吹き飛ばされる転がっていく。
止まらない/止められない、左右上下奥行までがわからなくなるほどもみくちゃに吹き飛ばされた。下手に耐えるよりはそのまま衝撃を逃がすほうがいい、などの計算は欠片もなかった/できなかった。ただただ物理法則のままに、漫画かアニメでしか見たことのない吹き飛ばしを体験させられていた。
だけどその顔は―――、嗤っていた。してやったりと、口元を釣り上げていた。……私は賭けに、勝ったのだから。
転がり続けた後急に、体がエビのように弓反った。石碑の一つにぶつかって止まったのだ。衝突は口から内蔵が飛び出るほど、それでも足りず背骨をポキリと折ってしまうほど、刈り取られていた意識が逆に呼び戻されてしまうほどだった。だけどなんとか、落下は免れた……。
力なくもうっすらと目を開け見渡してみると、ボロ雑巾だったのがさらに土埃まで付いてしまっている有様。おまけに右手は肩から引きちぎれていた、傷跡からは血は吹き出ていないが代わりに真っ黒に焼け焦げている。その黒い肉の内側から、押し出されるように鮮血がにじみ出てはこぼれている。……このまま放置し続けてはあまり、よろしくない重傷だ。
どうにか動かそうと力を込めるも、入らない。立ち上がろうと込めた力の数分の一=指先がほんの少しだけピクピクと動いた程度でしかなかった。強烈な衝撃で神経回路が混線して、信号を筋肉に上手く伝達できていないだろうか。今のこの場においては最悪の不具合。だけど、慌てず落ち着いていた。対処法は心得ている、こうなったのも今回が初めてではない。一旦心身ともにリセットする=積極的に脱力させる、強烈すぎる拳の処理でいっぱいいっぱいになっているので体を動かす信号まで手がまわらないから。死神が今にも追撃を加えようとこちらを睨みつけているが、無視して万全になることを優先する。
全身を脱力させ衝撃を消化、荒れ狂っていた信号を再調整/正しいルートへ通るよう交通整備してく。脅威と激痛が集中を乱そうとするも無視、全て流す/絶対に影響を受けない場所に自分の主軸を置いた。―――指先もまともに動かなかった体が、ゆっくりとだが力がこもっていく。顔を上げて相対する程度には回復した。無機質な虚の視線と相対した。
無表情な彼に向かって、ニンマリと哂った。そして、舌ベロを出して見せつけた、そこに口の中のモノ=噛みちぎった左手の指を乗せて。
たっぷりと見せつけてやった後、クチャクチャと咀嚼し―――嚥下した。汚らしくわざとらしく悍ましく、煽り立てるようにして。
だが、その顔には何の感情を浮かんでいない無表情のまま、私の挑発行動には揺れ動かされていなかった。ただほんの少し、自分の左手を見てそこにあるべきものが無いこと/損傷具合を確認にしただけ。鋼の心をもったタフガイというよりも、感情そのものがない機械のように。
近づいてくる彼を牽制するように、左手を向けた。そして鍵印をつくって、縦に振り下ろした。―――管理者用のウインドウが、展開した。
本来私には使えない/彼以外に使えるはずの力。ソレをみてようやく、立ち止まった。……だがそこに、警戒心の強張りはない。
彼我の距離は、ギリギリの間合いだった。すぐに目的のモノを得なければならない、でなければ折角の奪い取ったチャンスを生かせない。片手ながら手早く画面を操作していると、
「―――ソレは止めた方がいい」
強気以上、まるで助言するかのような態度を向けてきた。
「……無意味な脅しですね。時間稼ぎのつもりですか?」
「他意など無い。純粋に、警告しているだけだ」
これから私が何をするのか全て知っている、その上で止めている。身の安全とは別にただ危険であるが故に、教えてきた。
実に腹立たしい。腹が立つが……、嘘は付いていない。彼はそんな程度の低いことはしない/する必要がない。ここにある事実は全て彼に有利に働くのだから。―――ウインドウを操作する手を止めた/止めさせられた。
「その権能を使えば、私に勝利する可能性は極めて大きくなるだろう、私に匹敵する力を使えるようになるからね。だが同時にソレは、甚大なリスクを背負うこと、背負わされ続けることでもある―――」
講義でもしているかのように、淡々と続けてきた。このゲームの管理者になることのメリットとリスクを、それらをもう一度天秤にかけて見てみろとの含意を込めて、揺さぶりをかけてくる。
「ソレを使った瞬間、君は、新しい管理者として登録されることになるだろう。
本来は私以外の管理者は存在せず、不正規ユーザーは排除されるだけだ。だがそれは、外部からのクラッカー達に対しての行動だ。正規のプレイヤーである君なら、その拒絶は絶対ではない」
「貴方がここにいるから。プレイヤーとして登録しながら途中で、魔王へと転換する必要があったから、ですね」
答えを伺うのではなく確信を込めて言った。
すでに道筋がある、彼自身がソレを作ってしまった。一度でも前例を許してしまえば、もはや絶対ではなくなる。他の誰かでもその道を通ることができる……。重大なヒューマンエラーを刻み込んでしまった。
不始末を指摘するも、なんの頓着も見せなかった。ただ/むしろ、正解だというように/独力で導き出したことを褒めるかのように頷き、微笑むだけ。
「君なら誤魔化すのは簡単だろう。そのアンテナとパスコードを取り込んだのなら、なおさらだ」
逆に彼自身が、太鼓判を押してきた。君も管理者になれると、エスコートするかのようにして。
だがすぐに一転、笑みを消して真剣な表情になった。
「だが管理者になるということは、その責務を背負うことでもある。
クラッカー達の絶え間ない攻撃を退け、この世界を維持するためにバグを取り除きエラーを修正する。無限に続くそれらは永遠に、一部のミスもなく一秒の狂いもなくやってのけなければならない。そしてなにより……、ここから脱出できる権利を、捨てなければならない」
その全て/永遠の苦行と引き換えにするほど、今この瞬間に力を得ることは必要なのか? 誰かがゲームクリアすれば現実へと脱出することができるのに、それすら放棄してまで……。天秤は大きく傾きすぎている。
答えられずにいると、さらに続けてきた。
「もし、万が一にもだが、君が望むようにここで私を倒し生き残ったとしよう。……私は
嘲笑するかのように、口を歪めた。
勝利の可能性は低い。もし勝ったとしても意味がない、自分には利益になるだけ=私に苦役がおっかぶされるだけ、管理者としての地味だが大切な仕事をしなくてよくなる。一時の勝利のために無限の敗北を受け入れる必要がある。……私のやっていること/やろうとすることまで全て、無駄なあがきでしかないと。
それでもやるのか? 嗤う奥底から突きつけてきた。この無意味の意義は何なのかとお前のどこにあるのかと―――、あるわけがないと。
「……わかっていますよ、そんなことは。
心挫く言葉を払い除けた。
あるに決まっている、すでにずっとあり続けていた。そんな揺さぶりで惑うわけがない。だから、逆に嗤いかけてみせた。
「
俺ではなく私として/願望ではなく事実として、これから起こる未来であると宣言した。
対する彼の表情に、硬質の冷たさが戻った。鋭くも暗い視線で睨みつけてくる。……まるで、僅かに生じた戸惑いを押し殺すようにして。
「今わかっているのは、ここで退いたらダメだということ。ここで喰らいついていなければ、もう二度と追いつけない、貴方はどこか彼方へ逃げてしまう……」
私には、その未来がわかっていた。彼は必ずそうすると読めていた。すでにアガリを決め込んでいる彼が、まともに勝負などするはずがない。
だからこそ、ここで喰らいついて、縛り付けておかなければならない。勝利する前にまず、戦場に縫いとめておかなければならない、例えそれで大きく不利になろうとも。……そもそも私と彼は対等ではないのだから、そうあろうと努めているだけだから。
「だから私は、こうするしかない―――」
意を決すると、吠えるように宣言した。地獄との契約を―――
「システムコマンド!! オブジェクトID【
高らかな命令が響き渡ると、一瞬、周囲すべてが鎮まり還った。
失敗したのか……。声だけが谺する空白、応答が返ってこないことに焦った。
しかしそれは、杞憂だった。
気づけば手の中には、かの焔の大剣が収まっていた。見下ろすとその眩さに、目を眇めさせられた。空の彼方からここを照らす黄昏の太陽にも、比するほどの輝きを放っている。……これから燃え上がらんとする煌きは、ここにはない暁の方が相応しいだろう。
純粋な炎を凝縮して作ったのような剣、今まで私を貫き焼き殺そうとした凶器、本来は目の前の彼にしか使えないはずの最終兵器=【オブジェクトレイサー】。それが今、手の中にある。確かにある/幻なんかじゃない……、手に入れた。
立ち上がると、握っていたソレを試し振りした。胸の前でブンブンと振る。
身の丈を超えるほどの大剣だが、まるで重さを感じない。手に馴染んでいる、まるでそこに収まっているのが当たり前だったかのように、使い込んできた【
刃を肩に乗せると、ニヤリと傲然たる態度を向けて、
「どうします? 負けても勝っても死んでも構わないのなら、ここで焼き切ってもいいですよね?」
先程までのお返しに……。たっぷりと皮肉を込めていった。
顔をしかめていると思いきや、目の前にあるのは……喜び混じりの驚き=子供のような笑みがにじみ出ていた。「美しい……」と小さく吐息を漏らした。手を噛みちぎられたことも武器を奪われたことも形勢がひっくり返されたことも全て、どうでもいいと言わんばかりに。……訳のわからない反応に、こちらの方がと惑わされた。
だが、感動も一瞬。すぐにいつもの冷静に、さらに沈んでいるかのような顔つきをして、告げた。
「……残念ながら、【オブジェクトレイサー】はそれ一振ではないんだ」
この期に及んで減らず口か……。その嘲笑は、次の言葉にかき消された。
「―――システムコマンド。オブジェクトID【
同じ文言、されど別の名を用いて命じた。
耳が痛くなような静寂に総毛立つ/肌が泡立った。再び周囲から音が、消えた。
静謐を突き破るように、暗紫色のライトエフェクトが彼の右手を中心に吹き出した。闇色の輝きが吹き荒れるとともに、鼓膜を突き破るようなノイズが脳髄まで走り抜ける。浴びせられた不快感に一瞬、眩暈と吐き気を引き起こされた。目が開けられない立ってもいられない、平衡感覚が掻き回される。まるで、一気に宇宙空間へ投げ出されたかのように、酸欠に似た内側から焼かれるような暴圧に軋まされる。
本来ここにあるべきでないモノを顕現させる歪み。空間そのものが、無理やり押し込まれた強大な存在に悲鳴を上げていた。この【紅玉宮】を維持している計算領域が、デジタルな構造物をさらけ出してしうほど、ソレに喰われた。
世界を軋ませながらも召喚されたソレは、徐々に輪郭と色彩を帯びていく。それ本来の形を彼の手の中へと、収めていった―――
ノイズが止むとそこには、一本の剣が握られていた。
刃が柄元から二股に別れている直剣、むしろ音叉と言ったほうがいいだろう。ただ、その刃は目を凝らさなければ見えないほど極薄、その裏と奥にあるものが透けて見えてしまうほど。あるのか無いのかわからない透明な刃。だが、見えなくてもあることはわかる/分からされる。私の手の中にある剣が、そこから放たれている全てを灰燼へと帰す炎が浮き立たせていたから。決して相容れない/互いに破壊しきれないものとして、鍔迫り合っている。
顕現したソレに驚愕するも、すぐに余裕の笑みで隠した。ギリギリの崖っぷちであると自戒する。今ここで目の前の相手には、どんな隙も晒すわけにはいかない。
仮面の下で何が引き起こされたのか思考を巡らすと、一つ、思い至った。自分の手の中にある炎を凝縮させたかのような剣、彼の手の中にある空気を圧縮させたかのような剣、そして他にも存在している……。
「…………なるほど、属性ごとに一本あるんですね」
「そのとおり。合計で7本存在している」
「7本!? ……5本ではなくて?」
「そう7本だ。
この世界そのものの構成元素は5でいいのだが、そこにプレイヤーが関わることでもう一つ生まれる。生まれざるを得なかった、と言ったほうがいいかな」
金・土・水・風・火……。互いに相克と相生をしながら支え合い形づくる、世界の構成元素=五大属性。
*五大属性
一般には魔法のない剣の世界であるここにも、属性は存在している。それぞれが状態変化の一つを表してもいる。【金】=貴金属・宝玉、【土】=個体、【水】=流体、【風】=気体、【火】=プラズマ。それゆえ外見からだけでも、どの属性に属しているのか読みとれる。
モンスターや武装に付加されているソレを読み取れば、戦いを有利に進めることができる、逆に不利になってしまうこともある。己自身や味方・敵、それぞれの属性バランスを考慮に入れて戦略を立てる必要がある。
武装強化の際には、特定の属性を付与させることもできる。ただしそれは、長所ができると同時に短所が生まれてしまうことでもある。未踏のエリアを開拓する上では不向きなカスタマイズではある。だが、生き残り尚且つ強くなるため/最前線で戦うためには、ソレを利用していかなくてはならない。レベルを上げスキルを磨きパラメーターを強化するだけでは足りない、弱点や属性情報を見抜きそこを突いていかなくてはならない。徒党を組んで協力し合えるのならなおさら。属性なしのノーマル武装では役に立たない、仲間としても必要とされ難い。
この五大属性以外にもう一つある、プレイヤーがいることで生まれた6本目。ソレは、5で安定した世界を崩すもの/安定に戻そうとする/さらに拡張させる力=五大属性の境にある属性=【魔】とでも呼ぶものだろう。これがあるがゆえにここには、生物が存在できる、思考を巡らし自我や意識を持つ人間が生息できる。この世界にとっては邪魔者でしかないプレイヤーが存在できる理由だ。これが在ることによって、AI達/一部のNPCやモンスター達もそうならんと触発された。……私が見出した『魔法』も、この属性から引き出したものだろう
「それでは6本ですよ。7本目はどういったものなんですか?」
「理論上の存在だよ。あるにはあるが決して観測されないもの、といえばわかるだろう」
【オブジェクトレイサー】は、『あらゆるオブジェクトを強制的に破壊できる』力を持つ兵器。だが、それそのものも一つのオブジェクトだ。ただ破壊するだけならコードで充分だが、
形ある武器ならば、五大属性の影響を受けざるを得ない。唯一の絶対であることを許してしまうと、そもそも具現させられなくなる。現れた瞬間/この世界に触れた瞬間に消去を開始してしまう、ソレを何も/誰も止めることができない。現れる場所が消えてしまうのだから、現れることができない。それが7本目、決して使えない【オブジェクトレイサー】=存在してはならない兵器=【無】属性。……あるいはポジティブに【夢】と言ったほうがいいのか。
ゆえに、一つの属性にそくさなければならない。2つ以上持ってしまうと世界のバランスが崩れて、結局のところ7本目の現界を許してしまう。ゲームクリア以外での崩壊を許さないのなら、その戒めを解くことはできないだろう。ソレだけが私の、唯一といっていい勝利条件なのだが……
(ただし、6本目の存在を考えると―――)
「言い忘れたが、私は6本目の【オブジェクトレイサー】は作っていない」
私の考えを見抜いたかのように、挟んできた。
「この世界の何処かに用意していない。その特殊な性質上事前には作れなかった、と言ったほうがいいかな。……期待させるような言い方をして悪かったね」
皮肉な言いざまに思わず、舌打ちをこぼしてしまった。……打つ手なしか。
6本目がどういった形になるのかは、わからない。ただし、その【魔】の属性から推測はできる。他の5本に寄生しているモノか、あるいはプレイヤーの内部から引き出されるモノだろう。特定の形を持てない力の塊、といったものになるはず。ゆえに、茅場さんは予め作り出すことができなかった、ゲームを開始してプレイヤーが攻略し続けることでやっと生まれる素地が出来上がる。どのような形を得るのか権能の強さも、使い手によって千差万別になってしまう。
どこにでもあるが何処かにはない、誰でも使えるが誰かには使えない、五大属性の【オブジェクトレイサー】よりも強くなれるが最弱でもある。だがそれゆえに、二つの【オブジェクトレイサー】を一人の使い手が持ち得る。ゲームクリア以外で世界崩壊を引き出す7本目へと至る、唯一の道筋。……その方法は封じられていた。
現状は最悪だった、前にもまして最悪だ。管理者権限と武器を掠め取ったが、それだけでは足りない。
「その様子だと……、わかってくれたようだね。何故私が、君のソレと対立する
奥歯を噛み締めた、嫌な汗が背筋に流れ落ちる。
わかっていた/わかってしまった。すでに私の中には、崩壊の因子が埋め込まれていた。先まで貫かれていた【オブジェクトレイサー】/今私が使っている兵器の力は、まだ色濃くも残留している。風邪をこじらせた時のような高熱の瘧が全身から力を奪い取っていく、私を内側から蝕み続けていた。ただそれでも/ソレ単独では、私を崩壊させるほどではない。他から燃料が供給されなければ、私は私を保ち続けられる、……この炎の剣を使わなければ。
ソレを使用することで、私の内にある埋め火が共鳴し活性化する。破壊の熱量を高めていく、使えば使うほどダメージが膨らむ諸刃の剣。もし、コレと対立する弱点属性の水だったのならば、使用時のダメージはない/むしろ消えてくれる。彼がソレを使ったとしても同じ結果を得られたはず。攻撃力は劣るがその分猶予が稼げた、弱点属性であろうとも使い手にぶつければ関係なく破壊できるのでチャンスもある。だが、風ではそうはいなかい。活性した埋め火がさらに強化までされてしまう。単純計算でダメージが倍々に増幅される。すでにかなりの損傷を受けている私にそのダメージは、致命的だ。戦いを長引かされた終わる、操っているはずの炎に焼かれて消える。
かと言って、他の【オブジェクトレイサー】は使えない/使いこなせない。対峙して身に受けたことさらには炎の属性であることが、コレと私を強く結び付けてくれる。他ではこうはいかない、少なくともこの場で初見では無理だ、奪ったばかりの管理者権限も不安定でこれ以上の無理は危険すぎた。……私の選択肢は、コレしかなかった。
焦りながらも何とか対抗策を見出そうと集中した。余裕の表情も取り繕えない。
その様子を見て、何を思ったのか「素晴らしい……」と嘆息された。これから殺し合うというのに微笑みまで浮かべて。……あちらさんは余裕がありすぎて、鑑賞モードになっている。
向けられたソレに腹が立ってくるが、喉元で抑えた。同時に、その不快感を見つめた、見つめてやり過ごす―――。
すると一筋、光明が差し込んできた。まだ形にも言葉にもなっていないが確かなもの=直感。いつも私を生かしここまで導いてくれたその光が、今そこに、現れていた。
ソレが現れたのなら、もう私のやれることは一つだけ。―――ただソレを、信じ抜くだけだ。
「……いいんですか? それだと貴方も焼かれますよ。コレ凄く、痛いですよ?」
なかなか、耐えきれるものじゃないと思いますけど……。身をもって経験した言葉には、少々は重みがあるだろう。
風属性は炎属性を強化してしまう、炎にとって風は便利な相棒だが風にとって炎は相性の悪い敵だ。戦えば私の方が有利だ=攻撃力が高い。だから、その身は焼かれる。自身の風で強化された炎が、その熱風に晒される。付けられた傷口はマグマになって焼け爛れさせてくる。貫かれでもしたら、内側から全身が溶解してしまうことだろう。彼の引き出した兵器は私から時間を奪い取ったが、同時に焼かれ苦しむ危険を呼び寄せていた。
「戦いにリスクはつきものだ、勝利したいのなら尚更だ。……その程度の我慢比べは、耐え切らねばなんだろう」
「できますかね、貴方に?」
貴方ごときに……。プライドが刺激されて、言葉にトゲがはいった。
このことに関してだけは彼を上回っている。
「それは……、見てのお楽しみだ」
そう言うと、ニヤリと不敵な笑みを向けてきた。
確かなことではない。だがそれがいい。不確定な未来を/己の想像を越えた先があることを楽しんでいる、焼かれる苦しみや痛み等よりも。……いつの間にか、機械のような鉄面皮が剥がれ、天使とも悪魔ともいえない天才少年の素顔が露わになっていた。
「私は勝負と名のつくものには、必ず勝ってきた。売られたものも売ったもの借り受けたものも全て、そうやって生きてきてここに立っている。負けてやる気は毛頭ないよ。それに―――、己の言葉を違えるつもりもない」
秘密を知った者は殺す、絶対に……。問答無用の研ぎ澄ませた殺意を、喉元まで突き出してきた。
ゴクリと息を飲まされた、だが同時に笑みが浮かんでいた。口元が半月型につり上がっている、強がりでもハッタリでもなく自然と。……タナトスなのかもしれない。私のマゾ心が刺激されてしまったのかも。
凶悪な殺意は一転、憂いをにじませながら沈み込んだ。
「……だが同時に私は、君に勝って欲しいとも想っている。君に、君の望む勝利を与えたいと想っている、心の底からね。……だがそれは、いや
自身の在り方+私の在り方=争う以外にない今この場。運命じみた今に向ける諦観を込めて、苦笑いを浮かべていた。
唯一、自分にできないことがある。それが悔しいような嬉しいような/寂しいような楽しいような、諦めるしかないがいつかやり遂げたいと羨望し続ける。どんな選択をしても後悔が残ってしまう、だからこの瞬間で時が止まって欲しい、もっと別の道が見えてくるまで……。そんな複雑な気持ちをそのまま、匂わせてきた。
上から目線のセリフ/態度に、フッと笑みがこぼれた。
気分を害することはない、ソレはとても彼らしかった。見事なほどに一貫している。まるで鏡を見ているかのように―――、
「茅場さん、いや違うか……なんて言えばいいんですかね?」
「茅場で構わないよ。だが……、『ヒースクリフ』の方が相応しいだろう。私だけの持ち物と言えるのは、ここでの約2年間だけだからな」
「それじゃ、ヒースクリフさん―――
私にはそんなまやかし、通じませんよ」
穏やかな表情を一転鋭さへ、向けられた同情を断ち切るように言った。
「……嘘を言ったつもりは、ないのだか?」
「ええ、全て事実でしょうね。ただソレを、今この場で私に向かってあなたの口から言うことには、かなりの作意があるんですよ。心理誘導、てやつですね」
私の指摘に首をかしげてきた。何を言っているのかわからないと言うかのように。……私にはソレが、真犯人の言い逃れ以外の何物にも見えない。
探偵として、持論を展開していった。
「『貴方に勝ちたい』―――。宣言したようにこれは私の目的です。そのために必要なことはまず、貴方と
最後の言葉にピクリと、眉が動いたのが見えた。……さらに確信を得られた。
「貴方と私には、残念ながら仰るとおり、どうしても越えられない戦力格差がある。対等にはなりえない、今この状況であっても。私にとっては分が悪すぎる賭け事であるけど、貴方にとっては寄り道か遊びだ、どう転んでも勝利が約束されている。その状況は絶対に変わらない
古典的な方法だ。たとえ『天才』でも『知的』でなくても、暴力の文法に従っている者なら誰でも使う戦術だ。
教師が生徒に/強姦魔が被害者に/拷問している奴がされている奴に/マフィアのボスが部下に/吸血鬼が獲物に向けて、自分が今の立場にあることを納得させる。弱肉強食の理の名のもとに、育てた家畜を殺しその肉を食って命を繋いでいるように、全てはその循環のために。いつもは喰らう立場だったが今は違う、それだけの話だと。ただ、いつかは君たちも私のようになれる、なぜなら私は君たちと同じ場所から這い上がったのだからと。……自分だけが頂点に居座り続けるとは、決して言わずに。同じ立場にいたことなどなかったのに、立てることも立つつもりも無いのに。
私もその戦術を使った、おそらくは彼よりも使ってきた。成立させることで強力なカリスマを得て、レッドギルドや《ラフィン・コフィン》を成長させてきた。彼もそのことはわかっているはずなのに、私に向かってソレをやってくるとは……、愉快だ。
この融通性のなさ、こんなにも向かい合っているのに思考方法を変えない/変えられない。本当に彼はAIだったのだと、腑に落ちた。
「……君は少しばかり、疑心暗鬼になりすぎているようだね。日常的に犯罪行為に手を染めてきたことで、心を病んでしまったんだ。仲間を裏切り独りになったことも大いに関係しているのかもしれない。精神科医に診てもらうことをオススメする―――」
「おかしいとは、思ってたんですよ」
ケムに巻こうとするのを遮って、確たる証拠を突き出した。―――黒焦げになっている右腕に、そっと目を向けた。
「いくら【
全てまやかしだった。向けた殺意も暴力も死の宣告も全て、私を生かすためにあった。彼に私を殺すつもりはなかった、あるいは殺せなかったのか。―――突き出した証拠に彼は、沈黙で答えた。瞑目する。
正解を引き当ててみせたが、苦笑をこぼさざるをえなかった。我ながら情けない限りだ。……こんな詐術にまんまと、引っかかってしまったのだから。
「私が今ここで貴方に勝つ確率は、極めて低い。その分析も正しいでしょう、私もそう考えていました。だけどどうやら……そうでもない。―――
断定して尋ねた。すでに私には、答えが分かっていた。―――再び、沈黙で答えられた。
答えられないことが答えだ。見開かれた瞳は、いつものように冷たい硬質さをおびていながらも、こちらの内情を探るような視線。対決してから初めて、私と向かい合い始めた。
「私が、そんな憐れみを向けられた程度で逃げるなんて、あり得ない。……少しぐらい自分の手を汚したらどうです、もう何千人も殺してきたんだから」
最大限の、おそらくはプレイヤー達全てが想っているであろうことを代弁するかのように、皮肉を込めて言い放った。
自分の手を一切汚さない虐殺者。殺しは全てシステムに任せている、ただ勝手に死んでいくだけ。ソレは超常現象か自然現象と同じで、なんの罪悪感も達成感ももたらさない。
彼は/茅場晶彦はおそらく、現実で人殺しなどしたことはなかっただろう。そんな犯罪を犯せば『若き天才』『大富豪』などには成れなかっただろうから、この推測は正しいはずだ。ソレはこの剣の世界であっても同じ。『不死身の男』『聖騎士』なんてモノになるためには、PKなどできるわけがない。やったとしても皆が/殺される者すら認めてくれる処刑としてだけだろう。殺人鬼としては童貞極まりない。それなのに、この私よりも殺している。私が敵わないと思ってしまう唯一の男。
その彼は、私ですら殺しの対象には入れない。忌避しようとした。汚すにも値しないと思われた。……実に、不愉快だ。
生まれてこの方、初めてだった。誰かを許せないと想うのは……。
「……参ったね。君は思った以上に―――小賢しい」
一つ溜息を漏らすと、仮面を脱ぎ捨てた。本性を露わにしてきた。
「君の言う作意があったことは、認めてあげよう。だが同時にソレは、君への最後の慈悲でもあったのだよ」
「逃げ道を用意してくれたんですよね。ほんの少し目を凝らせば、見つけられるような場所に」
今その場所は何処かはわからないが、在ることはわかっていた。無いなんてことはあり得ない。だから、わかっているフリをしながら続けた。
「でも、そこに逃げ込んだら後ろからグサッ、でしょ? ……いや違うか、先にあるのは監獄かな? そこに閉じ込めて生殺しにするつもりだったんですね」
ピンチに陥った私が、救いを求めて探し当てる逃げ道=唯一の生きれる場所。そこまで追い立て嵌ったら、出入り口を閉じてしまう。絶対に抜け出せない密閉空間。そこには彼も手を出せないが構わない、それまで十二分に私の中の炎を焚きつけたから、後はソレが焼き尽くしてくれる。彼はそれまで待てばいいだけだ。―――ソレが、彼の仕掛けた罠だった。
そのために仕込んだのが、憐れみ=遅効性の猛毒。もしソレを受け入れてしまっていたら、追い立てられることで刻まれる激痛から逃れるために、縋り付いてしまったことだろう。どれだけ意志を強く保とうと関係ない、そんな絶望的な状況ではソレが脳裏にチラつくのを抑えられない、飢えから/渇きから/息苦しさから逃れるように縋り付く。たとえ待っているのが無間地獄であろうとも、今の苦しみから逃れるために。
「……誰かがゲームクリアすれば、君は死なずに済んだ」
「それまでずっと焼かれていろと? 何ヶ月も、ヘタしたら数年間も? ……冗談じゃない、丁重にお断りします」
死ぬよりも苦しいことは間違いないから。……私はそこまでマゾじゃない。彼のサド魂を満足させてやるつもりもない。
魔女は十字架にかけて焼く。それは随分と、私にふさわしい処刑法だろう。彼がやらずともいずれ、私はそうなるのかもしれない。だが、今じゃない。彼の用意した場所ではない。ここで黙って死んでやるつもりは、毛頭ない。
私の拒絶に落胆の色を隠せず、肩を落とした。
「君を思ってのことだったが、よもや足蹴にしてくれるとはな。……そんなにも殺されたいのか?」
力なくも凶暴なセリフを吐いてきた。
私は殺される/彼に殺される/間違いなく殺される。彼の差し出した手を取ればまだ、生き残るチャンスはあった。ゲームクリアまで我慢するのは至難なことだが、不可能じゃない。ソレを振り払うということは、ここで殺されるということ。どんな可能性も残らない。
残念ながら……そのとおりだと思う、だけどそれではいけないとも想う、そこに踏みとどまってはならないと掻き立てられる。ただで殺されてやるつもりはない。……やられるなら皆共にだ。
「貴方に私を殺せませんよ。そんなことをすれば―――
―――この世界が壊れてしまうから」
そう言ってやると、彼は瞠目した。息を飲んだのが分かる。私が何を言ったのか理解できなかったのではなく、ソレに気づいたことに驚いていた。
ソレで私も、さらに確信を持った。
「……どういうことだね、この世界が壊れるとは?」
「言葉通りですよ。
今の私は、貴方と全く同じ管理者権限が付与されている。それはつまり、
だからこそ彼は、私を殺せない。自殺するように誘導した。他プレイヤーからの攻撃でなければ、ただのログアウト行動に見られてしまうのかもしれない。彼ならそうなるかもしれないが、私の場合は他のプレイヤーと同じ結末になるだろう。―――魔王として死ななければ、7本目の【オブジェクトレイサー】の使用許可は降りない。
そうなるとは、必ずしも言えない。だけど可能性はある。条件は全て整っている/システムを騙す材料は揃っている。あとは、真実を知っている目の前の彼の妨害を防げばいいだけ。そしてその手は、殺してしまえば届かなくなる、私の方がさきに7本目へ到達できる。
「……だが、それは―――」
「貴方がプレイヤーアカウントに戻ればいいだけ。そうすれば私もプレイヤーに戻らされる、戻らなければシステムに排除させられる。そして貴方は、ここから外に出ればすぐにプレイヤーに戻れる、というか
話を先取られてグッと、押し黙った。その黙りが、私の推理を後押ししてくれた。
今、彼の『魔王』の権限は特殊なものだ。本来の計画から外れて無理やり魔王になっている=この場所に転移することで強引に調整している=知った私
「……こうは考えないのかね。
今システムは、君と私を同一人物だと認識している。
その指摘に今度は、私のほうが黙らざるを得なかった。
魔王/管理者の権能はどれほどのものなのか、まだわかっていない。万能の神のような振る舞いができるのだろうが、それにはゲームの維持を捨てなければならないだろう。世間様の意見を無視して始めたデス・ゲームなら、ソレを放棄することは自殺でもある。権能に付随する責務として要求されている。だからある程度限定はされているのだろうが、プレイヤーでは使えない魔法じみたことは可能だろう。【オブジェクトレイサー】の使用しかり、バイナリーロケーションの超能力なども。分身の術ができないなんてことはないはず。
ここで彼が私を殺したとしても、ただ分身を消滅させたとしか認識されないかもしれない。私が管理者に成れたのも、システムがそのように認識したからこそかもしれない。ならば……、魔王として死ねる可能性は極めて低い。
(だけど―――)
「今までの私の行動は、証拠にならない。教えた通りアレは、私から君への褒美のようなものだ。ここまで楽しませてくれた、ね。……保身のためではないよ」
お返しとばかりに、私の胸の内を読んだかのように告げてきた。ハッキリと明確に、否定してきた。
「……それでも、可能性は残っています。ここで私を殺すことにはリスクがある」
「微々たるものだよ。それに、対処もできる。君がソレを掴まないように、これから君を―――細切れにする」
そう宣言すると、手に持っていた兵器の鋒を向けてきた。そこに宿っている破壊の風の力を使って、私をバラバラにしてみせると。……全体相手では与し難いのならば、部位に別けて各個撃破すればいいだけ。すでにスパイも潜り込ませているのだから、それで事は成せる。
一つ一つ切り離され消されていく、段々と私の部分が削られていく、風化していく。そんな中で私は『私』を保っていられるのか―――……、望み薄だ。
口が渇いていく、体の芯が冷えて重くなっていた。……解決策が見いだせない。
「どうする、それでもやるかね? それとも……、牢屋に入ってくれるかね?」
これが最後の頼みだ、聞き届けて欲しい。君のためだから……。懇願するように命じてきた。
ここまでだ、これ以上の譲歩はない。瞑目する……。
ここから先は未踏の賭けだ、あまりにもリスキー過ぎる。だけど―――、いつもながらの殺し合いだ。そんなもの、私以上に上手くできる奴なんていない。
今ようやく、戦場が整った。彼を引きずり込めた。……これは、それだけの話だった。
カッと目を見開いた。
覚悟を決めた。女は度胸だ。囲われ者にはならないし、見世物小屋にも入るつもりはない。そんな弱い女にはなりたくない。
だから、虚のような冷たい胸の内にかけて/そこの熱を宿したいと願い続けてきたことにかけて―――、宣言した。
「ハッ、戦う前から勝ったつもりですか? ……舐めんじゃねぇよ」
言い放つと同時に、鋒を差し向けた。F○ckサインのように、牢屋にはテメェをぶち込んでやると。
そして、それ以上の眼差し/不敵な笑顔をむけて、宣戦布告した。
「私も貴方と同じ、勝負と名のつくものには全て勝ってきた。全てです!
例え99%決まっていても1%もなかろうとも、関係ない。それだけあれば充分です、充分すぎる。―――私はソレを引き当てる」
まだ勝負は決まっちゃいない、まだ始まってもいない。1%の以下でも可能性があれば、引き当てることができる/できないことがない。
デタラメでもがむしゃらでもけちょんけちょんでもいい。自分を信じて突き進めば変わる、世界は変わる/変えられる。そうやって自分は生きてきた。そして―――、ここに立っている。
私の拒絶に目を丸くし、そして……肩を落とした。愚かさを憐れむよう/嘆くように、首をふる。
「……残念だ、残念でならないよ。これしか道がないとはな―――」
言い終わる前に、行動していた。……火蓋はとっくの昔に切られていたのだから。
差し向けていた兵器に、破壊の命を下した。
「焼き尽くせ、【レヴァンティン】!!」
「塵へと還せ、【アバドーン】」
命令は同時に。鋒から吹き荒れる。
麗白な爆炎と紫紺の嵐が、黄昏の世界を染めていった。
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