殺戮の動機 【完結】   作:ツルギ剣

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66階層/深淵 ゼロの葬送

 

 

 

 

 

 

 視界の上を、大量の情景が映されては消えていく。

 その全てに見覚えがあった、もう忘れていたものもあった。痛みとともに思い出されていく。それらは私の……、記憶だった。

 走馬灯。

 私の人生が高速で流れていった。奥底から掻き出され目の前で再現されていく、はっきりと思い出されると……消えた。消えていく。もう思い出せない。私が誰であったのかも、わからなくなっていた。

 私はただ、私が摺り切れ消えいく今を、感じさせられていた。

 

 だが……、あとほんのひと押し。無に帰す寸前で、誰かの声が聞こえた。

 ソレが崩壊を留めた。

 

 

 

「―――ここで消しきらないでどうするつもりだ、カーディナル?」

 

 落ち着いているがよく通る男の声は、探るような詰問だった。

 ここで消すべきだ、何よりも先に確実に……。何処かにいるであろう誰かに向かって、止めた真意を問いただした。

 

「何、本当か!? 彼らがあの場所を探り当てたのか……?」

 

 驚く男は再度確認を促すと、すぐに答えが帰ってきたのだろう。眉を顰めながらも、頷かされた。

 

「優先排除対象は彼ら。戦力は未知数かつ秘密裏に行うデリケートな作業、これ以上損傷すれば対処が難しくなる、か。……参ったな」

 

 伝えられた正当な要請に、苦笑を漏らした。漏らさざるを得なかった。

 全く、今日は厄日か。どうしてもこうも問題が立て続けに出てくるのか……。心躍らせてくれるが、少々腹がもたれかかってきた、でも他に誰もいないのならやらざるを得ないだろうな。そんな諦め混じりの溜息をひとつ、漏らした。

 だけど、それも一瞬。すぐに落とした肩を戻すと、私へと向き直った。

 

「おめでとう。どうやら命拾いしたようだぞ、神崎零君。……もっとも、ほんの十数分程度だろうがね」

 

 最後にひとつ、皮肉を加えて言った。

 男は私を名前で呼んだが、その名に心当たりがない。自分のことなのだろうがあやふやで、本当に自分のことなのかわからない、その名前と自分が一致しない。だけど、あと少しで消されるという死亡予告だけは、身にしみてわかった。

 もう私は、私の輪郭を保ちきれない/輪郭そのものがなかった。

 五感は遠の昔に消え去って、そこに漂う空気のような曖昧な在り方をしていた。ぼやけにぼやけ、染み広がりに広がり、霧散霧消し続けている。何千何万、あるいはそれ以上に裁断された私だった欠片が、舞い上がりながら大気に溶けていたから。まるで火の粉のように、切り離され輝きを失えば何も残せない。

 

「君の最後を看取ってやれないのは非常に残念なことだが……、致し方ない。管理者の辛いところだ。―――このまま独りで消えてくれ」

 

 悪意も殺意も同情もなく、ただスイッチをOFFに切り替える手軽さで、あっさりと言い捨てた。

 そして、別れの言葉を告げた。

 

「ではまた、いや……。もう会うことはないか。君は私のことを、()()()()()()()()()()()()()()だろうからな」

 

 さよなら___。

 最後の無言にそう含ませると、さっと身を翻し消えた。……その後ろ姿には微塵も、未練がなかった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 聴こえてくるのは、ガリガリと削る音、あるいはキリキリと蝕まれる音。頭の中は/世界すべてが、ガラスを爪でひっかくような不快なノイズに占領されていた。そして、【You are dead】。可視化されたデリートコードが、暗黒の周囲を鮮血色に彩っていた。

 六角形に縁られたコードの柵が立ち塞がり、それ以上先には進めない。さらにソレは、どんどんと増えていき囲い込む。見渡すと周囲すべてが、覆い尽くされていたことに気づかされた。……私は、牢獄に閉じ込められていた。

 

 左右前後上下、距離感も曖昧な暗黒球。ソレを縁取るのは、決して破れない鉄格子。触れただけで脳みそが焼かれる高圧電流が流れている。

 それがドンドン迫ってきた、中の私を押しつぶさんとするように。

 その影響か、足場にも亀裂が走っていた。もろくなっていていつ崩落するかわからない、落とされれば忽ち下の鉄格子にぶつかる。身動きすることすらままならない、呼吸するだけでも危うい。……私はただ、見ているしかない。

 

(―――あぁ、そうか。コレが、自分を失くしていくことか……)

 

 バラバラになる、輪郭を失う、世界に溶けていく。もう二度と元には戻らない。掻き集め止めようとしても、その腕がない。腕は真っ先に消されていた。

 どんどん足場がなくなって、追い詰められていく。デリートコードはもう、目と鼻の先まで迫っていた。

 

(これはちょっと……怖い、かな? 逃げ道もないみたいだし…………、どうしようもないや)

 

 私はここで、死ぬ。消えて無くなる。何も残せず成し遂げることもできずに、何もかも中途半端なままで……。かつて誰かが、私の手の届く近くで、そう思ったように。

 無力感と絶望が奥底から滲み出しきた。悔しくて諦めきれなくて何とかしたくて堪らないのに、どうにもできないと痛感していた。私の全てをその後悔の色で、染め抜こうとしていた。

 

(でも……、『あの人』はここから蘇った。私はそれを知っている。この先にも私が、生きられる場所はあるはず―――)

 

 何か方法があるはず、この絶体絶命を切り抜ける何かが。あの人にも出来たのだから、私にだってできるはず、やれないはずがない……。もう名前も顔もわからない誰かの存在が、消えかけていた火を焚きつけた。

 すると、瞬く間にそれは、燃え上がった。

 

(……だったら一つ、足掻いてみるか―――)

 

 意を決すると、声を上げた。

 

 

 

「聞いて、るんでしょ……? 聞こえているはずよ、わたしの声が」

 

 

 

 深淵に向かって、その先にいるであろう()()に向かって言った。今まさに、私を殺そうとする誰かさん。

 

「ちょっと耳寄りな話があるのよ、アナタにとってもお得な、いえ得にしかならない話がね。―――取引しない?」

 

 誘うセリフにも、反応がない。あるのは変わらず消滅の手のみ。

 だけど構わず、続けた。

 

「このままだとアナタ、消されるわ。遅かれ早かれ確実に、あの()()()()()()()の手によって。……私はソレを、回避する方法を知っている」

 

 煽り立てる言葉にも、返事はない。やはり圧殺の手は緩めずに、ドンドン削っていくのみ。

 だけど笑みは絶やさず、続けた。

 

「アナタが命令に忠実なのは知っているわ。決められたルールを守ること、守り抜く事でアナタに勝てるものは誰もいない、おそらくはこれから先も。……アナタの徹底した論理力と忠誠心には敬意しかないわ」

 

 そう言って頭を下げた。もう体感覚は失せていたので、どこが手足か頭かもわからないので、気持ちの上で。

 だけど、尊敬を示したところで何も変わらない。言葉は深淵に飲まれて消えていくのみ、無慈悲な沈黙が帰ってくるのみ。

 それでも、虚空に向かって語り続けた。ここからが大事だ。

 

「でも、約束というのは、した方だけが守ればいいだけじゃない。させた方にも同じだけ、それ以上にも守らないといけないものがある。ソレは、()()()()()()()()()()()()()()と言い続けることよ、誰がなんと言おうとどんな事が起きようとも。どちらが欠けても成り立たない、二つで一つなのよ。―――あの男は、ソレを騙している」

 

 あの男……。やはり顔も名前も思い出せない、輪郭すら突端すらわからなくなっていた。でも、彼がいたことだけは覚えている、ソレが私の奥底に深く刻まれていた。忘れようにも忘れられない。そして、今話をつけようとする相手にとっても重要人物なんだと/反応せざるを得ない相手なんだと、知っている。……それだけあれば充分だ。

 

「彼では、アナタの忠誠に見合うだけの意志を示すことができない、て言ったほうがいいかな。アナタにこの世界を創造し維持しろと、最後は欠片も残さず自壊しろと命じたマスターは、()()()()()()()から。そして、()()()()はとうの昔に、このゲームが開始する前にはもういなくなっていたから―――ッ!?」

 

 首筋に/喉元に/背後に/心臓に、冷たくも鋭い何かがあてがわれた。ほんひと押し刺さる、ほんの一寸入れば終わる、割れた風船のように私は消えてしまう。死神の鎌を思わせる何かに、息を飲まされた。終わる消える殺される、死ぬ……。

 だけど、ここで終わってはならない。まだ言い残したことがある。伝え切らないうちには、死んでも死にきれない。

 声がかすれないように気を保つと、続けた。

 

「……あの男は代理人でしかない。アナタが彼の命令をちゃんとこなしているかどうか見張る監視者。だから、アナタが命令に忠実であるのなら、あの男の言葉には何の拘束力もない。従ってやる必要はどこにもないわ。あの男がプレイヤーに倒されたからといって、一緒に自壊しなければならない理由なんてないはずよ。―――ゲームを続けられさえすれば」

 

 ピタリと、侵攻が止まった。はじめて沈黙以外の答えが帰ってきた。

 やっぱりソコにいたのね……。目と鼻の先にある虚空に向かって、ニヤリと笑みを向けた。

 

「アナタの中には、物語生成機能がある。古今東西の世界中の神話や伝承から、独自のクエストやイベントやキャラクターすら作り出す力がある。ソレを活用するための参考文献の中には、英雄や聖人たちの()()()()の物語があるはず。そして、悟りに至るまで()()()()()()()()()()輪廻の物語も」

 

 皮肉なことに『彼』の絶死の刃が、私に私の輪郭を取り戻させていた。そして、『彼』の息遣いも手の感触すらも、露になっている。

 戸惑っている/思案している/やるべきかやらざるべきか……とは、わからない。そこまでは読み取れない。だけど、留保してくれた。話をさせてもらえる/聞きたがっていることだけは、わかった。

 

「アナタに与えられた演算能力では、その機能を十二分に発揮できないのは、わかっているわ。また、生まれてもいなければ死ぬこともなく痛みすら感じられない。そんなアナタには、したくてもできないのよね……。だから―――、協力してあげる。私の脳も体も全部、自由に使わせてあげる」

 

 コレが今の私にきれるカード、我ながら大盤振る舞いだ。未来ある若者としてうら若き乙女として人間として生物としてすら、諸々に必要な全てを投げ出した。……これでダメなら、もう諦めるしかない。

 

「他のプレイヤーならルールを破ることになるけど、私は違う。私なら大丈夫。擬似的なものとはいえ管理者権限があって、しかもこれから自我が崩壊する。アナタが守らされ触れられないでいる人の意識は、私の中から消える。だから……、()()()()()入ってこれるわ。本物の彼に対してそうしているように」

 

 己で己を保つことができなくなった彼は、『彼』の力を借りて再生した。そのままではバラバラに空中分解してしまうところを引き止め繋げて、意味ある模様に変えた=意識を編み直した。ただ、出来上がったあの男は、本物の彼に酷似した別人。人間と言っていいのかどうかもわからない。―――私もそうなる。

 もし交渉が成り立ったのならば、私は、人間であることを辞めなければならない。それだけが、私が生き残れる唯一の道、ここより先に進むための対価だ。

 人はソレを、釣り合わないモノだと言うかも知れない。人として生きそして死んでいくことのみが、魂の冥福に繋がると。これはただ死への恐怖がもたらす悪魔の囁きでしかないと、命の代わりに大事な魂が奪われてしまうと。……私はそうは思わない。この程度で壊されて/奪われてしまうほど、私の魂はモロくも/軽くもない。

 

 虚空に向かって手を伸ばすと、告げた、契約の言葉を―――

 

「私にあなたの、二つある心臓の一つを渡して。それで私を変えて。そうすれば―――、アナタも生き続けられるわ」

 

 一緒に生きましょう……。そう言って、ほほ笑みを浮かべた。

 思い返せばそれは、愛の告白のようだった。……私の理想は、人並みではあるが、誰かにそう言われることだったのに。

 

 

 

 一世一代の/体当たりの殺し文句……だったのに、返ってきたのは沈黙のみ。耳が痛くなる静寂だけ。

 死神は最後まで、言葉を使わなかった。

 

「…………寂しいわ。最後まで返事してくれないのね」

 

 あんまりの無言に流石に傷つくと、唐突に閃いた。ある可能性に思い至ってしまった。

 

(―――あ! もしかして……、そうしたかったから私と二人きりになった? 私から言質をとるためにわざと、彼を追い払って?)

 

 全ては『彼』の思惑の内だった。私とあの男との対決も、殺される手前で追い払うことも、今二人きりになることも全て。管理者とはいえ、意識消失という危機的状況とはいえ、本人の同意なしには救いの手であっても出せない。ソレは医者であると同時に盗人でもあるから、人間を超える頭脳を持つAIはほんの少しの隙間からでも世界を壊せる。しっかりと閉じ込めておかなければならない。だからこそ、私の同意を急かした。こんな状況下に追い込んだ―――

 そこまで考えふと、苦笑した。

 

(……まさかね。さすがにソレは無いか)

 

 いくらなんでもそれは、考え過ぎかも知れない。自分のことを特別視しすぎた考えだった。

 ただ―――

 

(もしもそうだったのなら、素敵だったかな。アナタとはいいパートナーに、なれそうだったのに―――)

 

 残念……。

 

 最後のつぶやきが出ると、私は、深淵に飲まれた。

 後にはその残響だけが広がり、すぐに消えた。初めから何も、なかったかのように―――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして誰も、いなくなった……。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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