殺戮の動機 【完結】   作:ツルギ剣

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 完結させたつもりでしたが、続きです。



67階層/地下階層 セイバー


 

 

 我々、【コウイチ】【イチゴ】【イコール】そして2体のAI、その結末を記す。

 これが誰かに、この仮想世界にいる誰か一人でも聞いてくれることを……祈っている。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 第一階層【はじまりの街】、その中央に鎮座している一際巨大な建物【黒鉄宮】。

 プレイヤーの中でも最大規模のギルド【アインクラッド解放戦線】(通称【軍】)の根城と化したここに、正確にはその地下に広がるダンジョンの奥に、我々の目指すべきものがある。この約一年と半年に及ぶSAO潜入期間でまいた小さな種の萌芽の集積として、ソレの出現を導くことができた。

 

 【システムコンソール】―――

 外部からの侵入と破壊工作にたいして絶対の防壁を持ち得るカーディナルであっても、内側に潜伏していたウイルスには気づくことができなかったらしい。

 あまりにも遠大かつ遅々とした侵攻は、歯がゆく苛立ちすら覚えた。その間に失われた命の数を思うと……我々がいかに非力であったのかを思い知らされる。

 【生命の碑】に刻まれている名前を見ると、心が痛む。もし、そこにある『彼女』の名前に変化があったのなら、いてもたってもいられなかっただろう。一目この目で見て、声をかけようとしていたかもしれない。私の正体を、彼女に言ってしまったかもしれなかった。

 

 だが、ソレはできない。してはなからなかった。

 あらゆる方面から/指先ひとつの動きまで一秒も休むことなく監視されているここでは、どれほど慎重を期しても足りない。唯一監視を免れるのは、プレイヤーの精神/脳内だけだ。どこから漏れるかわからない。計画は封じ込めておかなくてはならなかった。

 だから、我々が行ったのは……何もしないことだ。

 囚われた約1万人のプレイヤーと同じように、このデス・ゲームの中で過ごすこと/待ち続けること。我々という異物を除去するために【システムコンソール】が現れるまで、ひたすら待機しつづけること。

 なので、アバターの外見やプレイヤースキルが、常識を逸しているわけではない。ゲームバランスを崩すほどのシステムリソースの使用権限は、ほぼ何一つとしてない。虜囚のプレイヤーたちと同じ、一度でもHPが0になったらナーヴギアによって脳を焼かれて殺される。条件は同じだ。

 ただ一つだけ、除けば。

 

 途中参加者―――

 防衛省サイバーテロ防止課が発足させた『SAO対策チーム』によって、ゲームソフトの復元が成功した。

 本来、ゲームオーバーとともにソフトも、ナーヴギアによって自動的に破壊されてしまう仕様になっていた。その数ははじめの一ヶ月だけで千を超えた。ただ、その破壊のされ方は一つ一つ微妙に違っていた。それらわずかに生き残った断片を丁寧に根気よくつなぎ合わせることで、復元は達成した。

 いわば我々は、フランケンシュタインのようなものだ。

 

 ソフトの完成によって、道が開けた。今までどんな攻撃にもビクともしなかったカーディナルの防壁を突破することができた。すなわち―――プレイヤーの一人として/正規の関門をくぐって侵入するという道だ。

 はじめは、プレイヤーに偽装したAIを投入しようとした。自爆テロリストよろしく、多重のウイルスを保有させたAIをSAOの中に入れて爆発させるという手だ。いわば『トロイの木馬』だ。

 プレイヤーの内部/精神には干渉できない。

 カーディナルが持つ唯一にして最大の脆弱性を突いた攻撃だ。協力者『須郷伸之』が現在進めていたSAOと同じゲームエンジンで作ったシュミレーションでも確かな効果が認められた。ただ、その中に数千人のプレイヤーが生きていること/人質にされていることを考慮すると、危険な手段であるということは否めなかった。

 ソフトの数が圧倒的に足りなかった。

 自爆戦術が効果を発揮するためには、最低100のAIを同時に爆発させる必要がある、との試算だった。だが、復元できたのはわずかに5つしかなかった。コピーも作ったが、複雑きわまりないコピーガードがされていてうまく作れない/弾かれてしまう。カーディナルにコピーだと瞬時に見抜かれ、オリジナルまでも危険に晒された。わずか5つでは、効果は期待できない。逆に、その戦術を学習することで防壁が強くなる可能性も高かった。

 

 そこで、我々が名乗りを上げた。

 私こと『結城浩一郎』と、親友にして対策課の戦闘員である『杜聖護』。二人でSAOの中にダイブするという提案だ。カーディナルを内側から破壊するウイルスAI【アリス】と【エヴァ】を伴って、カーディナルの心臓部でそれを炸裂させる。我々がそこまで彼女たちを誘導する、という作戦。

 ただ、我々だけでは少々心もとない。エクストラソードスキル【柔術】のモーションモデルを担当した杜ならいざ知らず。恥ずかしいことながら、ゲームというものを子供の時から嗜んでこなかった私と双子の姉妹のAIは、足でまといでしかなった。目的を達成するには荷が重すぎることだった。

 そこでもう一人、助っ人を召喚することにした。

 

 『神崎等合』―――

 狂気の天才にしてこの誘拐殺人の主犯である『茅場晶彦』の共犯者。茅場が何かを作ることの天才なら、彼は壊す天才だ。

 

 この事件が起きる数ヶ月前、防衛省の多重のセキュリティが破られた。中枢にまでハッキングされ、宇宙空間に漂っている人工衛星を―――墜落させた。

 その落下場所は幸いなこと、人口が密集している街のど真ん中ではなかった。人里離れた山奥の『とある施設』だった。衛生の落下によってそこは、ほぼ全壊となり荒野と化した。加えて、核燃料が積み込まれた衛星らしく、落下によって漏れ出てしまった。周囲数百メートルが放射能に汚染された。

 警察並びに防衛省は直ちに、これをしでかした愚か者を捕らえるが為に捜査を開始した。除染を行うために落下周囲を封鎖しながら、犯人の足取りを追った。だが……その痕跡すらわからず。捜査は難航した。

 しかし突然、犯人である神崎が警察署に出頭した。

 犯行手段の一切を開示しつつも、その動機はただ「退屈だったから」という人を食ったようなことしか言わなかった。彼の自白の裏付けを取るためにサイバーテロ対策課が日夜問わず検証を行った。その最中/わずか5日後……この一万人誘拐事件が起きてしまった。

 

 彼の力を借りることは、不本意ではあった。しかし、受け入れるに足る理由がある。

 茅場の協力者となっているであろう『神代凛子』の共犯罪の取り消しだ。これを行ったのは茅場のみであって、彼女はなんの関係もないと公式発表すること。……彼は彼女の叔父であった。

 我々はこれを受諾した。対策課の総責任者『菊岡誠二郎』が、それを確約した。……ログインしている今となっては、それが実行されたのかどうか確かめる術はない。杜は彼のことを信用に足る人物だとは言った。

 彼の協力を得た我々5人は、ついにSAOの中へと侵入を果たした。

 

 

 

 そこでの我々の記録は、あまり特出したものはない。そのように心がけてきた。

 

 日々自分を鍛えレベルとスキルの向上に当てながら、誰一人欠けずに生き残る。他のプレイヤー同様に、このデス・ゲームをプレイした。

 途中参加である我々だが、対策課のバックアップにより最大効率でレベリングを行うことはできた。そのため、いわゆる『攻略組』と呼ばれる前線プレイヤーのそれに比肩することは容易だった。ただ、フロアボスと呼ばれる強力なモンスターとの戦闘は経験することはなく、中層プレイヤーの枠内での活動に抑えた。

 私と杜は、このような日々に倦み疲れ神崎と衝突することが幾度もあったが、彼の方針は揺らがなかった。

 

 押してもダメなら、引いてみろ……。簡単に言うとそんな作戦だ。

 明らかな異物でありながらも平常のプレイヤーと同じ行動をとり続ける我々。それを監視し続けるカーディナルと茅場。我々が諦めてミスを犯すか、彼らが業を煮やし監視を緩めるか。この作戦は、根気の勝負でもあった。長い暗闘だ。私には勝機など見えなかった……。

 だが神崎は、茅場という男を熟知していた。

 このような先の見えない勝負では、相手のミスを待つなどの消極策など決して取らない男だ、ということを。たとえ自分が不利になったとしても、完全に勝つ方策を捻り出し実行するということを、傲慢なまでのゲーマーぶりを。

 

 それが、黒鉄宮の地下に広がるダンジョンだった。

 その奥には、ゲーム内からシステムに干渉するためのツールである【システムコンソール】が、宝として置かれている。私たちの出方を見るためにあえて見せた隙だ。茅場はここに、罠を張って待ち構えていることだろう。

 不利は重々承知。それでも、行かなくてはならない。

 たとえ罠だと分かっていても、そここそ我々の目的地であるシステムの心臓部だ。そこにウイルスを撒き散らせば、このゲームは破綻しプレイヤーは現実に帰還することができる。【アリス】か【エヴァ】どちらか一方をそこまで運び接続すれば、我々の勝利だ。

 

 それで皆が助かる、解放される―――はずだった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 黒鉄宮のジメジメとした地下水道を抜けると、薄暗くも静謐さに満ちたカタコンベのようなダンジョンが広がっていた。

 

 疫病を撒き散らすような毒々しい色をした巨大なカエルや地下の暗がりに溶けるかのような甲殻を身にまとった巨大なザリガニ、そんな水生型モンスターの群れを押しのけて地下へと降りていった。

 汚れた水と臭気が充満しこびりついたほの暗いレンガ造りの下水道を抜けると、それまでの穢れが一切払拭されたような墓所へと変わった。学生時代に一度旅行で行ったエジプトのピラミッド内部と同じような、正確に切り出され隙間なく配置された琥珀色の巨大岩で作られた墓所だ。

 通路は、横に20人は並んで歩けるような広い大通りから体を横にしながらでないと進めない狭い小路と様々だ。

 その壁にはほぼ等間隔に、火がつけられいない松明が立てかけられていたりロウソクじみたものが置かれたくぼみがあった。持ってきた火種は限られているが、ここのモンスターと遭遇する場所は明るく照らしておかないと、視界不明瞭のバットステータスもあるが不死族やら悪霊系のモンスターとの戦いが少し有利になる。彼らはその名のとおり、光や火といったものが苦手らしい。その場所でのエンカウント率も下げてくれる。

 

 奥へ奥へと進むごとに、モンスターの脅威度も上がってくる。

 全般として60層のモンスターたちとあまり変わらないレベルの彼らは、その時の我々のステータスや装備ならあまり苦戦せずに倒すことができた。なにより、教会で仕入れることができた【聖水】の効果で、彼らを退けることが出来たこともある。

 そして、最奥とも言える場所に到着した。剣道の稽古場とも言えるこじんまりしたエリア、およそこの広大なダンジョンの目的地とは似つかわしくないそこだが、我々の求めるものは確かにそこにあった。

 

 黒曜石の柩―――

 古代の建造物を思わせたそのダンジョンだが、そのエリアだけは明らかに趣が違っていた。

 21世紀以降で見かけるSF作品、そこで登場する無菌室のような個室だ。どこに光源があるのか壁自体が光っているのかわからないが、眞白で滑らかなプラスチックのような質感の壁・床・天井は、先程までの押し付けるような静謐さとは違った洗浄された無音を作っていた。その中央に鎮座している柩。

 この墓所の王が眠っている……ということはない。横に長い長方体のそれには、開けるべき蓋がない。代わりに、前に立つ人間がその手を置きやすく、なおかつ負担がかからないような絶妙な角度で切られていた。そこに触れれば表面に、指先サイズの白い光の網目が浮かび上がってきた。その一つ一つのブロックには、よく見知った文字が描かれている。

 【システムコンソール】、GMがシステムに緊急アクセスするためのコンソール。

 キーボードに酷似したそれに素早く所定のコードを打ち込むと、求めていたウインドウが目の前で開いた。GM権限を行使するためのパス画面だ。そこを通過しなければ、カーディナルの防壁を内側から破ることはできない。現在のSAO唯一のGMである茅場晶彦以外には、通過できない不可視の壁だ。

 だが我々は、その扉を通過するための鍵を持ち合わせている。一度限りの使い捨ての鍵を。

 

 後ろを振り向くとそこには、長い金髪と青い瞳を持った少女が立っていた。

 【アリス】―――

 生まれてこのかた汚れを知らない純粋無垢な白の肌、純金を鋳溶かしたような腰まで届く長髪、金色の睫毛に縁どられた満天の星空の瞳。その眼差しは、羽毛のような柔らかさの微笑とともにこちらへ向けられている。

 だが、その瞳の奥には……何もない。私たちが持ち得ているような感情は、何もない。あるのはただ、数千人のプレイヤーたちを閉じ込めている巨大なシステム、茅場晶彦が織り成した人工知性カーディナルを内から焼き尽くす破壊の炎。SAO対策課と神崎たちが編み上げた、複雑怪奇なワームプログラムだ。

 そのような意味で彼女は、ただの可憐な人形ではない。その殻を被った猛毒の壺だ。それゆえに彼女には、ここのNPCたちと同じようにアバターを駆動させるだけの最低限の機能しか付与できなかった。己の内側で常に蠢いている破壊の意志が、人格という構築物を否定してしまうからだ。

 彼女を手招きし、傍に来るように命じた。

 

 カシャカシャと音を立てながら、迷いなく私のもとに歩み寄ったアリス。

 戦闘などの高負荷の運動はできない彼女だが、無装備の彼女を護衛しながらこのダンジョンを踏破出来るほど、我々に余裕があったわけではない。我々の装備と比べてもワンランクは上の、かなり高価な金色の全身甲冑を装備させている。武器などはいくら反復練習させても使えなかったが、盾を構えることぐらいは学習してくれた。ひたすら自分を守ることに集中させることで、なんとかここまで無事に連れてくることができた。

 私に即されキーボードに手を伸ばした。

 彼女の中には、茅場晶彦の脳波のデータが厳重に保管されている。それを使えば、茅場になりすますことができる。

 

 ただ、彼女のなかには人格はない。どんな構築物も崩壊してしまう。脳波のパターンすらも壊れてしまう。加えて、茅場本人が不正侵入に気づく可能性が高い。それはほぼ確実なもので、扉を開けた瞬間に足蹴でたたき出されることになる。だが、彼が気づきさえしなければ、カーディナルは受け入れてしまう。茅場の注意を、一瞬だけでも、別の場所に惹き付ければいい。 

 そのための【エヴァ】―――。アリスの双子の姉。

 黄金のアリスと瓜二つの容姿で白銀に染められた彼女は今、現在の最前線である67層の主街区に配置してある。アリスと違って茅場の脳波データを保管していなかった分、ほんの少しだけ遠隔で操作することが可能だったので、囮に選ばれた。

 所定の時刻が来たら、フロアの縁からの落下以外で自殺すること……。そこで、自らの腹の中にある死に至る病を撒き散らす。

 もちろんその程度では、カーディナルは揺るがないだろう。かのセキュリティーとエラー修正能力は、今なおログアウトが不可能であることからも推し量れるものだ。彼女がもたらす被害は、小さな爆竹程度でしかないだろう。すぐに鎮火されるものだ。だが少なくともその時だけは、我々に向いている監視の目が離れてくれる。

 

 自爆予定時刻は、残り数分……。合図は、視界すみに表示させたデジタルな数字だ。それが刻一刻と、減っていった。0になった時、アリスの中にあるデータを開封する。

 それまでのほんのわずかな合間。我々が、ただ自分自身として行動できた唯一の時間だ―――

 

 

 

「―――それはどういうことだ、かん……【イコール】」

 

 傍らの【イチゴ】が、思わず飛び出してきそうになった本名を押さえ込みながら言った。 その闇色の威容から放たれた、低く錆びた声。

 

 伝説の傭兵―――。イチゴの姿を一言で言うなら、それだ。

 体長は2mにも及ぶ巨躯。短く刈り込まれたその短髪は、青みがかった鉄灰色。なんの飾り気もない漆黒の胸当てのしたには、防刃繊維で作られているかのような黒味を帯びた紫の迷彩服を身につけている。胸当てと同じような色の手甲・足甲でそれらの部位を守っているが、全体として軽装だ。その装備類のしたに、驚く程太い首筋があろうとも繋がっている肩が異様に広かろうとも、どのような武器であろうともたやすく振りませるほどの隆々とした腕周りであっても、ここではそれは攻防力として如何程にも反映されない。

 がっしりと角ばった顔の輪郭と高い鼻梁、そしてそげた頬。額と鼻筋それに左頬には、うっすらと傷跡が引かれている。立派な眉の下にある揺れ動くことのない狼のような暗い瞳は、光も届かない深海の蒼だ。私とそれほど年齢は離れていないはずだが、目尻には若干だが小じわが出来ている。無駄なものを削ぎ落とすことで研ぎすまし終えたそれは、常人よりも倍は時の荒波を受けているかのようだった。

 それらの佇まいは、ほとんどが彼自前のものだ。自衛隊の特殊部隊の一員/彼が言うところ『国家の掃除人』として、こんなん極まる訓練とテロリストを駆除する殺伐とした任務の数々をこなしてきた。その経歴が鋳造したものだ。どこまでも頼りがいがあるが同時に、もの悲しくも感じてしまう……そんな親友だ。

 

「どうもこうもない。俺があのいかれポンチの手伝いをしちまったって話だよ、聖護くん」

「お、おい!」

 

 イコールの無用心に、思わずビクりとしてしまった。イチゴこと杜も、同じように息を飲まされている。

 しかし、当の本人は気にしている風でもなく。おどけたいつもの自然体のままだ。その外見の若々しさとは趣が異なる、低く腹のそこから揺らすような声。

 

 ビジュアル系のシャーマン―――。イコールを一言で言うなら、それだ。

 日本人の平均身長より若干高めの細く締まった体つき。燦々と降り続ける太陽の下でなお真白に保たれた艶やかな肌。伸ばされたままの蓬髪は肩にかかるほど。堀の深い日本人離れしたその顔は、眉目秀麗の一言に尽きる。キリリと整った眉のしたにある射抜くような鷹の瞳は、深い青。だがその周りにある白が、まるでコロナのように枠を超えて放射しているかのようだ。すでに40の後半を迎えているはずだが、私や杜よりも若く見える。

 肌や髪あるいは瞳の色などはカスタマイズされてはいるものの、肌の質感や作り輪郭などは元のままだ。ただでさえ遅れて参加した我々であるため、現実とは違う別人の体を使うゆとりなどはなかった。また、どうやらプレイヤーのほとんどが、カスタマイズしたものではなく自分の姿かたちそのものでゲームに挑んでいるらしい。そのことも加味すれば、自前のものを使ったほうが紛れやすくもなる。

 手甲と足甲以外は全て毛皮製の装備。頭には、2つの頭を持つ白銀の狼の毛皮を頭から足先まで使った兜を被って背中に垂らしている。だがその胸や腹には、衣服すら身につけていない半裸状態だ。そして、手に持った薙刀のような矛を巧みに振り回して敵をなぎ払う。蛮族か盗賊の若頭のような風貌でもある。

 そのままでは自前のアバターの防御力以外には何もない危険な状態だが、強敵との戦闘時、モンスターやプレイヤー問わずして大概この格好で戦う。装備重量を減らしスピードを上げることで回避率を上昇させると言っているが……半分以上は趣味なのではないかと疑っている。私には真似できそうにない酔狂だ。

 

「ここまで来たらもう気にする必要はないぜ、結城。

 奴が今から俺たちの正体を検索しても、数分後にはお陀仏だからな。……機械だからオシャカか」

 

 イコールこと神崎は自信満々に断言したが、私はどうにも落ち着かなかった。

 今まで、このSAOの中にログインしてからの約1年と半年あまり、互の本名を決して口に出したり文字として残すことなく偽りの名前で過ごしてきた。別人というほどではないが、私こと結城浩一郎とは違う【コウイチ】を演じ続けてきた。

 私の今までの人生は、いわゆる優等生だった。だから演じることに/演じ続けることには、さほど苦痛を感じたりはしなかった。ただ、スイッチのように器用に/即座には、いかないだけだ。

 

 冷徹な氷の騎士―――。私ことコウイチを一言で言うなら、それだ。

 イコールと同じような体格をしているが、彼のそれが野性の発露であるなら私のそれは科学の精密さによって編まれたものだ。氷と形容するように、透き通った濃い青と淡い銀で彩られたヨーロッパ中世の騎士の全身甲冑で、全身を包んでいる。そして、冷徹と形容するように、研ぎ込まれた氷の刃のような鋭い瞳だ。加えて、自分で言うのもなんだが、すでに20代も中頃は過ぎているのに美少年と見られてしまう顔つきだ。社交辞令や挨拶などは身につけてきたが、子供の時から今までを思い返しても、腹の底から笑ったり誰かに何かに怒りをぶつけたり周りのことなどお構いなしに泣いたりしたことは、一度もなかった。その感情の乏しさが、私の上に流れたであろう時すら滞らせてしまったようだ。

 柔らかだが癖のある亜麻色の髪と、木漏れ日と涼風がそっと頬をなぜるような森の新緑の瞳は、そんな今までの私を変えるためのちょっとしたカスタマイズだったが、あまり効果が出ているようには思えない。別の環境に身をおいたとしても、そうそう自分の本質は変えられないということだろうか。……最前線にいるであろう妹には、私を見習って欲しくはないものだ。

 

「あんたらが血眼になって探している茅場の居場所な、俺が落としてやった衛星の落下点の地下だよ」

「馬鹿な!? あそこには陸自が除染のために駐屯しているんだぞ?」

「だ・か・ら、だよ。

 でかい組織の弱点さ、自分たちの足元には目が行き届かない。放射能っていう目の前の問題に追われて、誘拐犯が足元にずっと篭っていたなんて……考えにも及ばない」

 

 杜はなお何かを言い募ろうとしたが、やめた。いつもニヤニヤと余裕の構えで私たちを先導してきた神崎の様子が、違っていたからだ。

 わずか1年と半年とはいえ、寝食を共に過ごしていたら言わずとも伝わるものがある。私たちが自分のことを互いに直接語ることはできなかった。が、そうであるからこそなのかもしれない、言葉以上に彼という人間がわかった気がした。

 不真面目で冗談を飛ばすいつもの彼。だが私や杜には、彼が偽らず何かを伝えようとする意思が見えた。

 

「するとあなたは、茅場と共犯関係にあった……ということですか?」

「そう『あった』だ。過去形な。……今まで隠してて悪かったな」

 

 一切悪びれる様子もなくそんなことを言った。私はただ、苦笑するしかなかった。

 

 はじめこそ、彼がいつ裏切るのかヒヤヒヤしていた。

 姪っ子の罪をもみ消すために自分の命をなげうつ。そんな、一見すると情深い家族的な行為であり心も動かされたが、現実の彼とその行為がどうしても一致しなかった。このような危機的状況でなければ、彼の参戦自体に首を縦に振ることはなかっただろう。

 SAOにログインして今まで、数々の戦闘をこなしてきたが、彼は一度もそんな素振りは見せなかった。

 MMORPGの初心者でモンスターとの戦いの経験などは0である私に、ソードスキルやら戦いの基本的なことを事細かに丁寧に教えてくれた。杜も教えてくれはしたが、いかんせん実戦経験のある彼は飲み込みが早すぎた。ここがゲームの中であることを失念して、現実の戦闘方法を叩き込もうとしたのだ。それはそれでありがたいのだが、ここでは使わない技術に頭と体を悩ませるのはご遠慮したかった。

 先の発言通りなら結局、彼は裏切ったということになるだろう。ここに我々がいることも想定内だろう。道連れに何か致命的なことをするのかもしれない。だが……なぜか怒りはわかなかった。

 

「……どうして、もっと早く言わなかったんだ?」

 

 憮然とした表情ながらも、落ち着いて杜が言った。彼に対してはいつも噛み付くような態度をとってきた杜だが、牙を立てず。

 

「『菊岡』とか言ったっけ、お前の上司。かなりやり手な男のようだな。

 お前が定時報告で最終作戦を実行することを伝えたあと、2時間ぐらい経ってからだな、少しだけこのアバターの動きがブレたんだよ―――」

 

 そう言うと自分の右手を見た。

 

「理由はすぐに思い至ったよ。現実の俺が被ってるナーヴギアが、別の電源に切り替わったんだ」

 

 その一言に衝撃を受けていると、右手の人差し指と中指で空を縦に切った。

 彼のメニューウインドウが私たちの前で展開された。

 

「俺たちのステータスとこのダンジョンの難易度、それとこの【アリス】ちゃんを無事炸裂させるまでの時間を計算して、ちょっとだけ余裕を持たせて間に合うように残り時間を区切ったんだ」

「なにを、言ってるんだ……?」

 

 戸惑う私を神崎は手招きした。ちょうど私の立ち位置が、彼と相対するところにあったからだ。

 彼の横手に歩み寄るとまず、さきにそこにいた杜の顔が目に映った。その表情は固く、何かを食いしばるように揺れていた。

 

「『主電源から10分間引き離す』。そうすれば、ナーヴギアがプレイヤーの脳を焼く。―――ちょうど9分前に、さっき言ったブレがもう一回きたよ」

 

 指し示されたそこを見た。

 メニュー画面の、現在時刻が表示されているちょうど真下、真っ赤に染まった横並びの4つの数字がめまぐるしく変化していた。一番左の数値は0で続く数字も0、残りの数字は5と4。その右端には、半分ほどのサイズとなった2つの数字が変化している。

 時限爆弾……。その数字が6つとも0になった時、彼の脳は焼かれる。

 

「そんな……バカな。そんなことに、なっていたなんて……」

 

 クラリとよろめきそうになりながら、呻くように杜が言った。

 私はそっと、彼の顔を見た。

 そこに映っていたのは、正しく動揺。必死で自制しながらも、抑えきれない何かが瞳に揺らめいた。

 

「優秀な男だ。俺がやつの立場でも同じことをやるよ。

 なにせこのままじゃ俺は、『数千人のプレイヤーを救った影のヒーロー』てことになっちゃうもんな。そいつは警察か自衛隊あるいは政府か、奴らの面子に関わる大問題だ。……厄介者は、殺せるときに殺しとかないとな」

「それならなぜ、今になって茅場の居場所を?」

 

 平静を保ってそう問いかけながら、「違うそうじゃない!」と頭の中で響いた。

 そんなことは、どうでもいいことだ……。もっと大切な、ここで言わなくてはならないことがあった。それなのに私は、それを声にすることができない……。何を言えばいいのか、わからない。

 

「ん、それか? 俺のナーヴギアが一度主電源から切られた時、晶彦に教えてやったんだよ。『今すぐそこから逃げろ』ってな」

 

 カッカッカと笑った。いつものように不遜に/刹那的に、イタズラ小僧のような笑い。

 私はまた、どう反応すればいいのかわからなかった。顔を伏せるしかできない。

 彼のことを知っているなど、おこがましいことだった。まるで彼のことを知らなかった。どうしてあと数秒で死ぬこの時、笑っていられるのか……わからない。なんでそんな大事、今まで気取らせもせずに抱えきれたのか……。

 

「……もう、落下地点からは逃げた頃だろう。今頃はもうひとつのアジトにつ―――」

 

 言い切る前に、彼は凍った。

 凍りついた体がそのまま、傾いていく。

 

「か、神崎さん!?」

 

 私は叫びながら手を差し伸べるが、倒れるその体を抱きとめたのは杜だった。

 

 その腕の中で神崎は、時が止まったような硬直からは脱した。しかし、体のコントロールを失ってしまったかのように、不規則に体を痙攣させはじめた。

 その体を、両腕でしっかりと縛り付けていた。

 その五指の爪先を肩や腹に食い込ませることすら構わずに、むしろそうしなければ弾けてしまうほどの「何か」を必死に押さえつけていた。異様なほど奥歯に力を込めて、まんじりと開けた瞳もどこかの一点を凝視させていた。見開かれたそれは、彼の蒼から真っ赤なものへと変わっていた。それと反比例するように、顔色は蒼白になっていく。……ここでは汗というもの身体現象が存在しないため現れることはないが、その額には大量の脂汗がにじみ出ていたことだろう。

 呼吸すらままならないほど力を込められた喉を、どうにかこじ開けながら、吠えるように言った。

 

「あり、が、とよ。たのし、かった……ぜ」

「おいしっかり、しっかりしろよ神崎! こんなのはあんたらしくないぞ!!」

 

 必死に笑みを浮かべ続けようとする神崎に杜は、ついぞ今までかけたことがなかったそんな励ましを言った。

 そして、その瞳からポトポトと、透明な雫が溢れてきた。神崎の頬に、それが落ちていた。

 

「…………最後にひとつ、だけ、頼んで……、いいか?」

 

 私も杜も、ただ黙ってコクリと頷いた。

 神崎はそれを見て再び、口元をニヤリとさせた。

 

 改めて見た神崎のその顔は、その年齢にふさわしい、それ以上の老いを急速に刻んでいた。

 身の上に時の流れが入り込まないようにごまかしていたモノが、彼の元から去っていた。せき止められた負債が、一気に彼のもとに降り注ぐ。耐え続ける度に彼は、命をすり減らしていった。……いや、ここでの命であるHPは一切減っていない。魂といってもいいかもしれない。

 ナーヴギアによる脳の破壊―――。それによってこの体の中から消されようとされている、彼の意識。私は、彼のそんな姿から目を背けそうになった。だが同時に、見届けなければならないという相反する感情に苛まれる。

 

「……娘。娘だ。俺の娘を、守って……くれない、か?」

「あ、あなたの娘!?」

 

 今にも消えゆきそうに神崎を押しとどめるためにも、声を荒げていった。

 

「こ……ここに、いる。入ちまっ、たん……だよ。ここにッ!」

 

 力を振り絞って、告げた。

 そしてそれが……最後だった。

 

 揺らめきながらも焚かれ続けた彼の瞳の光は、それを期にどんどんと小さくなっていった。

 真っ赤に染まった瞳が薄れて、漂白されていく。浮き上がっていた血管を通って、それがどこかへと消えていった。爪で縫い止めていた腕の拘束力も、徐々に緩んでいく。彼を苦しめながらもここにつなぎとめていた痛みが、それさえもそこから、消えていく。私はそれを、どうすることもできない。ただ歯を食いしばって、彼を見た。「任せろ」という言葉を、そこに込めながら。

 すると彼の左腕が、天井へと伸ばされた。何かにその手で、触れるために。震えながらも掲げたその指先が、何かの輪郭をなぞった。そしてその手のひらで、いとおしむかのようにその感触を感じていた。

 

「レ、レイ、レぃ……。俺の、レイ……。

 ごめんな、父さん……弱虫で。こんな、お前に、火傷……させちまってなぁ……。痛か……た、よなぁ―――」

 

 囁くような、だけど全霊を込めた一言一言。弱々しくかすれて、近くにいても聞き取るのが難しいほどだ。

 既に、体の痙攣は止まっていた。震わせるほどの力も、なくなっていた。その左手と瞳そして唇だけが、生きていた。ほか全て、動かぬオブジェクトと変わり果てていた。

 

「本当に、ごめん……、な―――」

 

 空に思い描いた何かが、その手から離れていった。舞い上がりそして、崩れ落ちる―――

 

 

 

 その手を、眞白な小さな手が拾った。

 

 

 

 しっかりと、両の手ではなさぬように……。

 掴んだその手は、アリスだった。炸裂の瞬間まで待機を命じていた彼女が、命令を無視して動いた。

 

 私と杜は、驚愕といってもいいほど瞠目して、彼女を見た。

 その表情は、あいも変わらず柔らかな無表情で固まっていた。だが、静かな夜の湖水のようだった瞳は、気のせいかほんの少しだけ淡い光をおびているように見えた。

 そんな瞳を、神崎のもとへと捧げていた。

 

「わたしは、大丈夫……。大丈夫だから」

 

 心地よい涼風の音色が、耳に届いた。私たちが一度も聞いたことがなかった、アリスの声。

 彼女を見上げる神崎の瞳には、もはや灰で埋まって瞬きしかない。ここにある何を見る機能が、残されているとは思えない。

 だが確かに、彼女を見据えながら言った。

 

「……そう、か。よか……た―――」

 

 それが本当に、最後だった……。

 最後にそう言い切ると、目の前の彼から決定的な何かが消滅した。

 

 その顔は、憑き物が落ちたかのようなどこまでも純粋な子供の笑みが、浮かんでいた。

 

 

  

 ビィー、ビィー、ビィー……。

 耳が痛くなるような静寂に、アラーム音が鳴り響いた。

 気づけば既に、予定されていた破壊の時間が来ていた。この世界を破壊するために、数千人のプレイヤーたちを救い出すために、幼い人柱を捧げる瞬間が。

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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